「うーむ、どこからどうみても娘にしか見えぬのじゃが・・・」
「だから女じゃないって言ってるだろ?」
「じゃがのう・・・」
女の子の案内でクロッセルへの帰路に着く間、これだけ言ってもまだ女の子は納得いかない様子で首を捻っている。
くそ、なんでみんなそんなに納得できないんだ!いいじゃないか女じゃなくても!
「ところで、どこまで連いてくるの?別にもうぼ・・おれと一緒にいなくてもいいんだけど・・・」
さっきまでの雪原では先頭に立って案内してくれていたけど、クロッセルに着いた後は隣を歩いているこの子は、一体どこまで連いてくるんだろう?
いや、案内してくれた恩もあるから無理には突き放さないけどね?
「なに、少々おぬしに興味があるだけじゃ。気にするではない」
「ふーん?まあいいけどね」
子供はなにに興味を示すかわからないし、まあ少しくらいは付き合ってやってもいいか。
まあ、それがこの子じゃなくって知らない男とかだったら構わず白雲で追い払っていたけど。
とはとりあえず言う必要もなかったから黙っておいた。
「お前はここに来るごとに変わった奴を連れて来るな?」
「オヤジさん、それ嫌味?」
酒場に入るなりオヤジさんが放った第一声がそれだった。まあ確かにこんな寒いところで白い浴衣姿の女の子というのは変わっているだろうな。
「褒めてるんだよ。少なくとも俺は面白いからな」
そういってオヤジさんはニヤリと笑った。
ああそうだった。オヤジさんは自分が楽しめればそれで良いみたいな人だからなあ。よくこんな人が酒場のマスターなんて任されたものだと不思議に思う。
「いま、失礼なことを考えてなかったか?」
「なっ!なぜそれを・・・ってしまった!?」
「歯を食いしばれ」
「えっ?ちょっとまっ―――」
弁解の余地なくオヤジさんに殴られた。
「うぁぁぁ・・・」
「おぬしら面白いのう」
殴られた頭を押さえるおれの隣では、いまのを見て女の子が笑っていた。
「ねえキミ大丈夫?よく見て?これは一方的な暴力だよ?」
ちょっと隣に座る女の子がこれからどう成長するのか心配になってしまった。まったく、この子の親はどういう育て方をしているんだ!娘さんが非行に走りますよ!?
「自業自得だろう?アキちゃん?」
「ムカッ!」
ニヤニヤと笑うオヤジさんの言葉にカチンときた。おれにだってプライドがあるんだ!言っていいことと悪いことがある!
「アキちゃんって言うなこのひげ面!!」
ボカッ!!(鉄拳がぼくの頭に落ちる音)
「なんだって?」
「心の底からごめんなさい」
心からオヤジさんに頭を下げる。プライド?なにそれ食べられるの?
「ふむ。そこまで言うなら許してやる」
そう言ってオヤジさんは勝ち誇った笑みを浮かべている。しかしオヤジさん殴るのに一切容赦がないな。くそっ、鬼だ!
「なにか言ったか?」
「いえ滅相もないです」
いま下手なことを言うとまた殴られるのでここは穏便にしておく。暴力以外で解決できるならそれに越したことはないもんね。
「そうか。ならそれでいいが。・・・で、話を戻すが、そっちの娘さんはどっから連れて来たんだ?」
「えーっと。どっちかというと、この子を連れてきたというよりもぼ・・おれが連れてきてもらったというか・・・」
「は?なにを言ってるんだお前は?」
うん。確かに他の人が聞いたら意味が分からないよね。おれだってなんにも知らなくてこの話を聞いたら意味分かんないし。
「あの時はほんとに助かったよ。ありがとう」
「なに、気にするではない。あそこで凍死されてはワシも目覚めが悪いしの」
「??さっきからなんの話をしているんだお前等は?」
話をうまく呑み込めていないオヤジさんが首を捻っている。殴られた仕返しに、ちょっといい気味だと思ったのは秘密だ。
「あ、ごめんオヤジさん。最初から説明するとね―――」
とりあえずこれ以上無視したらオヤジさんが怒るので、オヤジさんに作ってもらったオニオンスープをちびちびと飲みながらあの場所でのことを説明した。
「なるほど・・・。つまり、お前が不運にもまた馬鹿な行動に走って迷ったところを、この娘さんに助けてもらったってところか」
あれ?おかしいな。きちんと話したはずなんだけど、オヤジさんに馬鹿にされているようにしか聞こえない。
「ちょっとオヤジさん?話を聞いてた?なんだかオヤジさんの話とぼ・・おれの話が食い違ってるような気がするんだけど。それに自慢じゃないけどおれは運がいい方だと思うよ?」
「別に食い違っていないぜ?それに運がいいと思っているのは、多分お前がそう思っているだけだ」
「そんな、オヤジさんひどい!」
ちょっとショックだった。そんな馬鹿な。この強運があるからおれはこれまで数々の危機から生き延びてきたっていうのに!
「・・・逆に不幸だったから数々の危機にあったとは考えられないのか?」
「え?オヤジさん何か言った?」
「気にするな。なんでもない」
オヤジさんの言葉が気になって小首を傾ける。でもなんでもないって言うならきっとなんでもないんだろうな。と気にしないことにした。
それよりも、ふとここで思いついたことがあったので、隣でおれと同じようにオニオンスープを飲んでいる女の子に向きなおった。
そういえばこの子お金を持ってるんだろうか?もしもぼくのおごりとかだったら勘弁してほしい。
「そういえばさ。聞いてなかったんだけどキミの名前はなんていうの?」
「アキ、今更すぎねえか?」
オヤジさんが横槍を入れてくる。しょうがないじゃないか。聞くタイミングなんてなかったしさ。
でも、名前を聞いた女の子はきょとんとしていて、それから困ったような顔をした。あれ?聞いたら不味かったかな?
「あ、ごめん。聞いたら不味かった?」
「うむ?あ、いやそういうわけではないのじゃが・・・」
「じゃあどうしたの?・・・あ、おれから先に自己紹介した方がいいのかな?おれはアキ・ユーリシア」
だれだ!いま『女の子みたいな名前だな』って言った奴は!
「む、むう。そうか、アキというのじゃな?ワシは・・・」
と言ったところで、女の子は困ったように言葉を濁した。なにか言いにくいことでもあるんだろうか?
「別に言いたくなかったら言わなくてもいいけど・・・」
「いや、そういうわけではないのじゃ」
「じゃあどうしたの?」
おれの疑問に、女の子は少し躊躇ったあと言いにくそうに口を開いた。
「なんというかの・・・。そんなことを聞かれたのは初めてというか、ええとつまりじゃな?・・・・・ワシには名前が無いのじゃ」
「ええっ!?」
女の子の言葉に思わず驚いた声を上げてしまった。カウンターの向こうではオヤジさんも驚いているみたいだ。
名前がないって、どんな育て方をしたんですか親御さん!?
「それって一大事じゃないか!今すぐ自警団に通報しなきゃ!」
「確かにそうだな。名前すらないとなると立派な育児放棄だ。お前さんの両親には少々きつい刑を受けてもらわなきゃならん」
「あ、い、いや。それはそれで困るのじゃ。というか、父上にはたぶんおぬしらでは勝てぬ」
「?勝てないって?人間一人に大勢でかかっても?」
既に大勢での袋叩きが前提なのはつっこまない方向で。
「ま、まあよいではないか。要は、ワシが自分で自分の名前を付ければ済むことじゃろう?」
そう言う問題なんだろうか?まあ本人がいいって言ってるなら、別にいいのかな・・・?
「まあキミがそう言うならいいけど、じゃあなんて名前にするの?」
「ふむ、そうじゃな・・・」
そう言うと、女の子は腕を組んで目を閉じながら考え出した。考え込む仕草がなんだか可愛い。
がやがやと騒々しい店内の声をBGMにしながら待つこと数分。
名前が決まったのか女の子が目を開けた。
「ではつららじゃ。ワシのことはつららと呼ぶがよい」