※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。



「んじゃ、またな」
日も傾き、空が赤く染まるこの時間。
ティオはリファと彼女の自宅までの帰路を共にし、彼女が玄関の扉をあけるところまで見送っていた。
これは今までの習慣どおりの行動で、今更特別なにかを思うようなことでもない、あたりまえのこと。
男として、彼氏として、彼女を安全に最後まで見送るのが当然だとしてきたことだった。
「…………」
リフルとアースの二人は、すでに途中で別れている。
なんということはない、二人ともリファとは家の方向が違う――それだけのことで、その別れもまたいつものことだ。
「どうした、リファ」
そんないつもどおりの流れの中で、違ってくる現実。
既に今までと違っている光景が目の前にあるがゆえに、リファもこの先の行動は素直に続けることができないでいた。
――ティオも、それは察しているのだろう。
口では何の気もなく言葉を発しているが、”ヴィオ”であった自分がここにはいないという事実は、確かに認識しているのだ。
「ヴィオは、さ……女の子のままでもいいって、思ってるの?」
そして、そのまま静寂が続くかと思われたその時、不意にリファが口を開き、呟くような声でティオ――
いや、ヴィオに向かってそう語りかけていた。
女性としての流れを受け入れているような”彼女”ではなく、彼本来の意志を聞くために。
……そして、考えこむように眼を閉じるヴィオ。
現実と本心――
それらが衝突しあうのが今のこの状況。
「……ま、これまで男として暮らしてきたわけだから、色々と不自由はあるのも確かだし、できればとも思ってる」
そしてそんな中では、結果的に出さざるを得ない結論は一つだけだと彼はすでに気づいていた。
だからこそ、口にしづらかったことでもあるのだが……
「けど実際問題、手立てがない。 このままでもいいとは思ってないけど、このままやってくしかないのが現状だろう」
「…………」
ヴィオが言葉を続けるごとに、平静を装っていたリファの顔に、かげりがちらちらと見え隠れしている。
冷静に現実を見ている彼氏のその姿が、ひどく遠いところにあるように彼女の眼には映っていた。
「……下着買いに生かされる最中に、リフルに聞かれたよ。 リファとの関係はどうするのかってな」
「――!?」
少し、驚いた。
おそらく丁度同じタイミングで、自分もアースから同じことを尋ねられていたからだ。
喫茶店で話した時も、結局明確に答えなんかは出ないままだった。
「俺にとってお前との時間は、楽しいし嬉しい。 だから恋人なんて関係をやってる」
「……」
「けど、今のこの姿じゃ周りからどういう目で見られるやらわかったものじゃない。 それだけが気になるところだけどな」
――ああ、やっぱりそこなのか。
リファは、アースに同じ言葉を返した自分を思い返していた。
相手の姿が変わっても、心までは変わらなかった自分。
変わったのは自分の姿だけで、相手は何も変わっていない、ヴィオ。
相手に抱く気持ちが変わると言うなら、それは自分の方だ
けれど、自分は何も変わらなかった――ただ、困惑だけが残されただけで。
……それなら、ヴィオの気持ちは変わるのだろうか?
自分は変わっていないのだから、きっと……
そう信じているけれど、立ちはだかるのは周囲の目。
自分たちじゃどうしようもない領域だ。
「まぁ俺は別にどう見られてもかまわないけど、お前が変に扱われるのはイヤだからな」
「……え?」
思考の海にはまり込んでいたリファの耳に、ふととどくヴィオの一言。
自分はどう思われてもいいけど、相手まで巻き込んでそうなるのは望んでいない。
自分も、同じことを思っていた――いや、アースとの会話の中で、気がついた自分の意思だ。
……ヴィオも、同じ事を考えていた。
「まぁどっちにしたって、会えなくなったわけじゃないだろ。 姿は変わっちまったけど、俺はここにいるしお前もここにいる。
恋人を続けるかどうかは、保留でいいんじゃないか? お互い、忘れられないならな」
にっ、と少しいたずらっぽく、しかし爽やかな空気も交えた笑顔を見せるヴィオ。

――ああ、やっぱり変わってない――

”彼”でも”彼女”でも、どっちにしても、なんだかんだと理屈を並べても、いつものヴィオだ。
見た目は変わっていても、その笑顔は変わっていない。
「――うん、はっきり決めちゃうのは、早いよね」
関係が壊れたわけじゃない。
続けてもやめても、どっちにしても少し変わるかもしれないけれど、一緒にいられなくなったわけじゃないのだから。
「よし、ようやくましな顔になったな」
リファがそう結論付けた時、ヴィオのそんな一言がその耳に飛び込んだ。
一瞬キョトンとして思考が停止してしまったが、その一言の意味について思い当たると、少し焦ったような顔で口を開く。
「……私、そんなひどい顔してた?」
「まぁ、悩んでくれたのは少し嬉しくはあるがな」
笑顔のまま皮肉っぽくそう口にするヴィオに、リファはなんとなく恥ずかしくなり視線を下に逸らした。
こういうセリフを天然で言ってるのだから、性質が悪い――
今まで何度思わされたか分からない事だが、本当にそう思ってしまうのだから仕方ない。
「――リファ、少ししゃがんでくれるか?」
「え? う、うん……?」
半ば動転していたこともあったのか、その言葉の意味することも深く考えず、言われたとおりに少し足を曲げる。
そして丁度ヴィオと背を合わせるような位置で止める――と……
「んっ……!?」
不意に、唇を重ねられた。
一瞬で離す、軽いものではあったけれども――
「背を伸ばすか、顔をおろしてもらうのはお前の方だったんだがな――そこは少し情けない気分、か」
はっと我にかえって、真っ先に目に入ったヴィオの顔は、照れ笑いや色々な感情が混ざりあった複雑なもので――
「……じゃあな、また明日!」
「…え、あっ……」
それ以上に、自分の行動が恥ずかしかったのだろうか。
最後にそう言い残すと、ヴィオはリファの言葉も待たずに走り去って行ってしまった。

<前へ     次へ>