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絆~Tale of Vai アフターシナリオ Tale of Listy~



わたしは、何?




□リエステール教会


 久しぶりに歩くリエステール教会。
 以前、教会では『アルティア様を連れ戻せ』だとか、『ヴァイ・リュークベルの誘拐』という話もあったけれども、
 エルナ先生やケルト先生。それに、他の先生。色んな方たちが協力してくださって、ヴァイさんとリエステールの街に帰ってこれる事が出来た。

「でさー。あの先生、絶対やらしい目で見て来るんだよー」
「やだぁ! キモチワルイよねぇ!」

 廊下の向こうから、話をしながら歩いてくるアリスキュア。
 その年齢は、自分と同じくらいに見えた。
 私は教会の事情で、早く卒業してしまったけれど、本当はまだまだ自分もアリスキュアのハズで、あんな風に友達の隣を歩いてお喋りをしていたハズなんだ。
 でも、向こうから歩いてくるアリスキュアが、なんだか見たことのある生徒のように思えるけれど…

「あ…」

 そして、向こうがこっちに気付いて顔を向ける。
 その顔を見て、私は判った。

「あいちゃん?」

 それは、同級生のお友達だった。懐かしくて、笑みがこぼれてしまった。
 引っ込み思案でお喋りとかあまりしなかった私とは対照的に、あいちゃんはすごく女の子していて笑顔が素敵で、
 ちょっぴり口が悪いのは玉に傷かもしれないけれど……
 それでも、おとなしい私にも声をかけてくれて、仲良くしてくれて―――友達になってくれた。
 私は、こんな明るい素敵な女の子になりたいなって。いつも思っていた。

「久し…
「し、失礼しました…!」
「えっ!?」

 気恥ずかしいけど、話をしようかな。って思っただけだった。
 なのに、あいちゃんと。その一緒に歩いていた友達はぺこりと慌てたように頭を下げて、
 走り去ってしまう。
 私の大好きな笑顔はそこにはなくて、あいちゃんの友達に向けていた笑顔は、私には向けてくれなくて…それどころか、私の顔を見た瞬間に顔を強張らせて。
 私を、畏れていた。そして、去り際の『敬語』。
 ―――どうして? そんな疑問が出る前に、
 ああ。そうか……って、答えなんて出ていた。
 私は、この教会での『象徴』になってしまった。
 私は、私では無かったんだ。

 ……同時に、私は全てを壊された。


わたしは、なに?


 走り去ったあいちゃんの背中を見ながら、私は胸にじく…と痛みを感じて。もやもやが消せなかった。






◆数ヶ月前。モレク


『ヴァイさん! 見ててください!』

 わたしはモレクの宿屋で猫ちゃんを撫でながらヴァイさんに声を掛けると、
 フェルブレイズの手入れをしていた手を止めて、ヴァイさんは私の近くに来てくれた。
 わたしが抱っこしていた宿屋の猫ちゃんは、他の猫ちゃんのケンカしたのか、ひどく傷だらけだった。

『どうしたんだ? リスティ』
『聖アルティアの祈りを以って―――聖女の癒し手、その指先より淡き白の救いを、ラリラル!』

 呪文を唱えれば、猫ちゃんの傷は治癒して、傷がなくなっていく。
 すると、猫ちゃんは『ふにゃぁーぉ』と大きく欠伸をしてから、トコトコと歩いて行ってしまった。

『わたし、ラリラル使えるようになったんですよ!』

 わたしの言葉に、ヴァイさんは驚いた顔をした後、すごく優しい瞳で見てくれて、頭を撫でてくれた。

『ひゃ…』
『そうか。いつも夜遅くまで頑張って勉強して修練していたもんな。頑張ったな、リスティ』

 なでなでしてくれながら、ヴァイさんは続けて『こりゃあ、オレが怪我した時も安心して背中を預けられるな』と冗談しかめて言ってくれた。
 だから、わたしは『もう。本当は怪我しないのが一番良いんですからね?』って、おんなじように、冗談しかめて返す。
 ただそれだけの事だけど、わたしの頑張りを認めてくれて、微笑んでくれたことが何よりも幸せで、何よりも嬉しかった。

『じゃあ、そろそろ行こうか。今日から晴れて、堂々とリエステールに戻れるからな』
『はい♪』

 教会はヴァイさんとわたしを追いかけて捕まえるよりも、和睦した方が手良いって判断したみたいで、
 その為に、先生たちがいろいろ動いてくれていたみたいだった。
 なんでも、エルナ先生の『上の我が侭に付き合ってあげてたけど成果も出てないじゃない。いつまでも逃げられてるんじゃ恰好付かないんじゃない?』という言葉が
 話が収束する一因となったって聞いたけれども、事実はそうか判らない。
 でも、もうヴァイさんを犯罪者呼ばわりさせることも無ければ、何も悪いことをしていないのに、隠れるように過ごす日々も終わることは純粋に嬉しかった。

『あぁ…貴方様。ちょっとよろしいかね…?』

 ヴァイさんの後をついて、モレクの宿屋から出ると、一人のおじいさんが声を掛けてきた。
 ヴァイさんは怪訝そうにおじいさんに返事をする。

『じいさん。一体何の用なんだ?』

 そして、自然とわたしを背中に隠す。
 あんな生活をしていく上で、ヴァイさんはいつも自然にこういう行動を身につけていた。
 おじいさんは『ああ。いきなり声をかけてすまないね』と話を始めて、ゆっくり首を振った。

『実は昨日、孫が木から落ちて足の骨をやられてしまってね…見たところ聖術士のようなので、祝福をして欲しいんだよ』
『お孫さんは平気なのか?』
『ほっほ…昨日は泣き叫んでおったが、処置をして今では杖を突かねばならんが、元気じゃよ』

 ヴァイさんも、おじいさんが嘘を言っているわけではないと思ったのか、わたしの方に目を向ける。
 どうする? という事なのだろうけれども、そんなのは決まっていた。

『わたしの力で癒せるのならば、喜んで』
『ありがたい。儂の家についてきておくれ』

 そうして、わたし達はおじいさんについて行って、おじいさんの家に案内された。



『うん。これでよし。ぼく?これでもう平気だからね?』
『ありがとうおねーちゃん!!』

 先ほどヴァイさんに見せた、ラリラルの聖術をお孫さんにかけてあげれば、
 足を固定していた番いを外して、お孫さんはすぐにでも駆け出しそうな感じになってくれた。

『あ。まだ駄目だよ。もう1~2日は様子を見た方が良いから』
『はぁい』

 ちぇー。という感じでお孫さんはベッドに戻って、そんなわたしとお孫さんの様子をヴァイさんは椅子に座りながら見ててくれた。
 わたしは、確かに力も無くて戦う事もできない聖術士だけど…こんな風に喜んで貰えるのが、何より好きだった。誇りに思っていた。

『どうもありがとうございます。あの…ところで、つかぬ事をお聞きしますが…』
『ん?』

 ヴァイさんにお茶のお代りを持ってきたお母さんが、少し目を泳がせながら、どう切り出したものか困ったように尋ねて来た。
 その様子に、ヴァイさんもわたしも顔を見合わせた。

『もしかして……アルティア様ではございませんか? 以前、お披露目の時にお見かけしたものでして』
『!?』

 アルティア。その一言に、ヴァイさんの顔が一気に厳しくなる。

『いや、人違…』
『すげえやおねーちゃん!! アルティア様だったなんて!! 教会で一番偉いんだろう!!』
『なんじゃと…! 儂ぁなんととんでもない人を連れてきてしまったんじゃ…!!』

 ヴァイさんの言葉が切られて、お孫さんとおじいさんは頭を下げる。

『何のお構いもできずに申し訳ありませんアルティア様…。私共に祝福を下さいませ』

 お母さんが頭を下げてお祈りするように…いや、現にお祈りをしているんだ。
 そんな姿を、わたしに向けて行っていた。

 違う。欲しかったのはこんなのじゃない。

 さっきみたいに、ただありがとうと言ってくれて。喜んでくれるだけで良かった。
 お孫さんが元気に走り回れるようになってくれれば、それで良かった。なのに……

『流石はアルティア様でございます。このような祝福も造作も無い事なのでしょうな。儂は感動しましたぞ』
『おねーちゃんアルティア様なんでしょ!? アレ見せてよ! りじぇねーしょんさんくちゅあり? だったっけ、最強の魔法!!』

 この言葉に、ガンと頭を強く打たれて、目の前が真っ暗になったような錯覚を覚えた。
 そう。アルティア様にとっては、ラリラルを使える事なんて造作も無い事なんだ。
 普通に、リジェネーションサンクチュアリを使って、多くの者を癒せる。それが当たり前なんだ。

 なのに、わたしはただ、頑張って頑張って…いっぱい聖書を読んで勉強して、
 いっぱい、術の修練を重ねて……ようやく『ラリラル』を使えるようになって、はしゃいでいたのが
 とても、ばかみたいに思ってしまった

『てめえら、いい加減に……!!』
『ヴァイさん!!』

 見かねたヴァイさんが怒ってくれようとしたけど、わたしはそれを止める。
 そして、おじいさん、お母さん、お孫さんに向かって、わたしは微笑んで言った。

『頭を上げてください…困ってしまいますわ。
 これぐらい、いつも通りの事です。また何かお困りのことがあったら、教会を頼ってくださいね。貴方達に祝福があらんことを』
『リスティ……』

 ヴァイさんは、ぽつりと呟いて…そっと顔を逸らした。
 わたし、顔崩れてないよね…? 笑顔、作れているよね…?

『ありがとうございます! ありがとうございます!』

 そうやって頭を下げる家族を後にして、わたしとヴァイさんはモレクの街を後にした。


 だけど、ずっと我慢してくれてたんだと思う…。こらえきれなくなったのか、山を下る街道で、ヴァイさんは岩を思い切り蹴飛ばす。

『くそっ!! なんなんだよあの態度は!!』
『…ヴァイさん……』

 だけど、ヴァイさんはすぐにハッとなって、わたしをぎゅうって抱きしめてくれた。
 胸いっぱいに、彼の匂いに包まれた。

『あの人たちは…悪気なんか無いです……わたしが、アルティアだから、これぐらい当たり前に出来ないといけないんです……』
『そんなわけあるか!! オレは知ってる! お前がどれだけ頑張ってたのか。どれだけ……!! くそ…!!』

 ヴァイさんが力をこめて、抱きしめてくれる。
 痛いけど。それだけ彼の想いが伝わった。
 とても悔しい。悲しい。そんな想い。

『わたし…いっぱい頑張りました…。いっぱいいっぱい、お勉強しました…でも、それって当たり前の事なんですか……? 当たり前って流される事なんですか…』
『違う。だって、お前はまだ14だぞ……! ラリラも使えるかどうか。っていうのが普通だ。それが、ラリラルまで習得するなんて、どれだけ大変なことか…』

 ヴァイさんの言葉に、返事する代わりに、背中に回した手に力を込めて、わたしはヴァイさんの胸に顔をうずめた。

『今だけ…今だけですから……』
『……』

 彼は、黙ってそれを受け入れて、ぎゅっとしてくれた。
 それを皮切りにして、
 わたしは、思い切り声を上げて泣いた……。






□リエステール教会 一室

「本日はご足労ありがとうございました」
「いえ…」

 初老の神父が、一つ頭を下げ、挨拶をする。
 位は司祭だろうか? 司教だろうか?
 どちらにせよ、そんなのはどうでも良かった。
 どうせ、この人は『わたし』に用は無いのだから。

「それで、アルティア様には教会の催しにおいて―――」
「…」

 神父さんの言葉なんてどうでも良くなってきて、わたしは窓の外を見た。
 リエステールの街はいつも通りで、もうリエステールに戻ってからどれくらいになるっけ…? そんな事を、考えていた。
 そんな窓から反射して、室内のヴァイさんの様子が見えた。
 いつでも、何があっても対処できるように、動きやすい位置に居て、見守ってくれていた。
 時々、呆れたような顔をしてため息をついていたけれど、だんだんと難しい顔に変わっていった。
 彼は、わたしの事を判ってくれる。
 わたしを見て、わたしを愛してくれるのは、彼だけしか居ない。
 耳に入ってくる神父の『イベントには絶対参加しなければ人が集まらない』だとか、『多額の寄付を下さる人には特別に祝福をしてほしい』だとか、
 そんな、弓矢の様に心を抉る……汚い言葉は、早く収まって欲しかった。
 肩が、思わず震えだす……今でも、こんな黒くて、貪欲が含まれた言葉は、耐えられない……。
 わたしの様子を察してヴァイさんは、一歩前に出て神父に言葉を投げた。

「オイ」
「は?」
「てめぇのそのクソ下らない話を聞かせる為にわざわざ来させたワケか? 教会っていうのはいつからこんなに脆くなったんだ?」

 そのヴァイさんの言葉に、神父は眉をひくっと動かした。

「…それは、どういう意味でしょうか?」
「たった一人の女の子に寄生して喰い物にしねぇと何も出来ねぇ…ってか。恥ずかしいヤツだなお前は」

 ヴァイさんのその言葉に、神父はふふんと小馬鹿にするように鼻で笑う。
 言い出せなかったけど、その態度は、ちょっと癪にさわった。

「一人の女の子? 何を言っているのだね君は。
 そこに居るのはアルティアの英知を身につけたのだ。聖女として。
 ならば、教会としては信仰のシンボルとして、教会の為に動いて頂くのは当然であり、それは周知の事だと思いますが?」

 神父の直球の言葉に、わたしの胸の奥がじくりと痛む。
 ドクドクと心臓が脈打って、きゅぅっと胸の奥を乱暴に鷲づかみにされたような……胃の中が、せりあがってくるような感じがする。苦しい…
 「はぁ…」と、息が漏れてしまう…

「勘違いすんな。オレ達は逃げも隠れもしない意思を示す為だけに、教会の呼びかけに応じてやっているだけだ。
 ……テメェは、すでに話す以前の問題だ。さっさと消えろ」

 フェルブレイズに手を掛け、ヴァイさんが神父にとても低い声で語りかける。
 だけども、神父は食い下がって、ヴァイさんに嫌味たらしい口調で言葉を返した。

「しかしだねぇ…。君も教会から聖女を守護する者『フォルセイナル』の称号を授かっているのだろう? ならば聞き分けてもらわねば。
 アルティア様を、そしてひいてはアルティア様が支えるアルティア教を守護する立場である事をわかっているのかね?
 それとも、名誉ある英雄の称号『フォルセイナル』を、教会に返還するかね?」
「返せっていうならいつでも返してやる。てめぇらの都合なんか知るかボケ。
 オレにとってアルティアも教会もどうなろうが知った事じゃねぇしな」

 ヴァイさんの言葉に、神父は思っても居なかったのか、目を見開いて言葉を探しているようだった。
 そんな様子に、ヴァイさんはさらに神父へ言葉を続けた。

「……理解できないのか? 地位も、名誉も必要ねぇって言ってるんだよ」
「な、何を…」
「教会を護る? 英雄? そんなのどうだって良い。 オレがただ護りたいのは、リスティだけだ」
「…意味が、わからん」

 神父の。ようやく絞り出された声に対して、ヴァイさんはもう一度睨みを聞かせて言い放つ

「テメェには一生判らねぇだろうな。三度は言わん。消えろ」

 その言葉に、神父は諦めたのか、しぶしぶと立ち去って行った。
 …部屋には、わたしとヴァイさんが取り残された。
 もう、わたしは堪えきれなくて―――

「ヴァイ…さん…ひくっ…うっ…」
「…よく頑張ったな」

 ぽろぽろと、涙が止まらない。
 教会での面接は、最近いつもこうだ。
 呼ばれても、『わたし』には用が無い。
 そこにわたしは居なくて。わたしの心を容赦なく抉り込み、貫いて
 その先に居る聖女アルティアに話をしようとする。
 それが悔しくて、悲しくて。
 そして、思い出してしまう。今朝の事を

「ひくっ…あいちゃんがね…っ…。もう笑ってくれない…! わたしがアルティア様だから…!
 怖がられて…逃げられちゃう…うぅぅ…!!」
「そうか…」

 ヴァイさんは困った声で答えて、
 頭をなでてくれて、慰めてくれる。
 いつも、助けてくれる。

「力になれなくて………本当に、すまない…。ごめんな、リスティ」
「ううん……」
「とりあえず今日はもう宿に戻ろう。すまない…オレには、どうすることもできなくて」

 ヴァイさんの胸に顔を埋めて、ふるふると首をふる。
 また、わたしは思ってしまった。


 わたしは、なに?






◆一年前。リエステール教会


 ずいぶん前の出来事だった。
 それはまだ、わたしが『あの事件』を終えてから、アリスキュアとして過ごしていた時間。
 授業を受けるのは、一人。先生は、エルナ先生でも、他の先生でもなく、たぶん…もっと偉い位の人。
 食事を取るのも、一人。出されたメニューは、他の子と比べても、豪華になっていた。でも、もともと小食のわたしは、全て食べるなんて出来なかった。
 どれも美味しそうには見えたのに、一人の食事は、味気なかった。
 生活は全て管理され、人とは隔離され。
 友達に気軽に会う事も適わず、当然、ヴァイさんにも会えず。
 エルナ先生も……はじめはコッソリ会いに来てくれたりしたけど、今では目を付けられているらしくて、来れなくなっていた。
 それなのに、位を持つ偉い人達が、わたしなんかに会いにくる。
 いい歳をした壮年の男性が、たかだか14歳のわたしに、まるで神様を見るような目で見て、頭を低く、かしこまる。
 きっとわたしが、普通に生活をして、普通に卒業していれば、わたしなんか一瞥すらしてくれなかったであろう人たちが一同に頭を下げて
 媚びへつらう様をまるで納得が出来ないというようにしている人も、中には居た。
 もちろん、中には…エルナ先生の先生をしていた、アリエル副司祭様のようにとても優しい人も居たし、とても親切にしてくれたりもした。
 だけど、中には『アルティアを利用する』ことを強く考えており、アルティアを前面に出して教会の信仰を強くしようとする人や。
 「ただアルティアになれるだけで、このような待遇を受けるとは羨ましいですなぁ」と、思い切り嫌味な口調で言う……この立場を妬む者も居て―――――
 教会のシンボルが居る事で、宗教が盛り上がり、それに併せて『寄付金』が増えるよう働きかける考え。
 隠す気も無いような嫌味や悪口。嫉妬。欲望。
 ――――教会と言う箱庭で育ち、キレイなところしか見ていなかった……見せられていなかった、わたしは、
 その悪意の塊のような言葉で押しつぶされそうになってしまった。

 そんな、怒号のような毎日が続く中…わたしは、

『う…うぇぇ……けほ……けほ……』

 毎晩。わたしはこらえ切れず苦しくて吐き戻してしまった。
 毎晩。落ち着かないくらい広い部屋で、泣きながら眠った。


 そんな心が折れそうな生活を続けて、もうすぐ春。卒業式が近づいていた頃、いつものように寝ようとしていたところ
 コンコン。と、窓を叩く音がする。
 その音に、わたしは慌てて体を起こした。

『ハロー。リスティ』

 喋るとバレそうだからだろうけど、そこには久しぶりのエルナ先生が、手を振っていた。
 窓を叩いて窓から招き入れるのは、いつものやり取りだった。
 しかし、先生がこうやって忍び込んでいるのがバレてから、部屋を三階に移されたハズなんだけども……

『せ、先生。大丈夫ですか…?』
『ぜー…ぜー…いや、あれは死ぬわ…落ちたら命無いわね…。二度とこんな真似はしたくないわぁ……』

 と言いながらも、『なんてね』と言って、腰に巻きつけた命綱を引っ張って見せてくれた。
 久しぶりに見た先生は冗談しかめて笑ってくれた。
 何も変わらない。何も…変わらずに居てくれる先生。
 思わず、抱き付いてしまう。

『先生っ!!』
『あん。りーりん柔らかいから、ええんか?ここがええんか!! って堪能したいんだけど、ちょいと急がないとね。見張りの友人がどこまでコネ効かせてくれるかわかんないし』
『せ、先生……』

 相変わらずの先生の態度にわたしはおかしくて呆れながらも笑ってしまった。
 そんな先生が、急いで渡したのは一つの便箋だった。

『王子様からの招待状よ』
『え? え?』

 呆気に取られているわたしに、手紙を押し付けて、
 そのまま、先生は来た窓から帰ろうとする。
 バタバタと廊下を走ってくる音が聞こえた。
 先生の言う通り、時間が無いんだ。

『あ…』
『ね。リスティ…もうしばらくこの待遇に甘んじて、我慢しなさい。それと忘れないで』

 そう切り出した先生は、窓に半身を出しながら、最後に優しく微笑んでくれた。
 部屋のドアの前で、足音は止まり、ガチャガチャと鍵が開けられる音がする。時間がない!

『誰だ!! ここをアルティア様の部屋と知っての狼藉か!!!』
『私は、いつだってアンタの先生で、アンタの味方だからね!』

 そして、『とう!』という掛け声とともに窓から身を投げた先生。

『と、飛んだだと!? 何を考えてるんだ…!! 追え! 追うんだ!!』

 部屋にやって来た教会騎士のナイト達は、そのままドアを閉めて鍵をかけ、
 外に向かったのだろう、廊下から離れていく。
 わたしは驚いて窓辺に駆け寄り、窓から外を見降ろした。

『え、エルナ!! 急に飛び降りるなんて何を考えてるんですかぁぁぁぁぁぁぁ………!!!』
『せ、先生…!! エルナ先生!! はやく、はやく、つたって上るなり降りるなりしてくださいぃぃぃぃ……!!!』
『いやー。ゴメンゴメン。先生下に降りるからゆっくり伸ばしていってくんない?』

 少し離れた横の窓から、エルナ先生の命綱のロープを渾身の力で引っ張っているのだろう。
 そんな声と共に、無事に下に下ろされていくエルナ先生を見てほっと一息つくのと同時に、そんな無茶苦茶で破天荒な行動が、とてもおかしかった。
 下に降りた後は、教会でいつも授業をボイコットしていた先生の天下だ。教会の隅から隅まで庭のようなものだろう。
 走り去って、もう姿が見えなくなってしまった。
 その直後、ナイトが『探せ! そう遠くには行ってないはずだ!!』と声を上げながら、ウロウロしていた。
 …先生の事だから、たぶんそれをどこかで見ていて、『これでアイツら完徹ね! ざまあみろ!』って笑っている姿が、容易に想像できた。
 わたしは窓を閉じて、先生から渡された手紙に目を通す…
 その手紙の字は…いつも、文字を書き慣れていないような、それでも、一生懸命書いてくれたような、そんな文字…

『ヴァイさん…』

 手紙を胸に抱えて、わたしはまた涙した。
 でも、今夜のは違う。いつもの悲しくて泣いていた涙じゃなくて、
 嬉しくて、泣いていた。

 手紙にもう一度目を落として…最初から、文章を何度も何度も追った。
 そして、最後の言葉に目を落とす。


 ―――必ず。迎えに来る。





□リエステール。宿舎

 あれからわたし達は宿屋に戻ってそのまま一緒のベッドに潜った。
 教会を抜け出してから、一人で眠ると怖くて、それ以来こうして一緒に眠ってくれる事が多かった。
 目を閉じて、意識が落ちるのを待つ……だけど、こんな時は余計に考え事をしてしまう。
 ……思い出したのは、今朝の事だった。
 教会の廊下であった、あいちゃんのような事もそう珍しくなかった。
 あいちゃんだけじゃない。他の友達でも、あんな事があった。
 もう。あの輪の中に溶け込むことは出来ない。
 それを思うだけで哀しくなり、寂しくなり、涙が止まらなくなる。
 まるで負の連鎖である。

「…」
「…リスティ。泣いてるのか…?」
「い、いえ…なんでも、ないです…」
「そうか。無理はするなよ?」

 ふとした時に涙が流れれば、心は黒一色に塗りつぶされ
 ぽろぽろ ぽろぽろとこぼれて止まらなくなる。声を押し殺して、泣き続ける。
 そんな自分が、どうしようもなく嫌だった。




◆一ヶ月前。リエステール教会。

 いつか、ヴァイさんは言っていた。
 それは、最司教様からヴァイさんが直々に聖女を守護する者として認められて。
 教会がわたしの……いや、アルティア様の護衛という役割を認めたという事だった。
 …たぶん、認められたというよりも、認めさせた。と言った方が正しいのかも知れないけれど、
 それでも、公式の場で一緒に居れる事を認めてくれた事に違いは無かった。
 そういった地位を讃えられ『フォルセイナル(聖女の守護者)』という称号をヴァイさんは頂いた。
 だけど、その式典が終わって直ぐにヴァイさんは書状をビリビリと破り捨てて―――わたしは、それに驚いた。

『ヴァイさん!?』
『よしリスティ。これから街に出掛けようか』
『えっ。でもヴァイさん、まだこの後、食事会が…式典は終わってないです―――』
『式典なんざ知らねぇよ。最低限、教会のお飾りとして立ってやったんだ。これ以上付き合ってられるか。
 オレが守るのはアルティアなんかじゃない。だからこんな称号なんぞ向こうが勝手に勘違いしてるだけだ。オレには必要ない。
 お前はアルティアじゃない。だから、お前は教会に拘束されたり、制限されたりする必要なんて無いんだ』

 この言葉に、とくんと胸が高鳴った―――
 『フォルセイナル』という最司教様に直接与えられた名誉。
 アルティアの守護者。そんな立場より、何よりも一番に『わたし』の事を選んでくれた。
 この言葉に、わたしはどれだけ救われただろうか。
 思い出す度に、苦しい気持ちが落ち着いて、優しい気持ちが沸いてくる。

『で、リスティ。行くのか? それとも、式典に戻るのか?』
『もちろん答えなんて決まってます! 行きましょう、ヴァイさん!』
『オッケー。実はマスターの奥さんが新作のデザートを今日から売り出すらしくてな。今度はそれに挑んで見ようと思うんだ』
『あは。 ヴァイさんまたレシピ盗んじゃうつもりなんですか?』

 ごく自然に、わたし達は教会の式典をボイコットして、
 お喋りをしながら、教会を後にして街の方に向かった。




□リエステール。宿舎


「ん…」

 朝になって目が覚めると、宿舎の一室で、ヴァイさんの姿はもうどこにも無かった。
 机には手紙が置いてあって、『支援士の仕事に行ってくる』ということと、
 『泣き疲れているだろう。ゆっくり休め』って書かれてあった。

「ヴァイさん…気づいてたんだ」

 わたしは、何でもないと言ったのに…いつも気にしてくれる。気付いてくれる。
 そんな優しさが、わたしはたまらなく好きだった。
 ぎゅっと、彼の使っていたタオルケットを抱きしめて、息を吸い込む。
 彼でわたしが満たされる。心が満たされる。
 悲しい気持ちを、流してくれる。

(ヴァイ…さん……)

 でも…わたしはいつまで倒錯した思いに流され続けるのだろう。
 ヴァイさんのおかげで、癒される。安心する。幸せになれる。
 だけどその一方で、アルティアという影が心を蝕み、気持ちを激しく揺さぶってくる。
 不安で、恐ろしい気持ちが沸いてしまう。

(わすれたい…全部)

 とくん。と一つ、胸が高鳴る。
 ヴァイさんにも、ひみつのこと
 悪い子だ…わたしは一つ、覚えてしまった。少なくとも、この時間は。辛いことを忘れることが出来る事を

「は…う……」

 タオルケットを抱きしめて、もう一度ベッドに横になる。
 そのまま、わたしは手を伸ばして触れる。
 頭がぼうっとしてきて、何も考えられなくなる。
 心が、強引に塗りつぶされる。

「くぅぅ…ん…く」

 身体がぴくりと反応して、一つ寝返りをうった。
 それでも、逃げられない…この先の圧倒的な魅力に、心を掴んで離さない。
 もう、彼の匂いに包まれて、彼の事しか考えられなくなってしまう。

「…ふぁ…ぁ……ぁっ…ヴァイさん…好き……です…あっ…!」

 嫌なこと全部塗りつぶして、ずっとこうしていられたら良いのに。
 心のどこかで、そう囁く自分の声が、聞こえた気がした。
 溺れてしまいたい……このまま、ずっと

「んくぅぅぅ……!!」

 ぼぅ…っとする意識の中、何かを求めるように、もう片方の手を伸ばして。
 わたしは、タオルケットを抱きしめたまま、自分を慰め続けた。




(最近…増えちゃってる)

 達した後、はふ…と息をついて、天井を見上げる。
 起きてからずっと。こんな時間まで何度も繰り返したのはさすがに自分でもどうかしていると思った。

「わたし、ダメな子になってる気がする……」

 ぽつりと呟いて、はぁ…と一つ息をついた。
 もっとしっかりしなきゃ行けない。せめて、ヴァイさんの足手まといにならないくらいにはなりたい。

「よし!」

 気分を変えよう。そう思って、わたしは身体を起こして、お風呂に向かった。
 ここの宿舎は十六夜形式の共同のお風呂を付けてくれていて、男性と女性が分かれて入れるようになっている。
 でも、こんなに立派なお風呂を作った辺り、宿舎の大家さんはとても思い切りが良いと思った。そのおかげで、わたし達がこうして利用できるのだから。
 脱衣所で服を脱いで、汚れ物として分ける。新しい私服と下着を取り出して、かごの中に入れた。

(そういえば…)

 ちゃぷん。とお風呂に浸かりながら、思い返した。
 エルナ先生、ヴァイさんがお風呂に入っている時に一緒に入ったんだっけ?
 冗談交じりでそんな恥ずかしいことを平然と喋った先生の言葉を思い返して、むっとなった。
 ざぶ。とお湯に顔を付けて沈み、膨れる。
 まだ本格的にお付き合いする前の話とは言え、とても仲の良い先生とヴァイさんの関係は、正直面白くなかった。
 ヴァイさんはそっけない癖に、基本的に優しい。そんなギャップに惹かれる女性は、結構多そうな気がする。
 それは、なんだか嫌な予感だった。

「ぷぁ!」

 お湯から顔を出して、息継ぎをして
 エルナ先生の姿…そのナイスバディなおっきいおっぱいと、女性らしいくびれ。そして、きれいな丸みのお尻を、想像する。
 それに比べて、さっきまで自分で弄ってたところは…
 つるつる。
 さらに、自分の両胸に、両手を当てて、
 ぺたぺた。
 自分の幼女体型に、がくりと項垂れる。
 スタイルで言うなら、とてもエルナ先生に敵わない。

(わたしって、魅力無いのかな……)

 ヴァイさんは、あのエルナ先生に何度もボディタッチのスキンシップを受けてるし、慣れちゃってるのかな…。
 思えば、長い事ずっと一緒に居るのに、そういう事に発展したことが、なかった気がする。
 身体も小さいし、子供っぽいから、エルナ先生に抱き付かれたり、おっぱい押し付けられたりして慣れてるヴァイさんじゃ、わたしなんて女性として見てくれないのかも知れない。
 ずーん……と気が沈んだけれども、首を振って思い返す。
 ここで引いたら何にも変わらない!
 他の女の子になんか、負けられないもん。

(……今度、わたしもヴァイさんのお風呂に突入しよう!)

 その時、彼はどんな反応をするだろうか。
 慌てるのかな? 恥ずかしがるのかな?
 それを考えるだけで笑いがこみ上げてきた。



「ただいま」
「おかえりなさい!」

 お風呂から上がって少ししたら、ヴァイさんが帰って来た。
 結構早い時間だから、早く仕事が終わったんだと思う。

「ごめんなさい…わたしもお手伝いできれば良かったのに」
「気にすんな。辛い時は辛いって言ってくれれば良い」

 ヴァイさんを見つめて謝ると、ヴァイさんは優しくなでなでしてくれる。
 わたしは…この人の力になりたい。いつまでも、クヨクヨしているわたしで居たくない。

「っと、そうだ。教会の方からまた呼ばれたんだ」
「え…またですか?」

 息をのみ込んで、そのヴァイさんの発言に少し顔をしかめる。
 教会の事は嫌いじゃない…ううん。むしろ好き。じゃないと、カーディアルトなんてしてない。
 エルナ先生にケルト先生。他にも、色んな人に優しくしてもらった、わたしの思い出の場所だから。
 当然、教会には優しい人や尊敬できる人がいっぱいいる。
 だけど、全部が全部そういう人じゃない。嫌な人ももちろん居る…それは、昨日会った神父もそうだった。
 そういう人に会わされるのは、いくらお世話になった教会の事とはいえ、正直に嫌だった。

「ああいや。前にもあっただろうけど、誰かに会うとかそういう話じゃなくて、久しぶりに教会に泊まっていったらどうだ?っていう話だ。
 また大方、たまには教会に居てくれないと威厳が。とかそういう下らない話なんだろうけど
 それでも、教師練の部屋だからエルナ先生とも近いし、安心できるだろ?」
「う、うん…」

 前にも何回か、こうして教会にお泊りする事はあった。特に「アルティアが」とか言われる事もなく、ただ教会の部屋で聖書を読んで勉強して、
 お祈りをして、食堂で同じスープとパンを食べる。というこちらの希望を通してくれるし、教会から言われる要求の中では、アルティアになる以前みたいな生活で過ごせるから、割と気に入っているモノだった。
 「どうしても不安なら、エルナ先生の部屋に行っても良いしな」って続いたヴァイさんの言葉に、ほっとする。
 うん。難しく考えなくて良い。教会の優しい空気はわたしは好きだから、それに触れる機会は、嬉しい。

「今回も…ヴァイさんも一緒に来てくれますか…?」
「決まってんだろ」

 わたしの不安そうな声に、ヴァイさんはおでこを指でツンってついて、答えてくれた。
 ヴァイさんと一緒なら、さらに安心できる。
 教会でどんなことをしようか。どんな話をしようか。
 いや。ただ一緒に居てただ一緒に横になってくれるだけでも、幸せだ。
 わたしは、顔がにやけていないか不安になって、手を頬に添えて顔を撫でた。

「今日は早く帰れたから晩飯は期待してくれよ」
「はいっ! ヴァイさんの作るお料理美味しいから、楽しみです!」

 そんなわたしの行動に特に何を言うでもなく、
 ヴァイさんは、袋を持ち上げて、いっぱいの食材を見せてくれた。
 今は、この幸せな時間に甘えていたかった。
 ヴァイさんと過ごせる。飴の様に優しくて甘い時間に



◆一年前。リエステール教会


    ――――『ありがとう』・・・・わたしは、ただそう言いたかった

 貴方は、こんなにもわたしの為に悩んでくれた。
 貴方は、こんなにもわたしの事を思ってくれた。

 ・・・ありがとう。ヴァイ



『・・・・』

 光が収束し銀十字のロザリオから、粒子が空へと舞い上がっていく。
 とても、幻想的な光景だった。
 ヴァイさんから頼まれて…わたしは、一介のアリスキュアでは難しいって言ったのだけれど。
 それでもヴァイさんは、他の誰でもなく、わたしに浄化をして欲しいと言ってくれた。
 片足を地に着け、大聖堂で祈りを捧げる。
 その隣で、ヴァイさんは呟いた。
 ……ヴァイさんは、泣いていた。弱さを露わにしていた。


『馬鹿…馬鹿ヤロ……。ありがとうって…それはオレの台詞だろうが。
 お前は、ホントに馬鹿なんだよ…!! 散々、クラスで浮いてでも孤児院の方に来やがって……!!
 孤児のオレ達なんか放っておけば、聖女の器の儀式にも良いナイトが付いたんだろうに……!!
 だけど、それじゃあ嫌なんだよ……お前が来てくれた事、お前が、オレ達と一緒に過ごしてくれた事。
 …お前のくれた時間が、本当に嬉しかったんだ。
 ノア…たとえ、オレがヴェイルの生まれ変わりだとか、そう言う運命と位置づけられていたのだろうが、
 結果、お前がオレに微笑みかけてくれたのは…オレの光になってくれたのは、お前が居たからじゃねぇか…』
『……ヴァイ、さん…』
『すまなかった…。オレが、お前の事を何時までも引きずっていたから、お前は逝けなかったんだな…。
 ありがとう…ノア、ありがと……』
『……』

 崩れ落ちたヴァイさんを、わたしはそっと抱きしめた。
 ヴァイさんの顔は、わたしの胸元に付いている。…泣き顔は、きっと見られたくないもの。
 だから、そっと抱きしめた。

『…くっ…うぅ…っ…!!』

 わたしはヴァイさんを抱きしめながら、上を見た。
 そこには、ノアさんが居た。
 ノアさんは、にっこりと笑ってわたしの頬に手を添えて。
 わたしに語り掛けてくれた。

『それにしても悔しいなぁ…でもね。だからこそ、安心して行けるの。
 ヴァイにこんなにステキな女の子が居てくれるんだもん。それなら、大丈夫。
 ぶっきらぼうで冷たそうだけど…本当はね。寂しがり屋で、優しい男の子だから』

 ああ…敵わないなぁ。
 ノアさんの心からヴァイさんを想っている言葉に。
 わたしの事を、祝福してくれることに。
 わたしは、すっと涙が流れた。

『貴方に、ヴァイの事お願いするね』
『約束…約束します…!』

 ―――――わたしにはどこまで出来るかわからないけれど。それでも、この人のそばに一緒に居たい。そう、心から思った。





□リエステール教会。教師練


 翌日。着替えとかを持っていつも通り教会の教師練の方に向かう。
 そして、案内に着いて行って、いつも通りエルナ先生の隣の部屋に入ろうとしたら…

「あ。すみません。そちらの部屋は急な来客で使えないんですよ」
「えっ…」

 若いビショップの…神父様の言葉に、わたしとヴァイさんは顔を見合わせた。

「おい。じゃあどこの部屋なら良いんだよ?」
「ええっと…確か、こちらの方ですね」

 ヴァイさんの言葉に、神父様が案内したのは、突き当り一番奥の部屋だった。
 中を覗けば、他の部屋とそう変わらない。それでも、小奇麗にされた同じ部屋だった。
 でも、知っている人の部屋からかなり遠いのは、少しだけ嫌だな。って思った。
 ヴァイさんも同じだったのか、頭をポリポリ掻いてから、神父様に問いかける。

「参ったな…。ここしか無いのか…?」
「えっと。すみません…確認すれば別の場所もあるかも知れませんが。
 ボクはここに案内するように。と聞いておりまして…少々お時間を頂きますけれど、
 上の者に尋ねて来ましょうか?」

 神父様は、ヴァイさんの言葉に困ったような顔で答える。
 わたしより年上なのは同然だけど…ヴァイさんよりも少し年下くらいな感じだし、たぶん神父様になって間もないのだと思う。
 それにどの部屋も同じだし、エルナ先生のお部屋に行くのにちょっと遠いだけで、行けないわけではない。
 これ以上、神父様を困らせるのも可哀想だった。

「ヴァイさん…わたし、ここで大丈夫ですから」
「そうか? リスティが良いっていうなら、良いんだけど」
「なんだかすみません…ボクも慣れていなくて」

 わたし達の会話に、神父様はさらに申し訳なさそうに頭を下げた。
 教会の職位を特に持っていない神父やシスターは、基本的にこんな風に慎ましい態度を取ってくれるのに、
 どうして副司祭とか、司祭とかの立場を持つと、とたんに偉そうになるのかな……
 全員が全員そうだとは言わないけど、わたしの中ではそんな印象が強かった。

「いいえ。案内ありがとうございました。大変だと思いますけど…頑張ってくださいね」

 わたしは案内してくれた神父様に挨拶をして、頭を下げる。
 それに神父様はほっとしたように息をついて、はにかみながら返した。

「こちらこそありがとうございます。じゃあ、ボクは失礼しますね。 ハハ…実を言えば、細々した用事を言いつけられていたので、助かりました」

 そう言って、神父様は頭を下げて立ち去る。
 ヴァイさんはベッドにどさっと座って、わたしも、その隣に座った。

「さって。どうしようか? と言っても、何もする事無いからなぁ」
「くす…ヴァイさんここの所。お仕事ばっかりで忙しかったですし、ゆっくりお話ししましょう?」
「ああ。そうだな」

 ゆっくりと、ヴァイさんと何気ない話をする。
 マスターさんのお店の料理の話とか。お仕事の話。
 それに、グリッツさんのナンパが上手くいかない可笑しな話とか。
 面白かったり、わくわくしたりするような話を聞いてるだけで、楽しかった。
 そんな話をしている中。

 コンコン

 と、ノックの音が聞こえた。
 「すみませーん!」と、さっきこの部屋に案内をしてくれた神父様の声がドアの向こうから聞こえた。
 ヴァイさんがドアに近づいて、開ける。

「どうしたんだ?」
「また小間使いです…」

 ヴァイさんの言葉に、はぁぁ…と、神父様は深いため息を吐いた。
 本当に大変そう…。わたしも人の事言えないけど。きっと頼まれたら嫌だって言えないタイプなんだと思う。
 それにしても、何の用なんだろう…? また嫌なことじゃないと良いんだけど…

「ヴァイ・リュークベルさんに用があるそうです」
「は? オレに?」

 わたしはそっと聞き耳を立てていたけど、神父様の言葉にどきりとした。
 とても珍しい…というよりも、今までそんな事無かった気がするような…?
 教会で、わたしよりもヴァイさんに声が掛かるというのが、なんだか不思議だった。

「ヴァイさん……?」

 そっと入口を覗き込む。ヴァイさんは顔をこちらに向けて、答える。

「悪ぃリスティ。ちょっと行ってくる」
「は、はい…」

 本当は行って欲しくなかった。無視してお話を続けたかった。
 けれど、教会の呼び出しをあからさまに無視するのも良くない。
 引き留めようか迷っていたけど、切り出す間もなく。「鍵掛けとけよ」と言って、ヴァイさんは行ってしまった。
 …ヴァイさんの事だから。きっとわたしが呼び出されて嫌な思いさせるよりは、自分が行けば良いならそれに越したことはない。という風に考えていそうだけど…
 戻って、わたしはぽふ。とベッドに座って、そのままごろんとベッドに寝転んだ。

(…早く、帰って来てくれないかな…)

 髪の毛を触りながら、そんなことを思っていた。





 オレは神父に案内されるまま、交流室という感じか…机と椅子が並んだところに、案内された。
 目の前には二人の神父。案内してくれた若い神父と比べれば幾らか壮年で、おそらく彼の上司か何かなのだろう。

「で? オレに用ってどういうつもりなんだ?」

 ガタッと椅子に座り、二人の神父に切り出す。
 その二人の神父は、案内役の若い神父に「もう良いぞ」と言って、席を外させた。

「よく来てくださいました。ヴァイ・リュークベル殿。わざわざお越し下さりありがとうございます」
「前口上はどうでも良いからさっさと本題を言いやがれ」

 教会の礼儀と言うやつなのだろうか、煩わしかったりまどろっこしかったりする所は未だに慣れない。
 神父は「失礼。いつもの癖でございまして」と切り出して、語った。

「聖女アルティアの事で先日同志が失礼をした次第ですが、彼の気持ちも察して頂きたいのです。我々としても聖女アルティアの再来は僥倖なのです」
「ふん…」

 彼の気持ちを察しろって。こっちの…リスティの気持ちを察する事もしなかったヤツの何を察してやれと言うのか。
 鼻持ちならない態度が気に入らなかった。
 すると、もう一人の神父が口を開いた。

「ところで、聖女の守(フォルセイナル)としての活躍はどうなのですか? アルティア様はご健康そうに見えましたが」
「知るかよんなモン。オレが護るのはリスティだ。聖女アルティアを護ってるワケじゃない」

 「もう良いだろ?」と言葉を続けて席を立とうと思ったが、
 目を向ければ、神父二人はニヤニヤと笑いながら…隠しもせずに、ふはっと笑いを吹きだしていた。
 …なんだ。この態度は?

「護る。護るね…くくっ」
「何が可笑しい。手前ぇ等、何をたくらんでやがる」
「いえいえ。なんでもありませんよ。ところで、お詫びの印としてですが、聖酒を祝福の杯としてどうでしょうか?」

 何の脈絡もなく取り出した酒。そして、まるで中身を感じられない会話。
 嫌な予感がする。急いでリスティの所に戻らないといけない。

「いや。要らねぇ。もう行かせてもらうぜ?」
「まあまあ。そう言わずに…」

 神父の一人がオレの腕を掴んで、立ち去るのを妨げる。
 振りほどいて行こうと思ったが、一つ嫌らしい笑いを浮かべた神父がぼそりと呟いた。

「殴りますか? 良いですよ…ですが、我々はただ貴方と仲良くなる為に、お酒を酌み交わそうと提案しているだけです。
 そこで貴方が我々を殴ったらどうなると思いますか? 教会の騎士が貴方を取り押さえて、ジャッジメントが裁きを下すでしょう。素直に従った方が身のためですよ…?」
「ぐっ……!!」

 その言葉に、ぶん殴ろうとした衝動を思いとどまった。
 確かに、ここでは人の目も多い。他の人からすれば、ただ話をして酒を交わそうとしているだけだ。
 この神父二人には、何も非が無いようにしか映らないだろう。
 そんな中、急にオレが殴りかかれば、どちらに非があるようになってしまうか。それは火を見るよりも明らかだった。

「さあさあ。ヴァイ殿…聞けば、あまりお酒に強くないらしいですが、安心下さい。眠ってしまってもここは教会なので、誰かに介抱させましょう」
(こいつ等……!!)

 オレが酒に弱い事まで知ってるのか…!

「くそっ!」

 オレはガタッと椅子に座りなおす。今ここで、席を立つことが出来ない。
 リスティは無事だろうか…あそこは教師練だし…滅多な事は無いと思うが。
 神父二人の中身のない対話を交わしながら、オレは内心焦りながらリスティの事を思っていた。






 コンコン。

 少しうとうとしていると、ノックの音が聞こえる。
 やだ…ちょっとヨダレでてた……。
 ごしごしと拭き取って、ドアの近くまで行く。

「ヴァイ…さん……?」

 言われた通り、鍵は掛けてある。
 このノックがヴァイさんのモノなら、わたしの声に彼の声で返事を返してくれると思った。
 だけど、

 ガチャ!! ガチャ!!

「ひっ…!」

 何の言葉もなく、乱暴にドアが回される!!
 その行動に驚いて、同時にドアの向こうに居るのがヴァイさんじゃない! って言う事が分かった!
 鍵が掛かっているとはいえ、怖い。ドアを蹴破って入ってくるんじゃないかと思うと怖い。
 引き返して、窓から逃げようと思った。
 だけど、窓の下は…

(二階…!)

 そう。案内されたのは二階の部屋。だから、飛び降りるなんて危険なことは出来ない。
 他にどこか逃げれる場所は!? と、振り返ると、ドアが乱暴に回される事は無くなった。
 行っちゃったの…? と思ってドアに近づくと、

 ガチャリ…

 と、静かに鍵が開く音が鳴った。

「嘘っ!? どうして!?」

 蝶番がギィと音を立てて、呆気なく開いてしまったドアから現れたのは……一人の神父様だった。
 しかし、見た目はまるで…こう言っては失礼だけど、豚さんみたいで。なんだか匂う…というか、少し臭い…
 その神父様の手には、この部屋の鍵が握られていた。

「ブヒヒヒヒ…。こんにちわ。聖女アルティア様」

 一目で判る。この人の目は、今まともな事をしようとしている目じゃない。
 わたしは、その雰囲気に怖くて、神父様が一歩一歩近づいてくるのに対して、
 一歩一歩、後ずさりをしていた。

「な、何の用なんですか…!」
「ブヒ、ブヒヒヒヒ。なあに…心優しいボキの部下たちが、ちょっとフィズを握らせただけでボキの『お願い』に協力してくれましてね……少しお話に付き合ってくださいませ」

 わたしは、神父様の言葉にショックを受けた。
 この神父様の言葉をそのまま取れば、彼の部下に賄賂を渡して職権を濫用したという事になる。
 それは、教会に置いて立派な罪になるというのに

「あ、あなたは…何をしているのか判ってるんですか?」
「ブヒヒ。もちろんですアルティア様…むしろ、貴女がこれからされることを理解しておられないのではないですか?」
「きゃ…!」

 気付けば、部屋の奥の方にまでにじり寄られて、ベッドの横まで来ていた。
 そのまま、ドンとベッドに突き飛ばされて、わたしは声を上げる。
 背中を打って、痛みが走った。
 それだけじゃない。そのまま、神父様がわたしの上に覆いかぶさって来た!!

「いやぁ!! 何をするんでるか!!」
「ブヒヒヒヒ……ボキは、貴女みたいな未成熟の少女がだぁい好きでしてねぇ……。聖女の身体。どんな味がするのか、楽しみですよぉ……」

 神父様は舌なめずりをしながら、わたしを抑え込む!

「やっ…やぁっ!!」

 腕を抑えられて動かせないまま、神父様は手にしたロープで両腕を縛って、ベッドの格子に結び付けてしまう。
 乱暴な事をされるのは間違いない!! わたしは、必死に暴れて抵抗をした!

「ぐほぉ!!」

 すると、足が神父様のお腹を思い切り蹴飛ばした!!
 そこまでするつもりは無かったのに、床でゴロゴロと転がった。
 わたしは、覗き込もうと身体を起こすけど…神父様は、ゆらりと起き上がって、
 再び上になって、その手を首に伸ばして…締めてきた!

「い…やぁ…!! やめ…ゲホッ……!!」
「テメェ…よくもやりやがったな!!」

 力が入って、ギリギリと締められて
 いきが…できない……!!

「くるし…ゲホッ…!! や、やめて…ぇ……!!」
「うるせぇ!! ぴーぴー泣くんじゃねえ!! 黙りやがれ!! てめぇみてぇなガキは、アルティアって人形じゃねーと教会に居させる価値なんざ一つもねぇんだよ!!」
「――――っ!?」

 その、
 暴力的な言葉に、
 わたしは……

「ぶひ、ぶひひ…騒ぐんじゃねーぞ…もう一回騒いだら、マジで首絞めるからな…」
「ゲホッ!! ケホッ…!!」

 身体がまるで凍り付いたように、動けない。声も、あげれない…

「ブヒヒヒ。よし…大人しくなったな、それで良い…ヒヒ」

 神父様は、わたしのカーディアルトの衣装に手を掛けて…
 そのまま、一気に引き裂いて、ボロボロにする。

「いやっ……!」
「ふほほー!! ボキ好みのぺたんこおっぱいだぁ!! 見た目どおり、控えめな可愛いさくらんぼじゃのう!」

 破られた。
 カーディアルトの衣装が、



『どうですか? …似合います、か?』

 尋ねたわたしの言葉に、ヴァイさんはそっぽを向いて恥ずかしそうに。そっけない返事で答える。

『知らん。そんな事より』
『は、はぅぅ…そんな事って、酷いぃ…』

 そうやって冗談みたいに言葉を返して。
 その後、銀十字のロザリオ……ノアさんのロザリオを貰った。
 そんな二人の旅立ちの服


 それが………大切な思い出が、破られた。
 無骨な指が、わたしの胸を撫でまわす。
 気持ち悪い。気持ち悪い…
 気持ち悪くなって、胸が苦しくなる…

「ぐす…ひく……」
「ブホホホ。ブヒョヒョヒョ!! 可愛いのう。可愛いのう。おぱんちゅも、純白で実に清純だのぅ。穢れなくて可愛いでちゅねぇ」

 そのまま、神父様はわたしの下着に手を掛ける。
 見られる…全部、わたしの全部
 ヴァイさんにもまだ見せてない全部が、好きでもない男の目に晒される…!

「ふほっ!! 無毛!! ぶほほほ!! ツルツルだったとはのぅ!!」

 下着を膝まで下ろされて、晒される。
 涙が止まらない。
 でも、わたしは………ヴァイさん………!!

「さぁて…ロリっ子…いやいや。聖女の味は、どんな味なのかのぅ…ブホホホホ」

 顔が大事な所に近づいてくる。
 汚される。わたしは、ぎゅって目をつぶった。
 だれか、だれか助けて…!! ヴァイさん…!!

「ぶぼぉ!!!」

 直後、ガン!!と物凄い音がなって、押さえつけられてた身体が楽になった。
 わたしは、驚いて目を開ける。
 そこに飛び込んで来たのは…

「フー…ッ!! フー…ッ!!」

 肩で息をして、椅子を持っている―――エルナ先生。
 神父様は、頭を押さえながら、床を転がりまわっていた。
 エルナ先生は、神父様とわたしの間に入って、わたしを背中に隠す。

「き、貴様…! 一介のシスターの分際で…!!」
「――――エンシェントブライト」

 わたしは、そのエルナ先生の怖いくらい低い声に、身体を震わせた。
 とても、怖い顔をしている。
 先生の放った光群は、寸分違わず、神父様の肩を焼いた。

「ブヒィィィィ!!! 肩!! 肩!! カタカタァァァァァ!!!!」
「――――アルテナフレア」

 そのまま、続けて先生は上位聖術。裁きの炎をまた寸分違わず耳を焼いた。

「ぎゃああああ!! 耳! 耳が熱!! 燃え!! ミミガー!! みみぁぁぁぁぁ!!!」

 裁きの炎が神父様の耳を燃やす尽くすように燻り続けながら、
 神父様は、その炎に激しく床を転がりまわった。

「アンタ…私の生徒に……! ただで済むと、思ってるんでしょうね…!」

 とても冷たい声で言い放った先生の言葉に、わたしは背中がぞくりとなった。
 エルナ先生は、神父様に狙いを定めて、印を結び始める。
 感じるメンタルは…かなり上位聖術のものだった。
 先生、まさか……殺すつもり?!

「――――サン・オブ」
「先生ダメ!!」
「エルナ! ダメよ!!」

 わたしの声と並んで、一人のカーディアルトがエルナ先生の前に立って、聖術を撃たせないようにする。
 その人は…見たことある。リックテールに所属している、シア・スノーフレーク先生。
 シア先生に続けて、二人のビショップとカーディアルトが入ってくる。
 シア先生は、その二人に指示を出していた。

「すぐに自警団に連行して下さい!」
「シアッ!! 邪魔しないで!!」
「エルナこそ落ち着いて下さい!! ここで彼を殺して、過剰防衛をしたら今度は裁かれるのは貴女よ!! そんなの、ケルト君やヴァイ君。リスティに、それに…私だって、望んでません!!」
「わたしは!!! 自分の生徒が傷つけられて!!! そんな良い子ちゃんな考えで納得できるほど人が良いわけじゃないの!! どいてシア!!」
「熱くなってる貴女が行っても話がややこしくなるだけです!! ここは私達に任せて。貴女にはやる事があるでしょう?」
「あっ…!」

 シア先生の言葉に、エルナ先生はわたしの方に目を向けて、急いで駆け寄ってきてくれた。
 先生は、さっきの怖い顔とは変わって、泣きそうな顔で、わたしをぎゅって抱きしめる。
 温かく包まれて、わたしは安心して……そしたら、なぜか肩の震えが止まらなくなってしまった。

「リスティ…! 怖かったね。怖かったよね」
「せん…せ……! せんせ…ぇ…!!」

 先生が力いっぱい抱きしめながら、背中をさすってくれて、
 泣き止まなきゃ。泣き止まなきゃ。と思うのに、
 ぼろぼろと涙が止まらなくて、先生にしがみつくようにしてしまう。

「怖かったよ…怖かったよぉ……!!」
「ごめんね。すぐに来れなくて…。もう怖くないからね……」

 先生も、泣いていたのか…とても震えた声で、わたしを慰めようとしてくれる。
 その後ろで、安堵の息をついたシア先生が言った。

「私は、彼らのサポートをします。エルナ…ちゃんとフォローしてあげてね」
「うん…。シア、ごめん。任せるわ」

 そんな会話と、シア先生が部屋を去っていく気配。
 でも、わたしはそれに気に掛ける余裕もなくて、ただ泣いて叫んでいた。

「せんせ…! ふく…ふく…破られちゃった…! 大切なふくがぁ…
 服破られて、おっぱいに、下も、見られたくないとこ、ヴァイさんより先に見られて、触られちゃってぇ…!! 汚されて…!!
 なんでわたしばっかりこんな目にあうの!! わたし、がんばってるのに…! がんばって、みんなの気持ち応えようとしてるのに!
 こんなことされるなら、アルティア様なんて…要らないよ!!」
「……」
「ともだちも、みんな避けて……! わたし、普通の女の子で居たかった!! みんなと、お勉強して…定例友会に行ってみんなと一緒に楽しみたかった!
 なんで、わたし参加しちゃダメなの…なんでわたしだけ、変な目で見られなきゃならないの!!
 嫌だぁ……もう、嫌だよぉ……!!」
「リスティ……ごめんね。」

 先生の、絞り出すような声に、わたしは、ハッとなった。
 悪いのは先生じゃないのに…わたしは、先生に当たって…。
 先生に当たっても仕方ないのに。

「ご、ごめんなさい…!! わたし、先生に酷いこと……!」
「いいのよ。だって私は先生だもの。リスティの辛い事、ちゃんと聞いててあげるよ」

 どこまでも、優しい言葉に。
 わたしはとても落ち着けて…それだけで、わたしは助けられる…。
 どうしてこんなに優しくできるんだろう……優しくしてくれるんだろう。
 わたしは、先生にぎゅって抱き付いた。

「……先生。あのね…」
「なぁに、リスティ」

 優しい声と、髪をさらさらと撫でられて、わたしは目を細める。

「ヴァイさんには…このこと、言わないでほしいです…」

 あんな、犯されるようなことがあって、色んなとこ見られたなんて知られたらと思うと……
 例え…ヴァイさんに嫌われるくらいなら、他の誰かに嫌われても構わない。
 幻滅されて、嫌われるのだけは、絶対に嫌だった。
 どうして?という顔をしたエルナ先生の目を…胸元に抱きしめられて、わたしより上にある先生の顔をじっと見つめて、訴える。
 先生は、ふぅ…と一つ息をついて、頭をなでなでした。

「判ったわ。先生とリスティの内緒ね。 シア達にも言っとく」
「はい……。あと、もうひとつだけ……」
「うん。言ってごらんリスティ」

 ぎゅって、腕に力を込めて、先生に甘える。

「このまま…ぎゅってしててください……」
「良いわよ。リスティの気が済むまで、ぎゅってしててあげるからね」

 先生が、子守唄を歌いながら、ゆっくりと頭をなんども撫でてくれる。
 …せんせ…歌、上手なんだ……
 だいすきな、先生……。わたしは、ゆっくりと目を閉じて……先生に、身をゆだねた。






「リスティ!! リスティ!!」

 ようやく神父どもから抜け出して、急いで部屋に戻る。
 そこには、カーディアルトの服から、寝間着のキャミソールに着替えさせられて、横になっているリスティが居た。
 そして、そのリスティに膝枕をして、ゆっくりと頭を撫でている人物が。

「しーっ…。寝ちゃったみたいだから、あんまり騒いじゃダメよ」
「エルナさん…」

 ほっ…と、息を吐いて、安堵の声を漏らす。
 すぅすぅと寝息を立てて、眠っているみたいだった。
 何かあると思ったけれど、杞憂だったか。安心して椅子に腰を掛けた。
 と、エルナさんは責めるような口調で口を開く。

「だいたい、リスティほっといてどこに行ってたのよバカ」
「いや、教会の神父二人に執拗に絡まれてさ。ようやく抜け出せたんだよ」

 あの神父どもから抜け出す隙が中々つかめず、困っていたところにケルトが来たのだ。
 ケルトが、『友好を広めるのも確かに良い事ですが、お仕事は宜しいのですか?』など、ヤツらに反論させない喋りをして、
 その隙に、抜けてここまで走って来れた。という流れだった。
 その話をすると、エルナさんは納得したように一息つき、

「なるほどね…そういう事だったんだ。 ヴァイ、後でその神父二人が誰か教えて頂戴ね。大切な彼女が居る彼氏に嫌がらせとか馬の代わりに蹴っておくわ」
「ああ。良いけど……蹴るってエルナさん相変わらずだなオイ…」

 何と言うか。この人は本当にアグレッシブだな…
 いつものエルナさんと言えばその通りなのだが、
 しかし、そんな事までするって…やはり何かあったのだろうか?

「なぁ。その…本当に何も無かったか? リスティの身に。さ」

 オレの質問に、エルナさんは頬に手を当て、目を虚空に向ける。
 考えるような素振りをしてから、真っ直ぐにオレを見て、エルナさんは答えた。

「んーん。何にも無かったわよ。せいぜいあったと言えば、リスティがカーディアルトの服ままで寝てたもんだから、
 寝苦しいかなと思ってキャミソールに着替えさせたんだけどさぁ…。
 慣れないことするものじゃないわね……。思いっきり破っちゃってね。ごめんねヴァイ。後でリスティにも謝っておかないとね」
「ああ。そうしてやってくれ。 すげぇ大事にしてたから、怒ったり拗ねたりするかもしれないけどさ」

 カーディアルトの服は……いや、新しいカーディアルトの服を着て歩いた道筋は、オレ達の旅の思い出で、
 リスティは、カーディアルトの服をそんな風に考えて気に入って身に着けていた。
 服自体なら新しいのを用意すればどうという事はない。
 だけど、不注意だったなら仕方がないけど、リスティはちょっと拗ねたりするかもしれない。

「あはは…それはちょっと困ったわね…とにかく、平謝りするわ」

 エルナさんの困ったような声に、やれやれとオレは首を竦める。
 まあ…後でオレの方からもフォローしてやっておくか。

「あの、ね…」
「ん?」

 エルナさんは、尋ねるように口を開いてから、なぜか「あー…」「んー…」と言葉を濁して、考えるような素振りをした後、
 ようやく、口を開いて尋ねた。

「あのさ。ヴァイ。深い意味は無いから怒らないでね?」
「なんだよ…変な切り出ししてさ」
「ヴァイって、リスティの事、本当に好きなの?」

 そのエルナさんの言葉に、オレは思わず眉をひそめる。
 その表情を見てか、エルナさんはすぐに言葉を付け加えた。

「いや。変な意味じゃなくてね。リスティとの出会いも、言うなればノアの形見でしょ? リスティを見てノアの影を追っているのかどうか、そりゃあ先生の大切な教え子なんですから、その辺きっちりと知っておきたいわけよ!!」

 まくし立てるように言ったエルナさんの言葉に、オレはさっきエルナさんがやったように、人差し指を口の前に当てて、「しーっ…」と言う。
 その事に、はっとしてエルナさんは黙った。
 ……まあ、そう思われるのも当然なのかもしれない。オレ達の出会い方はそれだけ特殊に満ちていた。

「なあ。エルナさん。オレが…オレ達が、教会から抜け出して一年近く、色んな所で逃げながら生活をした。その時の話だ」

 黙って耳を傾けるエルナさんに、オレは言葉を続ける。

「定例友会の列を見てさ、リスティがすごく羨ましそうにしててさ。何とかしてやりたいって思ったけど、別に良いです。って言って、どっからどう見ても我慢してるの丸わかりなのにさ。
 他にも、いっぱい聖術を勉強して、カーディアルトとしての術を身に着けて……アルティアとかで大変な目にあったけど、エルナさんやケルト、それに友達の居る教会が、こいつは結局好きなんだろうな。
 期待に応えようとして頑張ってさ……新しい聖術を身に着けるために聖術覚えて。それで、覚えたての聖術を何度も自慢するんだぜ。でも、すごく嬉しそうにしてるから、オレも「もう判ったよ」って思いつつも、リスティが笑ってるのが嬉しかったんだ」

 ここまで一気に喋って、オレは思い返す。
 だけど、それだけじゃない。

「でも、周りの目はどうだ…傷を癒せば「さすがアルティア様」。「アルティア様なら当然ですね」だと? ふざけんじゃねぇ…寄って集って14の少女に、何媚びへつらってるんだ。
 何をしてもアルティア様。どこに行ってもアルティア様。エルナさん。信じられるか? 友達からは畏れられ、他人からはアルティアという名前で羨まれる。
 どんなに頑張っても、どんなに努力しても、全部アルティアが居るからだって。
 何度それで泣いたか。何度それで心が挫けたか。 それでも……こいつは、教会が好きだから。何度も前を向いて、立ち上がって、頑張るんだ……」

 そう。だから

「オレは、そんな立場に置かれても、何度も立ち上がろうとするリスティが愛おしいと思った。護ってやりたい。
 せめて、オレだけは理解者で居てやりたい、全部を敵に回してでも、オレはリスティの傍に居たい。
 こいつの為なら、オレは泥を被り続けることも厭わない…そう、思ってる」

 真っ直ぐ、エルナさんを見て言う。
 話し終えた言葉に、エルナさんは満足したように一つため息をついて

「全く…熱いわね。普段クールなくせに。リスティに言ってやれば良いじゃない。喜ぶわよ?」
「う、うっさいな…。こんな気恥ずかしい事、本人に言えるか…」

 茶化すようなエルナさんの言葉に、大真面目に語ったことが恥ずかしくなって、そっぽを向く。
 リスティは…規則正しく、すぅすぅと寝息を立ててるみたいだし、寝てるよな?
 エルナさんがくすくすと笑った後に、思い出したように言った。

「そういえばヴァイ。私、そろそろ孤児院周辺の掃除行かないといけないんだけど」
「え。行けば良いじゃないか…? って、そうか…」

 いきなり何の脈絡もない事いうな…と思ったけれど、エルナさんも仕事がある。
 そして、今の状態は…リスティに、膝枕してる状態。
 言おうとしていることは分かった。

「ったく。とんだ不良シスターだな…行ってくるよ」
「よろしくねー」

 軽口で見送るエルナさんを尻目に、オレは部屋を後にした。
 ……あの人、単にサボる口実欲しかっただけじゃないだろうな…そんな事を考えながら。





「やれやれ…リスティ、起きてるでしょ」

 ヴァイさんが立ち去った後、エルナ先生の言葉に身体をびくっと揺らす。
 言われた通りに身体を転がして、エルナ先生の顔を見上げる……顔が、すごく熱い。

「うわ…顔真っ赤ね…。いつから起きてたの?」
「えと…ヴァイさんが、戻ってきた辺りです……」

 ああ、やっぱり顔が真っ赤になっちゃってるんだ。
 ヴァイさんが……わたしの事、あそこまで考えてくれているなんて、思ってなくて……

「ねぇ。リスティ…貴女が貴女で居てくれる限り、ヴァイもそう。私もそう。ケルトも、シアも…貴女を愛してるわ」
「……はい。でも…」
「でも。何かあるの?」

 わたしの思っている事は、贅沢なのかな。我が侭なのかな…
 先生に、気持ちを口にした。

「友達と…昔みたいに遊びたい……」

 ヴァイさんやエルナ先生に愛して貰えるのは嬉しい。だけど、わたしは…友達と遊ぶことも、ずっと我慢してきた。
 わたしの言葉に、エルナ先生は一つ頷いた。

「そうよね。普通なら、友達といっぱい思い出作る時期だものね」

 そう呟いてから、エルナ先生は「よしっ」と一つ声を上げた。

「じゃ、誘って遊んじゃいましょうか」
「えっ…でも」

 そう。簡単に先生は言ったけど、教会の人はアルティアである自分に気軽に声を掛けることは禁じられている。
 極端な話、わたしが廊下を歩いたなら、立ち止まって頭を下げ続けなければならない。というくらいになっている。
 それなのに、先生は冗談しかめて、指でわたしの頬を突きながら言ってのけた。

「むぎゅ…」
「リスティが悲しむルールなんでぶち壊してみせるわ……とまでは行かなくても、なんとかして見せるわ」
「なんですかそれ…」

 まるでセリフみたいに気取って言う先生に、わたしは思わず、「もうっ」と思ってしまった。
 だけど、先生は胸に手を置いて、自信満々に言うのでした。

「先生にまっかせなさい!」





□リエステール教会 対談室


「ずぅぅぅぅん………」

 あたしは机に突っ伏して、口で擬音を出しながらグリグリと額を擦りつける。

「あたしってほんとバカ。大バカ。まじ死ねばいい」

 ガンッ、ガンッと何度も机に頭を叩き付けて、自己嫌悪する。
 それを見ていた友人二人が止めるのがいつもの流れ…

「今日で三日目だっけ四日目だっけ?」
「平常運転だし良いんじゃない」

 …あ、アレ? 冷たくないッスか?
 ガバッ! と身体を起こして友人二人…クリアとフュリに訴える。

「だって! いきなり不意打ちだったとは言えなんであたしあんな態度しちゃったかなぁぁぁぁぁああああああああ今思い出しただけでも死ねあたし!!」
「アイラそれ8回目ね」

 聖書に目を落としながら、クリアが冷静にツッコミを入れる。
 一方で、フュリも同じく聖書に目を落としながら冷静にツッコミを入れに来た。

「別に間違った行為っていうわけでもないでしょ? 先生たちからは、いくら友達でも対等にする事禁じられてるんだし」
「うっ…そ、それはそうだけど…」

 言う事は判る。ごもっともだ。先生の言う事も判ってはいる。
 だけど、あたしはやっぱり納得できなかった。
 すると、クリアが急に顔を上げて、対談室の入口の所を見た。

「どったん? クリア」
「向こうがざわついてるわね」

 言われてみれば、入口の所が少しざわついていた。
 それが、近くなってくるような…って

「ちょ、ちょっと…」

 どうしよう。と思って二人を見たが、二人も戸惑っているようだった。
 そんな事をしてる間に、そこに居た人物は、自分たちの所までやって来て、
 昔みたいに、いつも通りに挨拶をした。

「お、おはよう…あいちゃん、くーちゃん…フュリちゃん」

 リスティ…違う。アルティア様。
 どうすれば良いのか判らなかった。あたし達は、アルティア様と対等にしてはいけない。
 相手は、この教会の一番トップ。象徴で…あたし達とは違う立場にいらっしゃるのだ。
 そう、先生が言っていた。
 あたし達は顔を見合わせて、どうしようとアイコンタクトを取っていた。

「……」

 アルティア様も、どこか目をキョロキョロさせている。
 ああ。変わってない。困ってる時の癖だ。なにも、変わってないんだ。
 あたしは、嫌だ。困っている人を放っておくのが。
 このまま他人行儀のままで居るのが。

「お、お勉強教えて欲しいな…。くーちゃん能昂とか得意でしょ? フュリちゃん治癒魔法得意で、あいちゃん攻撃聖術得意だから」
「ぁ…」

 覚えていてくれたんだ。そう思って
 声を掛けようと、あたしが一声上げた直後だった。

「お前たち! 何をしているのだ!!」
「っ!」

 壮年の神父様が、詰まったような声で怒りながら声を上げ、ズンズンとこっちに近づいてくる。
 そして、あたし達三人に叱りつけて来た。

「この方がアルティア様なのは周知の事だろう! 頭を下げんか愚か者が!!」

 いきなりの事で、いきなり怒られて、良くわからないままに、戸惑っているあたし達
 痺れを切らした神父様が、あたし達に怒鳴り散らした。

「まだ判らないのか! この方は我々とは違う尊い存在なのだ!! そんな方に教会の者でありながら、馴れ馴れしくするなど…信者からすれば、アルティア様の尊厳を疑う要素になる!
 お前たちが勉強を教えるような真似をしてみないか…! そんな事をしては、どう思われてしまうのか。 良いか。この方は……」
「やめろ……」

 ただ、静かな一言。
 怒鳴り散らした神父様の肩を掴んで、それを止めたのは、アルティア様といつも一緒に居て守護している剣士…フォルセイナル。

「それ以上、言うな…」
「し、しかしですね…ヴァイ殿」

 良い淀む神父様に、フォルセイナルは顔を俯かせたまま、訴える。

「何で…どうして、お前たちは判ってやってくれないんだ。 ……いつまで自分の物差しでしか、物を図ることが出来ないんだ!!」

 声を荒げて、あたし達はびくりと身体を震わせる。
 怖いくらいに真剣に、神父様に訴えかけていたんだ。

「アイツは、本当なら今でも友達と一緒に授業を受けて、仲良く遊んで、笑い合って……普通の学校生活をしていたんだ!!
 そんな数年を過ごして、普通に卒業したら、自分のやりたいことが出来たんだ!!
 このまま教会に所属したかもしれない。お店を開いたかもしれない。動物を飼って畑を耕したかもしれない。ステキな人を見つけて、結婚したかもしれない。
 その可能性を、全部……全部潰されたんだぞ!! 未来を!! だから……頼むから、今だけは、そっとしておいてやってくれ……!!!
 我が侭でもなんでも構わないから、アイツに『普通』の事を、させてやってくれよ……!!!」

 そのまま、フォルセイナルは地面に伏し、土下座をする。
 そこまでの行動をされて、神父様は焦った。
 そのフォルセイナルの行動を見て、クリアは何を思ったのか。

「決めた。私、もう嫌」

 そう言って立ち上がって……
 あろうことか、アルティア様をぎゅうっと抱きしめたのだ!!

「ひゃ…」
「あ、あ、あんたなにやって!?」
「何って? リス子もふもふしてんの。羨ましい?」
「おま…お前!! 何を考えておるんだ!!」

 それにつられて、フュリも立ち上がって今度はクリアとは逆から、アルティア様をぎゅうっと抱きしめる。

「ふえ…!?」
「羨ましかったからやってみたけど、思い切るのも良いものだねぇ」
「で、アイラ。アンタはどうすんの? たぶん懲罰は免れない、それが嫌なら良いよ。私は別にアンタを恨んだりしないし」

 フュリの行動とクリアの言葉に、あたしは思考が回る。
 あたしは、あたしは…!!

「あたしだって!! リスティぎゅーってしてほっぺとか他いろいろとふにふにしたい! 頭なでなでして抱っこして。飼いたいんだから!!」

 そして、あたしもリスティに飛びかかって抱き付く。

「うぉっ…」
「きゃぁ!」

 各々、悲鳴を上げて地面に転がって、じゃれ合う。
 ええいもうどうにでもなーれーー!!

「うはーーーい!! 久しぶりのリスティだぁ! すべすべでふにふにする。ペロペロしたいしていいよね!?」
「やめ…ひゃはは…!! ダメだよあいちゃん!!」

 そのもみくちゃにじゃれ合っている光景に、神父様はふるふると顔を真っ赤にして震えながら、さらに怒る。
 でも、もう何も怖くない!! だってあたし、一人ぼっちじゃないもの!!

「何の騒ぎですか」

 すると、その場に鋭い女性の声が渡る。
 神父やシスターとかそういう位の人ではない。目の前に居たのは、副司祭アリエル様。
 アリエル様はこの状況を見渡して、納得したように頷いた。

「アイラ。クリア。フュリ。はしたない真似はやめて立ちなさい」

 その言葉に、あたし達はしぶしぶリスティから離れて立ち上がる。
 次に、アリエル様は土下座しているフォルセイナルに近づいて声を掛けられた。

「良い男が簡単に土下座なんてするものではありませんよ。顔を上げて立ちなさい」
「…嫌だ」

 頭を下げたまま、フォルセイナルははっきりと否定の言葉を言い放った。

「オレは簡単な気持ちで頭を下げているワケじゃない。アンタ等が納得いく意見をくれるまで、オレは決して上げない」
「…それは出来ません。彼女の…聖女アルティア様の影響は、あなたが想像している以上にとても大きいものです。あなた達の事情に配慮してアルティア様に自由は与えました。
 しかし、私達教会の人間が信仰すべきアルティア様に対して、まるで対等にしてしまっては、信仰対象として疑問が生まれます。その疑問は歪を生まれさせます。
 やがて、その歪は良くないことを引き起こす可能性があります。……私たちは、それを防ぐために、厳しいかもしれませんがルールを設けました。それを理解してください」

 優しくも、淡々と言い放つアリエル様に、フォルセイナルは黙って動こうとしない。
 アリエル様の言う通り。信仰対象に疑問が生じれば、信者は離れていく…そうすれば、教会がなくなるかも知れない。
 そうすると、人々を祝福して癒しの聖術を行ったり、悪行を裁く公の組織がなくなる。治安が悪くなる可能性だってある。
 だから、あたし達はリスティをアルティア様として信仰する事を強いられているんだ…。

「ですが」

 でも。
 アリエル様が言葉を続けた。

「大の男が、土下座をしてまで頼んだ事を無下にする者が教会に居る。というのも、また信者は疑問を抱くでしょう」

 そう言って、アリエル様はこの場を後にした。
 その去り際、アリエル様はあたし達に言った。

「アイラ。クリア。フュリ。次は私の授業でしたね。遅れますよ」
「は、はい…」

 あたし達は何も言い返すことができず、ただ頷くだけしかできなかった。
 でも、

「それに、『リスティ』」
「えっ…!」

 アリエル様の言葉に耳を疑う。
 アリエル様自身が、リスティって呼んでくれた。
 その事に、リスティ自身も驚いていた。

「あなたも、もし私の授業に遅刻したなら、廊下に立っていて貰いますからね」

 そう言い残して、アリエル様は去って行った。
 フォルセイナルは顔を上げて、驚いた顔をしている。
 あたし達は顔を見合わせて、リスティの手を取った。

「行こう!リスティ! 遅れちゃうよ!」

 そのまま、引っ張ってこの場を後にする。
 リスティは、手を取られたことに驚いて、
 そして、泣きそうな笑顔を見せながら、答えた。

「……うん!!」




◇エピローグ ~そして現在~


『先ほども言いましたが、たくさんの信者の為に、私達教会の人間があなたと対等になることは出来ません。あなたをリスティと見る事は、残念ですができません。
 だけど、あなたがアルティアとして居る事。その運命に、何かしら意味があると、私は思います。
 辛い事も多いでしょう。しかし、あなただけにしか出来ないことがあります。それはとても素晴らしい事です。
 リスティ。私に出来るのはここまでです。 あなたの聖女アルティアという立場と折り合いを付けてください。
 それでも、どうしても我慢できなくなったら、あなたの周りに頼りなさい。必ず力になってくれます』

 わたしは鏡台に座り胸に手を当てて、アリエル様の言葉を思い出す。
 ちょっぴり厳しい印象もあったけれど、エルナ先生の先生だった人だからか、
 言葉の最後に、いたずらっぽく笑って一言付け加えて。

『聖女アルティアという事に囚われずに、あなたはあなたらしく居てください。そうすれば、みんなあなたの事を愛してくれますよ』

 わたしは寝間着のキャミソールを脱いで、カーディアルトの服に着替える。
 部屋を出て、リビングに出れば…

「おっはよー。リスティ」
「リスティ、おはようなのじゃ」

 リオナさん。エミィさん。

「よう。おはようさん」
「おはよ。リスティ」

 ティールさん。ディンさん
 そして、

「おはよう。リスティ」
「ヴァイさん…」

 彼を見つけて駆け寄る。
 すると、エミィさんがぶーぶーという感じで冗談ぽく言ってきた。

「ちぇー。なんじゃ、ヴァイがやはり一番なのかのぅ」
「エミィ。私達、寂しいねぇ」

 リオナさんとエミィさんが二人で寄り添って話すのを聞いて、わたしは慌てて振り返る。

「わ。そんなつもりじゃ…わたし、みなさんの事も、大好き、ですよ…?」

 わたしは、エミィさんとリオナさんのほうを向いて、じっと見つめる。
 すると、リオナさんはふるふると肩を震わせて、

「ああもう、リス子可愛いなぁ!!」
「ひゃ!」

 ぎゅーっと抱き付いてきて、わたしの身体を撫でまわし始める!

「く、くすぐったいですぅ…!!」
「どれ、わたしも混ぜてもらおうかのぅ」

 それに加えて、エミィさんがぎゅってしてなでなでしてくる。
 もみくちゃにされて訳が分からなくなってしまったけれど
 でも、嫌なんかじゃなかった。

「やれやれ。朝から騒がしいね」

 新聞を開いてコーヒーを飲んでいるティールさんが呆れたような声で首を小さく振ったけれど
 それを見逃さなかったエミィさんがいじわるめいた顔をして言った。

「なんじゃあティール。もしや自分だけ傍観決め込むわけじゃあるまいな?」
「え、ちょっと…待っ」
「そーだそーだ!! いくぞぉぉ!!」
「きゃぁ!」

 どーん!とティールさんに体当たりするようにぶつかって、四人でぎゅーぎゅーとする形になってしまった。

 まだ辛い事も悲しい事もあると思うけれど。

 でも、わたしはわたしだから!

 この人たちが居れば、わたしは大丈夫。

「やーめーてー!! お、おもいーー!!」
「役得! 役得!」
「そんなワケないでしょうがぁぁぁ!!」

 朝のリトルレジェンドギルドに、ティールさんの悲鳴が響きながら
 いつもの朝が、はじまった!






「なぁ。良かったな、ヴァイ」
「ああ。本当に…本当に良かった」




ヒロインメモ


□リスティ

偽名リスティ=チロル 本名クリスティ・R(ローゼン)・ティサイア

没落貴族家の娘で、孤児という形で教会に入る。
大人しい性格で強く出れない。泣き虫
構ってもらえる事が嬉しいので、弄られる事はそこまで嫌いではない。という所からか、
子犬の様な目で見つめて、「苛めてオーラ」を放っている。と良く言われる。
とあるシスターから言わせれば、「あれはドMオーラ」という事らしい。

酒に酔うと性格が自重されず、とんでもないことになるので注意。

ちなみに、15歳(ToV時14歳)と、とってもロリキャラ。
生えてもいないし膨らみも薄い生粋のツルペタ。


Q.聖女アルティアなのに何で教会に居ないでギルドに住んでるの?

ヴァイを含め、色んな人がゴネた為。
教会としては、本当は象徴として椅子にくくりつけたかったのだけど、
リス子がそれを望んでいなかった為、逃亡を続けたところ、教会側は一向に捕まえることは出来ず、
教会が象徴にいつまでも逃げられる。という事実がいつまでも続いているのも、教会側としては痛手だった為、
ある程度のワガママを許容する形で歩み寄った。
ヴァイ・リス子も逃げ続けるのも潮時と判断し、その譲歩に条件を付けながら応じる形になった。


Q.どうしてぼっちになったの?

リス子自体が教会の人間に仲良くしようと行く事は制限していないけれども(※リスティの行動は制限しない)
教会の人間が、聖女アルティアと対等の立場で話すことを強く禁止している(※教会の人間の行動を制限している)
作中でも語っていますが、それは人を超えた神の位に居る相手に対して、少なくともその信者である者たちが、対等な立場を取るという事が、信者に疑問を与える事となり、その影響が大きい為。
思っているよりも、リス子の立場というのは教会に対して与えている影響がとても大きいのです。

その為、実を言えばエルナとか禁則を犯しまくっている状態で、何度も厳重注意を受けている。
´ω`まあ彼女の事ですから無視しまくっておりますが


Q.どうして偽名使ってるの?

ディメンジョナルコンチェルト参照になりますが、スティレット家から逃げる為が一つ。
もう一つが、クリスティの名前では、命を奪われかけた騎士に対してしこりが残っているので、
ティサイアという名前で騎士から意地悪をされる事を避けるため、偽名を使って存在を隠ぺいするようにエルナから勧められた。
リス子もそれを納得して、リスティと名乗った。

その為、実を言えばリス子は、レンジャーナイトやパラディンナイトなど、騎士系のジョブに対してあまり良く思って居ない。



Q.聖女アルティアって事はお強いんでしょう?

とんでもない。知識を身に着けたとはいえ、その身はリスティのモノであり、
その実力は、並のアリスキュアと何も変わらないです。


Q.なんで教会の人間あんなに嫌な奴多いん? リス子もなんであんな嫌な目に遭いながら教会に所属してるん?

作中では嫌な感じの神父が多く出てきましたが、中には主観的に見れば嫌な感じに見える神父でも、教会の人間の立場としては当然のことを言っている神父も居ます。
だが豚野郎。テメーはダメだ。

教会は大きくなりすぎた組織の為、フォーゲンのような悪だくみを考える人物も現れます。つまり、大きな木の枝の先っぽが腐るように、嫌な人間はごく一部しか居ません。
殆どの神父やシスターは、街の人々を癒したり、相談に乗ったり、ゴミ拾いなどの清掃活動。ボランティアを行っています。基本的には良い人間の集団なのです。
ですが、作品を書く上ではそういう人たちを表記するのは省かれてしまい、どうしても悪人ばかり集めてしまうんですよね(汗
リス子がヴァイと一緒に居れるのも、一握りの悪人を押さえつける大勢の善人が居るおかげだと思って下さい。

また、リス子はアルティアという立場で嫌な事を言われたりしていますが、基本的には自分を護ってくれて、今まで暮らし、育った教会が好きなので頑張っています。
言うなれば、家族の中でお父さんやお母さんが大好きで、兄や姉が優しくしてくれるけど、お爺さんとお婆さんが意地が悪いからと言って、今まで育った家を捨てますか? という例。ちょっと違うかな?