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―18―





それは、ほんの少し前……まだ半年も経っていない、ある日のできごと。
しかし彼女の中では、未だ昨日の―いや、数分前の出来事のように、鮮明に記憶の中に残っている。

「随分前に、私の能力―『ブレイブハート』は目覚めていた。 だから、その時は皆の力になれると思っていた」
何でもないような表情でその記憶を語り始めるティール。
「……その日、ある魔物の討伐の依頼が、私の仲間達に届いた。 それは凄く強くて、この世界なら、間違いなくSランクに分類される相手だったと思う」
しかしその声の中には、聞くものに彼女の怒りや恐怖、そして絶望といったものを否応なく感じさせる何かが潜み、口を挟むと言う行為すらも封じ込める。
「今の私なら大丈夫、戦える……そう思った私は、無理矢理みんなの後をついて行った。 みんな、これだけは駄目だと言っていたのも無視してね」
……ここまで、彼女は笑顔混じりに話を続けている。
まるで自分自身のその行為をあざ笑うかのような、自嘲的な笑顔で。
「結局、引き下がらなかった私はみんなに最後までついていった。 みんな、目的地に近付いてくると、あきらめてくれたから」
ここにきて、かろうじて浮かべていたその笑顔にかげりが見え始める。
声のトーンも、より低く、重いものへと徐々に変わっていった。
「でも……力になんてなれなかった。 『魔龍』と呼ばれた龍を相手に、私程度がどうにかできるわけがなかった。
……ううん、目的地につく前の時点で、もう気付いていた。 魔境のそのへんにいる魔物相手にも、私じゃどうしようもない事は」
…それは無表情などという言葉も生ぬるい、その一言を口にした瞬間、これ以上ないというほど、完全に表情が死んでいた。
徐々に、槍を握るその手にも力が入っていくのが傍目にも分かる。
「それを、認められなかったから、認めたくなかったから、最後までついていってしまった。 みんなの足を引っ張ることも気付かずに……」
少し、高ぶり始めた感情を抑えるように、深呼吸をする。
その間に、ディンも喉に詰まっていた息を吐き、改めて聞く体勢を作りだす。
「……『魔龍』は、私の目の前で、みんなを次々と殺していった……私は足がすくんで、動くことも出来なかった。 そんな私をかばって、やられた人もいた……
―もう、やめて……そう思ってようやく身体がいうことを聞いてくれた時には、私と、『英雄』と呼ばれたリーダーだけしか残っていなかった」
少しづつ、苦しそうに息を荒げはじめるティール。
もう、自信の気持ちを落ちつけるだけでも精一杯なのだろう。
「周りで倒れているみんなを見て、私の中は恐いという気持ちより、怒りのほうを強く感じていた。
……その瞬間の事はよく覚えていないけど、怒りが他の気持ちを全部押さえつけてしまった時……
気が付けば『ブレイブハート』を使って、龍の身体に槍を突き立てていた。
……私なんかの攻撃が当たったのは、奇跡だったと思う」
今度は、少しづつ声が小さくなっていく。
それでも、苦しそうな息使いは変わらない。
「……でも、それは全然効いていなくて、龍は何もなかったみたいに私に腕を振るっていた。
その時は、もう駄目だ……そう思ったけど、私は無事だった。 『英雄』が私を抱きかかえて、盾になってくれたから」
一瞬、ディンは心臓が跳ね上がるような感覚を感じた。
……大切な人の、自分との身代わりの死。
昨日まさに、そうなる可能性があったことを、強く思いだしていた。
「……その後すこし離れた所まで逃げて、あの人が私にこのペンダントを渡してくれて……龍が近付いてくるその前に、私に何かの魔法をかけた。
目が覚めた時、私はこの世界にいた……もしかしたら、空間移動の魔法だったのかもしれない」
そこまで話すと、ティールは全身から力を抜き、もう一度深く深呼吸をして、武器を持つ手とは逆の手で、首から下げられたペンダントを握りしめ、祈るように空を仰いでいた。
そして、少し間をあけて、再び口を開く。
「……気付くと、私は、望んでいた『戦う力』を得ていた。
神に匹敵する力を持つ『龍神種』の血は、浴びたり、飲んだ者に力を与えるって言うから……
多分、私が龍に槍を突き刺した時に、少しそれの血を浴びていたんだと思う。」
ティールは、近くに落ちていた大きめの石を拾い上げ、それを強く握る。
石は一瞬で全体に亀裂が走り、次の瞬間には崩れ去っていた。
「……ホント、皮肉だよ……欲しいと思った『力』が、守りたかったもの全部のかわりに手に入ったなんて」
再び、一拍置くように間を開けると、自嘲気味な笑顔を浮かべて、つけくわえるように一言
「ディン、力は急いで手に入れようとしてもダメだよ。 過ぎた力は、何かの犠牲がないと手に入らない」
「……」
「……だから、焦らないで……私みたいに、急いで全てを失わないで……」
その瞳は、まるで懇願するような悲しい光を帯びていた。
目を背けたくなるような過去を受け入れ……ただ、二度と繰り返したくない、という想い。
そしてそんな気持ちを、誰にも味わって欲しくないという、強い願いだった。
「……」
何か言ってあげたい、しかし、何を言えばいいのか分からない……
かける言葉が見つからない、というのは、まさにこの状況かもしれない。
「……私は並んで歩ける仲間を見つけたい……だから、昨日は貴方達と一緒に鉱山に入った。
……でも、まだ誰かと一緒に戦うのはダメみたい…誰かといるだけで、どうしても思い出してしまう……恐くなってしまう……」
「……ティール……」
「だから、私は皆を守れるんだって、自信が欲しい。 手に入れた力もちゃんと使えるようになって……守るための力にしたい」
「それなら、俺達と来いよ。 昨日のは運が悪かっただけだ、ティールなら……!」
張り詰めた空気の中で、話を聞くその間に、ただ言ってあげたくなったその一言。
……自分達を支えてくれた彼女を、今度は支えてあげたいという想いを、ようやく声として出す事が出来た。
しかし、その言葉を制止するように、彼女は手を突き出していた。
「……まだ、ダメ……今は、一人で旅を続けたいから……」
「……そう、か……」
「でも、ありがとう」
「!」
―笑った。
おそらく彼女が始めて見せる、空気を作るためじゃない、本当の笑顔。
まだ少し悲しそうなものが見え隠れしているが、ディンの目には、そう映っていた。
「今度会う事があったら、その時に……もう一度誘ってくれないかな。 その時には、きっと乗り越えてみせるから」
「あ……ああ! 絶対誘ってやる!」
「だから、さよならは言わない。 ……エミィにも言っておいて……また、会おうねって」
そう言って、槍を左手に移し、右手を差し出すティール。
ディンは黙って頷くと、その小さな手の平を握り返した。



「ああ、またな」

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