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―16―





宿の外は、午前中の太陽の光に満ちていた。
と言っても、すでに日は朝日と呼ぶには微妙なほど結構高く昇っている。
世の奥様方はそろそろお昼の献立を考え始めるくらいの時間帯だろう。
「……しっかりしろ、やることがあるんだ」
屋根の下から日の下に出たディンは、軽く両手で顔を叩いて気分をしきりなおした。
さっきの出来事はどうしても頭の中を抜けそうにないが、いつまでも気にしていてはエミリアの方にも負担になるだろう。
「…どうせぶつぶつ言いながら後悔してるんだろうしな」
ディンのその予想通り、彼女は未だに真っ赤な顔をして布団の中にもぐりこんで微動だにせず、眠るに眠れない精神状態におちいっていたりするのだが、それが『後悔』というカテゴリーに入るかどうかと言えば微妙なところである。
”された”のならまあ仕方ない、で済むかもしれないが、自分からの行動のために簡単には整理しきれない。
「……ま、たまにはいいか、こういうのも」
―別に悪い事があったわけでもない
そんな事を考えながら、目の前にいないエミリアの状態を察しつつ、自分はしっかりと立ち直るディン。
ただ、どことなく嬉しそうな表情を浮かべていたのは、誰の目にも明らかだった、
「あの、すみません」
「…ん、何か?」
そして歩き出そうとした丁度その時、少し離れたところからどこかで聞き覚えのある声が耳に飛びこんできた。
見ると、最北の地、十六夜の衣装に身を包んだ男性が、自分の方に向かって少し急ぐように歩いてきている。
「あなたはエミリアさんのお仲間さんでしたね?」
「ああ、確かにそうだが……アンタ、どこかで会ったか?」
記憶の片隅で、その姿を見た事があるような感覚を覚え、思考を巡らせるディン。
「はい。 先日、酒場でお会いした錬金術師(アルケミスト)のカネモリです」
「…ああ、あの時の…… 俺はディンだ」
ディンは直接会話に参加したわけではないが、すぐ後ろで彼とエミリアのやりとりを聞いていた。
―水の元素というアイテムと、魔獣の牙を交換しているシーンが脳裏に蘇る。
「すまなかったな、あいつの我侭聞いてもらって」
「いえ、それは構いません。 ……それより、エミリアさんが倒れたと言う話を聞いたのですが……」
「……もう広まっているのか」
「稀なる物を必ず手中に収めるという『レアハンター』 ……貴方がたは、恐らくご自分で思われているより、有名だと思いますよ」
―確かに、多少なり名の通った人間が倒れたとあれば、町ひとつという範囲なら噂の広まりも早いかもしれない。
何より、昨日の鉱山からの帰還はぐったりと倒れた彼女を、ディンが背負って、という目立つ姿で、加えて時刻は夕方
……丁度、早めに帰還してくる冒険者や、住民が夕食の買出しなどで外が賑わう時間帯だった。
「それで、エミリアさんは大丈夫なのですか?」
「ん、ああ…疲れが出ただけだ、一晩寝たら回復してたよ」
―心配してくれている人に、無駄に気を使わせる必要は無い。
そう思い、ディンは笑ってそれだけを答える事にした。
「そうですか… では、今はどうしておられるのですか?」
「念のため今日一日は休ませてる。 寝てるか起きてるかは分からんが……302号室だ」
今自分が出て来た宿の、彼女がいる部屋の辺りを親指で差して一言。
「見舞いに来てくれたなら喜ぶよ。 起きてたら退屈してるだろうし、話相手になってやってくれ」
「ええ、そのつもりです。 十六夜の書物を持ってきてみたのですが、喜んでいただけるか…」
「十六夜の? 何の本だ?」
「『竹取物語』という、おとぎ話の書物です」
「竹取物語―」
その話事態には聞き覚えがあった。
十六夜出身というのエミリアの祖母に、昔彼女と一緒に聞かされた話だ。
―ふと、この話に登場する『五つの難題』は、今のエミリアにとっては手に入れたいと思う神器クラスの道具ではないかと考えてしまい、無意識的に笑いがこぼれる。
「ディンさん?」
「ん、ああ悪い。 話は聞いた事あるが、本で見るのは始めてだし、喜ぶと思うぞ」
「そうですか、よかったです。 ……ところで、貴方はどちらへ?」
「ああ、人を探してるところだ。 ……あいつ、ここ(モレク)からすぐ出て行くつもりだと思うし……」
……ディンは可能な限り気楽な調子で言葉にしたつもりだったのかもしれない。
しかしその裏に隠している『想い』は、本人の意に反してわずかに表情に現れていた。
「……なにか深い事情がありそうですね」
「まぁ、な」
カネモリもその様子を察したのか、それ以上は何も聞かずに、ただ頷いた。
「そうだ、そいつを見なかったか聞いてもいいか?」
「ええ、構いませんが、どのような方でしょうか」
「背はこのくらいで、銀色の髪に黒い服と白いコートを着た女だ。 あと、このくらいの長い槍を持ってる」
右手を地面に水平にして肩の下辺りで止め大体の背格好と特徴を、逆の手を頭上まで上げ、彼女が持っていた武器を表すディン。
……その動きは傍目から見れば、微妙に滑稽な姿だったのは本人は知るよしも無い
「…その方なら、先程酒場の方に入っていくのを見かけました」
「間違いないな?」
「ええ、その背丈であの武器……恐らく、正しいかと」
「すまない、助かった」
「いえ。お力になれたなら光栄です」
ディンはカネモリのその言葉を聞くと、軽く礼をして酒場の方へと走り出そうとした。
―かと思うと、思い出したように足を止め、もう一度カネモリの方へと顔を向け、再び口を開く。
「なぁ、アイツの事『レアハンター』って、アイテムマニアみたいに見てるんだろうけど……あいつはそれだけじゃない」
「え?」
「アイツはいつも『夢』を追ってる」
「夢…ですか?」
「遥か北でみられるという『オーロラ』のような自然の奇跡、伝説に残っているような、虹色の鳥、氷の屋敷……そんな誰もが一度は見てみたい、感じたいと思う『夢』だ」
「……そうなのですか……」
「まぁ、ああいう性格なのも確かだし…手に入るものは手に入れたいと思ってるのも確かだから、そんな風に呼ばれるようになったのかもな」
「……見てみたいと思うものを、実際に見に行こうと言える人はそういません。 純粋な方なのですね、エミリアさんは……」
「そう言ってくれると嬉しいね」
「……ディンさんの夢は、彼女の夢を叶える事ですか?」
……一瞬、ディンの周囲の空気が凍った。
カネモリの言葉が耳に入ってくると同時に、先程の出来事が再び脳裏に蘇っていた。
しかしカネモリにとってそんな事が意識にあるわけもなく、ただ微笑んでその様子を眺めていた。
「……俺は、あいつの『盾』…それだけだ」
一度深呼吸をし、意識を整え、それだけを口にする。
「それじゃカネモリ、用が済んだら俺も戻るから、エミリアの事頼む」
「はい。 それでは、また」
今度こそ、ディンは酒場に向かって歩き出した。
ただ、最後のやりとりは、自分にとってもエミリアにとってもヤブヘビだったのではないか、と思い、なんとなく後に彼女と顔を合わせづらくなったと言うのはまた別の話。

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