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―1―


河川の町ミナル―『河の上に建つ町』とも呼ばれるこの町は、いたるところに河が流れ、町の中の交通手段といえば、あらゆる場所に河がつながっているという地形から、渡し舟が主要なものとして扱われている。
まだ太陽も低い朝、一日の始まりを告げる明るみを帯び始めたばかりのその町は、河のせせらぎだけをBGMに、静かな時間を刻んでいた―
「起きろディン!! 鉱山に行くぞ!!」
……とある宿屋の一室を除いて、の話ではあるが。



「……エミィか……また唐突だな。 もう少し寝かせろよ」
部屋中に響き渡るかのような勢いのその声に叩き起こされた青年―ディンは、一度引っぺがされた布団を、めんどくさそうに被りなおした。
しかし、エミィと呼ばれた少女―エミリアは、相手のその行為にも一切引かず、さらに勢いづけてもう一度それをひっぺがし、さっき以上に叫びたてるような声を張り上げる。
「何を言っておるか! 今日は早くモレクに向かうと言ったじゃろうが!!」
――隣の部屋の客の迷惑になっていなければいいが。
ディンは、ただそう思うだけだったが、聞き捨てならない一言が耳に入ったことに気がつき、眉をしかめる。
「俺は何も聞いてないぞ」
「なんじゃと?」
「まったく、頭の中ばっかり先走って、伝えてもいないこと伝えた気になってるんだろ?」
そんな事を言いながらエミリアの手から布団を奪い、あきらめたようにベッドの上へと放り出すと、椅子に座るような体制になるように足を床に下ろす。
「俺は慣れたからいいが、ちゃんと自分の行動くらい把握しないと、周りがついていけなくなる」
「む、むぅ~……」
冷静に考えるとそうだったかもしれない、といった事を考えているのだろう。
なんだかんだ言って付き合いは長い。 ディンにとってはそのくらいのことは表情から読み取れていた。
「で、鉱山に何の用があるんだ? 鉱石ならレイスの工房に十分溜め込んでるだろ?」
やれやれ、と軽く頭痛を感じながら、友人の顔を思い返す。
アイテム製作のために使う水の質がいいから、とミナルに工房を作って住み込んでいる創作者クリエイターだ。
「昨日酒場でモレクから来たという支援士がいたんじゃが、鉱山で今までに無い鉱石が見つかったと言う噂があるそうじゃ」
「新種の鉱石?」
「うむ。その石は、かの『風の短剣』のように、所持者に力の加護を与える石と聞く。 研究者として見逃せぬ話じゃろう!!」
「……研究者としてって……お前、理使いマージナルよりクリエイターになったほうがよかったんじゃないのか?」
「何を言うか、力の付加をなされた道具は私達の分野でもあるのじゃ!」
「……ま、別にいいけどよ」
「うむ、クリエイターが道具に力を付加することで加護を持たせることは可能じゃが、『自然のままの状態』で力を持っている鉱物は珍しい。 マージナルとしても興味深いシロモノじゃよ」
はぁ…と、ディンは溜息を漏らした。
この少女は―おそらくマージナルとしての魔法の追求、という意識もあるのかもしれないが―研究者としての意識がものすごく強い。おそらく、魔術的な道具やそれに関することなら、そこらのクリエイターなど話にならないくらいの情熱と知識を持っているだろう。
「……ま、確かに『短剣』に近い力を持つ鉱物ってのは、支援士としては興味あるな」
「じゃろ? 研究以外でも、加工してどこぞの金持ちにでも売れば第二の『短剣伝説』を打ち立てられるかも知れんぞ」
誰にとっても、この『支援士と冒険者の時代』を打ち立てた道具の存在は確かに聞き逃せない要素。
「しゃーねぇな……どうせ俺が断っても適当に仲間雇っていく気だろ?」
ディンは、『よっこらせ』と口に出して立ち上がり、ぐっと背を伸ばした。
文句づいたような口調ではあるが、その表情はどこか楽しんでいるような笑顔も差し込んでいるように見える。
「……ん?」
そんな彼のすぐ横では、ニコニコとわかりやすい表情をしたエミリアが、早くしろ、とばかりに彼の着替えを手に突き出していた。
ディンはその服を受け取り、表情をいっさいかえずにただ一言。
「着替えるから出てけ」






手早く朝食を済ませたディンとエミリアは、渡し舟を一隻借りて、ミナルの朝の空気の中を、のんびりと進んでいる。
大陸随一の水の町と呼ばれるだけに、その河の水はどこまでも透き通り、底の方を泳ぐ小魚の群れも見えるかのようだった。
「船頭さん、ここで止めるのじゃ」
エミリアは自分の杖と空っぽのバッグを掴み上げ、舟が岸につくその前に陸に、ぴょんと飛び移る。
ディンはやれやれ、とばかりに誰に見せるわけでもなく肩をすくめ、身長程はあろうかという大剣を背負い、立ち上がり、その後を追うようにして陸に上がる。
「ああ、少し待っててくれ。 荷物を取りに降りただけだ」
そして、思い出したように振り返り、今まで乗っていた、巡回のルートに向かおうとする舟を呼び止めた。
船頭は”あいよ”と一言口にすると、舟に座りパイプに火をつけ一服を始める。
「そろそろ、来る頃だと思ってたよ。 今日は、何がほしいの?」
舟が待ってくれた事を確認し、ディンは改めて目の前の建物へと目を向ける。
そこでは、その建物の住人である少女とエミリアが、すでに道具の売り買いの交渉へと入っていた。
「そうじゃの、いつものアレと、傷薬……あとは……」
「包帯に毒消し。 あと、念のために魔物よけの香だな」
何を持っていくべきか迷いそうになるその前に、いつものようにてきぱきとした調子で道具の指定をする。
その行動に、何かが気に食わないのか頬を膨らませるエミリアと、そんな二人の様子を楽しんでいるのか、一度軽く笑ってから店の奥へと道具を取りに行く少女。
それは、彼らがこの町に辿りついたとき、いつもこの場所で見られる光景だった。
「包帯は薬草の配合を前と変えてみたから、身体に合わないようだったら言ってね」
にこりと笑って、指定された道具たちを詰めたバッグをエミリアに手渡す少女。
エミリアは早速それを確認するように、手近にあった段差に腰掛けてバッグの中身をごそごそと漁り始めた。
「レイスの道具に限って、害になるなんて事は無いだろう」
「ううん、どんな薬草だって服作用の可能性はあるもの。 その成分を沁みこませているあの包帯だって同じ。 配合比を変えるだけで肌に合わなくなるってことなんて、ざらにあるよ」
その横で、たった今手渡された包帯の事について話し出すディンと、少女―レイス。
彼女は、創作者クリエイターとしてこのミナルの町に工房を持ち、道具の売買によって生計を立てている二人の友人であり、互いに道具を売り買いしあう関係でもある。
この町を拠点に選んだのは、水の質がいいから道具精製の研究に都合がいいとかいう話をエミリアとしていたのを聞いたことがあったが、水の良し悪しの研究への影響など、その時も今もディンにはあまり理解できなかったという逸話があった。



「……それにしても、あなた達が支援士になってどのくらいになるのかな」
沈黙は、十数秒程度だっただろうか。
ふと、レイスが何かを懐かしむような目で、二人の姿を交互に見つめ、そう口にしていた。
「なんだ、いきなり」
「こうやってあなた達に売るのも何度目かな、と思って」
「……そうだな、もう何年かは経ったと思うが……」
「昔のあなた達……特に、ディンからは考えられなかったね。 自分より身体の小さい、二つも年下のエミィに守られていた、弱虫ディンちゃん……」
「………」
「あの時は、まさかキミが、前衛で身体を張って仲間を守るような『聖騎士パラディンナイト』になるなんて思いもしなかったよ」
「いつの話だよ」
「どっちかというとキミがマージナルで、エミィがパラディンナイトなイメージだったけど……現実は面白いね」
「……俺だって、昔のままじゃ無い。 いつまでも女に守られてるのはゴメンだ」
「アイスコフィン」
なにやら小さい声でそう聞こえた直後、こんっ、という擬音がぴったりとはまりそうな感じで、小さな氷の塊がディンの側頭部に命中した。
「なんだよ」
氷が当たった場所をさすりながら、呪文の主へ軽く睨むような視線を送るディン。
「別に。 ただ、前衛で攻撃を受けるだけで、私を守っていると思っているのが滑稽でな」
それでも、全く悪びれた様子もなく……むしろ挑発する勢いで視線と言葉を返すエミリア。
「あはは。 まぁまぁ、二人とも旅に出る前にケンカなんてよしなよ」
そう言ってはいるものの、レイス本人はこの二人の仲違いに関しては、全く心配などしていない。
ケンカもこの二人にとっては日常茶飯事、あいさつのようなもの。 いちいち気にかけているとキリがなくなると知っての行為だった。
「む、そうだな。 舟も待たせているし……」
「おお、そうであったな。 ではレイ、また次もお願いするのじゃ」
「二人も、いいアイテム見つかったら教えてね」
エミリアは、ふたたびぴょんと飛び跳ねるように、そしてディンも少し遅れて舟に乗り込みどかりと席に座りこむ。
船頭が二人が座ったのを確認すると、パイプを横に置き、すっと立ち上がって舟をこぎ出し、舟は岸を離れ、モレク側への街道がはしるミナルの出口へと進み始め……そしてレイスは、笑顔のまま手を振り、いつもの別れの一言を口にして、遠くへと消えて行く渡し舟を見送っていた。
「さて…と、そろそろ結晶が出来てる頃かな」
水路の角を曲がり、その姿が見えなくなると、ぐっと背を伸ばしてそう呟く。
彼女の一日は、実験中の水槽を覗くことから始まっていた。