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 クローディアと軽く打ち合わせてから一度別れ、ティラが一応ではあるが動けるようになると、ライト達は一度リエステールへと戻ってきていた。
 とくに荷物があるわけでもないので今すぐ北へ、と行きたいところだが、そう簡単に事が進むわけではないのが現実である。
 今回の件が教会の耳にまで届いたところで、ライトはリエステールの教会に呼び出された。
 
「お忙しい司祭サマが、俺みたいな泥臭い一般人になんの様だ?」
「報告は聞いている」
 ライトの皮肉には取り合わず、グレーゼン司祭は言った。
 二人が相対しているのは教会内にあるグレーゼン司祭の執務室だ。立ったままのライトとは違い、執務室の豪華な椅子の背もたれに体を預けている。
 老齢に差し掛かろうとしている髪には白いものが目立ち、相貌には皺が深く刻まれているが、老い衰えている印象はまったく受けない。熊のような体躯に加え、相貌に深く刻まれた皺が人を威圧するような異様な迫力を生み出していた。硬質な目付きも同様だ。
 一般に司祭と聞いて連想できる容姿とはまるでかけ離れた大男を見ながら、こんな男がよくも司祭などという地位につけたものだとライトは内心で思う。
「ティラ副司祭が危険に晒されたと聞いたが、どういうことか説明してもらおうか」
 有無を言わせぬ高圧的な科白に、ライトはへらへらと軽薄な笑みを浮かべながら答える。
「説明も何も、支援士なんていう仕事柄なら危険があるのは当然だと思うが?残念ながら椅子でふんぞり返っていれば金が懐に入ってくる司祭サマと違ってあっちこっちかけずり回らなきゃいけないもんでな。つーか報告聞いてるんなら別に聞く必要ないだろ」
「そんなことを聞いているのではない」
 不機嫌を隠さずにグレーゼンは鋭い双眼でライトを睨め付ける。
「ティラ副司祭がどのような立場にいるのか貴様はわかっているのか?あの娘を危険から守るのが護衛騎士である貴様の役目だろう。わざわざ危険に晒すためにどこの馬の骨とも知らん貴様を彼女の護衛騎士にした訳ではないぞ」
「うるせーよ、バーカ」
 捲し立てる司祭に、ライトは軽薄な笑みを崩さずに言った。
「別にあいつの護衛騎士にしてくださいなんて頼んだ覚えはねえよ。立場がどうのこうのとお前らがうるせぇから仕方なく頼まれてやっただけだ」
「……あまり調子に乗るなよ。私がその気になれば貴様の任を解いて、副司祭から引き離すことだってできるんだからな」
 グレーゼンの脅し文句にライトは両手を広げる。
「そんなことを勝手にしていいのか司祭サマ。あいつの機嫌を損ねることになるぜ」
 返された言葉にグレーゼンはフンと鼻でせせら笑いながら言った。椅子の背がギシリと鳴る。
「確かにあの娘の不興を買うと少々面倒なことになるが、正当性はこちらにある。多少喚かれても特に支障はない」
「なるほどねぇ。教会内部は今日も相変わらずってことか。まぁ騎士なんて片っ苦しい肩書き降ろされてもあいつから離れる気は毛頭ないけどな」
「減らず口を叩くのは勝手だが、いつか後悔することになっても知らんぞ」
 その科白には無言で肩を竦めて見せるのみで済まし、ライトは言葉の応酬に飽きたかのように欠伸をした。その無礼な振る舞いにグレーゼンの眉が僅かに釣り上がる。
「―――それで?要件がそれだけならもう帰っていいか?枯れたジジイの愚痴に付き合ってやっても一銭の得にもならねーんだけど」
「……待て」
 面倒くさそうに部屋を後にしようとしたライトの背を、司祭の威圧的な声が呼び止める。
 呼び止められたライトは、露骨な溜息を司祭にも聞こえるような大きさでわざとらしく吐いてから、気だるそうに振り返った。
 その一連の態度に今度こそ明確に眉を寄せて嫌悪の表情を浮かべながら、グレーゼンは再び口を開く。
「この私が、貴様のような教養も碌に身につけていない下賤な屑と話すためだけに、わざわざ呼んだとでも思っているのか?本来なら貴様みたいな薄汚い者となど口も聞きたくないわ。……本題は別のことだ」
 入れ、と司教が合図を送ると、部屋の扉の奥から一人の騎士が姿を現した。
 二十代半ばぐらいだろうか。筋肉質とは言い難い痩躯からは、騎士というよりも教会の聖職者と言った方が合っているような雰囲気を漂わせていた。
「貴様の今回の失態で、教会内で貴様の護衛騎士としての能力を疑問視する声が上がった。よってティラ副司祭にはこちらからもう一人護衛をつける」
 声に応じるようにその騎士が軽く会釈をするのを大した興味もなさそうに眺めてから、ライトはグレーゼンに向かってにやりと口端を釣り上げる。
「そいつはまぁご苦労なことで」
 皮肉が多分に含まれた科白と共に人を小馬鹿にしたような笑みを見せる男に、今度はグレーゼンも口元を歪ませてみせる。
「ふん、そのふざけた態度が何時まで続くのかが見物だな。……話は以上だ。私は貴様等のような野蛮人と違って忙しいのだよ。さっさと失せたまえ」
 
 
「ライト、遅いなぁ……」
 リエステール教会の入り口からほど近い場所に設置されたベンチに座りながらティラは退屈そうに呟く。隣に座る少女は昼間の陽気に誘われて、うとうとと船を漕いでいた。
 教会の一階広間などは普通に一般にも開放されているし、ティラも一応は副司祭の肩書を持つれっきとした教会関係者である。別に入れない理由などはない。
 しかし教会外では殆ど知られていないが、自分の特殊な立場のせいで教会上層部には顔が知れ渡っている。さらに副司祭の肩書もあって教会内で知らない者は殆どいないような状況だ。居心地の悪さは尋常ではないので出来れば教会の中には極力入りたくない。
 そんな理由で、ティラはこうして外で暇を潰していたのだった。
「……別に、私が望んだ事じゃないのにね」
 ぼそりとそんなことを洩らす。しかし独り言のつもりだったのだが聞こえてしまっていたらしく、隣で船を漕いでいた少女が「がおー?」と寝ぼけ眼でこちらを見上げながら首を傾げていた。
「あ、ううん。なんでもないですよ?それにしてもライトは遅いねー」
 そう笑ってごまかしてながら教会の入り口へと視線を向ける。するとその先でよく見知った黒尽くめの姿が教会から出てくるのを目撃した。いてもたってもいられずに横にいる少女と一緒に走り寄る―――途中で、足を引っ掛けて盛大に顔面からすっ転んだ。
「へぶっ!?」
 顔が地面に激突するのと同時に結構大きな音が周りに響く。痛みに悶えていると、上から呆れた声が降ってきた。
「まったく、なにやってんだよお前は」
 そう言いながら手を差し伸べられて助け起こされる。うっかり包帯を巻いた右手を差し出してしまったのだが、ライトは包帯の巻かれていない手首をそっと握って助け起こしてくれた。
 そのさり気ない気遣いにはにかみながら、ティラは改めて前を向いた。
「えへへ、ライト、お帰りなさ―――」
 しかし最後まで続くはずだった言葉は、ライトの後ろに立つ見知らぬ男を見た途端に口の中で萎んでしまった。
 こちらのその反応に気にした様子も無く、男がライトの前へ踏み出す。
「お初にお目にかかります。本日よりティラ副司祭様の護衛騎士として任じられましたロズワルド・エルシュートです」
 名を名乗りながら、男は優雅に一礼して見せた。