※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

クリスマスの夜にタケは洋七に呼び出された。「僕の家に来てよ」と。
仕方なく、飾り気のない裏路地を歩いて、三畳一間のボロアパートに辿り着くと、
家の中にはさらに飾り気のない男がいた。
「洋七くんおじゃましまーす」
はいおかえりー、と気の抜けた声が部屋の奥からした。
タケは眼鏡越しに、洋七が玄関を向いて座っているのを見た。

「うおー寒いですねぇ」
タケは三畳一間の片隅によりかかる。
窓は締め切っているが、部屋には隙間風が吹き込む。
12月の風は冷たい。
「で、洋七くん。何の用ですか?」
「翔くんも来るからちょっと待って、タケちゃん」
そう言ってタケを座らせた。

洋七の家にタケが来てから10分ほど経った。
しかし未だ翔と呼ばれた男は来ない。
タケの体はすっかり冷え、唇を変色させながら眼鏡をカタカタと揺らしている。
「寒そうだねタケちゃん。ちょっとストーブつけようか」
洋七がそう言って立ち上がると、
「い、いやいやいいですよ別に」
タケがなだめた。タケはさらに続ける。
寒さなんて我慢すればいいし、電気代ももったいないですから、と。
そう言われると余計に不憫でならない。
「いや僕が寒いからつけるだけだよ。
 それに僕の家だから、タケちゃんは電気代なんて心配しないで」
洋七は急いで、押入れからストーブを取り出し、コンセントへと向かった。
「タケちゃん、そこどいて。コンセント差せないから」
しかし、タケは頑なに拒否し続けて動かない。
……よく見ると、コンセントには既に何かが差されている。
黒いコードが差されてあり、コードは黒い小台に繋がっていて、
その小台の上に備えられているのは黒い――。
「タケちゃんの携帯? ちょっと、何勝手に人の家で携帯充電してるの!
 『電気代がもったいない』じゃないよこの野郎」
「す、すいません。――って、翔くんが来たみたいですよ」
タケが謝るや否や、部屋にインターホンが響いた。
反応するタケを制止しながら、洋七は玄関へ向かう。
「僕が出るから。タケちゃんは早く充電器をコンセントから抜いて。
 電気代がもったいないから音速でね」

「ちょっと翔くん遅いよ」
玄関を開けると翔は無言で洋七を見下ろした。
洋七は翔を見上げながら、家の中へ案内する。

ストーブが赤く染まると、それに従って部屋の温度も上がっていった。
三人はそれぞれストーブを囲むようにして座り込む。
いつの間にかハエが一匹現れて部屋を飛びまわっていた。
無造作に置かれたちゃぶ台や空き缶へ飛び移っては、時折暖を得るようにストーブの周りを旋回する。
誰もハエを駆除しようとはしなかった。
「で、今日来てもらったのはね――」
洋七は急に切り出した。

「……まあ、ちょっとこの封筒を見てよ」
洋七がちゃぶ台の上に封筒をおくと、他の二人は面倒くさそうにストーブを回ってきた。
まず封筒にはこう書かれてあった。
「――時間を止める力授けますぅ?」
タケは黄ばんだ封筒を開けた。
中からは紙切れと、手のひらサイズの黒い円筒が一つ。
「取扱説明書ぉ? スイッチぃ?」
タケと翔は訝しげな顔で洋七を見る。
――洋七はいたって真面目な顔だ。

「ちょ、ちょっと信じてないでしょ!?」
タケと翔は一応首を横に振っておいた。
「い、いや別にそんなことないですよ。
 ホ、ホラこのスイッチなんて100万円くらいしそうですし……ハハ」
――隙間風が吹いて、ハエの羽音がやけにはっきり通る。
「ぜ、絶対信じてないでしょ!!」
洋七は顔を少し赤くしながら言った。
「タケちゃん、僕と手を繋いで! 翔くん、タケちゃんと手を繋いで!
 そしてこの飛び回るハエに注目!」
手を繋ぎ合い、握手の列をつくる。
その勢いでスイッチを押し込んだ。

沈黙が三畳一間を埋めた。
押し黙ったまま、三人はハエを見つめた。
ハエは空中で停止している。――足も羽もぴくりともしない。
「何ですかコレは? どういうことですか一体……。
 羽ばたいてないのに空中に浮かんでいるということは……」
体が固まったままのタケと翔を横目に、
洋七は胸を張って取扱説明書を読み上げた。

1.押し続ける間、時間は止まるものとする。停止時間は無限。
2.停止の際、能力発動者に触れたもの(以下甲とする)に関しては時間停止から免れる。
  また、甲に触れたもの(以下乙)に関しても同様で、乙に触れたものも同様である。

「う、うおおぉぉぉ!」
時間差でタケが雄たけびを上げた。
「こ、これは凄いですよ! これさえあれば法に触れることなく……ッッ!!
 早速外に出て幼女タソに――ハァッハァァッ!!」
「……鬼畜かキサマッ!」
翔のこの日最初の発言だった。

「ここが重要!」
鼻息を荒げるタケに釘をさすように洋七が言った。

3.この力の発動中に悪事を働いた場合は死ぬ。

「え、じゃあ幼女タソとハァハァ――」
「できないね、残念だけど」
タケは崩れ落ち――そうになるが、かろうじて踏みとどまった。
そして少しの間、思案にふける。
「いやしかし゛発動中゛ということはですね……。
 この力を利用して、何とかそっちの方向にもっていけば……。
 ……やはり、そのスイッチ興味深いですね」
タケは洋七を――洋七に握られたスイッチを睨んだ。
洋七は手にしたスイッチを思わず後ろ手に隠して叫んだ。
「よっつ! 契約者以外の者が力を発動した場合――死ぬッ!!」
「……いや、そんなこと書いてないだろ……」
翔がつぶやく。

止まった世界の中、ハエを突くと再び飛び回った。

興奮はさめない。
何とかならないだろうか、とタケは独り言。
幼女タソだけ時間を戻して、僕たちだけで暮らせば、あるいは数年分かけて和姦にもちこめば……。
「あまり現実的な考えじゃないよね」
そう言われると、タケは背中を丸めた。
時間を止めるスイッチ――大層なクリスマスプレズントだ。
使い道を考えると、無尽蔵に浮かんでくる。
そして、それをシミュレートしては――おかしなことだが――現実的じゃない、と頭からかき消す。
悪事の定義、その代償の大きさ。
タケと翔は宙を見やりながら、考えにふける。
洋七は、すでに使い道は考えてある。
ストーブに温まりながら、洋七は発言の機をうかがっていた。

「で、とりあえずこの力の使い道だけどさ――」

ふいに二人の視線が洋七に向かった。
それを伝えようとした時、彼は顔が熱っているのに気づいた。

―――――――――――――――――――

「いやぁ、表通りに出るのは久しぶりだね」
「ここまで、気が進まないのも久しぶりですけどねぇ」
「まぁまぁせっかくの機会だからさ」
「そう言っても、男三人組でクリスマスのイルミネーション街は……」
「だからこのスイッチがあるんだよ」

じゃいくよ、と洋七が声をかけると三人は表通りへ出た。
三人が手を繋ぎあい、スイッチを押し込んだまま洋七が一歩前に出る。

イルミネーション街を、時をかける友達の輪を作りながら歩いた。
静かな街だった。裏通りよりも明るく賑やかなはずなのに
裏通りよりもずっと静かだった。
三人はぼんやりとした光に、すまし顔で進む。
街中に飾られた光が、耳の凹凸の影さえはっきりとつくる中、
寒さに身をすくめながら、静かに街を眺めていた。
カップルの姿など目に入らない。
「ふ、二人ともまんざらじゃないみたいだね」
「そ、そんなことはないですよ。勘違いしないでほしいです。
 ところで、どこに向かって歩いているんですか?」
街の中、言葉が響いて消えた。

「……あと数日で新年だけど、この一年に満足してる?」
タケは首を横に振った。その横で翔もぶんぶん首を振っている。
満足してるわけなんてないのだ。
新年を迎えるにあたって、得たものなど何もない。
思い出や努力、経験などは全てこの一年に置き去りにしている。
「このまま真っ直ぐ西へ歩き続けようかな」
なんて思っている。
日本の端まで行ったら、次は止まった海の上を歩いて渡る。
海も山も全て越えて、地球を西に一回りして太陽を越えれば、そこは昨日だ。
昨日へ行って昨日へ行って、もしかしたらそこで何かがあるかも。
「――なんてね」
「……洋七くんって途方もなくロマンチストですよね」
「う、うるさいなぁ」
どうせヒマだし。タケに顔を背けながら洋七は呟き歩く。
タケも翔も、誰も立ち止まろうとはしなかった。

「ところで、気になるんだが……」翔が周りを気にしながら言う。「皆動いてないか?」
「確かに」タケが洋七をなじるように。「何か注目浴びてますよ」
見るな、気にするな、分からん、と漏らしながら洋七は早足で進む。
確実に見られている。嘲笑われている。携帯で撮られている。
それを三人は自覚している。スイッチをさらに強く握りこんでも事態は変わらない。
「推測なんだが」再び翔。「洋七が自分の靴(甲)に触れ、その靴が地面(乙)に触れ、
 地面がカップル共に触れているということでは……」
(取扱説明書その2参照)
理解するなり、声にならない声を上げて洋七はすぐにスイッチを放した。
お互いに手を繋ぎあっていることを思い出して、すぐに手を離す。
そして、能力についてしっかり検証しておかなかったことを少し悔やんだ。
興奮しすぎたとは言え、いささか軽率だった自分を恨む。

「つ、使えねぇー!!」
「予定変更!」
洋七が急に進路を変えて走り出した。
息を荒げながら、光の中を駆ける。
駆け足はどんどん速さを増して、気づくと全力疾走していた。
二人は後ろから着いてきてくれてるだろうか? 気になるが確認はしない。
着いてくると思ったら、着いてくる。そんなのが友達だと思っている。
過去にいけないのなら仕方がない。
新年まで時間がないなら、ジタバタしたって仕方がない。
でも大丈夫。一月は重要じゃない。
だから東へ向かって駆けていく。
だって――
「僕らの春はこれからだ」