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―19―






―数日後、河川の町ミナル。
その日も朝日は町中を照らし、水面はその光をうけてキラキラと輝いている。
夜の寒さがまだ残るその時は、今日も皮のせせらぎをバックに、静寂の朝を迎えていた。

「ディン、何をしておるか。 今度はグノルの下層の方にいってみようと言ったじゃろうが」
しかし、今日も今日とて朝っぱらから叩き起こされるディンと、普段から朝は早いエミリアには、そんな静かな空間など全くもって関係ないかのようだった。
「……あのな、前にも言ったが、ちゃんと自分の言った事を覚えているのか?」
「何?」
寝惚けまなこでむくりと上半身を起こし、いつかどこかで見せたような呆れた表情を、再びエミィの前にちらつかせた。
エミリアは、はっと何かに気がついたように一歩後ずさると、気まずそうな目でそんなディンの顔をみつめている。
「俺は慣れたからいいが、ちゃんと自分の行動くらい把握しないと、周りがついていけなくなる」
そしてディンは、以前と全く同じセリフを、今度は目の前にある鼻先に指を付きつけて言い放つ。
言われて昨日の事を思い返したエミリアは、何も言い返せずにただ俯くだけだった。
「ったく、一人で突っ走るなと俺に言っておいて、自分が先走ってどうする」
―やはり、『レアハンター』の通り名は正しいのかもしれない。
彼女の本質を知っている以上、純粋にそうであるというのは認めたくは無いものの、こんなやり取りを繰り返している身としては、そう思いたくもなってくるのだろう。
「す、すまぬ……」
「……ま、もういいよ。 俺も戦闘中はそんな感じみたいだし、おあいこだ」
そういいながらふっと笑顔を見せ、ベッドから足を下ろすディン。
そしてキョトンとするエミリアを放置して立ち上がり、いつもの服と鎧を取り出し、特に彼女に顔を向けることなく一言。
「エミィ、着替えるから先に出てくれ」
そう言う瞬間の表情は、どことなく楽しいという気持ちを周囲に感じさせるものだった。
エミリアにはその顔は見えていないはずだったが、その声の感じから、彼の感情を多少感じ取ったらしく、少し笑って、言葉に従い部屋の外へと出ていった。







「―はい、これでいい?」
準備の出来た二人が渡し舟を借りて向かった先は、いつものようにレイスの工房。
そしていつものように、いつも注文しているアイテムを受け取ると、二人でその中身を確認し、カバンの中へとエミリアが詰め混みはじめる。
「……まーたフレアボムか? 袋の中で引火したら、俺も助けられんぞ」
「大丈夫じゃ、この耐火袋は外からの火を絶対に通さんし、ボム同士こすれて火が飛ぶような材質でもない」
その中の一つの袋だけは外へ出し、エミリアがすぐに仕えるように、と腰のベルトに取り付けるようにひもで結びつけた。
「あ、エミィ。 火をつけるのに便利なのを作ってみたんだけど、試してくれないかな?」
その途中で、そう言ったレイスが一度工房の奥へと向かい、少し机の上を探した後再び二人の前に戻ってくる。
手の中には、何か小さい道具が握られていた。
「”ライター”って言うんだけど、二人がモレクに行っている時に、グランドブレイカーに行ってたって言う支援士からこれと同じものを買い取ってね。
それ自体は壊れてたけど、構造は分かったから作ってみたんだ」
そういいながら、ふたをとって中にあったスイッチを押すと、一瞬火花が散ったあとに、先端に小さな火が灯った。
軽く説明を受けると、火を出す穴と直結している容器の中にある油を使って、火をおこしているらしい。
レイスは扱いには気をつけてね、と言うとふたをしたそれを手渡し、受け取ったエミリアは少し嬉しそうにそのふたを外していた。
「……俺はもう爆弾の巻き添えは食いたくないぞ?」
その様子を見ながら、皮肉っぽくレイスに向かって声を掛けるディン。
「エミィのムチャは、彼女なりに考えた行動だと私は思うよ」
しかしレイスは全く動じる事無く、冷静に言葉を返す。
……ディンはその言葉を耳にして、少し考え込むような表情で、もう一度エミリアの姿を視界に入れた。

『私が割って入らなければ殺されかねないような事は色々あった』

少し前に、彼女自身の口から言われた言葉。
……自分の認識の外で起こっていた危機に対する言葉だけに、未だにそこまでの過失が自分にあったとはまだ実感できていない。
それでも、あれほど強く感情をぶちまける彼女の姿は、それまで見た事はなかった。
だから、あの言葉にウソはないと信じている。
……二度と彼女に心配をかけない、などという言葉は、まだ口に出して言える自信は無い。
だが『力』を得る事に急ぎすぎて、彼女を犠牲にするなども考えたくは無い。
……一歩づつでも、少しづつでも確実に、自分自身の中に、力を得るための器を作っていく。
そして、いつかは大切なものを守りきる『盾』になる。
―それが、今の彼の内にある『夢』だ。
「……ふぅん…」
「…なんだよその目は」
エミリアの言葉と、ティールという少女の言葉。
その二つを思い返すディンのその姿を目にし、レイスはどことなく嬉しそうな、しかしどこか悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「別に。 なんか、いい顔するようになったなーと思って」
「……そう思うなら、そうなのかもな」
もう、自分の力を過信しない、過小もしない。ただ今を受け入れ、出来る事をする。
そして目指すものは、彼女との約束を果たすこと。
……そこまで考えて、ふと少し前に感じた頬の感触を思い出し、その場所に軽く手を触れる。
「あら、一歩進んだのはそれだけじゃないのかしら?」
「っ!?」
―…こ、こいつは……!!―
文句の一つでも言いたくなったが、言えば余計に深みにはまる。
一瞬口からついてでそうになった叫びは、そう思う事で無理矢理飲み込んだ。
「ディン、何を遊んでおるのじゃ?」
「あ、ああ悪い…… レイス、別に何も無いからな」
「そ。 それならいいけど……式は呼んでよね?」
「……式?」
「え、エミィ、船賃かさむからさっさと出発するぞ。 おい、出口までたのむ!」
疑問符を頭上に浮かべるエミリアを引っ張るようにして舟に乗り込むと、慌てて船頭に出発するように指示を飛ばした。
船頭はなんとなく状況を察したのか、一瞬笑ったかと思うと、あいよ、と返事をして舟をこぎ出した。
……遠ざかっていくレイスの工房。 その前では、自分達の姿が見えなくなるまで見送ってくれる、工房の主の姿。
ディンは少し溜息をつきつつも、彼女に向けて手をふるエミリアと共に、軽く手を上げて礼を送っていた。











「……さて、グノルの中継所に直接向かうか、一度リエステールに立ち寄るか、どうするかの?」


「そうだな…一度町に行ってみるか。 グノル関連の依頼があったらついでに受けておきたいしな」


「うむ……」


「……どうした?」


「……いや、こうやって、ディンと旅を続けられるのは、いつまでかなと思ってな」


「そんなの、分かるわけないだろ」


「…冷たい返事じゃな……」


「わからないから、一緒にいられる間は、ずっと一緒に旅をしてやる……俺は、お前の『盾』だからな」


「……うむ、そうじゃったな。 よろしく頼むぞ、ディン!」


「ああ!」





世界に刻まれるのは、彼らの物語
しかし、物語は一つでは無い。

人の数だけ、物語がある。
これは、そのほんの1ページ……

『深淵の白石』……THE END?