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陽気な昼下がり、リエステール城門前広場を数人の少女達が特に行く当てもなくブラブラとほっつき歩いていた。

「あー・・・、最近面白い事件とかないっスねー」

頭をすっぽりと覆うキノコ帽子と、その隙間からはみ出たきめ細やかな紫色の髪が特徴的な少女が、新聞を広げながら誰ともなしにそう呟く。すると、少女の隣で暇を持て余していた別の少女がその呟きに食いついた。

「あー、なんか最近あった『朧月現象』もあれきり也を潜めちまったからな」

そう応じるのは炎のような真っ赤な髪の少女だ。その背には人1人を容易に叩き潰せそうな大きなハンマーを背負っていた。

だがそのハンマー、柄まで含めると少女の背丈よりも大きく、少女が背負っていると、はっきり言って背負っていると言うよりも背負われていると言った方がしっくりとくる。そもそも少女の細腕で自身よりも大きなハンマーが振れるのかどうかというところから疑問だろう。

 

「でもさ、あんまり事件が多すぎたら、それはそれで困るけどね」

さらにその横で黒髪の少女が言葉を返した。ただでさえ目立つこの面子の中でも、格好という点で言えばこの少女が一番特徴的だろう。

動きやすいように急所部位を守る程度に抑えられた衣服は、左袖は辛うじて指先が見えているだけというほど長いのに、右袖は二の腕の根本からばっさりと切断したような形になっている。さらに剥き出しの右腕にだけ、腕を守るためにか大きなガントレットが装着されていた。

はっきり言って意味不明である。

「新聞に冴えない事件しか載ってないってことは、それだけ大きな事件が無いってことでしょ?私は平和で良いと思うけどね」

「でもさフェア、偶にはこうバーンとインパクトのある事件があった方がいいじゃん」

「パルの言うとおりっス。偶には面白い記事が載っていないと、新聞を買ってる意味がな―――」

そこまで言ったキノコ帽子の少女の口が不意に止まり、その視線が新聞の記事の一部に釘付けにされた。

「?どうかしたのスズ?」

フェアと呼ばれた黒髪の少女が、不思議そうにキノコ帽子の少女―――スズにそう声を掛けるが、肝心のスズは返事をしないままフェアと新聞の記事とを交互に見やっている。

「?」とお互いに顔を見合わせる2人に、ようやくといった感じでスズが口を開き直した。

「えっと・・・この人の名前、っていうかファミリーネーム。フェアと同じじゃないっスか・・・?」

そう言って2人にも見えるように新聞を広げたスズの後ろに回り込んで、怪訝な面持ちのままスズの示した記事に目を通す2人。そして、

「・・・え?」

と、フェアの間の抜けたような声だけが、その場から聞こえたのだった。

 

***

 

黒いサングラスに白いマスク。おまけに黒いコートと腰の左右に吊るした双剣。

誰がどこからどう見ても怪しい格好だ。下手に街中を歩いただけで自警団に通報されてしまうかもしれない。

「ライト・・・その格好はちょっと・・・」

「しょうがないだろ。こうでもしなきゃリエステールに入れないんだから」

自分の格好の怪しさは理解しているのか、マスクごしからでも苦笑いをしていると解るような声でライトがティラへ言った。

気の所為ならいいが、さっきから人混みがライトの通る場所だけ割れて行っているような気がする。

「まぁ、何にしてもここからが勝負どころだ。オレは少し行く所があるからしばらく別行動を取るが、ティラはリインを連れて酒場のマスターの所へ行ってくれるか?」

「はい。了解しました」

「気を付けろよ。ここは既に敵陣の中だ。どこで襲われるか分からないから、酒場のマスターの所に行くまでは油断するな」

そう言い残すと、ライトは人ごみの中へと消えていった。まぁライトが近付くとギョッとして人混みが割れてしまうので、あまりうまく人混みには紛れ込めてはいないが。

 

その場に残ったティラは「よし」と気持ちを入れ直し、リインの手を握って歩き出す。

「それじゃあリーちゃん、行こっか」

「がおー」

リインの肯定の声を聞いて改めて歩き出そうとしたその時、

「待て、そこの娘。隣にいる“クリア”を渡してもらおう。大人しく渡せば危害は加えない」

「・・・ええぇえええええ」

あの、早速襲われるなんて、聞いてないんですが?

 

***

 

「・・・まさかそんなあからさまに怪しい格好で街中をうろついていた訳じゃないだろうな?」

場所はこの前のリエステール城門前広場の目立たない空き地。そこで呆れた様子で放たれた第一声に、ライトは渋い顔をした。

「うるせぇ大きなお世話だ」

前の開いた服にチェーンアクセサリーをジャラジャラと付けた怪しい金髪サングラスになんか言われたくない。とサングラスマスクマンのライトは本気で思う。

 

ぶっちゃけ傍から見れば、2人揃って街中を闊歩しようものなら一発で自警団に通報されてしまっても文句の言えないような格好ではあるが。

 

「ところで、調べておいたか?」

「おい、いきなりかよ」

「だからこっちには時間がないって言ってるだろ」

「まー“表”じゃえらい騒ぎになってるからな。確か300000フィズだったか?ごしゅーしょーさん」

「・・・なぁ、殴っていいか?」

 

笑顔で、しかしよく見ると口元がひくひくと不気味に痙攣させているライトを「まぁ落ち着けよ」と諌めながら、金髪サングラスは懐から折りたたんだ紙を取り出して(その際チェーンアクセサリーがジャラジャラとうるさかった)、ライトに向かって放り投げた。

投げた紙を受け取りライトがそれを広げると、それはこの大陸の地図だった。その所々に“☓”で印がつけられ、さらにその“☓”の横には小さな文字で何かが書き込まれている。

ライトが地図から目を上げると、金髪サングラスの男―――スコープが説明を始めた。

「奴らのアジトのある場所だ。北は十六夜にシュヴァル、リックテール。南ではフローナ、モレク、そしてこのリエステール。

さらに奴らは部下の多くを他の組織に潜り込ませてある。セントラル・インテリジェンス、ダンジョン調査協会、エルクリオ商会、スイーツ・フラワリング。・・・本格的なものからよくわからないものまで、数え出したら切りがねえぜ」

ライトは再び地図に視線を落とす。よくみれば、地図の横にもリストのようなものがズラリと書き込まれており、リストの一番上にあるタイトルには、『ロザート干渉組織一覧』と書かれていた。切りがないと言いながら、しっかりと調べているところは流石と言うべきか。

「へぇ、大したもんだな。」

「まぁ浅いとはいえ、“裏”の組織でここまで大きな規模の組織はそう無いだろうな。っつーわけで、今回の件には俺も介入させてもらうぜ」

 

突然の参戦宣言に、は?どういうわけだ?と言いたげな表情を浮かべると、スコープは肩を竦めて見せた。

「前に言っただろ?禁書保管室の事件」

「ん?・・・ああ。管理人だけぶっ殺して、書物には一切手を付けなかったっていうあれだろ?」

話が一向に見えないので、とりあえず話を合わせてみる。

「そうだ。その異常事態に流石にというべきか、予想通りと言うべきか、教会から尻拭いの依頼があってな。とりあえず実行犯を数人とっ捕まえてそいつらに吐かせたんだが、なんとも奇遇なことにロザートの奴の名に辿り着いた」

「・・・まぁ、ありえない話ではないな。これだけ大きな組織だし、大方その実行犯っていうのもこっち側の人間だろ?」

だが、なぜ書物に手を付けなかったのかが気になる。あの禁書保管室を襲ったとなれば、狙いは間違いなく禁書だろう。

あそこの警備システムは恐ろしく厳重だが、その中心にして要でもある管理人を殺せるほどの腕前なら、他に行く手を阻む障害もないはずなのだが・・・。

「・・・まぁ、考えるだけ無駄か。面倒臭いし」

「なにか言ったか?」

「いや別に」

少し訝しげだったが余計な詮索をする必要はないと判断したスコープは、だが少々困ったように片方の眉を吊り上げた。スコープがこういう表情をするとは、珍しい。

「・・・だがまぁ、ちょっとばかし問題があってな。リエステール以外の場所のアジトは大体見当が付いているんだが、連中の中でもリエステールだけは特秘事項らしい。情報を吐かせた連中は知らないらしくて、ここだけは見当がつかないんだよ。ダーク、お前心当たりはないか?」

「・・・そうだな、手掛かりになるかは分からねぇが、あいつらに聞いてみるか」

「心辺りがあるなら結構だ。じゃあそっちはお前に任せるとして・・・」

「ん?どうしたスコープ」

 

「お前の所のカワイ子ちゃんは放っておいていいのか?例の“クリア”もいるから連中だったら真っ先に狙ってくるぞ」

「あー、まぁあいつなら大丈夫だろ。普段はアレだけど、以外とやる奴だから―――」

と言いかけて、ん?と首を傾げた。いまこいつ、クリアって言わなかったか?

「おいスコープ。その“クリア”ってなんだ?そういえば岩礁洞窟でも連中がそんなこと言ってたが・・・」

そう言ってみると、スコープに「今更か?」みたいな顔をされて思わず殴りたくなったが、ここは我慢だ。

「ま、いいけどよ。連中の言っていることから察するに、多分お前の所のもう1人だろ」

もう1人、と言われれば思い浮かぶのは1人しかいない。そういえば、ロザートの奴もあいつを狙っていたようだが。

「確かにあいつは少し変わってるが、そんな大規模の組織が大勢で寄って集って追っかけまわすほどの価値があるのか?」

「それは俺も詳しいことは分からないが、なんでも大戦時代の遺産らしいぜ」

 

は?大戦時代の?

ライトの眼が思わず点になる。

ますます意味が分からない。リインが大戦時代の?いやまぁ出会いが出会いだっただけに完全に否定する要素はどこにも見当たらないが、ひょっとしてずっと瓶詰めだったのか?

少し思考が横に逸れたことにも気付かずにしばらく考えているとスコープも

「ま、大戦時代の事はこっちでも細かい記録が残っていないっつーか、ただの工作員の俺が見れる記録はあまり多くないからな。どんなものが出ても不思議じゃないだろ」

と首を竦めて見せるものだから、思わず少し皮肉交じりに言ってしまった。

「へぇ、“ノート”のメンバーがただの工作員か?」

「まぁそう言うなよ<殺神>。お前が抜けたおかげでこっちも随分な騒ぎだったんだ」

「・・・どうでもいいがオレをその名前で呼ぶなよ」

「悪い。まぁ許せ。とは言っても、お前が戻ってくるのを望んでいる奴は上層部の爺共を含めて沢山いるんだがな。いや、その話はいい。―――ところで、そろそろ行かなくていいのか?」

「は?」

 

「さっきも言ったが、お前がいない状況を連中が見逃すはずないだろ?」

「・・・・・」

スコープに言われたからじゃないが、ティラの方がだんだん心配になってきた。さっさとこっちの用事を終わらせるとするか。

「攻める際にまた連絡をよこせ」

うるせえ。言われなくてもこき使ってやるから覚悟しろ。

 

***

 

「はろー。毎度おなじみライトさんですよー。と言う訳でさっさと通せこの雑用」

礼儀は最悪だと自覚しているが、まぁ相手がこいつなら別に良いか。そんな思いのライトを相手にしているのは、この前と同一の騎士団員である。

その団員はライトを見るなり、生意気にも槍を構えやがった。

「お前はこの前の!?一体何の用だ!?」

「いちいちうるせぇな。早くしないとぶっ飛ばしますよー?」

「余りいい気になるなよ。この前はクローディア様が止めたから仕方なくやめたが、クローディア様が止めなかったらお前なんか―――」

団員がなにか戯言を言っているが、言いきる前にライトが動きだす。

「ハイ時間切れー!」

「うごぁ!!?」

今回は割と本当に急いでいるんだ邪魔すんな。そんなこんなで痺れを切らしたライトが不意に放ったアッパーカットを見事に喰らった騎士団員は、僅かに中に浮いた後に地面へ無様に倒れ込んだ。見事なほどの一発KOだ。

「何だ、たった1発かよ?根性ねえなー。本当に雑用からやり直した方がいいんじゃないか?」

「ぐは・・つ、強い・・・!」

「お前が弱すぎ」

とは言っても、いつまでもこんな雑用と話している訳にはいかない。ライトは倒れた団員をそのまま放置して、門を潜り抜けて他の団員の案内でクローディアの元へと急いだ。

 

「クローディア、洗いざらい吐かせたか?」

その問いに、クローディアは言いにくそうな表情を浮かべた。だいたい予想はついてしまって思わず溜息が出そうになった。

「それが、尋問兵も随分と手こずっているようで・・・」

「そうか」

クローディアの申し訳なさそうな返事に素っ気なくそう答える。

落胆はしない。まぁこんなことだろうとは思っていた。

「ったく、だからお前らは甘いんだよ」

やれやれといった面倒臭そうな足取りで、尋問室に向かって踵を返す。よく考えたら、初めからこうしていればよかったか?

「ライトさん?」

「善人は引っ込んどけ。オレが尋問ってものを見せてやる」

そう言い、口元を吊り上げて見せながら、ライトは尋問室の扉の中へと消えていった。

 

 

扉を潜り、階段を少し下った先の扉の奥に尋問室はあり、その壁の全面には防音処理が施され、外部に声が漏れない作りになっている。

尋問室への扉を開くと、そこには騎士団員数人と、尋問中と思われる男が1人椅子に座らせられていた。その目には、決して口は割らないという強情な光を湛えている。

どうやらクローディアが言った以上に進展していないらしい。

少し溜息が出てきた。

「あ、ライトさん」

「お前らは部屋から出ろ。全員だ。ここからはオレ1人でやる」

「え?ですが・・・」

なにか口籠る騎士を睨みつける。その眼にビクリと体を強張らせ、騎士は恐縮してしまった。

「・・・なんだ?まさかお前、オレに“もしものこと”が起こったらなんて思ってるんじゃないだろうな?オレを舐めるなよ」

「・・・はい。分かりました」

 

騎士団員達がぞろぞろと部屋から出て行き、全員が部屋から出たことを確認すると、ライトは「さてと」と呟いて男―――オース海岩礁洞窟で襲いかかってきた偽隊員に向き直った。

「よう。随分無駄な抵抗をしてるみたいだな?」

「てめぇはあの時の・・・!?」

「悪いがお前の戯言に付き合っている程オレは暇じゃないんだよ。あいつらみたいに甘くねぇぞ、オレは」

 

そのやり取りが行われた直後、防音処理が施されているにも関わらず、外にいる団員達にも聞こえてくるような絶叫が尋問室より響きわたった。

外にいた騎士達全員の視線が一斉に尋問室への扉へと注がれる。

「な、なんだ・・・?」

一体、あの中で何が起こっているのか。団員達の間に薄ら寒いものが漂う。

 

そして今更になって、あの人が何者なのかと疑問に思う者もいたが、その数は決して少なくはなかった。

 

そう、それなりに名を馳せた実力者ならば必然的に周囲から2つ名が―――それが畏怖か尊敬かはともかくとして―――つけられるものだが、彼に対する2つ名など聞いたことがない。ましてやプレスコット従騎士団の中でのその功績は眼を見張るほどのものだが、その活躍もあくまでも影役に徹し、決してその功績が明るみに出ることはない。以前にその功績を正式に世間に発表し、感謝状を贈呈しようという意見もあったのだが、彼が頑なにそれを拒否した。

まるで目立つのを嫌うように。

まるで影でいることを望むように。

 

永遠に響き続けるのではないかと錯覚してしまうような絶叫が、突然ピタリと止んだ。

そして尋問室の扉が開かれ、けろりとした様子のライトがまるで何も無かったような素振りで出てきた。

「も・・・もういいんですか?」

恐る恐る聞いてきた団員にライトは「ああ」と素っ気なく答えると、続けてこう言った。

「聞きたい事は全部聞いた。あの偽隊員の始末はお前らに任せる。その前にクローディア、今から話があるから来てくれ」

そう言いい、クローディアと共に屋敷の中へと入って行く。

 

その背に団員達の視線を感じたが、気にするほどのことでもない。

 

いよいよこちらが攻めに回る時が来たのだ。

 

その時、ライトは口元を吊り上げて、いつも彼の傍にいる少女には決して見せないような壮絶な笑みを浮かべていた。

楽しくない、と言えば嘘になる。

嗚呼、確かに。

反撃に逆襲に、勝敗をひっくり返すために敵陣に飛び込んで思う存分に暴れることができると思うと、ひどく、楽しい。心が躍る。

 

―――だが、この黒い感情は己の胸の内にだけ閉まっておかなければならない。

 

だがそれも仕方がないことだと思っている。思いのままにこの黒い感情を吐き出したかったら“裏”に戻ればいいし、そもそも“裏”に戻りたいと思うくらいならわざわざ“裏”から抜けて“表”に出てくる必要もない。

 

ライトとクローディアが屋敷の中へと消えた後、その場に残された団員達はあの中で何があったのかと興味本位で尋問室を覗いたところ、早速その行為を後悔する羽目になった。

そこには無残に全身を切り刻まれ、辛うじて息をしているだけの偽隊員が床に転がされていたのである。

「・・・一体・・・あの人は何者なんだ・・・?」

誰かが畏怖の思いを込めてそう問いかけたが、答えるものは誰もいなかった。