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―2―






どんな夜でもいつかは日が昇り、朝となる。
それはこの日も例外ではなく、マスターと少女以外に誰も居ない酒場も、入り混んでくる朝の光は、強く、そして高くなっていた。
そろそろ、支援士達も含めて人々が家の外へと動き出す時間である。
「―ごちそうさまでした」
出されていた食事を平らげて、手を合わせる少女。
その内容はベーコンエッグのせトーストにさっきのスープのおかわり、と軽食程度のものだったが、朝食としてはまぁ普通と言える内容でもあったかもしれない。
「おう、これだけ綺麗に食べて貰うと、作る側も気分がいいってもんだ」
そして、そう言いながら食器を一箇所にまとめるマスター。
見た目の図体に似合わず、家庭的な癖がついているのは一人身男という身の上が影響しているのか、それとも単に酒屋と言う店を持っている立場による行動なのか、若干考え込めそうな行動ではあった。
「えっと、お金はらいます。 ただ食いするのも悪いと思うし」
「金は別にいらんぞ。 注文されて出したわけでもないしな」
「迷惑料くらい、払わせてください」
思いの他、彼女は通すところは通すタイプだったのかもしれない。
その目からは引き下がるという意図が全く感じられず、そうするのが至極当然なことであるという言葉が、無言のまま訴えかけられる感覚さえ覚えてくる。
恐らく何を言っても折れないだろう、そう察したマスターは、すこし苦笑しつつも大人しく受け取っておく事に決めた。
……が、しかし……
「―ん?」
手渡された硬貨を見て、首をかしげる。
今、マスターの手の上には、銀色に光を反射するコインが数枚。
少女は何の疑い躊躇も無く、それを普通に手渡してきたが……
「おい、この金は……」
その硬貨に施された装飾は、この大陸で使われている通貨には施されていない、見た事も無いものだった。
だがコインが放つ銀色の輝きや、その装飾の細かさからただの悪戯とは思えないほどの出来で、たしかにどこかで普通に使われていそうな『通貨』ではあった。
「…?」
少女も、マスターの表情の変化を読み取ったのか、笑っていたはずの顔を、わずかに曇らせる。
それは悪戯がばれた瞬間にみせるようなものでもなく、ただ純粋に、驚きと困惑を含めた表情だった。
「…お嬢ちゃん、どこで手に入れたのかは知らないが……これは『金』としては使えないぞ」
「……え? ……それ、本物の銀貨だよ…?」
真意を測るつもりで語りかけた言葉に、更に困惑した表情を見せる少女。
それは縁起でもなんでもなく、ただ純粋にマスターの発した言葉への、心からの反応だった。
「……こいつが、本物だ」
仮にも、彼は酒場のマスターという人と直接接する機会に満ちている職についている身。
目の前の人物が嘘をついているかどうかくらいは、よほど狡猾な相手でもなければ分かるほどに表情を読む術には長けている。
少なくとも、目の前の少女から悪戯や詐欺をはたらこうなどという意思は感じ取れない。
マスターはポケットからコインを一枚取り出すと、少女の手の上にのせてやった。
「…………」
「…どうした?」
少女が見せたのは、ある程度予想通りの反応だった。
それはそうだろう、自分が『通貨』だと信じていたものが、今この場所では全く関係のない金属の塊で、実際に使われているのは全く別のコインだということなのだから。
……だが、この反応を見せた事で、彼女は決して悪戯でニセモノのコインを出したわけではないという事が分かった。
悪戯ならば、こんな反応は絶対にしないだろう。
「―噂には聞いていたが………なるほど、お嬢ちゃんは『異国の民』ってやつだな」
「……異国の民…?」
「実は大陸全土で伝わっている妙な話があってな。 ごく稀にだが、”どこから来たのか分からず、大陸には存在しないはずの物を持ち、この世界の事を何も知らない”っていう人間が現れる事がある。 ……つまり、お嬢ちゃんの事だ」
「…………」
「そいつらは海の向こうから漂流して来たとも、異世界から来たとも言われているが、俺も噂を聞いただけで実際にそんな人間を見た事は無かった。
―いや、あったかも知れないが、多分もうこの大陸の生活に馴染んだ後だったのかもな」
「……異世界……」
マスターの言葉を聞き、ぼそり、とそう呟く少女。
そして、何かを考え込むような形で右手を額へとやり、思考の海へと入りこんでいく。
そうなった彼女にマスターは何も言わず、そのまま数分が経過して……少女が、再び口を動かし始めた。
「―せめて、君の行く先は平和な世界である事を祈る。 なにがなんでも生きてくれ―」
「…ん?」
そこから出てきたのは、そんな一言。
だが、それはおそらく彼女が自分で発した言葉ではない。
『平和ではない世界』から彼女をはじきだした、誰かの言葉。
「……知り合いもいないし、お金すらも無いのに……」
その『言葉』に言い返すように口にしたその時の表情は、”生きろといわれても困る”……そんな顔だった。
これまでの話を全て真実として統合すると、今の彼女には頼れる人も、生きるための術もないと言うこと。
そんな風に考えても、仕方の無い事なのかもしれない。
「…………お嬢ちゃん、なんなら、支援士(ヘルパー)になってみないか?」
「……へるぱー……?」
「この大陸では一般的な仕事だ。 簡単に言えば、ここみたいな酒場や、直接依頼人から仕事を受けて、金を貰う何でも屋だな」
「―! それ、私のいた場所でも同じ人達がいました!!」
「そりゃ話が早い。 ―まぁ、そっちはどうだったか知らないが、こっちでは支援士のレベルに合わせてできる仕事を制限させて貰っているがな。
支援士として登録したばかりなら、せいぜい迷子のペット探しとか、町の中の荷物の受け渡しとか……まぁ、町から出ない仕事がほとんどだが、認められて、ランクが上がればモンスター討伐や護衛なんかの仕事も受け持てる」
「……私、戦えますよ。 そのへんのモンスターくらいなら、多分……」
「……そうか……だが、決まりは決まりだ。 こっちが実力を認めない限り、上ランクの依頼は渡せないようになっているからな」
「…………わかりました」
「よし、ならちょっと待ってろ」
そこまで会話が進むと、マスターは奥の部屋へと入って行く。
「……アスト、私も、あなた達みたいに、みんなに信頼される冒険者になれるかな?」
取り残された少女は、どことなく不服そうな表情をしていたが、首から下げたペンダントを握りしめ……どこかで生きる希望のようなものが見えてきているようだった。
―確固とした目指すものがある人間は、いつの時代も強いものである。
「―待たせたな。 これ、お嬢ちゃんの武器だろう」
「……飛龍!」
その間に、奥に行っていたマスターが、一本のハルバードタイプの槍を持って店内へと戻ってきた。
少女は、目が覚めたように椅子から飛び降り、その一振りの槍に飛びついた。
―その小さな体格には似あわない巨大な槍は、不思議と彼女の手に握られると、少女にしか扱えない…いや、”彼女にしか扱わせない”ような気配を出し始めた。
「お嬢ちゃんが倒れた時に、一緒に落ちたのを拾っておいたんだが―お嬢ちゃんのような子が持つにはでかすぎる気がして、話を聞こうと思っていたんだ。
―だが、どうやら本当にお嬢ちゃんの武器だったようだな……」
マスターもその気配を察したのか、小さくそう呟いていた。
……もっとも、この槍の存在感を感じたからこそ、彼女に支援士になる事を勧めたのだが。
「…よし! 一応支援士として登録しないと始まらないからな。 お嬢ちゃん、名前、聞かせて貰えるか?」
仕切りなおすように声を出し、自らの相棒が手に戻ってきた事を喜ぶ少女に向けてそう言う。
少女は、その言葉が耳に入ると共に真剣な顔立ちに変わり、ただ一言、その名前を呟いた。

「ティール・エインフィード」

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