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 天井から落ちた水滴が岩に当って弾ける音があたりに響く。
 とくに苦戦するような戦闘も無くライト達は順調に洞窟の奥へと足を進めていた。順調過ぎて怖いくらいだ。
「なんつーか……、ちょっと拍子抜けだな」
 そう言って肩を竦めつつライトは周りを見渡す。
 周りではジョンの指示によって休憩に入っている調査隊の面々が、壁に背を預けたり地面に直接座り込んだりして休んでいる。
別段疲労しているわけでもなく、辺りには程良く気の緩んだ空気が漂っていた。
 連れの少女も傍に座り込み、岩壁に張り付いていたイソギンチャクをつついて遊んでいる。
 とてもこれから怪物に挑むとは思えないような和やかさだ。
 さっさと終わらせてさっさと帰りたいというのが本音だが、どうせ聞き入れられないだろうと思い黙っている。
どちらにしても別れたティラ達と合流するまでは帰れないことを思いだして溜息をつき、手近な岩に腰を下ろす。
 そういえばあっち側にはうるさいおっさんがいる訳だが、あいつは大丈夫だろうか。
 丁度いい位置に少女の頭があったのでその上に手を置いて髪を軽くかき混ぜながら、ライトはぼんやりと洞窟の天井を眺めた。
 
 それが起こったのは調査隊が洞窟の奥へと足を進めてしばらく経ってからだった。
 少し開けた空間に足を踏み入れて、休憩のために隊員達が腰を下ろし始める。その気の抜ける一瞬の隙を突いて、とつぜん現れた大勢の男達が
向かいの通路から広間になだれ込み、調査隊の行く手を遮った。その集団の先頭にいた男の一人が、品定めするように浮足立つ調査隊の面々を
ざっと視線で撫で斬りにすると、ライトと少女の姿を見つけて視線を止めた。
 その目を細め、男は呟く。
「黒衣の男に金髪オッドアイのガキ、魔術師の女は……いねぇな。あっちに行っちまったか。チッ、ハズレかよ」
 露骨に舌打ちする男の隣で、別の男が肩に手を置いてたしなめる。
「そう言うな。最重要捕獲対象がいるんだからいいだろ」
「そうは言うがよ、向こうの連中だけ美味しい思いをしてると思うと、なんか納得できねぇんだよな」
 「まぁ、それもそうだな」と頷く男。その様子を見ながらライトは面倒くさそうに頭を掻いて一歩踏み出した。
「あー、お取り込み中の様で悪いんだがよ。そんなガラの悪そうな連中をぞろぞろ引き連れて俺達に何か用でもあるのか?」
 その言葉に二人はこちらを振り向き、片割れの男がこちらと同じように一歩進み出た。
「ああ、悪いな待たせて。お前達、というよりは、お前に用があるんだ。ライト・エバーデン」
 そこで一拍置き、指名されて心底嫌そうに眉をひそめつつもライトが黙って先を促すのを確認して男は言葉を続けた。
「こっちの要求はシンプルだ。そこにいる子供を渡せ。そうすればこちらも大人しく引き下がろう」
 男の要求を聞いてライトは軽く溜息を吐き、男の視線に釣られて後ろにいる少女を一瞥する。当の本人はその視線を受けると、
状況をまるで理解していない様にキョトンと小首を傾げた。
 それを見てもう一度、今度は深めに溜息を吐く。
「……もしも断れば?」
 調査隊員が置いたままだった槍をおもむろに拾いながら尋ねると、男は嗜虐的な笑みを浮かべて言った。
「そいつは困ったな。俺達も好きで人を殺したいわけじゃあないんだが」
 その言葉に同調するように、後ろにいた男達が己々の武器を抜いてこれ見よがしに見せつけてきた。全員が全員、似たような暴力に酔った淀んだ光を目に湛えている。
「もし断れば、皆殺しにしてでも奪い取れと言われている」
 その発言に隊員達の中で動揺が走った。向こうの数は軽く見てもこちらの倍はいる。しかもこちらは既に不意を突かれているのだ。
もしも襲われた場合、全滅の憂き目にあうのは目に見えて明らかだった。
 その中でライトはシニカルな笑みを浮かべながら吐き捨てる。
「みんな仲良く揃って人殺しかよ。碌でもねぇな」
 それに男も同じような笑みを浮かべ、腰から吊るしていた剣を抜いてその剣尖を突き付けてきた。
「それで、返答は?」
 従うならばそれでよし。逆らえば殺してでも奪い取る。
 もはや選択肢も無い一方的な要求だ。
 その問いに、ライトは少し考える。
 この少女がいる限り今後も同じような襲撃に合うというのなら、ここで少女を引き渡せば後々面倒なことにならずに済むのではないだろうか?
 と、そこまで考えてから、ライトは口元を歪ませて首を振った。
「―――いやぁ、駄目だな。そんなことをしたら俺があいつに殺される」
 それに、と男の後ろに控えている連中を一瞥しながら口元を歪める。
「渡したって、どうせ口封じに殺すんだろう?」
「そうか、残念だ」
 そう言うと男は殊更残念そうに肩を竦め、こちらに剣尖を向けていた剣を構えなおした。
 口頭での戦いは終わった。ここからは力が全ての血生臭い殺し合いである。
 男が勝ち誇るように鼻で笑う。
「あんたがどれだけ腕に自信があるのか知らないが、この人数差で勝てるとでも?」
「試せばわかるんじゃねぇか?」
「ふん、減らず口も―――」
 そこまで言いかけた男の後ろから、とつぜん先程まで一緒にいた片割れの男が足音高く鳴らしながらやってきて、血走った眼で怒鳴り散らした。
「おい!いつまでくっちゃべってるんだよ!!さっさと始末しちまおうぜ!向こうの連中にお楽しみを全部取られちまうよ!」
 その言葉に、一瞬ライトの顔から表情が消えた。それに気付かずに男は呆れたように隣の男に視線を向ける。
「またか……。お前はいつもそればっかりだな。女って言ってもまだ16かそこらのガキだぞ?」
「へへへ、関係ねえよ。相当器量はいいって話じゃねぇか。ヤっちまえば関係ね―――」
 言いかけた男の科白を、奇妙な音が遮った。水気を含んだ大きな野菜に刃物を突き立てたような。
「なっ……」
「う、うわぁあ!!」
 男達の間から一斉に上がる驚きの声に少し遅れて、顔面から槍の柄を生やした男が仰向けで崩れ落ちた。
 そこでようやく、調査隊員たちも何が起こったのかを理解した。
 黒いコートを身に纏った男が、手にしていた槍を無造作に男に向かって投げ放ったのだ。
「ああ、悪い悪い」
 投擲した姿勢のままライトは何の悪びれもなくヘラリと笑った。
「まだお取り込み中だったか?まぁでも許せよ。こっちもやることが出来て暇じゃねぇんだからな」
 いつも隣にいる少女には決して見せないような獰猛な笑みを張り付けて、腰の後ろに吊るしている二刀の短剣を抜き放つと、
男達による怒声が洞窟内に響き渡る。
 だが男達は怒りに呑まれて気が付かなかった。
 ぞわり、と、むせ返るような殺気がライトを中心にして瞬く間に洞窟内へと充満していく。
 それは暴力の気配だった。気の弱い者ならば失神しそうなほど苛烈な暴力の気配は、知らず知らずの内に男達の歩みを遅らせた。
その間にもその気配は急激に膨らんでいく。
 両腕をだらりと下げたまま前傾姿勢で僅かに腰を落とすと、ぎちり、と飽和した殺気が空気を軋ませた。この空気が弾けた瞬間、
確実に誰かが死んでいるだろう。
 その獣めいた殺気を放ちながら、それでいて口元だけはニヤつかせながら、ライトが獲物に向かって牙を向けた。
 しかしその牙は突き立てられる事は無かった。とつぜん背中に降りかかった声によって。
「そこまでだ」
 場違いなほど落ち着いた声が充満した殺気を切り裂いていく。周囲に張りつめていた殺気が、何かの手品のように解けて緩む。
 動きを止めて怪訝そうにライトが背後を振り返ると、そこに飛び込んできた光景に目を細めた。
 そこには、幼い少女の喉元に刃物を突き付けたジョンの姿があった。