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 ライト・エバーデンは自分が外面よりもよほど動揺している事を自覚していた。
 少女がまんまと人質に取られた事にはやや困ったが、別にそのことではない。
 人質といってもあの身長差だ。男の体が少女からはみ出ていれば適当に短剣を投げつけるだけでも致命傷を狙えるし、頭が出ていれば確実に息の根を止められる自信もある。なにより舐めた真似をされて黙っているほどお人よしでもない。もともと殺すつもりだった敵がひとり増えた、程度の認識しかなかった。
 さっさと始末してしまうか。と動こうとした矢先に、しかし状況は彼の予想とは違う方向へと動き出したのだ。
 一体誰が予測できるだろうか。
 人質に取られていた少女の腰から突然白い尻尾が伸びてきて、背後の人質に取っていた男を吹き飛ばすなどと。
 その直後の言動には頭が逝っちまったのかと思ってしまったが、すぐにまるで冷水を引っ被ったかのように正気に戻り、直後に少女はその狂暴性を思うがままに見せつけた。
 床、壁、天井、あらゆる起伏を利用して縦横無尽に駆け回るその姿は、人というよりもむしろ獣か何かを連想させる。
 暴風のごとく瞬く間に敵を制圧していく様は、見事としか言いようがなかった。
 やがて場が完全に制圧されると、それを確認してから少女は剣を血ぶるいするように白尾を一薙ぎし、頭のてっぺんを見上げるように瞳の半分を上瞼に被せる、という奇妙な仕草をしてからこちらに近づいてきた。そういえば人質に取られていた時から、誰かと会話しているかのような奇妙な仕草をしていたが、なんだったんだろうか。
 周りを見てみれば、目の前の光景を見ていた隊員のすべてが、近づいてくる少女に同じような目を向けてたじろいでいた。
 不可解なものを見て気味悪がる、というよりはむしろ、得体の知れない化け物を見るような怯えた目だ。
 周りの人間の態度で不穏な雰囲気をなんとなく感じ取ったのか、とことこと近づいてきていた歩みを止めて、少女は不思議そうな、そして少し不安そうな眼差しをこちらに向けてくる。
 その無垢な瞳と背後でウネる暴力の塊のような白尾が同時に少女に存在している事に凄まじい違和感を覚える。
 どのような対応をすればいいのか一瞬考えた結果、自分から少女に近づいて、その頭をぐりぐりと撫でてやるという行動が自然と返せた。
「お疲れさん。なんかすごいなお前」
 とりあえず、こいつが一体なんなのかはひとまず置いておこう。
「がうっ」
 少女は、どこかほっとしたように笑って白い尻尾を振った。
 
 撫でていた少女の頭から手を離し、改めて周りを見る。
 そこら中にジョンを含めた怪しい連中がボロ雑巾のごとく点々と転がっている。
 まずはひと段落も付いたことだしこいつらどうしようか、と連中の処遇について考えるが、どうせ全員は運べないのだから数人見つくろって後は動けないように縛って捨てるか、運が悪ければ助けが来る前に魔物に襲われるだろうが自業自得だろ。……あぁでも作業が面倒くせぇなぁ。
 全部調査隊の面々に押し付けるかな、などと考えていた―――その直後。
 
 大量の火薬でも炸裂させたような轟音が轟き、ズズンッと洞窟全体が揺れた。
 
「な…なんだぁ……!?」
 地響きにも似た揺れに、隊員がうろたえて周囲を見渡す。すると再びの轟音。今度は遠くから複数の人間の悲鳴のようなものが聞こえてきたが、それも三度目の轟音によって呆気なくかき消される。
 音の発生源と思われる方向は、丁度ティラ達が向かったと思われる方向。
 それを認識したライトは有無を言わずに駆けだした。前傾姿勢で洞窟の通路を駆け抜けている間にチラリと視線を逸らすと、相当な速度を出しているにも関わらず、少女が長い金髪と白尾を揺らしながら事もなげに追随してきている。急激な身体能力の向上に舌を巻く思いだが、いまはそんな事を考えている状況ではない。
 ティラ達と別れた通路を通過し、さらにその奥へ。
 はたして音の発生源だと思われる地点は、もう目と鼻の先まで迫っていた。先程から断続的に聞こえてきていた轟音や悲鳴はいまでは嘘のように静まり返っているが、代わりにむせ返るような血の匂いがそこから漂ってくる。
 そして、到達する。そこには、
「……どうなってんだ、これは」
 
 一言でいうとグチャグチャだった。二言で言うとドロドロのグチョグチョだった。挽き肉を粗製乱造してそのまま撒き散らしたような何かで真っ赤に塗り替えられて、地面や壁、天井を問わず本来の岩の色が分からなくなっている。まるでこの世のものとは思えない悪夢のような光景に、遅れてやって来た隊員たちが揃ってそこへ踏み込むことを逡巡した。そのなかで一人躊躇なくその赤い領域に足を踏み入れると、少し歩いたところで靴底から岩ではないやわらかい物を踏む感触が伝わってきた。
 足をどけてみると、誰かの臓物だったモノと皮膚や髪の毛などといったモノがごちゃ混ぜになった残骸が潰れていた。
 全てが死に絶えてしまったように赤色と静寂が支配する世界。―――いや、その世界にはもうひとつ、別の色が存在していた。
「アレレ、だあれ?」
 それはきょとんとしながら振り返り、場違いなほど無邪気に笑った。
 見る者の胸を射抜くような、ゾッとするほど美しい笑みだった。
 その姿形は一見すると小柄な少女のものだが、しかし彼女は明らかに人ではなかった。
 限りなく純白に近い銀髪はそれ自体が仄かに光っており、瞳は満天の星を宿したように輝く美しい瑠璃色。しかしなによりも少女を異形たらしめている特徴は、その背に蝶の翅にも似た、瞳と同じ瑠璃色に輝く二対の大きな翅が生えていることだ。
 その翅が少女の動きに合わせて動くたびに、まわりに蒼い光の粒子を撒き散らして周囲を幻想的に照らし出す。赤い世界の中心で笑っているその光景は恐ろしいものだったが、同時にぞっとするような美しさをも併せ持っていた。
「お前は……」
 目を細めて僅かに身構えるライト。そこへ赤色の世界を汚す、美しくも恐ろしい瑠璃色は無警戒に彼に近づくと、ふっと目元を緩めて顔を綻ばせてコトリと小首を傾げた。
 着崩れて露出した白い肩や胸元が、浴びた返り血でぬらりと艶やかに光る。
「ワタシ?フフ、ワタシはダレだろう?ねぇ、アナタにはわかる?」
「はぁ?なに言ってんだお前」
「……そっか。知らナイのね」
 一瞬バカにされたのかと思って答えると、どうやら本当に自分でもわからないらしい。
 少女は一瞬だけ残念そうな顔をして、またやわらかな笑顔をライトに向けた。
「―――ッ!」
 だが―――少女の澄んだ瑠璃色の瞳と目が合った瞬間、ゾクリとした悪寒が背中を駆け巡った。生物としての本能的な部分が、即刻この場から逃げろと喚きだす。
 危険の警鐘を鳴らし続ける本能を無理矢理抑えつけて、ライトはへらへらとした軽薄な笑みを浮かべた。
 別に好きで笑っている訳ではない。癖みたいなものだ。
「ナニ……?」
「いや、なんでもねーよ。それより、これはお前がやったのか?」
 そういって周囲を示すと、少女は笑顔のまま口端を釣り上げて笑った。
「そう、ワタシがやった。でも、このヒトタチが悪いのよ?この人タチが私を起こしたカラ悪いの。だから、壊シタ。壊スノハ、スキ」
 若干イントネーションがおかしく、話の内容は要領を得なかったが、恐らくこの世界の赤色を構成している無数に散らばる肉塊は、その『壊した』モノのなれの果てなのだろう。
「でも、モット楽しめルかと思ったのに、みんな呆気なく壊れちゃうんだモノ。ちょっと、タイクツ」
 そう言い、ちらり、と少女は蠱惑的な視線を投げかける。
「アナタとなら、面白ソウ。ねぇ、どう?」
「バーカ。誰が好き好んでミンチの仲間になりたいなんて言うかよ」
 小馬鹿にしたように鼻で笑いながら返答を返すと、少女はそれには答えずに、血だまりの中をバシャバシャと赤い液体を跳ね上げながら近づいてきた。口端を釣り上げ、狂笑とも取れる禍々しい笑みを張り付けながら、少女は吐息が掛かりそうなほどの至近距離まで顔を近づける。
「そう。…少シ、ザンネン」
 蘭々と異様な輝きを見せる瑠璃色の瞳。来るのか、と密かに剣の柄に手を添えるライトに、少女は浮かべていた狂笑が嘘だったのように朗らかに破顔してみせた。
「フフフ、なんてね。ジョーダンだヨ」
 してやったり、といった感じで笑う少女に微かに苛立ちを覚えたライトは、少女から顔を離すと頭をガシガシと掻きながら深々と溜め息を吐く。
「あぁそうかい、そんじゃあ俺も暇じゃないんでな。用事が済んだならさっさと消えてくれるか?」
「―――そうね、そうだね。残念だけど」
 しかし何らかのアクションが返ってくると思っていたのだが、少女は意外なほどあっさりとこれに頷いた。
 怪訝そうな表情を向けるライトに、少女は何でもないように「明けない夜はないんだよ」と言った。
「明けない夜はない。だから残念だけど、今夜はオシマイ。……でもね、月が眠れば朝がくるように、お日サマが沈めばマタ夜がくる」
 と、そこで言葉を切るなり少女は不意に顔を近づけると
「んっ……」
 ライトの頬にやわらかな感触が押し当てられて、そっと離れていった。
 ………は?と、半ば唖然とするライトの顔から、はにかんだ少女の顔が離れていく。
「じゃあ、また、ネ?」
 
 そう言って、少女は満足そうに笑った。