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―5―






その後、戦場は屋根の上から再び路地裏に移り、その次は表通り、かと思えばまた屋根の上…と、二人は次々と場所を移動し続け、その『戦闘』の監視役であるジュリアも、ブレイブマスターと足には自信があったが、さすがにそのめまぐるしさには疲れが見えはじめていた。
もっとも、熟練の冒険者と呼ばれるほどの経験を積んでいるジュリアならば、ここまで時間を掛ける前に、既につかまえているだろう。
どちらかと言うと彼女の場合、時間がかかりすぎて観察に飽きてきたための疲れかもしれない。



……そして、
「つ、つかまえてきましたー…」
一度捕まえてしまってからはなぜかおとなしくなったアーリーを手に持って、酒場へと戻ってくるティール。
ティール自身、底無しに感じていたスタミナにも限度はあったらしく、数時間の激闘直後と言うこともあって、さすがに精神的にも体力的にも疲れが表に現れていた。
「おお、たしかにそいつはアーリーだな。 よくやった、逃がしてくれてかまわんぞ」
「……え?」
なにそれ、とでも言いたげな表情を見せるティール。
それはそうだろう、わざわざ捕まえてくれと頼まれるほどの相手を捕まえてきて、いざ達成してみれば逃がしてもいいと言う。
「すまんな、だがそいつを捕まえられるだけの力があるなら、町の外に出てもなんとかなるかもしれないな。
まぁ約束の報酬はちゃんと出すからそんな恐い顔するな」
などとマスターは笑いながら言っているが、ティールはどこか納得がいかないようすだった。
それでも、とりあえず手に抱いていたアーリーを酒場の外に向けて逃がしてやった。
……確かに”初心者の実力を見るための依頼にかこつけたテスト”という事情を知らなければ、理不尽な事である。
「―で、ジュリア、このお嬢ちゃんはどうだった?」
「…え?」
ひとしきり笑って、まだ不機嫌そうなティールに依頼報酬を渡すと、突然、その後ろに立っていた女性…ジュリアに向かってそう尋ね始めた。
ティールは、おそらく彼女がつけていたという事実には気付いていなかったのだろう。
完全に不意をつかれたような表情を見せ、背後に立つジュリアの顔を見上げていた。
「うーん、つかまえるまで時間はかかったけど、足の速さとか動きのよさは合格点かな?
あれだけ走り回ってたのにほとんど息きらしてないし、体力もすごいと思うよー」
「……試験監督?」
呆然とした顔のままジュリアを指差し、マスターに向けてそう口にするティール。
「まぁ、そんな感じだな」
対してマスターは、特に気にした様子もなくさらりとそう答える。
……ますます納得がいかないような表情を見せるティールだったが、言う言葉が見当たらないのか、口ではなにも言う事は無かった。
「でも、2階の屋根まで飛び上がるジャンプなんて始めて見た! あんなにすごいことができるんだから、Dランクの依頼くらいまかせちゃってもいいと思うよ!」
「あ、あれは……」
あの後も何度か屋根まで飛び上がる機会があり、その度に力を調節して、痛みを伴わないレベルの力加減を考えていた。
まだ完全には掴み切れていないが、やはり全力で跳ぼうとすれば……いや、おそらくすべての行動において、全力をふりしぼるような事をしなければ、痛みが走る事は無いだろうという結論に達した。
……今朝目を覚ます前までは、考えられないほど強い力が自分の中にあるのは、すでに気がついている。
そして、肉体のほうがその力についていくことができない状態にあるのだろうことも、なんとなく理解していた。
理由も、確信は無いが心当たりはある。
「……あの、このあたりに竜についてわかる場所ってありますか?」
この大陸に来る前の記憶……それをたぐり寄せると、自分は、仲間と共に一匹の竜と対峙していた。
今は漠然と、その戦いの中で理由となる何かがあったような気がしている。
「…竜か。 知りたいだけなら本でも探せばいいだろうけど……この町(モレク)にゃ図書館なんてシャレたものは無いしな」
「あ、図書館ならリエステールに行けばあったと思うよ。 結構大きいからなんでも見つかりそうだよねー」
「リエステールって……どうやって行くんですか?」
「……そうか、確かに、お嬢ちゃんには分からないだろうな」
なんだかんだと言っても、ティールはこの大陸に飛ばされてまだ間も無い。
その飛ばされた理由や経緯は誰にも分からないことだが、とりあえず、地理に関しての知識はゼロである事に変わりは無いだろう。
「じゃあ、私が案内してあげるよ。 私もこの町までの護衛が終わってリエステールに戻るところだったし」
「そうだったのか? なら急にあんなこと頼んで悪い事したな」
「ううん、時間かかった感じだったけど、楽しかったからいいよー」
「…ん? ならなんで酒場に来たんだ?」
「モレクに来るのも久しぶりだから、マスター元気かなって思ったからだよ?」
「はっはっは、そうかそうか。 まぁ俺は見ての通りだ」
支援士と酒場のマスターという関係上、比較的親しい間柄らしい二人。
依頼者と支援士というより、友達という関係に近いのかもしれない。
「―で、お嬢ちゃん。 リエステールに行くんだったら、ついでに手紙の配達依頼受けて行かないか?」
ジュリアとの会話をひとしきり終えると、気を取り直すかのように依頼の帳簿を開き、ティールの事に話題を戻すマスター。
ジュリアはその一言が耳に入ると同時に、”お?”といった感じの表情を見せ、ちらりとよこからその帳簿を覗きこむ。
「まぁ、ジュリアがリエステールまで案内するんだろうから、二人で共同って事になるが……」
「………二人で……ああ、そうか……案内して貰うって事は……そうだよね……」
「ん、どうした? そのくらい一人でできるから不満とか言うのか?」
マスターの言葉を聞いたその直後、急にティールは顔を伏せて、考え込むような体勢になる。
……その表情は、不満と言うより不安や拒絶的な何かが差しこんでいるかのようだった。
「…………ううん、ちょっと……ね」
…今、この大陸に飛ばされる前の最後の記憶が、ティールの中で渦巻いている。
ある一匹の竜と対峙して、次々と倒れていく仲間の姿……
家族のように思っていたみんなが、なによりも大切だったみんなが、自分を庇って死んでいくという光景。
……ペンダントと共に託された、”生きろ”という言葉が……誰よりも尊敬する『英雄』の、最後の願いがなければ、こんな依頼など受けず、自ら命を絶っていたかもしれない。
「…むー、私と一緒じゃ不服ってことー?」
仲間を作れば、また自分のせいでそれを失う光景を目にするかもしれない……
そんな心情をしってか知らずか、ジュリアは子供のように頬をふくらませ、不服そうな声でそんな事を言っていた。
「…………仲間、友達……一人は、いや……でも……」
……自分に両親はいなかった。
だから、仲間や友達のいない寂しさは知っているし、もう味わいたくない。
でも、同時にそれらを失う瞬間という恐ろしさも知ってしまった。
……それが、自分のせいかもしれないと思うだけで、胸が苦しくなる。
「……ジュリア、さん……でしたっけ」
「うん、ジュリアだよ」
「私は、誰かを守れるくらいに、強くなれると思う?」
―だったら、自信が欲しい。
自分のせいで誰かを死なせない……自分の力で、誰かを守れるという自信が。
「なれるよ! つよく信じてがんばれば、誰でも強くなれるんだから!」
ぱっと笑ってそう返事をするジュリアの声で、少し気が楽になったのだろうか。
ティールは少し頬を緩めて、笑顔を作り、ジュリアの顔を見つめ返した。
「……ありがとう。 ……じゃあ、案内、お願いしようかな」
「うん。 一人より二人の方が楽しいもんね」
「話は纏まったようだな。 ほれお嬢ちゃん、こいつをリエステールの酒場のマスターに届けてくれ。証明書、貰うの忘れるなよ?」



ジュリアの案内の元にリエステールまでたどり着いたティールは手紙の伝達を終え、その場でDランクへの正式な昇格を知らされた。
一回目の『アーリーの捕獲』という依頼は確かにテスト的な要素ではあったが、Eランクの依頼であることには変わらず、やはり正式に昇格するにはDの依頼をこなさなければならないという事だろうか。

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