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私は過去を記すもの
私は過去を伝えるもの
私は過去を見ているもの

私の名はオル
闇を持つ妖精
妖精族の異端者

永久(なが)きに渡り、
妖精族の身辺を
ユグドラシアの成り立ちを
事件を、そしてそのあらましを
膨大な記録として残してきた

私は暗い一室で、最近拾った一つの“記録石”を拾い上げた。
記録石。とはいうけれど、人の子や魔物達にとっては、ただの石ころでしかないだろう
事実、それはただの石ころであり、特別な価値は無い

だけどその石は、鮮明に“見ている”
妖精族は、モノの心を読む力がある
だからこそ、その石が鮮明に記憶していた事を見る事が出来る

その石が記憶していた部分は、とある事件の一幕
私はパズルのピースを埋めるかのように、記録して集めた“その事件”の石達を集めて、
時間軸ごとに記していく

いけない。今日はソールが虹の領域に来ると誰かが言っていたかしら。
早めに仕上げないと、きっとまた私の様子も気にかけてくる。
・・・あの子は、私と関わるべきではないというのに

私は止まって話が逸れた思考を振り払い、記録石に触れる。
その事件は・・・・ユグドラシアが、まだ目視されていた頃
大陸の中央に、大きな王城が出来るより以前
・・・私達の縁(えにし)、ティコ族が滅びた事件

――――身勝手な人の子が起こした、我侭な虐殺事件である



「どうだい。この芋、良く育ってるだろう?」
「へぇ、随分と大きく育てたもんだね。いつもいつも感謝するよ」

 熊のように大きな男が、持ってきた丸い芋を自慢して大笑いし、
 14・15ほどの少年が丁寧に頭を下げて芋を受け取っている。
 それは、芋以外にも山の恵みである野菜や果物が大量にあり
 それが少年の生活を支えている事は目に見えて判るだろう。

「なぁに、良いって事よ。おめぇさん方が魔物をおっぱらってくれるおかげで
 シュヴァルツバルトの民であるワシらは安全に暮らせる。
 それに、この肥沃な大地もおめぇさんがたの・・・あー、なんだ、魔法なんちゃらだっけか?
 そんなので自然を保っているからだろう? まあ、これからもいっちょカミさん含めて頼むぜ」
「はは。それはお安い御用。これだけあれば、私達の種族も安泰だからね」

 いつものように握手を交わして親しく肩を組み合う。
 しかし、熊のような男は小さく首を振って、まるで冗談を言うように呟いた

「しっかし・・合点いかねぇなぁ。その見た目でワシと同じ50代とか」

 ・・・聞き間違いだろうか。
 熊のような男が50代なのは見た目相応に納得できる
 だが、どうみても少年の方は14・15程だ。
 しかし、熊のような男がそれを嘘として言っているとは思いがたい。

「それがティコ族というものの在り方ですよ」
「まっ、そうだよな」

 ―――ティコ族。その言葉で少年の見た目と年齢の差が肯定される
 ティコ族とは、人間の男と駆け落ちした妖精族の王女が生んだ亜人種であり
 その事で妖精族は人間と関係を決裂させた。
 しかし、妖精族はティコ族は同じ血筋を持つ同胞(はらから)であるという見解から
 ハーフフェアリーとはいえ無下にする事は無かったが
 話を戻そう。このティコ族の特徴として、妖精の特徴を大きく含んでか、
 妖精よりもサイズは大きいが、その見た目は少年少女の状態でストップしてしまい
 それから永久の命を紡ぐという。
 故に、彼の見た目は少年そのものなのである。

 ただ、寿命という概念は無いが、病死などする事があり
 その度に新たな命が世界樹より授けられる仕組みで組織を作っていた
 その為、全てのティコ族が一つの家族であり、兄弟であり親子なのだ。

 ―――後にエルナンという男の立てる“輪廻の均衡”理念から外れた存在とも言えるだろう。

「でも、おめぇさん達が何者であろうが、ワシらシュヴァルツバルトの民はおめぇさん達に感謝を忘れる事はねぇぜ」
「なんだよ改まって。気持ち悪いなぁ」
「がははは。何とでも言え! ところで、今日はお嬢さんは見えられてないのか?」
「ははっ、いつもなら家に居て、人と会えるのを楽しみにしているというのに、ここ最近出掛ける事が多くなりましてね」
「ほぉ。そういえばルーディアのダンナのガキんちょも、ちょくちょくユグドラシアの方に遊びに言っているそうだが」

 二人は少し微笑ましいようにため息をついて
 同じ事を予感しているのだろう。
 それが的中しているようで、ユグドラシアを見上げてのんびりと呟いた

「次世代の関係も良好。これからも末永く仲良く行けそうだね」
「そうだな。さってと、もう一仕事としてコイツ等をおめぇさん方の集落まで運んでやるよ」

 そうして、二人は野菜と果物を抱え、ユグドラシアへと入って行った。
 それが自然であり、それが成り立ちであり
 それが、既に始まりとして続いていた。



 私はゆっくりと目を開き、記録石にささやきかける。

「ありがとう。後は私に任せて生きなさい」

 そうして、それを小窓から投げる。
 こうして、あの記録石は今の記憶に縛られず
 普通の小石として本来の生を全う出来る。
 見た記憶を本として記し、歴史を残す。
 記録した所で次の記録石を手に取り、私は再び目を閉じた



 少女がむっとしていた。
 それはいつもの事で、“彼”と待ち合わせるといつもこうなった。

「おーい!!」

 そして、“彼”が大きく手を振ってやってくる。
 少女はむっとした顔を上げて、彼を見た。

「ご、ごめんね! 待たせちゃって!」

 そう叫びながら、彼は急いで走る
 だけど、少女は嫌な予感がしていた。
 そう、それもいつもの事だからだ。

「ユチ! そんな急ぐと・・! あ・・」

 ベチーン!!と、派手な音が鳴り、彼・・ユチの姿が目の前から消える。
 いや、視界をちょっと下にさげれば、そこには「いててて」と呟きながら、恥ずかしそうにはにかみ、
 身体を起こす彼の姿があった。

「あははは、みっともないとこ見せちゃったね」
「もうっ、何でそんな何も無いトコで転べるのか不思議でならないわ
 全く、ユチは私が居ないと何にも出来ないんだから」

 両手を握って腰に当て、ふぅと肩を下げるようにため息をつく。

「あっ・・腕から血が出てるじゃないの。もぉ、ホントにドジなんだから」

 転んだときに擦りむいたのだろう。
 ワンパクな少年ならば幾つもつける傷だろうが、少女は面倒見が良いのだろう。
 自らのハンカチをその腕に巻いて結びつけ、簡単な応急処置を行った。

「えへへ。カッコいい?」
「・・・は?」

 が、少年はそんな少女の意思とは斜め45度前後にズレた返答をした。

「名射手のスカーフ! って感じじゃない」
「・・・花柄の女の子モノのデザインのハンカチでそんな事言われても返答に困るわよ」

 少女は呆れ、再三ため息をついた
 だが、

「ありがとね」

 にこりと、ユチが笑ってお礼を言う。
 その事に、少女はドキリとした。
 こんな風に、素直にお礼を言えるという事は、些細な事だけど、凄いことだと思う。
 のろまでドジで天然で、どうしても放っておけない彼だが
 だけど、素直で優しい所が、少女はたまらなく好きであった。
 ・・・もちろん、口に出す事は無いが。
 気恥ずかしさに少女は立ち上がり、座っている少年を放っぽって
 ユグドラシアの中へと歩いていった。

「あああ、待って、待ってよ!!」

 それを追いかけるユチ。
 それは、後の破滅を微塵も予感させる事の無い
 ただ平和な日常



 私は再び顔をあげた。
 ・・・こんな甘酸っぱい記憶石の内容を記しておいて良いものなのだろうか
 しかし、それでもこの記憶はあの事件に関連している。そう石が告げている。
 ・・・私は、ラブストーリーを書きたいワケではないのだけど
 それでも、石の告げるままに記した。
 全てを記し終えた後、
 次の石を手に取る。
 これは、壁材だったはず。
 記憶の中枢となるティコ族の廃墟で、妖精の私が持ち運べる大きさで、
 且つ、記憶を鮮明に持っている幾つかの石の一つであった。
 目を閉じ、その石に集中をする。
 ・・・時刻としては、先ほど見た少年と少女が会っていた時間と大体同じだろうか。



 ティコ族の家の中に、見慣れぬ男が腰をかけていた。
 その褐色の肌の男は、他人の家であるというのに、机の上に足を乗せ
 葉巻煙草の紫煙をふかしている。その煙に、他のティコ族はむっとした顔をして
 外の空気を吸うために出て行った。
 しばらくして、その無礼な男の正面に、野菜を運んで貰った熊のような男を見送った
 14・15程の男が座る。
 村長が少し病を患っている為、近しい立場であった彼が色々と代理をしているのである。

「・・・ようこそ、我等ユグドラシアの民においでなさいました」

 彼はその褐色の男の態度に少し苛立ちを隠せなかったが、
 客人を無下に追い返してはティコ族の傷となるかもしれない。
 故に、堪えて、彼は褐色の肌の男をそう迎えた。
 褐色の男は、煙草を足元に捨て、机から下ろした足で踏み潰す。
 そして、足を組んでジロジロと遠慮もなしに・・・まるで、値踏みするかのように
 ティコ族を見た。

「へぇ。驚いたね。まさか本当に見た目子供ばっかりの街が存在してるとは
 遠路はるばるやって来た甲斐があったもんだねぇ」

 聞くまでも無く、男は勝手に話し始める。
 自分が遥か南方の砂漠の地からやって来た事や
 その自分の活躍ぶりを自慢するかのように。
 そのナルシズムな話は、放っておけば幾らでも語り出るだろう。

「所でご客人。遥か遠くより何用でこの地に参られた?」
「あ、ああ・・良いトコだったんだけどねぇ。仕方ない。
 ウチの偉大な国王様は“永遠の命”を求める事に大層執着していましてねぇ」
「・・・・」
「聞くところによれば、貴方達の種族は延命、そして若い姿のままを保つ
 まさに国王様の望まれる通りの条件なんだよねぇ
 ズルく無いかい? お前等は人が寿命で死ぬのを見下して自分たちは生き続けられる。
 ズルいなぁ・・・だから、悪いようにしねぇから、その秘術をオレ達にも教えやがれ。って話さ」

 言葉も無礼。頼み方すらなっていない。
 初めから判っていたことだが、この態度に彼は怒りを抑えるのに必死だった。

「我々がこの姿で居るのは人間ではなくハーフフェアリーの存在であるから。
 人間として生を受けた貴方の国王は人間として生きるべきではないでしょうか?」
「へぇぇ、人間だから諦めろっていうの? 随分と冷たいねぇ」

 もう会話自体が滅茶苦茶である。
 それでも、彼は説得を試み、納得して帰ってもらおうと言葉を続けた。

「それに、延命と言っても貴方達の想像しているようなすばらしいモノではありません。
 我々は人間とは友好関係を持つようにしております。ですが、寿命の差に
 友が死に、仲間が死に、家族として接してくれた者も死んでいく。
 これ程、辛く悲しい事はありません」
「あーもぅ、何で判んないかなぁ。だからその延命の秘術を人間に教えればそんな悲しみも無くなるんだって言ってるんだよ
 あんた等、頭の中身薄いワケ?」
「ですから、延命はティコ族として生まれたが故の運命(さだめ)。
 それに、先ほどから言っている“秘術”とは一体何なのですか?」

 その言葉に、『ダァン!!』と音を立て、握りこぶしを机に打ちつけた褐色の男。
 世界樹ユグドラシアの恩恵より、感謝をこめて一部を切り取り、その木材で作った家具。
 その強度は尋常ではない。というのに、その机の一部がへこんでいる。
 相当の力を持っている事が、明白となった。

「しらばっくれるんじゃない。ウチの国王が仰ったんだ。お前等は秘術でその延命と若さを保っている。
 国王は間違ったことも嘘も言わない。オレは気が短いんだよ、さっさと出してくれない?」
「しかし・・・!」

 見上げた忠誠心と言うべきか、いや、褐色の男のそれはもはや妄信に近い
 そんな男を部下に持っている国の王・・・これ程までに、友好関係を持ちたくない人間と出会ったのは
 初めてであった。
 黙りこくった彼に、褐色の男は『チッ』と一つ舌打ちをして、
 立ち上がり、近くに居た女の子の腕を掴む

「やーぁ!」
「な、何を!!」
「だったらお前等がその気になるまで、そっちの子をウチの国で持て成ししてやろうじゃないの。
 友好関係には人質を。国同士の友好関係にはそれは常識じゃない?」

 腕の中で必死に逃げようとする女の子に、
 ついに彼は抑えきれなくなった感情を褐色の男にぶつけた。

「ぎゃっ!!」

 短い詠唱と共に放たれた“ライトニングアロー”
 ティコ族はフェアリーの持つ魔力を引き継いだ民
 手加減した為、死ぬ事は無いが
 逃げる隙を作る事くらいは出来た。

「うああああん!!」
「ユーリ!! ああ、良かった・・!」

 女の子は近くのティコ族の女性の身体に飛びついて、恐怖から開放された涙を流す。

「何してくれるんだ・・!」

 褐色の男は武器を取り、彼を睨み付ける
 だが、彼を含めたティコ族の全員が既にいつでも発動出来る様
 魔術の印を組んでいた。
 褐色の男が襲い掛かる前に、千をも万をも、炎が、氷が、雷が、風が、その男へと飛び交うだろう。

「出て行け!! 貴様のような人間に話す事など何も無い!!」
「・・・チッ、お前等・・・絶対に後悔させてやるからな」

 そうして、男は逃げるようにユグドラシアを後にする。
 平和であったティコ族の歯車がずれ出したのは
 これが全ての始まりだった



 私は石に声をかけ、それを外に出す。
 人間は判らない。決して悪い人間だけでない事は私達フェアリーも良く知っている。
 ため息をついて、私はこの事を記録する。
 次の石は、遠路はるばる砂漠にある墓所から持ってきた物だ。
 あの時は、いつも暗い室内に居た私がフラフラになって帰ってきて、
 目覚めたら、ソールに看病されていたのかしら。
 あの子はいつもそう。同種族からも放って置かれている私に関わったところで
 何も得られるものは無いというのに
 いけない。私は気を持ち直して、その苦労して手に入れた石を手に記憶を読み取る。


 褐色の肌の男が、国王の前で跪き、報告を行っている。

「奴等の意思は想像以上に固く、秘術を得る事は叶いませんでした。
 その上、攻撃意識が高く、友好関係を持ちかけた私に魔法をぶつけるなど、
 ・・・あれは、まさしく“魔女”と呼ぶに相応しいと思われます」

 ティコ族での事を知る者が聞けば、これこそ嘘。真実を捻じ曲げて自分の都合の良い様に解釈した報告。
 しかし、遠く離れたこの砂漠の地では、それこそが真実となる。

「おのれ・・・! 秘術を独り占めにするだけでなく、我が愛しの忠心に牙を剥くか・・・!!」

 国王は、怒りに顔を赤くし、忌々しげに肘掛を殴った。
 だが、その横から一人の女性が出てくる。

「お待ち下さいお父様! シャバク。貴方の言っている事は本当なの?
 また貴方の無礼な行動で、先方のティコ族の方々を怒らせたのではないの?」

 その女性の言葉に、褐色の男・・・シャバクは、少し忌々しげに表情を変えた
 だが、その女性に向かって国王は声を荒げた

「控えよレリア!! 我が忠心に向かって言葉が過ぎるぞ!!」
「ですが、お父様! 誤解から何かあってからでは・・!」
「くどいぞ!! 何と聞き分けの無い・・・!
 誰か、レリアを部屋に閉じ込めておけ!! 罰としてしばらく出入りを制限しろ!!」
「はっ」

 二人の兵が、レリアと呼ばれた女性を挟むように立ち、

「姫。申し訳御座いません。ご無礼かとは思いますが・・・国王の命令である故」
「申し訳ありませぬ。少々の我慢をお願い致します」

 そう告げて、頭を下げる。
 姫。と言ったように、レリアはこの国の王女であり、
 国と民を愛する心から、多くの部下。そして、多くの民に慕われていた。
 その事が面白くないのか、国王としてはレリアの存在は少々疎ましかった。
 だが、それでも多くの民に慕われているレリアを殺すとなれば、今度は自分の立場が怪しくなる。
 レリアが与えられている一室に向かうのを見て、国王は思った。
 ・・・レリアに関しては、今は捨て置けば良い。
 レリアが見えなくなった所で、国王はシャバクへと向き直った。

「シャバクよ」
「はっ」
「奴等の物言わぬ態度はそれほどまでに固いか?」
「はい。そして何より、奴等は攻撃的で、私も命を落としかけた次第・・・!」

 シャバクは、悔しそうに口にする。
 演技がかっている。という風に見えなくもないが、国王はその言葉こそ全てであると決め付けた。

「ならば仕方あるまい・・・秘術というからには、どこかに書物として安置してあるだろう。
 隠し扉、隠し階段。或いは、聖域と崇める場所。そういった所に隠してあろう」
「はっ・・とならば」

 国王はニヤリと笑い
 そして、一つ頷いてシャバクに命令を下した

「シャバク。お前に私の尖鋭部隊を貸す。
 殺せ。そして奪え。我等砂漠の民に牙を剥いたこと、全力で後悔させてやれ」
「はっ! 仰せのままに!!」



 私は顔を挙げ、悔しさに俯いた。
 何と言う身勝手さ。何と言う自分勝手さ。
 これは、私の持つ、自我と優しさを持つ“闇”ではない。
 これは、“悪”である。
 闇と悪は近しい位置にある。故に、悪に取り込まれる可能性のある闇は脆く危険である。
 だけど、決して同じものではない。
 闇は自分を肯定してくれる物。自分に優しくあって良い心。
 だけど“悪”は、その心が出過ぎて、自分本位に全てを進め、相手の悲しみも苦しみも目に入らないもの。
 ゆえに、闇は光の中に存在する。光の中に存在せぬ闇、それこそが“悪”なのだ
 私はこの事を記録し、それを残す。
 せめて、真実を書き記す事で、より多くの存在に、ティコ族の悲しみを知ってもらおうと



 炎が上がる。
 鉄のぶつかり合う音と、肉を裂く音。
 あの褐色の男が来て以来、しばらくの安息の中に
 突如として訪れた、平和の崩壊。
 魔法で交戦するも、魔法は発動に時間がかかり
 いくつものティコ族が、剣の錆と消えた。
 まだ幼いティコ族の子供達は散り散りに逃がされる。
 だが、“魔女狩り”という言葉に、そんな子供達を追う狂気の集団。

「はっ・・はっ・・」

 そんな中、少女は一人走っていた。
 激戦のティコ族の部落から離れるように、ただ必死に。
 仲間とは散り散りに逃げた。だから、一人だった。
 その後を追ってくるのは、幸いというべきか、不幸というべきか。それすらも判らないが
 一人の兵。
 おそらく、事件のあった褐色の男の国の兵士。

「ガキが・・ちょこまかと!!」

 剣を振り、物凄い速度で追いかけてくる。
 どうしても歩幅で負ける少女が、兵に追いつかれるのも時間の問題だろう。
 だが、

「がぁっ・・ぁ・・・!?」

 ヒュン。と風を切る音が鳴った。
 同時に、身体を停止させ、倒れこむ兵。
 そして、少女の前に・・・

「あたっ! 痛たたた・・」

 ドン!っと、木の上から落ちたような音。
 ・・・思わず、少女は「ドジ」と呟きそうになった。

「ゆ・・ユチ・・?」
「っつー、、こんな事してる場合じゃないよね・・!逃げないと」

 手には弓。腰には矢。
 ユチはシュバルツバルトの民である。食料を狩る為に弓を習う。
 しかし、それは決して人を殺める為の術ではないのだ。
 肩を震わせ、初めて人を殺したユチは
 必死に笑顔を作って、少女に手を伸ばす。
 だけど、少女は判っていた。

「だめ・・ユチには、お父様もお母様も居る。
 今、ティコ族が襲われているのも、きっとあの褐色の男のせい。
 シュヴァルツバルトの皆、加勢したけど・・・死んじゃった・・!
 私に関われば、ユチは死んじゃう・・!!
 ううん、それだけじゃない、ユチは、もうお父様にもお母様にも会えなくなる」

 「だから、さようなら」と告げて、少女は走り去ろうとする。
 だけど、ユチはその手を掴んで、

「そんなの、覚悟の上だよ
 父さんや母さんに会えなくなるだけじゃない。哀しませるかも知れない。
 思えば僕は、ずっと君に助けられてきた・・・それこそ、君が居ないとダメだねって言われても仕方ないくらい
 自分勝手かもしれない。だけど今度は、僕が君を守るって決めたんだ」
「でも! 死んじゃうかもしれないのに・・!!」
「それでも君のこの手は離さない。僕は君の傍に居る。君を守りきってみせる!」

 しばらくの沈黙。
 ユグドラシアからは、火の爆ぜる音と、悲鳴。
 ユチは、にっこりと笑って少女に言った。

「行こう。レア」



 私は顔を挙げ、全てを記す。
 この事件で、ティコ族だけでなく、多くの人間が死んだであろう事実も。
 きっと、始めの石の方でみた熊のような男の人間も、ティコ族の為に戦ったのだろう。
 ・・・国の兵相手に戦って、無事でいたとは思えない。
 人間は、不思議だ。
 ティコ族を守ろうとして戦ったシュヴァルツバルトの民も人間
 ティコ族を滅ぼそうとして戦った砂漠の民も人間
 この事件を見ただけで、そして記しただけで、
 人間を知る事は出来るのだろうか。

 ・・・だけども、私はオル。闇を持つ妖精。妖精族の異端者

 私は過去を記すもの
 私は過去を伝えるもの
 私は過去を見ているもの

 故に、私はただ私のするべき事をする



 暗い森を、二人で歩く。
 その手はしっかりと繋がれていて、道が無くても
 お互いの存在を感じられるように。
 気を紛れさせるように、些細な話をしながら、
 二人は、歩いていた。

「ところで、レアはいつも僕の事ユチって呼ぶよね?なんで?」
「・・・貴方の名前、呼び辛いんだもの。舌を噛んじゃう」

 今は、真夜中を過ぎた時間だろうか。
 夜は明けない・・・襲撃。逃亡。戦闘。色んな事が起こりすぎた。
 レアは憔悴しきっていたし、ユチはぎゅっと手を握って、

「少し休もっか。僕、ちょっと疲れちゃったし」
「・・・うん」

 レアが元気の無い事に、ユチは少し困っていた
 だが、レアからすれば、ユチの存在は大きく救いになっていた。
 もしも、この暗い森をずっとずっと一人で歩いていたのならば
 直ぐに、全てを諦めていただろうから

「寒い・・・」
「僕達、北の方に逃げているからね」

 そう、南の方は危険だ。
 そこかしこで“魔女狩り”という言葉が出ており、噂されている。
 始めユチが聞いた時は、魔女狩りって何だろうと思っていたが、
 今回の事件と、兵の言っていた魔女狩りという言葉。
 間違いなく、レアが魔女狩りの対象にされる事は判った。
 だけど、北のほうは違う。
 北方の部族は完全に独立しており、その独自の文化を以って独自の文明を築いていった。
 戦闘能力は凄まじく、その俊敏な速さと片方にだけ刃をつけた、“片刃剣”と呼ばれる、恐ろしい切れ味を誇る武器
 その為、どこの国も気軽に北方の部族に侵略できずに居るのだ。
 だけど、シュヴァルツバルトは北方の民と何度か取引を行っている。
 彼らは義理堅く、人情に厚い。それに、曲がったことを嫌う。
 きっと、二人の助けになってくれる。そう思っての事だった。

「ごめんね。レア・・暖を取ったら、きっと見つかっちゃう」
「・・・うん」

 だから、身を寄せ合って、二人は体温で暖かさを分かち合った。
 ただ身を寄せるだけで、暖かな気持ちになれる。

「! レア!!」
「ぇ・・」

 だが、
 すぐにユチは立ち上がり、かばうようにレアを抱きかかえた。
 レアは、どきりとして顔を赤くする。
 そりゃあ、ユチも男の子であるし、身体を寄せ合ったから
 興奮して抱かれちゃうかもしれない。
 だけど、その覚悟もあった。だから、ゆっくりと目を閉じる・・・

 いや、違う。
 ユチは、一回熱い息を吐いて、震えながらレアに笑顔を作った。

「よかっ・・た・・・無事・・・で」
「ゆ・・ユチ・・?」

 背に手を回すと、何かユチの身体に棒のようなものが生えていた。
 いや違う。これは、刺さっている!

「ユチっ!!」
「レア・・生きて・・・生きてさえ居れば・・幸せが来る・・・
 レアが・・・幸せなら・・・それで・・・・」

 その身体でレアを押しつぶさないよう、最後の力を出して横に倒れ、
 ユチは、ゆっくりと力を抜いていった。

「ユチ!! ユチィ!!!」

 レアは見た。そのユチの背の向こう。
 弓矢が、月の光を受け、銀に輝いた。
 褐色の男の兵。
 それが、ユチの命を奪ったのだ。
 狙いを定めているのだろう。
 レアはユチの両手をそっと組んで、手の甲にキスをした。
 そして、ゆっくりと立ち上がり、兵を睨み付ける

「・・・・ニンゲンめ。絶対に・・・許さない・・・!!」

 七色の波動がレアを包み、
 そして、爆ぜた。





「これで全員だねぇ・・・クククッ」

 シャバクはニタニタと笑い、そこかしこに横たわる死体に目をやった。
 他の兵は既に酒盛りを始め、それを横目にシャバクは仲間へ冗談を言った。

「けっ。また仕事が残ってるのにおっぱじめやがって」
「まあまあ、シャバクのダンナも。急ぐ話じゃねぇんですし、飲みましょうや」

 トクトクトク、と、酒を入れられ、シャバクは「しゃーねーな」と、口にする。
 その時、

「ぎゃああああ!!!」
「あがあああ!!」

 爆発音と、悲鳴。
 尋常じゃない状態に、シャバクは立ち上がった。

「な、何事だ!?」
「魔女の生き残りか!?」

 同様が走る。
 未だに爆発が続く。

「うあああああああああ!!!!」

 近い。
 シャバクは武器を取り、身構えた。
 やがて、足音と共にそれが現れる。

「・・・タバサ。ユーリ。シモン。リエル・・・」
「お・・おいおい、脅かすんじゃねぇよ。子供じゃねぇか・・・」

 目の前には、10歳前後の少女。ティコ族は成長が止まるまでは人間とほぼ同じ速度で成長する。
 それは、大体14~18の年齢だという。
 見た目10前後ということは、まだ成長途中なのだろう。
 シャバクは小さく息をついて・・・しかし、警戒を解かずに少女を見た。

「・・・レーニさん。ティモアおばさん・・」

 一人一人。亡骸を目にやりながら、少女は名前を言っていく。
 熊のような男の亡骸を見て、涙を流しながら

「・・・ダイゴおじさんまで・・・・」

 とも。
 幾千の矢と幾千の剣が少女を包囲する。
 シャバクが手を出すまでもない。あの少女は死ぬ。

「・・・許さない」

 思えば、違和感はあった。
 思えば、炎の色はこんなに“灰色”だっただろうか
 思えば、鎧の色はこんなに淡白な“白色”だっただろうか

「か・・らだ・・・・・が・・・・・う・・・ご・・・」

 兵士の一人が、必死に言葉を発する。
 それすらも、重労働なのだろう。
 思えば、肌の色はこんなに褪せた色だっただろうか。
 思えば、シュヴァルツバルトの葉の色は、こんなにも淡白な色だっただろうか。

 すべての“色”が、白から黒で構成される、そんなモノクロになっていた。

「お・・い・・・待て・・・・・まさ・・・か・・・・止め・・・!!!」

 シャバクは、気付いた。
 だが、喋ることすら重労働な状態の自分に何が出来るというのか。
 ・・・色には、質量が存在する。
 そのフルカラーにおいて自然と住んでいる。
 だが、色が失われたとき、その質量は大きく減る。
 それは、自分も含め、外世界のフルカラーとは大きな矛盾となる。
 そして、外世界のフルカラーとの差に、重さに耐えられない質量は、

「潰えろ・・・七色滅虚(エクスティンションプリズム)!!」

 色の消えた空間が、圧縮された。
 ティコ族のその空間が、まるでビー玉の中に押し込まれたかのように。
 そして、空間が戻る。
 戻された空間は矛盾を解くように、膨らむように爆ぜて戻った。

 もはやそこに、“人”のパーツだと判るものすら残っては居なかった。
 崩れた廃墟。そこに残された少女は・・

「ぅっ・・ぅぅ・・・うあああああああああああ!!!!」

 ただ泣きじゃくり、戻らぬ運命を嘆いた。



 私は顔を上げた。
 知らずに、涙を流していた。
 ティコ族を滅ぼしたのは人間であった。
 だけど、廃墟にしたのは、一つの力。
 故に、ティコ族を廃墟にした事件に、一人の少女が携わっていたのだ。
 ・・・褐色の男は死んだ。その兵士達も死んだだろう。
 だけど、こんな身勝手が許されるだろうか。
 一人の少女を残して、仲間を全て奪い。
 悲しさと苦しさと絶望を残す事、こんな悪が許されるのだろうか。

 だけど、私は記した。
 これが、ティコ族が滅んだ事件の全てである。
 締めくくり、私はペンを置いて、本を閉じ、涙を拭った。

 ・・・その後、レア・リズリッドは今も行き続けて居る。
 虹の魔女。プリズムヒルズに住む魔女として。

 そして、ユチ・・・いや、リュチ・ルーディアは、
 無念から悪魔に魂を縛られ、最近ユグドラシアに出没するようになってしまった。

 ・・・無力な私では、何も出来ない。ただ、記すことだけ。
 後は、この書物をソールに任せて、首都の図書館に送ってもらう。
 ・・・他力本願と言われても仕方が無い。
 誰かが、あの二人を救ってくれる事を願い

 私は、新たな事件の記憶石を探す為に、部屋を後にした