「ぐぁあああああ!!?」
「おいヘイド!なにやって・・・ぶるぁああああああ!!?」
新米支援士であるヘイドとルドは、酒場のマスターの進めに従って向かった先のリエステール東街道で、トカゲ人間のレムリナムと激戦を繰り広げていた。
だが、現在の攻勢はというと2対1の状況にも関わらず、ヘイドとルドが防戦一方の上、なぜ殺されていないのかが不思議な程のボコボコな有様だった。
「シャァアアアアアアア!!」
「くっ!おいヘイド!いつまでも寝てるんじゃねえ!根性みせろや!」
「くそー!痛ってーな!レムリナムがこんなに強いなんて聞いてないぞ!」
レムリナムの後ろ回し蹴りを喰らって吹き飛んでいたヘイドが、蹴られた箇所を擦りながらルドに文句を言う。そして、文句を言いながら顔を上げた瞬間、目の前にレムリナムが迫って来ていた。
「シャァア!!」
「ちょっ、待ってくれよ!まだこっちの準備がごふぁあ!?」
人間はサンドバック。と言わんばかりに、レムリナムは慌てふためいて何事かを叫ぶヘイドの腹部に、アッパー気味の拳を叩きこみ、さらに浮いたその体に振り向きざまの尻尾の一撃を放った。
尻尾の一撃を受けて、悲鳴を上げながら吹っ飛んでいくヘイド。しかしその先には、加勢しようと向かっていたルドの姿が―――
「はぁ!?ちょっと待て!なんでこっちに・・・げばぁあ!!?」
さらに上がる悲鳴。ぶっ飛んできたヘイドの巻き添えを喰らい、もみくちゃになりながら仲良く吹っ飛んだ2人は、そのままの勢いで地面に激突し、ぐったりと倒れて動かなくなった。
そして、地面にぶつかって倒れこむ2人を見て、レムリナムは勝ち誇ったような雄たけびを上げたのだった。
「どうしてこうなった」
レムリナムにボコにされて街に帰ると第一に、ルドは膝を付いてそう呟いた。
「ありえねぇ・・・。俺達は強いはずだぞ。なんであんなトカゲ一匹に苦戦するんだ?」
「待てよルド!諦めるのはまだ早いぜ!」
膝を吐いたまま唸るルドをヘイドが元気づける。
「本当の俺達の実力を出したらあんなトカゲなんか楽勝だけど、それだと可哀そうだから手を抜いてやっただけさ!」
なんだかよくわからない事を言いだしたヘイドの言葉に、ルドははっとして顔を上げる。
「そうか・・・、そうだな。あまりにも可哀そうだったから手を抜いてやったが、あそこまで舐められたらしょうがねぇ」
「そうさルド!あのトカゲに、俺達の真の力を見せてやろうぜ!」
「ふっ・・・、上等だ。あのトカゲには地獄というものがどういうものかをたっぷりと教えてやるぜ!!いくぞヘイド!」
「おう!」
―――で、
「ぎゃぁあああああ!!ちょっと待て!待てって言ってるだ―――げふぅ!!」
「ギブギブ!ギブだって!すんません調子こきましたごめんなさぎゃーっ!?」
「シャァアアアアア!!」
「「ひぃいいいいいいい!!?」」
・・・・・・・・・・・・。
「まただよ(笑)」
「なぁ・・・、もしかして俺達って、相当弱いんじゃ・・・?」
「言うなヘイド。言わなければ聞こえないし現実からだって目を背けられる」
「あ・・・あぁ、そうだな・・・」
リベンジと意気込んで殴りこみを図り、再び同一人物(?)と思われるレムリナムのサンドバックになった2人は、全身が傷だらけのボコボコな有様のまま、逃げ帰った酒場のテーブルに突っ伏していた。
周りの支援士達から投げかけられる優しい眼差しが痛い。
「・・・苦戦するとは思ったが、まさかボコボコにされるとは思わなかったな。悪い。儂のミスだ」
「・・・おっさん、それフォローになってないぜ」
「あぁ・・・聞いてるだけで虚しくなってくる・・・」
酒場のマスターの言葉がグサグサと突き刺さってさらにヘコむ傷心の青年2人。
『ドンマイドンマイ!そんな時もあるさ!』
『そうだぜ!たかがトカゲに負けたからってくよくよするな!』
「「やめろぉー!俺を見るなぁー!!」」
周りの支援士からの温かい励ましの言葉が雨あられと降り注ぐと、心を蜂の巣にされた哀れな2人は耳を塞ぎながら取り乱し、その場にがっくりと崩れ落ちた。
「そんなに落ち込むな。寧ろ、自分達の実力がわかってよかったじゃねぇか」
「負けてねぇ。勝負を預けただけだ」
「おっさん何を寝ぼけたことを言ってるんだ?」
「・・・。まだ認めない気か?」
「「耳を塞げば聞こえないし、現実からだって目を背けられる」」
しれっと声を合わせた往生際の悪い2人を見て、周りで見ていた支援士達が「うわぁ・・・」という顔になる。
これにはさすがの酒場のマスターも顔を引きつらせて溜息を吐いた。
「おいおい・・・、まぁ負けん気の強さは評価するが、しかしレムリナムに負けるとなるとだな・・・「負けてねぇ」「おっさん何を寝ぼけたことを言ってるんだ?」そうだな、まずはお前ら人の話を聞け」
聞く耳を持たない2人に呆れながら、酒場のマスターはカウンターに置いてあった依頼帳簿から、1枚の依頼書を取りだして「ほらよ」とテーブルで不貞腐れている2人に差し出しだすと、「なんだよおっさん。お使い系の依頼はごめんだぜ?」とルドがテーブルにつっぷしたまま言うので、苦笑いのまま酒場のマスターは「いいから見てみろ」と2人を促した。
しぶしぶと2人が依頼書を除きこむと、それを見るなり、ルドが眉を潜ませながらマスターに顔だけで向き直る。
「スライムの粘液の採取?」
「そうだ。レムリナムに負け・・・じゃねぇな、引き分けるくらいの腕前でも討伐がしてぇってんなら、手軽にできるスライムの討伐が1番いいだろ」
負け、まで言いかけてルドとヘイドが口を開きかけたので、引き分けと言いなおした酒場のマスターは、そう言ってテーブルに置いた依頼書をこつこつと叩いた。
それに今度はヘイドが手を上げた。
「そのスライムってのは、どれくらい強いのか?」
「まぁ、はっきり言うと雑魚だな。どんなに弱い奴でも、余程の事がない限りはぶん殴れば倒せるだろ」
だからお前らでも大丈夫だろ。と、酒場のマスターが言おうとした瞬間、ルドが椅子から立ちあがって猛然と食いかかった。
「未来の凄腕支援士の俺達に、ちまちまとそんな雑魚の粘液を集めろっていうのか!?」
「いやだからお前ら―――」
「そうだぜ!もっとマシな依頼を出してくれよ!」
「・・・・・・」
ルドに続きヘイドまでが食いかかり、ダダをこね続ける2人にどうしたものか、と困ったようにガシガシと頭を掻く酒場のマスター。そこでついに酒場のマスターを見かねたのか、近くでずっと一部始終を見ていた支援士の1人が口をはさんだ。
「ねぇ、ちょっといいかな」
「ん?なんだよあんた」
「たかがスライム。って思ってるかもしれないけど、甘く見たら駄目だよ。スライムは冒険譚に出てくる支援士や冒険者が最初に通る道。すべての始まりはスライムからって言われるくらいだからね」
それに、と支援士は続ける。いつの間にか、ルドとヘイドはその支援士の話に聞き入っていた。そしてその周りにいた支援士達は、なぜかなにかを堪えるようにぶるぶると背中を震わせていた。
「この依頼をどれだけ効率的に達成できたかで、その支援士が将来有望なのかどうなのかが分かるって話を聞いたことがあるよ。ここはマスターの話を聞いて、どれだけ自分達が優秀なのか、試してみたらいいと思うけど」
支援士が言い終わると、僅かな沈黙の後、それまで話に聞き入っていたルドは口元を釣り上げて笑った。
「ふっ・・・そうまで言われたら仕方がないな。なぁヘイド」
「ああ、そうだな。そこまで言われたんじゃあ、仕方がないな」
そしてお互いに頷き合う2人。
「行くぞヘイド!即行でこの依頼を終わらせて、俺達が将来どれのくらい有望なのかを周りの連中に教えてやろうぜ!」
「おう!俺達の強さ、見せてやろうぜルド!!」
お互いに意気込むんだルドとヘイドはテーブルの依頼書を鷲掴みにして自分の荷物に突っ込むと、勢いよく扉へと突撃して、外へと飛び出していった。
ついでに2人に勢いよく激突された扉からは嫌な音が鳴り、酒場の扉を取りつけていた金具がひん曲がったようで、2人が出て行ったあと扉の片方が微妙に傾いた。
嵐が過ぎ去った後のように静まり返る酒場。
だが次の瞬間、今まで沈黙が続いていた酒場が、咳を切ったように笑いの渦に包まれた。
『いいぞ嬢ちゃん!その冗談最高だっ!』
『スライムがすべての始まりか!ハハハ!確かになぁ!でも有望かどうかはわかんないよな!』『確かに!』
『つーか、あれを信じ込んで突っ走るとは、・・・あれが若さか』『だな・・・』『若いっていいよな・・・』『まてお前ら、俺達だってまだ若いぞ』
周囲からは口々にそんな声が聞こえてきて、ルドとヘイドに言い聞かせていた支援士にやんやの喝采と称賛を浴びせた。その支援士は、柄にもないことをやったせいなのか、周囲の喝采を聞きながら少し居心地が悪そうに苦笑を洩らすばかりだ。
「しかし、お前さんが冗談を言うとは意外だったな」
周りと同じように、しかしその中に安堵も混ぜて笑っていた酒場のマスターが冗談めかしてそう言うと、支援士は銀髪を揺らして苦笑した。
「そりゃあ、ね。私だって冗談の1つや2つくらいは言えるよ。それにさっきの2人はあのままだと、無茶して取り返しのつかないことになってただろうし。下積みをさせるならあのくらい大げさに言ったほうが効くと思うよ」
「おう。そんじゃあ儂も、あいつらには今度からその手を使うとするか」
マスターのその言葉に支援士は小さく笑みを作ると、手元にあったコップの中身を一息で飲み干し、それから「ふぅ」と一息吐いて席から立ち上がった。
「それじゃあ、みんなが待ってるからこれで」
「おう、もう行くのか。・・・お前がギルドを作ってもう半年ぐれぇ経つが、色々と大変じゃねぇか?」
「それなりにね。でも、毎日が充実してるよ」
「そうか、それは何よりだな。あいつらにもよろしく言っといてくれ」
「うん。それじゃ」
支援士はそう言い、酒場のマスターに軽く挨拶をしてテーブルに立てかけてあったハルバードを手に取ると、先程不良青年2人が突撃した拍子に壊れかけてしまった扉をくぐり、昼下がりの街へと消えていった。