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―1―







ゆっくりと、目を開く。
最初はぼやけていた視界がだんだんと鮮明さを取り戻していき、見えてくるのは飾り気の無い木製の天井。
まだ少しぐらつく頭に片手を沿えつつも、少女はゆっくりと上体を起こしていった。
「……うぅ……ん……」
そして、次に見えてくるのは壁と、窓。
そちらも特に飾り気があるとは言えず、シンプルな形で纏められていた。
窓の外からは、朝日の光が入りこんできている。
「……」
今自分が寝ているのは、椅子を並べてシーツを引いただけという即席のベッド。
意識が戻ってしまえば寝心地はおせじにもいいとは言えず、とりあえず上半身だけを起こし、手を額に添えたまま、感覚だけで全身の状態を探る。
特に痛いところは無く、怪我をしているということも感じられない。
五体満足で、無傷……だが、彼女の表情には自分のその状態を喜ぶような意思はまったく見受けられなかった。
「目、覚めたみたいだな」
「!」
地に足のついたしっかりとした足音と、男性―それも多少の年を重ねた中年の声。
その声には妙な貫禄を感じさせられると同時に、どこか安心できるやさしさも含まれているように感じられた。
―しかし、少女は警戒するような目を彼に向ける。
その表情はどちらかと言えば、強がりつつも怯えている、と言った方が適切かもしれない。
「ははは、確かに俺の顔は恐いかもしれないが、お前までそんなに恐い顔するな。 何もとって食おうってわけじゃない」
彼……酒場のマスターは、そんな彼女に笑ってそんな言葉を向ける。
元冒険者として、そして彼ら支援士への依頼を仕切るマスターとして、経験的にマスターは目を覚ました彼女は周囲の人間に対して警戒を向けるだろうと、彼女が倒れた時点で察していた。
とりあえず、警戒を解いてもらわなければ話は続かないだろう……そう思い、気軽な空気を作りだそうとしている。
「ほら、スープだ。 飲めば少しは落ちつくだろう」
「……ん……」
それが功を奏してか、少女は少し表情を緩め、マスターが出したスープ入りのカップを両手で受け取る。
―と同時に、自分が今着ている服の袖が見えたのか、見慣れた黒いものではなく、白いガウンのような物を着せられている事に気付いた。
「……服は……?」
マスターは、気付かれない程度ににやりとした笑みを浮かべる。
その表情は、まず話をつなぐための話題を確保できた事と、少女の声の警戒の色が薄くなっている事がわかったということを示していた。
「おお、悪い悪い。 なんせ全身ずぶぬれだったからな、勝手に着替えさせてもらった……っと、一応言っとくが、それは女の客にやって貰ったから心配するな」
「……わかった。それで、私の服は?」
と、言いながらスープを一口。
―その味は気にいったのか、まだ少し残っていた緊張が、また少し零れ落ちるように表情から消えていた。
マスターの返事を待つ間に、もう一度カップを口へと運ぶ。
「今乾かしてるところだ。 だが夜の間雨が降っていたからな、もう少しかかるだろうよ」
「……私のカバンは?」
「床に放り出しとくのもどうかと思ってこっちで預かってるが、中は見ていないぞ」
「着替えも入っているから、持ってきてくれないかな。 この服、大きいし……」
腕を持ち上げて、袖から全身までぶかぶかであることを示す少女。
腰の辺りで最低限着崩れないように留めてはいるが、サイズ的にはだけてしまいそうでもあった。
一応女の子である、そういう危険は早いうちに回避しておきたいようだった。
「わかった。 着替える場所がいるな……ついでだ、案内するから奥の部屋を使ってくれ」








数分後、昨日の夜に、この酒場に入ってきた時と同じ格好で―黒いワンピースだけで羽織っていたコートまでは替えが無かったようだが―奥の部屋から酒場店内へと戻ってくる少女。
マスターは全く同じ服を2着以上用意しているということに意味もなく笑いを覚えた。
「すみません、迷惑をかけて……」
「いや、どうせ夜中で客もいなかったしな。 ……倒れた以上、宿か教会かに運んでやれればよかったんだが、昨日はあの雨だ。 余計に体力をとっちまう可能性もあったからな」
「ありがとうございます」
あらためて頭を下げる少女。
だが、マスターは”いいってことよ”と口にしつつ、笑ってその行動を制した。
そして、それを受けて笑顔を見せる少女。
彼女が持っていた緊張と警戒は、すでにほとんど消えかかっているようだった。
「…ところで、このあたりじゃ見かけない顔だが……お嬢ちゃん、家族や仲間はいるのか?」
少し間を空けて、マスターは改めて話をふる。
…これこそが本題。 彼女の外見から察する事の出来る年齢はおよそ13~14。
支援士として活動を始めるのは若い方でも大体15、16歳かそれ以上がほとんどで、一人で他の町から来たというのは考えづらい。
しかし、関係者がいるのなら夜中に一人で酒場などに迷い込むということはないはずでもある。
「…………」
黙ったまま……しかし、しっかりとした形で首を横に振る少女。
その答えと、その一瞬の表情から、マスターは彼女のおかれた状況を察した。
経緯や詳細を知る事はできないが、今、彼女は一人である、と。

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