「何事かと思ったよ……」

ベルレフォート家の屋敷の一室。
ベティはあの後どうにか興奮する少女をなだめ、とりあえず話を聞くことにした。
手近なカフェで話をすることも考えたが、夕食も近い中途半端な時間のため、ひとまず自宅に招待することに。
「ごめんなさい。お姉さまに、よくにてたから……」
「ううん、まぁ事情は聞いたし、わりといつものことだし」
あはは、と笑いながら、ベティは落ち込む少女をなだめるようにそう口にした。

……この少女――アリスというらしいが、ある人物を探して旅をしているという。
後ろについているメイドの二人は、護衛と世話係を兼ねているようだが、それを聞くと『従者でもあるかもしれないけど、私にとっては家族だよ』と返ってきた。
常に抱きかかえているか、頭の上に乗せているウサギについても、少々気になるところではある。
「アリス様、お待たせ致しました」
「ありがとう、アル」
……双子のメイドの片割れであるアルが、静かにアリスとベティの前に紅茶を置く。
いったいウチの使用人はどうしたんだと思ったベティだが、後で聞いた話だと彼女らの方からこの場の自分達の対応をさせて欲しいと言い出したそうだ。
ソレを肯定するかのように、一歩遅れて、ワルツと名乗るもう一人が丸い玉のようなお菓子を持って現れた。
「見たことないお菓子だね……飴玉?」
「クラウンドロップです、アリス様の故郷のものです」
ふぅん、と返し、皿にある内の一つを口の中に放り込む。
飴玉かと思えばそんな固いモノではなく、クッキーのようにサクッと噛めるようなものでもなく、。どちらかといえばチョコレートのような食感だろうか。
「不思議な味ね。でも美味しい」
しかし、こんなお菓子がある地域など聞いたことがない。
これでも支援士の端くれ、大陸各地の町は一通り回っているつもりだが……
いまいち、正体を掴みきれない少女だ。
「……ティール・エインフィードか」
そして彼女の捜し人……“お姉さま”だが、それはティールという南部で有名らしい一人の支援士のこと。
ベティ自身も彼女の噂は何度も耳にしたことがある。
――というか、それは自分がその外見からティールという支援士に間違われる事が、これまで何度もあったからなのだが。
異世界の住人だとか、龍神の血を浴びたとか、聞いただけではいまいち信じがたい噂があるのも気になる要因ではあるが……
「…………いい機会かも知れないね」
ベティが急に考え込む体勢に入ってしまったことに困惑したのか、アリスがなにやら心配そうな表情にかわる。
ひとまずなんでもない、と笑いかけるが、その頭の中はある一つの事が大半をしめていた。
「――ねえアリス」
「お嬢様、ご入浴の準備が整いましたが……」
……話の腰を折られることなど、よくあることではあるが、もう少し気をきかせるようにしなければいけないな……
と、自分の使用人に対して思ったのは久しぶりだった。





支援士である前に、一人のご令嬢であるからには、体裁も考えると仕事後に身体を洗うことは半ば義務のようなものだった。
まあそれ以前に女性として多少の身だしなみは気にするべきことなので、そうでなくともお風呂くらいは習慣として毎日の行動の内にあるのだが。
「……アリス、どうしたの?」
言いかけた話題に間を置くのもどうかと思い、また、沸いた湯が冷めて再び沸かすような手間を使用人に取らせるのも気が引けたので、女同士気を使うこともない……というかお互い気を使うような体型でもないので、引き入れていた。
「ううん、やっぱりお姉さまじゃないんだなって思っただけ」
にこりと微笑んで、ベティの言葉に返すアリス。
……風呂場でその一言を言われると、いったいどういう意味で違うのか。と少し余計な警戒をしてしまう。
外見からは全くわからないとはいったものの、普段みえないようなところで違ってくることはあるからだ。
「お姉さまは、誰かとお風呂に入ったり、着替えるところを見られたりするの、すごくいやがってたから。」
「……女同士でも?」
「うん。 なんか、自分の体つきとかが女っぽくなってきてるのが気になるみたい」
「あー……」
まあ、なんとなくその感覚は分かる気がするが、きっと今自分が想像してる以上に過剰反応するのだろう……と、アリスのなんとも言えない表情から察した。
しかしだったら銭湯でどうしていたのかが気になるところだが、ここでそこまで掘り下げる意味がないので追求はやめておいた。
「……まあ……お姉さまの左腕には、深い傷痕があるの。隠すように包帯を巻いてるけど……」
「傷痕?」
「多分、本当の理由はそれな気がする。」
さすがに、初耳な情報だった。
小柄な身体で、Aランク支援士の実力を持つティール・エインフィード。
その裏には、何か強さを裏付けるものがあるのではないかと想像はしていたが……
「やっぱり、興味は尽きないね」
外見や声……体格までほぼ同じらしいのに、その実力には結構な差があるらしい相手。
やはり、一度会ってみるべき相手なのかもしれない。
「それにしても、そんなことよく知ってるわね」
「前に……あの『黒艦』で港が何日か使えなくなった時、何日か同じ宿で過ごしてたから。その時に、色々お姉さまのこと教えてもらったの」
そう答えてくれたアリスに、ふぅん、と一言。
黒艦事件と言えば、もうずいぶんと前のことだが……あの時は、南北の支援士の殆んどがルナータに集うという、前代未聞の状況だったが……
やはりというか、彼女もあの場にいたということらしい。


一拍おいて、うん、と一人頷くと、ベティは改めてアリスの方へと顔を向け、口を開いた。
「アリス、その人がどこにいるかなら、私は知っているわ。
―――明日、南部に向かいましょう」



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最終更新:2009年01月14日 16:33