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「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
『―滾るは心――燃えるは魂――我が力、内なる灯火と共に――』
立ち上がり、力の限りの咆哮を上空の太陽まで轟かせるようにあげるゴーレム。
全身の力を抜き、何かの詠唱のような言葉を小さく口にするティール。
ディンは剣を構え、ゴーレムの咆哮のプレッシャーに耐えつつ、”嵐の前の静けさ”を地で示すような状態のティールに目を向けていた。
「!!」
一歩早く、ゴーレムが動き出し、一気に二人の下へと接近する。
「ティール! 来るぞ!!」
「オオオオオ!!」
そして振り下ろされる拳。 その軌道は、確実に二人まとめて押しつぶすもの。
自分たちのすぐ後ろには、気絶したエミリア。
避けては彼女に攻撃が向かってしまい、それがとどめになる可能性もある。
―受け止めるか、弾いて軌道をそらすしかない。
ディンはそう結論付け、相手のその腕に攻撃を叩き込むことに意識を向けた。
――刹那
『――ブレイブハート!!』
だらりとただ立っていただけだった全身に力を込め、今にも手の平からこぼれ落ちそうだった槍を強く握り締め……
そう叫びながら、ティールがディンの剣より一歩速く、その槍を振るった。
「ガッ!!?」
「なっ!?」
その瞬間、青白い炎が迸り、振り下ろされるはずだった腕は、逆に真上に弾き飛ばされる。
出しかけた剣も止めてしまい、何が起こったのかわからず、目を見張るディン。
だが、その状況は、彼の脳が認識するその前に動きを見せていた。
F(フレア)クロスブレイク!!」
先程ティールが一撃を叩き込んだ胸元に、再び目に映った青白い炎が、十字を描くように走り、その身体にヒビを刻み込むとともに、若干後方に押し戻す。
「ディン!!」
「! あ、ああ!!」
一瞬遅れて飛んできた声で我に返り、慌てるように、それでも冷静に剣を構えなおすディン。
そして、一呼吸おく暇も惜しむかのように、ティールが攻撃を叩き込んだその場所に、さらに<rubi>神の一閃<rt>ディヴァインスレイ</ruby>を撃ち込んだ。
「オオ……」
一瞬ゴーレムがよろめき、その隙に、改めて乱れた呼吸を整える。
そして、状態の確認の意味も込めてすぐ横にいるティールの方へと目を向ける……と、
「……炎…?」
彼女の全身、そしてその手の武器を包むかのように、青白い炎が巻き起こっていた。
黒真珠(ブラックパール)のようだった敵を見据える鋭い瞳も、藍昌石(カイアナイト)のような蒼い輝きを放っている。
「ディン! 前に跳んで!!」
ディンが思考しかける前に飛んでくるティールの叫び。
その一言に”何”という意識も無理矢理飲み込み、指示された通りに前方へと飛び込むように走り出す。
「オオオオオオ!!」
直後、背中の辺りにゴーレムの鉄拳が降り下ろされ、かろうじて回避したディンは、相手の股下をくぐるようにして背後に回り込んだ。
―その一瞬、視界の端の方で、抱えるようにエミリアを持ち上げていたらしいティールが、部屋の隅に寝かせるようにして下ろす姿が目に入った。
今の一撃から、そしてこの後の攻防から避難させたのだろう。
「はああああ!!」
それなりに離れた距離である事にひとつ安心すると、その巨体を自分達の方へ向けようとしているゴーレムの足めがけて、一撃を加える。
「グゥ…オオオオオオ!!」
その行動に反応するかのように、身体をディンの方へと向けようとするゴーレム。
しかし、その行動速度は見た目よりは速いかもしれないが、それでもすぐそばにはりついているディンの方が上らしく、絶えず背後をとるように足を動かし、踏み潰されるか否かの瀬戸際ながら、何度も剣を叩きこんでいく。
……が、しかし。
「なっ!!?」
ゴーレムは業を煮やしたのか、突然力を溜めるようにかがみ込んだかと思うと、そのまま真上に向かって跳び上がった。
……すぐに走り出せば、落下してくる敵は余裕で回避できただろう。
しかし、あまりの重量が飛び上がったその反動で一瞬地面が揺れ、ディンは軽くバランスを崩していた。
「ブレイブチャリオット!!」
…まずい、そう思った時、ティールの声が耳に飛びこんできたかと思うと、先程と同じように、高速で走る一筋の矢のような勢いで、一直線に炎に包まれた彼女の槍が落下してくるゴーレムの真芯をとらえ、その落下の着地点をディンの立つ位置からそらした。

ズゥゥウウン……

あまり現実味があるとは言えない轟音を立てて、バランスを崩したゴーレムは着地を損ね、そのまま地面に倒れ込んだ。
「右足!!」
ここまでくれば、もういちいち驚いて呆けるような事もない。
空中で攻撃を叩き混み、まだ宙に浮いているティールの声にディンは即座に反応し、起き上がるその前に自らの射程に入る位置まで走り、その勢いと全体重を振りかぶった剣に乗せ……
「ディヴァイン・フレアブレイド!!」
自らの持つ火の能力効果と、ディヴァインスレイを重ねた渾身の一撃。
それを叩きこまれたゴーレムの右足は、今まで彼に打たれ続けていたダメージの蓄積も重なり、斬りつけられた場所から大きく割れ、そのまま崩れ落ちていく。
「ブレイブスピア!!」
それと同時に、後方から地面に降り立ったティールが、集束した全身の炎を、槍の突きに乗せるようにして撃ち出した。
その『投擲槍』は、崩れ落ちた方とは逆の足―右のそれと同じく、ダメージが蓄積していた箇所に突き刺さり、そのまま的中部を破壊する。

「オ……オ………オ……オオオオオオオオ!!」
「! ディン、離れて!!」
両足を失い、移動不能となったはずのゴーレムだったが、それでも腕の力で身体を持ち上げ、支える手とは逆の腕で、ディンを捕らえようとしていた。
しかし、ディンの反応の方が僅かに早く、即座にその腕が届かない位置まで後退する。
「オオオオオオオ!!」
これでひとまず攻撃を受ける事はないだろう……そう思ったその時、ゴーレムは顔にあたるだろう部分を二人へと向けると、徐々に全身の白い光を強くし始めていく。
「……アレか!?」
この動作は、先程エミリアを吹き飛ばした時と同じ――すぐにでも『口』が開き、『魔砲』を撃ってくるだろう。
そう考え、ディンはそれを回避するための体勢をとる。
一度目にしただけだが、あれは相当な攻撃力を持っているというのはわかる。
魔法に対する防御能力が脆弱なパラディンナイトとブレイブソードの自分達では、いくら体力があっても一気に削られてしまう……そう考えての行動だった。
「……ティール!?」
だがそれに反するかのように、ティールは地を蹴り、瞬時にゴーレムとの距離を詰める。
それを確認したのか、ゴーレムは照準をティールの方へと固定するように顔を動かし、ゆっくりと『口』を開いていく。
「至近距離であんなもの食らったら……! わかってるのか!!?」
ディンの制止の叫びも聞かず、むしろ砲を打ち出す顔に接近していくティール。
ただその表情は、『待っていた』と言うかのような自信に満ちた笑みを浮かべているようだった。
「これでも、食べてろ!!」
そして、今にも発動するというほどに敵の身体の輝きが強まったその瞬間。
腰のベルトから下げていた中程度のサイズの皮袋の封を解き、その中に自らを包む炎を撃ち込むと共に、そのまま開いた口の中に叩きこんで、即座にゴーレムの懐から後退する。
『ブレイブハート』の効果だろうか、パワーだけでなく、スピード自体もさらに強化されているようで、その一連の動作は、それなりに動体視力が鍛えられていない者には、何をしているのか分からなかったかもしれない。
「な、何を…?」
「すぐ、わかるよ」
ディンの元に舞い戻った瞬間、ティールの全身を包んでいた炎が消滅し、その瞳の色も元の黒いものに戻る。
それは、『もう終わった』という一言を、態度で表しているかのようだった。
「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
咆哮と共にゴーレム『口』の中の光が集束し、『魔砲』が撃ち出されようとする。
ティールは涼しい顔をしてその光景を眺め、ディンは強く身構えている。
……その瞬間
「なっ!!?」
ティールの『チャージストライク』『ブレイブチャリオット』、ディンのディヴァインスレイによる攻撃を何度か受けた、身体の中心部の亀裂から何かが爆発したような轟音が響き、同時にどこかで見たような炎と共に、亀裂を中心にその体が崩壊を始める。
「まさか……エミィのフレアボム……」
ふと、先程彼女に駆け寄った時の事を思い返す。
確かに、その時エミリアの懐からなにか皮袋のようなものを取り出しているような行動をとっていた。
「私の火を爆弾袋の中に入れて、そのまま口の中に叩き込んだ」
「……ちっ……俺の周りの女はムチャクチャなやつしかいないのかよ……」
「内部で爆発させれば、ヤツ自身の魔砲も暴発する。 さすがに、もう再生するまでは動かないよ」
この世に存在するモンスターは、種によって周期は違えど、たとえ息絶えても必ず『再生』する。
それでも、即座に再生する事はなく、この場はひとまずかたがついた、と考えて間違いは無いだろう。
……ゴーレムの身体は崩れ落ち、後には白く淡い光を放つ岩の山が出来上がっていた。

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最終更新:2007年04月08日 20:24