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「痛てぇ……まさか本気で殴りかかってくるとは思わなかった」
「そりゃあどう考えてもおめぇが悪いだろライト」
 さっきよりもぼろぼろになったライトが、体のいたるところにできた痣を擦りながらぶ
ちぶちと愚痴をこぼすと、酒場のマスターは呆れた顔を向けてきた。
 その向かって右の席では、いまだ怒りの冷めやまぬといった様子のティラが不機嫌そう
な表情でジュースを飲んでいる。
 一方でライトを挟んだ反対の席では、オッドアイをキラキラと輝かせた少女が一心不乱
に注文したサンドイッチを頬張っていた。
「いや、でもマキアはないだろ。こいつ下手したらそこらへんのメイスよりも攻撃力ある
んだぜ?」
 マキアの尖端は全て金属で出来ており、しかも凹凸がやたらと多い攻撃的なデザインを
している。一応は魔術師の杖だが、たぶん騎士が使う撲殺用のメイスだと言われても誰も
疑問を持たないだろう。
『私のパーツの中には、デリケートで破損しやすいパーツも多いので、できればああいっ
た使用は控えて欲しいのですが』
 あんな使い方は不本意です。とティタノマキアが不服そうに呟くと、それを聞いていた
ティラがキッ!とこちらを睨みつけてきた。相変わらずの見事なジト目だが、いつもより
も数段目つきが鋭くなっている様な気がする。
「ふんだ!ライトが悪い!」
 べっとこっちに向かって舌を出すと、再びそっぽを向いてしまう。いつもならここでぶ
ん殴っているところだが、いま下手なことをしたら今度は本当に目の前の鈍器で殴り殺さ
れかねない。いや、もしかしたら魔法で消し飛ばされるかも。と内心すこし怖くて手が出
せないライトだった。
「おう、そういやぁライト。おめぇに依頼が来てたぞ」
「うん?指名されるなんて珍しいな。どんなのだ?」
「これだ。と言ってもおめぇだけじゃなくてティラの嬢ちゃんにも同じ依頼が来てるけどな」
「私にも?」
 きょとんとティラが目を丸くする。
 特定個人を指名してまで出される依頼なので、報酬は高額だが同時にかなりの難易度を
誇ることが多い。断ることも可能だが、断ればいい評判の倍以上の速さで悪評が広まって
しまう理不尽仕様だ。まさにハイリスク・ハイリターンと言っていい場合がほとんどだが、
そんな理由から余程のことがない限りは大人しく受けるのが常識だ。
 中にはパーティー会場の護衛なんていう貴族の見栄のためだけに呼び出されることもあ
るが、そんな依頼は少ないし、なにより貴族の耳にも入るような有名な支援士たちしか呼
ばれない。名も無き平凡な支援士にはまるで縁のない話だった。
『マスターが教会以外から指名されるのは初めてですね。明日は雨でしょうか』
 意外と辛辣なティタノマキアのコメントに「ま、マキちゃん?それはどういった意味合
いで言ったの……?」と困惑の色を隠しきれないティラを尻目に、依頼の内容に目を通す。
 どうやらここより西方、モレク鉱山を超えたさらに先、大陸の西側に広がるオース海に
寄り添い、半ば浸食されている天然の洞窟、オース海岩礁洞窟というダンジョンで、洞窟
の深部に生息しているはずのゼルド・バオアクードという危険な魔物が、ダンジョンの浅
い場所で目撃されたという報告があったので自警団の中で編成された調査隊と連携して確
認してきてほしい。というものだった。
「まぁ別に俺は構わないけど、なんでわざわざ俺なんだ?魔物の討伐を専門にしてる奴な
んて他にいるだろ」
 むしろ無名の俺よりも遥かに有名な連中がいるんだから、魔物の討伐なら普通はそっち
に頼むと思うんだが。
「さあな。依頼主がぜひにってんでおめぇらを指名したらしいんだが、大方この前の無限
迷宮の探索の件が伝わったんじゃないか?」
「えぇー、俺はマスターにしか話してないぞ?」
 しかもかなり端折って。
「ここにいた誰かが聞いてたんじゃないか?だれそれがどこのダンジョンに行った。てい
うのは意外とすぐ広まるもんだ」
 そんなもんかねぇ、とカウンターに肘をつく。まぁ金がないので受けない手はないのだが。
 まぁいいや。と深く考えるのをやめて、ライトは降って湧いたチャンスを前に頷いた。
 
「おお!!依頼を受けた者たちか!!それでは一応確認のために君たちには名を名乗って
もらおうか!!」
「ライト・エバーデン」
「ティラ・ミルリスです」
「うむ!わたしは今回の調査で隊長を務めるゴーズ・ブライアンだ!よろしく頼む!!こ
っちのジョンには副隊長として動いてもらうぞ!!」
 図体も大きければ声もやたら大きいオヤジに肩を抱かれた短髪の痩せた男が、軽く会釈
をする。
「……ジョン・ステイツ。よろしく」
 ボソボソと聞き取りずらい挨拶をして後ろに下がると、他の自警団たちもそれぞれ軽く
自己紹介をした。それらが一通り終えるとまたゴーズがデカイ声を張り上げる。俺ですら
その声を聞いていると耳が痛くなってくるのだ。人一倍音に敏感なティラには堪ったもの
ではないだろう。実際、ゴーズがしゃべるたびに辛そうな顔をしているのには思わず同情
してしまった。
 ちなみに一緒に連れている小さな少女については、物珍しさからかたまにチラチラと盗
み見る人間はいたがとくに言及されなかった。それでいいのか自警団。
「うむ!!それでは己々の自己紹介も終わったところで、そろそろ行こうではないか!!
調査隊、出発!!」
 ゴーズのデカイ声とともに、調査隊はリエステールの外壁の大門をくぐって出発する。
暑苦しいうえにうるさくて鬱陶しいおっさんを見てそっと溜息を吐きながら、前途多難と
いう言葉が一瞬頭をよぎってげんなりした。
 ―――数日後、依頼を受けなければよかった。とライトはひどく後悔していた。
 このゴーズ・ブライアンという男は自分の自慢話が好きなようで、旅の道中では頼んで
もいないのに、いかに自分がいままで武勲を立てて街を守ってきたかという武勇伝を延々
と聞かされる羽目になった。
 しばらくは辛抱していたティラも、無駄にデカイ声に堪りかねて隊列の後ろに行ってし
まった。気軽にそういうことができないゴーズの周りにいる調査隊員と、逃げようとして
なぜか捕まってしまった俺は、まだダンジョンにも行っていないのにぐったりと辟易して
いた。
 こんな目に合うなら街で悪評が流れた方が百倍マシだ。と半ば本気でそう思ったくらい
だ。これでは肉体よりもさきに精神的に参ってしまう。
 地獄の責め苦のような行進を続ける途中で、モレク鉱山の麓にある町モレクに立ち寄っ
て物資を供給しながら移動すること数日。
 精神的に疲労困憊とした調査隊が、終わらないゴーズの武勇伝にうんざりしながらオー
ス海岩礁洞窟へとたどり着いたのは、予定よりもずっと遅れた日も暮れようとしていた頃
だった。間違いなく原因はおっさんにあるだろう。
 ダンジョンの調査が終わったら帰りも同じ目に合うことは目に見えているが、いまは考
えないようにしたほうが精神衛生上よろしいだろう。
 「よし!!それでは調査開始だ!!」とおっさんのウルサイ号令と共に岩礁洞窟に潜り
始めて少し経った頃、洞窟の通路が二股に分かれている場所にたどり着き、調査隊は足を
止めた。
「さて、どうするんだ?」
 洞窟の濡れた壁に寄りかかりながら、俺はゴーズのおっさんではなくジョンに指示を求
めた。正直な話、この調査隊の指揮はおっさんではなくジョンがすべて執っているような
ものだ。というか洞窟に入ってから数回戦闘があったが、おっさんはほとんど役に立って
いない。何のために来たんだか。
 ジョンは少し考えたあと答える。ボソボソと聞きとりずらい声も、ここ数日の旅で大分
慣れた。
「隊を二手に分けるのはどうでしょうか。ライト殿はわたし達と一緒に右へ、魔術師であ
るティラ殿はゴーズ隊長と共に目標が目撃されたという左側へ。……そこの小さな女の子
は、念のために我々と一緒にということでいかがですか」
 ジョンがぐるりと調査隊の面々を見回し、答えを待つ。俺は特に考えることもなく頷い
た。
「俺は別にそれでいいぜ。そもそも雇われの身だからな、よっぽどのことがなきゃ雇い主
に逆らう理由もない」
 俺に釣られるように、ティラもこくこくと頷く。
「えーと、私もそれでいいですよ。お役に立てるか分かりませんが……」
 少女はそれほど関心がないらしく、洞窟の天井を物珍しそうに眺めていた。
 それぞれの反応を見てジョンは頷く。
「では、そういうことで。ゴーズ隊長もそれでいいですか?」
「む?……う、うむ……」
 ジョンに聞かれたゴーズは妙に歯切れの悪い返事を返した。なんだよ、言いたいことが
あるならはっきり言えよ。聞きたくもない武勇伝は延々と聞かせたクセに。とは、もちろ
ん口に出せば物凄く面倒なことになるので心の中で。
 ゴーズの態度に何かを察したらしいジョンは、まるで諭すように言った。
「実は、左の道は洞窟の奥へと繋がっている道なんです。そしてゼルド・バオアクードの
目撃情報も左の道から。ですから、隊長のような歴戦の戦士に遭遇する確率の高い危険な
道を調査してほしいんですが」
 どうでしょうか?とジョンに言われ、ゴーズは先ほどとは一変して満足げに鼻を鳴らす
と胸を張った。
「……ふむ、そういうことなら仕方がない。このわたしに任せたまえ!!」
 こいつ、おっさんの扱いうまいな。
「ウム、よし。では出発!!」
 調子を取り戻したゴーズの号令に従い、調査隊は二手に分かれて岩礁洞窟の奥を目指し
て歩き出した。