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「で、ライトよ。その譲ちゃんは一体だれでぃ?」
「戦利品」
「はぁ?」
 カウンター席でコップを傾けながら適当に返した俺の言葉に、酒場のマスターは怪訝な顔
をした。
 話の中心である金髪の少女は、俺の横で自分の顔ほどの大きさのパンに果敢に挑みかかっ
ている。
 無限迷宮から脱出し、数日かけて川合いの街ミナルに辿りつき、そこからさらに北上して
南最大の街リエステールへと移動したライト達は、とりあえず一連のことを報告しに酒場
まできていた。
 酒場、とは銘打っているが、ここはただ飲んで食うだけのメシ屋ではない。街の中は当然
として他の街からもやってくる依頼を管理、支援士に紹介し、依頼の達成と引き換えに報
酬を払う、いわゆる支援士の派遣所としても機能しているのが、何を隠そうこの酒場なのだ。
 こういった場所は街にいくつも存在し、支援士達にはもっとも馴染みのある場所と言って
もいいだろう。
 特にこの酒場は、街の中心近くにあり、また出される料理や酒の質もよく、おまけに依頼
の種類も数も豊富なため、リエステールで支援士達がもっとも集まる場所となっている。
 そんな場所で依頼を一手に引き受け管理している筋骨隆々のマスターも、元は支援士だっ
たらしい。昔はかなりやんちゃだったという噂があるが、引退して美人の奥さんをもらっ
たいまではただの気のいいおっさんにしか見えない。
 横の席でガツガツとパンを攻略していく少女を横目で見ながら、ライトは肘をついてコッ
プを傾ける。
「だから戦利品だよ、戦利品。さっき報告した通り、散々苦労してたどり着いた部屋に居
たのを拾った。それ以上は知らん」
 まぁ別に依頼とは関係のない場所での探検など細かく言う義務もないので、報告した内容
の中の無限迷宮の部分は大分端折ったが。それで何となく察しがついたらしいマスターと
は別に、偶然近くの席で酒を飲んでいた顔見知りの支援士が近づいてきた。
「せ、戦利品?まさかあんた、『借金のカタにこいつを貰って行くぜへっへっへ』みたいな
感じでその子を攫ったのか!?」
 その必要以上に大きな声を皮切りに、あたりが少し騒然とする。
 「なっ、あいつ遂に人身売買まで始めちまったのか!?」とか「いつかはやるとは思って
たが……」など、甚だ不本意な言葉が端々から聞こえてくる。とどめとばかりに、最初に
近づいてきた顔見知りの支援士が、
「お前、もしかしてロリコぶべらっ!!」
と失礼極まりないことを言いだそうとした。いい加減ムカついたので蹴り倒し、ついでに
周囲で騒ぐ連中に向かってにっこりとサワヤカに笑いかけてやった。
「……なにか、言いたいことでも?」
 周りで好き放題いっていた奴らを黙らせ、溜息を吐きながらカウンターでコップを傾ける。
「そういやぁ、ティラの嬢ちゃんはどうした?」
「ティラか?あいつなら―――」
 そこで話題に上がった少女がカウンターにやってきた。ライトブラウンの髪から伸びるア
ホ毛が、力なく萎れている。フラフラとおぼつかない足取りでマスターの前で足を止める
と、少し息を整えてから口を開いた。
「ま、マスターさん。依頼の報告にきましたぁ……」
「おう、噂をすればって奴だな。嬢ちゃん。なんか飲んでいくかい?」
「え?えっと……」
 そこでチラリ、とまるでお伺いを立てるようにティラがこちらを見た。それに答えるよう
に、俺は笑って手を差し出す。
「ほら、次の依頼だ。がんばれよ」
 差し出された依頼の紙を見て、ティラが泣きだす一歩手前のような表情になる。それでも
震える手で何とか依頼の紙を受け取ると、今度はマスターに向けてその紙を差し出した。
「あの……この依頼を受けますね」
「それは別に構わねぇが……。嬢ちゃん、大丈夫か?顔色が悪いぞ」
「あ、あはは……。大丈夫ですよ、だいじょーぶ……」
 そう言うと、ティラは来た時と同じようにフラフラとした足取りで酒場を後にした。
 それを見届けてから、マスターがまるで咎めるような眼でこちらを見てきた。
「ライト、おめぇ……」
「なんだよ、一週間分の宿代を全部パーにしたあいつが悪い」
 おまけにティラの偽地図を頼りに侵入した迷宮で芋虫の粘液を浴びたせいで、身に着けて
いた二人分の衣服を丸々クリーニングに出す羽目になったのだ。正直宿代どころの話では
ない。むしろいまの待遇に感謝してほしいくらいだ。
 ちなみに今日はティラが必死に依頼をこなす様子を横目で見ながらのんびりすると決めて
いるので、迷宮で随分と酷使した武器も手入れに出している。簡単な刃研ぎや手入れなら
自分でもできるが、やはり機会があれば本職の鍛冶屋に見てもらった方がいい。
 要するに、手伝う気はさらさらないライトであった。
「それは?」
 俺が懐から取り出した物を興味深そうに酒場のマスターが眺める。それは表紙がボロボロ
になった、古い本。ギブソンの手記だった。
「こいつが寝てた場所で拾った。まだ読んでないからわかんないが、たぶん手記かなにか
だと思う」
 ペラペラとページを捲ってみると、やはり日記か何かなのだろう。旧時代の記録など、リ
エステールが誇る大図書館でもほとんどお目にかかれない。売ればかなりの価値を持つだ
ろうが、隣の席でパンをがっついている奴のことが何か分かるかもしれない以上、いまは
売る気はなかった。
 ボロボロの手記を懐に戻す。なんのかんの言っても、ここは読み物をするような上品な場
所じゃない。下手をすれば、酒場の奥でたむろしている野盗まがいの支援士(逆の表現の
ほうが正しいかもしれない)に目を付けられかねないからだ。負ける気は更々ないが、そ
れでも面倒な相手には変わりないだろう。一度叩きのめしても再び立ち上がり、群れてく
るその生態は、もはやネズミやゴキブリのそれと大差ない。
 しばらくの間、たまにコップを傾けながらぼーっとしていると、横では少女のパンの攻略
も佳境に入ったらしい。なにかコツを掴んだらしい少女が順調にパンを食べ進めていくの
をぼんやり眺めていると、注文を受けてカウンターを外していたマスターが戻ってきて、
急に改まった声色で話しかけてきた。
「……で、ライト。おめぇこの子をどうする気だ?」
「さあな。まだ決めてない。研究所なんかに売り飛ばしたら色々と調べられた挙句にバラ
されてアルコール漬けにされるかもしれないし、そうなったら目覚めが悪い。かといって
奴隷商人に売ったりしたらこっちが捕まる」
 娼館に売るには流石に幼すぎるしな。とは流石に口をつぐんでおいた。そんなこと言おう
ものなら聞こえた全員からリンチにされかねない。まぁ、そういう意味でなら奴隷商人の
話もアウトだが、ひとつくらいなら冗談の内に入るだろう。
「孤児院に引き取ってもらえばいいじゃねぇか」
「さっきも言っただろ、こいつは戦利品だ。あれだけ苦労して手に入れたものなんだから、
それ相応の価値はなきゃ困る」
 本当はこんな厄介者さっさと放り捨てたいのが本音ではあるが、ティラに必死で頼み込ま
れたから仕方なく連れている、というのは別に言う必要はないだろう。下手なことを言っ
てここのマスターを敵に回したら、今後依頼が回ってこなくなるどころか、この街での支
援士としての活動に大きな支障がでかねない。
「ま、このまま連れていくにしてもどこかに放り捨てるにしても、決めるのはこいつがど
んな奴か分かった後でもいいだろ。幸い支援士には時間だけはたっぷりとあるからな」
 そう言いながら、隣の席に座る少女の頭をぐりぐりと撫でる。予想以上にきめ細かいサラ
サラとした髪の感触の下では、丁度パンを攻略し終えた少女が首を竦めながら大人しく撫
でられていた。
 その後席を立つと、ティラが戻ってきた時のためにいくつかの依頼を指定してから酒場を
出た。のんびりするとは決めていたが、そうは言っても昼間から酒場で飲み続けるのは趣
味じゃない。とりあえず適当な場所で昼寝でも、と往来の流れに身を任せる。
 この街では様々な人種の人々が生活しているので、オッドアイというのも少なくはあるも
のの、探そうと思えば割と見つかるものだ。しかし、それでも目を見張るような金髪に、
宝石のような色合いを持つ琥珀色とエメラルドグリーンのオッドアイという容姿は珍しい
らしく、すれ違う人々がチラチラとこちらを見る視線を感じた。イラつくほどではないが、
正直に言うと鬱陶しい。
 歩幅の関係で後ろを小走りで付いてくる少女に向かって「お前に昼寝の素晴らしさを教え
てやるよ」と言うと、「がう?」と首を傾げる少女。迷宮で出会ってからというもの、この
少女はまともな言葉を発したことがなかった。口を開けば「がおー」や「あー」といった
今時ケモノでも言わないような、言葉にもならない言葉が関の山だ。長い間しゃべらない
と人は話し方や言葉の発声の仕方を忘れるというから、もしかしたらそのせいかも知れな
い。
 おかげでいまだに少女の出生はおろか、名前さえも不明なままだ。
「……まぁ、ギブソンの手記に何か手掛かりが書いてあるだろ」
 ついでだし昼寝の合間にでも読んでみるかな、などと思っていると、少女が急に立ち止っ
た。「どうした?」と少女が見つめている方向を見ると、パン屋の軒先に並べられたパンが、
焼き立てなのだろう、食欲をそそる香りを放っている。
「……食いたいのか?」
 俺のその言葉に、こちらの言葉は理解できるが話せない少女は、こちらを見て異なる色合
いのオッドアイを輝かせた。期待を込めた瞳がキラキラと光る様はなるほど、宝石を思わ
せるには十分な魅力を放っている。……口元からよだれが垂れているので台無しだが。
 とりあえず、ただの金食い虫だけにはなってくれるなよなと願うライトだった。