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「わ、私を雇って下さい!!」

夏も過ぎると、日差しも緩やかになりはじめる。
過ごしやすい気候になりつつあるこの時期は、食物も豊富に出回り始める秋の始まり。
読書、食欲、スポーツといろいろやりたいことが増え始めるこの時期、リエステールの支援士ギルドであるリトルレジェンドでも、少なからず秋の訪れに生活の形に動きが見えはじめていた。
……これは、その少女の叫びにも似た声もまた、その一つなのだろうかと思わされた出来事である。


そんな事情





「……いきなり雇えといわれてものお」
いくらなんでも唐突すぎる、とでも言いたいのがありありと分かる微妙な表情で、エミリアは少女に言葉を返した。
そもそも、どちらかと言うと雇われる側にある支援士の自分達に、雇ってくれと言う事自体が不思議である。
「ま、とりあえず順を追って説明してよ。いくらなんでもいきなり来て雇えじゃこっちも困るから」
ガサガサと新聞紙をたたみながら、ティールはそう口にする。
人間、行動に出る以上何らかの理由があるものである――それが、どんな些細な事であっても、理由であることにはかわりないのだから。
そう考えた結果の対応ではあるのだが、どうにも疲れる結論が出てきそうな予感がするのも、否定しきれなかった。
「は、はいっ! その……私はルベリア家にお世話になっていた使用人なのですが……」
「ルベリア……最近潰れた貴族家じゃな。元々規模も小さかったが……」
力のない貴族家が消えていくのは、ある意味この世の道理。
大きな商家の娘として、多少貴族家との関わりも持ったことがある身としては、エミリアはそういった方面の事情も察していた。
「はい……もう使用人を雇う余裕もなく、恩はある身ですが私も長々と居座るわけにもいかず……」
「……そりゃ災難だな。だが……」
ふむ、と一息つけながら、ディンが口を挟む。
恐らく彼が今から言おうとしている事は、この場にいる全員が思っていることだろう。
それを全員が理解しているからか、誰一人として彼の言葉に割り込もうとはしなかった。
「なんでここなんだ?」
そしてその瞬間、全員の視線が改めて少女に注がれる。
「確かに多少広い家だが、それは何人も共同ですんでるからに過ぎない。ただの支援士ギルドだぞ?」
「それは……」
誰もが納得するだろう、至極もっともな意見だった。
これが貴族家であれば、どんな規模が小さい家でも雇ってくれというのは理解できるが……
支援士ギルドに使用人というのは、まったくもって前代未聞である。
……いや、規模が大きくなれば場合によってはあるかもしれないが、少なくともティール達はそんな話は耳にしたことがなかった。
「……メイドも就職難で……どこも足りてるそうなので……」
「…………」
そうか
……としか、かけられそうな一言は思いあたらなかった。
それほどまでに、その瞬間の彼女の涙目は悲壮感に満ちていて、ここに来るまでにもう何ヵ所も回って来たのは容易に察することができる。
「どうしますか……?」
そして、数秒。
なんとも微妙な空気に包まれた沈黙に耐えられなくなったのか、リスティがそう一言。
誰に対してというわけではない、ただ、誰かが答えてくれることを期待しての発言だった。
「……まー、普段使ってない部屋とかは掃除もしてないから埃も溜まってるし……」
また少し間を開けて、次に口を開いたのはティールだった。
イリスを除けばリスティと共に最年少の彼女だが、ギルドマスターの発言。
特にその一言を差し止めるような者はいなかった。
「……そうじゃな。それに全員が出払ってる時の留守番も欲しいしのぉ。私の持ち物には貴重品も多いからな」
とりあえずその言葉の意味を察したらしいエミリアは、それを肯定するように言葉を続ける。
それに対しても、メンバーは特に止めるような必要性は感じていなかった。
「ま、事情はわかったから、とりあえず雇ってみるけど……ウチにはそこまで必要ないのはわかるよね? だから暫く様子を見させてもらうよ」
「は、はい! ありがとうございます、ご主人様! ……あ、そういえば自己紹介が遅れました。マナ・ウェンティ、歳は18です!」
やれやれとでも言わんばかりの微笑みと共に出されたティールの一言に、ぱあっと表情を明るくする少女――マナ。
その様子を目にした一同は、これまでの会話の流れも含めてなんとも言いがたい気分になったものの、とりあえず目の前の使用人に笑顔を向けてみた。
……無論、ヴァイは例外だったのは言うまでもないが。
「あ、それとご主人様はなんか背中が痒くなるら禁止。名前で呼んで……って、様付けもなしね」
「は、はい。 ティールさん、みなさん、よろしくおねがいします」







さすがに元貴族家のメイドと言うだけあって、マナの掃除洗濯家事全般に対する能力は高く、ギルドの生活水準はほんの少しだが、確実に上がっていた。
まあ、料理に関しては相変わらず今まで通りで、それまでのローテーションにマナが加わった程度の変化だった。



「ヴァイさんって料理が趣味なんですか?」
そんなある日の事、エミリアがマナと共に買い出しに出掛けた先で、ポツリと呟くようにマナの口からそんな一言が飛び出てきた。
「何を藪から棒に」
「いえ、酒場の料理がもう少しで再現出来そうだからと言って順を変わったことがあったので……」
あー、とそんなこともあったなと思い出すエミリア。
酒場のマスターの奥さんであるヤヨイは、酒場における料理のメニューを一手に引き受けている。
ヴァイは時々客として酒場に通い、それらのメニューの幾つかは再現するまでになっているのは事実で、単に“以前独り暮らしだったから仕方なく料理がうまくなった”にしては懲りすぎている感は以前から感じていた。
「……まあ、だったらなんでお菓子まで作れるのかって話になるしのぉ……」
「そうですね……」
――結論。ヴァイは楽しんで料理している。エミリアとマナの中で、それが確信になった瞬間だった。
「私も料理には自信がありますから、ちょっとご披露できる機会が少なかったりで残念です」
「うむ、確かにヴァイに負けるとも劣らずじゃったな。ルベリアでも作っていたのか?」
「いえ、お仕事として作ることはありませんでしたね」
となれば、趣味の一環かもしくは生活のための自炊といったところだろう。
エミリアはとりあえずそれだけ推測をつけた。
「没落する前はシェフもいましたし、財政が厳しくなって、シェフを雇えなくなった後は、メイド長が作ってましたから」
「ほう」
「……今頃ご主人様とお二人でどうしていらっしゃるのか……」
妙にしみじみとした表情で、どこか遠くを見つめるマナ。
やはりルベリアにもいろいろと思い出はあるということなのだろう。
……などと思ったエミリアだったが、ふと直前のマナの言葉の中に違和感を感じ、わずかに顔をしかめて口を開いた。
「まて、ご主人様“と”とは、そのメイド長が主人と今も一緒にいるということか?」
「はい」

「いろいろお世話になった身ですし、私もお給金なんて二の次でついていきたかったですが……私もそんな無粋な人間ではありませんし」
急になんとも言えない微妙にやけているようにも見えなくもない顔になり、また遠くを見るマナ。
エミリアはなんとなくそのメイド長とご主人様とやらがどういう関係なのか、確信に近いレベルで察し、ははは、とあいづちをうつように軽く笑っていた。
「……そういう意味では、潰れたことも悪いことばかりではなかったかもしれませんね。貴族家という立場にあれば、使用人と関係を持つというのは……」
「ま、いい噂にはならぬな」
潰れ去った家は、そのまま歴史から忘れられるのが定め。
だがそれは貴族というしがらみから解放されるということでもある。
……実際はそんな都合のいいことばかりを言えた事ではないのだが、そういう考え方もあると覚えておいたほうがいいかもしれない。
「しかし、お主もこれを期にメイド以外の道も考えなかったのか? 体格は悪くないし、まあ出遅れ感は否めぬが支援士にもなれそうじゃが……」
また少し歩いたところで、そう言いながらマナの全身を見渡すエミリア。
身体を動かす仕事をしていて、体力的にも少し鍛え直せば支援士として活動はできるのではないか、と思い至ったのだろう。
「あ、いえ……私、支援士は……」


「ど、どろぼー!!」


「む?」
マナが何かを言おうとしていたが、それを遮るように聞こえてくるだれかの声。
もう少し耳をすませば、“ひったくりだ!”とか“あいつだ!捕まえろ!”とか“自警団はいないのか!?”とかいろいろと声が飛び交いはじめている。
「また白昼堂々と……しかし人ごみが厄介じゃな」
とりあえず、犯人は分かりやすく女物のバッグを抱えて走っている男で間違いはないだろうが、人が多くて魔法で止めるような事はできない。
さすがに見過ごすことは出来ないのだが、さてどうしたものか、とエミリアが考えはじめたその時だった。
「エミリアさん、失礼します」
「え? ちょっ……」
マナが突然自分の荷物をエミリアに押し付けて、犯人が走っている方へと駆け出していた。
白いリボンに黒のメイド服をなびかせ、町のど真ん中を走るその姿はやや異色のもので、目にした者達は一瞬自らの目を疑うような感覚にとらわれていたことだろう。
「なっ……!?」
犯人がそんな声をあげたのは、それから間もなくの事だった。
どこから取り出したのか、いつの間にやら手にしていた数本のナイフを犯人に向かって投げるマナ。
そのタイミングは、人の密度が少ない位置に差し掛かる瞬間、と他人を捲き込まない絶妙なもので、さらにその狙いも相手の足を正確に捉えていた。
「ぐあっ!?」
突如足に走った激痛にバランスを崩し、その場にたおれこむ犯人。
そしてその身体が地面に伏したその時には、マナは犯人の顔を見下ろす位置にまでたどり着いていた。
「このまま大人しく、お縄を頂戴してくださいね♪」
見せつけるようにナイフを構え、爽やかな笑顔で宣告を告げるメイド。
周囲にいる大勢の視線を一身に集めるそのすがたは、かなりシュールな光景を演出していたのは言うまでもないかもしれない。






「はふぅー……」
……その日の夜、全員の入浴の終了と自室へ入っていったのを確認してから、自分も浴室へと入るマナ。
基本的にこの家では、精神年齢が6歳児程度のイリスは別として、のことではあるが、浴室に二人以上同時に入るようなことはほとんどない。
それでも同時に3,4人は入れる程度に広く、規模の小さめの銭湯――という感覚はするかもしれない。
「……さすがに貴族家の浴室と比べるのはおかしいよね……」
そもそも比べるられるような対象ではないのだが、貴族家に住み込みで働いていた身としてはどうしても意識してしまうもののようだ。
まぁ考えても仕方のないことか、などと思いながらマナは湯船の中でぐっと背を伸ばし、その日の疲れをいやしていた。
基本的にこのギルドのメンバーは自己管理もできていて、そこまで広すぎる家でもない。
つまりは以前より楽な仕事場ではあるのだが、家事をひととおりこなしていれば少しくらいの疲れはたまるというものである。
「……支援士、か」
仕事、と考えたことで、また別の思考が浮かび上がってきた。
……昼のエミリアとの会話である。
尋ねられた時は特に戸惑いもなく答えようとしていたが、実際は迷いのようなものがあるのも確か。
「……今さら、だけど」
はあ、とため息をついて、ブクブクと泡をはきながら湯船に潜り込む。
迷うからにはもちろん迷う理由があるのだが……
「何をうかない顔をしておるのじゃ?」
「……え?」
ザバっと湯から顔を出すのとほぼ同時に、真横から聞こえてくる、最近聞きなれてきた声。
思わずものすごい勢いでそちらに振り返ると……
「エミリアさん!?」
「すまぬが道具整理していてまた汚れてしまってな、一緒させてもらうぞ」
無駄にいい笑顔を見せるエミリアが、あまりにも普通に湯船につかっていた。
「い、いつの間に……いたんですか?」
「お主が潜ってる間にな。まあ女同士ハダカの付き合いも悪くないじゃろう」
ははは、と全く悪びれた様子もなく笑いながら、そんなことを口にするエミリア。
マナも彼女がマイペースな人間であることはわかってきていたが、風呂場にまで平気でくるほどまでは思っていなかった。
「……ま、一つ聞きたい事があるのもあるがな」
やっぱりか、とどこかで予測していた自分がいた。
そして何を聞くつもりなのか心当たりはいくつかあるが、なんとなく、どのことをについてなのかも、多少の予測はできている。
「お主、元支援士なのではないか?」
「……」
こくり、と黙ったまま頷く。
別にここで隠す意味はないし、昼間の事を見てていれば、誰でもその程度の推測はつけるだろう。
「ナイフを投げていたのを見るに、フェイタルスキルか……」
「……いえ、エアレイドです」
基本的にエアレイドは弓系のジョブで投擲武器は補助的な扱いであることが多い。
が、マナは今は弓を持ち歩いてはいない。
エミリアのフェイタルスキルという答えも、仕方のない間違いだろう。
「さすがに携帯するには弓は大きいですから。 ナイフなら護身にもなりますし」
そんな疑問をふと抱いたことを察したらしいマナは、すこし苦笑い気味な表情を見せつつ、そう言葉をつづけていた。
確かに、ボウガンなどある程度片手で取り扱える弓もあるが、それでも街中で携行するには目につくものかもしれない。
「見たところそれなりの力はあるようじゃったが、支援士をやめたわけはなんじゃ?」
エミリアは無理に言わなくてもいいが、とその後に付け加えつつも、答えを促すかのような目で黙り込む。
マナはそんな態度を目にして、少し考えこむような間を空けたが、それほど時間もかけずに口を開いた。
……特に、隠すようなことでもないと考えたのだろうか。
「……傷、ですよ。 この足に今も残っている、深い深い古傷です」
湯船の中の足に手を当て、どこかさみしげな瞳で語り始める。
「と言っても、2年ほど前に、ダンジョンに潜ったときに受けたものが、癒えきらないだけなのですが……骨とかがかなりぐちゃぐちゃになってしまって、教会の聖術でも完治できないほどでした。
……外見はなんともないですけど、確実にエアレイドとしての”足”は失われています。 いまでも以前ほど高くは跳べないし、走るのも限界があります」
「…………」
空中からの飛び道具による攻撃を得意とし、3次元的な動きで相手を翻弄するエアレイド。
その持ち味である滞空時間を生み出す跳躍力をほぼ永続的に削がれてしまっては、その力は……
「……ルべリアにいたのは、その時支援士としてもよく依頼を通してもらっていたからで、使用人として入れてもらったのもその延長に近い形でした」
「……なるほどな。 まぁ聖術治療を受けても完治せぬとはいえ、メイドとして働くくらいなら問題ないか」
体力は支援士をやっていたということはそれなりにあるということ。
使用人がすることになる家事などは、そこまで足を気にするようなことはない。
あったとしても、多少走るだけの力があれば可能なものである。
「まぁ、こうして支援士ギルドに雇っていただきにきたのも……少し、支援士というものに未練はあったのかもしれません」
あはは……、と自嘲気味な笑みを浮かべ、呟くような声でそう口にするマナ。
未練、というなら確実にあるだろう。
少なくとも昼間の立ち回りを見る限りでは、支援士としては十分な力を持っているようにも見えた。
……本来の力を出すことがほぼ見込めない身体、というハンデを除けばだが。
その事件とやらがなければ、支援士としてそれなりの地位まで上り詰めていたかもしれないと思うと、やるせない気持ちになるのも理解できる。
「そんな顔しないでください。 私、今の仕事と生活には満足してるんです」
「そうなのか?」
「はい、冒険のなかのスリルも捨てがたいですが、こういうのんびりとした日常も、大好きですから」
「……」
その一言を口にする瞬間の彼女の笑顔に曇りなどなく、その言葉が決して嘘ではないことは誰の目にも明らかだった。
……若くして道を閉ざされた少女。
しかし、それはそれで別な道を見つけることができてよかった、とも言えるかもしれない。
ものの良し悪しを判断するのは、個々人の感覚によるものだが……少なくとも、目の前の女性は、後悔だけはしていないように見えた。
「それでは、失礼ですがお先にあがらせていただきますね。 エミリアさんも、のぼせないうちにあがってください」
最後にそう口にすると、湯船から上がり立ち去っていく。
「…………ふむ」
―――きっと、明日の朝は何も変わらない笑顔で朝食を用意して、こう言うのだろう。



「おはようございます、今日も一日、元気に頑張りましょう!」