※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

■ミナル 酒場

「いらっしゃいませー! あら、ミュール、ライル。おはよう」
「おはようアリア。さっそくだけど、依頼を見せてくれる?」

 ミュールに引っ張られながら、酒場の扉をくぐると、元気の良い女性の声が出迎えてくれた。
 肩にかからないくらいのショートカットの青い髪のウェイトレス。幼馴染のアリア=フローネルが、ミュールの言葉に「はいはい」と笑い、店のカウンターの中に入った。

「というか、今更?」
「違うもん! 私は! しっかりしてるもん!!」

 アリアの茶化すような言葉に、ミュールは顔を真っ赤にしながら子供じみた反論をした。
 毎度ながら思うが、こいつは昔からこんなヤツだったな。子供っぽいが真面目なミュールに対して、大人ぶって飄々とした態度でからかうアリアの光景。いつも通りである。
 アリアは、奥からコップに水を二杯持ってきてカウンターにそれを置ぎ、依頼書をめくりはじめた。
 オレは挨拶代りに片腕を上げて、アリアから受け取った水を一気に飲み干した。
 今日もミナルの水は美味いな。

「そうね。ノンビリ屋さんが二人も居るから。ミュールも大変よね」
「ホントよ。もう」

 依頼書をパラパラとめくりながら、今の時間でも残った依頼を見繕っている。
 オレとミュールはそれをカウンター越しに見ながら、何か良い依頼が無いか目で追っていた。

「これは5日後の仕事だったわね。 この場所は――まだあなた達じゃ早いかしら」

 魔物討伐。宿屋の手伝い。店の倉庫整理……いつも通りの依頼という感じである。
 本来、こういった依頼に関しては、マスターが仲介して依頼を出すのだが、
 客が少ない時間などは、ミナルの酒場のマスターが、造醸とか酒造とかそういった事に手を付けてるため、
 ウェイトレスのアリアに代理として出させている事もしょっちゅうである。
 アリアはアリアで、そういったマスターの代理で依頼を出すのも長く、
 今ではマスターと同じような判断力で仕事を出したりする事ができるようになっていた。
 まあ、だいたいは平和な依頼がほとんどな為、よほどそういった判断を求められる機会も多くはないが。

「んー…もっと早かったなら、貴族の方からの高額依頼が1つあったのだけど、それも売れちゃったからねぇ」
「げ、マジかよ」
「高額依頼あったの!?」

 アリアの一言に、オレとミュールはがくっと肩を落とし、うなだれる。
 支援士の依頼は、仕事内容と報酬は依頼主が設定することが出来る。
 その為、その相場と比べて高い報酬の依頼はイチ早く支援士が持って行ってしまう。
 その中でも、自分の依頼を最優先でして貰うために、お金にモノを言わせて、金持ちが依頼をとても高額で設定したりするのだ。
 そう言った依頼は、当然競争率は高く、支援士としては最優先で得たい依頼であった。
 その事実から、ミュールは肘でオレを突いて、睨み付けながら言う。

「もう、ライルのせいなんだからね…!」
「いや、でも高額依頼来るかはその時次第だろ…?」

 ミュールの文句は当然なのだが、滅多に来ない高額依頼を期待して来るのも何か違う。
 高額依頼は少ないし他の支援士だって求める。
 それをキープするような真似も不公平なので、依頼は早い者勝ちで流している。
 所詮は、運しだいなのだ。

「そうね。ライルの言う通り、貴族様から依頼が来ることは少ないから、その時次第なのよね」
「ちょっと、アリア!!」

 そんなオレの意見に、「んー…」と、アリアが紙を何枚か抜きながら、思わぬ助け舟を出してくれた。
 すかさずオレは、アリアの言葉に便乗して発言をする。

「だよな。そんな依頼欲しがる奴の方が圧倒的に多――」
「でも、その時は来るかも知れない。一日一日しっかりしてれば、あなた達に回ってたかも知れないわね」
「――おまえはどっちの味方なんだ」
「私はお客様の味方。もちろん、お金をいっぱい落としてくれる、ね?」

 のだが、アリアの冗談しかめた言い方で返されて、ぐぬ。と言葉を詰まらせざるおえなくなった。
 そんなオレを尻目に、アリアは「これぐらいしか無いかしらねぇ」と依頼書を引き抜いた。
 その時に、後ろからさらにカロンと酒場のドアが開く音がして、エリスが丁度良いタイミングで入って来た。

「あら~。アリアちゃん。おはようございます」
「こんにちわ、エリスさん。もうお昼よ」

 ノンビリした人物が、ノンビリした声で、ズレた挨拶をしていた。


■ミナル川

「で、オレはなぜ足を水に浸けながら石拾いなんてしているんだ?」
「アリアも言ってたでしょ。これくらいしか依頼が無いって」

 ちゃぷん。と水につかりながら、ミナル川の浅いところの石を、三人ですくっては探してを行っていた。
 結局、どの依頼も微妙で――というか、選択がほぼ無い状態で――アリアが出したのは、『翠水晶石を求ム』という依頼。
 だいたいミナルやリエステールでは、特に納期を定めず酒場に長期でゴロゴロと入っている事が多い仕事である。

 翠水晶石とは、通常の水晶の中に、何故かは分からないが翠色の色素が混じり、その大きさや濃度などで価値が決まる宝石の一つである。
 無病息災のお守り。という噂は有名で、貴族などは子供が生まれたら血眼になってでも探したりとかいう話も聞いたりする。
 まあ、そんな依頼が酒場にある場合『翠水晶石。○○フィズで買い取り』みたいな内容がほとんどなのだが、
 持っている人物もそう多くは無く、取引を行ってもらえるかの競争率は高い。当然、支援士としてはより高く買い取ってくれる人物を選ぶ

『最近は、翠水晶石を求める方法として、こういった依頼の仕方をしてくる人も増えてきたのよ』

 ミナルの酒場でアリアがそう言って見せたのは、翠水晶石の取引価格自体は平均的なのだが、仕事の内容にもう一つ報酬が加わったもの。
 【一日翠水晶石を探せば、1人につき5千フィズの報酬を付け加える】
 これならば、依頼者の運が良ければその一回で高額取引の依頼より優先して翠水晶石を得ることが出来る。
 もちろん、依頼者の運が悪ければ全く見つからず、出費はかさむ一途だろうが、
 どちらにせよ、支援士としてはただの取引と比べればありがたい依頼の形ではあった。
 とは言え、魔物の討伐や店番と比べれば、水はまだ春先で冷たいし、濡れるしで、人気があるかと言えば微妙な依頼で、
 根気ばかり使う仕事をやらざる負えなくなったワケだ。

「もう。こうなるの判ってたから急いでほしかったのに」

 じゃぶじゃぶと水の中を歩きながら、ミュールは文句を言いつつも、
 やはり根っこの真面目な性格が推してか、翠水晶石が無いかしっかりと探しているようだった。

「見つからなくても5千フィズ。3人だから1万5千フィズじゃねーか。そんだけ貰えるんだからもっと気楽に行こうぜ?」
「そうですわよー、ミューちゃん。それに、まるでピクニックに来たみたいですわ~」
「あのね二人とも…逆に言えば、見つからなかったら日給一人5000フィズになるわけなんだけど……」

 確かにミュールの言う通り、日当としてはとんでもなく安い。下手をすればその辺のアルバイトの依頼の方が高いだろう。
 片や文句を言いながら、片やのんびりとあっちこっち移動しながら石をすくっては探していた。
 そして、オレはと言えば…

(…そう、いえば)

 川から石をすくい上げながら、今朝の夢を思い出していた。
 アクアブルーの瞳の、泣いていた女の子。

(あれは、誰なんだろう)

 所詮は夢だ。ひょっとしたら実在しないかもしれない。
 それでも、何度も同じ夢を見ること。それに、あのアクアブルーの瞳は、心に引っかかっていた…考えていても仕方のない事だけども…

(…予知夢とかじゃねーだろーな……)

 その可能性を考えるとげんなりする。あの夢でオレは、ものすごい怪我を負っていた気がするな。うん、さすがにそれは勘弁してほしい。

「わ、わっ!」
「ミュール!!」
「ミューちゃん!?」

 そんな事を考えていたら、手前でわたわたと手をばたつかせたミュールの姿が目に入った。
 アイツ…水の中でバランスを崩したのか!?

「っと」
「わっ! あ……」

 幸い近くに居たから、ミュールの手を取って身体を支えて、バランスを整えさせようとした。
 が、ミュールはそのままバランスを崩して、ぐるんと半回転し、正面から受け止めて抱き合う形で事なきを得た状態になった。

「…」
「…」

 その、ミュールの潤んで泣きそうな紅い瞳に見つめられて、思わずドキッとしてしまう。
 ミュールの身体は、その強がりでしっかりとした態度から想像できないくらい、細くて、小さくて……

「あらあら」
「「!!!??!?」」

 そんな中、存在を忘れていた声に、バッとお互い身体をすかさず離す。
 エリスの存在を忘れるほどとか、何をオレはトリップしていたんだ!
 少し遠い位置から一部始終を見ていた彼女は、手を頬に添え、何を言うでもなくニコニコとした顔でこちらを見ていた。

「ご、ごめん…ライル」
「お、おう。あ、あんまり深いところ行くなよ?」

 ぽつりとつぶやいたミュールの言葉に、オレは上手い言葉が浮かばず、そっけない言葉を投げかけるくらいしかできなかった。
 気まずい沈黙が流れる。

(…いや、いや! せめてツッコミを入れろよエリス!? なんでニコニコ笑っているだけで何も言わないんですか!?)

 おそらく、「この方が面白そう」だから、何も言わないのだろう。
 エリスはそのやわらかな性格から似合わず、時々こういった微妙なS気を見せる時がある。たぶん潜在的なSだアイツは。
 沈黙に耐え切れなくなり、オレはミュールの方を見れば、
 ミュールも気まずいのか、髪の毛を指でくるくると弄りながら、チラチラとこちらの様子をうかがっている。
 何か、話! この沈黙を打ち破る話は何か無いのか!
 そうだ、そういえば、さっきミュールを抱き止めた時に思った。……というか、ミナル川に入ってからずっと疑問に思っていながら、深く聞かなかったのだが。

「そ、そういえばさ。ミュール。そのコートマント邪魔じゃねーか? 脱いで岸に置いておけばもっと楽に作業できるんじゃねーの?」

 そう。水をすっかり含んだ黒いコートマントは見るからに重そうで、それ一つ脱ぐだけで大分楽になりそうな気がする。
 黒魔術士のこだわりで着ているのかどうかは知らないが、その辺り気を利かせつつ、いつもの雰囲気に戻す。完璧である。
 しかしオレの思惑とは違って、その言葉を聞いたミュールは顔をボンッと真っ赤にして、あわあわ口を動かしながら、言葉を紡ぎだそうとしていた。

「ば、バカ! 変態! 何考えてるのよ!!」
「いや、別に全部脱げとか言ってねーだろ……」

 変態とは心外だ。別にミュールのコートマントは服と一体型というわけではない。コートマントは胸元の大きなボタンを一つ外せば、簡単に脱ぐことが出来る。
 さっきバランスを崩したのだって、きっとこのマントで動き難くなった事も一因があったはずだ。

「水含んでて見た目から重くなってるの丸わかりじゃねーか。良いから脱いどけって」
「やだ! ダメ!! 今の状況ちょっと考えれば分かるで―――」

 そもそもこの黒いコートマント。前々から下の可愛らしい服装に対して、地味というか渋いというか不似合であり、いつも羽織っているのも気になっていた。
 いっそコートマントを脱いだ方が、見た目も相応の女の子になるだろうと、コートマントを脱がせてやろうとするが。
 なぜかミュールは激しく抵抗をする。嫌がる意味は判らないが、それでも今少しは仕方がないだろう。ミュールの為だ。
 暴れてバシャバシャとミュールは動くが、こちらは素早さと器用さを得意とするセイクリッドだ。魔法使い系と比べれば動きは勝る。
 ミュールのコートマントを掴んで、ボタンをぱちっと外すと、

「ひゃぁっ!! だ、だめ!見ないで!!」
「あ……」

 目の前には、水で張り付いた白いシャツで、小ぶりでも主張しているおっぱいがしっかり形を表し
 なにより、下の水色の布地が、透けて見えるようになっていた。
 胸元を隠し、顔を俯かせたミュールは―――ものすごい凄みを、その身から滲み出して居た。
 ……ミュールが  騒いでいた  理由を  ようやく  理解  できました。

「……ライル」
「はい。すみません」
「……わたし、ダメだって何回も言ったよね?」
「大丈夫だ。何も見ていない」
「……わたし、カーディアルトじゃないけどね。懺悔くらいなら聞いてあげるわよ」
「スミマセン。間違いなく水色でした」
「死ねっっっっ!!!!」



 右ストレート。殴られて遠のく景色の中、
 オレは、空を仰ぎ、空の青さを改めて知った。

(ああ…。こんなにも、青かったんだ………)

 そうだ。いつもそこにあるのに、オレは忘れていたんだ。
 ――――その空の色こそが、ミュールのブラの色と……同じだったんだ……

ガクリ



「うふふ。二人ともとっても仲良しさんですわ」

 そんなエリスの言葉を最期に、岸辺で意識を暗転させたのだった。