――辺り一面に広がる雪原の、猛烈な吹雪の中。
そこはすべてが白で染め抜かれ、僅かな先でさえ雪に遮られて見渡せないほどだった。
そして、そんな自然の猛威の真っただ中に、偶然にも巻き込まれてしまった哀れな人間がいた。
「うう・・ついてない・・・!」
その人間の服装は、いつもの装備の上から防寒服を着用していた。まあそれは当然のことと言える。
なぜならここ―――遥かなる北の雪原は、季節も関係なく年中雪で覆われている極寒地帯だ。そんなところに防寒具なしで赴くのはまさしく自殺行為だろう。
突然、吹雪の切れ目から不意に反射した光によって、防寒用の帽子やゴーグルを付けていて少し隠れてはいるものの、その人間の顔が照らし出された。
まだあどけなさの残った小さな顔。くりくりとした瞳。
肩にかかる程度の長さの髪は後ろで縛っている。
防寒服を着ていると、着ている者は少々肉感的に見えるものだが、それでいてすっきりとした体型のこの人間の服の下は、かなりの細身だということだろう。
だが、そんな小さな体では、この大いなる自然の猛威の前には限りなく無力だ。
「う・・もう限界・・・」
どさっと白い大地に倒れ込むと、降り積もった雪がやわらかく体を受け止めてくれて、以外と痛くなかった。
それどころか、なんだか雪が温かくて気持ち良くて、だんだんと意識が遠のいていくのが分かった。
ああ、まさかこんなところで死ぬなんて。
倒れたまま考える。やっぱりこの依頼は受けるべきじゃなかった。
だがそんなことを考えたところで、この状況が打破できるわけではない。
すでに視界は殆どぼやけて、いまにも消えてしまいそうだ。
ごめんなさい母さん、ミシア。どうやらここで終わってしまいそうです。こんなところで、一人寂しく・・・。
「ケロー」
「え?」
心の中で家族に詫びながら走馬灯が見え始めた途端、耳元でなにか場違いな鳴き声がしたような気がした。
まさかとは思いつつも顔を横に向けると―――目の前に、人の頭くらいはありそうな大きなカエルが鎮座して、じっとこちらを見ていた。
それにしても、こんな年中冬みたいな土地にいるなんて変なカエルだ。冬眠とかはしないんだろうか?
吹雪の中でも尚目立つ白銀色。体も、皮の下にたっぷり脂肪を蓄えていそうなぽっちゃりした体型。
カエル嫌いな人が見たらそうでもないだろうけど、なかなか外見は可愛い。
でも、そんな不思議なカエルが、どうしてつぶらな瞳でこっちを見ているんだろう?
もしかして凍死するのを待ってるんだろうか?凍死したらゆっくりお食事の時間?
なんだかやってられない気持ちになって、ぱたん、と寝返りを打って仰向けになる。すると灰色の空からゴーグルの上に雪が積もり始めて、視界がどんどん奪われていく。
ああ、どうやらもうダメみたい。こんな吹雪の中、一人ぼっちで、変なカエルに看取られながら―――。
「―――って、認めれるかーーーーーっ!!!」
ガバッと一気に立ち上がると、体に降り積もっていた雪が一斉に滑り落ちて足元に堆積した。
「くそ、カエルに看取られながら凍死だなんて、そんな惨めな死に方して堪るか!絶対に生還してやる!!」
「ケロー」
「ふん!お前にやるお肉なんてひとつもないんだよ!どっかいっちゃえーー!!」
そう言うと、カエルを置いて吹雪の中を猛然と走りだす。
あんなののご飯になるなんてごめんだ!なんとしてでも帰ってやる!
先程までは死ぬ一歩手前だったくせに、割と元気いっぱいに走り続けた。