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―3―



「プリズムヒルズの魔女、レア・リズリッドか……」
あれから数日後、ブルーフェザーでのアルバイトを終え給料を受け取ったティオは、その足でリファ、リフル、アースの三人と合流して、湊町フローナへの馬車に飛び乗っていた。
ギルドとしても、個人としても初めての北部への遠征だが、その分準備だけはしっかりと整え、リファ達との合流時に持ってきてもらったそれを受け取っている。
それから馬車に揺られて暫くたち、フローナにたどり着いた頃には随分と日も傾いていた。
さすがにアルバイトが終わった後の移動なので、日が暮れなかっただけよかったと思うべきだろうか。
今は明日始発の北部への定期船に乗るために、フローナの宿の一室を借りている。
『話は通じるかもしれないと言っても、人間に対して友好的ではない事は頭に入れておくのじゃぞ』
要するに期待はするな、無理と判断したら逃げろということだろう。
ふと思い出したエミリアの言葉に、不安が募る。
今の自分達の実力で、正面から戦っても勝てる相手とは思えないのは確かだ。
「…………」
手桶に冷水を溜め、頭から被る。
時間も遅く、誰もいない風呂屋の中。
少女がひとりで、いきなり何事かと思われる行動だったが、ティオには元に戻る以前の心配事があった。
確かに重大な状態ではあるが命に関わるようなものではない。
そのために、仲間を巻き込んで世間では魔女と恐れられているような存在に頼りに行くのは、お門違いなのではないか、と。
「いい加減慣れてきたしな……」
着替えやら風呂も最初ほど戸惑うようなことはないし、今日までのアルバイトのだめ押しもあってか、周囲からの視線にも特に思うところもなくなってきた。
戻りたくないかと言えば嘘になるが、仲間を危険にさらすくらいなら別にこのままでも……という気持ちも確かにあるのだ。
「別にリファと会えなくなったわけじゃないし……」
以前は一緒にいられるだけでもいいとは言ったが、全く気にしていないかと言えば嘘だ。
いずれはプロポーズくらいするつもりでつきあっていただけに、同性になったのは十分引け目になってしまう。

……と、バイトの忙しさで最近忘れかけていた感情を思い出していたその時、ガラリ、と近くで戸の開く音が聞こえてきた。
――……誰か来たか……――
現状ティオが外泊を避けたい理由の一番は、旅費云々ではなく、風呂だった。
金なら出先で仕事をすればいいだけの話だが、支援士などという汚れるのが当たり前の仕事をしていれば、身体は洗える時に洗っておかないと色々と不衛生極まりない。
一般人からも汚れたまま放置などあまりよくは思われないために、外泊先でも倫理的に欠かすことはできない。
……さすがにこの姿で男湯に入るような暴挙はできないわけで、こうして真夜中か早朝を選んでいるのだが、まあ誰か入ってくるときは入ってくるわけで。
「あら、お嬢ちゃんひとりかしら?」
「ええ、まぁ」
なるべく視線を向けないようにしながら、身体を洗う。
戸が空いた時に思わず一瞬目を向けてしまったが、湯気でぼやけた視界の中に見えたシルエットからどうやらリファやリフル……というわけではないらしい。
一瞬だったので判断はつかないが、リファよりもう少し大人な女性だろう。
馴れ馴れしいというか、この状況で話しかけてこられるのは迷惑以外のなにものでもない。
向こうは向こうで大した意図はないのかもしれないのだが、色々とやっかいなことにはかわりないのだ。
「あら、無愛想な子ね。 おねーさん悲しいわー」
銭湯ではち合わせただけの見ず知らずの相手に、いきなりこんなふうに馴れ馴れしく話しかけてくる方もどうかと思いますが。
と思いっきりつっこみたくなったが、ここで余計に口を挟むと今にも増していろいろと話しかけてきそうなので、とりあえず黙って耐えることにする。
「……ん?」
ふと、視界の隅に入ってきた女性の髪に妙な既視感を覚えた。
ブラウンのやや癖っ毛……と言うとまぁどこにでもいるものなのだが、自分の連れにも同じ特徴をもつ女性がいる。
普段からブラウンの少し癖のある髪をサイドテールでまとめた姿をしているのは――
「…………」
おそるおそる、女性がいるであろう後方へと顔を向ける。
なにかしらの期待をしていないといえばウソになるが、それ以前にティオの中身は男性である事を知っている彼女であるのなら、この風呂場にはいる前にかならず一つ行動をとっているはずなのだ。
「……リフルか?」
思い切って閉じかけていた目を開いて、その女性の姿を自身の瞳に映す。
そこにいたのは案の定、ブラウンヘアーの髪をした女性が――さも当り前のように、バスタオルで体を覆っている姿だった。
――直後
「あったりー♪」
ぼふっ、という音でも聞こえてきそうな感じで煙にも似た魔力の渦が女性の身体から噴き出し、その次の瞬間にはいつもどおりのリフルの姿がそこにあった。
……せかせかと、身体が大人の姿からいつもの大きさに縮んだ拍子に緩んだバスタオルを直しているのはある種滑稽だが、さすがに直視はするつもりはないのかティオは視線を手元の桶へと戻していた。
「ったく、何してるんだお前は」
「リファ姉に頼んで”ちょっと大人な”私の姿に変えてもらってたのよ。 こうやって使う分には楽しい道具だよねー」
あはは、と笑いながらそう口にするリフルだったが、ティオの精神的な疲労がものすごいいきおいで積みあがっていくのが目に見えて明らかである。
というか、いくらバスタオルを巻いているからといってこういうイタズラに出るとはどういう神経をしているのやら。
「……遊んでるだけならさっさと部屋に戻るか湯に入るかしたらどうだ」
はぁ、とやや深いため息をついてそう口にしながら、自分は湯船につかるティオ。
リフルはどちらかと言えば普段何を考えているかわからない部類に入るだけに、こういう時の対応はやや受け流し気味になるのが常であった。
「まぁちょっとあったまったら戻るつもりだけどね、ティオってばまた余計なこと考えてたんじゃないかなーって」
「…………」
時々鋭いのが、この少女の油断のならないところだ。
まぁそれなりに長い付き合いにはなっているので、多少の思考パターンなどは読まれても仕方ないかもしれないのだが……
「思いつめてると結構顔に出るんだよ、ティオって。 どうせあたし達への心配とかでしょ」
「悪いか?」
なんだかんだと言いながら、全員が大切な友達で仲間。
言ってしまえば、今回の遠征は自分の身体のためだけのものであり、全員につき合わせるような強制力は皆無である。
それでもついてきてくれているのはありがたい限りではあるが、目標はあのプリズムヒルズの魔女だ。
危険極まりない賭け、としか言いようのない旅につき合わせるのは、やはり後ろめたいものがある。
「まーあたしとしてはティオがティオのままだろうが別に構わないんだけどさ。 やっぱりリファ姉の彼氏さんなんだし、どうせならうまくいってほしいって思ってるから」
「……そいつはありがたいね」
「アースも同じだと思うよ。 二人の関係をずっと見守ってきた仲なんだし、やっぱりちゃんとゴールインしてほしいよねぇって話で」
あはは、と軽い調子で語るリフル。
アースに関しては、正直な話リファよりも付き合いが長く、彼女とそういう関係になってからもずっと変わらずに親友として近くにいた一人だ。
また、リフルとリファもティオとアースと似たような関係であり、お互いに親友としてわかり合っているような空気は漂っていた。
「ま、話せばわかる相手って言うんだし、余計なことしなければきっと話くらい聞いてくれるよ。 ダメそうだったらさっさと退散すればいいだけだし、何もしないよりかは後悔も無いと思うけど?」
そんな言葉だけで済めばどれだけ楽なことか……
再びため息でもつきたい感覚を覚えたティオだったが、リフル自身の言葉で、彼女がどう思いついてきているのか――
それを聞かされて、少しだけのしかかっていた重さのようなものが軽くなったような気がした。
……同時に、感謝の念からだろうか。 ますます、守らなければならないな、というまた別のプレッシャーがのしかかってきたのは言うまでも無い事なのだろうか。
「ま、別に今すぐ行く必要も無いんだし、ヒルズに行くのはまた実力をつけてからの今度にして、今回は北部への観光だけで終わらすってのもありだよね」
「……・そうだな、考えとくよ」
そういえばそうか、と、さも当然のような事に妙に納得する。
プリズムヒルズの魔女と言えば、数千年以上生きているという――まぁ人間に近いかもしれないが、明らかに人間ではない存在だ。
そんなものが早々殺されるようなことはないだろうし、対話に自身がないのなら今は後回しにしてもいいかもしれない。
――少し、気が逸りすぎていたのかもしれないな――
なんとも情けないような気分になり、ティオはぶくぶくと口元まで湯の中に身体を沈めていた。


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