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Chapter01 魔法調査官


 魔法調査官、という仕事があります。
 ……今、何だそれは、と思いましたね? 思っちゃってますね?
 ひどい話です。歴史上いまだかつて、これほど冷遇されている職業があったでしょうか。職業の中に貴賤はあっても、職業間に貴賤はありません。それは世界の法則の筈です。
 筈なのですが。
 「魔法調査官?」
 「はい、そうなのですよ」
 そうなのですよと言われてもなぁ、と顔に書いてあるような気がします。行く先々でこんな顔をされるので、もはや慣れっこといえば慣れっこです。むしろ、それ以外の反応のほうが珍しいくらいです。100人いたら100人は知らないと答えるでしょうし、100人が顔をしかめることでしょう。こいつは一体何なんだ、と。
 涙が出そうになりますが、仕方がありません。それが私の仕事なのですから。
 集落についてしばらくして。特にやることもなくなった……もとい、職業上の義務に目覚めた私は、こうして集落での調査を行うことにしたのです。
 魔法調査官の仕事は大きく分けて二つあります。一つは、各地に存在する魔法と魔法使いについて調査を行い、その実態をつまびらかにすること。もう一つは・・・・・・まぁ、今は気にしないことにしましょう。私もあまりやりたい仕事ではないので。
 ともかく。
 情報の集まるところと言えば、酒場か宿屋と相場が決まっていて、まず滞在する宿屋のおじさんにこうして声をかけてみているわけで。べ、別に宿から外に出たくないなぁ、などと思ったわけではないですよ?
 「ええっと……魔法調査官というのはですね……」
 涙が出そうになっても負けません。私、女の子ですが。
 「その名前の通り、魔法に関する調査をその主な業務としておりまして……」
 そんなの言われんでもわかるわ、という顔をされました。
 「魔法、魔法に関する何か。魔法使い、魔法使いの残した何か。それらが私達の調査対象となります」
 だから何だ、という顔をされました。
 「ですので、こうして各地を巡って調査をおこなっているわけで……」
 ふーんそれで? 、という顔をされました。
 ……何だか本当に泣きたくなってきました。私、女の子ですから。……女の子ですよ?
 15歳が女の子でなければ、20歳なぞ既におばさんです。ええ。そうに決まってます。さらに言うなれば、15歳で、しかも制服なのです。すばらしい女の子っぷりです。いやまぁ、そのせいで信用されないというのは重々承知の上なのですが……。
 「それで、偶然とはいえ立ち寄ったこの集落でも調査をおこなっているわけでして……」
 いえ、人々が非協力的な理由は、私も分かっているのです。人々が自分にかかわりのない世界に、どうしようもないくらいに興味がない理由は。
 何せ、世界は平和なのです。
 「ええっと……」
 いたたまれなくなって、視線を辺りにさ迷わせます。
 見えるのは、どこにでもあるような普通の宿屋。つまるところ、さほど清潔感があるわけでもなく、だからと言って汚いわけではない。そんな宿屋には、場末なだけあって私以外にはほとんど客がいません。カウンターにのっそりと座る宿屋のおじさんも退屈そうにあくびをかみ殺していましたし、質問のタイミング的には何の問題もないはずです。人間の大敵は、何よりも暇であることの筈なのですから。
 視線を戻せば、おじさんもいたたまれないような雰囲気でした。仕方ありません。ここは私の用意した場なので、私が主導権を握るべきでしょう。
 「魔法に関する何か、あるいは、魔法使いに関する何か。何でもかまいません。この近くに、それに該当するようなものはありますか?」
 畳み掛けるように質問する私。質問の仕方としては下策と言わざるを得ませんが、この際手段は選んでおれません。押しの一手が重要なのです。多分。
 そんな私の心中を知ってかしらずか。彼は視線を中にさまよわせながらも、何やら考え込んでくれてているようです。これはすばらしい一歩です。
 「魔法……ねぇ」
 「ええ。魔法らしいもの、でも構いません。何か怪しい、という程度でも構いませんし」
 「魔法らしい……っていうと、あいつらは……」
 うめき声のようにも聞こえますし、何か含みを持たせた一言……のようにも聞こえます。単純に迷っているだけかもしれませんが、ここはカマをかけてみるべきでしょう。
 「何か、ご存知ですか?」
 「うん? ああ」
 かかりましたか?
 「…………」
 さ迷わせていた視線をこちらに戻して、
 「いや、悪いが、近くでそんな話を聞いたことはないね」
 嘘ですね。
 何故か、瞬時にそう思えました。知っていて、言わない。おそらく、よそ者である私にそれを伝えていいものか迷っているのでしょう。
 「そうですか……わかりました」
 内なる疑問は表に出さないよう、笑顔で応えます。営業スマイル、営業スマイル。
 「数日の間滞在することになりますので、何か思い出されましたら、お声をおかけください」
 営業スマイルには名刺がつき物です。笑顔で差し出すその名刺には、
 『魔法調査官ノーラ・アレラデ 調べます、魔法の全て』
 「お気軽に、”ノーラちゃん”って呼んで下さいね」
 凄く嫌そうな顔をされました。

 宿の外に出てみれば、外は夕暮れが近づく頃でした。
 「集落に着いたのが昼過ぎでしたから……」
 随分の間、宿の部屋に引き篭もっていたことになるのですね。ビバ引き篭もり生活。
 働いたら何とやら……とまでは行きませんが、働かずにいられるならそれでいいや、という気分でした。いやまぁ、学生でしたので、勉強せずにいられるのならそれでいいや、でしたが。
 「さて、ともかく」
 あまり時間の猶予はありませんが、残された時間を使って集落内での調査をおこなうことにしましょう。何かあるかもしれない、という手がかりを得た以上、さすがにサボる訳には参りません。
 「しかし……典型的な辺境集落ですね、ここは」
 そろそろ夕暮れということもあり、集落にはほとんど人の姿が見えません。たまに見る人も、家路を急ぐ人ばかりです。
 人が集まって住む所を集落と呼び、人口が一定数を超え、ある条件を満たすと村と呼ばれます。
 では、その条件とは何か。
 「商店が一つもありません……」
 見渡す限りに見えるのは、民家か倉庫か、畑か牧草地か。
 人が少なく、全てが自給自足で足りるうちは、商店など無用の長物なのです。しかし、人が増えるとそうはいかない。すると、食料そのほかを外部から仕入れてくる必要があります。
 そこで、商店の出番なのです。
 商人が外部から品物を仕入れ、自らが生活するに必要なお金を上乗せして、売る。それは貨幣経済の始まりでもあり、近代化の一歩ともいえます。
 つまり、商店が常時存在する集落のことを、村と呼ぶのです。そうした定義に照らし合わせるのならば、ここは立派な集落と言えます。
 「立派な集落……というのも、何ともいえない言い方ですが……」
 ここで、はて、と思われた方もおられるかもしれませんので、一応説明が必要でしょう。商店が”常時”存在する、とはどういうことか、と。
 その謎は、町外れの広場に行けばあっというまに氷解することでしょう。
 もちろん舗装などされていない、土の道を広場に向かって進みます。辺境だけに土地は余るくらいにあるのですが、意外と建物密度が高いのは、ここが開拓して出来た土地だからでしょう。木々を切り倒し、石を砕き、土を掘り返し、ようやく家が建てられる。その努力と労力は、いかばかりのものだったのでしょうか。
 そんな感傷に浸りながら歩くこと数分。気が付けば、少し開けた場所に出てきました。どうやら、町の広場のようです。
 「ほほぉ……」
 まるでお祭りのような光景が広がっていました。
 広場にはいくつものテントが立ち並び、いくつもの露店が軒を連ねます。生鮮食品、生活必需品、嗜好品。望む物の数だけ店があり、それを望む人が店の前に列を作ります。
 夕暮れ前と言うこともあってか、あちこちに灯りが蛍のようにまたたいています。灯りの下、テーブルと椅子を並べて宴会を初めちゃっている人々も。男性諸君は日頃の労働の疲れを癒し、女性諸君は日頃の不満を吐き出します。
 広場の中央には舞台が設けられ、旅の一座が自慢の音楽を披露していたりして、雰囲気は完全にお祭りです。
 どうやら、集落に人が少ない理由は、夕暮れ時だけではなかったようです。
 宿屋を出る際、
 「今日はキャラバンが来てるから、広場に行ってみたらどうだ?」
 と心優しい忠告を頂いた為、こうして広場にやってきたわけなのですが。
 キャラバン。
 こうした商人一座のことを、そう呼びます。馬車で隊列を組み、各地を巡りながら商いをする。定住する土地を持たず、旅から旅への根無し草。時折町に立ち寄っては、生きるための路銀と、商売のための商品を仕入れ、また、放浪していくのです。
 と。
 立ち並ぶ露店の一角に、見知った顔を見かけたような気がしました。
 「はてな……?」
 ここからではよく見えないので、近くに寄ってみることにしましょうか。止めていた歩みを再開し、広場へと入って、
 「きゃっ」
 何かにぶつかって転んでしまいました。
 「あいたたたた……」
 ううっ。私としたことが。明らかに前方不注意です。何とか起き上がってみれば、小さな女の子がびっくりしたような表情で座り込んでいました。
 「ごめんなさい、私がぼんやりしてたばっかりに……」
 急ぎ立ち上がると、女の子に手を伸ばします。
 「大丈夫ですか? お怪我などされてはいませんか?」
 声をかけても、その女の子は何の反応も示してはくれません。ただ、こちらの顔をじっと見つめているだけです。ううっ。こまりました。お子様の相手は苦手なのです。こら、そこ。私のどこがお子様ですか!
 「えっと……お詫びのしるし、といっては何ですが」
 ポケットの中から、小さな塊を取り出します。
 「アメなどいかがでしょうか……えっと、その……甘いですよ?」
 我ながら、語彙の少なさが嫌になりますね。
 「…………」
 最近のお子様は、アメなどでは満足しないと言うことなのでしょうか。だとしたら、さらに高級なものを……? いやいや、そもそも甘いもので懐柔しようなどという私の考えのほうがはるかに甘かったと言うことでしょうか?
 などと思考のループにはまりかけた頃に。
 「アメ」
 小さい言葉と共に、手がこちらに差し出されました。……やはり、アメの力は偉大なようです。
 「はい、どうぞ」
 リエステールでは知る人ぞ知る名店、「お菓子のキャンティ」にて購入したフルーツキャンディ。お値段一袋100フィズなり。袋の中から適当な一つを選び、女の子の手のひらにのせてあげます。
 「もうひとつ」
 もう一つ欲しい、ということでしょうか。まぁ、アメの一つや二つでどうこう言う私ではありません。
 「はい、どうぞ」
 もう一つのせてあげます。これで都合二つです。
 アメを二つ受け取った少女は、やおら立ち上がったかと思うと、脱兎のごときスピードで広場とは反対の方向へ走り去ってしまいました……いえ、途中で止まりました。こちらを振り返って、
 「ありがとう」
 雑踏の中なのに、何故か妙によく通る声でした。
 「いえいえ、こちらこそ」
 笑顔で応えると、女の子は今度こそ走り去ってしまいました。
 「私のアメ二つ……」
 アメの一つや二つで……はっ、いけませんいけません。私の至らぬ暗黒面が露呈するところでした。そんなものはちぎって破ってゴミ箱にポイです。
 「さて」
 今度こそ、広場へと向かうことにしましょう。前方への注意は勿論、左右後方への注意も怠り無く。
 広場に一歩踏み入ると、非日常の空気が私を包みます。何といいますか、熱気と活気に溢れた空気。引き篭もりの私には少々こたえます。
 まずは、押し寄せる人の波をかきわけて、自分の行きたい方向へと。

 進めませんでした。
 「しくしくしく……」
 負けました。色々と負けました。完敗です。
 あ、また乾杯ですか? いえ、私はちょっと……お代はいらないからと言われましても……あ、果実酒でしたら何とか……ええ、感謝いたします。
 「「「「「かんぱーいっ!」」」」」
 大号令です。飲めや歌えの大騒ぎです。
 私も渡された果実酒を一口……あ、美味しいですね。あ、美味しいと言えば先ほどから気になっていたものがあるのです。そこの露店で美味しそうに焼けているお魚さん。ええ、それを一ついただけますか?
 あら、美味しい。川魚なのに臭みが全くありませんね。どのような調理法で……なるほど、まず……。
 祭りの中へずるずるずる。
 すみません。果実酒をもう一杯……ええ、そちらのお酒も美味しいのですか? ならそちらも……。
 酒は飲めども飲まれるな。

 酒宴と酒乱の坩堝と化した広場から、少し離れた丘の上。ちょうど広場全体を見渡せる位置に、小さな人影が二つ。
 「いたね」
 「うん、いたね」
 ささやくようなその声は、夜の風に乗って消えていくだけで、聞くものはいない。
 「せいこうだね」
 「うん。せいこうだね」
 声はひそやかで、けれど、隠し切れない喜びを潜ませて。
 「あした、また、あいにいこう」
 「そうしよう」
 風が吹いて。
 「アメ、あまいね」
 「あまいね」
 気配は消えた。まるで、風にさらわれてしまったかのように。初めから、そこには何もいなかったかのように。
 夜が、更けていく。