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―6―




一口に酒場と言っても、町や地方によってその趣を異にするものがある。
極端な例を上げれば、リエステールの標準的な文化と、十六夜の『和』と呼ばれる文化の差を考えれば分かりやすいかもしれない。
また、一つの町に一つしか酒場が無い、というわけでもなく―特に広い町では町の端と端に別の酒場があったりする事もある―そこをきりもりするマスターによって、その酒場で依頼を受けられるかどうかの差も出てくる。
リエステールの酒場のマスターのように、依頼を管理を任される程の人間の選別は、非常に慎重さを求められるという影響もあるのだろう。
「………」
今、彼女―エミリアがいる場所は、ミナルにある酒場のうちの一つ。
ここは支援士が集まり依頼の受け渡しを行える場所では無いが、どこか静かで落ち着ける雰囲気のこの場所は、かもしだす空気からしてとしてゴロツキがほとんど寄りつかないため、一人静かに飲みたい者や、若い女性にも人気があった。
―もっとも、この町が特に教会の信仰が厚いミナルであり、さらに依頼を求める支援士が来ない酒場だから、という理由かもしれない。
「……はぁ……」
彼女の溜息の理由は一つ。
今朝レイスの口車に乗せられて、普段は絶対に着ないようなフリル満載の服を着てしまい、その姿をディンに見られてしまった事。
彼が工房に戻ってくる前に、いつも休日に着ているシンプルなものに着替えるつもりだったが、おもいっきりその時間を読み違えていた。
おまけに取り乱してその格好のまま町中鬼ごっこ状態で駆け回ってしまったという事もある。
……早朝で人が少ないのが唯一の救いだったかもしれない。

―コトン

彼女の目の前に、カクテルが注がれたグラスが一つ。
「どうぞ、シャーリー・テンプルです」
この界隈では珍しい、青年と呼べる歳のマスターが、疑問符を浮かべるエミリアに、淡々とした調子でそう口にする。
シャーリー・テンプル。
本来はアルコールの入っていない、いわば”子供向けカクテル”だったが、一部でカシスベースのものが作られてからは、大人にも好まれるカクテルになったという。
17と微妙な年齢であるエミリアは、気分だけでもと思い前者の方を飲んだことがあり、それ以来気にいっているカクテルだった。
「……私、注文は……」
「あちらの御客様から、あなたにと」
そう言ってマスターが示した方へと目を向けると、その先の席に座っていたのは、見慣れた銀髪の聖騎士の姿。
軽く手を上げるようにしながら、ぎこちない笑顔をエミリアに向けて浮かべている。
「………似合わんからやめておけ」
頭痛を抑えるかのように額に手をやり、そう一言。
ディンもその言葉に対する自覚はあったのか、苦笑しながらエミリアの横の席へと移ってきた。
「まったく、いつお主はそんな態度を気取るようになったのじゃ?」
「……いや、落ちこんでるようだから、少しは和むかなと思ってな……」
要するに、ディンなりに考えた精一杯のギャグだったのだろう。
しかし、それはみごとなまでの空振りだったということは誰の目にも明らかだった。
「…別に落ち込んでいるわけではない。 ……ただ、あんな格好見られたのが……少し恥ずかしかっただけじゃ…」
―あれで少しかよ―
ディンの口から、そんな一言が突いて出ようとしたが、それを口にすれば、恐らく今朝の鬼ごっこが再開されるだろう事は想像に難くなかったので、とりあえず抑えることにした。
……あの後、間違いなく、エミリアによる杖の連続打撃記録のトップに位置するような回数の打撃を食らっていた。
「俺は別に恥ずかしがることないと思うけどな。 確かに、エミィにしちゃ珍しい格好だったとは思うけど」
「なっ……何を言うか。 ああいう服は、もっと可愛げのある女が斬るものじゃ。 私みたいなただのアイテムバカが着ても、ただの笑い者……」
「そうか。 ああいう服が似合うのは、かわいい女だけってことか」
「あたりまえじゃ。 私は別に美人と言うわけでもないし、それほどかわいいわけでもないじゃろ?」
いつも自信家で、思いこんだら一直線のエミリアが、容姿の事でここまで自信を失うと言うのは……
なんとなく、ディンはものすごく珍しいものを目にしているような気がしていた。
「……」
今頭の中に浮かんできた言葉を口にするのは、先程の小芝居以上に―いや、それとは比べ物にならないくらいに照れくさい。
しかし、二日ほど前にエミリアの方からされたことを思えば、言うほどでもない気もしてくる。
……ディンは一度深く息を数と、できるだけ途中で笑い出したり、逆に黙り込んだりしないように意識しながら、口を開いた。
「俺は、エミィは綺麗だし、可愛い……と思うけどな……」
「……なっ!!?」
あからさまに驚くエミリア。
その表情は、照れや恥ずかしさと同時に”まさかそんな言葉がお主の口からでてくるとは”と言いたげな空気が、ひしひしと伝わってくるもので、逆にディンの方が一瞬戸惑いを覚えてしまう。
「あ、いや……なんだかんだで俺達付き合いも長いし、そう思ったことも何度もあるから……なんか、今更そんなこと言われてもなって感じで……」
後半に差し掛かると、もはや自分で何を言っているのか分からなくなり始めていた。
やはり不慣れなセリフは口にするものじゃないな……などと一部冷静な頭も残っていたが、考えれば考えるほど今度は自分の方が恥ずかしくなってくる。
「……ぷっ…くく……ふふ………もう……だめ!!  あはははははははっあははははははははははははは!!!」
「だから―……って、なんだその反応は!!」
そんな状態から数十秒ほど経過した頃だろうか。
急にエミリアが、笑いをこらえるように顔を伏せ、口に手を当てたが、間もなくしてその堤防は決壊し、思いっきりディンの顔を指差して、そのまま遠慮も思慮も何もない、勢いのままの笑いを爆発させていた。
……マスターは黙って微笑んでいるが、他に客がいなかったのは救いかも知れない。
「あははは…ふふっ……くくく……お、お主が人を口説くようなセリフを言うなど…ぷっ……夢にも思わなかったぞ」
「く、口説くってお前……別にそう言う意味じゃ……」
「くふっ……他に、どんな意味にとれるというのじゃ? なぐさめにしても、クサすぎるぞ……くくく……」
「確かに似合わんとは思ったけど! だからって、笑いすぎだろ!! 大体モレクでお前が俺にやった事だっていい勝負だろ!!」
その一言を持ち出されたその瞬間、エミリアの笑いはとまり、とたんに顔を赤くして声を詰まらせる。
「……くっ、あ、あれは……『約束の印』と言ったじゃろ!? 別にそんな意味は無いのじゃ!!」
「だったらおまえも同じくらいクサいことやってただろうが!! 俺の事笑えた立場じゃないぞ!!!」
「な、なにをー!! それなら、以前お主が――」

―それから互いが知りうる互いの話をぶつけあうという、端から見れば滑稽とも初々しいともとれるやり取りが続いていたが、それでも話のタネは無限というわけにはいかず、お互いに言える事がなくなったところで、この口ゲンカはひとまずの終着を見せた。
「……はぁ……はぁ…… もう、やめにしないか……?」
「ふぅ……はぁ……そ……そうじゃな……」
……ただ、その中で使われた言葉の内容から、二人以外の客がいないことは、本当に二人にとって幸いだったかもしれない。
「……ふぅ~……なんだか、思いっきり怒鳴り散らしたらすっきりしたのじゃ。 過ぎた事をいちいち恥ずかしがってもしかたないしの」
「……そのために俺は思いっきり笑われたってか? ……まぁいい、反撃する気力もない」
そう言い合いながら、目を合わせて互いに微笑み合う二人。
なんだかんだと言いつつも、仲がいいということだろう。
「よし、元気が出たところで、カフェにでも場所を移すとしようぞ。 カクテルもいいが、たまには酒場以外というのもいいものじゃろ」
「……それはあんまり酒場の中で言うコトじゃないな。 すまないな、マスター」
「ははは、構いませんよ」
爽やかな笑顔で返事をする酒場の若きマスター。
ディンはその答えに軽く礼をして、カクテルの代金を置くと、エミリアに引っ張られるままに酒場の外へと向かっていった。

―カウンターの上のグラスは、いつのまにやらカラになっていた。

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