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静かに舞い落ちる雪の中、遥かなる北の雪原とクロッセルを繋ぐ定期船が帆に順風を受けて寒い海を進んでいた。

その船の縁に1人の少女が寄りかかってのんびりと静かな海を見つめている。

――――♪・・・♪・・

その口からは、絶えず言葉にはなっていない音が紡がれていた。その音は風に乗って辺りに広がり、やがて空気に溶け込むように消えていく。

しばらくし、船員がもうじきクロッセルに到着するという知らせを乗客に伝えているのを耳にすると、少女は顔を上げて船の進む方向へと顔を向けた。

船の前方には、まだ小さくしか見えないが確かにクロッセルの町並みが広がっていた。

少女は船縁から離れると、独り言のように呟く。

「さーて、今日はどこの温泉に入ろうかなー?」

 

***

 

病院の個室の滞在費と、食欲旺盛な2人の少女の朝昼晩の食費。それに依頼を受けていないという要素を追加。

 

さて問題です。これらのキーワードから連想できることは何でしょう?

 

「か・・金が・・・」

僅か数日の内に所持金が殆どなくなるという、なんか最近よくある気がする状況に、ライトは何かもー精神的に死んでいた。

がっくりと肩を落として程よい感じに煤けているその姿を見て、原因の1人である茶髪の少女はものすごく申し訳なさそうな顔をして、かといって何て声を掛ければいいのか分からず途方に暮れていた。

ついでにもう1つの原因である金髪オッドアイの少女はというと、ただいま道端に寝転がっている猫に夢中である。

 

「いいよなーお前ら何も考えないで良いもんばっか食ってよー。やってられっかボケー」

「ライト~・・・」

困った。本当にどうしよう。情けない顔でティラは助けを求めるようにティタノマキアを見るが、ティタノマキアもことこれに関してはどうしようもないとわかっているのか、ずっと黙まったままだった。

その沈黙に都合の良い時だけただの杖のフリかこんちくしょう!と胸の内で悪態もついてみたりするが、そもそも杖に助けを求めるのもどうなのだろうか。

結局掛ける言葉も見つからず、ティラはライトが勝手に復活するまで困った顔でおろおろしていたのだった。

 

そんな訳でしぶとく復活して「このままじゃ餓死しちまう!依頼受けるぞ依頼!」と半ばヤケクソ気味に言うライトを先頭に3人は酒場へと直行した。

だが、しかし、

 

「これは・・・一体・・・」

「・・・わぁ、・・・なんかすっごいですよ・・・?」

目の前に繰り広げられる光景に2人は唖然と声を漏らした

 

目の前の光景を見てどんな感じなのか感想を言わせてもらうと、

バーゲンセールに殺到するおばちゃん達を見ているようでした。

 

ティラにそう思わせたうえにライトの顔を引きつらせるほどに、いま酒場は戦場と化していた。

 

そう、少し考えれば分かることなのだが、依頼を受けられなくて困っているのはなにもライト達だけではないのだ。

老若男女関係なく、手持ちが底をつきそうで切羽詰まったさまざまな人達が、どこぞのギルドの集金期間の所為で極端に減った数少ない依頼を奪い合うように酒場にひしめき合っていた。

気の所為でなければ、酒場でひしめき合う支援士という支援士の目がぎらぎらと飢えた獣のような光を帯びている。

 

それを見ていたライトは、

度々店内から響く魔法による応酬戦と思われる轟音。それに合わせて店内から吹き飛ばされて転がっていく数人の支援士を横目に見ながら「うん」と頷き、

 

「よし。ティラ、行ってこい」

「え。」

 

無責任に爆弾発言をかましてくれやがりました。

 

「え、ぇええっ!?あ、あそこにですか!?」

 

そう言って動揺したティラが戦場を指差した途端、中でベルセルクがフルスイングでも放ったのか、数人の支援士がまとめて店内から砲弾のように吹っ飛ばされ、道で数回バウンドしてぐったりと動かなくなった。

そんなものを見せられて怖気づくなと言うほうが無茶というものである。

 

「ぇう・・・ら、ライトさん・・・?私も一応女の子なのですが・・・?」

 

少し(嘘。かなり)怯えながら恐る恐るライトにお伺いを立ててみるものの、

 

「ん?はっはっは大丈夫だ。オレは男女差別とかしねーから」

と、朗らかな顔でそうのたまってくれやがりました。

そうじゃなくって・・・!と抗議しようとするも、ライトの口笛を吹きながらそっぽを向いた態度を見て、

この人にはもう何を言っても無駄なのでしょうか・・・?と絶望に似たものに打ちひしがれてその後が続かなかった。

 

「うぅ・・・!ライトのばかー、あほー!人でなしー!」

「はっはっは。心配すんな。骨くらいは拾ってやるから」

 

悔し紛れに睨んで(本人がそう思っているだけで、実際は上目遣いのジト目)、どこまでも無責任に笑いながら縁起でもないことを言ってくださりやがったライトに内心このやろうと悪態をついてみるものの、そうこうしている間にも店内が金に飢えた支援士達で溢れかえっていく。というか確実にさっきよりも人口密度が上がっていっている。

 

これ以上増えたら色々と困ると思ったティラはちょっと諦めにも似た溜息を吐いた後、覚悟を決めてむんっと軽く腕まくりして酒場へ近づいた。

 

しかし罵詈騒言怒号に悲鳴の入り混じる酒場の惨状に一瞬怯んで覚悟が折れかけてしまい、落ち着けと念じるように1回2回3回と大きく深呼吸。

 

「―――よし!女は度胸!!とりゃーっ!!」

そして再度覚悟を決めたようにそう意気込むと、支援士がひしめき合う酒場の戦場へと突撃した。

 

「行ってらっしゃーい(北に行くような依頼でだけは勘弁してくれよ。3人分の船賃なんて払ったらそれこそ無一文だ)」

1種祈るような気持ちで別の心配をしつつ、ライトは戦火の及ばない場所で戦場と化した酒場を見つめる。ところが―――。

ビュオッという風切り音が聞こえた瞬間―――

「・・・ん?何か飛んでき―――ぐふぉあ!?!?」

店内から砲弾の如く飛んできた支援士を顔面で見事にキャッチし、ライトはそのまま道連れを喰らって吹っ飛んだのだった。

 

 

「も・・持ってきましたー!」

ティラが少しボロッちくなって酒場の戦場から生還を果たしたのはそれから十数分後のことだった。その手には1枚の紙が握られている。

 

かなり店内で奮闘したのか、荒い呼吸でぜいぜいはあはあ言ってついでに変なところに空気が入ったのかげふごふがはっと大変男らしく咽てるティラから、別の理由で少しボロッちくなったライトは早速紙を奪いと・・・もとい受け取り、その内容を確認する。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――

依頼:鬼の角の採取

報酬:15000フィズ

ランク:B

河川の町ミナルのクリエイター、レイス・クリスティアより採取依頼。

いやー、実験に必要な鬼の角が足りなくなってね。

『遥かなる北の雪原』にいる鬼の角を最低4本ほど取ってきてほしいの。

もちろん、たくさん持ってきてくれたら特別報酬も出すよ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

『遥かなる北の雪原』にいる鬼の角を最低4本ほど取ってきてほしいの。

 

『遥かなる北の雪原』にいる鬼の角を

 

―――『遥かなる北の雪原』。

 

 

―――その瞬間、ライトの強靭な精神はガラスよりも脆く砕け散ったのだった。

 

「―――うがぁあああああああっ!!」

 

突如両手で頭を抱えて叫びだした青年を見て少女はビックリ仰天。

 

もちろん少女に先程青年が思っていたことが解るわけもないし、むしろ役に立とうとボロッちくなりながらも、金に飢えた歴戦の猛者たちのひしめき合う戦場から勝利という名の依頼をもぎ取ってきたのだ。少女に良いところはあっても悪いところなど何一つない。

だが、青年がちょっと尋常じゃないよーな感じになってしまっているために、ティラはまた自分がなにかやらかしたんでしょうか・・・!?と思いきりビビリまくっていた。

 

「ああどうしよう!?私また何か失敗しましたか・・・ってライト!落ち着いて!落ち着いて~!!」

「うるせー!放せーーっ!!やってられるかこんちくしょーーーっ!!」

 

軽く涙ぐみながらどこかに走り去ろうとするライトの腰に両手をまわして必死に押し止めるティラ。ついでにそんなティラを見ていたリインも真似してティラの腰にぎゅっと抱きつく。

 

ぶっちゃけ、傍から見たら表現に困るなんともアレな光景なわけで、

当然周囲にはなんだなんだと物好きな野次馬達が集まり始めていたりするのだが、残念ながら本人達は最後尾の少女は除いていたって必死なので、周囲の状況に気づいておらず、

 

結局ライトが落ち着きを取り戻すまでの十数分間この恥ずかしい騒ぎは続いたのであった。

 

 

で、その後正気に戻ったライト達はその場から逃走。ちょうど出航する定期船に乗って昼頃ルナータに到着。

時間が惜しいとライトはそこら辺にあった馬車をとっ捕まえて乗車賃をぶっちぎりで値切り(その時の値切り方はやや脅し気味だった。ついでに騎手の顔が思い切り引きつっていた)、もうすぐ日が完全に落ちそうな時になってようやくリックテールに到着した。

が、ティラがやっと着いたーと呟いた途端、「はぁ?リックテールの宿になんて泊まったらいくら取られるかわかったもんじゃねーよ」と財布の紐を握るライトは一蹴し、とはいえこれ以上は勘弁してくださいと本気で泣き始めた騎手のために仕方なくその馬車を降りると、街中で新たな犠牲者・・・もとい馬車をとっ捕まえ、さっきと同じように値切ってクロッセルへと移動。

クロッセルについた時には、もう夜も明けて朝日が完全に昇りきった頃だった。

 

そして定期船の横揺れ縦揺れに晒され、長時間馬車にガッタンゴットンと揺られに揺られまくった、そんな強行軍を行った連れは今どうしているかというと

 

「~~~~~~・・・っ」

「が・・がおー・・・」

 

ゲロッゲロになっていた。

 

定期船に乗った後ほとんど休むこともなく2度も馬車に乗ってへろへろになった連れ2人に、1人だけなぜかピンシャンしているライトが苦笑まじりに問いかける。

 

「お前ら・・・大丈夫か?」

「おぷっ、・・・は、はぃ・・・。だぃじょぅぶです・・・」

よろよろふらふら。

酔っ払ったみたいにやけに緩慢でおぼつかない足取りで1歩1歩足を進める。

死にそうな青い顔でぐったり状態。そんな状態でも強がるその意地と根性は評価するべきだと思うが、

「そうか。じゃあ今からまた船に乗って北の雪原に行くが・・・本当にいいのか?」

もう一度船に乗る。と聞いてティラの顔が面白いくらいに引きつった。

まぁ・・・そりゃあこんな状態でもう一度なんて乗りたくないよなぁ・・・船。

「・・・はぃごめんなさぃ・・・ちょっと、ゃ、やばぃです」

相当危ないのか、歪みまくったぎこちない言葉でティラはそう白状したのだった。

 

・・・まぁそんなこともあり、今日は遥かなる北の雪原に行くことを諦め、宿に泊まることにした。

・・・したのだが、ライトの戦いはまだ終わらない。

 

「おっさんだから宿賃負けてくれ!オレが掃除洗濯料理に雪かき何でもやるから!!」

「い・・いや、そう言われてもよ、こっちも商売―――」

「見たところ従業員も不足してそうだしいいだろ!?負けてくれたら今後クロッセルに来たらここを使うぜ!?」

物凄い勢いでライトは宿屋のオヤジにまくし立てる。

ライバル店となる宿屋が割と近い間隔で無数にあるため、宿業界もこれで意外と厳しい。

そこで生き残る決め手となるのが、懇意にしてくれる客の数である。その街に行ったらその宿を使うと決めている懇意の客が多ければ多いほど稼ぎはある程度安定するので、宿屋にとっては懇意の客とは宝石と同等の価値がある。これ見過ごすことなどできないだろう。

それにしてもライト、必死である。

 

「あー、まあ・・そういうことなら働いてくれた分だけそれ相応に負けてやってもいいが・・・お前雑用仕事なんてできるのか?」

「まかせろ。9、10歳の頃には既に宿屋の雑用仕事でしごかれてた」

色々とつっこみ所満載だったが、今つっこむ人間はいないので無問題。

ライトのその言葉に、宿屋のオヤジはしぶしぶとだが承諾した。

値切りに勝利したライトは、軽い達成感に浸りながら、ロビーのソファーでぐったりとしていた2人に振り返った。

 

「あーティラ。ここはいいから風呂にでも入っとけ。露天らしいぞここ」

「ろ、露天風呂・・・!?」

露天風呂と聞くと、ティラはソファーからがばりと起き上がって目の色を変えた。リインは露天風呂というものが何なのか解らないのか「?」とソファーに寝転がりながら小首をかしげている。

「あー。どうせやることもないだろ?」

ライトの言葉に、ティラはぱぁあと顔を輝かせるが、はっとぐったりソファーに寝転がっている少女を見た。

「あ・・リーちゃんは・・・」

「まぁ、この状態じゃ風呂に入るのは無理だろ。リインはオレが見とくから入っちまえ」

ライトの心づかいに感謝しつつ「うんっ!行ってきます!」とにっこにこの満面の笑顔で駆けて行くティラを見送り、ライトは宿屋のオヤジを振り返った。

「そんじゃあ、気合入れるかー」

 

 

偶々客の入らない時間帯なのか、露天風呂はいまティラの独占状態だった。

 

「おぉーっ!貸切りー!」と子供っぽくはしゃぎながら、ティラはざぶざぶと湯の中へと入って行く。

 

「うあ~・・・ぎぼぢいぃ~」

言い方ちょっとおっさんくさい感じで肩まで湯船に浸かる。

湯船から立ち上る湯煙を眺めながら、湯船の温かさにちょっとジンときちゃったり、

いつもは夏の暑い時でも冬の寒い時でもミナル川で水浴びとかなので、久しぶりのお風呂とあってお風呂大好き人間であるティラは非常にご機嫌だった。

 

「ふあぁぁああああ~~~っ」

体も心もぽかぽかとしてきて、目を細めて思わず間延びしきった溜息を洩らす。

うっかりするとそのまま寝てしまいかねないくらいのリラックスぶりだ。

 

「うあ~・・・気持ち良すぎてこのまま寝てしまいそう~・・・」

 

訂正。ティラは夢見心地にこっくりこっくりと船を漕ぎ始めた。

 

 

―――その頃、ライトはというと。

「おっさん!皿洗い廊下掃除客室掃除に屋根の雪掻きとついでに屋根が痛んでいたから修理もしといてその他諸々頼まれたことは全部終わったぞ!!」

「ぅお早いな!この宿継いで欲しいくらいだ!それに比べてお前らなんだこの様はぁ!ちったぁこの支援士を見習え!!」

「ちょっ、そりゃあんまりっすよ!?てゆーか普通はそこまでできません!!」

 

・・・と、下働きを非常に慣れた手つきでこなして宿屋のオヤジに気に入られていた。

 

 

 

――――――――・・・・・・♪・・・

 

「ふぇ?」

不意に耳に届いた唄声に、夢見心地というかぶっちゃけほとんど寝かけていたティラはゆるゆると意識を取り戻した。

 

―――――――♪――・・♪、♪♪・・・

 

その間にも、唄声は滑らかに紡がれていく。

その唄声は、少し遠くの方から聞こえて来るにもかかわらず、不思議なほどすっと耳に届き、心に響く音の波紋は、聞いているとうきうきと楽しくなってくるような不思議な温かさを秘めていた。

 

『―――人々の思いが集い、賑わいを生み出さん―――』

 

やがて完全に意識の覚醒したティラは声のする方にこっそりと近づいてみる。

 

『―――酌み交わされる杯、漂う馳走の香り 人々は手をつなぎ笑顔で踊りだす』

 

近づいていくごとに、唄声はだんだんと大きく鮮明に聞こえ、湯煙も薄くなっていき、その先にぼんやりと人の影を映しだした。

 

『―――辺りに響く祭りの音頭、打ち鳴らされる太鼓の音―――』

 

そして薄くなった湯煙の先、そこに先客さんがいた。

 

『―――人々は笑うために生きているのさ―――』

 

湯けむりでその姿はぼんやりとしか見えないけど、外見は14歳くらい、声からして多分女の子。

その先客さんは、こちらに気付いた様子もなくいかにも『温泉満喫中です』と言わんばかりのご機嫌な声で歌っていた。

 

『―――飲み食い騒げ、歌い踊り笑え、響け祭りの音頭―――』

 

キレーな声だなぁー・・・

 

その歌声にぼーっと聞き惚れること数分。

気付かない内に立ててしまったばしゃりという水飛沫の音にぴたりと唄声が止み、ティラに気付いて少し驚いたようにこちらを振り向いたその少女は、なんとばしゃばしゃと波を立てながらティラの方へ近づいてきた。

不意の接近にティラが呆気にとられているうちに少女はティラの目の前までやってきて、にこっと綺麗に笑って挨拶した。

「こんにちは」

「あ・・こ、こんにちは」

そのあいさつに反射的にぺこりとお辞儀で返す。それを見た少女は笑いつつ「ははは、温泉で堅苦しいのは無しだよ」とのんびりと返してきた。

「でも驚いたよ。話しかけてくれてもよかったのになー」

「あ、す、すみません。あんまり綺麗な唄声だったのでつい聞き入ってしまいました」

「え」

ティラが申し訳なさそうにそう言うと、少女は一瞬唖然としたあと、照れくさそうに頬を掻きながら笑った。

「あーまいったなー。唄うのは好きだけど、そんなにうまくはないと思うけどなー」

「そんなことないですよ。とっても素敵でした」

「へへへ、ありがと」

褒められてうれしかったのか、ティラからの称賛を受けた少女はにっこりと綺麗に笑った。

「あの、ところで―――ってぇえええ!?」

「ぶわぁっ!?」

何かを聞こうとした途端、上ずった奇妙な声を発し、ティラは足を滑らせて前のめりにずっこけた。バッシャーン!!と豪快に湯柱が立ち上がり、目の前の少女に襲いかかる。

「うわっ!?大丈夫!?」

「ぶはっ!げほっ!?は、はい。すみません・・・」

ばたばたと湯船の中で溺れかけたティラは少女に助け起こされ、なんとか起き上がる。

しかし、

「・・・あれ?」

コツン、とティラの手が少女の額の近くを掠めてそんな硬い感触を感じた瞬間、少女の額辺りの空間がぼんやりと揺らぎ、そこに現れたのは

 

「・・・つの?」

「へ?・・・あ!げっ!?あー、や、これはその・・・」

ティラの疑問形の言葉に一瞬だけきょとんとした少女はティラの言っていることが何なのかがわかると、慌てて自分のそれを両手で隠した。

―――少女の額の真ん中辺りからは、さっきまでは無かった美しい白銀色の角が生えていた。

「ええっと、鬼っていっても良い鬼と悪い鬼がいるわけで、わたしは自分で言うのもなんだけど良い鬼だからどうか騒がないで―――」

「へ?あ、あれ?どうしたんですか?・・・あ!も、もしかして見たらいけないものだったんでしょうか・・・!?」

「って、・・・あれ?」

あまり、というか全然怖がる素振りを見せないティラに、鬼の少女は驚いて少し目を丸くして可愛い顔になった。

「・・・怖くないの?角だよ?鬼だよ?」

「ふえ?いえちょっとだけ驚きましたが、白くて綺麗な角ですし、鬼さんってなんだかカッコいいじゃないですか」

鬼の少女は眼を丸くさせたまま聞いたが、むしろ何でそんなことを聞いてくるのか分からないといった感じでティラはきょとんと小首を傾げた。

「・・・変ってるね」

そうは言うものの、鬼の少女はどことなく嬉しそうな顔をしていたのは、きっと気のせいではないだろう。

鬼の少女は少し「んー」と考えて、それから何かを決めたらしく、真正面からティラの目を見た。

何か後ろめたい事のある者ならば、思わず目を逸らさずにはいられない力を秘めた鬼の瞳、それでもティラはその目をまっすぐ受け止めたまま内心「キレーな目だなぁ・・・」と感心していた。ふいに鬼の少女の瞳がふっと和らぐ。

「わたしは涼蘭。お前の名前は?」

そしていきなりの自己紹介。ティラはちょっとびっくりしつつも「名乗られたら名乗り返さなければ!」と律儀に答えた。

「私はティラ。ティラ・ミルリスです」

「そっか、ティラかー。よろしく!」

 

そう言ってにこっと笑って、涼蘭と名のった鬼の少女は片手を差し出してきた。

しかしティラはその手を握らず―――というか明らかに目を丸くして固まっている。

 

「・・・ん?どしたの?」

「あっ、いえ・・・こういう風にお友達ができるのって初めてだから・・・」

その言葉に今度は涼蘭が目を丸くして驚く。

「えっウソ!ティラこんなにかわいいのに!?」

「か、かわいいだなんてそんな恐れ多い!私なんて人ごみに紛れたら完全に背景と溶け込んでしまうような人間ですよ!?」

涼蘭の「かわいい」発言に首をぶんぶんと振って否定するティラ。それにしても恐れ多いって、と自分を過小評価するティラの謙虚ぶりに苦笑を隠しきれないが、まあこれ以上何か言うとなんか自爆しそうだから、と涼蘭はそこで追撃をやめて、にこっと笑い、再び手を差し出した。

 

ティラもはにかみながらその手を握り返す。

 

その瞬間、2人の間に温かい絆が生まれた。

 

「そうだティラ、さっきの唄教えてあげよーか?」

「わぁ、本当ですか?実はちょっと唄ってみたいなーとか思ってたんですよ」

「あははは、ティラは澄んだ良い声をしてるから、どんな風に唄うのか楽しみだ」

「や、そ、そんなに期待されても困りますよ?私そんなにうまくないっていうか音痴ですし・・・」

「唄はうまいへたくそじゃないよ、どれだけ自分が楽しめるかが一番大事」

 

 

それからしばらくの間、温泉から2人の楽しげな唄が響き続ける。

 

―――ちなみに、敷居を跨いだ隣の男湯では、数人の若い宿泊客が綺麗な唄声で唄う少女たちを覗こうと必死こいていて、あともうちょい!というところで偶然シャンプー交換のために現れたライトに蹴散らされていたのは、また別の話。