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友人が目を付けていた依頼が誰かに取られてしまい、黒髪の少女はとくに依頼も受けずに友人とのんびり街中を歩いていた。

まあ受けないというよりは依頼が無いので暇を持て余しているだけだが。

空はすでに夕暮れ時。

そろそろギルドに帰ろうかなーなどと思っていると、向い側からその人が通り過ぎて角を曲がっていくのを発見。

それを目にした黒髪の少女は即座に振り返り、手に持っていたパルチザンを隣で歩いていた友人に強引に押し付けて(その際友人は困惑したように何か言っていたが軽く無視して)駆け出した。

街角を曲がったところでその人の後ろ姿を再び確認。隣を歩く青年を取りあえずスルーして、ターゲットロックオン。

 

いまだ黒髪の少女の接近に気付いていないその人めがけて走りだし、

(あね)さーーーーーーーん!!!」

そう叫びながら少女の腰めがけてダイブ。

後ろから突然腰めがけて突進を受けたその人はそのままべちっと押し倒されるように地面に引き倒された。

 

「い、一体何じゃ!?」

不意の出来事に目を白黒させながら、打った鼻を押さえつつ体を仰向けにしてみると、そこで彼女の体を抱きしめる黒髪の少女と目が合い、黒髪の少女は目が合うとにこーと笑顔を見せた。

「姉さんお久しぶりです」

「ふぇ、フェア・・・」

彼女にしては珍しく、エミリアの顔は傍からみて分かるほどに引きつっていた。

 

「フェア~、いきなり“ヒライシン”を押し付けて走りだしたりして一体どうしたんスか?」

―――と、それから少し遅れて、頭をすっぽり覆うキノコ帽子が特徴の少女が2本のパルチザンのような武器を持って走ってきた。

「―――ってエミリアさんとディンさんじゃないっスか、久しぶりっス」

「おおスズか、久しぶりじゃな。また今度あの式紋を見せてくれぬか?」

「それは別にいいっスけど、・・・いいんスか?多分何回見ても解らないと思うっスけど・・・」

「なに、マージナルの性じゃ。あれだけ見事なものなどそうそうお目にかかれるものではないからの。流石は名門レイントニアと言うべきか」

「そう言われると何か照れるっスね」

 

エミリアの称賛の言葉にちょっと気恥ずかしげに頬を掻くスズに反比例し、エミリアの上に乗っていたフェアはムスッと不服そうに頬を膨らませた。続いてエミリアの顔にずずいと近づいてズームアップ。顔を近づける度にエミリアの表情が何だか表現に困る様な感じに歪んでいくのでますます面白くない。

 

あ、姉さん今一瞬目を逸らしたでしょ。

 

「姉さ~ん?わたしを置いてスズとの会話に花を咲かせるなんて少し酷くないですか?」

「・・・というか重いからまずはどいてくれぬか?」

もっともな意見でした。

「あっ!ひどっ!?姉さんその扱い酷いですよ!?」

ですがその程度の言葉ではフェアは動じません。寧ろ火に油を注いでしまったようで、

フェアはエミリアの上に乗ったまま手を駄々っ子のようにバタバタと振り回し始めた。

当然上に乗られているエミリアには堪ったものではなく、「こ、これ!人の上で暴れるではない!」と割と必死で叫んでいたりするが、そんなのお構いなしだ。

 

流石にやりすぎだと判断して成り行きを見ていたディンが止めに入ろうとすると「・・・あれ?」とそこで何かに気づいたフェアがはたとその動きを止めるものだから、ディンもそれにつられて動きを止めてしまった。

 

「やりにくいな・・・」とディンは小さくぼやいてふとエミリアに視線を向けると、そちらから「早く助けぬか」という視線がびしびしと伝わってくる。が、

恋人の頼みなら割と何でも引き受ける彼でも、流石に街の真ん中で恋人を抱き倒して尚且つ悪意無くじゃれついている少女(しかも年齢も近いっぽい)を引っぺがすにはまだまだ躊躇するお年頃だった。

 

良く言うとやさしい人。悪く言うと役立たず。

 

「どうかしたっスか?」

「というか、いい加減にどいてはくれぬか?」

先程からじっと上を見ているフェアに不思議そうに言葉を投げるスズと、やはりもっともな意見を述べるエミリア。街のど真ん中で器量よしの少女が同じく器量よしの少女に押し倒されているという(第3者目線で)百合の花咲き乱れる珍しい光景に、すでに人だかりが出来始めていた。

 

「いやいや、姉さんの柔らかい体を抱きしめてると気持ちがいいからその意見は却下させてもらって、むしろ思い切り顔を埋めてみるのもいいかなーと思い始めたんだけど―――ってそうじゃなくて」

フェアの若干セクハラ発言に、その光景を少し想像してしまったのか冷や汗を流すエミリアと、さっきからこちらを見て妙にそわそわしているディンを見なかったことにして、フェアは空に向かって指差した。

その指の先を追って、周囲の人も視線を上に向ける。その先には―――

 

「今日の月って朧月だっけ?さっきまで普通の月だった気がするんだけど・・・」

 

フェアが呟いたのとほぼ同時刻、大陸の各地で、暗くなってきた空に顔を出し始めた月が、突然ぼんやりと朧に霞んだのを複数の人々が目撃した。

 

***

 

ビシャッと血の跳ねる音が後ろから聞こえて、男はにやりと笑った。

邪魔なガキは排除した。後は目の前の目ざわりな怪物をぶっ殺して、“クリア”を回収するだけだ。

組織の目的のためにはなくてはならないキーカードの回収が目的であるこの作戦の成功は、目的への大きな前進であり、自分達の地位を組織の中で大きく跳ね上げることだろう。

作戦の成功が目前まで見えてきた男は感情を高ぶらせた。

「おい!ガキを殺したんならこっちを手伝え!さっさと終わらせるぞ!!」

目の前にいる怪物から目を離すわけにもいかないので、振り返ることなく後ろにいるであろう別の隊員に指示を飛ばすと、男は目の前の障害に意識を集中させる。その時、

 

「うんいいよ。でもその前に私と遊んでくれない?」

 

男の背後からドンッ!!という轟音が放たれた。

 

「・・・はへ?」

背中から腹部にかけて強い衝撃が駆け巡り、少しして男は恐る恐る自分の腹部を見てみると、背中から腹部を貫通し、大きく綺麗な風穴が開いていて

男は何が何だか分からないといった表情で顔を上げて他の隊員を見た直後、ぐらりと体を前のめりに倒れさせ、倒れた姿勢のまま動かなくなった。

「お・・おい?」

仲間の異変に気付き、倒れて動かなくなった隊員に他の隊員が恐る恐る声をかけるものの、

その隊員からは返事がなく、その変わりに時間が経つごとに隊員の倒れている岩床に紅い水溜りが広がっていった。

僅かな間の後にその隊員が既に死んでいると解ると、何が起こったのか理解ができずに息を呑む隊員達だったが、今の今まで相手にしていたゼルド・バオアクードがこちらから注意を逸らし、隊員達のいる場所のさらに奥の通路を見て唸っているのを見ると、

仲間の死を見て思考が半分麻痺した隊員達も一体何なんだと振り向いた。

 

その視線の先には、1人の少女が立っていた。

全身から淡い光を放つその奇妙な少女は、その背に自身の背丈よりも大きな1対の羽を携えていた。

まるで水面に映る月光のような青い光を放つ1対の大きな羽、羽と同じ様に青く光る長髪、そして、なにか危険な光を宿す暗く蒼い瞳。

 

少女はその身に受ける視線を気にも留めずに、優雅とも言える動作で倒れた隊員を見つめ、にんまりといった感じに口の両端を歪めると、

 

「・・・アレ?もう壊れちゃったの?」

 

そう言って、くすくすと笑った。

 

その笑い声に、全員の脊筋が凍り付いた。

何だ。一体何なんだ“アレ”は。

 

隊員達が沈黙して少女を見つめている中、突然通路を揺るがす程の咆哮が放たれた。

ぎょっとして咆哮の放たれた方を見ると、

一度咆哮したゼルド・バオアクードが隊員達を無視して少女に向かって突進した。

目の前の隊員よりも奥にいる少女のほうを脅威と判断して、先に排除しておこうと考えたらしい。

しかし、僅かに視線を前に向けて迫りくる恐ろしい巨体を見ても、少女は特に動じることもなく、むしろ楽しそうに、まるで新しい玩具を見つけた子供の様な表情で口を開いた。

 

「ふーん?今度はアナタが遊んでくれるんだ」

 

その言葉を聞いた隊員達が、まさか、といった表情で周りと顔を見合せる。

 

しかしそんなものにはお構いなくゼルド・バオアクードは少女に接近すると、ガバァッ!!と想像しないほどの大きさで大きく口を開き、少女を丸呑みにしようと突進する。

この距離ならば、このまま行けば少女は抵抗する事も出来ずに怪物に大きな羽ごと飲み込まれて絶命してしまうことだろう。

だが、少女は余裕の表情を保ったまま、右手の掌をのんびりとゼルド・バオアクードにかざして一言、まるで歌うような滑らかな音程で言葉を紡いだ。

 

「天上に輝く白銀の月 我に仇なす愚かな敵に 裁きの一矢を放て」

 

―――アルテミス

 

その瞬間、少女のかざした掌から生み出された白銀色の光球が凄まじい勢いでゼルド・バオアクードの開いた口の中に飛び込むと、そのまま体内を蹂躙しながら後方へと貫通。

後方へ飛び出した光球はそのまま洞窟の天井へと向かい、天井の岩を砕いてキラキラとした岩片をまき散らしながら消滅した。

怪物はぐらりと態勢をくずした後、突進した勢いに従ったまま少女の横を滑りながら通り過ぎてから、その先にあった岩壁に激突して停止すると、だらりとだらしなく口を開いたままどんよりと淀んだ瞳を虎空へ向けてピクリとも動かなくなった。

 

まさに一瞬。

 

その目の前の光景を呆然と見た隊員達は、最早何がなんだか解らなかった。

信じられない、と夢から覚めようとするかのように頭を振る者や現実を受け止めきれずに誤魔化す様な空笑いをする者まで現れるほどだ。

 

それはそうだろう。何せ隊員数十人がかりでも苦戦していた怪物を、何でもないといった顔で笑いながら、1撃の元にあっけなく屠り去ったのだ。これで受け入れろと言う方がおかしいだろう。

だが、徐々に現実を受け止め始めた隊員達は、やがて1つの答えに辿り着いた。

 

―――“アレ”はやばい。とてもじゃないが俺達だけじゃ手に負えない。

 

そう判断した時には、その場にいた全員が何事かを叫びながら走り始めていた。少女のいる所からは逆の通路へ、少しでも少女から離れる為に。

しかし、

 

「ねえ?どこに行くの?」

 

そんな言葉が投げかけられ

 

ドンッ!という音が再び通路に響き渡ると、大きく弧を描きながら白銀の弾丸が逃げる隊員達を追い越し、先頭を走る隊員に一寸の狂いも無く襲いかかった。

直撃を受けた隊員はグシャリという果実の潰れるような音の後に、上半身から紅い花を咲かせて力無くその場に倒れ伏し、花を咲かせ終わった上半身は跡形も無く消滅していた。何の冗談か、残った下半身がビクンビクンと痙攣している。

 

「う・・うわああぁぁああああああああ!!??」

上半身を吹き飛ばされた隊員を目の前で見て腰を抜かした隊員達が、喉が張り裂ける程の絶叫を上げながら、その死体から必死に離れようとずりずりと後ずさりして、後ろから走ってきた隊員にぶつかった。

後ろから逃げてきた隊員達も、その光景を目の当たりにした途端に凍り付いた表情でその場に立ち尽くす。

 

そして後ろから聞こえた物音にぎくりと表情を強張らせ、錆びて動きの悪くなった歯車のようにゆっくりとした動作で後ろを振り向くと、

 

こちらに片手をかざしたまま死んだ怪物を見ていた少女が、くるりとこちらを振り返って、そのままのんびりとした歩調でこちらに歩み寄ってきた。

 

「アハハハ、駄目だよ。アナタ達もちゃんと遊んでくれなきゃ、つまんないじゃない」

 

そう言ってにっこり、というよりはどこかにんまりと笑う少女と、死んだ隊員を交互に見た隊員達は―――やがて、この怪物、いや、この狂気からは逃げられないと悟った。

 

その直後、地面に平伏して命乞いをする者。自棄になって各々の武器を構える者。どうすれば良いのか分らず、ただ茫然と立ち尽くす者など、隊員達はその場で様々な行動に走りだした。

それぞれの反応は様々だったが、全ての者が行う行動には1つだけ共通点があった。目の前の、少女の姿をした化け物への恐怖―――こんなところで死にたくないという恐怖心。

隊員達からの敵意や恐怖の視線を一心に浴びた少女は、再び口の両端を歪ませて笑うと、まるで指揮者の様に両手を広げて再び歌う様に言葉を紡ぎだす。

 

「漆黒に浮かぶ白銀の月 闇を切り裂く金色の槍よ 我が命に従い 悪しき者を屠り去れ」

 

言葉を紡ぎ終わると、それと同時に少女の背後の何もない空間からまるで夜空に浮かぶ星のような無数の白銀の光球が出現し、暗い洞窟内をきらびやかに飾り立てた。

まさに圧巻、圧倒的とも言うべきその光景を見た途端、命乞いをした者の希望は儚く潰え、立ち向かおうと武器を取った者達の戦意は粉々に打ち砕かれた。

抵抗も無駄。

命乞いも無駄。

目の前に広がる死の光景に、最早誰もが絶望するしかなかった。

 

それを見ている少女は、まるでいつまで耐えられるのか楽しみにするように隊員達に向かって無邪気に笑いかけながら、おもむろに片腕を上げると、勢いよくその手を振りかざして無数の光球に命令した。

「アルテミスレイズ」(壊しちゃえ)

 

その合図と共に少女の背後に控えていた無数の弾丸が、恐怖に顔を歪ませた隊員達に一斉に襲いかかった。

 

最早、それは戦いとすら呼べるものではなかった。

 

もっとも当てはまる言葉はそう、どこまでも一方的な殺戮。

 

何かが砕け散る音と重なって響く、絶叫という名の美しき歌。

その歌に添えて咲き誇る赤の百花繚乱。

立て続けに聞こえるベチャリベチャリという花の散る音。

高々と鳴り響く狂喜の哄笑。光り輝く一対の青い月。

洞窟の壁や床一面を染めていく赤。あか。アカ。

 

それらの音は僅か数分経った後に突然ピタリと止むと、その場には静寂が蘇り、既に少女以外で立っている者は誰もいなかった。辺りにはただ一面に広がる赤色と、数分前まで人間だったモノの欠片だけが散らばっていた。

 

その不気味な静寂の中で目の前の光景を見ていた少女は、顔に付着した赤いモノを指の腹で拭い、それを舌でぺろりと舐め取ると、「アハッ」と思わず漏れたといった感じに口の両端を歪めて笑いをこぼし

 

「ふふふ・・・。あはっ、あはははハハははははは!!!」

 

赤い空間の中心で少女は笑った。高々と、楽しそうに、とてもとても、楽しそうに。

 

***

 

「血の臭いはこっちの道からだ、急ぐぞ!」

「はい!!」

ゼルド・バオアクードを倒したライトと10人程の隊員は、今来た道を逆走して隊を分けた分かれ道まで戻ると、ティラ達が足を踏み入れた通路へと駆けた。

「ティラさん達は無事でしょうか・・・」

既に先の出来事でこちらの道には敵しかいない事が分かっており、しかもその通路から血のにおいがするというのだ。悪い予感が拭いきれず、隊員は心底身を案じているように呟いた。

「さあな。だけど何かあったのは確かだ。・・・この距離からこれだけとなると、少なくとも他の連中も無事じゃない。確実に死人が出てる」

淡々と告げるライトの顔を他の隊員が信じられないといった感じで見ているのに気付いたライトは、怪訝そうに目を細めて口を開く。

「・・・何だ?何か顔に付いてるか?」

「い、いや・・・あんた随分冷静だなあと思ってな。心配じゃないのか?」

「オレが愉快に慌てふためく姿でも見たかったのか?そんなことしてあいつ等の身の保障ができるならそうするが、実際にそんなことしてもオレには何の得もないな」

「損得の問題かよ!?あんた連れがどうなっていてもいいのか!?」

その言葉にカチンときたのか、ライトはそのセリフを吐いた隊員をジロリと睨み付けた。

睨まれた隊員はその迫力に思わず息を呑む。

「どうなっていてもいいって?何言ってんだか。どうなっていてもほしくないから、こうして行動してるんじゃないのか?」

その言葉に隊員が目を丸くしていると、ライトは言いたい事は言ったと言わんばかりに視線を通路の先へと戻した。ふと視線を落としてみると、彼は血が滲むのではないだろうかというくらいに拳を握りしめていた。

「わ・・悪かったな」

「別に気にすんな」

隊員の謝罪をうけつつ、さらに通路の奥へ、

「だんだん近くなってきたな―――ん?」

と、いきなり怪訝そうな表情をしたライトが目を細めて先を見た。つられて隊員達も見ると、2人の隊員が倒れており、そのすぐ傍に、あの少女の持っていた機械杖が無造作に転がっていた。

「マキア!!」

一声叫んだライトはすぐさまティタノマキアを拾い上げる。

『ライト、非常事態です』

突然杖が喋りだしたことにぎょっとした隊員達を無視してティタノマキアはライトに、ライトと別れた後のことを説明した。

『―――2人は足止めすることができましたが、マスターが危険です』

「ああ、分かってる。あいつがどっちに行ったか分かるか?ここまで臭いがキツイと流石に解りづらくてな」

ライトの言葉通り、周囲には既に吐き気を催す程の生臭いにおいが充満していた。

『においは解りませんが、この先に行ったことは間違いありません』

「そうか、お前ら地獄を見る覚悟を決めろよ。・・・行くぞ」

ライトは1度だけ周囲の隊員達を見てそう言い放つと、迷うことなく奥の通路へと突撃した。

 

***

 

赤い通路で少女は笑っていた。背の大きな青い羽もその笑いに呼応するように光を強め、薄暗い通路ではそれはまるで小さな月を連想させるような美しさだ。

「あーあ、もうみんな壊れちゃった」

ひとしきり笑った少女はそう呟くと、あらためて周囲を見渡した。

 

アカ、アカ、アカ、アカ。岩の壁も床も天井も、すべてが赤に塗り替えられた通路、その片隅で、

 

「・・・あれ?」

少女はあるものに目がとまった。

視線の先にあるもの、それは腹部に風穴を開けて倒れた男―――ではなく、その近くの岩壁に寄りかかるようにして倒れている、血まみれの少女。

少女はパシャパシャと赤く染まった岩床を横切って少女の方へ歩み寄り、まじまじとその少女を見下ろした。

よく見ると、胸が上下に動いている。―――息をしている。

「ん~?・・・まぁ、いっか」

その少女を見て僅かに首を傾げた少女は、おもむろに少女に向かって片手をかざすと、そこから白銀の光球を出現した。

「じゃあね。バイバ―――」

そう言いかけた途端、

 

―――ドクンッ

 

「―――ッ!?」

不意に、少女は頭痛を押さえるように片手で頭を押さえると、その拍子にかざしていた手の光球がパチンと弾けて消滅した。

頭痛は一瞬だったのか、少女は頭から手を放し、腕を組んで訝しげに首を傾げた。

「???」

そして少女は倒れている少女を改めてジッと見つめて何かを考えた後、

「・・・うん。気が変わった。アナタは見逃してあげる」

そう言い、少女は倒れている少女にくるりと背を向けると、音もなく“消えていった”。

 

***

 

少女が消えた直後、バシャバシャと水を跳ねる音とともにやってきた複数の人間が目前に広がる赤い空間に息を呑んだ。

「い、一体何が・・・?」

隊員の1人が怖々と呟き、赤い空間に足を踏み入れるのに躊躇した時、すぐ傍にいた別の隊員が青い顔で口を押さえて壁際に吐いた。

死の香りすら覆い隠す濃厚な鮮血の臭いは、その場所だけ人の侵入を阻む様に奇妙な重圧を放っていた。

 

明らかに異常な、死の空間。

 

そんな赤の領域に、ライトは微塵の躊躇もなく踏み入れた。その途端にその場に溜まっていた水とは違う別の液体を踏んでバシャリと音を立てる。

「ティラ!リイン!」

凛とした声が赤い通路に反響したが、それに答える声は聞こえてこなかった。

ライトはもう1度大声で呼ぶが、その声は虚しく静寂に吸い込まれるばかり。

「・・・ライトさん」

隊員が気づかわしげに声を掛けるが、ライトは黙ったまま通路を見つめていた。

そして不意に、あるものがその視線の中に入り、

ライトはそこへ駆けだした。

腹に風穴を開けて死んでいる大鉈を持った男を無視し、その先の赤い水溜りに倒れる1人の少女の元へ。

「ティラ!」

ライトは少女の名を叫びながらぐったりとした少女の体を抱き上げた。

その顔は泥や血によってべっとりと汚れ、少し前まで真っ白だった外套は擦り切れて赤い斑模様に染まり、その全身も外套と同じ様に泥と血で真っ赤に染まっていた。

―――だが、

 

「―――ぅ」

 

ライトの声に答えるように、ボロボロの少女は小さなうめき声を上げた。

そしてひくひくと瞼を動かした後に、目をうっすらと開けたティラは焦点の合っていない瞳でライトの姿をとらえると、一度うれしそうに力なく口元を綻ばせ、それから陰りのある表情に変えてから、今にも消えてしまいそうなか細い声で一言「ごめんなさい」と呟いて、力尽きるように再び意識を闇の中に沈めた。

 

「ライトさん!」

見たところ致命傷となるような傷が見当たらないことを確認し、とりあえずでもティラの安否を確認したところで、近くから隊員に声をかけられた。

「リインさんを発見しました!」

そちらを振り向くと、もう1つの“原型の残っている”隊員の死体の近くに無造作に放られていたリインを隊員の1人が抱き上げてこちらに向かってきているところだった。

「リインは無事か?」

「それが・・・、息はしているんですが、こちらが声をかけてもまったく反応しないんです」

「うん?」

ライトは隊員が抱きかかえてきたリインをじっと凝視し、やがて自然に口から言葉をもらした。

「“約束の子守唄”か、随分と大層なものを使ってきたな」

「約束の子守唄?」

「シュヴァルツヴァルトに生息するある魔物の体液と数種の希少薬草を、決まった順序で調合して精製する睡眠薬の一種だ。一度投与すると効果が切れるまでは例え耳元で叫ばれようと殴られようと眠り続ける、あまりにも強力なんで市場には出回ってない代物だ」

「なんでそんな物が・・・」

というか、彼は何故そんな薬品のことを知っているのだろうか?

「・・・なんでそんなことを知ってるのかって顔をしてるな」

「あ、い、いえ・・・」

「まあこっちにも色々とあるんだよ色々とな。とにかく、依頼は既に完遂してるんだ。こいつらをさっさと街まで連れて行くぞ」

「まってください。まだ生き残った隊員がいるかもしれな―――」

言おうとする隊員をライトは手で制すと断言する。

「残念だがオレが感じる人の気配は今立っている奴ら以外にはいない。ほら、あまりここにはいたくないだろ。撤収だ撤収」

 

そう言いライトは隊員達を出口へと促しながら一度だけ赤い空間を振り向き、

 

「・・・いいぜ。その喧嘩、買ってやる」

 

そう1人呟いてから岩礁洞窟を後にした。

 

 

狂気の作り出した赤の空間は、その後の満潮の海水に洗われて1夜の内にその痕跡を消した。

 

その場で起こった悲劇の印はもはや跡形もなく消滅し、オース海岩礁洞窟は今日も潮の音を奏でる。