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「と、いうわけで分析をお願いしたいのですが」

そう言いながらやってきた先は、リエステールのやや端の方にあるギルド、リトルレジェンド。
そのサブマスタ―であるエミリアは、様々な魔法具や珍しい道具に精通していると噂の【レアハンター】の異名を持つ支援士。
恐らく今回起こった現象の原因となったあるもののことも知っているかもしれない、という希望的観測の元にやって来ていた。


「久しぶりに顔を見たかと思えば、また突拍子もない事になっておるのぉ」
なんとも言えない微妙な表情で一同を迎えるエミリア。
旧知の仲と言うほど古い仲ではないが、それなりに親しい間柄で、たまにこうして何らかの理由で会うこともあった。
「俺だって……分かるのか?」
「いや、言われんとさっぱり分からんな」
根本的な解決になるようなものではないものの、やや希望が差し込んだような顔を見せたヴィオ。
しかし、次のすっぱりと両断するようなエミリアの一言に、ガクリと肩を落とす事となった。
なまじ自覚しているだけに、ダメージは大きいのだろう。
「ま、とりあえずその原因とやらを見せてくれぬか? でなければ結論は出せん」
「そうですね。 あと、その部屋の見取り図と、床に張り巡らされていた陣のメモです」
そんなヴィオの様子は放っておいて、話を進めるエミリアとルシア。
というのは、いちいち反応にかまっていても話が進行するようなことはないとわかりきっているからだろう。
比較的多くの事に首を突っ込むことが多いらしいエミリアならではの進行ともいえるかもしれないが、それで無視される側の気持ちはどう言ったものだろうか。
「……ふむ、地脈を流れるメンタルを集めて6つの宝珠に蓄積――そのメンタルを発動に合わせて中央の水場に流し込み、水と言う媒体を通して効果対象を包むことで、中央部に置かれたコレの効果を効率的に引き出す――といったところじゃろうな」
しばらく魔法陣の写しを眺めながら手近にある紙にその構築式を書き込んでいき、その内容を分析するエミリア。
現場を見てきたルシアもほぼ同じ見解だったらしく、特に意見が反発するようなことも無く話は次へと進む。
「となると、泉自体はやはり変化現象とは無関係と?」
「そうじゃな、見る限りでは泉はメンタルの蓄積と解放の触媒でしかないようじゃ。
現象そのものは……全てこのカードが担っているとみて間違いはなさそうじゃな」
そう言いながら、テーブルの上に置かれたカードに手を伸ばすエミリア。
それは一見するとフルーカードの内の一枚でしかないように……というより、フルーカードそのものにしか見えないのだが、ヴィオの例を見る限りではただのカードであるはずがない。
現にそのカードに印刷された絵柄は、リファ達が目にした精霊の姿が描かれているものだった。
「カードタイトルは……エインシェント・ワードで《生命のウルド》か。聞きおぼえがある気がする名前じゃが……、少し資料をあさる必要がありそうじゃな……」
「お手伝いします。 ……ヴィオさん、色々とお疲れのようですので、座っていてください」
「……ああ、そうさせてもらうよ……」
未だに痛みが治まらない頭を押さえつつ、ルシアの言葉通りにテーブルにつくヴィオ。
エミリアとルシアはそれを確認すると、二人でエミリアの個人書庫へと続く地下室への階段を開き、下りて行った。
……とくに危険だったり貴重な本をしまっておく書庫だという話だが、もしかしなくてもこれはやはり重大なアイテムなのだろうか。
「ヴィオ、お茶入ったよ」
「お茶菓子もだしてもらったよー」
と、丁度そんなタイミングでリビングに戻ってくる人影が三つ。
リファとリフル……そして、このギルドに雇われているというメイドのマナの三人だ。
マナは黙って微笑みながら、せかせかと駆けてくる二人の後ろを、つかず離れずついてきている。
「はい、すこしは落ち着くと思いますので、お飲みください」
そしてテーブルまでたどり着くと、トレーにのせていた紅茶を最初にヴィオの前に差し出すマナ。
なんとなくそんな穏やかな扱いをうけたのがひどく久しぶりのような気がして、思わず涙ぐみそうになったのはヴィオだけの秘密である。
「ほんと、落ち着くわねぇ。 罠まみれのダンジョンにもぐりこんでたのが嘘のようだわ」
と、そんな横でのんきに一緒に出されたクッキーをつまむレイン。
元をたどれば彼女が隠し通路を見つけなければ……
などと逆恨みのような感覚も覚えるのだが、そこまで行くと責任やそういった問題以前にただのなすりつけになってしまうので、その考えは投げ捨てることにした。
隠し通路を見つけたことそのものはダンジョンを探索する上で当たり前のこと。
その行動に一切の問題はないのだから。
「リファ、どうした? お前も食べろよ」
「あ、うん…………」
ヴィオの言葉に従い、リファは席について紅茶に手を伸ばす。
その心中はいかがなものか、少し複雑なものが渦巻いていそうで、周囲の者にはいまいち理解が追い付きそうになかった。
むしろ、巻き込まれた本人よりも落ち込んでいるような様子ではあるのだが……
「……あの、ところで俺はいつまでこうしていればいいんでしょうか」
そんな状況を余所に、リビングの隅っこで正座をさせられているアース。
「あー、”お・ん・な”の会話に男が立ち入るもんじゃないぞー」
そして、やや自嘲気味な表情を浮かべながら、ばっさりとそれを両断するヴィオ。
自分の身体が”女”だと強調するあたり、そうなったのはお前のせいだろう、と、どうやらまだ怒りは収まりきってはいないらしい。
「水の底からカードを拾ってきたのは俺なんですが……というかヴィオ、お前はそれでいいのか」
「よくねぇよ!」
「おぶっ!?」
ごすっ! と使用済みのオーブが三つほど顔面に叩きこまれ。
「……明らかに力も落ちてるな……剣もいつもより重い感じがするし、この細い腕じゃ仕方ない……か?」
「……・十分……痛ぇっ…」
右手を開いたり閉じたりしながら、その手のひらを眺めるヴィオ。
とりあえずアースの正座の刑はまだまだ長く続くようだった。








「アーティファクト【フェイトサークル】?」
それから3時間。
全体的に埃っぽくなりながらも、地下書庫から戻ってきたエミリアとルシアの手には、一冊の古ぼけた本が治まっていた。
その内容も現代使われている文字ではなく、アルティアの時代のさらに以前――旧時代に失われたエンシェント・ワードという文字で構成されており、その本自体が古いものであることがありありと感じられる。
「うむ、《運命の円環》という名を与えられた、神代のフルーカードの中の一枚じゃな」
「神代の……」
また、とんでもないものを掘り起こしてきたものだ、と思わされる一同。
アーティファクトというのは、神の遺産という意味を持つ言葉。
天聖法具とはまた別の出自だが、それに並ぶ強力な力を備えた法具であることが多いとされている。
「この手のアイテムは現在の書物にはほとんど情報はない。 この本も、写本のさらに写本と言われているものでな、言語学者がエンシェントワードを解読する以前に写されたものじゃ」
「うわー、そんなレアなものを……やっぱすごいわねぇ、エミリアちゃんって」
「すごいのは分かりましたけど……エミリアさん、肝心のこのカードはいったいどういうものなんですか?」
感心しているのか、食い入るように本を見つめるレインを押しのけ、リファが半ば詰め寄るような勢いでエミリアへと問いを投げかける。
ヴィオもそれを尋ねようとしていたところだったのだが、むしろその瞬間の彼女の剣幕に押されて逆に黙り込んでしまっていた。
「……そうじゃな、それを説明する前に…………」
一拍置いて、”ふむ”と口元に手を当てて考え込むような体制をとるエミリア。
一同はその仕草に疑問を持ち、一緒に資料を探していたルシアの方へと目をむけなおすが……
彼もまた、何も言えないとでも言うように眼を伏せ、黙りこんでしまっていた。
「ま、先延ばしにするよりは良い、か……」
「……そうですね」
また数秒の間をおいて、口を開く二人。
さすがにここまでくると尋常ではない雰囲気を察し、この場にいた全員が固唾を飲むような気分に苛まれ始める。
特に――被害者である本人と、その隣に座るリファの緊張感は、ひと際強くなっているのがありありと分かる様子だった。
「まず結論から言おう。 ヴィオ、お主の身体……元に戻せる見込みは、無い」
「――!」
「そんなっ……!」
そして、エミリアのその言葉を告げられた瞬間に反応した者もまた、ヴィオとリファの二人だった。
……・しかしヴィオ自身はどこかで予測はつけていたのか、一瞬表情が揺らいだだけで、むしろリファのほうが大きな反応を見せていたようにも見える。
「理由は、変化に使われたメンタルが膨大すぎること、その一点のみじゃ」
「膨大すぎる……って?」
それでも、ショックは受け流しきれなかったのだろうか。
ヴィオは直後のそのエミリアの言葉に明確な反応は示さず、どこか悔しそうに口元をゆがめ、ただじっと話を聞く態勢に入っていた。
――今聞こえてきた声は、リフルのものである
「はい。 あの泉の主――おそらく、このカードに宿る意志ではないかと思いますが、彼女は『数百年誰も来なかった』と言っていました。 
それはつまり、数百年分の地脈のメンタルが使われることなく、あの宝珠に蓄えられていたことになります」
「そして、直後に宝珠の輝きが消え、アースのヤツが飛び込んでも何も起こらなかった。
……ヴィオの変化にすべてのメンタルが消費された証拠じゃよ」
「……それが、なんで元に戻せないことにつながるんですか……?」
エミリアの言葉に間髪入れることなく、リファが質問を投げかけていた。
どうしても納得できない、納得したくない。
そんな本人にはどうにも抑えきれない意思が、その言葉の中から隠しきれずに漏れ出しているのが感じられる。
「ふむ、ではこのカードの詳しい内容の説明に入ろうか」
「エミリアさん!」
がたん! と音を立てて、リファの座っていた椅子が動く。
どれほどの勢いで立ち上がったのかがうかがえる一瞬だが……
「落ち着け。 説明にも順序というものがあるのじゃ」
「そうよ、リファ。 ヴィオ本人が黙って聞いてるのに、あなたの方があせってどうするのよ」
「レイン…………うん、そうだね……」
レインに諭され、顔を伏せるような体勢で椅子の位置を戻す。
エミリアはその姿を目にし、”ふむ”とまた一言口にするが、それ以上その態度について追及することはなく、こほんと一度咳払いをすると、再びカードの説明に入っていった。
「この世のあらゆるものには、運命というものがある。
それは他社との出会いや別れだったり、ジョブの選択だったり……生と死の瞬間だったり、さまざまなものに定義されるものじゃ。
またあまり気にされることの無いコトじゃが、その者の性別もまた、運命の中で分岐する……生まれたその瞬間に決定する、本人の意思に関わる事の無い最初の分岐点じゃな」
「運命の、分岐点……?」
「……このカードは、その者が生まれた運命の位相を動かすことによって、現在とは違う“自分”を呼び出す力を持つ。
つまり、お主は運命の分岐の中で、そのような姿で生まれ落ちる可能性もあった、ということじゃな」
「可能性の自分……この身体が……?」
「で、じゃ。 元に戻れないという結論を出した理由は、現在お主の身体は、すでにこのカードにより運命の位相がずらされ、固定されている。
その位相を再びずらして固定するためには、最初に使われたメンタルを上回る量のメンタルを使わなければならないのじゃ」
「そんなっ……」
……単純な理屈だった。
たとえば接着剤でくっつけられたモノを動かそうと思えば――リムーバーなどという道具は存在するがこの際無視して――その接着剤の粘着力を上回る力で引きはがさなければならない。
それはメンタルを使用する魔術――特に呪いなどの定着させるタイプのものでも同じことで、現在の状態を『固定』させているメンタルを引きはがすために、そのメンタルを上回る量を使わなければならない、というだけの話なのだ。
「文献によると、時間の経過とともに固定のためのメンタルは消耗していき、それがなくなったところで効果が切れ、運命位相――つまり身体は元に戻るのじゃが……」
「……が?」
「あまりに膨大なメンタルを一度に使い、あまりに長時間その姿を固定していれば……そちらが今の位相に定着して、戻れなくなる。
……数百年分の大地の蓄積を上回る力、人間に可能と思うか?」


……残酷な真実はいつどこに転がっているのか、それは誰にも分からないものである。
中には知らなければ幸せだったと思えることや、知ったことでより強い絶望に打ちのめされることも少なくはない。
この真実は、命にかかわるようなことではない。
しかしそれは……今までの自分の人生を否定されるような、死とはまた別の絶望感をかんじさせられるものだった。




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