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大図書館の人々


「天空城―竜の巣―」
それはもはやお約束すぎるほどになったやりとり。
それゆえにすでに気にかけるような職員もおらず、客側も新規の者を除けば特に大きな反応を見せるようなことはなくなっていた

「ぁぁぁあああうごふっ!」
凄まじいまでの風と雷の渦から生還した司書――カロは、本当に大丈夫かと口を挟みたくなるなるような様相でその場に倒れ伏していた。
まあ、先に言ったように、今更気にかける者などほとんどいないのだが。
「ふぃ……フィロサン、最近攻撃がエスカレートしてやシマセンカ……?」
ピクピクと痙攣しつつも、絞り出すような声でそう口にするカロに、術を使った張本人、フィロは相変わらず淡々とした表情のまま口を開き――
「そうおもうなら、さぼるなど考えないように」
ただ一言そう言って、手にしていた本を閉ざしていた。
「あと、貴女の体力やその他を考慮して普通に動ける程度に加減していますので、動けないふりは無意味ですよ」
「…………」
鬼だ。
周囲がそう思ったのは言うまでも無いことなのかどうか、悩むところである。


南部一の規模を誇る図書館に勤めながらサボることに命をかける、ある意味有名なサボり司書と司書長のこのやり取りは比較的よく知られた名物だが、これを見ていると一つだけ疑問が浮かぶ。
「フィロさん、いつものことですけど、なんでカロの居場所が分かるんですか?」
そう、普段から受付に座っていて動くことが少ない彼女がなぜ毎度正確にその位置を把握し、迷うことなくそこへ向かうことができるのか……
それは、このやりとりを知る者にとっては至極当然の疑問だろう。
その司書、ミロもまたその一人だった。
「……精霊達に教えてもらっているだけですよ」
「はあ……?」
精霊と言えば、彼女が使役している書物に宿る者達の事だろう。
彼らはこの図書館の各所に点在し、時に応じてフィロの呼び掛けに答え、その力を振るう。
先程の『竜の巣』もまた意志を持つ精霊の力の具現。
あれだけやっておきながらカロ以外の何も傷付けていないのはフィロの制御力かそれとも精霊の忠誠の証か。
「精霊達には、常に周辺の情報を私に報告するように命じています。テレパシーのようなものですよ」
精霊、悪魔の宿る本は、館内に無数に配置されており…
つまり、この図書館内の事に関しては常時把握できるということになるし、またテレパシーが途切れたとしても、それ自体が何かあったことの知らせになる。
「……」
ああ、それは逃げられないな。
ミロは苦笑気味な表情を浮かべ、妙に納得したような気分になっていた。
図書館というテリトリーにおいて、彼女の影響力は計り知れない。



――とまあ、しつこいようだがフィロとカロのやりとりはこの図書館の名物と称してもいいものだが、そんなドタバタばかりが先走る図書館というのもどうなのだろうか。
……もちろん、それだけが特筆事項と言うわけではない。
広大な館内には自然の中で読書などが楽しめるように空が見える中庭もあり、そこもまた落ち着ける空間になっている。
「うー……ん、っと……」
その中で、名札に休憩中という印を下げた司書が一人、背を伸ばしていた。
念のため確認しておくが、カロではない。
「ふぅ……鬱だなあ」
手に持っていた本を閉じて、ぽつりとそうつぶやく司書。
名前は、名札を見たところ『トリル』と言うらしい。
何が鬱なのだろうかと聞いて帰ってくる言葉は、この時期ならば決まりきっている。
年に二度ある、全館徹底清掃と蔵書総点検の日が近いからである。
二~三日の間休館にし、全職員総出で行う作業と言えばその作業量の多さは想像がつくだろう。
「あ、もうこんな時間!? 急いで戻らないと」
懐から出した懐中時計に目をやり、そそくさとその場から去っていくトリル。
その肩から下げられたバッグには、ぱっと見にもパンパンになるまで本が詰め込まれているが……
彼女もまた微妙に有名な司書の一人で、珍しいくらいのビブリオマニア、いわゆる本の虫だった。
取り敢えず、休憩時間では明らかに読みきれない量を持ち歩くのはどうかと思う。
「こんなところまで来て人間観察かい?いい趣味をしているねぇ」
そんなことを思っていたその時、こちらに向けている声が聞こえてきた。
わざわざ問わずとも知っているその声の主は……
「久しぶりだねぇ、メイ。今日はオフかい?それとも取材かい?」
「……館長さん、気配を消して何をしているんですか」
とりあえず図書館という場所柄、騒がないように傍観に努めていたつもりだったのだけれど、話しかけられては仕方ない。
それに相手は神出鬼没と噂されるリエステール図書館館長、記者である自分でも顔を合わせたことがあるのは片手で数える程度だ。
「何って、静かに昼寝でもしたかったから来ただけだが」
……嘘でも仕事に来たと言えないのだろうかこの人は。
まあらしいと言えばそうなのだけれども。
「ま、取材があるなら受けてやってもいいぞ? どうせ私がする仕事なんて残っちゃいないしな」
「とりあえずフィロさんが辞めない理由が気になります」
何事でも上司という存在は重要なもので、ソリが合わなければ職場自体がうまく回らなくなることもしばしばである。
館長がこんな調子であるゆえに、事実上ここの責任者はフィロということになるのだが……
館長の仕事と一緒に司書長の仕事もしているのでは、過労にならないか心配なところだ。
……普段カウンターに座って何かを書き込んでいる本が帳簿やら管理関係のものなのは隠れた事実である。
「何もないなら帰るぞ?」
と言っている間に既に出口に足を向けている館長。
もしかしなくても答える気ゼロでしょう貴女は。
などと思いながらその背を見送っていると、真逆の方から噂のその人がやってくるのがわかった。
「……お久しぶりです。今誰かいましたか?」
「あーはい、館長さんかあっちのほうに」
特に隠す理由もないので教えてみた。
「…………」
表情は相変わらず変化がないので読めなかったけれど、なんとなく思っている事は分かるような気がした。
「はあ、追いかけてもつかまりませんし、仕方ないですね……」
もはや諦めの域まで達しているのがありありと分かる一言だった。
付き合いが長いのは知っているけれど、ここまで悟らせるのもある意味すごい気が。
「あはは……ところで、一つお尋ねしても宜しいでしょうか」
あまりこの話題で引っ張っても仕方がないので、取り敢えず別な事を持ち出してみる。
ある意味誰もが気になっているだろう、些細な事を。
「……それは取材としてですか?」
「そうですね……記事にできるような内容であればそうなりますが、現状では私個人の興味だけです」
「……いいでしょう。答えられる範囲でしたら」
少し悩まれたような気配を見せられたけど、どうやら質問の許可はとれたと見えた。
「では……カロさんのことですが……」
と、そう口にした瞬間、ぴくりと普段滅多に動かない表情が、ほんの僅かに動くのが見えた。
それがどういった感情なのかはわからないが、とりあえず言葉は続ける事にする。
「もう数えきれないほどの回数をさぼっていると聞きますが、なぜ解雇にならないのでしょう」
「…………そこですか」
と言ったまま、なんとも気まずい間を開けられ……
十秒ほど経ったところで、改めて口を開いた。
「質問を質問で返すのは失礼だとは思いますが……私はカロに対して残業というものを与えたことがありません。それがどういう事か分かりますか?」
「は? ……えっと……」
思いもよらない返答に困るも、とにかく答えようと頭を動かす。
サボり魔が残業を受けない理由……と言われて思い付く事はといえば……
「……させても仕事は終わらないから……ですか?」
「まあ、そうくると思ってました」
どうやら彼女に対しては、トコトン気遣いもないようで。
とりあえずこの答え方は、ハズレという意味だろう。
「……作業能力が高いんですよ。少なくとも、自らサボった分を取り返す程度には」
「……えっと、それはつまり……?」
「そのままの意味です。一つの作業を、平均の七割程度の時間で、しかも正確に終わらせることが出来るだけの作業能力があるんです、カロには」
「…………」
それは、地味に凄いことのような気がする。
つまりは百分かかる仕事ならおよそ三十分短くできるということで……
「まあ、プラスマイナスでは意味がないので評価にはなりませんけどね」
「それはまあ、そうでしょうね……」
つまり、司書としての力が高いためにクビにするには惜しく、ダラダラと現状維持のような状態が続いていると……
凄いやら情けないやら。
「質問はそれだけですか?」
「え、あぁはい……」
「では、私はこれで」
と言うと、庭に入って来たときとは逆の出入り口から館内に戻っていくフィロ。
どうやら反対側に通過するためだけに来ていたようだ。
「……記事にするには、イマイチなネタですかね」
そして残された後には、なんとなくそんなことを呟きながら、空をただ眺めている自分がいた。
知らない方がいいこと、謎なままの方が楽しいこと……と言える程のものではないけれど……
とりあえず、有名なサボり魔の意外な側面を知ることが出来たのは確かだった。



というわけで図書館シリーズオールスター(2008/10/30現在)+αでお送りいたしました。
ちなみに地の分はメイ本人ではなく、メイの主観っぽい位置で書いているだけの第三者視点です(ややこし

カロに勝手な設定付加してしまってスミマセン、ただ思いついてしまったので形にしてみました(汗