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────チクタク チクタク チクタク…


気付くと唯は、広い広い公園の真ん中で一人ぽつんと立っていた

……ここってどこなの? 私…

キョロキョロと周りを見渡しても誰もいない。ただ、耳にずっとチクタクと時計の針の音が聞こえていた
やがてその音に混じって小さなすすり泣く様な声が聞こえ始める
その声はすぐ近く────唯のすぐそばから聞こえるものだった
いつの間にか、幼稚園ぐらいの小さな黒髪の女の子がうずくまる様にして隣で泣いていたのだ

どうしたの? 何かあったの?

クスン、クスンと泣き続ける少女。やがてゆっくりと上げたその少女の顔に唯はハッと息を呑む

────え!? ……これは…私?

そして、フラッシュバックの様にいつかの光景と聞き覚えのある声が流れる

『やめて!! どーちてこんなことするの!?』
『唯わるくないのに…唯まちがってないのに…唯…唯……』

ああ…そっか。またあの時の────……



『な…なに? 唯に用事って』
ビクビク震える手を隠す様に、唯はその小さな体でめいっぱいの強がりを見せた
『あ! きたきた』
『おせーよ! こてがわ』
『もー!! いつまでまたせるきよ!!』
小さな唯と同じぐらいの体格の男の子。唯の一回りも二回りも大きい大柄な男の子
そして、唯より少し年上な感じの女の子
どの子供も唯と同じ幼稚園の制服を身に着けている
すべり台から立ち上がった三人は唯を取り囲む様にして近づいて来た
『こ、この場所は来ちゃダメなところだから早く…』
『うるせー!!!』
大柄な男の子の一声で唯は竦み上がった様に口を止めてしまう
『あんたってホントにウザい』
長い髪の毛の手で弄いながら女の子が唯の間近に迫る
『う…う、うるさくなんかないの!! だって先生がここには来ちゃ……あぅっ!』
少し大き目の手が伸び、唯の胸元を掴むと、キリキリと締め上げていった
『く…苦ちい…』
『おまえ、またやりやがったな!?』
『な…なんの事……キャー!!』
胸元を掴んだ手でドンっと力任せに唯を地面に叩きつける
地面に尻モチを付いた唯の目に薄っすらと涙が滲んだ
『い…痛い……何するのー!?』
『こてがわ、おまえナマイキだぞ!!』
『おまえ、また、せんせいにオレたちのこと言いつけただろ!!?』
『そうよ! おかげでアタシたち、先生におこられたんだからね!!』
『え…あ…あなたたちが、唯のゆーこと全然きかないから先生にお願いちて唯は…』
小柄な男の子の手が伸び、唯の長い黒髪を無造作に掴み上げる
『それがナマイキだって言ってんだよ!』
『い、いたッ! やめ…やめなさい!! こんなコトちたらダメなんだからっ』
『コイツ…』
中々態度を改めない唯に、三人のイライラはどんどん溜まっていく
『やっぱコイツ、ナマイキすぎ!!』
『あ! 私いいコト思いついちゃった!』
『いいコト?』
唯を見下ろす少女の無垢な目が次第に細められていく
『コイツのカバン隠しちゃおーよ!』
『え…』
『いろいろと大事なモノが入ってるんでしょ? 勉強どうぐとかさ? ホラ、唯ちゃんってマジメだから』
ニッコリ笑うその笑顔はどう見ても悪意に満ちたモノへと変わっている
唯は反射的にカバンをギュッと抱きしめた 
『さんせ~い!』の声と共に、男の子二人の手が唯に伸びる
『あ…ダ、ダメ! ダメなの!!』
カバンを抱え込む唯の手から、力づくでカバンを奪い取ろうとする子供たち
土埃で次第に唯のキレイな制服が汚れていった
『こんなコトちたらダメなの! こんなコトいけないコトなの!!』
『さっさとカバンわたしなさいよ!』
『…う…ぅ…』
怖くて小さな手が震える。大きくて黒い瞳に涙がみるみると溢れる
(唯、悪くないのに…悪くないのに……うぅ…ひっく、誰か助けて…助けて)
目をギュッと瞑り必死に耐える唯
その時、聞き慣れた声が唯の耳に届いた
『お前ら、オレの妹になにやってんの?』 

『え?』
ゆっくり開けた唯の目に飛び込んできたのは、兄である遊の姿だった
『おにい……ちゃん?』
その言葉に三人の顔色は一瞬で青に変わる
『コ、コイツのにいちゃんって…』
『しょ…小学生をつれてくるなんてヒキョーよ!!』
『いいからにげろって! ヤバいって!!』
三人は唯を残してその場から一目散に逃げ出してしまった

『お前なにやってんだよ』
『お…おに…おにい……ちゃん。うぅ…』
三人が去った事よりも遊が来てくれた事に安心したのか、唯の目からみるみる大粒の涙が溢れだした
『ったく、どーせ、またなんかよけいなコトやったんだろ? そんなんだからお前はいつも…』
溢れる涙と一緒に出る大きな泣き声が遊の声をかき消していく
『ひっ…う…うぅ…うぐ…あーん!!!』
一度泣き出したら中々止まらない事を知っているだけに、遊の口から溜め息がこぼれた
『ああ、もうわかった! わかった! わかったからちょっと泣くのやめて落ちつけよ』
『…うぅ…ぅ…ひっ…く……』
叱りながらも次第に収まりつつある泣き声に安心するも束の間
唯は袖で目元をゴシゴシ拭き終えると、トテトテ走って遊に抱き付いた
『お前やめろって! こんなトコで恥ずかしいだろ』
『やだ!』
『あのな…』
『イヤなの! こーしたいの! 唯、おにいちゃんとこーしてるの!』
駄々っ子の様に遊から離れようとしない唯
まるでたった一つの拠り所であるかの様にギュッと遊にしがみ付く
そんな妹が恥ずかしいのか、照れくさいのか、遊は顔を赤くしながらその頭にポンと手を置いた
『……なにやったのか知ンねーけど気をつけろよな! オレがこんなふうに来てやれない
時だってあるんだからよ』
『え!?』
唯は胸にうずめていた顔を上げると、まるで信じられないモノでも見るかの様に目をまん丸にさせた
『ウソ……や…やだ……やだ! そんなコトやだ! 唯、おにいちゃんに
これからも守ってほちいの!! だから…』
涙でクシャクシャになった顔のまま力いっぱい首を横に振る妹の頭を撫でながら、
遊はニカっと笑みを浮かべた
『そーじゃなくて! オレはこれないかもしれないけど、代わりにお前のコトちゃんと
守ってくれるヤツが出てくるかもしれねーだろ?』
『そんなのいらない! 唯、おにいちゃんがいい!! おにいちゃんでいいの!!』
『いつか出てくるって! そんなヤツが。ちゃんとお前のコト守って好きになってくれて…』
『いらないのー!! おにいちゃんだけでいいの!!』
頑なに首をふるふると横に振り続ける唯に遊は苦笑を浮かべた



ハッと目を覚ますと、そこは公園ではなく見慣れた自分の部屋だった
部屋の中はまだ薄暗く、外もまだ闇に包まれたまま
時計を見ようと頭を動かすと、つーっと目から水滴がこぼれ落ちた
「え? 私、泣いて…」
指で目を擦るとわずかに指先が濡れている事に唯は軽く驚く
「私何で……そっか、夢でも見てたのね」
どんな夢を見ていたのかは覚えてはいない
けれど、一先ず夢のせいにしてでも自分を落ち着かせたかった
どういうワケなのか胸のあたりがやけにドキドキしていた
規則正しく、だけど、いつもより大きくて、そして、どこか心地よくて
(何なのコレは…)
正体不明のドキドキに悩まされながら唯が再び眠りに入ったのは明け方近くだった

今日は日曜日
唯にとって忘れる事のできない運命の一日が始まろうとしていた────

チクタク チクタク チクタク チク…
そして、時計の針は進む

 

 

 

「ハレンチだわっ!!」
────バタンッ!!!

勢いよく玄関の扉を開けた唯は、外に飛び出した
その顔はどこかいつも以上に険しいものになっている
「もう…どうしてうちの家族ってあんなにだらしないのかしら」
ブツブツと呟いていると、外に出る前にした遊とのやり取りが頭に浮かぶ
相変わらずだらしのない格好に、直らない遊びグセ
幼い頃より幾度となく注意してきた事なのに、まるで改善される様子のない兄に、
唯の怒りが今日爆発してしまったのだ
(ホント、お兄ちゃんってどうしていつも……あっ!?)
商店街を一人歩いてる唯の目にふとある連中が目に入る
「あれは…」

「リトの買い物についてきてよかった~♪」
スーパーの自動ドアの奥から買い物袋をいくつも提げたリトとその横を歩くララが現れる
「じゃ~ん♪ マジカルキョーコの入浴剤♪ どんなおフロでも一瞬で溶岩風呂の出来上がりだって!」
「大丈夫かよそれ…」
どう見ても怪しいロゴ入りの入浴剤にリトの目にありありと不信感が宿る
「平気! 平気! だってキョーコちゃんの入浴剤なんだもん!!」
「いや…それは関係ねーと思うけど……」
と、苦笑いを浮かべるリトだったが、隣を歩く目をキラキラさせているララを
見ていると「ま、いっか…」の気持ちに変わってしまう
「ねぇ、リト!! 今日一緒におフロに入ろっか」
「は!?」
一瞬で真っ赤に染まるリトにうれしそうに抱きつくララ

そんな二人のやり取りをずっと聞いていた唯の肩がぷるぷると震えだす
「な…なな」
頭の中ではお風呂場でいかがわしい姿になっている二人の姿が鮮明に浮かび上がっている
唯はたまらず、その場で大声を出してしまった
「ハレンチだわーーッ!!」
「わっ」
「古手川!?」
その声量と突然の登場にリトもララも目を大きくさせた
「何考えてるのよ!? あなたたちは!!」
「え…な、なんか誤解して……」
ワナワナと両手を握りしめている唯にリトも咄嗟に言い返せなかった
「もう、何なのよ一体!!」
「唯!?」
ララの呼び声も置き去りにその場から走り去ってしまう唯
「どーしたんだろいきなり…」
「なんだかゴキゲンななめみたいですね」
ララとペケのやり取りを横に、リトは走り出す瞬間の唯の横顔を思い浮かべていた
(古手川…?)

リト達から少し離れると唯は息を整える様にゆっくりとした足取りで歩き始めた
(外に出てきたら出てきたでこうなんだから…)
が、その表情はさっきまで以上に険しく、イライラとしたモノになっている
しばらく歩いていると、そんな唯の癇に障るモノがまた目に入ってしまう
コンビニの前に座りこみ、通行を妨げている、見るからに不良然とした連中
(あんな所に座りこんで…!!)
その光景に唯のイライラが最高潮に達してしまった
(迷惑って言葉を知らないのかしら…)
普段の唯なら相手が相手だけに、あるいは声を少しだけ落としたり、言葉をもう少し選んだのかもしれない
ただ、この時の唯はいつもと違っていた
ずいっと三人組の不良達の前にやってくると、指でビシっと差しながら大声で怒鳴ってしまったのだ
「あなた達! そこは通行のジャマよ! 道をあけなさい」
その言葉に不良達が面倒くさそうに反応する
「あ?」
「何? オレらに言ってんの?」
「そうよ!!」
一歩も引く様子のない小柄な女子高生に、不良達はニヤニヤしながら立ち上がった
「だいたい何? そのカッコ! 親が見たら泣くわよ」
「ホホ~~、言ってくれじゃん」
すぐそばまで歩み寄って来た一人に、唯の顔に微妙に冷や汗が浮かぶ
自分より頭一つ大きいその背丈に心なしか圧倒されそうになってしまう
(な、何よ…これぐらいで……)
少し声を詰まらせた事をいい事に、不良達はますます下卑た笑みを浮かべ始める
「おいこのコ、ちょっとカワイくね?」
「オレもそう思ってたトコ!」
「え?」
一瞬の隙を付いて後ろに回り込んでいた一人が、唯の両腕を後ろから羽交い絞めにした
「な!! はっ離しなさいよ!!」
「んなこと言わずに遊ぼーぜ」
「ど、どうして私があなた達みたいな人たちなんかと……うっく!!」
腕を振りほどこうにもひ弱な力ではどうする事もできない
そればかりかメキメキと音を立てながらさらに力を入れようとしてくる
「…あ…く…」
唯の口からか細い息がもれた
「キレーな足~」
「え…あ、ちょっと!」
スカートに手を掛けようとする男に、怖気にも似た感触がゾクっと背中を走る
(もう! 男ってどうしてこうなの…。誰か何とか言ってよ!!)
そんな心の叫びを余所に、通行人や事態に気付いている者は、慌てて視線をそらしたり見て見ぬフリをしたり
(明らかにこの人たち間違ってるじゃない! どうして見ないフリをするの…)
唯の中で恐怖と不安、そして、男への不信感が膨れ上がる
唯はギュッと目を瞑った
幼い日のあの時と同じように
(誰か────……)

「やめろ!!! そのコを離せ────っ!!」

それは聞き覚えのある、何度も聞いた事のある声
唯はゆっくりと目を開けた
(え……?)
唯の目に、必死な顔をしながらこっちに走って来るリトの姿が映る
(結城くん…!? どうして…)
「古手川、こっち!!」
「あっ」
慌てふためく不良達の隙を付いて、リトは唯の手を取るとそのまま走り出した
「待ちやがれ」
後ろから聞こえる罵声を無視し二人は全力で走る
人を自転車を、縫うようにして必死な面持ちで走るリトに手を引かれながら、唯の中で、
自分でも抑えきれない何かが芽吹こうとしていた
緊張と興奮でしっとりと汗を掻いているリトの手
その手に引かれながら唯の胸はどんどん高鳴っていった
「結城…くん」



「ん!」
店から出た遊は少し遠くの方を走る見慣れた顔に足を止めた
「どーしたのォ?ユウちゃん」
隣に一緒にいる彼女の声も耳には入らない
(あれ…唯じゃん)
そして、その唯と一緒にいる見知らぬ顔に遊の目が大きくなる
「男…?」

「ちくしょー! どこ行きやがった」
キョロキョロと頭を巡らせる不良の一人を建物の物陰から覗き見ながら、リトは心の中で後悔した
(くそっ…ララに荷物任せず一緒に来りゃよかったぜ…!)
背中に感じる一人不安な様子の唯
「と、とにかくもっと奥に行こう! ここにいたら見つかっちまう」
「そうね」
二人はなるべく足音を立てない様にしながら、路地裏へと走って行く
が、少し進むとすぐにその足が止まってしまった
「ここ行き止まりだわ!」
二人の前にその行く手を遮る様に、高い金網がそびえ立っていたのだ
「…コレ乗り越えるしかないみたいだな。古手川行けるか?」
「へ…平気よ! これぐらい」
リトに促され唯は金網に足を引っ掛けながらゆっくりと登って行く
「う…ん」
「がんばれ古手…あ」
下から唯の様子を見上げていたリトは声を詰まらせた
その様子に気づいた唯が何気なく下を見ると、真っ赤になったリトが自分のスカートの中を凝視していた
「こんな時まで何やってるのよ!!?」
「あ…いや…オレは」
「いいから先に登ってよ」
「わわ、ゴメン!!」
ボスっと持っていたカバンをリトに投げつけながら、ぷりぷりした顔で金網から降りる唯
「オ、オレが先行くから、古手川は後に続いてくれ」
「……」
ムスっとした顔のまま睨んでくる唯に引きつった笑みを浮かべるも、リトは難なく金網を乗り越えていった
「古手川! 早く降りてこいよ」
「ちょ…ちょっと待って!」
見上げるリトの前で、唯は金網の上で身動きが取れなくなっていた
「大丈夫か!?」
「ス…スカートがひっかかって…」
網目の出っ張りに引っかかったスカートの裾をぐいぐい引っ張って取ろうとした時、ふいに唯の体がグラリと傾く
「きゃ!!」
短い悲鳴の後、ガクンとバランスの崩れた唯の体は、そのまま地面に向かって落ちていった
「古手川っ!!」
全力で落下地点に走り寄るリト
間一髪、ドサっという音と共に唯の体はすっぽりとリトの腕の中に収まった
それは、ちょうどお姫様抱っこをしているかの様な体制
唯の頬が自然と赤く染まる
「あ…ありがと…」
「お…おう」
痛みで顔を歪ませながらも決して自分を離そうとはしないリトの横顔に、唯の胸はまたトクンと音を立てた



「ダメだいねーぞ」
「あわてんな! まだ近くにいるはずだ」
怒気を孕みながら顔を並べる不良達にゆっくりと影が歩み寄る
「誰を探してんの?」
振り返る不良達の目にスラリと背の高い男の姿が映る
「あ? 何だおまえ?」
「男には用はねー。うせろ!」
まるで相手にする様子のない三人に遊はクスっと笑みを浮かべた

「…静かになったわね…」
「ああ、なんとかやりすごしたみてーだな」
二人はあの場所から少し離れたトンネルの中で腰を休めながら息を整えていた
「そう…ね」
小さく返事をするも、その心の中は息以上に乱れっぱなしだ
息を切らせながらも油断なく回りをキョロキョロするリトの横顔に、なぜだか胸がドキドキと高鳴る
(私ったらこんな時に何ドキドキしてるの…)
目をそらそうにも中々そらしてくれない自分自身に唯は眉を寄せた
「しっかし古手川もムチャするよな。あんなヤツらに注意とかしたらそりゃこうなるよ」
呆れ気味のリトの口調に唯の目がゆっくりと細められる
「…じゃあ、見すごせっていうの?」
「いや…そうは言わないけど」
「じゃあ何なの?」
じ~っと見つめるその視線にリトの額に次第に汗が浮かんでくる
「だってホラ…古手川女のコなんだし、あんまりムチャは…ホラ…さ」
しどろもどろになっていくリトとは逆に、唯の心は次第に落ち着きを取り戻していく
そしてだんだんと湧き上がる感情
さっき言い忘れていた事が頭に蘇る
「な、何だよ?」
ゴクリと喉を鳴らすリトに唯は静かに呟いた
「…結城くん…、さっき何げに私の胸触ったでしょ」
「え!!?」
リトの心臓が張り裂けんばかりに大きくなる
さっきとは金網から落ちた唯を抱き止めた時の事
確かに思わず胸や太ももを鷲掴んでしまったワケだが────
「あ…あれは仕方なくっつーか…その…」
大慌てで身振り手振りと言い訳を始めるリトに唯はゆっくりと立ち上がる
「ゴ、ゴメン。け、決してわざとじゃないんだ!! ホ、ホ、ホント!!」
唯は無言
俯き気味のため前髪で隠れて見えない表情が、リトの動揺に拍車を掛ける
「ふ、不可抗力っつーか助けなきゃってそれしか考えてなくて…え、えっと…」
小さく震えだす唯の肩に、もうダメだと諦めにも似た感情が生まれる
その時、吹っ飛ばされる事を覚悟したリトの耳に意外な声が届いた
「…ぷっ…あはは…」
それは鈴を鳴らした様な可愛い笑い声
(え…笑っ……あの古手川が?)
信じられない物でも見るかの様にキョトンとなるリトの前で、唯は確かに笑っていた
そして、唯はスッとリトの顔を見つめると本当に小さな笑顔を見せた

「…取り乱しすぎよ。カッコわる」

やわらかい、気持ちがホッとする様な、心にそっとやさしく触れるような笑顔
その感触にリトの目が丸くなる
(あれ? 何…だこれ)
自分でもわからない不思議な感覚にリトは眉を顰めた
唯はくるりとリトから背を向けると、いつもの淡々とした口調とは違うどこかうれしそうな声で話し始めた
「いいわ。今回だけは許してあげる」

(なんだか気分がいいからね…)

あの時────……

『やめろ!!!』

あの時、必死な様子で助けに来てくれたリトを想うと、唯の胸はぽぉっとあったかくなっていく
それは心地いい初めて味わう感触
そんな一人顔をほころばせる唯の背中にリトは遠慮がちに声をかける
「……古手川…」
「ん?」
振り返った唯の目にかなりどころか、目をまん丸にしているリトの姿があった
「どうしたのよ?」
「お前、笑ったりできるんだ…」
その言葉に今度は唯の目も大きくなる
「な! 何よ失礼ね!!」


「うう…」
駐車場で完全にノビきった三人を前に遊はペッと唾を吐きだした
「…ったく…、世話のかかる妹だねぇ」
ズボンのポケットに手を突っ込みながら呆れ気味に呟くも、その顔はどこか楽しそうだ
「さーて、唯のヤツ…少しは大人になるといーけどなァ」


「私が笑ったらおかしいっていうの!?」
「ちょ…ちょっと落ち着けって! だ、誰もそんなことは…」
「じゃあどういう意味でいったのよっ?」
顔を真っ赤にさせながら怒る唯にリトの顔は引きつりっぱなしだ
指をビシッと突き付けながら一頻りガミガミと言い続けた唯は、くるりとリトに背を向けた
(もう! 何なのよ!? せっかく結城くんの事私…)

私────……何なの?

続く言葉が中々出てこない事に唯は眉を寄せた
(何よコレは……胸のあたりがすごくモヤモヤする)
顔をくもらせる唯に後ろから心配そうなリトの声がかかる
「古手川」
「何よ?」
リトに背を向けたまま腕を組んで返事をする唯
自分の動揺を知られたくないのか、その口調はいつものそれに戻っている
「あ、あのさ、この後ってどーするんだ?」
「この後って……決まってるじゃない。家に帰るのよ」
首だけリトに向けてそう応えると、唯は再びふぃっと顔を背けてしまう
「そっか…。じゃあウチまで送るよ」
「え?」
「ホ、ホラ、さっきのヤツらがまだいるかもしれねーしさ」
リトの気遣いに唯はただ目を丸くさせた
「べ、別にそこまでしなくていいわよ。それに、あなただって用事とかあるんでしょ?
さっき、ララさんと一緒にいたじゃない」
「ララのヤツはもうウチに帰ってるよ。それより、今は古手川のほうが心配だしさ」
「し、心配ってそんな…」
背中を向けながらも唯は複雑な心境になっていた
今日はおかしな事にリトの一言一言がなぜだか胸に響く
ふとした仕草や表情に目を奪われてしまう
(何よコレ…)
自分の中にある確かなモノ
正体不明のモノに唯の心はざわざわと波立つだけで、唯にソレが何なのか教えてはくれない
「古手川?」
心配そうにすぐそばまで来ていたリトに唯の体がビクンと震える
「大丈夫か? お前」
「へ…へ…平気よ! なんでもないから心配しないで」
「そっか…」
なんて言うがどう見ても様子のおかしい唯に不安感は拭えない
「でも、やっぱ送っていくよ。心配だし」
「だ、だから…」
「…つーか…、男として責任あるし、古手川になんかあったら困るしさ」
明後日の方を見ながら話すリトに唯の心拍数が急上昇し始める
(な、何よそれ…それってどういう事なの)
責任。なにかあったら困る
(わ、私の事そこまで想ってくれてるって事なの…)
唯の頬が知らず知らずの内に熱くなっていく
「だからさ、家の近所まででもいいから送らしてくれよ、な?」
いつにも増して頑なな態度を崩さないリトに唯はツンとそっぽを向いたまま返事をした
「わ、わかったわ。そこまで言うならお願い…」

夕暮れの帰り道、二人は少し遠回りをしながら帰っていた
会話は終始、今日あった出来事について
「…だいたいおかしいのよ! どうしてみんな間違ってるってわかってるのに何も言わないのっ?」
「まぁ…な」
隣でひたすら唯の力説を聞かされているリトは小さく相づちを打った
(ホント、古手川ってマジメってゆーか…)
心の中で溜め息を吐いているリトを余所に唯の力説は続く
そして、話しの内容はいつの間にか学校の風紀の乱れへと変わっていった
「これじゃ、ますます風紀を乱す生徒が急増するわ! このままだと彩南高は腐敗の
一途をたどるばかりよ! だから…」
それまで横で黙って話しを聞いていたリトの口がゆっくり開かれる
「な…なぁ、古手川」
「ん?」
「…少し肩の力抜いた方がよくないか?」
「え…」
一旦言葉を区切るリトに、唯はチラリと視線を向けた
「古手川の言う事いつも正しいけどさ…そればっかじゃ疲れると思うんだ…」
リトの声にはあきらかにいつも以上に優しい成分が込められている
「な…何よいきなり…」
その声をダイレクトで隣で聞いてしまった唯の胸は、またまたトクンと音を立て始める
(ま、また私……この感じ)
唯はそんな自分を鼓舞する様に慌てて平常を取り繕った
「ふ…風紀を乱してばかりのあなたには、言われたくないわ…!」
「はは…」
「それに言っとくけど、わ…忘れたわけじゃないんだからね…。胸…触られたこと…………!」
触った時の感触を思い出してしまったのか、リトの顔が沸騰しそうなほどに赤く染まる
「はわっ!!! いや…だからあれは不可抗力で……」
「……」
隣で一人慌てる様子のリトにチラリと視線を送ると、唯はぽそっと呟いた
「…冗談よ。言ったでしょ? 今日は許してあげるって?」
「へ? あ…そーいえばそんな事…」
「だからって次したら許さないんだからね?」
「は…はは…」
少しトゲのあるその声にリトの頬がわずかに引きつる
「……でもありがと…」
「え…」
「…助けてくれて……」
小さいとても小さい呟きだったが、確かにリトの耳にその声は届いた
唯のうれしそうなやわらかい笑顔と共に
(古手川って…)
一人茫然としているリトの横で唯は急に足を止めた
「もう家すぐそこだから、ココでいいわ」
「え…あ…」
「ん? 何よ? 何か言いたい事でもあるワケ?」
ツンと腰に手を当てて話す唯を前に、リトは自分でもわからずについ慌ててしまう
「そーいう事じゃなくて……あれ? なんだコレ」
「…何なの? あなたさっきから変よ」
「そそ、そーだよな。オレもそう思う……はは」
ますますおかしくなるリトに唯は軽く溜め息を吐くと、少しだけ口調を厳しくさせる
「よくわからないけど、くれぐれもおかしな事とかしないようにね!!」
「わ、わかってるって!」
それでも心配なのかしばらくリトの顔を見つめた後、唯はくるりと背を向けた
「それじゃ、もう行くわ…」
「あ、ああ」
「今日はいろいろありがと結城くん」
「気にすンなって」
ニカっと子供の様に笑うリトにふっと笑みがこぼれてしまう
「また学校でな」
「うん…」
いつもとは違う唯の口調にリトは気付かない
そしてそれは唯自身も気付いていなかった
自分の中の何かが大きくなっている事に
しばらく進んだ後、唯はチラリと後ろを振り返った
後ろではリトがまだ別れた場所で立っている
立ち止まった自分に首を傾げているも、本当に最後まで見ていてくれるつもりの様だ
(ちゃんと守ってくれてるんだ)
唯の中でリトへの想いが大きく動き始めた

遠く遠く、唯の背中が見えなくなるまで見送ったリト
「なんつーか…」
今日一日でいろんな唯の表情や仕草を見た事にリトの中で軽い衝撃が起きていた
「古手川ってあんな風に笑うんだ…」
その中でも一番の衝撃にリトは想いを巡らせる
「……また見れるといいんだけどなァ」
リトは最後にもう一度、唯の帰って行った方向に目を向けると、夕暮れの中、家路に付いた


────…チクタク チクタク と、時計の針は進んでいく




日曜日の昼過ぎ

唯は一人街の中を歩いていた
とくにどこに行こうとか、なにか買いに行こうとか、そういうわけでなく
純粋にいろんなところを歩いて見て回るだけ
気に入った店のウインドウを覗いたり、かわいい小物があれば手に取ってみたり
新しい店のケーキを食べたり、そして、時にはおもちゃ屋さんに入ったりと
普段いろんなものに縛られている唯にとって、このなんでもない自由な時間は、
一種の心のリフレッシュにもなっていた

今日は日曜ということもあり、街はいつも以上の人で溢れている
人ごみを掻きわけて一人どんどん進んでいく唯の傍らを、何組ものカップルが通り過ぎて行く
ふと目をそらせば、店先やカフェで仲良く談笑している姿
腕や手を取り合いながら少し誇らしげに歩く姿
いつもなら特になんとも思わないその光景が今日は違って見える
いつもならさざ波一つ立たない鋼鉄の心に、今日は小さな波が立っていた
「…………」
普段、学校でも休みの日でも一人の時間が圧倒的に多い唯にとって、今日も「普通の日」なはずだった
けれど、一度揺れてしまった心は、容易に唯の中にある気持ちを抱かせる
それは周りと自分との違い
日曜だというのに、朝から勉強して本を読んで掃除をしてそれから────……
周りを見れば、どこに行くのか決めている友達同士の会話や、
見終わった映画の感想なんかを言っているカップルの姿が、すぐに見てとれる
遊び友達や彼氏がいるわけではない唯にとって、それは、今は届かない日常なのかもしれない
(彼氏か…)
唯だって女の子。そりゃ恋愛に興味がないといえばウソになる
小さいころからずっと夢見てきた自分だけの理想ももちろんある
時々、うらやましいとか思っちゃう事だってあったりする
でも、しかし────
(ダメよ! ダメ! 恋愛なんてハレンチだわっ)
拳を握りしめてそう強く思う唯
いつもの性格が災いして、せっかくの大切な気持ちに蓋をしてしまう
(だいたい、高校生なんだから、学生は学生らしく勉学に励むのが基本なのよ!)
人と接する時以上に、自分の気持ちに対して一番不器用になってしまう唯
手を伸ばせばすぐにでも触れられるその「想い」
唯にはまだソレが見えていなかった
そんな自分に心のどこかで囁き声が聞こえてくる

違う。本当は何度も見えていたし、何度も触れそうになった
でも見なかった……触らなかった……
いつも想ってる人がいるはずなのに
どうしてなの?

…………
………
……


考えれば考えるほど答えの出ない謎かけの様な問題に、胸のあたりがモヤモヤする
(もう! いい加減にしてよ! 何なのよコレは)
思わず腕を振り上げたくなる衝動をぐっと我慢する唯の目に、あるコンビニが映った
(あのコンビニって…)
思い出すよりも早く唯の胸がキュンと震えた
(やだ…何よコレっ)
唯の意思とは無関係に高鳴る胸の鼓動
ほんのりと熱くなる頬の感触
唯は心の囁きそのままにじっとそのコンビニを見続けた
「あっ、そっか。あのコンビニって…」
ソレを意識した瞬間、トクン、と何かが音を立てた
そしてまるでスイッチが入ったかのように、唯の中でちょうど一週間前の出来事が溢れ出す

『やめろ!!! そのコを離せ――――ッ!!』

トクン!

『古手川、こっち』

トクン!!

『大丈夫か!?』

トクン!!!

思い出す数だけ胸がキュンと震える
そして、自分でも知らぬ間に唯の顔は赤く染まっていった
(あの時、結城くん…すごく必死な顔してたな…)
唯の胸の奥がトクンと音を立て、顔に赤みが増す
(…それから私の手をギュッと握ってくれて、一生懸命走ってくれて、守ってくれて…)
自然とやわらかい笑みが生まれる
(結城くん…)
唯は心の中で何度もその名を反芻させる
握ってもらった手をもう片方の手で包みながら、唯はしばらくそのコンビニの前でボーっとなってしまっていた

どれだけそうしていたのか、ふいに吹いた風に巻き上げられた髪に唯はハッと我に返る
(何やってたのよ私は)
頭をブンブン振って慌てて表情を引き締めるも、胸のドキドキは一向に収まらない
(うぅ…もぉ! 私どうしちゃったのよ!? こんなのハレンチだわ)
自分の中の正体不明の感情に唯は戸惑ってしまう
髪を整えながら必死で自分を落ち着かせようと頭を巡らせる
中々落ち着いてくれない自分の気持ちにイライラしながら、唯は普段自分が一番落ち着ける場所等を思い浮かべた
「とりあえず本屋で本でも見てそれから…」
次第にいつもの毅然とした面持ちを取り戻し始めた唯の足はすでに本屋に向かって歩き始めていた

 


「あれ? 古手川!?」
「ゆ、結城くん!?」
本屋の真ん中でばったりと会った二人。思わぬ出会いに思わず立ち止まってしまう
「どうしてあなたがここにいるの?」
「え! どーしてって本買いに来ただけなんだけど…」
唯はリトが手に持っている数冊の本に視線を落とした
「どーせマンガとかそんなのばかりなんでしょ?」
「ち、違うって! オレは美柑に頼まれたのを…って、古手川こそ何買いにきたんだよ?」
心外だとばかりにムッとするリトに対し、唯も負けじと顔をふいっと背ける
「私はね、参考書を買いに来たのよ! 家で勉強するために必要でしょ?」
相変わらず真面目だなァと思いながら、リトは、へ~と気のない返事を返す
「それで、その本はあったのかよ?」
「え…」
唯の表情が曇る
本屋に来てかれこれ30分以上。いろいろと探し回ったけど目当ての本は今だ見つからず
そんな唯の反応に、リトは参考書のある棚に視線を向けた
平積みになった分厚い本に、びっしりと棚に並べられた様々な科目の本
見ているだけで頭がクラクラとしてくる
「で、古手川の欲しいのってどれ? オレも一緒に探すよ」
「え?」
唯はポカンとリトの横顔を見つめた
「げ…現代法学入門って本なんだけど…で、でも、あなたには関係…」
「だってお前困ってるんだろ? え……っと、にしてもすげー本だなァ」
まるで当然の事の様に棚に向き直るリトのその横顔を唯はついつい見つめてしまう
また胸がキュンと締め付けられた
(………………っ!!? わ、私、何見とれて…)
とっさに視線をそらしてしまうが、少しするとまた横顔を見つめてしまう
(もう、私いったいどーしちゃったのよっ!?)
自分でもよくわからない感情に、唯は戸惑ってしまう
「古手川」
「へ!!?」
急に名前を呼ばれた唯は、つい素っ頓狂な声を上げてしまった
「へ、じゃなくてさ。お前も探せよな…」
「え、ええそうね…。ごめんなさい」
唯は素直にそう謝ると、リトに並んで参考書を探し始める
胸はまだドキドキと高鳴ったままだった

それから十数分あまり
「はぁ~、見つからないわね…」
一人肩を落とす唯に、リトも隣で溜め息を吐いた
「…これだけ探しても見つからないってコトは、やっぱないんじゃねーか?
ん~…違う本屋行くか? ちょっと離れたトコにもっと大きい店あるだろ?」
唯は少し考えると首をコクンと振った
「ん~、そうね。そうするわ」
「じゃあ古手川、店の前で待っててくれよ。オレ、レジ済ませてくるからさ」
「え?」
唯はびっくりして目を丸くする
「え…も、もしかして結城くんも来るの?」
「ここまで来たら最後まで付き合うって! それに一人より二人の方が探しやすいだろ?」
「そ、それは…」
確かにその通りなのだが、これ以上リトに迷惑は掛けられない。そう思った唯は、
断ろうと声を出そうとするが、できなかった
──甘えてもいいの?──
と、心のどこかでそんな声がした
リトは、嫌な顔一つしていない。そればかりか返事を待っていてくれている様だ
唯は思い切ってお願いしてみる
「じゃ、じゃあ私、お店の前で待ってるから、結城くん早くきてね」
「おう」
リトはにっこり笑うとレジに向かった


「…っかしいなー…全然見つからねぇ」
リトは溜め息を吐きながら隣にいる唯に話しかける
「そっちはどーだった?」
「ダメ…見つからない」
ガックリと肩を落とすリトの横で、なぜだか唯だけは一人上機嫌だった
その顔もどこかいつもよりやわらかい
「さっき店員にも聞いたんだけどさ、ちょっとわからないとか言うんだよなァ…
そんなのどーしろって言うんだよ!?」
「ブツブツ文句言わないの! そんなコト言っても仕方ないでしょ?」
「そりゃそーだけど…」
リトは隣で本をぱらぱらと捲っている唯になにげなく視線を向ける
その視線に気付いたのか、唯は目だけリトの方に向けた
「なに?」
「いや…なんか古手川が一人で楽しそうな顔してるからさ」
とたんに唯の顔が赤く染まる
「なんかイイ事でもあったのかなって」
「そ、そんな事ないわよ!! 私はただ……そ、そうよ! 本が好きだから、本を見るのが好きだから! それでよ!」
一人慌てる唯の顔をまじまじと見つめるリト
「へ~本が好きってなんか古手川らしいなァ。それになんか新鮮な感じがする! 古手川のうれしそうな顔って」
にっこり笑いながらそう話すリトに、唯の顔は火が噴いた様に真っ赤に染まる
「な!! な、なに変なコト言ってるのよッ」
急に怒り出す唯にリトはとっさに何度も謝った
「わわ、悪かったよ! でもそんなつもりで言ったワケじゃ…」
(もぉ、こんなところでいきなりなに言い出すのよ! バカ)
顔を真っ赤にする唯と、そんな唯にどこか納得のいかないリト
二人はその後も、いろいろ言い合いながらも本を探し続けた

「ここにもねェな…」
「そうね…」
結局、参考書は見つからず、疲労感だけが増しただけだった
棚から参考書を取り出す唯にリトはぽつりと呟く
「ここにもないってコトは、ほか探してもないんじゃねーか……?」
(え――──!?)
唯の手が止まった
「だって、この辺じゃ一番でかいトコなのにさ、ここにないってコトは…」
「そ、そんなコトないわよ!!」
思わず出てしまった大きな声に、リトばかりじゃなく周りの客達も反応する
「え、えっと……そうじゃなくて、私の探してる本は数が少ないみたいだから…だから……」
恥ずかしそうにぽそぽそと話し始める唯に、リトは笑みを浮かべる
「そーだな! じゃあ他も探してみるか」
屈託なく笑うリトの顔に唯も安心したのか、口からホっと溜め息がもれる
「ん? どーしたんだよ?」
「何が?」
リトの質問に怪訝な顔をする唯
「だって、本が見つからなかったのになんかホっとしてるみたいだからさ」
「!!?」
唯の心臓がドキリと音を立てる
「それでなんか…」
「そ、そんなわけないでしょ! なに変な勘違いしてるのよ! まったく…」
唯はツンとリトから顔を背けると、そのまま店から出て行ってしまった
「何なんだ? オレなんか悪いコト言ったっけ…?」
「もう! 早く行くわよ結城くん!!」
店の入口では唯が腰に手を当てて、リトを待っている
その姿に、リトは慌てて入口へと向かった



結局、あれから3、4軒店を回ったのだが本は見つからず
二人は今、小さなカフェでお茶をしていた

「…にしても見つからねえなァ」
紅茶を飲みながら、カップに向かって愚痴るリト
その目の前には、ケーキをおいしそうに食る、どこかウキウキと楽しそうな唯がいる
そんな唯の様子に、スプーンで紅茶を掻き混ぜつつリトは口を開いた
「なあ、ひょっとして古手川ってケーキとか好き?」
「え!?」
急に話しをフラれた唯は、びっくりしたのか顔を赤くさせた
「ど、どうしてそんなコト聞くのよ?」
「いやだって…」
リトの視線の先には、お皿にいくつも盛られたケーキやデザート
『スイーツが食べ放題』の垂れ幕に、唯の顔つきが変わった理由がわかった気がした
リトの視線に何を感じたのか、唯は言いにくそうにもごもごと小さくなる
「べ、別にキライってわけじゃなくて……。い、良いでしょ別にっ!!」
頬を膨らませながらも、白桃のタルトを口に運ぶ唯にリトは吹き出してしまう
「な!! どうして笑うのよ!! 私だって…」
「いやそーじゃなくて! 古手川がすげーおいしそうに食べるからさ。ホントに好きなんだなァって」
「う…うん」
コクンとうなずく唯にリトはにっこりと微笑む
「古手川も女の子なんだ」
「…それどういう意味?」
じと~っと睨む唯に、リトは慌てて言い訳を始める
「そ、そーいうコトじゃなくて! えっと、古手川のそんなところ見れてうれしいって言うかその…」
「え…」
唯の胸がまたまたキュンと締め付けられる
「な、何よいきなり……。そ、そんなコト言っても誤魔化されないからね!!」
「そ、そーじゃなくて! えっと…な、なんか良いなって思ってさ! その…古手川のそーゆうトコ」
唯の顔がますます赤くなっていく
「ホラ、古手川っていつも肩に力入れてる感じがするからさ。普段は見れない古手川を見れてうれしいっていうかさ…」
唯はリトの顔を見つめたまま固まっていた
頭がぼーっとして、でもはっきりとリトの声は聞こえていて
今だって本が見つからなくて、歩いて疲れているはずなのに
リトといるだけで、どうしようもなく胸が高鳴ってしまう
一緒に話しているだけで、うれしくて、楽しくて
トクン、トクンと、規則正しい鼓動は唯の心を締め付ける
けれど、不思議と苦しみはなかった
どこか、あったかいような、くすぐったいような不思議な感触
「へ、変なコトいわないのっ! もぉ…」
だから、これだけ言うのが精一杯
そんな唯の気持ちに全然気付いた様子のないリトは、一人困ったように眉を寄せる
「わ、悪かったって! だからそんなに怒んなよな」
「別に怒ってるワケじゃ…」
ブルーベリーと木苺のフランボワーズムースを口に運びながら、もごもごと話す唯
学校で見る姿とのギャップに戸惑いつつも、リトはようやく落ち着いた事態に安堵の溜め息を漏らした
「それで、この後どーする?」
「え?」
唯はスプーンでミルクプリンを掬いながらキョトンとした顔をリトに向けた
「この後だよ。ココ出た後の予定」
意味はわかる。だけど唯は応えられず、スプーンを口に入れたまま黙ってしまった
もともと今日は気分転換に外に出かけただけなのに、本屋でリトと会い、本を探すため本屋を歩き回り
そして、今、カフェでお茶をしている
(この後って…)
唯は何も考えてはいなかった
「古手川はなんかないのか?」
応えられない。そればかりかうまく考えることもできない
急に夢から覚めたような感覚に唯の思考は停止寸前になっていた
「ん~…、古手川がなにもないなら……」
──もうこれで終わりなの――?
唯はテーブルの下で手を握り締めた
──これで終わりたくなんかない――
と、心のどこかでそう囁くもう一人の自分がいる
唯はその囁きに気持ちを委ねようと思った
理由はわからない
でもそうしなければいけない様な気がした
「あ、あのね…」
最大限の勇気を振り絞って口を開きかけた時、リトの声がそれを遮る
「あのさ、オレ行きたいトコあるんだけど、いいかな?」
「……」
「あれ? 古手川?」
怪訝な顔をするリトに、唯はムスッとした顔を向ける
「ど、どうして私の許可がいるのよ!? だいたい、行きたいところがあるなら先に言いなさいよね! おかげで私…私…」
急に言葉に詰まる唯を、リトはますます怪訝な顔をして見つめる
唯の顔は真っ赤になっていた
(な、なに考えてたのよ私はっ! これじゃまるで…)
唯は赤くなりながらもチラチラとリトの様子を窺う
「ん?」
一人意味のわからないリトに唯は顔を背けると、そのまま席を立った
「と、とにかく早く行くわよ。ここにいたってなんにもならないんだし」
いそいそと店を出て行く唯の背中を慌てて追うリト
結局、いつの間にか「今日一日一緒にいる事」前提で会話をしている事に、二人は気付いた様子はなかった

「え? ゲーム?」
「そ! 今日ほしいゲームの発売日でさ。古手川はゲーム……しないよなァ…」
当たり前でしょと顔をふいっと背ける唯
けれど、本当のところ、昔はゲームは何度もしたことがあった
遊とよく対戦ゲームをしたり、遊に負けないように練習したり
お互い負けず嫌いなため、何度も繰り返し遊んだ
今でも時々ゲームをする遊の横でぼーっと見ていたりもする
(ホント、男子ってゲームとか好きよね)
隣でワクワクと顔を輝かせているリトの横顔に唯はそう呟いた

「ありがとうございましたー!!」
店から出た二人は、どこに行くでもなく外を歩いていた
「悪いな古手川。オレの買い物に付き合わせてさ」
「別にいいわよ。それより結城くん、ゲームばっかりしないでちゃんと勉強しなきゃダメよ! 
あなた最近成績下がってるんじゃないの?」
まさかこんなところで成績の話をされると思ってなかったリトは、苦い顔をする
「この前も赤点取って追試受けてたでしょ?」
小さく呻くが、図星なためなにも言い返せない
「それも数学だけじゃなくて、ほかの科目でも!」
「ま、まーそうだけどさ…よく知ってるなァ」
「風紀委員として当然よ!」
よくわからない答えを返す唯は、ふいっとリトから視線を背けた
その時、ある物に目が留まる