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「他愛もないな」
どさり、と狼型の魔物が地面に崩れ落ちる。
……鉱山の町モレクの入り口まで、およそ百数十M地点。
二人は突如襲ってきた魔物の迎撃し、エミリアがその死骸を調べていた。
「ふむ、なかなか立派な牙じゃな。 売れば宿代くらいにはなるやもしれん」
そう言って、カバンから小型のノコギリを取り出して、牙を削り出すエミリア。
ディンは、やれやれとばかりに溜息をつくと、近くにあった岩に腰掛けて、すでに見慣れたその光景を何も言わずに眺める。
(こりゃ、研究者というかアイテムマニアだな……)
そんなことを考えされられるのもいつもの事で、はぁ、と溜息をもう一つ。
死骸は3匹、全部切り出すまでにはもう少しかかるだろう……そう思い、街道からそれた平原の方へと目をやった。
特に意味は無い。なにか面白い物でもあればもうけものだろう……その程度の行動だったのだが……
「…エミィ」
「ん、何かあったのか?」
「あれを見ろ」
「あれ? ……お、なにやら人が集まっておるようじゃの」
二人が目を向けた方角には、一人の黒っぽい服を着た子供の影と、複数の大人の影が見えていた。
少し遠いが、子供も大人も武器を持って振り回していることから、恐らく戦闘中だろう。
「……って、まて! 子供が一人だと!!?」
よく見ると、五人の大人全員が、子供一人を狙って戦っている。
服などの様相から察するに、大人の集団はおそらく盗賊だろう。
「これまた卑怯な連中じゃのー。 子供相手に5人がかりで取り囲むとは」
「のんきな事言ってないで、助けるぞ!」
「うむ。 先に行くがよい、私は後ろから支援する」
ある程度刃を入れたところでぽきっと牙を折り、ノコギリといっしょに道具袋にしまうエミリア。
…マイペースなヤツだ、とつっこみたくなったが、今はそんな場合では無い。
大剣を強く握り、目の前の戦闘へ割り込むべく走り出した――
「おっと、待ちな」
「!?」
が、少し進んだところで、木の上から同じような様相の盗賊が降りてくる。
ディンはその相手の正面で足を止め、剣を構え、突きつける。
「どけ……いや、そこの連中の仲間だな。子供を襲うのをやめさせろ」
「嫌だね。 あのガキは親分をやりやがった……殺してやらねぇと気がすまないんだよ!」
「ということはあの子供は支援士なのかの? よく考えれば、あんな武器を持ってる時点で気付くべきじゃったな」
少し遅れてやってきたエミリアが、冷静に目の前の状況を口にする。
近づいてみて分かった事は、囲まれている子供は、身長から察するに14かそこらの少女であること、体格に似合わない、大きめのハルバード系の槍を持っていること……そして、こんな状況にもかかわらず、傷一つ負ってい無い事だった。
「…どーも手を出す必要はなさそうじゃの。 むしろ囲んでる方がボロボロのようじゃし……それと、お主らが木に上に隠れてたのは、大方あやつが疲れたところで伏兵として飛び込み、倒す算段でもしていたんじゃろ」
「そこで俺が飛び込もうとして、ヤバイと思って降りてきたってか」
「う、うるせぇ! それ以上余計な事言ったらぶっ殺すぞ!! ……ん?」
誰がどう見ても小馬鹿にした態度で相手をされている事に、怒りを爆発させかけた盗賊だが、ディンの後ろに立つエミリアの姿を見て、一瞬その動きを止めた。
「……いい物持ってるみたいだな、そいつを渡せば見逃してやってもいい」
「………主の仇も欲に負けるか。 こいつらの親分とやらには同情を隠せんな」
心の底から呆れたような声と、むしろ哀れみすら感じられる瞳で盗賊を見るエミリア。
二人の周囲には、近くで戦っている少女と同様に、何人かの盗賊が取り囲んでいた
「元々金目当てに徒党組んでる奴らだ。そんなもんだろ」
そういった後、ディンは一度深く息を吸い、そして長く吐き出す。
そして、剣の柄を握る手に、ぐっと力を込め……
「ぉぉおおお!!」
「ぐっ……!!?」
渾身の力を込めて、目の前の男に斬りつける。
「やれやれ、結局手を出すのか。 まぁ今はこっちも狙われてるようじゃし、しかたないの」
言いたい事をひとしきり言うと、エミリアはその手に持つ杖を高く掲げ、呪文の詠唱を開始。
ディンは一歩下がり、エミリアに近づこうとする盗賊の攻撃を、その大剣で受け止めている。
「大地に根差す氷の精、我が敵を貫け!! フローズンピラー!!」
呪文の完成と共に、地面に強く杖を突き立てると、杖の先端の宝石が光を放ち……エミリアを中心に、地面から槍のような先端を持つ、無数の氷の柱が突き出す。
半分は身体のどこかを貫かれその場に倒れ、とっさにガードする者もいたが、その者達もその勢いに吹き飛ばされた。
「くっ……こいつ!」
体制を立て直し、エミリアへ向かって走り出す盗賊。
しかし、彼女の元へと到達する直前、ディンが割り込み、その進行を妨げる。
「どけええぇぇ!!」
「……甘い!!」
勢いに任せて剣を振り回すだけの盗賊の攻撃を、逆に自らの大剣で真上に弾き飛ばし、そのまま振り下ろす形で斬りつける。
その一撃を受けた盗賊はその場に崩れ落ち、ディンはその様を一瞥すると、左から迫っていた別の盗賊の剣を、振り上げた腕にはめていたガントレットではじき、そのまま肘打ちで突き飛ばし、崩れた体制の相手目掛けて大剣の一撃を叩きこむ。
「ライトニング!!」
…その時、聞きなれた少女の声が呪文を唱えるのが耳に入ってきた。
一瞬、言い知れぬ予感が脳内を走り、とっさに倒れこむようにして前方へと飛ぶ。
「ぐああぁあ!!?」
エミリアの杖の先から迸る青白い雷の奔流。
先程までディンが立っていたその場所をかすめるかかすめないかの位置を突き抜け、その向こうにいたらしい敵の身体を、その雷は的確に捕らえていた。
「お前達のような輩が、私の杖を狙おうなど100年早いのじゃ!」
そして、自らが撃ち抜いた相手が倒れていく様を見ながら、勝利宣言とばかりに高らかに声を上げる。
びしりとその杖を、気を失っているだろう相手に向けたままにしているその姿は、勝者のみが掲げる事の出来る栄誉の印だった。
「……お前な、もうちょっと考えて撃てよ」
対して、倒れこむように……というか無理な体勢からの跳躍が災いし、そのまま地面に倒れこむという無様な格好を見せてしまっていたディンは、起き上がるやいなやパートナーの肩をがしりと掴み、若干殺気だった目で睨みつけていた。
「何を言うか、お主が横から来るのに気付いておらんようじゃったから助けたまでじゃ。 それにちゃんと考えてもいる」
―そうは思えんが。
かなりシビアな位置をすり抜けた先程の魔法の軌道を見る限りそう思わざるをえなかったが、今に始まった事でも無く、何度言っても直る事はなかったためか、彼はもうそれ以上の追求はする事はなかった。
かわりに、盛大な溜息が口をついて出てきてはいたが。

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最終更新:2007年04月08日 19:59