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目が覚めた時、そこはどこかも解らない真っ赤に染まった世界だった。

 

―――ドッチヲ向イテモアカアカアカ。マルデ浮イテイルミタイ

 

世界の奥の方は、周りと同じような赤い靄で覆われて先の方を見ることができない。

でも、靄の奥が気になって、私は靄の奥へと足を踏みいれた。

 

―――シットリトシタ真ッ赤ナ真ッ赤ナ、血ミタイニ真ッ赤ナ靄ガ、全身ヲナメルヨウニ真ッ赤ニ染メテイク

 

すると、靄の奥は、同じ様に赤い世界が広がっていて、足元には世界の赤とは違う色の赤い何かがいくつも転がっていた。

 

―――アッチコッチニ落チテイルアカイ肉片ガ、ピクリピクリト動イテイル

 

突然、大地が揺れた。どこからともなく湧き出てきた赤い肉の塊が、互いに混ざり合って膨らみ、まるで津波のようにこっちに押し寄せてきた。

逃げても逃げても距離は開かずに、それどころかどんどんと縮まっていくばかり。

怖い、苦しいよ、誰か助けて。

 

―――誰モイナイ。誰モ助ケニ来ナイ。ココニハアナタ1人。ワタシ1人。タダ1人ダケ。

 

肉塊が私の足に絡み付いてきて、足を取られた私は赤い地面に倒れこんだ。

押し寄せる肉塊が足を伝い、太股を、腰を、胸を、腕を、そして頭を飲み込んで、そして―――。

 

―――サァ・・・一緒ニ遊ビマショ?

 

 

「ハァッ・・・ハァッ・・・ハァッ・・・」

そこまで見たところで、ティラはがばりと上体を起こして眼を覚ました。悪夢の所為か、全身は嫌な汗でびっしょりと濡れている。

体の震えは止まらず、激しい動悸は抑えきれない。それでもなんとか呼吸だけでも安定させると、少女は自分がベッドの上で寝ていることに気がついた。

見知らない部屋だった。

「え・・?ここは・・・?」

「ん?ここか?病院の個室だが」

聞きなれた声を聞き、そっちに首を動かすと、少し離れたところで椅子に座っていたライトが立ち上がってこちらに歩み寄ってきているところだった。

その姿を見て、安堵が漏れる。すると不思議なことに体の震えが止まり、夢の内容こそ未だ鮮烈に脳裏に焼き付いているが、激しかった動悸もしだいにゆっくりと落ち着きを取り戻しつつあった。

 

「どらどら」

―――だが、ライトがそう言っておもむろに私の前髪を掻き分けて、額に手の平をペタリとくっつけた時には、心臓が飛び跳ねるのではないのではないかと思うくらいビックリした。ついでに落ち着いてきていたはずの鼓動までもがバックンバックンとドラムを打ち鳴らすような激しさで高鳴って、顔は火が出そうなほど真っ赤に火照った。・・・え?あれ?なんで??

 

そんな感じでティラがプチパニックを起こしていると、ライトはティラの額から手を放して「ふむ」と頷いた。

「まだちょっと熱があるなー。まあ、まだ体も回復しきってないみたいだから、ゆっくり休んどきな」

 

そう言って部屋から立ち去ろうとするライトの手を、ティラは咄嗟に両手でギュッと握りしめて、ライトを押し止めた。

一体何だと怪訝そうに振り返るライト。

その先で、不安を隠しもせずに、いまにも泣き出しそうな表情で少女は呟いた。

「まって、1人にしないで・・・」

1人は嫌だ。1人は怖い。―――また、“あの夢”を見たくない。

 

そう懇願しながらコートを掴む少女の手は震えていた。

 

それを見たライトは小さく溜息を吐きながら「しょーがねーな」と言い、近くにあった椅子を引っ張ってきてベッドの横に座った。

とりあえず、一安心。

ホッとして何か言おうと思ったところで、そこで根本的なある疑問にぶち当たった。

「えっと・・・ところで、何で私はベッドで寝ていたのでしょうか・・・?」

それも病院のベッドで。・・・あれ?個室って滞在費高いって聞いたことあるけど大丈夫なんでしょうか・・・?

 

「何でって・・・。お前あそこで意識を失ってたんだぞ?覚えてないのか?」

「・・・覚えて?」

そこまで言った途端、気を失う前の記憶がまるで駆け抜けるように蘇ってきた。

 

洞窟の通路、薬で眠らされた女の子。いきなり出てきたおっきなトカゲ。男の人に追われて、大きな鉈を振り下ろされて、それから―――

(・・・それから?)

思って、ティラは首を捻った。

―――その先が思い出せない。まるで切り取られたように、その後の記憶だけがすっぱりと断絶していた。

 

―――だが、気を失う前のことを思い出し、ティラの背に冷たいものが走り、顔が青ざめる。

今、この場にいるはずのもう1人が、足りない。

 

「あの、その、リーちゃんは・・・?」

「リインか?あいつならピンピンしてるぞ。多分今は酒場のマスターの所で暴食の限りを尽くしてるんじゃないのか?」

「暴食に限りを」の辺りからどんどんと嫌そうな顔に変わっていくライトを見ながら、一応無事なのだと安心してティラは胸を撫で下ろした。

―――だが、それは束の間だけの安堵。

先程思い出してから、いや、きっと起きた時かそれ以前から、胸の中には罪悪感かそれによく似た嫌なものが渦巻いていた。

もしかしたら、あの夢もそんな嫌なものが投影されて見てしまったものなのかもしれない。

意を決し、ティラは恐る恐る「あいつの食事の代金どうしよ・・・」と真剣に頭を抱えるライトに声を掛けた。

 

「ら、ライト」

「ん?」

「ライトは・・その・・・リーちゃんを一緒に連れていく時に、言ったよね。『お前が全部責任持て』って・・・」

「ああ、言ったな」

 

ライトがそっけなく答えると、ティラは布団をぎゅっと握りしめる。

言わないと、そう思えば思うほど、喉が閊えて言葉が出てこない。言おうと口を開くと胸に潰れるような重さがのしかかってくる。でも、言わないと。そうやって無理矢理絞り出した声には、嗚咽が混ざっていた。ライトは驚いたように軽く目を見張る。

 

「ひっく・・私っ・・・責任持つって・・言ったのに・・・ひっく・・リーちゃんの、こ、こと・・・守れなく、て・・・ひっく・・・リーちゃんに、なんて謝ったら・・いいか・・・ぇぐ」

ぼたぼたぼたぼたと涙が零れ落ちて布団に染みを作っていく。

ただただ情けなくて申し訳なくて、悔しくて。涙が止まらない。

 

それを聞いていたライトは腕を組んで黙ったまま、ずっと泣き続けるティラを見つめていた。

そんな沈黙の時間でさえも、役立たずな自分を罵り凶弾しているように感じてしまう。

このまま嫌われちゃったら、見捨てられたらどうしよう。だんだんとそんな恐怖が芽生えてきた。

 

自分を支援士に誘ってくれたのはライトだった。それ以前、孤児院でいつも1人ぼっちだった自分に手を差し伸べてくれたのもライトだった。ライトが居てくれなかったら、きっと私は寂しさに押しつぶされて死んでいた。

いっぱい失敗もした。いっぱい足も引っ張った。がんばってもがんばっても、それでもうまくいかなくて、普通なら絶対見放されてもおかしくないのに、

―――それでも、彼は絶対見放さなかった。

 

もちろん失敗したら怒られたり頭を拳骨で殴られたりした。

殴られるのも痛かったし、怒られるのも嫌だったけど、それでも彼は最後に苦笑しながらも手を差し伸べてくれる。

だから私も、もっともっとがんばろうと思った。

でも―――

 

「ひぐっ・・・ごめん・・なさい・・・。こん、な、役立たず・・・ひっく・・見放されても・・ひっく・・お、おかしく・・・ないですよね・・・」

 

今度こそ嫌われちゃう、見放されちゃう。

今度の失敗は、いつもの失敗とは比べ物にならないほど重かったのを解っているから、より一層確信めいたものがあった。

 

バカみたいだな。と思った。守り切れなかったリーちゃんと顔を合わせるよりも、ライトに嫌われることを怖がってるなんて。

 

周りに重たい沈黙が流れる。聞こえるのは、愚図で役立たずで何の取り柄もない自分の嗚咽の声だけ。

 

そんな様子をずっと見ていたライトはしばらくして「ったく」と小さく笑うと一度目を伏せ、

 

―――突然、ティラの頭に拳を振りおろした。

 

ゴスッ!という容赦のない拳を受けたティラは涙を湛えたまま、困惑と諦めの入り混じった暗い表情で拳を握ったままのライトを見つめる。その様子が気に入らなかったのか、ライトは険しい表情のまま叫ぶように言葉を吐いた。

 

「諦めの悪さがお前の長所の1つだろうが。そんな簡単に諦めるんじゃねえよ!!」

 

・・・え?

 

「ライ、ト・・・?」

だが、ライトの口から出た言葉は、ティラの想像していたものとは違っていた。

ティラの困惑の言葉を無視し、ライトは片手でティラの胸倉を掴んで涙に濡れた顔を引き寄せると、たたみかけるように叫んだ。

「約束を守れなかっただと?だからなんだ。どんなことがあったのかは知らないが、お前もリインも無事に戻ってきた!だったらこれからだろうが!約束を破ったんなら破った分を取り戻せばいい!いつものお前ならそうする筈だ!これから今まで以上にあいつのことを見てやれ、守ってやれ!こんな所でぐだぐだウジウジ泣いてんじゃねえよ!!」

 

ティラははっと口を両手で覆った。

堪えようとしても、後から後から涙は零れだす。

言葉こそ荒っぽいけど、それは約束を破ったことへの凶弾ではない。立ち上がれと、いつものように立ち上がってみせろと、口にこそ出さなかったが、ライトはそう言ったのだ。

―――また、手を差し伸べてくれた。

 

「なん・・で・・・?」

「あん?何がだよ?オレはもっともなことを言っただけだぞ?」

胸倉から手を放されて、ベッドにぺたんと座って呆然と聞いてくるティラに、ライトは素っ気なく答えた。

他意はなく、本当にそれだけなのだとその顔は告げていた。嫌ったり見放したりという考えなんてそもそも考えてすらいない。本当に、純粋に、自分のためを思って。

 

「ぅえ・・うえええ・・・うぇええええええん・・・!」

胸の中は温かかったのに、涙だけは止まらなくなった。

ライトはそんな彼女を見ると、フッと僅かに表情を崩し、ぽんぽんとティラの頭を軽く叩く。

 

「ごめん・・なさい・・」

「おいおいオレに謝るなよ。謝るんなら、オレじゃなくてあいつに謝りな」

そう言ってライトが個室の扉に目をやるのに釣られるようにそちらを見ると、

その瞬間、その扉が開いて奥から小さな少女が入ってきた。

 

左はオレンジ、右は緑のオッドアイの瞳は、向けられた視線にきょとんとしていて、さらさらとした長い金髪が少女の動きに合わせて揺れる。口元には、先程酒場で食べていたのであろう料理の食べカスが付いていた。

 

ライトは部屋の入口で突っ立ったままのリインを手招きし、まず口元の食べカスを拭ってやってからティラの前へ立たせた。そのまま自分は後ろへ下がる。

 

「リーちゃん・・・」

「がおー?」

少し怯えたような声色で自分の名前を言われたリインは、邪気のない顔で首を傾げた。

まだ幼い子供だからか、そもそもまだ暗い感情が生まれていないのか、幼い少女の瞳はどこまでも純粋無垢だった。

その澄んだ綺麗な瞳に、自分の情けない顔が映し出される。

 

「ごめんね・・ごめんね・・・!」

堪らず、ティラはリインに頭を下げて謝った。本当はベッドから出て土下座でなんでもしないといけないのだが、疲弊しきった体はまだあまり動かせなかったので出ることはできず、その変わりにもならないが、「守ってあげれなくてごめんね」と、とにかく一生懸命に頭を下げて謝り続けた。

そんなティラの様子を見ていたリインは一回ライトの方を向いて、それからティラの方を向いて、それからもう一回だけライトの方を見て、再びティラへ向き直ると、ちょっと考えるように小首を傾げてからおもむろに泣き続けるティラの頭に、その小さな手をそっと置いて、なでなでとやさしく撫でだした。

 

「がおー」

 

そして、にっこりと笑顔。

 

その笑顔を見たティラは「ふぇ・・・っ」と吐息を漏らしてふにゃりと顔を歪めると、リインをギュッと抱き寄せて、溜めていたものを吐き出すように再び泣き出した。

リインは抱きしめられたまま、泣くティラの頭を撫で続ける。

 

その、まるで姉妹のような微笑ましい光景を見届けて、ライトは静かに部屋を出ていった。

 

 

「ライトさん」

個室から出たところで、扉の前の通路に立っていた隊員が声を掛けてきた。

「おう。リインを送ってくれてサンキューな」

「いいえ、そんなのお安いご用ですよ。ところで」

そこまで言うと、隊員は周囲を見渡して周りに人がいないことを確認してから、ライトの耳元に囁いた。

「あなたの言う通り調べてみたところ、調査隊が出発する直前に隊内で大幅な人員変更がされていました」

「やっぱりか」

大体予想のついたことが的中し、ライトはそっけなく頷くと何処かへ歩き出した。

「あ、どこに行くんですか?」

「こっちにはこっちの独自ルートがあってねー。まあ、2人の護衛はよろしく」

そう言ってライトは隊員に向かって軽く手を振った。

 

 

リエステールの街中をどことなくぶらぶらとほっつき歩きつつ、そう言えば数日前のこの場所でこの面倒事は始まったんだよな。などとぼんやりと物思いに耽る。

(まあ、今じゃその“面倒事”は“喧嘩”になってしまったがなー・・・)

 

ぼーっとした顔のままふらふらとどことなく歩くその姿は、少し危ない人みたいだ。

前方からは、常に多くの人が通り過ぎていく。その中の数人はライトのことをチラリと見たりしていくが、とくに興味もないのかそのまま横を通り過ぎて行った。

また誰かが前からすれ違っていく。

ライトはその瞬間、ぼーっとした顔のまま、誰もいない前方を向いたままボソリと独り言のように呟いた。

「・・・“後ろ刃のダーク”」

「周囲を見ろ」

「そして道を切り開け」

「剣が半分折れたら“守護”に来い」

 

まさに1瞬。他人が聞いても何を言っているのかさっぱり理解できないような会話を通り過ぎ様に交わした2人は、そのまま何事もなかったようにすれ違って行った。

「・・・さて」

ライトはしばらくそのまま歩き続けてから歩みを止め、時計塔の時間を確認した後に急に進路を変更した。

 

 

「久しぶりだなダーク。今は“表”で楽しくやっていると聞いたが、“裏”から足を洗ったんじゃないのか?」

 

リエステール城門前広場。馬車乗り場などもあり、人々の行き来も盛んなその場所の一角の家と家の間に、人1人ようやく通れる程の狭い隙間がある。

そして、暗くじめじめとした湿気の籠るその隙間の通路を抜けると、その先には家々の壁に囲まれた小さな小さな空き地があった。

家を建てようにも立地条件が悪すぎて建てられず、狭い路地の先にあって見つかりにくい上に、子供が遊ぶにしても少し狭すぎて、まさに使い道なんてまったく無いかのように見えるそんな場所に、今2人の男が向かい合っていた。

 

一人は、闇に紛れてしまいそうな黒いコートを身に纏う黒髪の青年。

もう1人は、黒っぽいサングラスを掛けて、チェーン状のアクセサリーをじゃらじゃらと付けた前の開いている服を着た金髪の青年。

外見からして2人揃うとかなりの怪しさが滲み出ている。

 

「バーカ。今は“表”で楽しくやってるが、“裏”と決別したつもりはねーよ。お前とここにいることがその証拠だろ?」

「ククッ。違いねえな」

2人でひとしきり忍び笑いを終えると、サングラスの男は顔に不敵な笑みを浮かべたまま口を開いた。

「・・・で?そのお前が俺に何のようだ?また“裏”の仕事でもやるつもりなら手を貸すぜ」

「情報通のお前ならオレが何の為にここに来たのか解ってるはずだろ?」

「ああ解ってる。少し言ってみただけだ。・・・で」

サングラス越しでは分かりにくいが、サングラスの男の眼光が鋭くなった。

ここからが本題、ということだろう。

「お前の知りたいことは、ロザート・エデヴァンのことか?」

「それだけじゃない。そいつか関係してる全ての情報を洗い出せ」

ライトの言葉にサングラスの男は少し驚いたような顔をした。

「おいおい。まるでコフィンみたいな物言いだな。あいつみたいに善悪を判断して暗殺でもするつもりか?」

「ちょっと違うな。ロザートの奴は既にオレの敵と認識してるし、向こうが仕掛けてきた喧嘩も買った」

「・・・本気ってわけか。お前に本気を出させるとは、ロザートって野郎も哀れだな」

本当に哀れとは思っていないようなへらへらとした笑いを浮かべたサングラスの男は、表情を再び引き締めて、続けざまにライトに一言。

「・・・で?報酬は?」

そう問いかけるサングラスの男の言葉に、ライトはビクリと反応し、それはそれは嫌そうな表情でサングラスの男を見た。

「・・・それはオレが貧困に喘いでることを知った上で言ってんのか」

「ああもちろんだ。人使いの荒いどっか誰かさんへの俺からのささやかな仕返しだ」

足元見やがってと言わんばかりにジト目でサングラスの男を睨むライトだったが、サングラスの男も男でここは譲らねえと言わんばかりに腕を組んで仁王立ち。

とてもではないが説得に応じる気配はない。

「ぐっ・・・。・・・ろ、ローンで何とか・・・」

観念したようにがっくりと肩を下ろすライトを見たサングラスの男は、仁王立ちを解いて堪えきれないといった様子で笑いだした。

「ククククク、丸くなったなお前。ああいいぜ。昔のよしみだから負けといてやる」

 

ああそうそう、とサングラスの男はふと思い出したように言った。

「これはお前にはどうでもいい話かもしれないが、ここの教会にある禁書保管室の管理人が最近誰かに殺されたらしいぞ?」

「へぇ?盗難物は?」

「これがまた奇妙なことに、部屋の中は荒らされていたのになにも盗まれていないんだとよ」

「?ずいぶん物好きな強盗だな。禁書保管室の書物1冊でいくらするのか解ってなかったのか?」

「まあ、そういうイカレたお祭り野郎がいるってことだな。今は教会も体裁を保つためにこのことは隠しているみたいだが、その内こっちにも仕事依頼が回ってくるだろうな」

「まーた教会の尻拭いか?今も昔も変わんねーなー」

「まったくだ」そう言い、サングラスの男はじめじめとした暗く狭い路地へと足を踏み入れる。

「んじゃあ1週間ほど待て。情報を洗い出す」

「すまねえな、スコープ」

「はん。そう思うなら頼むんじゃねえよ」

言っている割には楽しそうな顔でサングラスの男はその場を後にして、雑踏に紛れた瞬間にその姿はかき消えた。

 

それから少し経ってから空き地を後にしたライトは「さて次は・・・」と歩き出す。

もう1つの目的地へ。

 

 

―――で。

 

「だからお前らの騎士団長サマに用があるんだよ。ほらどいたどいた」

「そこで『はいそうですか』と言うわけがないだろう!」

「そうだ!お前みたいな怪しい風貌の奴とクローディア様が知り合いの訳がないだろう!」

「失礼な奴らだなー、外見だけで人を判断しちゃいけないって教わらなかったのか?」

ライトは現在、もう1つの目的地であるプレスコット騎士団の本拠地、プレスコット家の屋敷の前で騎士団の団員2人に思い切り足止めを食らっていた。

 

理由は簡単。『怪しすぎる』。

その他にも礼儀がなってないだの品格が足りないだの目付きが悪いだの金に縁が無さそうだの色々言われたりしたが、ぶっちゃけライトにとってはどーでもいいし知ったことでもないので軽く流していた。でも最後の一言は余計だコノヤロー。

 

あまりにも団員の物分かりが悪いので、そろそろぶん殴って大人しくさせてから入ろうかな、などとシンプルで平和的かつ押し入り強盗みたいなことを考え始めていたら、そこで丁度、ここに来た目的である本人が出てきた。

 

「なにやら騒がしいですわね。どうしたのですか?」

―――クローディア・プレスコット。

プレスコット家の御令嬢にして、プレスコット騎士団を束ねる騎士団長。

戦いも騎士達に任せるだけではなく、自ら前線に赴いて戦場を駆けるその姿から『白麗の戦姫』の異名を持つことになった、割と逞しいお嬢様である。

 

「あっ!クローディア様!も、申し訳ありません!すぐに追い払います!」

「したっぱ騎士がオレに勝てると思ってんのか?」

「黙れてめー!」

怒鳴りつつも、団員は確実にライトを門からぐいぐいと追い出してくる。暑苦しくて鬱陶しい。いい加減イラついてきたからもう蹴散らしていいかな、とそろそろ我慢を手放し始めて拳を握り締めたとき、クローディアから助け舟がきた。

 

「その方はわたくしの友人ですわ。ここはいいのであなた達は下がっていてください」

流石は騎士団長の言葉。

その一言が放たれた瞬間、門から遠ざけようとライトを押しやっていた団員の動きがピタリと止まり、まるで信じられないものを見るような目でライトを見た。

その視線を受けてライトは「へっ」としたり顔。

「ほら見ろバーカ。騎士団雑用からやり直せ!」

「ぐぅううう・・・」

「すげームカつく野郎だ・・・」

騎士団員の2人は各々悪態を付きながらも、プレスコット騎士団の団長であるクローディアの命令に従ってすごすごとその場を離れていった

 

「いやー助かった助かった。あいつら頑固すぎたんでそろそろ強行突破しようと思ってたところだったんだよ」

「ごめんなさいね。あの人達はまだ騎士団に入ったばかりで、まだあなたとの面識がありませんでしたの」

「あー、道理で」

「・・・ですが強行突破は感心しませんわね。あまり派手なことをしたらこちらでも庇いきれませんわよ?」

「証拠隠蔽はどっちかというとオレの得意分野だし大丈夫だろ。・・・っと、そろそろ用件に入っとこう」

ライトの纏う空気が僅かに変わったことを感じ取り、クローディアも表情を引き締めた。

おそらく、彼女もライトが何のために訪れたのか解っていたのだろう。

「そっちに預けた奴らはどうだ?」

「先程から尋問をしていますが、中々口を割りませんわね」

 

預けた奴ら、とは、先日オース海岩礁洞窟で襲ってきた偽隊員の生き残りのことである。

そのほとんどはあの場所で死んでしまった為、生き残ったのはライト側のルートにいた数人と、ティラ側のルートでティタノマキアが昏倒させた2人だけ。

全員縛り上げた後、ライトが隊員に指示してプレスコット騎士団に身柄を引き渡したのだ。

 

「1週間以内に割らせてくれよ。1週間後に反撃の開始だ」

たったそれだけで、用件の本題は終わった。

言いたい放題言ったライトは、そのままクローディアに背を向けて歩き出す。クローディアもまるでいつものことのようにその背を見送っている。―――いたが、そこでふとクローディアが口を開いた。

 

「そういえばティラさんは大丈夫ですか?例の事件で倒れたと聞きましたが・・・」

「ん?まあ大丈夫だろ。元気と気合と根性が取り柄だからな。あいつは」

 

そう少し楽しそうに言う青年の後ろ姿を見送る彼女が、そうですか、よかったですわ。と言って、意味深げに笑みを深めていたのに気付かずに、ライトは屋敷の敷地を後にした。

 

 

「うーい。帰ったぞー」

「あ、ライトさん」

「ん?」

程よい感じに脱力しながらライトが病院の個室に戻ってくると、隊員が人差し指を自分の口元に当てて「静かに」とジェスチャーした。

隊員に促されてライトがそっと部屋を覗く。

するとそこには、

 

ティラとリインがスースーと寝息を立てながら、2人仲良くベッドの上で眠っていた。

 

「まったく、さっきの沈み様が嘘みたいだな」

ライトはそう苦笑して、2人に布団を掛けてやったのだった。

 

「さてと、オレもちょっと外で昼寝してくるかな」

 

 

 

 

―――ところがどっこい。そうは問屋が下ろさなかった。

「ああそうだ。ライトさん。酒場のマスターさんからリインさんの食事の代金の領収書を受け取ってますよ」

「いっ!?お前が払ってくれたんじゃないのか!?」

ギョッとして顔を驚愕に引きつらせるライトに、隊員は朗らかに笑う。

「ははは。まさかそこまでは面倒を見切れませんよ。・・・リインさんの今回の食事料金、いくらだと思います?」

「やめろ!言うな!聞きたくない!!」

「すごいですよ。実はですね、5―――」

「やぁぁぁめぇぇぇぇろぉぉぉおおおおーーーーーーーーーっっっっ!!!?」

隊員の言葉を途中で遮り、ライトはその場に崩れ落ちてがっくりと跪いた。

 

その姿は、哀愁を帯びるのを通り越してなんか煤けてしまっちゃったりしていたのであった。