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人の一生は、四季に例える事が出来るという。
即ち、春は萌え、夏に盛り、秋は衰え、冬に死ぬ。
だが、古くから森や動物達と親しんできた四木族は、異なった考えを持っていた。
春に癒し、夏に死に、秋に眠り、冬に目覚める。
春木薫流は幼い頃、それをずっと疑問に感じていた。
兄のように親しんだ夏木亜紋に、それを問いただしてみた事もあった。
しかし彼は、とぼけたような表情で、答えをはぐらかすだけだった。
「さぁ、何でだろうねぇ……旧暦と新暦の違いが、関係してるのかなぁ……」
幼かった薫流は知識が無かったために、その言葉に騙されていた。
「考えてごらん、薫流。旧暦の四季は、今より少し早い感じなんだ。
 たとえば俺達の感覚では冬だと思っていても、旧暦では春の場合もある。
 そう考えると、萌えいずる『目覚め』の力を、春木でなく冬木が司っているのも、わからなくはないだろう?」
薫流は、彼の言っている事が難しくて、よくわからなかった。
「同じように、『眠り』の一種である冬眠のような力を、秋木が支配しているのも……
 そして『癒し』を『活性化』とみるなら、燃える夏のようなその力を薫流の一族が持っているのも
 何となくわかるような気がしないかい?」
あの頃は、そのお話を聞いて、何となく頭が良くなったような気がした。
ただそれだけで、本音では釈然としないながらも、薫流はとりあえず納得しておこうと思ってしまった。
しかし冷静に考えれば、それは有り得ない話だったのだ。
旧暦では冬が春と呼ばれていたというのなら、動物達を冬眠させる『眠り』の力は、
春の名を冠する、春木が保有していなければならない筈なのだ。
それだけではない。亜紋の話を真に受けてしまえば、全てが支離滅裂になる。
第一、そう……どの道、夏木が『死』を司っている事だけは、何の理由付けもされないままなのだ。

森の中は騒がしかった。葉のさざめきや、水のせせらぎや、動物達の会話に、鳥達の歌声。
それらがひっきりなしに聞こえてきて、けれどもそれらは不快でなく、むしろ薫流の心身を癒してくれた。
都会に暮らす人々は、可哀想な事に、彼らの声が聞こえないという。
だから中々疲れを癒す事が出来ないのだ……と、彼女は呆れて溜息をついた。
彼女は外套を脱ぎ、帽子をとり、他の衣服も全て脱いで一子纏わぬ姿になると、
冷たい小川の流れの中に仰向けに寝転がり、背と髪を濡らした。
「ふぅ……やはり疲れを癒すには、これが一番だな……」
彼女は、ゆるやかに流れる水の冷たさで心を癒すと同時に、身を清め始めた。
古来、清めの水浴びは禊(みそぎ)とも呼ばれ、穢れを払うものだった。
身も心も清められ、自然の一部になる事が出来るような気さえする。
冷たい水流の中で、彼女はかつて慕った夏木亜紋の事を思い出した。
士度に命を返して散った、道化の青年。かつて、自分も妹のように懐いていた、あの若者。
彼は、いつも笑っていた。
無意識に周囲の生命力を吸ってしまうその力故に、仲間からも忌み嫌われていたというのに。
そんな風に、輪廻の輪に戻っていった彼の事に思いを巡らせていると、薫流の周りに動物達が集まってきた。
「お前達……今日も私を、慰めてくれるのか?」
動物達を代表するように、一頭の鹿がこくりと頷く。野兎や狼犬も、それに倣う。
動物達は、浅瀬に寝そべる薫流の周りにのろのろと集まると、次々に彼女の体を舐め始めた。
頬や額、肩、腕、乳房、腹、太腿、股間、脹脛、爪先……。
「あっ……や、あ……や……そこぉ……」
身じろぎながら、彼女は動物達の舌を全て受け入れていた。それは、彼女の週に一度の日課の一つだった。
汚いだとか、雑菌だとかは気にしていなかった。癒しの春木に対してそんな瑣末な汚れは関係が無い。
「そう言えば……私に、この味を覚えさせたのも……亜紋だったっけ……」
薫流は、わずか数週間前に地獄谷にて昇天した、夏木亜紋の事を思い出していた。
「亜紋、そろそろ本当の事を教えて」
 それは、まだ夏木亜紋が生きていた頃の事だ。
 きたるべき鬼里人との決戦に備えて、四木族は時に連絡を取り合い、いつでも決戦に赴く事が出来るように備えていた。
 そしてとうとう、彼らは冬木士度からの連絡を受けた。
 知り合いが、蜂を操る男と対峙した。近い内に『奴ら』と戦う事になるかもしれない、と。
 連絡を受けた薫流と亜紋は、覚悟を新たにするために、決戦の何日か前に、数年ぶりに再会していた。
 秋木も誘ったが、彼は亜紋といると生気を吸われるからと、にべもなく断った。
 「……本当の事って? 何の話さ」
 「昔お前から聞いた、四木族と旧暦の関係の事だ。あれ、本当はデタラメだろう?」 
 東日本の、とある駅前の、とある広場で、二人は落ち合っていた。
 二人とも一応携帯電話は持っていたが、別に四木族間で連絡をとるだけなら、電話など不要だった。
 全員離れて暮らしていたとは言え、連携をとりやすいように、そう何県も離れて暮らしていたわけでもない。
 電話や電子メール程の速度は無理にしても、鳥達に頼めば、郵便葉書よりは早く連絡をとる事が出来た。
 彼らが携帯電話などを所持していたのは、士度のように街で仕事をする場合の、業務用に過ぎない。
 特に秋木などは、元々街で暮らす事に乗り気ではなかったのだが、郷を追われた彼らが、
 虫も多く生息する『森』という場所で、一日の内の長い時間を過ごすのは、少々危険だったのだ。
 士度にとって森よりも無限城の方がまだ逃げ込むのにマシだった程だから、そのリスクが窺い知れる。
 彼らは街で裏稼業やバイトなどして生計を立てつつ、週に一度程は森に帰って、動物達と触れ合った。
 四木族同士離れて暮らしていたのも、単に鬼里人の目を分散させるためのものだった。
 そんな彼らが久方ぶりに会うのだから、話題が数日後の決戦の事だけで済む筈が無かった。
 旧交を温めるために、他愛の無い世間話など交えたとしても、仕方の無い事だ。
  • 2-

 「旧暦……旧暦……あぁ、ひょっとしてあれの事かな?」
 「……忘れてたのか。やっぱり口から出任せだったな?」
 待ち合わせた駅前から数分歩いてファーストフード店に入り、注文を終えて席に着いたところで
 ようやく、亜紋はかつて自分が薫流に話した事を、おぼろげに思い出してきた。
 「いやぁ、ゴメンゴメン。正直な話、俺にもわかんないよ。
  或いは、俺達の能力と、実際の四季なんて関係無いのかもよ?」
 だったら最初からそう言っていれば良かったものを、何故彼は、幼い自分にデタラメを教えてきたのか。
 「四木族のそれぞれの能力は、利便性を優先するなら、別に四季に合わせなきゃならない理由なんて、無いわけじゃん?
  必要だから編み出されたにしろ、自然発生的に備わったにしろ、さ」
 「我々四木族の名が季節に因んでいるのは、あくまでたまたま、という事?」
 お気に入りのシェイクをストローで吸いながら、薫流は亜紋の適当そうな講釈に、自分も適当に言葉を返した。
 「逆に、実際に四季に合わせるとしたら、不便だよ。というか、穴が出てくる。
  それは、薫流にもわかるだろ?」
 確かに、その点は彼の言う通りだった。
 単純に四季折々のイメージから能力を生み出すとなれば、春は誕生、夏は隆盛、秋は衰退、冬は枯死となる。
 しかし、『誕生』は厳密には『再生』ではないし、『再生』でないという事は、『癒し』でもない。
 そうなると回復役を務める者がいなくなるし、そもそも『誕生』という営みは、特殊能力によって操作するものでもない。
 『隆盛』も、身体能力の底上げと見るならば、必要性はそう高く無いだろう。
 相手を『衰退』させる能力を用いれば、相対的に自分は強くなるわけだから、これでは能力が重複するのである。
 そう考えると、実際の四木族の個々の能力は、理に適っていると言えた。
 回復のための『癒し』のチャクラ。強敵を確実に『死』なせるチャクラ。
 相手を『眠り』に落とす事で、無血で戦いを終結させるチャクラ。
 そして、潜在能力を『目覚め』させるチャクラ。
 最も道理的で、欠けたるところのない、隙の無い布陣。
 実際にこの布陣で、かつて四木族は数百の鬼里人の兵達を相手に、わずか四人で勝利したのだ。
 春夏秋冬の名など、実戦では関係が無い。 
 実戦、か……。
 薫流は、少しだけ溜息をついた。闘争に慣れた自分の思考が嫌になった。
 古の魔里人は、戦うためにこの能力を使っただろうか? 恐らく違う。
 『癒し』によって傷を治癒し、『死』によって生を循環させ、
 風邪をひいたり、体の弱っている者には『眠り』を提供し、必要とする者には『目覚め』を与えた。
 人々と動物が共存し、営みを続けていく為に、平和的に利用されていた筈だ。
 いつからこうなってしまったのだろう?
 鬼里人との諍いが片付けば、こんな考え方は捨てる事が出来るのだろうか?
 そんな事を思っていると、亜紋が彼女の顔を覗き込んできた。
 「な……何?」
 「いや……何か難しい顔してたからさ。どうしたのかなって」
 薫流は、間をもたせるために、もう一口シェイクを飲んだ。
 「……別に、構わないでしょう。私がどんな表情をしても」
 「つれないなぁ。そういう所は秋木に似てるよ、薫流はさ」
 ハンバーガーを頬張りながらそう言い放つ亜紋に少しばかりカチンときて、薫流はムキになった。
 「私が難しい表情とやらになるのが、お前にとってそんなに迷惑だというのなら、是正させてもらうが?」
 あからさまに不機嫌な表情になった年下の女の子を見て、亜紋は可笑しさ半分、焦り半分という気持ちになった。
 「いやぁ、その……まぁ、迷惑じゃないけどさ」
 「だったら……」
 「でも、せっかく久しぶりに会ったんだから、出来れば楽しそうな顔しててほしいなー、なんて……」
 薫流は呆れた。
 遊びに来ているわけではないのだ。数日後に控えた鬼里人との決戦のために、士気を鼓舞するつもりで来たのだ。
 何かあってもすぐ動けるようにと、比較的地獄谷に近い街に下りてきたという意味もある。
 それを目の前の男は、楽しそうな顔をしろと言う。まともな神経をしているとは思えない。
 「……お前程楽観的ではないんだ。お前達みたいに、戦闘向きの能力が高いわけでもない。
 ただの回復要員の私が、今度のような大規模な戦争に参加するのは、本当は不安……」
 そこまで言いかけて、彼女は口をつぐんだ。
 確かに、不安は大きい。だが、そんな弱音を吐きたくはなかった。殊に、この男の前では。
 その男はと言うと、相変わらず能天気そうな顔で、話半分にフライドポテトを貪っていた。
 「ねぇ、待ってよ薫流ぅ。置いてかなくたって良いだろ?」
 亜紋の態度に薫流は気を掻き乱されそうになり、そそくさと席を立って、店を出てしまった。
 トレイを片付けながら、彼も慌てて後を追った。
 「ついてこないで。作戦会議をするでもなく、互いを鼓舞しあうでもなく……これじゃ、会った意味が無い」
 素っ気無く言い放つ薫流の腕をとり、亜紋は無理矢理彼女を振り向かせた。
 「離して……っ」
 「……意味が無いわけ、ないじゃないか」
 その瞬間、亜紋の表情が憂いを帯びていた事を、薫流は見逃さなかった。
 「俺達……ひょっとしたら、今度の戦争で……もう、会えなくなっちゃうかもしんないんだぜ?」
 薫流の手を握る亜紋の掌が、心なしか熱くなる。薫流は、亜紋の体温が直接流れてくるような感覚に陥った。
 その感覚を振り払うように、慌てて言葉を返す。
 「あ……会えなくなるなんて事、あるわけ……! 私達が、勝てば良いだけだろう?」
 道行く人々は、路上で言い合いをするカップルなど見慣れているのか、二人に見向きもしない。
 「勝つとか、負けるとか……そういう事じゃなくてさ。誰一人犠牲にせずに終わる戦争なんて、無いんだよ……」
 「お前でも……『死』を恐れるの? それとも、私が死ぬかもしれないと思ってるの?」
 亜紋は首を横に振った。
 「両方とも違う。俺は他の人程『死』を恐れてはいないつもりだし、薫流が死ぬとも思ってない。
  それに……薫流は、俺が死なせない」
 最後の一言に、彼女は不覚にも鼓動を早めてしまった。
 「じゃ、じゃあ……どういう意味なのよ? もう会えないかもしれないって……」
 亜紋から目を逸らしながら、なおも薫流は問い詰める。
 「わかんないかなぁ……。俺は確かに『死』を恐れないけれど、それは死なないという事じゃないだろ?」
 言われてみれば至極その通りだ。
 『死』を恐れない者は、この世界には少なからず存在する。噂に聞く美堂蛮や、魔人・赤屍蔵人などは、その好例だろう。
 だが、そんな彼らでも、生物である以上、いつかは必ず死ぬ。(もっとも、赤屍に限ってはどうだかわからないが)
 他者の『生』を吸い取って永らえる夏木の者だけは例外だと、誰が決めた?
 寿命や、多少の怪我では死なないであろうというだけだ。本人に『死』ぬ意思があれば、誰だって簡単に死ねる。
 「お前、まさか……」
 薫流は、そこまで言いかけて、言葉をつぐんだ。
 自分でも、その続きにどんな言葉を繋ぐつもりだったのか、判然としない。
 だが少なくとも、後に士度を救うために自らの命を投げ出す事を、亜紋自身は薄々感づいていたのかもしれない。
 今になって、そう思う。しかし、当時薫流にはそこまで考えが及ばなかった。
 夏木は、周囲の生物の生気を奪う。
 それは平時は微々たるものだが、一度彼が怪我を負うなり、エネルギーを消耗するなりすれば、
 それに比例して、周囲の生物が生気を吸われる量も、大幅に増える。
 現に彼の周りにいた通行人達は、一様に妙な倦怠感を感じていた。
 それでも、歩いている内に亜紋から離れると、そんな気だるさも一気に回復したので、
 それまでのわずかな間に感じた気だるさは、ただの気のせいだろうと思って、特に気にとめなかった。
 本当ならば、その日一日行動を共にしていた薫流も、そんな疲労を感じて当然だった。
 それでも薫流が平然としていられたのは、『癒し』の力を保有する春木の血族であればこそ、かもしれない。
 「昔の薫流は可愛かったなぁ。よく俺の後をついてきたっけ……」
 海辺の公園に佇んで、少し寒い風にそよがれながら、亜紋は幼い頃の薫流を思い出していた。
 「昔の事は言うな……あの頃は、お前がこんなに他人の気分を害する男だとは、思ってなかったのよ」
 薫流はそう言ったが、それは二重の意味で嘘だった。
 第一に、彼女の亜紋に対する評価は、昔から変わってはいない。
 第二に、彼女は亜紋と一緒にいる事で、気分を害された事など殆ど無い。
 彼女にとって亜紋は、今でも兄のような存在だった。
 忌み嫌われながらも、死神という損な役回りを、好むと好まざるとに関わらず引き受け、
 それでも笑顔でいられる、そして周りの者を笑わせる事も出来る、強い心の持ち主。
 幼い頃は、何度、彼の笑顔に和まされたかわからない。その道化の振る舞いに、如何ほど救われてきたかわからない。
 敬う心はいつしか、慕う心へと成長していた。遠かった横顔は、あの頃は目線に近くなっていた。
 薫流は、柵に背中からもたれかかっていた亜紋の隣に立つと、その手をそっと握った。
 「……薫流?」
 「……昔は、私が少しだけ手をあげないと、亜紋と手を繋ぐ事なんて、出来なかったものね……」
 薫流が幼かった頃は、亜紋も子供だったとは言え、そのぐらいの身長差があった。
 しかし今では、二人とも手を地面に垂直に下げたままでも、こうして容易に手を繋ぐ事が出来る。
 亜紋は、薫流の意を汲み取って、優しく抱き寄せた。
 既に陽は沈みかけており、空は赤と紫の入り混じった、荘厳な色をしていた。

  • 3-

 シーサイド・ヴィラの一室。
 窓を開ければ海が拝めた筈だが、二人がチェックインした時には既に陽は沈みきっていたため、暗い海しか見えなかった。
 それにそもそも、この手の宿泊施設の窓は、しっかりと閉じて、更に外側に雨戸のようなものが嵌められている事が多い。
 外から見られないための、利用客への配慮だ。
 「残念。部屋から海が見下ろせるかも、と思ったんだけどなぁ……」
 亜紋はわざわざ窓を開け、外側の雨戸の鍵も外して身を乗り出し、味気の無い、黒い海を眺め回した。
 「ば、馬鹿っ、開けるな! 人に見られるだろう!」
 薫流は慌てて亜紋を部屋の中に引き戻し、雨戸も閉めなおした。
 「大丈夫だって、人に見られても。別にこの辺りに知り合いが住んでるわけじゃないし。
  というかこっち海なんだから、人なんか……」
 それはもっともだが、薫流は亜紋の配慮の無さに呆れた。薫流としては、こんな施設に入るだけでも恥ずかしかったのだ。
 「……身を清めてくる。そこで待ってろ」
 薫流はそう言うと、そそくさとバスルームの中に消えていった。
 しかしバスルームの壁は一部が曇りガラスになっていたので、その向こう側に、
 人の形をした肌色が服を脱いでいく様は、部屋の中にいてもわかった。
 「……あいつ、脱いだ服はどこに置いておく気なんだろう。シャワー浴びてたら濡れちゃわないかな?」
 しばらく黙って様子を見ていると、薫流は少しだけバスルームのドアをあけて、その隙間から
 着ていたものを部屋の中に脱ぎ散らかしていった。どうやら、相当慌てているらしい。服を畳むのももどかしいのだ。
 程なくして、シャワーの音が聞こえてきた。
 ガラスの向こう側で、少女が体を洗っているのがわかる。
 いつかは、こういう日が来るような気がしていた。
 夏木の傍に寄り添っていられるのは、春木だけだ。幼い頃の薫流は亜紋に懐いて甘えていたが、
 それを言うなら亜紋の方も、薫流という存在に甘えていた。
 彼女以外に、甘えられる相手がいなかった。抱きしめられる女性が、いなかった。
 やがてバスルームのドアが開くと、バスタオルで胸から下を覆い隠した少女が、亜紋の前に現れた。
 「あ……あまりジロジロ見ないで! 恥ずかしいから……」
 薫流は部屋の照明を消すと、亜紋の待つベッドまで、ゆっくりと歩いていった。

「うぁ……っ……ひぃ……そこ、イイよぉ……」
かつて初めて亜紋と交わったあの夜の事を思い出しながら、薫流は水流の中で、動物達に辱められていた。
鹿と猿は乳房をベロベロと舐め回し、狼犬は股間の匂いを懸命に嗅いでいた。
「ぅひっ……そう、そこぉ……下から上に……なぞるみたいにぃ……っ」
薫流の懇願に従って、狼犬は少女の陰唇を一舐めした。鼻先で、クリトリスをつつく。
そのくすぐったさは、彼女の体をピクピクと振るわせた。
「あはぁっ……良いよぉ……お前達……っ」
薫流は、舌で陰部をなぞられるのが、特に好きだった。それは、多分に亜紋との記憶が関与していた。
彼女にその味を教えたのが、他ならぬ亜紋だったのだ。
彼女は再び、ホテルで亜紋と過ごした一晩の事を思い出した。
 「なんか……思ってた以上に、あんまり気持ちよくない……」
 薫流は、自分の乳房を懸命に揉む亜紋に、不平を漏らした。
 「仕方無いだろう。薫流、初めてなんだろ? そりゃ性感だって発達してないさ」
 「そういう事じゃなくて……お前自身、下手だと思うんだけど……お前実は童貞だろ?」
 図星を指され、亜紋はちょっぴり傷ついた。
 「……それこそ、仕方ないじゃんか。俺と触れ合える女性なんて、お前ぐらいしかいないんだから……」
 薫流は、自分の迂闊な言動を少しばかり後悔した。
 確かに、亜紋と深く接触出来る人間など、春木の一族ぐらいしか存在しないのである。
 これまで夏木の一族は、子を為す際に相手の生気を極度に吸ってしまっていた。
 しかも、胎児まで夏木の力を有するのだから、母体となった女性は常に命を削られる事になる。
 そんな母親達には春木の者が『癒し』を与え続ける事で何とかなっていたが、それでも魔里人の歴史の中には、
 夏木の子孫を出産すると同時に自らは力尽きて死亡してしまった母親達も、何十人といたに違いなかった。
 秋木が極端に夏木を毛嫌いする理由も、そこにある。普通の神経をしていれば、快く受け入れられる存在ではないのだ。
 薫流が、自分の失言を謝ろうかと迷っていると、亜紋は彼女の乳首を舐め始めた。
 「年の割には、良い体してるよなぁ薫流って」
 「……どうせ、他の女性の裸なんか、見た事無いくせに」
 それもまた図星だった。亜紋は少しムキになって、執拗に乳首ばかり攻めてみた。
 「やっぱり……気持ちよくない」
 「うるさいなぁ……お前不感症なんじゃないの?」
 「なっ……! 初めてだから仕方ないと言ったのは、亜紋の方……」
 言いかけた薫流の言葉が止まってしまったのは、亜紋が彼女の陰部に指を伸ばしたからだった。
 まだ挿入はしていないが、指の腹で肉を上下に擦っている。
 その単調なだけの動きでも、薫流は体内に電気ショックを受けたような感覚になり、思わず口をきつく閉じてしまった。
 口は閉じているが、耐え切れずに漏れ出す空気の音が、鼻から聞こえてくる。
 声も、ただ単に口の外に出ていないというだけで、頬の内側からかすかに漏れ出してくる。
 「ふっ……う……んうぅ……んっ……う……」
 亜紋はその喘ぎ声が聞きたくなったので、陰部を弄りながらも、薫流に口付けした。
 と、同時に舌で無理矢理彼女の唇をこじあける。その途端、我慢していた声が遠慮がちに彼女の口から流れてきた。
 「んっふあぁあっ……ふぇえ……きぅ……や、やだぁ……それぇ……っ……んんん……っ」
 どうやら、処女でも下の口は弱いようだ。
 ただ指で撫でているだけでこれならば、本番では死んでしまうのではないかとさえ思えた。
 「くす……案外、素質はあるのかもねぇ……」
 「や、やらぁ……そんなこと、いわないれぇ……」
 ディープキスのままで器用に喋る亜紋とは対照的に、薫流は全く呂律がまわっていなかった。

 亜紋は体勢を変えると、今度は薫流の陰部に、直接自分の舌を這わせた。
 「あひぃっ……や、らめぇ……っ」
 思った通り、薫流の反応は良かった。まだ指さえも入れていないのだから、やはり素質はあるのだろう。
 「面白いなぁ、薫流の反応。きっとクンニが病み付きになるだろうね」
 それはただ単に彼女をからかうつもりで言った言葉だったが、亜紋の死後、実際に彼女が
 動物達に陰部を舐められる事を好むようになった事を考えると、ここは彼の読みの鋭さを評価するべきだろう。
 兎も角そんな風にして、彼女の体はいとも簡単に準備完了の状態となった。
 「はぁ……はっ……はぁ……」
 既に虚ろな目になっている薫流の足を優しく開かせると、亜紋は剛直した自分の陰茎を、恐る恐る挿入してみた。
 すると、確かに多少の出血は伴ったが、薫流は痛みを感じていない様子だった。
 「へぇ……まぁ、痛みは個人差があると言うから、納得も出来るけどねぇ……」
 だが、そんな彼の言葉は、既に薫流には聞こえていなかった。
 亜紋は構わずスライドを開始した。
 すると、それまでひゅうひゅうと小刻みな呼吸をしていた薫流が、何かに目覚めたように一気に激しく酸素を求め始めた。
 「あぁっ! あふぁあ! んあっ! あぁん! もっと……もっとぉ……!」
 やはり、素質なのだろうか。全く痛がる事も無く、もう既に快楽の味をわかってしまったようだ。
 亜紋としては、手間がかからずに済んだので、結果オーライだ。
「あぁ……もうすぐ……くる……きちゃうぅ……」
狼犬に陰部を舐められながら、薫流は同時に、自らの指を、そこに激しく挿入していた。
中で指を折り曲げたり、角度を変えたり、回転させたりして、ひたすらに汁を掻き回す。
その指が亜紋の指だと思えば、快感もひとしおだった。
自分の体を舐め回す動物達の舌も、亜紋の舌だと思えた。
一心不乱に膣内を掻き回しながらも、頭の中は決戦前の亜紋との一夜の記憶で埋まっていた。
記憶の中の亜紋も、ラストスパートをかけるところだった。
――そろそろイくよっ……薫流!――
「あぁっ……良いよ……きてっ……亜紋……!」
絶頂の瞬間、今でも薫流は思い出す事が出来る。直接中に注がれた、亜紋の精液の熱さを。
抱きしめるその腕の温もりと、華奢なようで広い胸板を。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
余韻に浸りながら、トロトロになった指先を、浅瀬に寝そべったまま、冷たい水で洗い流した。
「私を、こんな女にしておいて……責任もとらずに、先に逝ってしまって……」
今では、彼女は乳房や乳首でも十分に感じる事が出来るようになっていた。
亜紋と交わった時とは大違いである。性感を開発されてきた自分の体を、天国の亜紋にも味わってもらいたかった。
「けど……寂しくはないわ。その内……近い将来、あなたとまた会えるような気がするから……」
それは、現実の亜紋ではないかもしれない。何らかの悪戯が生み出す、幻覚かもしれない。
それでも、薫流には確信があった。だからこそ、亜紋が消滅した時、涙を流さなかった。
彼の為の涙は、今は流さない。
いつかとっておきの瞬間がある筈と、淡い期待を抱えているから。
未だに、何故夏木が『死』を司っているのかはよくわからない。
亜紋は、或いは本当の理由を知っていたのかもしれない。知っていて尚且つ、それを否定したいがために
あんなデタラメを自分に教えたのかもしれない。だがそれも、今となってはどうでも良い事だ。
ただの、彼との思い出の1ピース。自分にとっては、それだけの事で良い。
猪が、体を洗っていた薫流の元に歩いてきた。
「どうしたの……?」
猪の言葉に耳を傾けた薫流は、そこで驚くべき依頼を引き受ける事となった。
「風鳥院……そう、あの時の人達ね。……無限城で? そう……。依頼人の名は……東風院祭蔵……?」
薫流はこの時、無限城に訪れる決心をした。
まさか、そこで夏木亜紋に再会出来るとは予想もしないままで。