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――2006年5月25日――

地球に隕石が飛来すると、インターネット等で噂が流れた。
実際には、地球から随分と離れた場所を通過しただけに終わった。

……非常につまらない。どうせなら俺の上だけでも落ちて来て欲しかったのに……。

顔を洗い、タオルで拭きながら鏡をみると、俺が歪んでいた。

「……は!?」
「……える……聞こえるか?」

歪んだ俺が、話して来た……いや、直接言葉が頭に流れて来る。

「いきなりだが『平行世界』という物を知ってるか?
俺もよく分からないが、世界は合わせ鏡の様に平行して、幾つも存在しているんだそうだ」

『俺』は気にせず語りかけてくる。言ってる事もよく分からない。

「って言っても、正直俺の説明は間違えている可能性が高い。
気になったなら、学校の先生や、近所の交番や物知りに聞いてくれ」

『俺』が笑った後、真剣な顔になった。

「……っと、そろそろ本題に入ろう。
俺はまぁ『平行世界』にいるお前な訳だが……

俺 と 変 わ っ て く れ !」

意味がわからず、ポカンとしていると、鏡から腕が伸びて中に引きずり込まれた。

「よぉ……『俺』元気か?」

鏡の中に引きずり込まれた時、気を失ったらしく『俺』が覗き込んでいた。

「……な、なんなんだよ!」
「まぁまぁ怒るな。同じ『永沢弦太』って存在同士仲良くしようや」

言動や振る舞いが全く違う『俺』が笑う。
同じ存在? そういえばこいつは、変わってくれと言ったな……。

「……お前が本当に俺なら、変わる必要なんて無いじゃないか」
「なんだ覚えててくれたのか、そうだな……変わってくれよ『世界』を」

こいつはさっきから何を言ってるんだ……。
とりあえず、覗き込まれたままだと癪なので、起き上がる。

「ん?……ちょっとまってくれ、ここはどこだよ」
「チッ……めんどくさい奴だな! 鏡の中……いや、世界の狭間かな?」
「お前……何を言ってるんだ? 2丁目のコンビニの近くにいい脳神経科が」
「だぁぁぁもう! うるせぇよ! いいか、ここはお前の世界と俺の世界の間の空間だ!」

癇癪を起こしている『俺』は無視して辺りを見渡す。
色々な絵の具をぶちまけた様な世界。地面すらなく、浮いている感じだ。

「……で、変わるってなんだよ」
「……マイペースな奴だな。まぁいい、存在している世界を変わって欲しい」

「……なるほど、いいよ」
「頼む! お前でもう27人目なん……え? いいの?」
「26回も断られたのか……」
「気にするなよ。とりあえずありがとう、時間逆上って来た甲斐があった……
お礼というか、まぁ手を出せ」

コロコロと感情が変わる『俺』だなと関心しつつ、言われたとおりに手を出した。

「よし、じゃあ俺行くわ」
「はぁ? なんにももらって無いよ! つーか、説明くらいしろよ!」
「25日に隕石が落ちて、世界は『バイオハザード』みたいになった。
お前にやった物は『時を止める力』だ」
「ちょ……お前意味わかんないって!! おい!」
「時間がないんだ。お前も急げよー!」

『俺』が光の中に吸い込まれると同時に、歪んでいた様な空間が激しくうねり出した。

「閉じ込められるなよ〜」

『俺』の声が聞こえた後、吸い込んだ光が消えた。
咄嗟に全速力で走り?光の中に飛び込む。



目を覚ますといつも通りの俺の部屋。
ふとテレビを付けると、2006年5月24日午前11時44分。
枕元にはメモがあった。

『25日の夕方に隕石が落ちて来る。少しだけ時間をずらしてやった。
一日だけでも人生を楽しめよ、俺』

どうやら本当に世界が変わった様だ。

「……『俺』の話だと、明日の夕方に隕石が落ちてくるんだよな」

携帯の電源を入れる。お気に入りには見慣れたサイト名。
やっぱり俺は根本的にヘタレねらーだったようだ。凹みつつスレを徘徊する。

「……これと言って、向こう側と大した違いは無いなぁ」

やはりどの板もネタ扱い。
痛い人数名が見当違いな事を言っていたが、『俺』から聞いた話とはかけ離れていた。
普通の人は『隕石落下→バイオハザードの世界』なんて、ネタでも思わないだろうな……。

「……そうだ、せめてあそこだけも」

お気に入りの板を開く。やっぱりネガネガしたスレが目立つ。……モテない男板。
痛い人扱いされるだろうが……あった、ここの住人には教えておこう。

――――――――――――――――――
〜もしも時間を30秒止めれたら 34停止目〜

138:('A`) 2006/05/24(水) 12:17:44 O
喪まえら明日の夕方に隕石が落る
よく分からないが、バイオみたいな世界になるらしいんだ
俺を信じてくれ、頼む

――――――――――――――――――

返って来たレスは予想通りだった。
『ネタ乙』『それなんて(ry』『やっと氏ねる』等のレスの後、いつもの流れに戻った。

「一応……教えたからな」

パチンと音を立て、携帯を閉じた。……仕方ない、俺だけでも生きt――

「……俺は……生きたいのか?」

恋人どころか友達すらいないこの世界で……たとえ滅ぶとしても生きていたいのか?
バイオハザードのような世界? 一人だった今までと何が違う?
……いや、何も変わらない、むしろ今までより辛いはずだ。
そう、生き残ったとしても、そこは『俺』が常識を超えてまで抜け出したかった地獄。
それなのに、俺は本当に生きたいのか?

「……い、嫌だ……死ぬのは嫌だ!!」

怖い怖い怖い怖い怖い……生きるのが、死ぬのが怖い。
俺はもう生きたくも……まだ死にたくも無い!
俺の存在が分からなくなる。何のために、生まれて来たんだと。

「……ぁぐっ!! 頭が…!?」

これ以上考える事をやめろと言わんばかりに、頭が警鐘を鳴らす。
頭痛が襲い、視界が歪む。息が出来ない……意識が遠のいて行く。


「ヒュッ…空気…ヒュー…息をしなきゃ……」

玄関から飛び出し、そこにあるはずの空気を求めた。

――パァァァッパパァァァァッ――

音がする方を見る。目の前には車が迫っていた。

あぁ……死ぬのか……死ぬ?

「あ……うわぁぁぁ!!」
――キキィィィィィッ――


俺は……死んだのか? 痛みも、轢かれた感触も無い。
怖くなんて無かった……。死ぬまでビビリだったなぁ……やっぱヘタレだな。

「凄く静かだ……でも真っ暗でなにも……ん?」

目を開けると、さっきまでいた場所、家の前の道路だ。
でも何かおかしい。ブレーキ音も、女の叫び声も、微かに吹いていた風も……消えている。
そして、もっとおかしい事……

「あっ……え?」

何も動かない。俺以外、全てが停止していた。
車は数センチ手前で止まっていて、運転手はハンドルを回そうとしている。
叫んでいたおばさんは、口に手を当てて、もっていた鞄を落としていた。
その鞄は……宙に浮いている。

「……そういえば」

『俺』が言っていた事を思い出した。
お礼だとか『時を止める力』だとか……。

「と、とにかく離れなきゃ……」

もしも急に動き出して轢かれたら、たまった物ではない。
それに飛び出した俺が悪いけど、面倒な事になるのは嫌だった。

とりあえず家に戻った後、頭の中に不安がよぎった。

「もしかして、ずっと――」

言い終わる前に、振動と物凄い音が聞こえた。

恐る恐る、カーテンの隙間から道路を覗き見る。
電柱に突き刺さった車と、集まり出したやじ馬が見えた。
運転手はフロントガラスを突き破り、身体がひしゃげたボンネットに乗っている。
頭からはかなりの量の血を流れていて、ピクリとも動かない。

「あ、ぁあ……」

俺のせいで人が死んだ。怖い…。
カーテンを閉め、布団に潜り込んでも、震えが止まらない。

「あぐっ!!」

頭痛と共に、ビキビキと音を立てて俺の中の何かが崩れる。
俺が「永沢弦太」と言う人格が壊れていく……。
……『俺』が俺と、どこか違うと感じたのは、あいつが『壊れていたから』だった。


「どうせ皆死ぬんだ! 一人や二人死んだって、世界は変わらない!!」

笑いが堪え切れない。
……そう、もうすぐ殆どの人間が死ぬ。あいつは少し早かっただけだ。

「あはっ……あはは、はははははっ!!」


俺は死なない!『俺』のように逃げたりもしない。
もう以前の俺とは違う。今は『特別な力』も使える。
これからは誰も俺を馬鹿にしない世界。

「変わってくれてありがとう『俺』……」


──隕石落下まで後26時間──

「これは『俺』のメモ?」

机の引き出しに小さなメモが貼ってある。
そこには『生きたいならこの中のノートを見ろ』とだけ書かれていた。

「なんだこれ……『攻略本』?」

中には一冊の『攻略本』と書かれたノート。開いて見ると汚い字が並んでいた。

「24日に用意する物は……丈夫な棒と地図と……なぜにコンドーム?」

よく分らないが、少なくとも数日は生き延びた『俺』に従う事にした。

「……今は出られないな」

やじ馬が警察を呼んだのか、外が騒がしい。
ババアに顔を見られているので、今出ると面倒になりそうだ。

「暗くなってからにするか」

ノートを机の上に置き、少し寝る事にした。


「……やべっ寝過ぎた」

数時間前までいたやじ馬は、今は一人もいなかった。

「準備準備と……なんかゲームみたいだな」

死にたいやら死にたくないやらと悩んでいた事が、不思議な位感情が高ぶっていた。
映画に影響されて、通販で買った黒いロングコートを羽織る。
リュックに『攻略本』と筆記具、ライター等の役立ちそうな物を押し込んだ。
パンパンになったリュックを背負い、深呼吸をする。

「ゲームスタート」

小さく呟いて、ゆっくりとドアノブを回した。

「あれが隕石か?」

夜空に煌々と輝く一つの光。よく見ると少しずつ動いているように見えた。
足を止め、街灯の下で時計を睨む。時刻は午前1時を回っていた。
メモによると、隕石が落ちて来るのが明日の夕方。

「時間にすると……15時半以降か? 全く……詳しく書いておけよ」

充分に余裕を持っていないと、準備途中で死に兼ねない。
明日15時がリミットとして動くことにした。

「さて、これからどうするかな……」

付近の探索を終え、公園脇のガードレールに腰を下ろす。
元いた世界と大した違いはなかった。
攻略本に『夕方はトンネルで待機』とだけ書かれてあったが、見つけただけで4つ。
どのトンネルかは分からず、仕方なく書かれていた物を集めることにした。

「まずは車かな」

その辺に止めてある物を拝借しよう。一応免許は持ってるから、運転は出来る。
あぁそうだ、キーが無いとどうにもならな──

「あっれぇ? 長沢じゃね?」

二台の車が俺の横で止まる。大音量で流れる音楽に紛れて、耳障りな声が聞こえて来た。
車内には数人の若者。全員が俺を見て、嫌な笑みを浮かべている。
そいつらは、元いた世界で高校時代に俺をいじめていた8人だった。

「夜中になにやってんだぁ〜? 下着でも盗んでたのかぁ?」

リーダー格の大野が降りて来た。仲間もぞろぞろと降りて来る。
大野はかなりの長身、体型もいい。仲間達もガッチリしていて、皆喧嘩なれしている。
寄って来た大野に、条件反射でビクついてしまう。

「キモっ! お前見てるとストレスたまるわ……ちょっとこっちこいよ」

大野が髪を掴み、公園の中に引っ張って行く。
『俺』もいじめられてたのかと思うと、俺という存在が悲しくなった。

「お前やっぱくせぇな、手に臭いがついたじゃねぇか! ぁあ!?」

肩を押され、派手に転んだ。大野達は、ゲラゲラと笑いながら俺を囲む。

「お前さ、キモいから生きてても仕方ねぇし、俺達がストレス発散に使ってやる」

仲間Aが俺の胸倉を掴み、無理やり立たせる。何か言ったが、恐怖で聞き取れない。

「シカトしてんじゃねぇ!」

なぜかキレた様子の仲間Aが右腕を振り上げた。
そのまま目の前に拳が迫って来る。
いくら世界が変わっても、俺は弱いままだ……。

──もう……死にたい。

殴られる瞬間、昼間の事が頭の中を光速で駆け巡る。
俺の中で何かのスイッチが入った。

「──……停止しろ!」

──30秒──

俺はこの停止した世界の神になる。
気に入らない者は皆殺す。
どうせ明日になれば、皆死体になる。

「ソレナラここで死んデモ、そんなに大差はナイよ」

もはやこいつらは、俺に殺される……壊されるだけの人形だ。
殴りかかっていた仲間Aの目に、指を突き刺す。血は出なかった。
指を抜き、頭を思いきり捻る。一回転した頭は、また俺の方を向いた。
あまり良い気がしないので、大野の目の前まで運んでやった。
他の奴等の反応が見たくなったので、も解いた場所まで戻る。

『……カチッ』

秒針が動く様な音がして、世界が時間を刻み出した。
仲間Aは、俺を殴るために突き出した拳を大野に当てて、そのまま地面に崩れた。

「……ニンゲンってモロイなぁ」

笑いが止まらない。大野達は目の前の事が理解できず、立ち尽くしている。

「あ? お前なにを」
「こいつヲ壊シタだけダヨ」
「ぁあ? 自分が何やったか分かってんのか?」
「お前ラも、自分がイル立場ガ分かってるノカ?」
「んだと! ぶっ殺すぞ!」

奴等が一斉に襲い掛かってきた。
いつの間にかナイフや鉄バット、鉄パイプを持っている。
おお!丈夫な棒を探す手間が省けたようだ。

どうやら数秒間たたないと能力は使えないらしい。
奴等の攻撃が当たるギリギリで、時間は止まった。

「んー……ナイフかナ」

俺はナイフを奪うと、次々と奴等の首を裂いて行く。
一つ……二つ……三つ……。
あっという間に6個の死体が出来上がる。
残りは数秒、全て終わらせるとつまらないので、大野は左腕を切り落とすだけにしておいた。

「随分ト壊れやすいナァ……止マッタ世界の物は、脆くナルのか?」

近くにあったベンチに腰掛けると同時に、時間が動きだす。
ドサドサと死体が重なって、血の臭いが離れていても臭って来た。

「ギャァァァアァァア!!!??」
「……全くウルサイなぁ」

無くなった左腕を押さえながら、大野は地面に膝を突いて悶えていた。
先ほど浮かんだ疑問を解消すべく、大野に近付く。
なにやら怒鳴っていたが、気にせずナイフを突き立てた。

─ザクッ─
「あぁあぁぁぁ!」
「切れないな……ヤハリ脆くなるのカ」

右腕に刺したナイフは、骨の当たりで止まる。
時間の止まった世界では、全てが壊れやすいようだ。


「さてと、次は食料か」

大野を殺した後、鉄パイプ3本と鉄バット1本を奪って、車に乗りこんだ。

隕石落下予想時間まで、残り十二時間。時刻は午前三時。
食料と残りの道具を求めて、この街の一番大きなショッピングセンターに着いた。

「先にこっちから済ませるか」

車でホームセンターの自動ドアを破る。当然のように警報器が鳴り響いた。

「ポリタンクと有刺鉄線……これ入るのかな……」

集めたものを車に積む。大野から奪った車は、ワゴンタイプの軽自動車。
スピーカーの様な物が積んであったが、邪魔なので捨てる。
代わりに、脚立やベニヤ板や工具を適当に押し込んだ。

「次は食料か」

車をホームセンターから発車させ、スーパーの自動ドアを突き破った時、駐車場に警備会社の車が入ってきた。

「早いなぁ……説明して分かって貰えないかな」

車を降りて、食料等を集めながら、警備員が来るのを待つ。
あらかた後部座席に食品を積み込んだ時、警備員の姿が見えた。
随分と遅い、応援でも呼んだのだろうか。

「二……四人も。ご苦労様です」

普通こんな人数で来るのだろうか? 最近物騒だから?
まぁ……俺には関係ないか。

「えっと、これには理由がありまして……うおっ!?」

説明しようと警備員の方に近寄ったその時、後ろから取り押さえられた。

「暴れるな! そうすれば手荒にはしない!」

キメられている腕が悲鳴をあげた。説明したが、聞く様子もない。
……当たり前だが。

「痛ぇ! はぁ……腕を放すのと殺されるのと……どっチにしまスカ?」
「何を言っているんだ?! おとなしくしろ!」

警備員がさらに力を込めてくる。
こうなっては仕方ない、俺が生き残る為の些細な障害と見做すか。
こっちはちゃんと説明しようとしたのに、聞かない方が悪い。

「……分かリマした。後悔しナイデ下さイね」

何? とでも言いかけたのだろうか、警備員の口は開いたまま止まっている。
キマっていた腕を無理やり解く。警備員の腕が奇妙に曲がっている。
解いた拍子に折れてしまったようだ。
ベルトからナイフを抜き、額に突き刺す。
スコンっと軽い手応えは、癖になりそう程、心地よかった。

「俺ってモう、立派ナ殺人鬼ダな」

そう思うと気持ちが沈む。考え方を変え、結局『生き残る為に仕方ない事』で落ち着いた。


「そろそろ攻略本通り、トンネルを見つけないと……」

何度か時間を停止させた後、車に乗り込みショッピングセンターを後にする。
その散らかった床の中で、警備員達が目を覚ます事は無いだろう。

空が明るい。時刻は午前七時を過ぎている。
学生や散歩している人や、サラリーマンがせかせかと歩いている。
車の数も増えているし、これ以上このボロボロの車で走るのは目立ってしまう。
なんたって殺人と強盗が連続して起きている訳だ、警察も付近を捜索しているだろう。

「トンネルの目星をつけたら、新しい車を探さないとな……」

ショッピングセンターを離れた後、道路脇で攻略本を読んでいると、一度書いた後に消した跡を見つけた。
それが『旧○○山トンネル』○の部分はよく読めなかったが、これは大きな手掛かりだ……多分。
もしこれがヒントなら、当てはまる場所は二つ。

一つは独森山の『旧独森トンネル』
国道が新しくなった数年前まで使われていた。
今は珍走団やヤンキーの格好の溜まり場となっている。
先程見に行ったが、思いの他遠かったので、こんな時間になってしまった。
もう一つは藻手内山の中腹にある『旧・藻手内トンネル』
この町を代表する心霊スポット。
見た目はボロボロで、いかにも出そうな雰囲気。
ただ、隕石の衝撃に耐えられるのか疑問だった。
元いた世界とは多少違うので、行って見ないと分からないが。

「着いたけど……」

旧藻手内トンネルは予想以上に朽ちていた。
これは隕石落下の衝撃に耐えられそうにないな。

「一応調べるか……しかし怖いな」

朝だというのに、懐中電灯とヘッドライトの光が無いと、自分の腕すら見えない。
規則的に聞こえる水滴の音が恐怖心を駆り立てる。

「な、なんにもないな……も戻ろう」
「……ぁ」

……いやいや今のは絶対に気のせいだ。
自分以外にこんな場所に用のある人間なんかいるはずもないし。
……分かっていても振り返る自分が嫌だ。

「……ん?」

振り返ると、見落としていたのかノート程の大きさの紙が壁に貼ってあった。
見覚えのある字で、何か書かれてある。

「……なにが『おめでとう、よく見つけたな(笑)』だよ」

攻略本と同じ汚い字が、ここが正解だと告げていた。

「とりあえず荷物を置いて、新しい車を見つけないと」
「……ぁ……」

まてよ……その前に一度ここを離れよう。新しい車を手に入れてから来ればいいじゃないか。
もし誰かに見つかって荒らされても困るしな。
もしかしたらここは『俺』のトラップで、独森トンネルが正解かもしれないし……。

「……おい!」
「ぎぃゃぁぁぁあぁぁ!!」

叫び声がトンネル内に木霊する。薄汚れた白く細い腕が、俺の肩をしっかりと掴んでいた。

「うるさい黙れ!」
「うわぁぁぁ! 出たぁぁ!」
「出っ!? 貴様、私はお化けでは……」

時間を止め、幽霊がいる方にナイフを突き出す。

「あ……れ?」

幽霊女の首すれすれでなんとかナイフを止める。
正確には幽霊じゃ無いかもしれない。掴まれた時、この女の手は暖かかった。
頭が混乱して立ち尽くしていると、時間が動き出した。

「無い……うわっ!」
「ウヒィィ!」

女が驚いたのか後ろに飛んだ。それにつられて俺も叫んでしまった。
少しの沈黙の後、女が暗闇の中から出て来た。

「……私はお化けなんかじゃないから落ち着いて欲しい。出来ればそれもしまってくれ」
「は、はぁ……」

言われた通りナイフをしまう。どうやら人間だったようだ。
狂った様な心臓を落ち着け、女の方に向き直った。

「あの……」
「ヒィィィ!!」

もう一人いた。
狙ったかの様なタイミングで声を掛けられ、尻餅をついてしまった。

「……はぁ、すまない。優香が驚かせてしまった様だ」
「ご、ごめんなさい!」

優香と呼ばれた女は、謝りながら幽霊女(仮)の後ろに隠れた。

「私は斉藤水月……貴方の好きに呼んでくれて結構だ」
「はぁ……」
「そして……全く、いつまで隠れているつもりなんだ?」

斉藤の後ろから引っ張り出されたのは小動物……いや、怯える女の子。

「彼女は小林優香……少々人見知りが激しいんだが、その辺は勘弁して欲しい」
「水月……こんな所で無駄話してる時間なんて……」
「む……そうだな。その前に貴方の名も聞いておこう」

何故か俺に怯える小林を脇目に、簡単に自己紹介をした。
しかし……二人の外見は極端に好みが分かれるだろうな。
斉藤水月……身長は俺と同じ位。女性にしては高い方か? スタイル良過ぎ。牛かお前は。
髪は黒いセミロング。美人に分類される顔立ち。
大和撫子とはこんな女性の事を指すんだろうな。

小林優香……身長は俺の肩の辺り。平均より少々小さいかと。
体付きは子供に毛が生えた程度。まさに俺好みのヒンヌー。
髪は短めでボブとか何とかそんな感じ。少し染まっているが地毛だろう。
顔は童顔、優香かわいいよ優香。

「……話を進めてもいいかな?」
「フヘヘ? ……すまない。どうぞどうぞ」
「では単刀直入に言う。今日隕石が降って来る」
「!? なんでそれを!?」

「一時インターネットで噂になって……調べていたら気になる物を見つけた」
「それはどんな?」
「……場所が場所だっただけに信用に至るかは疑問だが」

小林がノートパソコンを取り出し、お気に入りを開いた。
表示されていたのは……よく見慣れた掲示板だった。

「もっと前の……これだ」

――――――――――――――――――
〜もしも時間を30秒止めれたら 34停止目〜

138:('A`) 2006/05/24(水) 12:17:44 O
喪まえら明日の夕方に隕石が落る
よく分からないが、バイオみたいな世界になるらしいんだ
俺を信じてくれ、頼む

――――――――――――――――――

「これは……」
「何か感じるものがあって……水月も気になるって言ったから」
「これを書いたのは俺だ」

まさか信じてくれる人間がいて、しかもこんな場所で会うなんて思わなかった。
ただ、これを見つけて信じてくれたのが女性だったのは意外だったが。

「これは本当なの?」
「間違いはないと思う」
「そう……詳しく話してくれないか」
「長くなるし、まだ準備が終わっていない。手伝うのなら移動しながら話す」
「……優香はいい? わかった、手伝おう」

「並行世界に特別な力……」
「本当の事だ。信じられないならそれでもいい」
「その逆だ。弦太が能力者なら、無い話では無い」
「……? なんでだよ」
「私達も特別な力を持っているからな。それならば、信じられない話では無いだろう?」
「ぇえ!?」

あまりの急な展開に、思わず急ブレーキをかけてしまった。
後部座席から小さく悲鳴が聞こえる。あぁ……優香かわいいよ優香。
……いやいやそんな事よりも!

「俺はとんでもない世界に来てしまったみたいだ」
「そうだな、世界が滅ぶなんて予想外だろう……お気の毒に」
「そうじゃなくて! 能力を使える人間が他にもいるなんて聞いてないぞ」
「? この世界の……少なくとも日本は人口の0.02パーセントが能力者だ。
……お前のいた世界はいなかったのか?」

いねぇよ普通……。いや、この世界の場合、いる事が普通なのか。
0.02パーセントって、日本の人口が二億だとして……四万人?
……なんだか数字的にはありそうな気がして来た。
いやいや……やっぱりありえないって!
隕石といい、バイオハザード化といい、能力者がやたらいる世界といい……。
ここはやはりとんでもない世界だった。

コンビニで朝食と忘れていたコンドームを買い、車へ戻る。
盗んでもよかったが、面倒になりたくなかったので素直に買う。
これで残りは新しい車だけになった。
人通りも激しくなって来た道を引き返し、トンネルへ戻って来た。
大野から奪った車だ、これ以上人目に晒してると警察に見つかって邪魔されてしまう。
全ての荷物をトンネル内に運び、少し遅い朝食をとる事にした。

「……俺が知ってるのはこの位だよ」
「そうか……弦太に会えてよかった」
「!? がっは! ごほっ……」

おにぎり(昆布)が喉に詰まる。さらにおにぎり(明太子)を握りつぶしてしまった。
……いきなり何を言いだすんだこの牛は。

「……勘違いされると困るから言うが、有益な情報を持った人間だからという理由だぞ」
「げほっ……わ、わかってるよ」

わかってるが、そんなセリフを言われたのは初めてだ。動揺するのは仕方ないだろうに。
その上俺はこの容姿だ、普段なら女と話す事すら……

「? どうした弦太、大丈夫か?」

女と話す事すらままならないはずだ。……なのに斉藤とは普通に話せている。
優香とは緊張して話せないので、女と話せない事を克服した訳じゃない。

女と話せない俺が、斉藤と話せる理由。母親以外の例外は初めてだからなぁ。

「まさか……」
「?」

いや、これだけは無い……でも、これしか考えられないよな。

「斉藤……」
「なんだ?」
「お前……本当は男なん」

顔を上げ、斉藤の方へ目を向けた。あれ?……いない。
と同時に、味わったことのない感触が背中に。
プニプニしてるぞ……ん? なんだかぐるじ……い……。

「見た通り女だ……次はこの首をへし折る」
「ちょっと水月! 永沢さんの顔が紫になってる!」


「だ、大丈夫……ですか?」
「ゆう……あっいや、小林さん?」

どうやら気を失っていたようだ。あの完熟メロンめ……本気でキメてきやがった。

「だっ……大丈夫、です」

服についた砂を払い、起き上がる。……まだ少し頭がくらくらする。

「じ……時間が無い、そろそろ新しい車を探しに行こう」
「…………」

この野郎……無かった事にするつもりか。まぁ俺にも非があるからいいか。


「……あそこの駐車場で貰うか」

二人をトンネルに残し、山を下る。
正直に邪魔とは言えないので、見張りを頼む形で置いて来た。
麓に車を捨て、駐車場に向かう。

「時間が無い、急ごう」

当たり前だが、どの車も鍵がかかっていて開かない。
やはり人が乗っている車を探すしかないようだ。

「もう二時か……気絶してたというより、普通に寝てたんだな」

能力を使ったからか、気絶する前は随分と疲れていたな。
斉藤に首を絞められたのは結果的に良かったのかもしれない。
……胸の感触も楽しめたしな。

「あ〜……人がいねぇ……」

予想時間の十五時まで後一時間弱。まだ隕石が降って来るような様子は無い。
ここからトンネルまでは車で十分弱。
後々の事を考えると、ガソリンを満タンにしなきゃいけない。
近くのスタンドまで行くとなると、後三十分で車を探さないといけない。

「お?」

そこに一台の車が入って来た。ファミリーカーの中には、その名の通り家族が乗っていた。

「あれは気が進まないな」

小さな男の子とその両親。彼らから奪う事はさすがにやめた。

「よし、あいつにしよう」

乗用車が入って来る。車からは中年の男が出て来た。
エンジンをかけたまま、自販機で何かを買っている。

「すいません」

時間を止めて首元に一撃。脆くなっているとはいえ、死んではいないだろう。
すぐに男を自販機の裏に移動させ、車に乗り込んだ。

ガソリンスタンドを後にして、トンネルへと車を走らせる。

「……良かった、まだ余裕で間に合うな」

ふと空に視線を移す。明るい太陽は少し傾いていて、夕方と呼ぶにはまだ早い。
時刻は午後二時四十五分を過ぎていた。トンネルに着くのは三時頃だろう。

「……な……んだ……あれ?」

雲の上にやたらと明るい光が見えている。
トンネルに近付くに連れ、その数はどんどん増えていった。
カーステレオからは、すでに隕石が落下しているとか、シェルターがどうのとか、
正直今更と言いたいような事が放送されていた。

「シェルターなんてあったのか? 初耳だよ」

行き交う車から焦りが滲み出ている。
所々で事故も起きているようだ。
ラジオはすでに雑音しか流れていない。隕石で局が吹き飛んだのか、すでに避難したのかだろう。

「弦太! 空がおかしい!」
「中に入れ! もうすぐここにも……」

入り口の方を振り返ると、遠くの山が爆発した。何拍かおいた後、爆音が轟いた。
それを皮切りに、絶望が降り注いだ。

「大丈夫なのか?」
「水月……」
「? おい、斉藤! 危ないからこっちに!」

斉藤は入り口の隅で何やらやっていた。
外はまるで豪雨の様に降り注ぐ隕石。
その中を、確実にこちらに向かう一つの光が見えた。

「!? 斉と……」

『ドゴゴォォ……』

鼓膜が破れるようなの音と、地震の発生源に居る様な衝撃。
ぱらぱらと石や砂埃が降って来る中、斉藤が俺の腕を掴んでいた。

「……どうやら間に合ったみたいだな」
「……なんなんだ?」
「言ったろう?『私達も特別な力を使える』……と」

トンネルの入り口には、血の様に赤い光の膜が張られていた。
斉藤の手首から、俺の腕に血が伝って来た。

「この辺りは……大丈夫」
「水月……腕」

優香が斉藤の腕をとり、傷口に口を当てた。
その光景は、なんだか不思議な感じだった。

「んっ……ありがとう優香」「ううん、いいの……ありがとう水月」

優香が顔を上げ、ふらふらと車の中に戻って行った。
斉藤の腕からは、傷が消えている。

「私も休む……何かあったら起こして……」

言い終わる前に、斉藤は倒れた。二人を車の中に寝かせる。
壊れていく世界を見ながら、俺は眠れずに、ただ眺めていた。