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「…………ぅん…ん…」

朝、目を醒ます。
そしてまず目に入るのは、自分の部屋という何よりも見馴れた風景。
しかし、なにも変化がないはずのその中で感じられる違和感がある。
……まあ、自分の身体の感覚が違うだけの話なのだが。
「……着替えるか」
全体的に物が一回り大きく感じられるのは、自分の身体が多少小さくなっているだけなのだが、それも受け入れるにはまだ少し時間がかかる気がする。
少しぼーっとした後に、倉庫から掘り返してクローゼットに放り込んでおいた数年前の自分の服を取り出し、ベッドの上に放り出してパジャマのボタンに手を伸ば―――したところで、一瞬その手が止まる。
少なくとも、頭の中というか持っている感覚はは男のままだ。
昨日も着替えその他でオロオロとかなり時間を食っていたのは確かだが、三日はたった今もこの瞬間だけは一瞬躊躇してしまう。
風呂は論外と言いたいところだが、さすがに入らないわけにもいかないので極力下や鏡を見ないようにしながら入っていたりする。
……一般家庭の民家で、小さいながら風呂があるのはちょっと自慢だったりするのだが、銭湯に行かなくて済むという状況がこれほどありがたいと思ったことはなかった。
「………」
その時、ふと気配を感じた。
身体的な変化の影響がないこういうカンは、取り敢えず劣ることは無かったのは支援士としては幸いだったかもしれない。
――せーの
“相手”に反応する隙を与えないよう、一瞬でドアの前に詰め寄り、ほぼ同時とも言えるタイミングで開け放つ。
と、その向こうに見えたのは……
「あははは……おはよう兄さ」
「沈んどけ」
とりあえず、鉄拳制裁だ。





ヴィオの家族構成は両親に弟と妹が一人づつ。
弟の方は元々歳が二つしか離れていなかったので、今の状況だとむしろ自分の方が下だと言った方がいいかもしれない。
―ったくグレイのやつ、冗談のつもりだろうけど、着替え覗きに来るって―
正直なところは、男に着替えを見られるのはあまり抵抗はない。
女としての自覚がまだほとんど無いのがその理由なのかもしれないが、流石に図に乗られては困るというものだ。
「シャル、起きろー、朝だぞー」
気をとりなおして隣の部屋の前に立ち、軽くノックしながら部屋の主に向かってそう呼びかける。
着替え終えて、部屋を出た後は妹のシャルを起こしに行く。
日課と言うほど毎日ではないが、起きてこない場合は大体ヴィオが起こす事になっていた。
「入るぞ」
がちゃり、とドアを開けて部屋に入ると、ベッドにクローゼット、観葉植物、窓にカーテン……と、すぐ目に入ってくるものは自分の部屋と大差ない。
と言っても相手はやはり十歳の女の子、ちょっと見れば布団の柄やインテリアにはかわいいものが多く配置され、子供のわりにセンスのいい小物も置かれている。
「……鏡か……」
クローゼットの隣に置かれている鏡…丁度全身が移せるタイプで、今はその前に立っている自分の姿が映されていた。
「…そういや、まともに鏡見るのってひさしぶりだな…」
実のところ、彼――彼女は、鏡はあまり直視した事は無い。
せいぜい髪型を軽く整えるか服の試着―試着でも全体をぱっと見る程度―ぐらいで、まじまじと見つめるなんて事は無いと言っても過言ではない。
現在の姿になった三日前はさすがに長時間眺めてはいたものの、改めて自分の変わり果てた姿を目にしたせいで冷静さはほとんど残っておらず、その時自分がどんな顔をしていたのかもろくに覚えていなかった。
少し考えて、ものは試し、とばかりに鏡に向かって微笑んでみる…すると、鏡の中の自分も微笑み返してきた……鏡なので当然のことではあるが。
「……」
冷静に、第三者的に見てみれば、顔立ちもそう悪くはない。
昨日までにリファやスフィアにも何度か言われていた事だが、悪くないどころかむしろかわいらしいという方向性で美少女、と呼べる部類に入るだろう。
これが自分ではなく、その上でリファという特定の相手がいなかったりしたら、確実に目が行ってると思う。
「……結構、まんざらでもない……のか?」
微妙な気分になりつつも、妙なテンションに軽く火が付いてしまったのか、左手を軽く頬にあてて、さらに食い入るように見つめ――
「……ん?」
「あ」
と、その時一瞬物音がして、そちらに目を向ける………・と、シャルが起きていた。
ベッドの中から上半身だけを起こして、かすかににやついているような表情でヴィオの方をじっと見つめている。
「……どのあたりから起きてどこから見ていた?」
「んー、鏡に向かって笑ったところ?」
「……っていうか起きてたのか……?」
「……目覚めた時に鏡見てたから、なにしてるのかな~って思って」
ものすごい勢いで、ヴィオの顔が赤く染まっていく。
それはそうだろう。どこかあきらめきれずに否定しているはずの自分の姿を、食い入るように見つめている自分を見られたのだ。
しかも、妙なテンションに引っ張られて微妙なポーズをとりかけた瞬間である。
「でもヴィオちゃん、そう思うの今更だと思うんだけど」
「……お、大きなお世話だ! ち…朝食作っとくから、早く降りてこいよな!」
「ふふ、わかった。おねーちゃん♪」
最後に放たれた妹の一言は、ヴィオの精神にひどく深く突き刺さっていたのはまた別の話。
ある意味、ラスクール一家で最強の位置にいるのは、無邪気な十歳のシャルだったりするのは隠れた事実である。








中央庭園(セントラルガーデン)
その名の通り、このリエステールの中央部に位置し、その中心にはオブジェとしてウンディーネの姿をかたどった噴水で飾られその景色を彩っている。
多くの人が集まる、街の憩いの場――それが、この場所だ。
ヴィオはそんな中で、腰ほどまで伸びた……と言うかこの姿になった時点でそこまで伸びていた髪を風にあそばせながら、リファとリフル、そしてアースの三人が来るのを待っていた。
もうすでに10分以上この場に立ち続けているのだが、教会の時計塔を見上げるとそろそろ待ち合わせの時間。
だというのに、三人の内の誰一人として影も形も見せないという状態だった。
「ティーオっ!」
「おわ!?」
突然、後ろから誰かが抱き付いてきた。バランスを崩しかけて、なんとか立てなおし首を回す……と、
「…なんだ、リフルかよ…」
目に映ったのは、リフルの顔のアップだった。
「なんだはひどいよ~」
そう言いながらリフルはヴィオから身体を離すも、顔は笑顔のままだった。
一応、半月前までは年上の立場にあったのだが……無駄にフレンドリーでアバウトなのは以前からとはいえ、どうにも自分が同年代まで逆行しているせいか、馴れ馴れしさが当社比20%くらい上がっているような錯覚さえ覚える。
「なんか、俺の立場って…」
「ぶー、女の子が『俺』はダメっていったでしょー。 たとえ他にそう言う女の子がいてもティオは『俺』禁止ー!」
「………だからそんなすぐ直せるもんでもないし、そこまでこだわるもんか?」
リフルのこの提案は、あの時エミリアと別れた後すぐに持ちかけてきたものだった。
この小柄な女の子の姿で一人称が俺というのは不自然だから……というのが理由で、ヴィオもそれはなんとなくわかるものの、定着した一人称は誰だってなかなか変えづらいものである。
ちなみに理想は『わたし』、せめて『ぼく』にしろ、というのがごリフルの要望のようだが、それに同意するのはさすがに微妙な気分である。
……とかなんとかヴィオが考えていると、リフルが髪を持ち上げて自分の鼻先辺りに持ち上げていた。
「…ね、お風呂はいってきた?」
すぅ…と深く息を吸い、その香りを吟味するようにしてそう尋ねる。
「……失礼な、ちゃんと入ってるよ」
色々と抵抗感は拭えないけれども。
「そう言う意味じゃなくて…すごくいい香りだから…ティオの髪…」
どう言う意味で聞いたのかは分かっている。
けど、ちょいとふざけるような返答くらいはさせてもらいたい。
「ん~と……ハーブと思うけど…わかんないな。…でも、こんな香り好きだな」
「ああこれ。何かは知らないんだけど、結構気に入ってる」
わずかに香る程度のものだが、なんとなく落ちつける香り。
ヴィオの好みにぴったりと当てはまっていたものだ――といっても選んで来たのはシャルなのだが。
まあ、ヴィオ自身はわざわざ自分の髪の香りをかぐなんて真似はしないのだが、一応、この身体になってからはその辺りも気にするようにはしているようだ。
……と言ってもリファとリフル、ついでにシャルから言われてやっているだけのことなのだが。
「……つーか”ティオ”ってなんだよ」
「え? だってヴィオって響きが男の子っぽいじゃない? 音の感じが近くて、女の子らしい名前ってないかなーって思って考えてきたんだ」
そのときのスフィアの微笑みは、悪意と善意がとてつもなく複雑に入り混じったもので、ヴィオは何とも言えない微妙な気分になり、思いっきり顔を引きつらせていた。
「仲いいわね~、二人とも」
「おっと……リファか」
なにやらほほえましいものでも見ていたような顔で、リファが現れる。
当人――特にヴィオの方は微笑ましくもなんともない、むしろ不快感も感じているほどだったのだが、ギャラリー的にはそんなことは関係ないようだ。
「例えるなら、仲のいい姉妹って感じかな?」
「いや、そんな例えんでも……」
「そう?」
「じゃあ、リファ姉もいれたら三人姉妹だねっ」
これ幸いと再び……今度は横から抱き付いてくるリフル。
ヴィオは、心の中でもう勝手にしてくれ、と半ばあきらめの境地に達しかけていた。
「そうね…じゃあ、私が長女でティオが次女でスフィアが三女かしらね」
正直なところ、今朝のグレイとシャルの出来事もあり、その上さっきからこのペースの真っ只中にいるせいか、ヴィオは午前中にも関わらず精神的にかなりの疲れを感じていた。
むしろ今日一日出歩いてる間、精神力が持つかどうかも怪しくなってきている気さえする。
「でも、”ティオ”か……かわいい名前よね。 ヴィオ、今日からそう名乗ったら?」
「リファ……お前もかよ……」
名前を変えたからといって、悲しいとかそんな気分には特になることはない。
が、それまで自分という存在を示す記号であったものが取り換えられるというのは、少なからず色々と考えさせられる事である。
……丁度いいかもしれない、とは思う。
元に戻りたいという想いと、この姿で生きていくのも一興か、と思う心。
二律背反する意識が自分の中でせめぎ合っていて、早いうちに自分の中の決着をつけておきたいとは思っていた。
……名前を変えるだけですべてに決別できるわけはないのだが、きっかけくらいにはなるかもしれない。
エミリアが『元に戻せる見込みはない』という一言をはっきりと真っ先に言われたせいか、不思議とあきらめてもいいかもしれない、という想いはすんなりと頭の中に入り込んできていた
「………ティオ……ティオ、ね。 呼ばれ慣れるまで、時間かかるかも知れねーけど」
「おや、意外と物分かりのいいことで」
「さて、な」
色々考えた末の結論だとは、言わないことにしたヴィオ――いや、本人が納得した以上、もうティオと呼ぶべきだろうか。
すべてに納得したわけではないのだが、今は”慣れる”方の道を選んだようだった。
「…………」
「リファ? どうした?」
ふと、リファが無表情にティオの顔を見つめていたことに気づく。
……無表情なのだが、どこか複雑な想いが渦巻いていそうな目が、妙に印象的な姿だった。
「ううん、なんでもないよ、ヴィ――ティオ」
「そうか? ……まー、俺も複雑なのは否定しないけどな。 戻る方法探すより慣れる方が楽だろうし……な。
それより、今日はどうすんだ? 買い物付き合えなんて言ってたけど」
なんとなく、このままでは延々とここで動かないまま日が暮れそうな気さえしてきたのか、ティオは切り出す事に決めた。
何よりも、このままの空気に続かれると精神衛生的にあまりよろしくないと思ったことが強いかもしれない。
「っておい! 俺を置いてくなよ!」
と、その時…噴水の裏からアースが現れる。
かなりあせったらしく顔の方は言葉では形容しがたいほど引きつっていて……ここまでくれば、逆に笑えてしまうくらいだった。
「なんだ、いたのかアース」
いたと分かっていたからこそ、あえて行こうとしてみたというのは秘密である。
「なんだは無いだろ!? そっちで勝手に男が入りにくいような空間作ってからに!!」
………なら―まぁ体の方は女だが―まだ男としての意識が十分に残っているのに話の中心に立たされていた俺の立場はどうなる。
と、気に障ったらしいティオだったのだが……そこで見せた表情は、笑顔だった。
「……いこっか、女三人で街回るのもいいだろ」
「お~い! こら! だからおいてくな! おいてかないで! つれていってください!!」

ある意味いつもどおりな休日が、始まろうとしていた。




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