温泉では女性の魅力が何倍にもなる。
だれが言ったかその言葉は、だが実際に本当のことなのだろう。
小柄で華奢な体。肩にかかる程度の長さの髪は水気を帯びて肌に張り付き、しっとりとした潤いを持つ肌は汗で僅かに煌めいている。
くりくりとした大きな瞳は僅かに潤み、あどけなさを残す小顔もほんのりと上気していた。
湯船に浸かっていてこれだけの色気を醸し出していると言うことは、普段もかなりのものなのだろうということが窺える。
絶世の美少女だ。その容姿は、同性でも思わずドキリとしてしまうだろう。
「あ~、やっぱり温泉の一人占めは最高だなぁ」
そんな彼の名前はアキ・ユーリシアという。彼、とは言うがそれは本人がそう周りに言っているだけで、本当のところはどうなのかわからない。
「!だれだ!?」
ギクッ
「そんなところにコソコソ隠れてないで、堂々と出てきたらどうなの?」
くっ、まずい。彼女に気付かれたか。わたしの隠密行動を察知するとは、流石はわたしが目を付けた少女なだけのことはある。
「彼女・・・?ぼ・・おれはっ!女じゃない!!」
怒らせたか。よし、いい写真も撮れたことだしここは撤退だ!
「あ!待て!」
追いかけようと湯船から出た時には怪しい男の姿は見えなくなっていた。
また寒くなったので湯船に浸かり直す。
不審者は取り逃がすし体は冷えるし、踏んだり蹴ったりっていうのはこういうことなんだと身をもって体験した瞬間だった。
「最近、ああいう奴が多くなってるような気がするのはぼ・・おれの気の所為かな?」
おかしい。女じゃないって言ってるのにほとんどの人が信じてくれない。
女に見えないように言葉使いも変えたっていうのになあ。ぼ・・おれに何が足りないんだろう。
「・・・ねえ、いい加減にどいてくれない?」
ある程度体が温まった後に、頭の上に居座るカエルに向かって声を掛ける。ずっと頭の上に乗られていると、流石に首も限界だ。
ていうか何で風呂場にまで連いて来るの?ここはカエルにとっては地獄じゃないの?
「・・・まあ、茹でカエルになりたいんなら別に止めないけど―――」
「ケロ!」
「ぶわっ!」
いきなりそう一声鳴くと、白銀色のカエルが頭の上から温泉に飛び込んだ。盛大なしぶきがもろに顔面にかかる。なんだ?身投げか!?なんでよりによってこのタイミングで!?
「げほっ。げほっ。なんてことするんだこのカエ・・ル・・・」
「ケーロケロー」
カエルが平然と温泉で泳いでいる光景はなんともシュールだった。
・・・というか、カエルが温泉を泳いでもいいの?
そんなシュールな光景を唖然と見ていた時―――
ばーん!
「おお!人間の里の温泉は広いのう!」
「きゃぁぁぁぁぁっ!!?」
突然ドアを開けて温泉に突撃してきた女の子を見て、迂闊にもガラにもない悲鳴を上げてしまった。なんてことだ。ぼく一生の不覚!
というかちょっとこれ何のドッキリ!?
「んむ?おおアキか。突然いなくなったからどうしたのかと思ったのじゃが、先に入っておったのじゃな」
「っていうか!なんでつららがこっちに入って来てるんだよ!?ここは男湯のはずだよ!?」
「んむ?『おとこゆ』というのはなんじゃ?ここの宿の者の話だと、なんでも『こんよく』とかいうやつらしいのじゃが」
「こ・・こんよく?・・・って混浴!?」
そんな馬鹿な!?だって脱衣所とかちゃんと分かれてたよ!?
「あ・・もしかして、先で繋がってた・・・?」
道理で温泉の場所を従業員の人に聞いたら『君みたいな可愛い子が来るなんて珍しいね』って奇妙なことを言われた訳だよ。
ついでにその従業員の人にはきっちりと抗議しておいた。ぼ・・おれが女じゃないって言った時の他人のあの表情を見るたびに、なんだか悲しくなってくる。
「ってそれはどうでもいいから!とにかく早く服着て服!」
「おかしなことを言うのう・・・。温泉で服など着るはずがないじゃろ?」
つららは不思議そうに首を傾げている。だから目のやり場に困るんだってば!
温泉に入ってきたということは、つららはつまり一糸纏わぬ生まれたままの姿―――ぶっちゃけ全裸なわけで、それも前を隠していないから雪のように透き通った白い肌は言うに及ばず、平面に近い二つのふくらみからおへそまで全部見えてしまっている。温泉の湯けむりで姿が僅かにぼやけているのがせめてもの救いだ。(だが正確に説明してしまっている)
「それに女同士なのじゃし、さして気にすることもなかろう?」
「だからぼ・・おれは女じゃないって―――」
ばーん!!
「やっぱり温泉は一人占めに限る・・・って、なんだ先客か?」
「きゃぁぁあああああああ!!!??」
豪快にドアを開け放って現れたのは―――オヤジさん!?
「な、なんでオヤジさんがここにいるんだよ!?」
慌てて首まで湯船につけて叫んでしまった。くそっ!これじゃまるで女の子のすることじゃないか!
「なんでと言われてもだな。俺だって温泉にくらい入るぞ?」
そう言って呆れた様子で話すオヤジさんも当然全裸なわけで。
オヤジさんはその浅黒い肢体を惜しげもなく披露していた。
無骨なシルエットに無駄のない理想的な筋肉の付き方は、流石は酒場のマスターになる前は幾多の戦いを拳一つで制圧してきた化け物なだけのことはある。鉄拳(アイアンフィスト)の二つ名は伊達じゃないってことか!
そんなことを思っていたら、オヤジさんは首まで湯船に浸かっているおれと素っ裸で立っているつららを見て、周囲の状況を把握したのか―――
「・・・スマン。邪魔したな」
「オヤジさんなんで気まずそうに視線を逸らすの?ねえ!?」
嫌な予感がする!とても嫌な予感がするよ!!
「いや・・混浴とはいえ、流石に若い女子が二人しかいない温泉に入るのはな。俺も遠慮くらいするさ」
予感的中。でも思ったより精神ダメージがデカイ。
「遂にオヤジさんまでそんな目でぼくを見るように!?だからぼくは女じゃないってば!」
そんな魂の籠った叫びに、オヤジさんとつららはお互いに顔を見合せて、
「いや、だがな」
「うむ。どう見てもおなごにしか見えぬ」
そこで二人とも意見を一致させないでよ!お願いだから!
「そうじゃ、折角なのじゃし、オヤジさんも一緒に入らぬか?その格好では寒いじゃろう」
「そうか、すまんな。それじゃあ悪いが一緒に入らせてもらおうか」
ちょっと待って!二人とも平然と湯船に入ってこないでよ!?
「ちょっと二人とも大丈夫!?なんで恥ずかしげもなく入って来るの!?」
「はっはっは。アキも年頃の女というわけか。俺は少し安心したぞ」
「ううむ、なんで恥ずかしがるのかが分からぬが・・・。あっ、アキ!一体どこに行くのじゃ!?」
「うるさい馬鹿!ちくしょう!」
逃げるように湯船から出て脱衣所に駆けこむ。どうしてだろう。目から汗が止まらない。お湯が染みたかな?
後日、オヤジさんから冗談が過ぎたと謝られた時はものすごく切なかった。