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Side Rachel

 「お嬢様、厨房で料理長(シェフ)がお呼びでございます。」
「分かりましたわ。すぐに行くと伝えなさい。」
ここはリエステールの閑静な上級居住区、カッパーフィールド男爵家の邸宅。
男爵家の令嬢・レイチェルは使用人の呼び出しに席を立ち、厨房へと向かう。
貴族のお嬢様たるもの、普段は使用人の仕事場に立ち入ることはないのだが…?
「おぉ、お嬢様。お待ちしておりました。」
「アンドレ、例の物は出来上がりましたの?」
「はい、今度こそ喜んでいただけましたなら嬉しいのですが…。」
料理長・アンドレが指し示す調理台の上に置かれているのは、ふたつのチョコレート。
どちらも技巧を凝らした装飾が施され、窓から差し込む光を受けて輝いている。
その手前に、同じ材料で作られたらしい味見用の小さなチョコレートもある。
「……………。」
レイチェルはそれらを色々な方向から見渡し、続いて味見をする。
「…良く出来ました、これなら大丈夫ですわ。」
長身の料理長を見上げ、笑顔を見せる令嬢。
「あぁ…、これこそわたくしが求めておりました、『長い冬を耐え忍び訪れた春の兆しに
ときめく心の形』ですわ♪」
「左様でございますか!? このアンドレ、安堵いたしました。」
ようやくひとつの仕事を成し遂げたことに胸をなで下ろす料理長。しかし…
「…それにしても、ここまで何度も作り直しをするくらいなら、わたくしが自分で手作り
する方が早いと思うのですが…★」
…彼女の呆れた視線の先には、失敗作の可哀想なチョコレートたちが積み上げられている。
「お嬢様!
男爵家のご令嬢ともあろうお方に厨房でお手を煩わせるようなことがあっては、私めが
お叱りを受けてしまいます。
なにとぞ、そのようなことはお言葉になさらぬように…。」
このようなやり取りは、何年も前からふたりの間であったこと。
今さら覆るものでもないので、レイチェルは無言で首を縦に振る。
「それにしましても、お嬢様。
これらふたつのチョコレートのうち、ひとつはお父上に差し上げるとして、いったい
もうひとつはどうなされるので…?」
「それはアンドレが耳にして良いことではありませんわ。
…それでは明日に間に合うよう、チョコレートを箱詰めなさい。」
そう言い残し、厨房を後にする。
(…あぁ、お姉様!
今年のチョコレート、喜んでいただけますかしら?)