じょせつ


 孤独なるものよ、汝は我が故郷なり

      ―――夏目漱石『行人』




 アインファルト領とシュガー砂漠との境界は、海と川におけるそれと似て漠然としている。或いは、この地面において周縁が生まれた時間なるものは初めから無かったのではないだろうか。この砂漠の由来たる砂塵の白い色に溶け出す様に崩れた、廃墟もまた、かつて帯びた仮初の街の衣を脱ぐことで、より然るべき在り様に立ち戻ったと見える。不自然なる景色は、果たしてそこに有り得なかった。
 乾いた廃墟の奥へ奥へと、キオンの踏み出す足は純白の水面を歩く様に悉く静かである。踏みつける度、或いは踏みつけた足を持ち上げる度に白煙が低く膨れて落ちた。それは強過ぎる陽光を反射して淡く瞬き、彼女の全体を覆う焦げ茶色のマントの裾の上にほうき星の様に消えて行く。一先ずそこにはブーツの足跡しか残らないが、それだに時間が風を呼び、砂を被せて平らかな地面を作り直すのである。
 忽焉、足元でガチッと硬い質感が重なった様に聞こえたがキオンは聞かぬ顔のまま歩み続けた。やがて先に自動販売機が道――左右を建築物に挟まれているのだから道であっただろう。アスファルトは白砂に埋まっているらしい――を横断する形でうつ伏せに寝そべっていたので、跨ごうかと暫時考えた後、踏みつけて越えた。見える範囲に、大小の瓦礫が増えてきたため高い足場に乗った方が疲れ難いと考えたのである。
 自動販売機の次に踏んだのは割れたガラス板らしかった。表面は透明でなく、蛍光色で彩られており何某かの店舗のキャッチフレーズらしきアルファベットも見て取れる。それがアインファルト国内に広く支店を持つファーストフードショップのそれであると気付くより早く、キオンは再び歩き出していた。
 続いて、そこに続いて――キオンの足の下で幾度も過去の慟哭が囁く。しかしその凝結した声音を見下ろすと、既に瓦礫は静かな眠りに返った後でしかない。
 取り残された迷子の様に、キオンの足音は廃墟のずっと奥を弄り続け、無数の静寂がその後を追いかけた

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最終更新:2007年09月24日 01:55