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月曜日の放課後

「どうしたの?」
黒板消しの手を止めると、唯は後ろを振り返った
後ろには、肩でカバンを持ったリトが、どこかバツが悪そうに立っている
「…あのさ、今日、悪いんだけどオレ先、帰んなきゃダメなんだ」
「え…」
唯は体をくるりとリトに向ける
「何かあったの? まさか妹さんの具合でも…」
少し顔をくもらせる唯にリトは手で頭を掻いた
「いや…そーゆう事じゃなくて。オヤジの手伝いなんだけどさ…」
「あ…」
唯は小さく呟くと、それだけで納得した
「それならそうだって言えばいいじゃない! なに勿体ぶってるのよ?」
胸の前で腕を組みながら、唯は口調を少しきつくする
「あ、ああ。まーな…」
「ん?」
まだ何か言うことがある様なリトの口ぶりに、唯は眉を寄せた
「じゃ、じゃあオレ帰るな!」
「え、ええ」
「気を付けて帰れよ!」
「…うん」
少しギコチない笑みを浮かべながら、早々に教室を出て行くリト
「…何なの?」
どこか釈然としないまま、唯はリトの背中を見送った

そして次の日の放課後

「あのさ…」
「ん?」
ゴミ袋を括りながら、唯は俯いていた顔を上げた
「何?」
「あ…あのさ、その…今日もなんだ…」
「え?」
「オヤジの手伝い…」
少し俯きぎみのリトに唯はクスっと小さく笑った
「だったら何してるのよ?」
「え…」
「早く帰らないとダメなんじゃないの?」
「そりゃまァ…」
そう応えながらも中々帰ろうとしないリト
リトはチラチラと足元に視線をやりながら、苦い顔をする
重そうなゴミ袋に、まだ片付けられていない掃除用具に、整理できていない机や椅子
「いいわよ。別に」
「あのさ唯…」
「いいから早く帰りなさい!」
有無を言わさないその口調に、リトは苦笑いを浮かべた
「ゴメンな」
「別にいいわ」
いつもの様に、淡々とした声に表情
けれど、廊下の奥に走って行くリトの後姿を見つめるその目は少し揺らめいている
誰もいない教室に静かな溜め息がこぼれた


そして水曜の放課後

「唯、わりぃ…今日も…」
「気にしないで!」

次の日の放課後

「あ、あのさ…」
「だから、大丈夫だって言ってるでしょ!?」

一人っきりの教室で唯は小さく溜め息を吐いた
結局、今日も一人
少し前まで普通だったその日常が、今は少し寂しく感じる
唯は窓のカギをチェックすると廊下に出た
いつもならここに、めんどくさそうな眠そうな顔をしながら、それでも自分の事をいつも待ってくれているリトの姿があった

『早く帰ろーぜ!』

なんて声が今にも聞こえてきそうな感覚
唯は少しぼーっとなっていた頭を横に振ると、表情を引き締める
「何やってるのよ私」
小さくそう言うと、唯は夕暮れの廊下を一人歩いて行った

そして、金曜日の昼休み

「結城くん」
「何だよ?」
リトはサンドイッチに手を伸ばしながら、ぶっきらぼうに返事をする
「…今日もなんでしょ?」
「へ?」
「今日もお父さんのお手伝いなんでしょ?」
とたんに表情が暗くなるリト
「…よくわかったな?」
当たり前じゃない!! という言葉を飲み込んで、唯は少し真面目な顔をする
「最近、大変みたいじゃない? お仕事」
「ああ。まーな…」
唯はスっと目を細めた
この話しになるとリトは顔どころか、声もくもってしまう
────何かある!
それは女の直感なのか、今までリトを見てきた経験がそう言うのか
唯は少し突っ込んで話しを聞いてみる
「…それで、言いたい事はそれだけなの?」
「は?」
「私に言いたい事! 何かあるんじゃないの?」
「べ…別になんもねーよ!」
サンドイッチを口に銜えながら明後日の方向を見るリト
唯は頬をムッと膨らませた
「結城くん!?」
「何だよ?」
「私はマジメに聞いてるの! こっちを向きなさい!!」
少し怒気を帯びているその声に、リトはしぶしぶ唯の方に向き直る


「隠し事なんてしないでちゃんと言いなさい!!」
「別に隠してるワケじゃねーんだけど…」
(やっぱり…)
内心そう呟きながら、唯は表情をくもらせた
(結城くんが私に隠し事…)

ひょっとして他に好きな人ができたとか
ひょっとして手伝いはウソで、そのコとどこかに遊びに行ってるとか
ひょっとしてもうさよなら……

良からぬ想像ばかりが頭を飛び交う
リトを見つめるその目はどこまでも真っ直ぐで、だけど揺れていて
唯の手は無意識にギュッと握りしめられていく
「結城くん…」
自分でも無意識に呟いたその名に、リトがピクンと反応した
「そ、その…なんつーかさ、すげー言い難いんだけど…」
リトは本当に言い難そうに、声を詰まらせていて、戸惑っていて、悩んでいて……
(そんな顔しないでよね…)
知らず知らずの内に、唯は今にも泣き出しそうな顔になっていた
リトはそんな唯の顔をチラチラ見ると、決心したのか、顔を唯に向ける
「あのさ、唯」
「…何よ」
唯の声は小さく震えている
「…明後日の日曜なんだけどさ」
「うん」
「ほ、ほら、遊園地に行くって言ってただろ?」
「うん…」
「その日、ちょっと行けなくなったんだ…」
(やっぱり…)
唯は何も応えない。応えられないでいた
だから、次のリトの言葉にもすぐに声が出なかった
「その…オヤジの手伝い…でさ」
「……」
「も、もちろんこの埋め合わせはちゃんとす…」
「ホントなの? その話し」
「へ?」
「ホントにホントにお父さんのお手伝いなの?」
急に話しに割り込んできた唯の声は震えていて、そこには必死さが滲み出ていた
その体もいつの間にかリトに詰め寄っている
「当たり前だろ! って、他にどんな理由があるんだよ?」
「う…うん」
唯はゆっくりと浮かしていた腰を下ろした
その顔はどこかホッとしたものになっていて
そんな唯の態度にリトの目は少し半眼になる
「…お前、またヘンなこと考えてたんだろ?」
「え!?」
唯の心臓がドキリと音を立てる
「ったく、お前なァ」
深々と溜め息を吐くリトの態度に色々と安心したのか、唯の中で今度は怒りが込み上げてきた
「ゆ、結城くんが悪いんじゃない!!」
「へっ?」
「あ…あなたが私に隠し事なんてするから私は…」
「隠し事って……仕方ねーだろ! 急な事だし、何て言って断ればいいかわかんなかったし」
「そんな事そのまま言えばいいじゃない! 何くだらない事で悩んでるのっ」
「くだらないって…お前なァ。お前がすげー楽しみにしてからこんなに悩んでたんじゃねーか!!」
うっと言葉に詰まる唯
確かにリトの言うとおり遊園地に行くことはかなりどころかムチャクチャ楽しみにしていた事だ


「だ、だからって、こんな大切な事はもっとちゃんと言うべきだわ!」
唯はそれだけ言うとツンとリトから顔を背けた
「…そりゃまーそうだけど…」
指で頬を掻きながら、リトは言葉を詰まらせる
「と、とにかく、今度の日曜は行けなくなったからまた今度行こうな?」
「……」
唯は顔を背けたまま返事をしない
「ほ、ほら、お前の食べたい物とか行きたいトコにも行くからさ」
「……」
「唯?」
「…どうぞ、おかまいなく」
その頑なな態度にリトはカチンときてしまった
「お前、いい加減にしろよな!!」
その声の量に唯の頬がピクっと引きつる
「あ…いや、その…すぐに言わなかった事は悪かったって思ってる! けど…」
「…けど、何よ?」
「お前が楽しみにしてたの知ってたからさ…、お前のガッカリする顔見たくなかったってゆーかその…」
「そんなの結城くんの勝手じゃない!!」
唯はリトに向き直ると、むぅ~っとその顔を睨んだ
「ゴメン…」
力なく肩を落とすリト
唯はしばらくリトの顔を睨んだ後、おもむろに立ち上がる
「え…」
「…もう教室に戻らないと、昼休み終わっちゃうでしょ?」
その言葉に、リトは急いで残りのサンドイッチを口に詰め込むと立ち上がった
「行儀悪いわよ?結城くん」
「し…仕方ねーだろ! 休み時間終わっちまうのに」
「もぉ…」
唯は少し口を尖らせるも、胸の前で腕を組みながらリトが食べ終わるのを待つ
「はい」
リトが口の中の物を飲み込んだのを確認すると、飲み掛けのコーヒー牛乳をそっと差し出す唯
「サンキュー! ……あのさ、その…ごめんな唯」
コーヒー牛乳を受け取りながら、リトは顔を暗くさせた
さっきの事をまだ引きずっているのか、その顔はごめんなさいの気持ちでいっぱいになっている
「…もういいわよ」
「え…」
「もういいの! それより、お父さんのお手伝いちゃんとしなきゃダメだからね?」
「あ…ああ」
唯のその優しさというか気遣いが、今のリトにはとても重く感じた

結局、その日の放課後もリトは手伝いに行ってしまい、唯は一人家路に着いた
玄関を開け、階段を上がり、部屋のドアを開けると、唯はドアにもたれながら大きく溜め息を吐いた
「はぁ~…」
体というより、気持ちが重く苦しく感じる
唯は制服がクシャクシャになるのも構わずにベッドに寝転がった


ベッドに寝転がって数十分、何も考えていないはずなのに頭の中には常にリトがいて
唯は枕もとにあるぬいぐるみの一体に手を伸ばすと、それを胸に抱き寄せた
元からあるぬいぐるみよりも、今はリトにプレゼントされたぬいぐるみの方が多い
胸にあるぬいぐるみもその中の一体
「結城くんっていつまで私を子ども扱いするんだか」
そんな事を愚痴りながら
唯はぬいぐるみを抱きしめると、ゴロンと体を横にした
春の暖かい風がカーテンを揺らし、部屋の中に入ってくる
窓から射す夕日が、毎日使っている机を黄昏色に変える
唯は机の上に置かれた卓上カレンダーをジッと見ていた
カレンダーにはピンクの線で、来週の日曜日のところに丸印が描かれていた
そしてそこには、几帳面さと少し柔らかい丸みを帯びた女の子独特の字でこう書かれている

『結城くんと遊園地』

カレンダーを見つめる唯の目が知らず知らずの内にゆらゆらと揺れる
「結城くん…」
自然とその名が口からこぼれる
頭でわかっていても、心がまだそこに追いついてこない
一人っきりの時間が、ふつふつと唯の中のある感情を大きくさせていく
唯は胸の中のぬいぐるみをギュッと抱きしめた
強く、強く
「何してるのよ…」

今はただ、一言だけでも声が聞きたい
今は、ほんの少しでいいからそばにいて欲しい

カレンダーの隣には、いつも使っているコードレス電話
「…こんな時ぐらい電話かけてきなさいよね」
いつまで経っても鳴らない電話を唯はいつまでも待ち続けた


「リト、今日も行くの?」
「ああ」
玄関で靴を履いているリトにララが後ろから声をかける
「最近ずっとだね?」
「スケジュールがやばいみたいでさ…。オヤジもオヤジで連載3本もかかえてっからこんなんになるんだよなァ」
靴を履き終えると、リトは溜め息混じりに立ちあがる
「…ふ~ん、でも、リトいいの? 唯は?」
行ってきますと言おうとしたリトの口が止まった
「唯にはちゃんと言ったの? 今度遊びに行くでしょ?」
「…言ったよ」
頭を掻きながら、ララと視線を合わせようとしないリト
「それで?」
「それでって……別になんもねーよ」
「む~…リト、楽しみにしてたんじゃないの?」
「そりゃ…って、もういいだろ!? 行ってくる!!」
「あ! リトっ!!」
後ろから聞こえてくるララの声を遮る様に、リトは玄関のドアを閉めた
外の門を開けたところで、リトはふいに後ろポケットに入れたケータイに手を伸ばした
ケータイを開いて少し操作すると、すぐに画面に唯の家の電話番号が現れる
その番号をリトはしばらくジッと見ていた
学校で散々謝って、言い訳して、口喧嘩して────
「…今さら、何言えばいいんだよ……」
リトはケータイを閉じると、父の待つ仕事場に向かって歩き出した  


日曜日の朝

「う…ん…」
眠たい目を擦りながら、唯は布団から起き上がった
チラリと時計を見てみると、時刻は八時半
別に目覚ましを掛けていたワケでもないのに、
デートに行くはずだった予定通りの時間に起きてしまった事に、唯は小さく苦笑した
唯は布団から出ると、カーテンを開け、まだ肌寒い春の朝日を浴びながらうんと背伸びをする
「う…んん……はぁ~」
朝とても弱い唯。けれど、不思議なことにリトに会う日だけは全てが快調になる
例え、会えないと決まった日でも
髪を整えるのに鏡を見ていると、ふいに机の上のカレンダーに目が止まった
カレンダーの今日の日付には、まだピンクの丸印と予定が書かれたまま
(結局、消せなかったな…)
何度も消せそうとしたけど、結局無理だった
心のどこかで、ひょっとしたら────
と、何度も思ってしまった
「…ホント、何やってるのよ私は…」
そんな自分に呆れ気味の溜め息を吐いた時、机の上の電話が鳴りだす
こんな朝早くから誰なの? と思いながら、唯はボタンを押すと受話器を耳に当てた
「…はい、もしもし? 古手川です」
『あ…えっと、朝早くにすみません。結城ですけど、唯さんいますか?』
「結城くん!?」
『へ? あ! 唯か!? お前でよかったァ』
「……どーしたの?」
学校での出来事以来、二人は口を聞いてはいなかった
時間にしてわずか一日と数時間
それでもその間、ずっと電話を待っていた唯は、今にも泣き出しそうなほど目をうるうるさせた
どんなに平常を装っても久しぶりのその声に、唯の声はつい弾んでしまう
そして心の中で「もしかして」と期待が膨らむ
『いや…その、どーしてんのかなって思ってさ』
「……な、何よそれ? 別に私が何してようがいいでしょ!?」
『そーなんだけどさ…』
「もぉ、何なの? はっきりしてっ!!」
要領を掴めないその会話に、唯はつい口調をいつもの様にしてしまう
受話器の向こうから一人焦っているリトの声が聞こえてくる
『あ、あのさ…』
「だから何なの!? 早く言いなさいっ!!」
『…特に用事ってワケじゃないんだけど、その…お前の声が聞きたくなったからじゃダメ?』
「え…」
瞬間、リトが何を言ったのか理解できなかった
けれど、次第にゆっくりとその言葉の意味が頭の中に広がっていく
「な、ななな、何おかしな事言ってるの!? ヘンな事言わないの!! もぉ!」
唯は受話器に向かって真っ赤になりながら声を大きくする
「そ、そんな事ぐらいで朝から電話かけてこないでよね!」
『わわ、悪かったって! だから落ち着けって! な?』
唯はふんっと鼻を鳴らしながら、腰に手を当てる
「と、とにかく話しってそれだけなの?」
『え…まあ…』
「そ、そう…………、そ…それでお父さんのお手伝いは?」
『今、向かってるとこ』
「そ…。気を付けていってらっしゃい! 結城くん」
『おう』
受話器の向こうから聞こえてくるリトのいつもの声に、唯はクスっと笑った


『あのさ、帰ったらまた電話してもいいかな?』
「え……す、好きにしたら?」
『わかった! じゃ、また後でな』
「うん…」
リトの短い返事の後、電話は切れてしまった
「…まったく、朝からあんな事ぐらいで電話なんてして、ホント…」
そう電話に向かって文句を言ってると、さっきリトに言われた言葉が浮かんでくる
電話口を見つめること数秒、次第に唯の顔は耳まで赤くなっていった
「声が聞きたいからとか……そんな事で…」
胸の奥がトクン、トクンと高鳴る
「もぉ…ホントに結城くんって子どもなんだから」
結局、遊園地には行けなくなったけれど
いつもの口調とは裏腹に、唯の表情は満開に咲く花の様な笑顔になっていた

唯は受話器を置くと、そのままベッドにゴロンと寝転がった
先ほどの余韻がまだ残っているのか、心なし体がポッと熱くなっている
胸に手を当てると、鼓動がいつもより大きい
布団に顔を埋めながら、今日一日の予定を組み立てていく

とりあえず今から朝食、午前中に部屋の掃除をして、それからお昼まで勉強
お昼からはどこか買い物でも行って、それから……それから────……

結城くん……
でも、やっぱりちょっと寂しい────


リトがケータイを閉じると同時にエレベーターのドアが開いた
「フツーぽかったよな? あいつ」
まるで自分自身にそう言い聞かせる様に、リトは呟いた
ケンカをしたのはこれが最初じゃない
今までにも口喧嘩は何度かあった
あったのだが
「なんか最近ダメっつーか、ヘンな感じなんだよなァ」
それは唯に対する気持ちや考え方なんだと気付いていた

クリスマスの時、初めて告げた本音
小さくなった唯とお風呂で、そして、真っ暗な部屋で交わした約束
あの時の気持ちも言葉もウソなんかじゃない
紛れもない純度200%の本当の気持ち

「けどなァ」
その気持ちに対して自分は何ができるのか?何をやっているのか?
リトは今一つ気持の整理ができていなかった
今日行くはずだった遊園地もそんな気持ちからくる部分が大きかった
唯に何かしたい!何かしなくちゃ!と心が騒ぎたてる
リトは立ち止まると、頭を掻きながら溜め息を吐いた
「何やってんだよオレ…」
心の整理が出来ていないまま
『スタジオ才培』と書かれた扉の前に立つと、リトは呼び鈴を押した
ピンポーンとなってほんの数秒後、ガチャリと扉が開く
「おう! よく来たなリト!! 時間がねェ、とっととあがりやがれ!!」
開口一番そう大声で言い放つと、才培はリトを部屋に招き入れた


「ん? なんだ?元気ねーじゃねェか?」
「別にンなことねーよ…」
隣を歩く息子の顔をまじまじと見つめる才培の目がキュピーンと輝く
「ほー、さては唯ちゃんとケンカでもしたか?」
リトの心臓が飛び出さんばかりにドキンと鳴る
「な、なな何で!?」
「ガハハハ! お前はホント、わかりやすいヤツだなー」
豪快に笑う才培だが、次の瞬間、急に真面目な顔付きになると、そっと耳打ちする様にリトに顔を寄せた
「で、なんの悩みだ?」
「な、悩みって別にオレは…」
「さてはアッチの話しか?」
「ア、アッチ?」
才培はリトの首に腕を回すと、その体をぐいっと寄せる
「とぼけんなよ~~、美柑からイロイロ聞いてんだぜ? おめーらが部屋でヤってる事」
「ハァ!?」
「いや~若いってのはいいやね~~! オレも昔は母さんと散々…」
「な、何カンちがいしてんだよ!? だ、だいたいオレたちそんなオヤジが言うほどしてな……あ!」
腕からリトを解放すると、才培はその肩にポンと手を乗せた
「ダメじゃねーか!! ちゃんと相手してやんなきゃよ!!」
「だ、だから違…って、だいたいアイツは元からそんな事嫌いっつーか…」
「はぁ~~、わかってねーな! リトよ! いいか? 唯ちゃんみたいなコなほど、内に秘めたモンはすごいんだぞ!」
「内に秘めた…モノ?」
「おう! 普段はツンとしちゃってるが、ホントはお前にベタベタに甘えたくてしかねーのさ!」
普段の唯を一番間近に見てきているリトにとって、才培の話しはいまいちピンとこなかった
「そ、そーかァ?」
「隠さなくてもいいじゃねーか! ベッドの上じゃすごいんだろ?」
「な、な…」
リトの頭の中に唯の如何わしい姿がいくつも映し出される
それらを頭を振って追い出すと、リトは才培に大声で言い返す
「何でそんな話しになるんだよ!? だいたい、オレはそーゆー事で悩んでるワケじゃなくて…」
「照れるなよ! 元気でいいじゃねーか!」
「オヤジ!!?」
才培は肩に置いた手に力を込めると、顔を近づける
「何だよ?」
「お前たちが毎日励もうとオレは構わねー! だがリト、男として責任は取れよ?」
「だから違うっつーの!!それに責任ならオレはちゃんと…」
「そーじゃねーよ!! リト」
「え?」
急に真面目な顔をする父にリトの調子が抜けていく
「そーじゃねーんだよ!」
「何がだよ?」
(…ま、まだこいつには早いか)
キョトンする息子に含み笑いをこぼすと才培は、リトの背中をドンっと叩いた
「さ、仕事だ仕事!リト、このページのベタ頼む!!」
「って、話しはどーなったんだよ!?オヤジ!!」


(ったく、オヤジのヤツ…)
渡された原稿に筆を入れていきながらリトは心の中でぼやき続けていた
話しが中途半端に終わった影響もあるが、それ以上に才培の言葉が気になった
(そーじゃないってどーゆう事だ?)
唯との今、そして、将来の事
ちゃんと考えているつもりでも、心のどこかでそれだけではダメだと声がする
(ああ…クソっ!)
悩める少年の心にまた大きな壁が一つできてしまった

そして、時刻は夜の十時を廻り────
「おう! リト! そろそろあがってもいいぞ」
その声にリトは椅子にもたれながら大きく伸びをした
(はぁ~~、マジで疲れたァ)
と、ぐったりとしたリトの頬に冷たいモノが触れる
「ほれ、差し入れだ!」
「サンキュー」
夕方からほとんど口にしていないリトは、冷えた缶ジュースを受け取ると、蓋を開けグビグビと喉に流し込む
「はぁ~~…生き返る…」
リトは溜め息混じりにそう呟くと、ふいに手の中の缶に視線を落とした
「なあ、オヤジ。ちょっと頼みがあるんだけどいいかな?」
「来週の日曜、お前こなくてもいいぞ」
思わず俯いていた顔を上げたリトは、才培の顔を見上げた
「いいのかよ? だって…」
「まーなんとかなるだろ! それより唯ちゃんに会ってきやがれ!」
「会うってなんか大袈裟なんだけど? だいたい毎日学校で会ってんだし」
才培は大きく溜め息を吐くと、おもむろにリトの頭に拳を乗せ、そこをグリグリと押し当てる
「い…いてェ! 痛い! 痛いって! オヤジ!!」
「お前はホント、なんもわかってねーな!!」
やっと解放されたリトの目には涙が浮かんでいる
リトは頭を押さえながら、ムッと父親を睨みつけた
「ってェなァ……わかってないって何が?」
「あのコの気持ちに決まってんだろ!」
「唯の……気持ち?」
「ああ。お前への気持ちだよ」
頭を撫でながらリトは、才培の言葉を反芻させた
「あのコ、お前が思ってる以上に、お前への気持ちでかいぞ! 期待もな!!」
「期待…?」
口の中でその言葉の意味を何度も噛み締める
そうすると、少しだけ薄っすらと何かが見えてきた様な気がした
そんな息子の様子に才培は、口に笑みを浮かべると、その背中をバシっと叩く
「ホレ、とっとと帰って電話の一つでも掛けてやれ!」
「わ、わかったから! そんな殴ンなって」
才培に急かされる様に外に出たリトは、後ろポケットからケータイを取り出した
画面には唯の自宅の電話番号
来週の日曜の事、唯への気持ち、そして聞きたい事に言いたい事
いろいろあるけれど、今はただ、その声が無性に聞きたくなった
ボタンを押し、ケータイを耳に当てて、待つ事数秒
コール二回で電話に出た唯に、リトは内心ホッとしながらも、心からうれしいそうな笑顔を浮かべた
「もしもし、唯? リトだけどあのさ、来週の────……」


そして、次の日曜日の朝────

二人は待ち合わせの駅前広場に来ていた
今日はこれから一週間遅れの遊園地デート! のはずが────……
空はどんよりと雨雲が立ちこめ、これでもか! と言わんばかりに雨を降らせている
「ハ…ハハ」
リトは乾いた笑みを浮かべるしかなかった
何も言わず自分の隣に立つ唯に対し、色んな意味で申し訳ない気持ちでいっぱいになる
「え…っと…どーする? この後…」
唯は空を見上げた。雨は止むどころかますます激しさを増している
遠くに雷が落ちたのか、ゴロゴロと雲が鳴りだした
反射的にリトに体を寄せる唯
「何だよ?」
「べ…別になんでもないわよ!」
「別にって…」
リトは頬を指で掻きながら複雑な顔をする
ゴロゴロと雲が鳴る度にリトに体を寄せる唯
肘と肘が触れ、唯が小さく震えている事をリトに教えた
「そんな心配しなくても落ちるワケねー…」
よ! と、言いかけた時、空がピカっと光った
凄まじい音が木霊し、ビルの窓ガラスに稲光が映る
「キャーーッ!!」
瞬間、唯はリトに抱き付いた
外がどうとか、周りがどうとか、そんな事はどこか遠くに消えていた
目をギュッと瞑りながら、震える体でリトにしがみ付く唯
やがて、雷が鳴り止んでおよそ十数秒後、ゆっくり目を開いた唯の目に、戸惑った様なリトの顔が映る
リトは頭を掻きながら、恥ずかしそうに頬を赤く染めていた
「あのさ唯…」
「え?」
さっきからやけに周りの視線が痛い感じがする
唯はリトから腕をほどくと、ゆっくりと回りを見回した
いつの間にか、周囲にはちょっとした人だかりができていたのだ
さっきの唯の悲鳴と、その後の行動に、みな一様に顔をニヤニヤクスクスと笑みを浮かべている
「!!!?」
唯は声にならない叫び声を上げると、リトの手を取って逃げる様にその場を後にした

ガタン、ゴトンと揺れる車内
「何よ?」
唯は隣に座るリトに鋭い視線を送る
「言いたい事があるならはっきり言えばいいでしょ!!」
「いや…言いたい事っつーか…、その雷…怖かったんだな?」
「こ、ここ怖くなんかないわよ!! あ、あんなの…ちょ、ちょっと、音が大きいだけでしょ!?」
唯はぷいっとリトから顔を背けた。だけど、膝に乗せた手は小刻みに震えている
リトは溜め息を吐くと、そっと自分の手を唯の手に重ねた
「え? ちょ…ちょっと! こんなところで何考えて…」
思わず振りほどこうとする唯の手を握りしめると、そのまま二人の間、拳一個半だけの隙間へと持って行く
「ほら、これなら隠れて見られる事ないだろ?」
「え…ぁ…」
「大丈夫か?」
「う…うん」
心配そうに見つめるリトの顔も、唯はまともに見れなくなっていた
「…別に恥ずかしい事なんかじゃねーと思うけどなァ」
ボソっとそう呟いたリトに、握りしめた唯の手がピクっと反応する
「それに、お前の新しいトコ見れてオレはうれしかったけどな! びっくりしたけど」
少しイタズラっぽく歯を見せて笑うリトに、唯は俯いたまま頬を赤くした
「だから気にすんなって! な?」
きっと結城くんなりに精一杯気を使ってくれてるんだろう
そう思うと、さっきまでの恥ずかしさやモヤモヤが、キレイに吹っ飛んでいった


何も言わずに小さく頷くだけの唯に、リトはクスっと笑うと手に少し力を込めた

心配しなくてもオレがいるよ!

と、言うように
(結城くん…)
「で、この後どーする?」
「え!? この…後?」
俯いていた顔を上げた唯を待っていたのは、コクンと首を振るリト
そして、この嫌な天気も吹っ飛んでしまう様な爽快な笑顔だった
なんだか久し振りに見るリトのそんな顔に、心なしか顔が熱くなってくる
「やっぱ、雨降ってるから映画とかかなァ。なんかおもしろいのやってたっけ?
お前、デパ地下とかにも行きたいんじゃねーのか? ホラ、甘いものとかいっぱるじゃん!あそこって! あ、メシも食わなきゃいけねーし……う~ん…」
いろいろ案を出しては一人悩み続けるリトに、唯はぽつりと口を開いた
「ねェ、結城くん?」
「ん? どっか行きたいトコでもあンのか?」
「そうじゃなくて…。あなたはどこかないワケ?行きたいところ」
「オレ?」
ポリポリと頭を掻きながらリトは眉を寄せた
自分の行きたいところはいろいろある
だけど、リトの中では唯が最優先だった
予定が狂ってしまった事へのゴメンなさいの気持ちもあるが、それ以上に純粋に唯の喜んでいる顔が見たいと思っていた
「オレはいいよ。お前が行きたいトコでいいからさ」
「何よそれ!? そんなのおかしいわ! 二人でいるんだから二人で決めるべきでしょ?」
二人のところを強調しながら話す唯
「だいたい結城くんっていっつも私の行きたいところばかりじゃない! そんなの不公平だわ! たまには結城くんの行きたいところに私も行きたいじゃない」
横顔を見せながら話す唯の頬にポッと熱が灯る
「オレの行きたいトコって……いいのか?」
「そんな事当たり前でしょ!」
「ホントに? マジで?」
振り向いた唯の目は「しつこいわよ! 結城くん」と言わんばかりに細められている
冷や汗を掻きながらリトは、頭の中で必死に行きたいところを選んでいく
何個も候補が上がり、その度に脱落していく中、ふいに才培の言った言葉が蘇る

『普段はツンとしちゃってるが、ホントはお前にベタベタに甘えたくてしかねーのさ!』
『ダメじゃねーか!! ちゃんと相手してやんなきゃよ!!』

(違…オレは別に唯とそーゆー事したいから会うんじゃ…)
一人頭を抱えるリトに、唯は心配そうに声をかける
「結城くん?」
「なな、何でもないから気にすンなって!」
どう見てもギコチない感じのリトに眉をひそめるも、しぶしぶ納得する唯
愛想笑いを浮かべながら、リトは自分の中の邪まな気持ちと闘っていた
(落ち着け、落ち着けオレ。オヤジの言葉なんかに惑わされんなって! 今日は映画を見てそれから…)
何気なく隣の唯を見ると、唯は窓の外をぼぉーっと眺めていた
相変わらず外は雨が降り続いているというのに、さっきまでと違いその横顔はやわらかい
繋いだ手を離すことなく、唯は黙ってリトの返事を待っていた
(唯…)
しばらく唯の横顔を見つめていると、純粋に唯と行きたいと思った場所が頭に浮かんだ
「ん? 決まったの?」
顔を覗き込んでくる唯に、リトはビクビクと緊張しながらも思いついた場所を言った
「え!?」
瞬間、唯の顔が真っ赤に染まる
すぐに抗議の声を上げるが、電車はもう止まらない

ガタン、ゴトンと揺れながら二人は目的の駅まで行く事になってしまった


「お、おじゃまします」
どこか遠慮がちにリトの家に入る唯
リトは早々にクツをぬいで、すでに玄関に上がっている
「あれ?っかしいなァ」
「……どうしたの?」
唯はどこか口を尖らせながらも、その場で屈むとブーツに手を伸ばす
「いや…美柑たちがいな…」
振り返りそう応えようと思っていた矢先、リトは唯の後ろ姿に口を止めてしまった

スカートから見える、白くてムチムチした太ももにリトの目は釘付けになってしまう
ジジジとジッパーを下ろす唯の仕草全てが、リトの鼓動をどんどん早めていった
左足を脱いだら、今度は反対の足
崩れそうになるバランスに、咄嗟に壁に手を突く姿が
一瞬見えた白の下着が
ブーツの下に履いている黒のハイソックスが
その全ての光景にリトは生ツバを飲み込んだ

(って、オレなにドキドキしてんだ!?)
唯は玄関に上がると、脱ぎ終わったブーツをキレイに並べ、くるりとリトに向き直る
「何ニヤニヤしてるの?」
「へ!?」
唯の指摘にリトは、大慌てで顔を取り繕う
「そそ、そんなワケねーって!? 何言ってんだよっ?」
リトを見つめる唯の目は半眼だ。胸の前で腕を組みながら、リトから視線を離さない
「何だよ?」
「…じゃあ、あなたの顔が赤くなってるのは私の気のせいなの?」
リトの心臓がドキリと音を立てる
元からウソを付けない性格の上、すぐに気持ちが顔に出てしまう
リトは手で顔を覆いながら、慌てて唯から顔を背ける
「どーせ、また、ヘンな事でも考えてたんでしょ?」
唯の口調はいつものお説教の時と同じだ
「……まあいいわ。それで、どうするの?」
「え?」
「え? じゃなくて! この後どうするの? あなたの家なんだからあなたが決めてよ!」
「あ、ああ。そりゃそーだよな! …ハハ」
乾いた笑みを浮かべるも、さっきから噴き出す汗が止まらない
昨日の才培の言葉が頭を駆け巡り、リトから冷静さを奪っていった
(チキショー…オヤジのせいだ。オヤジがあんな事言うから…)
「結城くん!?」
心の中で愚痴るリトを唯の声が現実に引き戻す
「そ、そーだな。とりあえずシャワ……あ」
「ん? シャワ? シャワってなんの事?」
眉を寄せる唯の前でリトは、石の様に固まった
今、自分は何を言おうとしていたのか?
『とりあえずシャワーでも浴びてこいよ』とでも言うつもりだったのか?
リトの思考がこの後の言い訳やフォローの言葉を必死に紡ごうとする
「結城くん、シャワって何なの?」
「え……っと、ほ、ほら! その…シャ…シャ…シャ…ベット…そう! 
シャーベット!! シャーベットあるんだけど食べるか?」
どう見ても怪しいギコチない笑みを浮かべるリトに納得出来かねるも、甘い物大好きな唯がそれを放って置くはずはない
「……う…うん。ノドも渇いたしそれじゃあ…」
ツンと視線をそらすもどこか表情が和らぐ唯に、リトは心からの安堵の溜め息を吐いた


とは言ったものの
本当にシャーベットがあるかどうかなんてリトが知るはずもなく
リトは一縷の望みを託して冷凍庫を開けた
すぐに目に付くのは、美柑が買い置きしているアイスの山
その中を漁っていると、目当ての物がすぐに見つかった
「助かったァ…」
けれど、またリトを悩ませる問題が生まれる
美柑の事だ。当然自分の好きなアイスが勝手になくなれば、烈火の如く怒るに違いない
かと言って、リビングで待たせてある唯に、今更無かったとは言えるはずもなく
リトはシャーベットを片手に頭を悩ませた

「お待たせ。で、どっちがいい?」
リトは手に持ったバニラとストロベリーのシャーベットを唯に見せた
「ん~…イチゴにするわ」
「ほら」
少しうれしそうに両手でシャーベットを受け取る唯に、リトは苦い顔になる

『何やってるのよ!? バカリト!!』

どこからかそんな声が聞こえてきそうな気配に、背中に悪寒が走る
(悪い美柑……ちゃんと買っとくからさ)
心の中でそう謝るも、絶対倍返しを要求される事は目に見えている

リトは唯の隣に座りながら、シャーベットにスプーンを入れた
「ところでララさんたちはどうしたの?」
シャーベットを口に運びつつ何気なくそう聞いてくる唯
「ん? たぶん買い物にでも行ってんじゃねーかな? さっき冷蔵庫見たら中身少なくなってたし」
リトは言った瞬間ハッと気付く
それまで特に気にもしなかったこの状況に
(おい! ちょっと待て! って事は今、オレと唯の二人っきりって事か!?)
「そうなんだ」
普通に返事を返す唯に、次の瞬間リトは意識を根こそぎ奪われてしまう
横目でチラリと様子を窺うと、唯は本当においそうにシャーベットを口に入れていて
その幸せそうな横顔にリトはついつい見惚れてしまう
(やっぱ唯ってカワイイ…)
普段は見せない唯のふとした表情や仕草
きっと知ってる人は世界でも数人で、自分もその中の一人なんだと思うと同時に、リトはうれしくなって顔をほころばせた
「結城くん?」
「ん?」
スプーンをカップに置きながら、唯は少し目を細めた
「また顔ニヤニヤしてるわよ?」
「え!?」
「どうしたの? 今日のあなた少しヘンよ?」
「そ、そんな事ねーよ!! オレはフツーだって!」
「そう?」
「当たり前だろ! 何言ってんだよ!!」
今日は普段以上に唯を意識してしまう事に、リト自身もわかっていた
才培との会話。自分の気持ち、そして家で唯と二人っきりの状況
それらがリトの気持ちを掻き立てていた


「ならいいだけど……全然食べてないし、どこか具合でも悪いんじゃないかと思ったの」
「べ、別にどこも悪くねーって! 心配すんなって!!」
唯が気になりすぎて、まったく手を付けていないシャーベット
リトは、少し顔をくもらせている唯に愛想笑いを浮かべた
「嫌いなのかと思った。シャーベット…」
「そんなワケないけどさ……えっと食べるか? コレ」
「え?」
唯は目を少し丸くさせた
「いいの? だってあなた全然食べてないじゃない?」
「オレはもういいって! それよりお前の方が好きだろ? こーゆう甘いヤツ」
「そ、それはそう…だけど…」
差し出されたシャーベットを両手で受け取りながら、唯は上目遣いにリトの顔をチラチラと窺う
「ホントにいいの? ホントにホントに?」
「だからいいんだって! オレの事は気にせずに食えよ」
「じゃ、じゃあいただきます」
何度もリトの顔色を窺いながらも、やっぱり甘い誘惑に勝てるはずもなく
唯は、顔をほころばせながらスプーンでシャーベットを崩していく
(ったく、オレにもそんな顔してくれよな…)
シャーベットに嫉妬しても仕方がないのだが、目の前でこんなに幸せそうにしている唯を見ていると、つい良からぬ感情に駆り立てられそうになってしまう
そして、昨日、才培に言われた言葉が頭に反芻する

『普段はツンとしちゃってるが、ホントはお前にベタベタに甘えたくてしかねーのさ!」


リトは唯の横顔をジーっと見つめた
今まで唯が甘えてきたり、体を寄せてきた事は何度もあったのだが……
(ホントかよ…)
やはり疑いの方が大きい
ふいにその視線に気づいた唯が、くるっとリトに首を向ける
「さっきから何?」
「あ…いやその……うまそうに食ってるからつい…」
「何よ! やっぱり食べたいんじゃない!! それならそうとどうしてはっきり言わないのっ」
リトの気持ちを余所に、一人おいしく食べていた事に唯は、表情をくもらせる
「ちゃんと言ってくれれば私は…」
「そーじゃなくて! ホントにソレお前に食わしたかったんだって!!」
「ホントなの…」
ジッと疑いの視線で見つめてくる唯に、リトの背中に冷や汗が流れ落ちる
「そ、それより映画でも見ないか? 向こうにDVDとか置いてあるんだけど」
「映画…」
質問をはぐらかすリトに若干眉を寄せるも、唯は渋々と頷く
「じゃ、行こっか」
唯は立ち上がると、食べかけのシャーベットを残してリトの後に続いた


「どれでもいいから好きなの選んでくれ!」
唯は棚に並んだDVDに一つ一つ目を通していく
「それにしても……数多いわね」
「ああ。ララが映画とかにハマってるからなぁ。美柑も買ってるみたいだしさ」
「そうなんだ」
そう返事しながら、唯の目が一本のDVDに注がれる
「オレは…やっぱコレかな!」
取り出した物は、数々の星を舞台にしたSFアクションもの
宇宙船での戦闘、そして時には、ビームソードを手に闘うある騎士達の物語
二十年以上かけてシリーズ化された人気映画だ
その最新作を手にリトが唯に声を掛けようとすると、唯もまたDVDを手にそのパッケージを凝視している
「なんか見たいヤツあったのか?」
「え? あ…わ、私はその…」
慌ててDVDを棚に戻そうとする唯の手からリトは、ヒョイっとDVDを取り上げる
「な、何するのよ!?」
抗議の声を無視するとリトは、聞きなれない映画の題名に眉を寄せながら、パッケージを裏側にひっくり返す

───最高にゴージャス! そして感動…
          自分を磨く。夢をあきらめない。もっと輝くために
『プ○ダを着た悪魔』

「お前……こんなのが好きだったのか?」
「ち、違……って、もう! 別にいいじゃない!! 私だってそれぐらい見るんだから!!」
腕を振って抗議する唯に、リトは隠れる様に笑った
(へ~唯がねェ、ま、らしいって言っちゃらしいけどな)

結局、その映画に決めたリトは、まだプンプンと怒る唯を連れてリビングに戻ってきた

「ふぁぁ~~…」
映画が始まってから一時間ちょっと。大欠伸をしたリトの目に薄っすらと涙が滲む
(眠い…。それにつまんねー…)
元々、アクションやSFしか見ないリトにとってこのテの映画は拷問に近いものがあった
(だいたい『恋や仕事にがんばるあなたの物語』とか言われても全然わかんねーよ)
退屈しのぎにポテトチップスに手を伸ばすスピードも速くなる
口にポテトチップスを頬張りながら、チラリと横目で隣を窺うと、唯はクッションを胸に抱きしめながら、
じっとテレビを凝視している
どうやら相当入り込んでいるらしく、隣にいるリトにも注意がいかない様だ
(まァ、こいつが喜んでくれたらオレはいいんだけどな)


映画が始まって一時間半あまり、ソレは起こった
いい雰囲気になった主役であるカップルのベッドシーン
最初は甘いキスから始まり、互いの体を服の上から撫で、そして男の手がスカートの中に入り────
少し顔を赤くしながら見ていた唯の表情がいよいよ固まった
スプーンを口に咥えたまま、画面をジッと凝視したまま動かない
(これはヤバいよな…)
横目で唯の様子を見ていたリトの額からすーっと汗が伝う
リトはテーブルの上に置いてあるリモコンを手に取ると早送りのボタンに指をかけた
「何してるの!?」
「え?」
横から聞こえた声にリトの指が途中で止まる
「私、今見てるじゃない!!」
「いや、そりゃそーだけど……、いいのかよ? コレ」
リトが顎をシャクった先では、カップルによる、ほとんど本番とも言える行為が延々と映し出されている
小さいながら女の子の甘い声まで聞こえてくる始末
唯の顔が傍目からもわかるほど赤く染まっていく
リトだって同じ様に真っ赤なのだが、唯の手前、取り乱すワケにもいかず、必死に平常を装っていた
「べ、別にいいわよ! これぐらい…。それにす、好きな人同士なら自然な行為でしょ!?」
「そ…そうなんだ?」
「そ、そうよ! 当たり前なのっ!」
唯は握りしめた両手を膝の上に置くと、テレビに向き直った
(ムリする事ねーと思うけどなァ)
なんて事を思いながらリトの脳裏に、ふと先ほどの言葉が浮かぶ
(好きな人同士ならって……それってつまり……)
視線は自然と唯に注がれる
ガチガチに緊張した様に赤くなりながら映画に見入る唯
さっきは慌ててそんな事言ったのか、本当にそう思っているのか、リトには判断できない
できないだが、そう言われたのはまぎれもない事実
今、映画の中では、男が女の子の胸を後ろから揉みしだいているところだ
自分達とそう変わらない年齢のはずなのに外国なせいか、その体は豊満でムチムチしている

けど、唯の胸のほうがオレはもっと────…

少し薄目の服の上からでもわかる、流麗なラインを描いている胸
なまじその服の下の姿を知っているだけに、リトの心拍数はどんどん高くなっていく
(って、何オレ意識しまくってんだ!? 映画だろ! 映画! 映画の話しじゃねーか!!)
なんて慌てて画面に向き直るも、チラリのその横胸を見てしまうリトだった


結局、なんだかんだと映画を見続けたリト。最後の方は逆に引き込まれてしまい釘付けになるほどだ
長いスッタフロールが終わり、横でうんと伸びをする唯の気配にもリトは微動だにしない
映画の余韻に完全に浸りきっていた
「いい映画だったわね? 結…城…」
映画の感想を口に出そうとした唯の目がみるみる丸くなっていく
唯はしばらくリトの横顔を見つめると、カバンの中をゴソゴソとしだす
「……」
ボーっとなっているリトの目元に、ふいに柔らかい生地が触れた
「え…?」
「はい。これ使って」
止まった時間が動きだしたようにハッとなるリトの視線の先で、唯はハンカチを差し出しながらクスっと笑っていた
「え…あれ? 何で?」
まだよくわかっていないリトの目からつーっと涙がこぼれ落ちる
「え!?」
自分でもびっくりしたのか リトは慌てて目元を袖でゴシゴシと拭っていく
「こ、これはそんなんじゃなくて!! えっとつまり…」
「…ぷっ…あはは」
「へ?」
「取り乱しすぎよ! いいじゃない別に。私はとっても良いコトだと思うわ」
やわらかい見ているだけで思わずとろける様な唯の笑顔
リトの頬に恥ずかしさとは別の意味の赤みがほんのりと灯る
「その…最初はあれだったんだけど、途中からなんかおもしろくなってきたっつーか…」
ゴニョゴニョと照れ隠しの様な言い訳を始めるリトに唯はハンカチを渡すと、口に手を当てながら必死に笑いを堪えた
(結城くんってカワイイ)
必死に言い訳をする姿もだが、リトの泣き顔という思いも寄らない初遭遇に、唯は内心小躍りしていた
映画の余韻もだが、なんだか心がウキウキしてくる様なそんな感覚
そんな幸せ気分のまま唯は、テーブルに置いていたシャーベットに手を伸ばした
映画に見入っていたため、半分以上溶けてしまっている
スプーンで掬って口にもっていこうとする途中で、溶けたシャーベットがスプーンからこぼれ落ちた
「あ…」
小さな悲鳴と共に、バニラ色のシャーベットがスカートから伸びた唯の太ももにポトリと落ちる
「何やってんだよ!?」
目元を赤くさせながら、テーブルの上のティッシュの箱に手を伸ばすリト
「ごめんなさい」
ぼそっと謝りながら唯は、スカートに付かない様に裾を少し上に持ち上げた
「ホラ、ちょっと足広げて」
「うん…」
ティッシュを数枚持ちながらリトは唯の前に屈んだ
「スカートとか平気か? シミとか大丈夫なのか?」
「それは大丈夫だけど…」
さっきからぼそぼそと小さな声しか出さない唯に不審に思ったリトは、顔を上げようとしてその途中で固まってしまう
ギリギリまで捲ったスカートから伸びる白い太もも
スカートの影に隠れて見えそうで見えない下着
さらにベタ付くシャーベットの光沢が唯の太ももを妖しくさせている
バクバクと心臓が激しく音を奏でる
ゆっくりと視線を上に持っていくと、顔を赤くさせた唯がジト目でリトを出迎えた
その肩は心なしか小刻みに震えている
「コ…コレはそーゆー事じゃなくてオレはただ…」
「…もういいわよ。貸して?」
唯はリトからティッシュを奪い取ると、自分で足を拭いていった
「ゴメン…」
「だから別にいいって言ってるでしょ? それよりソファーにシミが出来てしまって…」
少し体をずらすと、ソファーに小さい染みが出来ていた


「ん? ああ。こんなの気にする事ねーよ! だいたいララのヤツがよくお菓子とかこぼしたりしてるしな」
「でも…」
唯はティッシュをもう数枚取り出すと、染みの部分をゴシゴシと拭き取っていく
相変わらず責任感が強いというか、なんというか
リトは苦笑を浮かべると、同じ様にティッシュを数枚取り、ソファーを拭いていった
「ごめんなさい」
「ん? 気にすんなって! 大した事じゃないからさ」
「うん…」
何度も同じところ拭いていると、次第に二人の距離は縮まり
手と手が触れ合ってしまう
「「あ」」
同時に声を出し、同時に顔を上げる二人
「わ、悪い」
「別に…」
「も、もうちょっとで取れそうだな?」
どこかギコチない笑みを浮かべるリトに、唯はコクンと首を振った
(って、なんでこんなギクシャクしてんだよ)
それは映画を見た影響からか、二人っきりのなんとも言えない雰囲気がそうさせるのか
それからは何度も互いの顔をチラチラと見ては、目をそらすことの繰り返し
互いの胸の中に言葉にできない感情が湧き上がっていた
次第にリトの手が染みを取る事そっちのけで唯の手に重ねられる
「な、何よ!?」
「え、えっと…そのさ…」
手を重ねたはいいものの、続く言葉がリトには見つからなかった。
何を言いたいのかうまく考えがまとまらない
ジッと見つめてくる黒い瞳にリトは目を彷徨わせた
ずっと握りしめている手のせいか、リトだけじゃなく唯の頬まで赤く染まっていく
お互いの手を重ね合わせたまま、見つめ合ったまま
まるでさっき見ていた映画のワンシーンの様に
リトの喉がゴクリと音が鳴り、それに唯が少し身動ぎさせる
次第にリトの顔がゆっくりと唯に近づいていった
「ゆ…結城くん?」
リトはすでに唯のそば、鼻先数センチのところまで来ていた
あと一押しで触れ合える距離
お互いの吐息が鼻に掛かる
「だ…だから私…あの…えっとちょ…ちょっと待って!!」
「何だよ?」
唯はリトの胸に手を置くと、リトを遠ざける様に手に力を込める
「こ、これぐらいで話すのがちょうどよくない? ほら、あんまり近いと話しづらいというかその…」
「…オレはそんな事ないけどな」
「え?」
何かのスイッチが入ってしまったかの様にリトの声には熱が帯びている
リトは空いている反対の手を唯の腰に回すと、その体をぐいっと引き寄せた
「ちょ…ちょっと!?」
抗議の声も空しく、リトの胸に顔をうずめる態勢になってしまう唯
急いで顔を上げ、体を離そうとするも、腰に回ったリトの腕が唯を離さない
「ゆ、結城くん!? やめなさい!! 何考えてるのっ!?」
唯の声を無視する様にリトの足が唯の両ももの間に入ってくる
スリスリと擦りつける様に動く足は、次第に唯の大事なところに当たった
「ちょ…と…やめ…ン…ぅ」
ぐりぐりと押し当てられる膝に唯はギュッと目を瞑った
少し体の力が抜けた唯をますます強く抱き寄せると、リトは耳に舌を這わる
「ン…ンン」
チロチロと舌が動く度、唯の肩が震える
「ゆ…結城くん…やめ…てェ」
すでにリトの肩にしな垂れる様に体を寄せ、その首に腕を回してる唯
頬に当たる唯の熱を帯びた息遣いにリトは小さく笑みを浮かべた


「ひょっとして感じてる?」
「違…あなたがヘンなコトするからっ」
「ふ~ん……でもお前のココ、もう濡れてるみたいだけど?」
下着越しとはいえ、薄い布だけで覆われたその部分から伝わる熱い感触に、リトは膝を強く押し当てる
「ん…くぅ…」
くちゅっと水音が鳴り、唯の口から甘い声がこぼれた
「ホラな?」
唯は肩を震えさせながら、ゆっくりとリトの首筋から顔を上げる
「結城くん!?」
少し怒気を含んだ声に、その目はジロっとリトを睨んでいる
「そ、そんな怒んなよな? た…たまにはこんな感じのもいいと思っただけで…」
「調子に乗らないで!! あなたのそういう暴走するところが一番ダメなところなのよっ!!」
ムッと睨んでくる唯にリトの背中に冷や汗が落ちる
さすがにやりすぎたと思ったのか、その顔は微妙に引きつってさえいる
唯はリトから体を離すと、乱れたスカート整えていった
「…とにかく! 今後一切、こんなマネやめなさい!! 今度したら許さないからね!?」
「あ…ああ」
曖昧な返事をするリトに、唯は鋭い視線を向けた
「私はマジメに言ってるの!! あなたちゃんとわかってるの?」
「わ、わかってるって! てか、悪かったよ。その…調子に乗ってさ」
「やっと一緒になれたと思ったらコレなんだからっ」
バツが悪そうに頭を掻くリトに、唯はふんっと鼻を鳴らしながらそっぽを向く
その時、肘に当たったカバンがポテっと転び、中身がソファーの上に散らばった
「あ…」
一瞬で顔面蒼白になる唯
唯は大急ぎで散らばった物をカバンの中に入れていく
その中の一つ、リトは手の平サイズの箱を手に取った
「ちょ…ちょっと結城くん!?」
慌ててリトから箱を取ろうとするが、時すでに遅し
「何だコレ……コン…ドーム? え!?」
唯と箱を交互に見比べるリト
唯の白いほっぺは見る影もないほどに真っ赤になっている
「お前…」
「ち、ちち、違うのっ!! これはそんなんじゃなくて! 今日、家を出る時にお兄ちゃんが勝手にカバンの中に入れただけなのっ! 
だ、だから、私はそんな気持ちでここに来たワケじゃ…」

『何よコレ?』
『何ってコンドームだよ。避妊だよ避妊! それぐらい知ってンだろ?』
遊から渡された箱を手に唯の肩がぷるぷると震える
『何考えてるのよ!? こんな物ハレンチだわ!!』
『まーまー、そー言わずに持ってけって! 必要だろ?』
『ひ、必要って……わ、私と結城くんは別にそんな事…』
ゴニョゴニョと口ごもる妹に遊は、ニヤニヤと笑みを深くした
『何だ? それとも、もー子作りの真っ最中かよ? 相変わらずお盛んなこって』
『そんなワケないでしょ!! 私と結城くんは健全なお付き合いをしているの! 
お兄ちゃんと一緒にしないでっ』

出かける前の玄関先での遊とのやり取りに、唯は顔を歪めた


「だ、だからこれはお兄ちゃんのせいで私は別に…」
腕をぶんぶん振って必死の弁明を繰り返す唯
リトは頭を掻きながら黙ってそんな唯の話しを聞いていた
「ん~よくわかんねーけど、その…オレは、したいなァって思ってるんだけど」
「え?」
「その……お前とエッチ」
ぼそぼそと話すリトの顔は真っ赤になっていて、唯もつられて顔を赤くさせた
「な、なな何言ってるのよ!? こんなモノぐらいでヘンな事言わないの!!」
「ヘンな事じゃねーよ!」
少し口調が強くなったリトに唯は、口を噤んでしまった
「だってオレ……お前の事好きだしさ、好きならこーゆー事考えるのフツーだろ?」
「そ…それは…」
咄嗟に言い返せないが、唯自身、何度も心の中で想った事だ

会えない日はどれだけ寂しいか
強く言い過ぎた日はどれだけ不安な夜を過ごすか
会えないとわかった日はどれだけ────……

「だ、だからってコレとソレとは別の事でしょ!」
「そりゃそーだけど…」
腕を組んでぷいっとそっぽを向いた唯にリトは、少し落ち込んだかのような寂しい溜め息を吐いた
面と向かってきっぱり断られた悲しさは計り知れない
リトはガックリ肩を落としながら、すごすごと唯から離れていった

(もぉ…そんな顔やめてよね)
どんどん小さくなっていくリトに唯は、チラチラと視線を送る
(うぅ…もぉ)
ついには膝を丸め『の』の字を書きそうなほど落ち込むリトに唯は、思わず声を掛けてしまう
「そ…そんなにその……わ、私と……した…したいの?」
ぼそぼそと呟く唯にリトは俯いていた顔をあげた
「そりゃだって、好きなら当然ってゆーか……久し振りだしさ…」
「……久し振りだからなの?」
むぅっと睨むように目を細める唯にリトは、慌てて身振り手振りで説明を始める
「そ、そーいう意味じゃなくて! えっとホラ、お前とこーやっている事が久し振りって意味で! 
オレは決してそんな意味で言ったワケじゃ…」
ジト~~っと見つめてくるその氷の様な唯の視線がリトの胸をグサグサと貫いていく
「信じてくれって!! 唯!!」
「ふ~ん」と軽く返事をするもリトを見る目はまだ直らない
「ホントに誤解だって! オレはお前が好きだから…」
「…じゃあ聞くけど、好きってどれぐらい好きなの?」
「へ?」
それまで必死な声を出してきたリトの口がピタリと止まった
「どれぐらい好きって…」
「そうよ! どれぐらい好きなのかちゃんと言って!!」
顔を沸騰しそうなほど真っ赤にさせながらそれでも唯は、リトから視線をそらさない


「どれぐらいって……」
返答に困っている様子のリトに唯の頬はどんどん膨らんでいく
(何でそこで困るのよ!? さっさと言いなさいよっ!!)
と、声を出さず愚痴りつつも、その心中は穏やかでなかった

守れなかった約束の日
すれ違いが続いた日々
一人っきりの時間

(私を一人にしないってあんなに約束したじゃない!)
ソファーの上で唯の手がギュッと握りしめられていく

どれほどの時間、受話器を見つめたか
どれだけ鳴らない電話に溜め息を吐いたか
何度、留守電をチェックしたか

(なのに全然電話もくれなかったし)
数日たって要約かかってきた電話の音
やっと通じた願いに、やっと聞けたその声に、どれだけうれしかったか

ちゃんとわかってるの? 結城くん


ソファーに座る唯を前にリトは、なぜだか正座したままチラチラとその顔を伺っていた
唯は相変わらず腕を組みながらムスっと顔をしかめている
まるでお説教されている子供のように小さくなるリト
「結城くん、ちゃんと応えて!!」
ソファーに座る唯の口からこれ以上待てないと言う声が飛んでくる

どれだけ好きか?
まさかそんな事を聞かれると思っていなかったリトは、頭を悩ませた

唯の事は好き。そりゃ日本どころか世界で一番、いや宇宙で一番好きだ
誰よりも何よりも大切で大事で
唯のためだったら何でもできるし、何だってしてやれる

そう思っている
けれど、現実はそうじゃない
ずっと交わしていた約束は守れない。大切な事も言えない
一人にさせ、不安にさせ、寂しい思いもさせ
くだらない意地で電話すらかけられない

想いを重ねれば重ねるほど、不甲斐ない自分にリトは、膝の上で手を握りしめた

こんなんで好きとか言っても伝わンのか────?

気持ちが現実に追いつかない
自分の気持ちを伝えるすべが見つからない
けれど、言わないとダメだ思った。ちゃんと伝えないとダメだと感じた
唯はずっと待っていてくれる
そこから逃げる道も近道もないのだから


俯いた顔を上げたリトはまだ頼り気がなくて、目は泳いでいて、心なしか頬まで赤くなっている
「オレ…」
リトはゆっくりと静かに口を開いた
「オレお前が好きだ!」

開口一番のその言葉だけで唯の胸は最高潮に高鳴ってしまう
(な…何よこれぐらいで……しっかりしなさい)
唯は自分を奮い立たせる様に胸の前で手を握りしめる

「そりゃお前にはいつも迷惑っつーか、怒らしてばっかだけど……
でも、オレ、お前といるとすごいうれしくて楽しくて、すげー幸せだって思えて」

リトの一言一言が胸にキュンキュンと当たってとけていく
ポっと熱くなる胸と同じ様に、唯の頬も赤くなっていった

「会えない時でもお前の事ばっか考えて、でも、くだらない意地なんかで連絡も入れないし…ホント、ゴメンな。
でも、オレ、お前の事がすげー好きだ! これだけでもいいから信じてくれ!!」

リトの真剣な眼差しが真っ直ぐに唯の心を捉える
さっきからまるで止まらない胸のドキドキに、唯はコクンと喉の奥を鳴らした
(こ…こんな事ぐらいで私……)
揺らぐどころかもはやギビアップ寸前の唯の心

「オレ、お前の事がすげー好きだ! ムチャクチャ好き! 大好きだ!!」

不器用だけど真っ直ぐなリトの気持ちが、唯の胸を正確に射抜いてしまう
クラクラととろけそうになる意識の中、震える手で唯はリトを指さした
「ゆ…結城くん、ここ、こんなの卑怯だわ!!」
「は?」
予想もしてなかった唯の言葉にリトはつい間の抜けた声を上げてしまう
「卑怯って……何が?」
もっともな質問にも今の唯には、まるで耳に入らない
「そんなに好き好き言わないで!!」
「ええ!? ちょ…だってお前が…」
「う、うるさい! 私にそんなに好き好き言っちゃダメぇ!!!」
身も蓋も無いことを言い始める唯にリトの思考はついてけない
「言っちゃダメとか……そんなのオレ、どーすりゃいいんだよ?」
「そ、そんな事私に聞かないでよねっ」
「……お前が聞いてきたんだろ?」
唯は苦い顔のまま俯くと、ぽそぽそと小さく呟く
「こ…こっちに来て」
「こっちって何だよ?」
リトは膝立ちになると唯の足元に体を寄せた
「…もっときて」
「もっとって……これぐらいか?」
手をソファーに付けながらリトは、体を伸ばして唯の太もものあたりに顔を寄せた
ほのかに香る唯の匂いに気が迷いそうになる
(落ち着けオレ! さっき怒られたばっかじゃねーか…)
そんなリトの葛藤を余所に、唯は下唇をキュッと噛み締めると、体をもじもじと揺らす
「それじゃダメ…」
「へ?」


見上げるリトの目に、濡れた瞳でジッと見つめる唯の姿があった
瞬間、リトの心臓が警報を鳴らす
「私にちゃんと顔を見せないとダメ」
リトは吸い込まれ様にソファーに片膝を着くと、目線を唯の高さに合わせる
二人分の体重にソファーがギシっと軋んだ
「きた……けど?」
真正面にあるリトの頬に唯の手がやさしく添えられる
あったかくて、すべすべしてて、そして、唯のぬくもりが頬全体に伝わっていく
二週間ぶり
唯の言ったその言葉の重みに、この時になってリトは初めて触れたような気がした
(そっか…オレこんな……)
俯きそうになるリトを唯は手でそっと包み込むと、ジッとその目を覗き込む
「私の事ほったらかしにして」
ぷくっと膨らむ可愛らしいほっぺがサクラ色に染まっていく
「私に寂しい思いさせて」
至近距離で言われ続ける罵倒に、リトは乾いた笑みを浮かべる
「私を悲しませて」
「わ、悪かったよ! だからこーやって…」
「わかってない! 結城くんは全然わかってない」
「…ゴメン」
シュンとうな垂れるリトに、唯はとろける様な甘い声で囁く
「だから今日はずっと甘えさせてもらうからね!」
「え? 甘え…」
頬から手を離した唯は、腕を組みながらぷいっとリトから顔を背けてしまう
「言っとくけどこれはお仕置き! 私の事、放っておいたお仕置きだからね!」
相変わらずな口ぶりの中に込められた本当の想いがリトにそっと触れた
「唯…」
「勘違いしないで! まだ許したワケじゃないんだから!」
相変わらずだなァと思いながらもリトは、クスっと笑ってしまう
「も…もぉ、あなたちゃんとわかってるの?」
ほっぺを真っ赤にさせながらムッと睨んでくる唯に、リトは心からうれしそうな笑顔を浮かべた
「結城くん!? 私は…」
「わかってる! で、これからどーするんだ?」
「ど、どうするって……それは…」
さっきまでの威勢がウソの様に小さくなってしまう唯
「そ…そんなの私知らないわよ! ……結城くんが決めなさいよ…」
「オレが決めていいのか?」
一瞬迷うも、自分の言った言葉を取り消せるはずもなく、唯は静かに頷いた
「オレは……オレは、お前とエッチな事したい! その…好きだからお前の事が……ダメ?」
迷いながら、恥ずかしがりながら、だけどはっきりとそう言ったリト
唯はその胸にトンっとおデコを当てた
「今日はいっぱい甘えるんだから……覚悟しなさいよ?」
リトは自分の胸に顔をうずめている唯を見下ろした
「唯…」
唯は自分の顔を見られないように、気持ちを隠す様に、リトの胸に顔を当てたまま、
リトの着ている服の裾を握りしめている
そして、次第に握りしめる手に力がこもる
「……」
リトは何も言わず、小さく溜め息を吐くと、唯の頭に手を置いた
「ん…」


抱きしめるでもない、頭を撫でるでもない、ただ手を置くだけ
それだけで、今の唯には十分に思えた
(あったかい…)

不安な時、寂しい時はいつだって────……

お風呂でそう言いながら自分を抱きしめてくれたリト
(約束、今度はちゃんと守りなさいよ?)
唯はゆっくりと頭を上げると、目の前のリトとそっと目を合わせた
リトは相変わらず頼りなさ気だし、目も泳いでいるし、バツが悪そうに苦笑いしてるし
唯は小さく口元に笑みを浮かべた
「…それでどうなの?」
「え?」
リトの反応にジト目になる唯
「さっきの返事! まだ聞いてないんだけど?」
「え!? あ、ああ…えっと…」
思い出したかのように、あたふたと慌てるリト
その態度に唯の顔は、ますますむぅ~っと険悪になっていく
「そ、その、も、もちろんオレはイイってゆーか、唯が甘えたいってんなら大歓迎ってゆーかその…」
「だからどうなの!!?」
中々煮え切らないリトに、唯はつい声を大きくさせてしまう
立場が入れ代ったかの様に、ずいっと唯に詰め寄られるリト
密着した胸板に唯の柔らかい胸が押し付けれる
間近に感じる唯の髪の匂い
自然とリトの鼓動も早くなる
(普段ならすげーうれしい状態なんだけど…)
「も、もちろんオレはイイよ! うん! すげーイイ!!」
何だかおかしな返事になってしまったが、ホッとした様に自分から離れる唯に、
リトも安堵の溜め息をもらす