アリス達を送り出し、一通り後片付けも終わった頃。
 エルナは、自分の部屋の窓から、外を見ていた。
 ・・・見えるのは、教会の壁、孤児院、そして、青い空。

『お姉ちゃん♪』

 ・・・あの子が知っている『外』は、窓枠に切り取られた風景しかない。
 その同じ風景を、エルナはぼんやりと眺めている。
 ・・・卒業式が終わった後のしばらく、毎年エルナは、こんな風にらしくない、ぼんやりとした状態になる。
 それは、もう直ぐ『あの日』が来るからだ。

 ・・・いや、エルナが女性で、『あの日』と言えば、誤解を招きそうな気がするが、決してそうではない。

 そう。彼女の妹。『フィナ・フロリア』の誕生日が近いのだ。
 ・・・そして、その同日の、命日も――――

(あの二人、大丈夫かな・・・? 大丈夫よね、きっと。わたしが認めているんだから)

 ただ、今年は一つ考える事がある為に、いつも『何も考えていない』ぼんやりした状態よりは幾分強くぼんやりとしていて
 きっとこの状態なら、外から声を掛けられても、気付くのには遅れるだろう。
 ふと、目線を外から内側に戻した時、ベッドが目に入った。
 なんでもない。一人で使うにはちょっと大きい気もするダブルベッドだ。
 だけど、今のエルナは普段なら何でも無いそのベッドを見ただけで、ふと涙が流れそうになる。
 それを堪えるように、ぐっと首に下がっているペンダント・・・『翠水晶石』を、握り締めるのだ。

(彼は、変われた・・・でも、わたしは・・・。
 偉そうな事言ってるだけで、なんにも、変わってはい無い)




  ――――これは、『痛み』から逃げ続けた、一人の聖女カーディアルトが、
  お茶の相手の吟遊詩人バードに語る、ほんのり苦いお茶味物語―――――




      Frolia -ある晴れた旅立ちの日の午後のお茶-


   -PAST A-

『んっ・・・』

 目が覚めれば、外は相変わらずの雨模様。
 外で遊べ無い事は良い事だ。それだけ、『この子』と一緒な時間を持つ事が出来るから。

『あ、お姉ちゃん。起きたの?』
『・・・ぁ・・・フィ、ナ』

 ・・・だが、これは失態だった。
 この子、『フィナ』と一緒な時間を過ごそうと思っていたのに、自分はすっかり寝入ってしまっていたのだ。
 横では、フィナは『聖勇者伝記』の物語を読みながら、一人の時間を過ごしていた。

『うあ!!? ご、ゴメン!!』

 たくさん遊んであげる約束をしていたのだ。これは本当に申し訳なく思う。
 しかし、フィナは『いいよぉ』と笑いながら、わたしを責めはしないのだ。
 でも、こんな時は素直に甘えて欲しかった。
 ・・・ホントは、ずっとヒトリで居るのは、寂しいだろうに。
 だけどわたしは、フィナの気遣いを無下にする事は無い。
 この子は、優しい。家系で継ぐ事になるフロリアの考えを持つわたしとは違い、その性格は純粋にアルティア教の考え・・・アルティア様の考えを持っている。

『ゴメンね。フィナ・・・』
『んー・・じゃあ、お姉ちゃん。この本のお話、聞いて!』
『ん。判った。何でも聞いてあげるから』

 そうして、わたしはフィナの為に何かをしてあげる。
 フィナが、嬉しそうに彼女が一番お気に入りの『フィオ・レティエル』の事を話し、笑顔になってくれるのが、わたしは嬉しい。
 ・・・それが、『今まで、外を自由に出歩けない』同情だからとか、『フィナの姉だから当然の』責務だとか、そんな事はどうだって良い。
 わたしは、純粋にフィナが好きで、彼女が笑ってさえくれればそれだけで満足。
 だから、彼女に何かをしてあげるのだ。

『エルナちゃん』
『あ・・・』

 しかし、今日は此処まで。外は相変わらずの雨模様で、時間など計れ無かったが、きっと夕方だ。
 ・・・教会のシスターさんが、こうしてわたしを迎えに来たのだから。
 その時、あんなに楽しそうに話していたフィナの笑顔がスッと消え、寂しいモノに変わる。
 ・・・きっと、これから朝まで、ヒトリで過ごすのだ。

『エルナちゃん。帰りましょう。おばあ様が待ってますよ』
『―――!! 判ってるわよ!! いちいちうっさいわね!!』
『きゃっ!!』

 語気を荒げて、シスターを睨んで突き飛ばすように部屋を後にする。
 ・・・このシスターは悪くない。時間にわたしを迎えに来ただけ。責められる事は無い。
 だけど、このシスターは、フィナを哀しませた。
 それだけで、わたしは許せない。
 ズカズカと一人歩き、おばあ様のトコロへ向かう。

 ・・・でも、まあ良い。どうせ明日にはまた、フィナに会えるのだから――――
 それまでガマンね。・・・わたしも、フィナも。




  -PRESENT A-

「お邪魔します」

 きぃっと木材の擦れる音がして、一人のシスターが入ってきた。
 ・・・いや、服飾は似ているが、シスターではない。
 彼女は今日この日、アリスたちを送り出す歌を歌うために呼ばれた教会の吟遊詩人バードだ。
 自分としては、はっとなって気付いたが、直ぐに笑顔を取り繕う。
 きっと相手には、バレて無い

「お疲れ様、シア。相変わらず良い声ね」
「ふふっ。どう致しまして。でも、貴女の声もわたしと遜色無いですよ。きっと同業者になってもやっていけるのに」
「アハハ!! わたしが純粋に聖歌を歌ってる姿なんて、性格違いすぎて気持ち悪いって」
「うーん・・・結構、本気なんですけど・・・」

 冗談しかめていつも通りのやり取りをするけど、それも何処かしっくりこない。
 それはもちろん、エルナの心が此処に有らず。という状態もあるだろうから。

「それで、エルナ。おばあ様はお元気ですか?」

 その言葉で、エルナはふっと暗くなる。
 その雰囲気を察してか、シアはしまったという顔をして慌てた。
 ・・・だが、その答えは予想を裏切る。

「もうね・・・相変わらず疲れるわよ。今度はシュバルツバルトだって・・・
 わたしに全部押し付けて以後、この大陸を漫遊とかってまだ続けてんのよ!!??
 あの人一体何歳よ!!? もう心配しすぎてストレスでお腹まで痛くなってくるっての!!!」
「あ、あはは・・・相変わらず、元気そうですね」

 そう。エルナのおばあさん・・・これも同名の『エルナ・フロリア』は、
 フロリアを孫のエルナに受け継がせた後、自分はさっさと『大陸を漫遊する』と言って、旅に出てしまったのだ。
 しかも、それが街の観光ならまだしも、支援士と共にダンジョンにまで潜っているのである。
 ・・・歳は行っているが、エルナ・・・ややこしいので、おばあさんの方を『エルナおばあさん』と呼ぶが・・・エルナおばあさんも、『カーディアルト』であり、
 この教会に居る並みのシスターと比べるのも烏滸がましい程の実力者だ。
 生命の能力を以って会得するビショップ・カーディアルトの最終目標である『リジェネーションサンクチュアリ』も使える。
 ・・・・もちろん、それも『年季』が言えるモノで、エルナおばあさんがパーティメンバーに入れば、色気に欠けるが

「それにしても、おばあさんもエルナで、貴女もエルナで・・・本当に同名の多い家系よね」
「それだけフロリアが好きなんじゃない? あの伝説の聖術師の始祖様が」
「そうね・・・でも、その名前は安易に言うべきじゃないでしょう?」
「・・・しまった」

 そうおどけて、シアと笑い会う。でも、エルナはシアにフロリアの事は内緒である。
 ・・・どんなに知り合いでもフロリアの名を教えてはならないのだ。
 ――――それを利用される可能性があるから。
 でも、シアに限ってそんな事は無い。しかし、知っていれば幾らでも喋らす方法はある。
 ふとした時に言ってしまう事もあれば、拷問で吐かされる事。
 他にも、魔術で操られ、記憶を搾り出される事だってある。
 だから、わたしは――ヴァイには、色々誤魔化して言ったが――尖鋭のジャッジメントたちに、フロリアの術の一つである記憶消去能力『ブレインアウト』をかけて回ったのだ。
 記憶を消すとか、操るとか・・・そんな事、友人のシアにしたくは無い。
 だから、黙っている。
 しかし、それとは別で―――ふと気付いた。
 シアと言うお客さんが来ているというのに、

「――あ。ゴメン。お茶も出してないよね」
「手伝いますか?」
「いや。どうせパックだし」
「・・・そうだとしても、それをわたしに言うのは頂けませんね。でも、エルナらしいです」

 お湯を沸かし、パック・・・これも、クリエイターの編み出した『インスタント』の技術だ・・・を使い、お茶を抽出する。
 こうやって、わたし達教会の人間でも、クリエイターの技術を使っている。
 ・・・教会内で、製薬とかのクリエイターを弾圧する声も一部であるが・・・

(そう言う奴等はまず、クリエイターが作ったモノを一切使わないところから始めなさいっての)

 と、声には出さず愚痴る。
 理使いマージナルどころか、魔法少女ウィッチでも無いなら、火すら熾せはしないだろう。
 切るのは戦闘用のナイフか? 剣か? ・・・包丁クッキングナイフもクリエイターの技術だ。
 それだけ、クリエイターの技術も、生活に浸透しているのだ。・・・まあ、幾らそういっても、『中立派』ばかりで、『肯定派』は殆どなのだが。

「そういえば、エルナは今年で22だったかしら?」
「ぐっ・・・そう言うシアは21よね」

 そう。実を言えばエルナとヴァイは四歳しか違わない。
 つまり、12歳のヴァイが孤児院に入ってきた時には、エルナは16歳だったのだ。
 その頃には、既に身体も成長しきっていたし、最年少でアリスになる事を許される年齢で教会の生徒となったので、ヴァイと出会うちょっと前には、カーディアルトに昇格していた。
 しかも、当時のエルナは大人ぶっていたというか・・・とにかく、フィナの事を紛らわす為に、お姉さんぶりたかった為に、色々やっている内に、『年齢不詳』というレッテルを貼られてしまったのである。
 ・・・今のエルナが後悔する。当時のエルナの行い。つまり、若気の至りと言う奴である。
 その為、孤児出の中ではエルナを『三十代』と考えている命知らずも居るらしい。
 現に、21のシアと比べて一歳しか違わないと言うのに、それだけに見られるのだ・・・正直、エルナは悔しいと思う。

「出会ってから何年かしら・・・」
「ええ!! 行き遅れですよ!! 自分の生徒に取られちゃいましたよ!!」

 そう叫んで、エルナ泣くモーションをしたら、シアも「それを言うならわたしもなんですが・・・」と、お互いに暗くなる。
 シアは相手が居なくても良いかもしれない・・・いや、良くは無いだろうケド。
 しかし、エルナはフロリアを継がせなければならない。・・・まあでも、ヴァイが居なくなった今、狙いはケルトに標的が変わっているのだが。

「やっぱり、ヴァイ君行かせない方が良かったのですか?」
「・・・好きってのは、相手が幸せになれんならそれで良いんだと思うから、わたしは後悔してないわよ」

 そう言って、妙にしんみりする。
 ・・・お茶は丁度良い熱さになっていて、それに口を付ける。
 お互いがそうしている為に、静かだ。
 外からは、孤児院で遊び相手になってくれているのか、ユキとギンガ・・・主に、ギンガが乗り回されている感じだが・・・が、孤児達と過ごす声が聞こえる。

「マスターには会って来た?」
「・・・わたしだけです。きっとマスターさん、ユキとギンガを見たら・・・・」
「・・・そっか」

 シアは、あの二人・・・いや、ギンガに通じるかは判らないが・・・ユキに、事実を内緒にしている。
 ギンガのお母さん。フロストファングの命を奪ったのは、支援士の頃のマスターさんだと言う事を。
 ・・・魔物には、『親子』と言う概念は無い。魔物は人間の『輪廻の均衡』とは違い、人の目視できぬ『コア』を以って、長いか短いか時を経て再び再生するのだ。
 だが、中には『魔物』と一色単に分類されるも、『獣』や『竜』など、その生態系によって、魔物とは違うモノも居る。
 亜人種。というの者が存在しているのも良い例だろう。彼等は人間と同じく命を育み、そして、輪廻の均衡に乗っ取って転生している。
 しかし―――亜人種は別としても―――フロストファングやドラゴンなどは、魔物と姿かたちが似ているから、『魔物』と呼ばれるのだ。
 ・・・これは、初代エルナンの書いた本に書かれていたことだ。別に教会の図書館にでも行けば写本があるだろう。
 だから、実質的にマスターはギンガのお母さんを殺した事になるのだ

「正直、シアはマスターが許せない? 旅の仲間の母を殺した事」

 そう聞くと、シアはゆっくりと首を振った―――もちろん、横に。

「マスターさんは、今では自分の行いをしっかり理解しています。ユキも許してくれるとは思いますケド・・・でも、まだユキは子供ですから、それを引きずってしまうとユキが可哀想です」
「――――わたしは、許せないよ。今でも」

 その、エルナが自分でも驚くほどに暗い声で、彼女は返した。

「・・・エルナ」
「だって、どんな理由でも、肉親の命を奪ったんだよ? ・・・許せないよ。家族と過ごす時間を、奪い取るなんて・・・」
「それは、フィナの事ですか・・・?」

 シアの問いに、エルナは素直に首を立てに振る。
 ・・・ずっと、エルナはティーカップを見ている。いや、今、シアの顔を見たくないから、そこ以外ならどこだって良かった。
 ―――きっと、今のシアは、悲しい顔をしている・・・エルナの、嫌いな顔。

「しかし、それは集中治療で・・・」
「どうでも良いのよ。わたしにとって、フィナとの時間を奪った。ただそれだけなんだから」
「・・・」

 押し黙る。彼女は知ってる。
 ・・・わたしが、フィナの事をどれだけ好きだったか。
 今までの明るかったお茶の時間も、直ぐに冷めたものと化した。
 わたしのせいだ。と、エルナは歯噛みする。
 ――――お茶を口にした時とはまた違う、静かな時間が流れる。




 -PAST B-

『最近、フィナちゃんの様子が―――』
『そうね。それに、エルナ先生のお孫さん―――』

 このところ、フィナの容態が良く無い。
 おばあちゃんの生徒で、フィナを看護しているシスターが通り過ぎながらそんな話をしていた。

『けほっ・・けほっ・・!』
『フィナ!!!』

 ちょっと咳き込み、苦しそうな顔。
 ・・・その顔は、嫌だった。なんだか、また一歩、フィナが死に向かっている感じがして。
 だけど、フィナは必死でわたしに微笑む。

『だい・・だいじょうぶだから・・・』
『・・・っ!!』

 その細い身体で、一身に病と闘っているのだ。
 ・・・悔しいけれど、フィナの痛みを自分が少しでも軽くする事は出来無い。
 ただ、手を握ってあげる事しか出来無いのだ。

『・・・エルナちゃん』
『・・・』

 そんな時に、シスターが来られると、物凄く憤りたくなる。
 外はまだ明るい。確かに授業はサボった。だけど、そんなものよりもフィナの方が大事なんだ。

『エルナちゃん。授業に戻りましょう』
『ヤダ。わたし、フィナの傍に行る』
『・・・診察の時間なの。フィナちゃんのためを思うなら、判って』

 ・・・診察の時間。どうりで、まだ明るいのに部屋を追い出されるワケだ。
 だけど、苦しむフィナをそのままに、授業など出る気は無い。むしろ、この部屋から出る気も。
 診察の時間は嫌いだ。長い間、ずっとフィナに会えない。授業が終わっても、今日フィナに会うことは出来無い。
 ・・・・・だけど、

『あ、いえ。ご家族の方が同伴でも構いません。むしろ、その方が有り難い位です』
『ええ? で、ですが・・・』

 その声は、シスターの後ろから聞こえた。
 ・・・二十代の半ばあたりだろうか? 男性の声。
 落ち着いた笑顔でシスターの顔をじっと見れば、シスターは一つため息をついて、

『―――判りました。宜しくお願いします。カネモリ先生』

 そう言って、下がったのだ。
 その後、その男性・・・カネモリ先生は、直ぐにフィナの容態を見る。

『・・・アンタ、誰よ? フィナに変な事したらぶっ飛ばすから。これでも、聖光使えるんだからね』

 普段の診察は、教会の誰かが行う。教会の人間で無い誰かが行うのは初めてだった。
 だから、わたしはいつもとは違う変な事をさせられるんだと思って、その男性・・・カネモリ先生、いや、カネモリを睨む。
 だけど、カネモリは、やはり落ち着いた様子で言葉を返したのだ。

『大丈夫ですよ。今回は、貴女のおばあ様が私に任せてくださった事ですから』
『おばあ様が?』

 その言葉で、わたしは一瞬警戒を下ろしたが、次にはまたカネモリを睨んだ。
 嘘の可能性もある。教会の外のクリエイターなんて、みんな自分の欲望ばっかりだ。
 教会の『ほーしする心』というモノを持ってなどいない

『何? 目的は。金? 名誉?』

 そう問うわたし・・・嫌な娘だ。
 だけど、フィナを護れるなら、どんな汚れ役でも買って出る。
 しかし、そのわたしの問い掛けに、カネモリは遠くを見ながら答えたのだ。

『そうですね・・・私の目的。それは、究極の薬『エリクシール』でしょうか』
『究極の薬・・・?』

 そう。その時のカネモリの顔は、真っ直ぐだったのだ。
 フィナの為に相手の顔色を伺う事もしばしばあったわたしは、それに悪意を感じなかった。
 その『究極の薬』という響きに、少し期待が小躍りしたが、しかしカネモリは笑って誤魔化したのだ。

『まだ人には話せるようなレベルではない研究の段階です。今は、診察を行います』
『・・・変な人』

 そこで会話を閉じて、カネモリは診察に掛かる。
 それをわたしは厳しい目でチェックし、変な事をすればその背中に『アルティレイ』をぶつけてやる気持ちで居た。
 ・・・だけど、カネモリは特に何をするわけでもない。ただ普通に診察を手際よく行って、フィナの事を調べただけだった。

『動悸が荒いですね。鎮静剤を薄めた物を少々使いましょう』

 そう言って、カネモリは一つ注射器を取り出した。
 ・・・あんな針を、フィナはシスターから何回も刺されてるんだ。
 だけど、目の前の人物に気を許す事は出来無い。

『・・・まずはわたしに打って。それで、それと同じ注射器の薬をそのまま使いなさいよ』
『え、ええっと・・・』
『やましい事が無いなら出来るでしょ?』

 だから、安全かどうか確かめる為に、そうカネモリに提案した。
 しかし、そのことでカネモリは困惑する。

『何? 出来無いの?』
『・・・エルナさん。薬には、“副作用”というモノが有ります。この薬はプラスの効果として動悸を落ち着かせますが、普通の状態の方に打てば、気分が悪くなるものなんです。
 つまり、フィナさんには必要なものですが、エルナさんには絶対に使ってはいけない薬なんです』
『・・・っ!!』

 その言葉は、理解できる。
 製薬の授業で、副作用の話は習っているから・・・嫌な位、すんなりと理解できた。
 だけど、わたしはカネモリに食いつく。

『!! そんなの知らない!! わたしはフィナの為なら気分悪くなろうが知った事じゃない!! 使いなさいよ!! さあ今すぐ!!』
『・・・・』

 だけど、カネモリは困った顔をして動けない。
 判ってるんだ。意地の悪い事を言っているって事は。
 だけど、その困ってるカネモリに助け舟を出した声があった。

『おね・・ちゃ。そこまでしなくても・・・いいよぉ。カネモリさ・・お願い・・ます』

 ・・・他でもない。フィナだ。
 その言葉に、ギッとわたしはカネモリを睨みつける。

『・・・変な効果が出たら、寝てる隙にその首切り落とすから』
『大丈夫ですよ』

 自分でも判るほど随分怖い事を言ったのに、カネモリは平然と『大丈夫』と答えた。
 その言葉が冗談だと思っているのか? それとも、絶対な自信が有るのか。
 注射器をフィナの腕に刺して、その薬を体内に入れていく。
 全て移し終えたら、今度はゆっくりと抜いて、お酒で消毒された脱脂綿をそこに貼り付けたのだ。

『・・・ねぇ』
『なんでしょう?』

 しかし、先ほどの意地悪とは別に、わたしは興味があった。

『その“注射”って、どれだけ痛いの?』

 そう。まるで、裁縫針のようなモノだ。
 縫い物に慣れない頃、指に針を刺したときは、大泣きしておばあ様に『リラ』を唱えてもらったものだ。
 きっと、フィナは泣かないけど、凄く痛いに違いない

『そうですね。人によります』
『人に・・・?』
『感覚神経と言うのはそれこそこの針よりも繊細に張ってます。痛覚神経もまた同じです。だから、痛みを避けることは難しいです。
 しかし、『極力感じさせない』という事は可能なのです。出来る限り表面上に出ている・・・と、エルナさんには早すぎましたね』

 きっと、物凄く疑問顔をしていたんだろう。わたしは全然言っていることが理解できなかった。
 そこで、カネモリはふと笑って、わたしに問いたのだ

『試してみますか?』
『・・・いいわよ』

 その問いに、わたしはそう言って、腕を出す。
 注射器は、フィナに使ったのと形は同じだが、また別のモノだ。
 フィナと同じ気持ちを知れるなら。と意気込んでいたが、それが目の前に出されると、思わず震えたくなる。

(・・・いつも、フィナはこんな物を腕に刺されてるんだ・・・)

 針が、ゆっくりと腕に近付いてくる。
 怖くなって、ギュッと目を閉じた。
 ・・・何秒立っても、何も起きない。

『刺さってますよ』
『・・・え?』

 しかし、そのカネモリの言葉に、わたしは驚いた。
 そう。目視すれば、確かに腕に刺さっている。
 しかし、痛くは無かった。
 薬は全く入って無いので、特に何をするでもなく、フィナにそうしたのと同様に、
 ゆっくりとわたしの腕から注射針を抜き、お酒に漬けた脱脂綿を貼り付けたのだ。
 そして、手際よく注射器をカバンの中に仕舞う。

『お揃いですね。羨ましいです』

 そうして、カネモリはわたしの腕を見て、フィナの腕を見て、そう言って笑うのだ。
 ・・・本っ当に、変な人だった。だけど、嫌な感じは、無かった。

『・・・でも、なんでわたしを入れたの? 普段、診察の時間は入れてくれないのに』
『ああ。そうでした。エルナさんにお願いしたいのは、わたしがお薬を調合している間にフィナさんの傍に居てほしいんです』
『傍に・・・? それに、薬持って来てないの?』

 そう問いかけるわたしに対し、カネモリは大きな木箱から調合する道具を出してきたのだ。

『ええ。相手の病状が判らないのに闇雲に薬を作れば、逆に命を奪いかねません。現地で的確な薬を作るのが一番良いのです』
『じゃあ、それでフィナが治るの!!??』

 そう。わたしは見えた明光に、カネモリへ飛びつかんばかりに聞いた。
 確かに、いつもシスター達が行っていた事とは違う。だけど、それは良い方向に転がっての事なのかと。
 ・・・しかし、希望と言うのはそう簡単に持つべきではない。
 カネモリは、物凄く困った顔をして、言葉を選んでいた。

『いえ・・・悔しいですが、私では治す糸口が見つけられませんでした。だから、私が作るのは抗生剤です』
『・・・あ・・・ごめんなさい』
『いえ。私の方こそ変に期待させてしまったようで・・・』

 気まずい中、カネモリは製薬を始める。
 わたしはする事も無いし、カネモリに言われたようにフィナの傍に行った。
 ・・・でも、フィナは眠っていた。

『寝てるんだけど?』
『鎮静剤が効いているのでしょう。たぶん、この薬が出来るまでの間は眠り続けると思います』
『何それ? わたしが居る意味無いじゃない』

 そう言って膨れっ面をすると、カネモリは微笑みながら『いいえ』と言ったのだ。

『手を握ってあげてください。そして、目が覚めたら声を掛けてあげる。・・・それだけで、エルナさんが今ここに居る意味がありますよ』

 そう言われたとおり、フィナの手を握れば、フィナはふわっと柔らかい笑みを浮かべて、「すー」と寝息を立てている。
 暖かい。此処に居る。

『また来る事もあると思いますケド、その時にはまた立ち会ってください』
『・・・カネモリは、どうして此処まで考えれるの?』

 そう。シスターはフィナの診療中には一切立ち合わせてくれない。
 前に、わたしがさっきカネモリにやった事と同じ事をして以来、入れてくれなくなったのだ。
 なのに、彼は嫌な顔一つせず、フィナの事・・・それに、わたしの事を思って、また立ち合わせを望んだのだ・

『そうですね・・・私は、病気の時こそ心細いと思うんです。それは病人だけでなく、その家族も・・・
 だから、本当に安心して欲しいから、私はフィナさんの診療に貴女が居て欲しかったんです。
 ・・・助けられたのは、私の方です。きっとフィナさんだけなら、私に対して震えてばかりでした』
『・・・・』

 返事がないから、カネモリは『おや?』とその方を見た。
 そのカネモリの言葉は、既にエルナの耳には入っていなかった。
 ・・・彼女は、フィナの隣で眠っていたのだ。
 ふと、そこでカネモリは気付いた。自分は錬金術師。製薬には慣れている。

 ――――睡眠薬草の匂いに、エルナは眠ったんだと。




 -PRESENT B-

「・・・ゴメン。わたし、酷い事言ってるよね」

 そう。マスターが後悔している事も理解しているし、何よりマスターは素敵な尊敬できる人だ。
 その上で、エルナ自身が酷い事を言っている事。彼女自身が十分に判ってしまう。

「・・・前から思っていたんですけど。エルナは『アルティア』様の考えよりも、『フロリア』様の考えに近いですね」
「そうね。否定しきれないわ」

 そう。教会の『弱きものを護る』『全ての者を温かく包む気持ちこころを持つ』というのは、アルティア教の名の通り『アルティア』の掲げる思考だ。
 一方、フロリアの思考は、『奪いし業を背負う』という言葉である。
 それは、『弱きものを護れない事は仕方が無い』という、アルティアとは全く逆の意味。
 しかし、『その上で、その護れなかった者達の『業』を背負うべし』という言葉が付くのだ。
 つまり、護れなかった者に対しての責任を背負うと言う事だ。
 これを知る人物はそれなりに居るだろうが、あまりに疲れる考えである為、同意する人物と言うのは殆ど居無い。
 大体の人物は、シアと同じくアルティアの考えになるのだ。
 ・・・もちろん、フォーゲンのように歪んだ人物が居る事も否定しきれないが、それはまた別問題である。

「名前も『エルナ』ですし、フロリア様と気が合うのでしょうか」
「でも、フロリアは伝説の始祖でしか無いわ・・・その伝説が残した言葉と同じ考えって言うのもアレだけどね」

 この場で、フロリアである事を言う意味は無い。
 そう誤魔化して、わたしはシアに言ったのだ。

「・・・最司教様に言われちゃったよ。責務を背負い過ぎだって。それも良し悪しだってね」
「・・・そうですね。今のエルナは、無理をしすぎです」
「―――だけどっ!!!」

 思わず、机を叩いて怒鳴ってしまった。
 シアはびっくりして、首をすくめる。

「・・・だけど、フィナはまだまだ辛かった・・・・!!」

 その言葉に、シアは目を閉じる。
 ・・・お茶も、こぼれてしまった。
 でも、そのお茶は美味しくないだろう。物凄く冷め切っていたから。

「・・・ゴメン。入れ替えてくる」

 無気力に立ち上がり、再びお湯を沸かしに行く。
 ・・・シアは、俯いて声を押し殺していた・・・きっと、泣かせた。
 彼女は今、きっと自分自身を責めに責めている・・・悪いのは、全部わたしだ。
 本当に、まったくらしく無いと思う・・・・。




 -PAST C-

『容態は悪化!! 急いで!!』
『ねえ!! フィナは無事なの!!? 無事なんでしょ!!?!?』

 もう少しでフィナの誕生日。
 プレゼントは何にしようかと考えていた矢先、慌しい声と、駆ける音。
 それは、フィナの部屋の方向。

『邪魔しないで!!』
『きゃあ!!』

 シスターを掴んで問いかけたが、余裕が無いらしく、わたしを振りほどいて駆けてしまった。
 ・・・容態は悪化。フィナが――――
 駆け出し、フィナの部屋の方へ行く。
 ・・・しかし、

『エルナちゃん!! ダメよ!!』
『退きなさいよ!! 退け!! 退けっつってんだろっ!!!』

 中では、慎重な診断が行われている。
 だから、先生の気を散らさせない為に、シスターはわたしを取り押さえたのだ。
 だけど、嫌だった。このまま、死んだ後の姿のフィナしか見れないなんて、絶対に。
 暴れ、抵抗した。
 でも、所詮子供の力で大人には適わないのだ。

『エルナちゃん!!』
『退けぇぇぇえええ――――――!!!!!!!!』


・・・
・・



『っ・・くっ・・うぅ・・・!!』

 わたしは、リエステール西街道へと出て、ミナル河へと来ていた。
 もう直ぐ、フィナの誕生日なのだ。
 だから、プレゼントを見つけないといけない。
 前から考えてた。ずっと、願ってた。

 ―――翠水晶石。それは、万病厄災から身を護ると言われる石。

 モレク山から流れ、ミナル河で研磨されるそれは、普通の水晶とは違い、透明な中に翠の色が混じり
 それだけで、市場では価格が高沸するのだ。
 もちろん、滅多に落ちている品ではないし、大抵は水晶だ。
 探すことに人生を費やしてもそれは損でしか無い。

『見つけなきゃ・・っ・・!! 絶対・・!!』

 しゃくりあげながら、服が水を吸う事も構わず、ミナル河を漁る。
 一つの願掛けだ。―――もしも、翠水晶石が見つかれば、フィナは元気になる。
 絶対に、絶対に元気になると。

 ・・・・だけど、ここはミナル河。町ではなく、フィールドなのだ。

 ガサリ、と音がした直後には、何かがこちらに向かって突進してきた。
 ・・・レムリナム。トカゲの剣士である。

『―――!!!』

 予想外・・・いや、考えようとしていなかっただけだが、そのことでわたしは取り乱し、逃げようとした。
 だが、水の中では足がもつれる。
 転び、水の中に流される。

(・・・ああ。終わったんだ・・・・)

 きっと、このままわたしは死ぬ。フィナも助からない。
 ・・・でも、フィナと一緒なら、それでも良いかと思った。
 目を閉じ、流れに身を任せる。
 きっと、溺れるのが早いか、トカゲに殺されるのが早いかの差だ。

(・・・?)

 だけど、意識が薄らいでいく中、遠くで何か剣の揮うがした。
 凄い速さ。それが、連続で・・・
 その直後、わたしの身体は水辺からすくい上げられたのだ。

『おうおうっ!!? 人魚が俺と同じでカナヅチなんて珍しいなぁとか思えばタダの子供じゃねぇか!!?』
『・・・ぁ・・・』

 ぼんやりと見えたのは、二十歳半ばくらいの青年。
 その姿は、十六夜の人に近い気もする。

『おうおうおうおう!!? オメェなんでこんなトコに居るんだぁ?』
『さがさ・・ないと・・・』
『ん? 探す? 誰をだ?』

 もう、意識が朦朧とする。

『りょ・・すい・・・』
『お、おうおうおうおうおう!!!??? リョスイって誰だよ!!?? こんなトコで倒られて俺にどうしろってんだよ!!??』

・・・
・・


『!!?!?』

 目を覚ませばそこは、

『お目覚めですか?』
『カネ・・・モリ?』
『安心してください。ここは教会。服はシスターさんが替えて下さいました。
 烈心さんという方が、貴女をここまで運んでくださったんですよ。・・・まあ、もう出て行ってしまいましたが』

 教会の部屋。わたしの看護をしていたのは、カネモリだった。
 カネモリの説明によれば、その烈心さんがリエステールまで運んで、教会の前につれて来てくれたらしい。
 そこで、通りかかったカネモリが、わたしを連れて教会の中に運んでくれたのだ。

『・・ごふっ・・』
『軽く肺炎・・・水が入ってます。しばらくは安静にしていないと』

 そのカネモリの言葉を聞いても、わたしは安静になど出来なかった。

『翠水晶石・・・』
『? 翠水晶石がどうしたのですか?』
『あれが無いと・・・フィナが死んじゃう・・・フィナ、死んじゃうよ・・・・!!!』

 カネモリを見ながら、涙を流す。
 そして、カネモリはそっとわたしの頭を撫でたのだ。

『・・・そうですか。ミナル河へ、翠水晶石を探しに・・・』
『・・・っ・・!!』

 頷く。声を出せば、きっと震えている。
 きっと、見つからなかった。ダメなんだ。もう、フィナは死んでしまうんだと・・・

『―――――でも、凄いですね。エルナさんは』
『・・・ぇ・・・?』

 そう言って、カネモリはわたしに一つの石を手渡したのだ。
 ――――翠色が中に混じった。一つの水晶を。

『――――っ!!!??』
『烈心さんの話では、流されたんですって? でも、貴女は右手にそれをずっと離さなかったんです。
 診察の為に手を触らせて貰う為に、一度私が預からせて貰いましたが・・・これは、貴女のモノですよ』
『あ・・・』

 それを見て、また涙が流れた。
 翠水晶石。万病厄災から身を護る守護石・・・

『では、睡眠薬を投与して置きましたので、時期に眠くなると思います・・・私は、これで失礼しますね』
『うんっ・・・うんっ・・!!』

 そうして、カネモリは部屋を後にした。
 ・・・だけど、わたしは何時、翠水晶石を見つけてたんだろうか・・・?


・・・
・・


 その日の帰った後で、カネモリの工房へ、二人の若い男女・・・それも、貴族が。やって来ていた。

『カネモリさん!!? 約束の一ヶ月です。僕達の婚約指輪。完成しましたか!!?』
『翠水晶石で結婚指輪なんですもの・・・きっと、素敵に仕上げてくださいましたよね?』

 期待に満ちた、二人の目線を一身に浴びながら、
 本当に申し訳ない思いで、カネモリは首を横に振った。

『申し訳ありません・・・此方の早とちりで、私が拾ったのは、ただの水晶のようでした。期待させてしまい、本当に申し訳ない』

 その言葉に、貴族の男は憤慨する。
 一方の女性は、声すらも出ないようだった。

『何を言ってるんだ!! 今更そんな事・・・っ!!!』
『もちろん依頼料は貰いませんし、頂いた前金を全てお返しいたします。それに、5万フィズ。慰謝料に払わせていただきます』
『当たり前だ!! 前金はソックリ返してもらう!! だけど、貴様の汚い金なんぞ要らん!!』

 そう言って、『エリクシールの為に貯めていた資金』から、前金分を皮袋に積め、男は女を連れ、苛立った足で帰っていった。
 当然と言えば当然だ。・・・この依頼は、失敗に終わってしまった。
 だけど、彼等には申し訳ないが、それよりも大切な事があるのだ。
 その中で、カネモリは呆然と呟いた。
 もちろん、微塵の後悔なども無いが――――

『ふぅ・・・・これで、80万フィズの儲けはオシャカ。ですか』



   ・・・だが、この事実をエルナは今でも知る由も無い。



 -PRESENT C-

「ごめんなさい・・・わたし、不仕付けな事を言いましたね・・・・」
「・・・シア。ゴメン」

 しばらくしてお湯が沸き、お茶を入れなおしてカップを持って戻った時、シアはそう言ったのだ。
 だけど、シアは真っ直ぐにわたしを見つめ返してくる。
 ・・・その目が、なんだか怖い。

「でも、これだけは譲れません・・・貴女は、何もかもを背負いすぎてます」
「・・・・」

 今まで、こんな顔を向けられた事は無かった。
 どうすれば良いか判らない。

「・・・じゃあ、シアはどうすんの? アルティア様の考えを崇高するあなたは、ドウ考えるの?」

 だから、わたしは敢えて強気に出た。
 シアは、芯こそしっかりしてるが、それなりに弱気だ。
 相手がどう出てくるか予想が出来無いなら、主導権を自分が握れば良い。
 ・・・・だが、

「・・・こうします」
「!!??」

 立ち上がって寄り、シアは腕を振り上げた。
 殴られる? いや、殴る? あのシアが?
 そう思い、ギュッと目を閉じる。
 ・・・しかし、返って来たのはふわりとした暖かさだった。

「・・・ぇ・・・ぁ・・・?」
「ずっと・・辛かったんですよね。今日のエルナ、なんだか様子がおかしかったんですから・・・
 今まで教えてくれませんでしたけど、フィナの命日。近いんでしょう?
 一人で抱え込まないで下さい・・・わたし達、友達じゃないですか」
「・・・・って」

 そこからは、もう止まらなかった。
 シアの胸の中で、その吟遊詩人バードの服をシワになっても気にせず握り締め、
 ―――泣き叫んだ。

「だって!! フィナが死んじゃって・・・!!! わたし、何も出来なかった!!
 死んじゃったんだもん!!! わたしを追いてったんだもん!!!!
 もっと、もっと遊びたかった!! 色んなトコ、連れてってあげたかった!!
 なのに・・・!! っ・・ぅっ・・・ぅあああああああああ!!!!!!!!!」

 だけど、それを気にもせず、シアはずっとわたしの髪を撫で続ける。


『ったく。フィナは甘えん坊なんだから』
『でも・・・お姉ちゃんに髪を撫でてもらうの、好きだもん』


 ――――まるで、嘗てのわたし達みたいに。その優しい時間は、ずっと過ぎていく




 -PAST D-

『おねー・・・ちゃん』
『フィナ!!? しっかりしてよ!!』

 フィナの誕生日。わたしは、ようやく許可が下りて、フィナのところに行った。
 フィナは、力なく笑って、わたしの事を呼ぶ。
 だけど、管とか、針とか、その身体にたくさん刺さっていて、身体を動かす事も出来なければ、手を伸ばす事すら出来なかった。

『今日誕生日だよね!!? 作ったんだよ!! カネモリさんに教わりながら!! フィナのペンダント!!』
『あ・・・』

 それを見せて、わたしはフィナの首にそのペンダントをかけ、鎖を締める。
 ・・・先端には、カネモリさんに加工して貰った、わたしの見つけた翠水晶石。
 お小遣いからだけど、カネモリさんにちゃんと依頼して作ってもらった。
 お金で足らない部分は、カネモリさんに教わりながら、少しずつ作っていった。
 そして出来上がったのは、先に翠水晶石が下げられた、装飾も多くはしなかったペンダント。
 いろいろ付けると、翠水晶石の効果が落ちそうだったから、飾らず、翠水晶石を見せる形にしたんだ。

『わぁ・・・うれしぃよ・・・ありがと・・おねーちゃん』
『うんっ・・・!!』

 息も絶え絶えに、フィナはわたしに微笑みかけてくれる。
 だけど、判っていた。絶対に間に合わない。もう、助からないって。

『でも・・・ゴメンネ』
『何? 何で謝るのよ!!』
『わたし・・・おねーちゃん、哀しませて・・・』

 その言葉で、堪えてた涙が溢れ出した。
 周りに人が居ても関係ない。声が震えてみっともなくても、フィナに伝えたかった。

『馬鹿言わないでよ!! これから楽しませてくれるんでしょ!!?? ねぇ!! 万病を防ぐお守りなんだよ!!?
 目閉じちゃやだよ!!! フローナで海見ようよ!! ミナルの綺麗な水を飲もうよ!!
 カネモリさんに頼んで、十六夜の雪景色を見せてもらおうよ!!!!
 まだまだ教えたい事たくさんあるんだよ!! ダメ・・目閉じちゃダメ!!
 ダメぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!! 嫌ぁぁぁぁぁああああ!!!!』

 声を荒げても荒げても、大きな声を出しても、
 だんだんと、フィナの瞼は下りていく。
 声が擦り切れんばかりに、わたしは叫んだ。
 だけど、

『――――アリ、ガト・・』
『っ――――!!!』

 最期に、フィナはそういって、
 くたりと、力が抜けたのだ。

『うそだ・・・嘘だ!! 嘘だ!!!!
 フィナ!! 冗談きついよ!! お姉ちゃん怒らないから、今なら笑って許すから目を開けてよ!!
 わたし、まだ何もしてあげてない!!!! 元気になったら街に連れてってあげる約束も果たしてないよ!!!!
 ねぇ・・・・ヤダよ・・・おいていかないでよぉ・・・・!!!』
『・・・・』
『フィナ・・フィナ・・フィナァァァ!!!!!!!! うああああああああああああああああああ!!!!!!!!』

 だけど、ピクリとも動きはしない。
 アルティア様にも願った。フィナが生き返るように、何回も何回も――――




 人を生き返らせる術。そんな力はわたしにも誰にも・・・フロリアにも、無い。
 『輪廻の均衡』。それを犯せば、フィナを甦らせる事は出来る。
 でもそれは、フィナを不完全な状態で苦しめるだけでしかなく、わたしもまともな死に方はしないもの。
 ・・・わたしの死に様なんかはどうでも良い。だけど、フィナが苦しむ事だけは嫌だった。

 その日から、わたしは持ち直すのが辛かった。何を見ても、どんなモノを見てもフィナ。どんな時間を過ごしてもフィナ。
 フィナ、フィナ。フィナ。
 特に、トラウマになったのは、シスターがそんなわたしを見て、『可哀想に』という顔をする事。
 それが、苦しい時・・・それに、死ぬ直前のフィナを、強く思い出させ、気が狂いそうになる。

 だけど、フィナは確かに傍に居た。

 この手にある翠水晶石・・・それが、証明してくれている。
 『奪いし業を背負う』・・・フロリアの言葉だ。
 弱きものを護れない事は仕方が無い。その上で、その護れなかった者達の『業』を背負うべし。

(ああ・・・わたし、フィナの『業』を背負わなきゃいけないんだ)

 気が狂いそうになったとき、ペンダントを握り締めて、そう考え直す。
 フィナの分まで楽しまなきゃいけない。
 フィナの分まで泣かなきゃならない。
 フィナのやろうとしていた事。してあげたかったこと。
 全部、この身に背負わなければならない。


   ――――だから、今まで背負ってきた。


 ここまで生きてこれたのもフィナのおかげ。
 ・・・・・・それに比べ脆く弱い自分。


   だけど、全ては吐き出した―――――




 -PAST → PRESENT-

   ――――――今、シアの胸の中で。エルナは今まで貯めていたモノを、全部出した。

「ごめん・・みっともないとこ・・」
「いえ。それにしても今日のエルナは謝りすぎですね」

 すん。と鼻をならし、恥ずかしさに顔を赤らめる。
 本当に、ここまで泣き叫んだのは久しぶりだった。
 今まで、エルナはどんなに辛くても全部堪えてきたから。

「わたし達は、カーディアルト・・・弱い人たちの悩みや愚痴を聞いて、その方向を導く事が仕事の一つです。
 ・・・・だけど、わたし達が本当に苦しい時、誰に頼れば良いんでしょう・・・?」
「・・・ぁ」

 そう。今まで、考えもしなかった。
 今、シアがやった事は、カーディアルトの仕事の一つに近い。
 相手の悩みを聞いて、それを共有し、共に解決へ向かう。

「同じカーディアルトに相談するのは恥ずかしい。ビショップも同様。でも、貯めるだけ貯めていたら、今度はまいっちゃいます」
「・・・」
「エルナは、最司教様の言うように、背負いすぎなんです。・・・肩の荷物を捨てろとは言いません。でも、降ろして、整理整頓しないと、肩が壊れちゃいます」

 ・・・そう。最司教様はとっくにわたしがフィナの事で苦しんで居る事に気付いていた。
 でも、最司教様は特に何もしない・・・出来無い。彼が仕事で忙しいのもある。
 だけど何より、『わたしが話す意思を全く見せる気が無かった』から。
 ・・・シアは、心療技法カウンセリングも大したものだ。
 ただ、暖かさを与え続けたわたしに、その暖かさを分けて、一つ気付いてあげれた。
 たったそれだけであり、しかし、それだけの力を持っている。

「でもエルナ。貴女は一つ大きな勘違いをしています」
「え・・・?」

 ずいっとシアは指を突きつけ、ちょっと文句をいうような口調で言うのだ。

「何もしてあげれてないって。ずっと傍に居てあげて、しかも翠水晶石のペンダントまであげて・・・エルナが男の子だったら、どんな女の子でも落ちますよ?
 それだけの事をしてあげてるのに、なんで『何もしてあげれなかった』なんていうんですか?」
「で、でも・・・約束、守れてない」

 その言葉に、エルナは自分のスカートを握って呟く。
 だけど、ふわりとシアは笑って答えるんだ。

「エルナは、その約束以上のことをしてあげています。フィナさん、きっと嬉しかったと思います。幸せだったと思います」
「・・・そうかな?」

 その問いに、シアは「そうですよ」と、笑顔で答えた。
 ・・・お茶は、二杯目も冷たくなっている。
 だけど、今度のエルナの心は―――温かかった。

「さてと・・・そろそろ時間です。いつまでもユキとギンガを待たせられませんから」
「そっか・・・ね、シア」
「? なんですか?」

 振り向いたシアに、エルナはしどろもどろながらも言葉を伝える。

「えっと・・・ゴメンね。折角来てくれたのに、変な話になっちゃって・・・あと、アリガト」
「どう致しまして♪」

 そうして、わたしとシアの午後のお茶の時間は終わった。
 ・・・もう直ぐ、フィナの誕生日と命日だ。
 でも、シアのおかげで気持ちは軽い。

(肩から荷物を下ろして、整理整頓する・・・・か)

 簡単な事じゃないかもしれない。きっと、わたしはこれからも変われない。
 だけど、変わる必要も無い。
 ただ、そのやり方が上手くなればいい。
 ・・・まだ、たぶんシアに手伝ってもらわなければいけないかもしれない。


  ――――だけど、確かに彼女は救われたのだ。

 それは、フィナに、シアに、色々な人に頼り、そして・・・自らの力でその手を掴んで。
 今、此処に居れる事を、ただ感謝した。

 やはり、自分はダメな姉だな。そう思いながら―――――




 -エピローグ・・・手紙-

『これを読んでいるお姉ちゃんへ。

 きっと、コレを読んでるって事は、わたしはこの世に居無いのでしょう。
 だって、居るんならこんな恥ずかしい手紙、すぐに破り捨てちゃうもの。

 実を言うと、わたし、病弱な子に生まれて良かったな。って思う時があったの。不謹慎かもしれないけど。
 だって、お姉ちゃん、いっぱいいっぱーい、わたしに優しくしてくれるから。
 もし元気な子だったら、どんなお姉ちゃんだったか判らない。
 厳しいのかな? それとも、やっぱり優しいのかな?
 だけど、わたしは今のわたしで、お姉ちゃんが優しくしてくれて、嬉しかった。

 お姉ちゃんは、わたしが一人で居る事を寂しがっていると思っていたかも知れ無いケド、全然そんなこと無いんだよ。
 いつも、お姉ちゃんが何をしてるか考えてたし、静かに大好きな本を読めるのも好き。
 注射だって、もう泣かない。
 だけど、やっぱりお姉ちゃんが優しくしてくれるのが一番好き。

 大好きなお姉ちゃんへ。ありがとう。
 わたしは、幸せな妹だったよ―――――

 フィナ・フロリア』




「おや? おばあさん。その手紙、読んじゃって良かったのかい?」

 ミナルで舟漕ぎが、一人のおばあさんの手紙を後ろから見て、そう声を掛ければ、
 ガンッ!! と、思い切り承底を叩き込まれ、「うっ・・・」と呻いた。

「ウチの孫娘に渡す手紙だよ。勝手に覗くでないよ」
「ば、ばあさん・・・なんてパワーだ・・・・ぐふっ・・・」

 本気で辛そうに、舟漕ぎは再び船を漕ぎ出す。
 それは、数時間前に、偶然遇ったシアから聞いた、同名の孫娘エルナの事であった。

(・・・・今なら、大丈夫そうだね)

 当時のエルナに、この手紙を見せるには酷過ぎた。
 きっと、シアがどんな事をしたとしても、エルナは一生フィナの影を抱えて生き続けなければならなかっただろう。
 ・・・それは、長くカーディアルトとして色々な人を見てきたエルナ老だからこそ、ハッキリと孫娘の症状を手に取るように判ったのだ。
 だからと言って、必要なのは時薬。後は、タイミングである。

(全く。あの子も愛されてるねぇ)

 今の姿からは信じられないかも知れないが、エルナ老は当時のエルナさんの頃には、彼女ほどの才色兼備を兼ねそろえた女性だった・・・今は、見る影も無いが。
 だけど、そんなエルナ老が囲まれたのは、表面だけで取り繕う男ばかりだった。
 それに比べ、孫娘は本当にいろんな人から愛されている。
 ・・・もちろん、それが羨ましいかと言われれば頷く。だけど、嫌ではない。
 孫娘が幸せであれば、それだけで満足できる。

「おばあさん。付きましたぞ」
「ご苦労じゃの」
「・・・ホントだよ」

 その舟漕ぎの疲れたような声でポツリと洩らした呟きに、エルナ老はギッと睨み返した。

「あ、有難うゴザイマシタ・・・」

 まあ、もちろん冗談だ。本気で怒っているワケではない。
 こうやって若い者をからかって遊んでいる内は、エルナ老自身が『まだまだ若いの』と思える時だから。

「おい、そこの支援士」

 エルナ老は、船から下りて手近にいた聖剣士セイクリッドの青年に声を掛けた。

「あん? どうした、ばあさん」

 その青年は、言葉こそ無礼なものの。不良などとは違い、その言葉『遣い』は、相手を気遣っている。
 ・・・エルナ老は、この青年に決めた。

「ワシをリエステールまで送ってくれんか? 報酬は出すぞ」
「えー・・・どうせならもっと若いカーディアルトで・・・」

 スラリと、その言葉が・・・禁句が、エルナ老の目を鋭く細めさせる。
 そう。別にエルナ老は『おばあさん』呼ばわりされるのは事実であるから気にしない。
 だが、『若いもの』と比べられると、孫娘エルナが『良い年して』と言うのと同等以上にキレる

「・・・貴様、今何と言ったのじゃ?」
「え・・? あの、いえ・・・」

 そのセイクリッドの青年は、急にエルナ老の空気が変わったことで、混乱をしている。
 空気が渦巻き、エルナ老の周りに巻き上がる。

「このワシに対し、『もっと若い』? ワシは、若くないのかえ?」
「い、いや・・・でも、否定は」

 ギロリ

「何でもありません」

 即答。それは、ヴァイがリスティから護衛以来を頼まれた時よりも孫娘エルナがヴァイにデートしよう発言をした時よりも圧倒的な速さで答えたのだ。

「では、文句は無いのぅ。行くとしようかえ」

 そうして歩き出すエルナ老の後に続き、セイクリッドは心の中で『勘弁してくれよー!!』と思うのだった。

  ・・・彼の名は、グリッツ・ベルフレイン。今、『自分が好きなのは若いアリスキュアとウィッチである』と考えを改めた男。

 そのグリッツがエルナ老の後を付いてきた事を確認し、エルナ老は空を見上げた。

(・・・フィナ。エルナは、もう大丈夫じゃえ)

 久しぶりに逢う、孫娘の顔を思い浮かべながら、
 お土産を手に、いざリエステールへ―――――



 Frolia -ある晴れた旅立ちの日の午後のお茶-






  あとがき


 エルナ先生がシアに抱き締められて泣くシーンが書けて満足。


 百合スキーの神無月カイです。いや、そんな事ゼンゼンナイヨ?
 とまあ、これでエルナ先生のお話も終えました。
 ようやく、本当に続編の『フィークベル』に移れそうです。

 しかし、どうでも良い話ですが、この作品、原稿用紙に換算すると370枚を超えるという計算になったんです。・・・え? 自分でもびっくり
 じゃあもう、TOVとかどうなるんだよ。って気分です。

 作中で、やけにカネモリがカッコイイくなってしまいましたが・・・やりすぎた感が抜けんorz
 まあ、TOVではまともに登場したのはジュリアだけでしたし、差し引きゼロって事で(汗
 それと、個人的にお気に入りキャラのシア。もっと大人な感じを出したかったんですが・・・(汗々

 そして、最後に登場したのは、エルナおばあさん。エルナさんに負けない元気っぷり(汗々
 もちろん、エルナおばあさんも出場可能ですよ。・・・色気に欠けますが。

 ・・・・? !!!?? がふっ・・・(バタリ)

「ふぅ・・・あまりワシを怒らすでないぞえ」

 ・・・ごめんなさいorz





 キャラ設定

 エルナさん→22歳



 名前:エルナ・フロリア
 性別:女性
 年齢:75~80歳
 ジョブ:カーディアルト
 能力:天聖・生命
 武器:-(オリシスカードは孫娘エルナに渡した為。しかし、聖術が使えないワケではない)
 形見:結婚指輪(夫の形見。魂は宿らずとも、大切な品)

>>所持能力

 リラ
 ラリラ
 ラリラル
 レ・ラリラ
 レ・ラリラル(以上回復呪文。省略)
 アルティレイ
 アルテナフレア(以上聖光呪文。省略)
 クイック
 クイックリィ
 スロー
 スローリィ(能力の増減呪文。省略)
 タイムリィ(時を止める能力。能力を減少させる呪文の最終目標と呼ばれる聖術の呪文[マージナルが時能力で同様の呪文〔ストップフロア〕を覚えます])
 リジェネーションサンクチュアリ(回復魔法の究極体。第十二節という膨大な詠唱が必要だが、エルナ老の早口はフロリアの名を使わずとも第七節と同様の時間まで下げる脅威)

>>パッシブスキル

 早口(あらゆる呪文を早く唱えるスキル。年季の入った其れは、一般人には何を言っているか理解が追い付かない程、異様なまでに驚異的。なまむぎなまごめなまたまご)


 まさに、人生と言う人生を過ごし、そしてまだまだこれからだと生きる老人。
 自分が老人である事を否定しないが、他と比べると孫娘のエルナよりも容赦が無い。
 厳しい時は厳しいが、基本的には優しいおばあさんで、旅先でも孫娘エルナの写真を見せては自慢している。
 その為、孫娘エルナの知らないところで、『巨乳で青髪ロングの美人なカーディアルト』という異様な人気を博している。
 ただし、結婚したいか? と、眼光鋭くエルナ老に問われれば、サッと身を引く者が多々。
 命知らずは頷き、グランドブレイカーから生還してきた者も居る。その者は語った『生き地獄だった』
 その為、現在大陸的にエルナさんの評価は、『恐ろしいババァ付きの美人なシスター。遠目に見れれば満足です』というレベル。
最終更新:2007年04月10日 01:40