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―4―





自分のものさしだけで全てを測ろうとすると、いつか必ず壁にぶち当たる。
個人の常識など、世界の真理からすればほんとうに小さなものである。
……これは、彼女がとある読書家から聞いた哲学的な一言だった。
その時はその言葉の意味がいまいち理解できなかったが、今、なんとなくその意味が分かりかけてきたような気がしていた。
「にゃにゃー」
道端につみかさなっていた桶にかるく身体を当て、転倒させるアーリー。
それらはバラバラに転がり始め、彼を追いかけるティールの視界から彼の姿を隠し、行く先を阻む。
しかし、ティールはひるまずその桶の波を跳び越え、ふたたび目標の姿を視界に捉えた。
「…あれ、本当にただのネコ…?」
―とりあえず、ティールは白猫アーリーの捕獲に奮闘中である。


すでにモレクの町をほぼ網羅するほどあちこち走り回ったのは確実で、もう少しで捕まえられそうだったのに、という、周囲から見ても惜しい結果になった捕獲体制も何度も見せている。
―もっとも、ここまでくるとアーリーの方がわざと捕まえられそうな隙を見せているような気もしてくる。
それが、地味に捕獲する側の苛立ちを増長させているのは言うまでも無い事なのかどうか。
「ふー… やっと追いつめた……」
それでも、なんとか路地裏の袋小路に追い込む形で辿りつくティール。
アーリーは行き止まりを背にしてティールの顔をジッと見るようにして構えている。
3時間は経過しているかもしれないが、お互いにほとんど息は切らせていない。
体力的には、まだまだ余裕といったところだろう。
「見つけた。 二人とも素早いなー、あの子ブレイブマスター向きかも」
一歩遅れてやってきたジュリアが、ティールに気付かれないように、少し離れた位置で立ち止まる。
狭い路地では視界にも限界はあったが、ティールとアーリーの両方の様子を見る事が出来るポジションでもあった。
……彼女の監視に気付いているのかいないのかは不明ながら、睨みあいを続けるティールとアーリー。
「―!」
そしてある一瞬、ティールが一歩駆け出そうと足を踏み出し、それに瞬時に反応するように飛び上がるアーリー。
しかし、ティールの行動はフェイントだったらしく、次の一瞬には体勢を変えてアーリーが飛び上がる先に向けて手を伸ばす。
「にゃ!」
しかし、アーリーは空中で体勢を変え、その手で捕まれるのを回避し、それどころか腕を踏み台にさらに高い位置まで跳ね上がる。
「―うそっ!?」
そして、そのまま飛んだ先にある壁を蹴り、更に高い位置にある矢根の上まで駆け上がっていってしまった。
壁を踏み台にしてより高い位置に登り詰める……いわゆる、三角跳びというものかもしれないが、そのへんにいるネコがそんな神業をやってのけるのは、後ろで見ていたジュリアも、声には出していないものの驚きの色を隠せなかった。
―わー、アーリーってあんなこともできたんだ―
「にゃー」
屋根の上から勝ち誇ったようにティールを見下ろすアーリー。
対して、それを見上げるティールは真剣な表情をしていままでの彼の行動を振り返っていた。
―大体の行動パターンは分かってきたから、後少しで捕まえられる……屋根の上なら生涯物も無いし…―
「ん?」
その直後にティールが見せた行動に、ジュリアは頭上に疑問符を浮かべる。
全身から力を抜いたかのように大きく息を吐き出し、屋根の上にいるアーリーの姿を目に映したまま、何かを呟き始める。
「……ブレイブハート脚部集中」
そう口に出すと同時に、その黒い瞳にわずかに青色が差し混み、そして足首から下に青白い炎のようなオーラを纏い始めた。
その姿を例えるなら、炎のブーツといったところだろうか。
「…バースト・ステップ」
ダン! と叩きつけるように強く地面を蹴ると同時に、足を覆っていた炎が地面に向かって集束……
直後に小さな火柱を上げつつ、ティールの身体を上空高くまで跳ね上げた。
「ええええっ!?」
「にゃにゃ!!?」
立っている位置こそ離れていたが、ジュリアとアーリーの叫びは完全に同調していた。
何かの能力を使ったと言う事は目に見えて明らかだが、人間がなんの助けも無しに軽く15Mは跳びあがるというその結果は、おそらく彼女達以外が見ても驚きを隠す事はできないだろう。
天駆(エアレイド)でも早々だせる記録では無い。
―もっとも、エアレイドの場合は彼女のように『特殊能力』を使用しなくても、『基本能力』として高いジャンプ力を秘めているので、一概に彼女の方がすぐれているとは言えないのだが。
「わっ…たた……っと……」
わずかにバランスを崩しつつも、屋根の上に着地するティール。
……が、その表情はなにやら呆然としたものが混ざっていた。
―何今の…私の能力じゃ、あんなに高く跳べるはず無いのに……そういえば、ずっと走り回ってるのに全然息も切れないし、身体も前より軽いような……―
「――あっ!? くぅ……」
そこまで思考を進めた所で、足首から膝にかけて、一瞬激痛が走る。
彼女自身の経験上、たとえ能力を使っても明らかに自分の限界を超えていた跳躍力。
ティールはおそらくその反動だろうと、自分なりに解釈していた。
「……はぁ……大丈夫……動ける」
今の跳躍は、それまでの経験から考えうる自分自身のジャンプ力から考えて、ぎりぎり屋根まで届くだろうと思い全力で跳び上がっていた。
痛みそのものはすぐに治まり、再び走り出すには問題ないだろうと思えるほど、すでに足の状態に異常はない。
今まで走り続けていた自分の調子と、今の現象から考えると、明らかに目を覚ます前よりも全身に力が満ちている。
―……よくわからないけど…大丈夫みたい―
そして、3時間に及ぶおいかけっこから自分の身体にきている負担を統合して考え、とりあえずの結論を出した。
”ムリに力を出そうとしなければ大丈夫だ”と。

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