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「カキ氷が食べたいの? どれにする?」
「まう♪ まう♪」
「イチゴ味? じゃあ、ちょっと待っててね。……って結城くん、何してるの!? 

私たちだけで食べちゃうわよ?」
「わ、わりぃ!」
リトは慌てて最後のたこ焼きを口に入れると、二人の元に走った


「まうー!」
セリーヌが次に指を差したのは、金魚掬い屋さん
初めてみる水槽の中の金魚たちにセリーヌの目がキラキラと輝く
「まうー! まう、まう!」
早速、リトの服を引っぱっておねだり
「どした? 金魚掬いしたいのか?」
「まうっ!」
「古手川はどーする? 一回やってく?」
「私は別にかまわないわよ」
唯もセリーヌに習って、セリーヌの隣で膝を屈めて水槽の中を見つめる
「いっぱい泳いでて、キレイね」
「まうー!」
水槽の中を行きかうたくさんの金魚に、唯とセリーヌはうっとりとした顔を浮かべる
そんな二人の様子にリトは、こっそりと心の中で一つ気合いを入れた
「おっちゃん、三人分!」
「へい、毎度っ!」
金魚掬い屋のおじさんから"ポイ"をもらうと、リトは唯とセリーヌにポイを渡した
「古手川、セリーヌ! ガンバって掬おうぜ!」
「…いいの? ありがと…」
「まうー♪」
早速、ガンバル唯の隣でセリーヌは、うれしそうに"ポイ"を眺めると、いきなり水槽に
腕ごとポチャン、と浸けてしまった
「セリーヌちゃん!?」
「何やってんだよっ?!」
唯は慌てて浴衣が濡れないように袖を捲り、リトはセリーヌを水槽から下がらせた
「まう?」
キョトンとするセリーヌにリトは溜め息、唯はおじさんにペコっと頭を下げる
「ダメだろ? いきなりそんなコトしちゃ!」
「まう…」
怒られてしゅん、となるセリーヌのポイは、すっかり破れてしまっている
そして、隣にいる唯のポイも
「あれ…? 古手川も?」
「えっ、だ、だって金魚掬いとか私、あんまりした事なくて…」
破れたポイを後ろ手に隠し、唯は頬を赤らめた
「へー、古手川って意外と不器用なんだな」
「なっ!? 何よ! いいでしょ別にっ!」
腕を組んでツンと顔を背ける唯にリトは苦笑
そして、ポイを手に水槽の前で腰を屈める
「ま、見てろって! オレが取ってやるから!」
「まうー♪」
「だいじょうぶなの?」
「任せとけって! こーゆーの得意なんだ」
唯の見つめる前でリトは、ニッと歯を見せて笑った
それは普段、体育の授業などに見せる、リトのまだあどけなさと屈託なさが混じった男の子の顔
屋台を照らす赤提灯の下で唯の胸がトクン、と音を立てる
(ってまた私ったら…!)
ハッとなって慌てて首をふるふると振る唯
そんな唯に追い打ちをかける一言が
「アンタいいカオしてんな〜! よし! ここは一つ、嫁さんにいいとこ見せてやんな!」
「えっ!?」
「よ…嫁!?」
唯とリトは二人揃って声を上げ、そして、赤い金魚のように顔を真っ赤に染めた
「ちっ…ちち、違います! 私と結城くんは別にそんな仲じゃ…!」
「オレたち、フツーのクラスメイトってだけっスよ!?」
「……むっ」
リトの一言に唯は、あからさまに頬を膨らませた
「クラスメイトなんだ…」
「え? だって……あれ? なんかおかしな事言った?」
「知らないっ!」
唯は腕を組んだまま体ごとリトからそっぽを向けてしまう
そんな二人の様子にセリーヌは、なぜかニコニコ顔
そして、金魚掬い屋のおじさんは、豪快に笑いだしてしまった

結局、それからいまいち調子が出なかったリトは、金魚を一匹も掬えないままに終わった
「ま、気にすんな! カレシ!」
と、たっぷりニヤニヤさせてもらったお礼という事で、金魚掬い屋のおじさんから、透明の
ビニールの袋に入れられた金魚を一匹、プレゼントされた

「なんかゴメン…」
「どうしてあなたが謝るのよ?」
頭を掻きながら申し訳なさ全開なリトに唯は、苦笑をこぼした
セリーヌの手には、さきほどリトからプレゼントされた金魚
幽かな月明かり下、優雅に泳ぐその姿をセリーヌの大きな瞳が見つめる
「その…古手川、楽しみにしてたから…」
「!? そ、それはっ……だって……結城くんが取ってくれるって言うから、私は…———」
唯の声はどんどん小さくなり、最後は、祭の喧騒の中に消えていってしまった
「まうー♪」
唯とリトの足元、二人に挟まれながらセリーヌは、金魚にうっとり
唯は膝を屈めると、水をいっぱいに湛えたビニールの袋の向こう、顔がぼやけているセリーヌに小さく笑った
「金魚よかったわね」
「まうー!」
金魚から顔を離したセリーヌは、花火のように輝く笑顔を唯に浮かべる
唯は指でツンツンとビニール袋を突いた
「カワイイ」
「まう〜♪」
二人の視線は、水の中でクルリと華麗に方向転換した真っ赤な金魚へ
金魚をキラキラお目目で見つめるセリーヌは、本当にうれしそうで、それでいて抱きしめたくなるほど可愛くて
けれど、そんな気持ちとは別に、一つの感情が芽生えてしまう
(…ちょっとうらやましいな)
"オレが取ってやるよ"、と言われた瞬間、期待とうれしさで胸が高鳴ったのは、紛れもない事実
そして、一匹も掬えなかった結果にリト以上に落ち込んでしまったのは、唯だけの秘密
(こんな小さなコにうらやましいだなんて、何考えてるのよ…!)
唯は立ち上がると、まだ金魚に夢中なセリーヌの頭をよしよしと撫でた
「それで、この後、どうするの? 何か行きたいところとかないの?」
「そろそろ花火も始まるし、集合場所に行こうかなって思ってるんだ」
時計の針は、いつの間にか、花火が始まる二十分前を差していた
露天でにぎわう境内の人の流れも、少しずつ、花火会場へ向かう流れに変わってきている
唯はセリーヌがはぐれない様に手を取った
「じゃ、そろそろ行き————っ!?」
歩き出そうとした足がふいに止まる
まるで時が止まったかの様に唯の視線は、ある一点を見つめたまま、動かない
「どした? 古手川」
「まう?」
二人の視線に唯の目が忙しなく瞬く
「えっ!? な、何でもないわよ!」
どう見てもそうは見えない顔をしながら唯は、一人歩きだしてしまう
「え、ちょ…! 古手川、そっちは集合場所じゃねーって!」
「わかってる。ちょっと見るだけ!」
少し早足気味に唯は一軒の露天の前へとやってくる
「どしたんだ? 古手川のヤツ…」
「まう?」
キョトンと首を傾げる二人の視線の先で、唯は、露天の前を行ったり来たり
途中、立ち止まっては、ジッと露天の中の一点を見つめ
また思い詰めたように歩き出し、チラチラと露天の棚に視線送る
そんな事を繰り返していた
「ん〜…」
リトは頭を掻くと、セリーヌの手を取って唯の背中に近づく
「古手川」
「ひゃっ!?」
急に背中越しから声をかけられた唯は、つい高い声を上げてしまった
そんな自分に恥ずかしさを覚え、コホンと、咳払い
「…何よ?」
「いや、さっきから何してるのかなーって思ってさ」
少しほっぺが赤い唯に、リトは興味津々な笑みを浮かべる
「そ、そんなの、私の勝手じゃない!」
何かを悟られたくない唯は、強烈にリトから顔を背ける
リトは苦笑しながら頬を掻くと、唯が気になっている露天の看板に目を向けた
そこは射的屋だった
店の中にある棚には、お菓子屋やらおもちゃやら小物といった、いろんな景品が並べられている
(ふ〜ん…まあ、フツーの景品だよな? 特に……ってあれ…!?)
店の景品を上から順に目で追っていくと、その中の一つに、リトは早くもピン! ときた
「もしかして、古手川…」
ある景品にリトは指を差した。すると、途端に唯の表情が変わる
まるでおねしょが見つかった時の子供の様に、華奢な両肩が小さく震えた
「…アレがほしいのか?」
リトが指差したのは、茶色のネコのぬいぐるみだった

自分が可愛いモノを————特にネコが好きだという事は、とっくにリトには知られて
しまっているけれど
だからと言って、面と向かって「ネコが好き」とか言えないし、「ネコ好きなのか?」なんて訊かれたくはない
それがリトなら尚更だ!  
(だって……だって、だって、そんなっ……結城くんにおかしなイメージを持たれたくないもの…)
どんな時でも真っすぐ、正しく、清廉潔白なのが信条
そんな自分が「ネコが好き」だなんて、リトはどう思っているのか?
それでなくても、最近は、「結城くん、結城くん」ばかりな自分
いろいろと気になるけれど、聞けない。だけど、知りたい
そんな初めて抱く感情に、まだ全然慣れる様子がない唯の女の子心は、毎日がそれはもう
大変な事になっている

キュッと下唇を噛み締めたまま、紅潮した顔を見せまいと唯は、精一杯、強がってみせる
「そ…そんなわけないじゃない! 何言ってるのよ? バカバカしい!」
と、胸のあたりで腕を組んでツン、とぬいぐるみから視線を逸らす唯
どう見ても無理しているのが見え見えの唯の顔に、リトは噴きそうになるのを喉の奥に無理やり押し込めた
「取ってやろーか?」
「えっ!?」
何気ないリトの言葉に、平常を装っていた唯の顔が一変、小さな驚きに変わる
「な…何を?」
「何をって、ぬいぐるみ!」
「!!?」
コクン、と唯の白い喉が音を立てる
「い…いらないわよ! 急に何言い出すのっ?!」
「でも、古手川、ネコ好きだよな?」
「……っ!?」
胸の奥がキュッとせまくなる
まるでリトに手で触れられたみたいに
「だっ、だからってそんなっ……い、言ったでしょ? 別にほしくなんて…」
「そーじゃないって! オレがあげたいんだ! 古手川に!」
「え…」
キョトンとする唯の横を通り過ぎ、リトは射的屋のおじさんに一回分のお金を払う
「ちょ…ちょっと!?」
「いいから! 今度は、ちゃんと取ってやるよ!」
"今度"————それは、さっきの金魚掬いでの失態
男としての意地とプライド、そして————唯に渡せなかったプレゼントを渡したい、という想い
もしかしたら、「プレゼントを渡したい」という理由だけなのかもしれない
自分がどうしてそこまで"プレゼント"に拘るのかリトは、まだわからなかった
わからないままに、リトはぬいぐるみに狙いを定める
「…………」
その真剣な横顔に、唯は喉の奥まで出かかっていた言葉を呑みこんだ
唯の見つめる先でリトの目がすぅっと細くなっていく
「結城くん…」
「……」
唯の呟きにリトは何を思うのか、ブレる銃身を安定させると、引き金を引き絞った

「ほら、コレでよかった?」
「あ…ありがと」
笑顔のリトの手から唯の胸へ、ネコのぬいぐるみが収まる
「ほ…本当に貰ってもいいの…? 別に私、ほしいとかそんなんじゃないって言うか…」
胸の中の"ホントのキモチ"とは裏腹に、いまだに素直になれない口
それでも唯の手は、貰ったばかりのぬいぐるみを、まるでずっと大切にしてきた宝物の様に、

胸に強く抱きしめる
うれしさがほのかに滲む表情と、ほんの少し窺うような視線を向けてくる唯に、リトの顔が

得意げだった顔から、少し照れくさそうな顔に変わる
リトは赤くなった頬を指で掻いた
「…な…なんつーか、その、古手川にお礼がしたかったんだ」
「お礼?」
「ああ。その……毎日、メンドー事に巻きこんだりして古手川には、なにかと迷惑かけてるしな」
「そんな…!」
ちょうど二歩分しか離れていなかった二人の距離
唯の足が一歩、リトに近づく
「それに今日だって、セリーヌのメンドー見てくれただろ? だから、そのお礼がしたかったんだ!」
リトはここで言葉を切った
言っている言葉も、気持ちも間違ってはいない
間違っていないのに、なんだか胸の奥がムズムズする
喉の奥に言葉が閊えている様な、あと少しで手が届くのに届かない、そんなむずがゆい感
覚に眉間に皺を寄せる
(なんだコレ…?)

ぬいぐるみを取ってあげたかった理由
それはさっき言った、いつも何かとトラブルに巻き込んでしまう事への申し訳ない気持ち
と、セリーヌの面倒を見てくれた事への感謝の気持ち
そして、もう一つ————
ぼんやりと霞みがかっていたリトの頭の中に、あの時の光景が映し出される

『————…取り乱しすぎよ。カッコわる』

そう言って、唯は笑った
恥かしそうに、だけど、うれしそうに
自分に。自分だけに、笑った

(……オレ…もう一度、見たいのか? 古手川の笑ったとこ…)
彷徨わせていた視線を目の前にやると、唯が自分の次の言葉を待っている
唯の表情からは、感情を読み取れない。ただ、自分の事を真っすぐな瞳でジッと見つめている
(古手川……!)
胸の中にようやく芽生えた感情
まだ薄く霞がかかっている気持ち
(……って笑ったところが見たいとか、そんな事言えるワケねー)
ぷんぷん、と怒った唯の顔が鮮明に頭の中で浮かぶ
指をビシッと突き付けて怒っている声も
続きを待っている唯の訝しむような視線が、リトに乾いた笑みを浮かべさせる
リトは胸の中の"気持ち"を無理やり奥へ奥へと押し込めてしまった
「———そ、それに…」
「それに?」
やっと口を開いたリトに対し、唯は、即座に相槌を返す
リトの喉が小さく音を立てる
「…いつも古手川を怒らしてばっかだろ? オレ…。だからそのお詫びにって思ってさ…!」
「…お詫…び?」
「ああ。いつもゴメンな」
「……っ」
リトには他意はなかった。声も普通だし、言った内容も別段、怒らせる様なものでもなかった
けれども、何も"なかった"からこそ、余計にリトの言った言葉は、唯の心をざわめかせる
(…怒ってばかりだから———そっか…!? そうなんだわ!! やっぱり私、結城くん
にはあまり良いように思われて…)
唯には、そこまでしか言えなかった
例え胸の中だけの言葉であろうと、それ以上言う事に耐えられなかった
白い手を赤くなるまで握りしめると、唯はポツリポツリと口を開く 
「そ…そっか。そう…よね。私…すぐ怒るから…」
「古手川?」
俯いた唯の表情をリトは窺い知る事はできなかった
微かに震える睫毛の下の瞳が濡れていることも
「怒りっぽい私のために結城くん、こうやっていろいろ…気を……気を…遣ってくれたのね」
唯の声はもう隠しきれないほどに震えていた
そして、その声は、鈍いリトでもわかってしまうほどに寂しげなものだった
「古手川…!」
「……っ」
唯はリトの視線や、その優しい気遣いから逃げるように、半歩、後ろに下がる
「……これ、大事にするわね。それと……それと…今日は、一緒にお祭り回れてうれしかった!

 ありがと…!」
「ちょ…」
「そろそろ、みんなのところに行きましょ。もう、集合時間でしょ?」
リトの優しさが今は、胸に堪える
伸ばした手に触れるのも躊躇ってしまう
セリーヌの視線すら辛く思えてしまう
唯はリトに背を向けた。そして、セリーヌの手を握ると歩き出してしまう
「行きましょっか? セリーヌちゃん」
「古手川…!」
「ほら、あなたも早く! みんな待ってるんでしょ?」
唯の顔はリトには見えない
その背中を見つめながら、リトは拳を握りしめた
そして、一歩を踏み出す
「ま、待った!」
咄嗟に伸ばした手が唯の腕を掴む
その手は、「これ以上、行かせない!」と思わせるほどに力強いものだった
「何…よ? そろそろ行かないと…」
「聞いてくれ!」
リトの声は唯から周囲の雑音を追いやってしまう
「そんなふうに"ありがと"なんて言わないでくれよ! ……だって、オレのほうこそ今
日、古手川とこーやって一緒に祭、回れて楽しかったんだから!」
「…楽…しい? 私といると? だってさっきあなた、私は怒ってばかりだって言ったじゃない」
「そーじゃない! そーじゃねーって!」
リトは全力で否定した
そして、胸の奥にしまい込んだ"気持ち"に手を伸ばすと、それを握りしめ、唯の背中に
向かって想いを口にする
「今まで言う機会なかったけどさ、オレ、古手川と一緒にいると、安心できるっていうか、
その、自然な感じで付き合えるっつーか、えっと…」
「えっ…!?」
全然うまくまとまっていないリトの言葉。それでもその言葉の断片の一つ一つが、唯の頬を

赤く染めていく
「…と、とにかく! 古手川と話したりするのがスゲー楽しいんだ! 一緒にいると時間
も忘れそーになるぐらい! だから怒りっぽいとか、気を遣うとか、そんな事全然思って
ないから!」
「そ…そんな事っ…だって…」
リトに代わって今度は、唯の方がうまく言葉が出てこなくなる
うれしいはずなのに驚きの方が上回って、胸の中で言うべき言葉がうまく組み上がらない 
(…何…よ…。何…よ。何よ…! そんな事っ…急に言い出したりなんかして……!?)
リトはいつも唯に、心の準備をさせてくれない
突然、驚かす事をしてきたり
突然、怒らせる様なマネをしてきたり
突然、慌てさせる事を言い出したり
突然、胸がキュッと熱くなる様な顔をしたりして————
いつも、いつも
「……っ」
唯は、ようやく乱れた動悸を抑えると、まだ赤いままの顔をリトに向けた
「な…何言ってるのよ…! また…おかしな事言って…!」
それだけ言うのが精いっぱい
あとは下を俯いて、赤くなった顔をなんとかやり過ごす事しかできない
だって今は、リトの顔を真っすぐに見ることなんてできない
それだけリトの声も、言葉も、表情も、気持ちも、唯の初な恋心を締め付ける
胸がキュンとせまくなる
「まうー」
セリーヌはリトと唯をどこか楽しそうに見つめていた
まるで、「セリーヌはみ〜んな、お見通しまう♪」とでも言うように
真っ赤に染まった顔を俯かせたままの唯と、そんな唯を同じだけ赤くなった顔で見つめているリト
月の光に照らされて浮かび上がる二人の影が、少しずつ、重なろうとしていた
「古手川」
「何…よ」
「その…ぬいぐるみ」
「……」
「もう一度、ちゃんと受け取ってほしいんだ! 古手川に! 今度は、笑顔でさ!」
「笑顔…?」
「ああ。だって、古手川には、笑顔が一番似合ってるから!」
本当は「天使のような」を付けたかったのだけれど、生憎、リトにそんなセリフが言えるはずもなく……
恥ずかしさで沸騰しそうになる自分をなんとか抑えるだけで精一杯

そして、唯は、と言うと
(え? ちょ…ちょっと待って! 何て言ったの? 笑顔? え? 笑顔が一番…!?)
リトの言葉に目が点になる
頭の中ではさっきから、何度も何度もリトの声がリピートされている
そして、その声に負けないぐらい大きな音が胸の中で鳴っていた

ドキ ドキ ドキ ドキ
ドキ ドキ ドキ ドキ

音が一つ鳴る度に、唯の頬の赤い色が濃くなっていく
見つめられる時間だけ、何も考えられなくなっていく
唯はリトの顔を見つめた
息をするのも忘れてしまうほどに、強く
「どうかな…? 古手川」
「……っ」
リトの声に火が噴き出そうなぐらい顔が熱くなる
返事ができない
そればかりか言葉がまったく浮かんでこない
言うべき言葉がたくさんありすぎて、どれを言っていいのかわからない
見つめられれば見つめられるだけ、唯の頭の中がグルグル廻る
それでもリトの真っすぐな視線が唯を見つめ続ける
(うぅ…そんな見つめないでよね)
リトに手を取られたまま、唯は飴細工のように固まって動けなくなってしまう
「まうー」
そんな唯の呪縛を解いたのは、セリーヌだった
唯の浴衣の裾をクイクイ、と引っぱる
「まう、まう」
「せ、セリーヌちゃん…? ど、どうしたの?」
セリーヌはビッと指を指した
「まう!」
「え…」
セリーヌの指さした方向に目を向けると、まったく知らないお姉さんと目が合った
そして、その隣にいるお兄さんとも。さらにその隣にいる同じぐらいの年の女の子達とも
「な…何よ…コレは……」
いつの間にか、三人を取り囲む様にして、ちょっとした人の輪が出来ていた
輪の中心、唯達に向けられるたくさんの好奇の視線
どうやら一部始終を見ていたらしく、顔をニヤけさせたり、囃し立てたり
ただでさえ、カップルに見えるリトと唯。今は、二人の子供の様にも見えるセリーヌの存在もある
野次馬達の想像を刺激するには、もってこいなシチュなわけで……
唯の真っ赤になった頬が引きつる
「と、とにかく! 一旦、場所を変えましょ!? いいわね?」
「あ、ああ」
「って、いつまで手握ってるのよっ!? バカっ!!」
「わわっ! ゴメンなさい!!」
と、情けない声を上げるリトを後ろに残し、セリーヌを抱っこした唯は、逃げるようにその場を後にした


————境内の外れ
暗がりの中、唯は腕を組んだまま、リトに横顔を向け続けていた
乱れた息は整え終わり、頬を流れる汗も拭いたのに、二人の間に会話はまるでない
先ほどの気恥ずかしさがまるで抜けず、おかしな緊張が二人を包みこんでいた
そんな雰囲気の中、唯はチラっ、とリトに視線を向けた
その視線にリトも気づき、二人の視線が月明かりの中、交わる
が、すぐに唯はぷいっ、と目を逸らしてしまった
そして赤くなった自分を誤魔化す様に、慌ててリップを塗り直した唇を開く
「……さっき、すごく恥ずかしかったんだからね…!」
「うっ…ご、ゴメン! オレの気持ちを知ってほしかったつーか、わかってほしくて…。
あんな感じで伝えるしかなかったんだ! ホント、ゴメン…!」
「だからって…」
と、横目をリトに向けるも、しゅん…、と肩を落とすリトにそれ以上何も言えるはずもなく
唯は小さく溜め息をつくと、再び視線を逸らした
(……笑顔、か…)
頭の中で、さっき言われた言葉が甦る
それと同時に、うれしさと恥ずかしさが同じ量、込み上げてくる 
(うぅ…)
俯きかけた頭をふるふると振る唯
ココに来るまでの途中、買ってあげたヨーヨーで遊ぶセリーヌの姿を視界の中に入れなが
ら、唯はまた溜め息をついた

 『笑顔が一番似合うよ』

そんな事、急に言われてもどうしていいのかわからない
どんな風に笑えばいいのか、どうやって笑えばいいのか
リトを前にすると、"よけい"にわからなくなってしまう
「ホントの言葉」も「ホントの気持ち」も

(……私、もっと素直になれたらな…。もっと笑って…。そしたら、結城くん…)
悩む唯に、雲間から覗いた月の光が降り注ぐ
暗がりの中、神秘的な光の輪に包まれる唯
幻想的な横顔と表情が、リトの前に浮かび上がる
その顔に少し見蕩れながら、リトは緊張しすぎてカラカラに乾いてしまった口を開いた
手に持っているのは、さきほどココに来る前に唯が落としたぬいぐるみ
「古手川、コレ」
「あ…それは…」
「さっき、落としたやつ…その……改めて受け取ってほしいんだ! 古手川に!」
「……ッ」
リトの手から唯は、おずおずとぬいぐるみを受け取った
受け取る時、わずかに触れ合った指先の感触に、唯の心拍数が跳ね上がる
唯は咄嗟に口を開いた
「あ…ありがと!」
思わず早口でお礼。そして、すぐにツン、と横を向いてしまう
(って何やってるのよ私は!? ぬいぐるみプレゼントされて、ホントはすごいうれしい
くせに! こんなにうれしがってるくせに!)
自分の中にある確かな気持ち
それがわかっていながら相変わらず素直になれないでいる自分に、唯の顔が苦くなる
そんな唯の心の内を知ってか知らずか、リトは少し表情を引き締めた
「古手川」
「……何よ」
「さっきの話なんだけどさ。オレ、やっぱ、古手川には、笑顔が一番似合うと思うんだ!」
唯の胸の音がまた一段階高鳴る
まるでリトに直接触れられているかのように
熱くなって、締め付けられる
「ウソとか、冗談とかじゃなくて! ホントにホントに、そー思うんだ!」
「……」
唯はたこ焼きのタコの様に顔を赤くさせながら、何も応えない
応えない代わりに、リトの顔を横目でジッと見つめる
普段のリトならこの視線に「怒られるっ!!」と、尻ごみしてしまったかもしれない
けれども、今日のリトは違った
唯を前にして、初めて自分の気持ちをちゃんと話せた! 初めて二人の距離が縮まる!
そんな予感に不思議と気持ちが奮い立ってくる
だからリトは、このまま尻ごみしないよう、勢いのまま前に踏み出した
「だから、オレ、また古手川の笑顔が見たくて、笑顔にしたくて、それで…」
リトの手が握り拳を作る
「オレ、古手川の笑顔、もう一度見たい!」
リトはそこで言葉を切ると、真っすぐな眼差しを唯に送る
唯はその視線を真正面から受け止めた。そして二人は、見つめ合った
それは時間にすれば、ほんの一〜二秒だけの短い交わりだった
ふっと唯の視線が外れ、桜色の唇が薄く開く
「———…悪いけど、できないわ」
「え…」
唯の言った一言は、とっても簡潔だった。返すリトの反応も 
唯は腕を組むと、はぁ…、と溜め息をつく
「……だって、そんな、笑顔が見たいだなんて言われて"ええ、わかったわ。今からやる
わね"じゃないでしょ? そんな事できないわよ」
「う…そりゃまぁ」
唯はぬいぐるみを胸に抱き寄せると、ぬいぐるみに顔をうずめた
そして、とても小さな声で、だけど、リトにはっきりと届く声で、想いを口にする
「だから、あなたが私を笑顔にしなさいよ」
「え、オレが?」
「見たいんでしょ? 私の笑顔…! だったら笑顔にしてくれなきゃ。あなたが」
「そりゃ…まあ、そーだけど…」
唯の声はさらに小さくなっていく
「一緒にいなきゃ……ダメ…だからね」
「え?」
「い、一緒にいなきゃ、私のこと笑わせられないでしょ! って言ってるの?!」
思わずぬいぐるみから顔を上げ、声を荒げる唯だったが、ポカンとしたリトと目が合うと、
ぬいぐるみごとぷいっと明後日の方向へ
「ど…どうなのよ?」
「えと、その、つまり……一緒って事は……な、なァ、古手川」
「…何よ?」
「オレ、古手川と一緒にいてもいい…のか? その、オレって古手川の事怒らしてばっかだから…」
「…何よそれ……バカ!」
「ば…バカ?」
「もう! ……い、一度しか言わないからよく聞きなさいよ!」
唯は体を正面に向けた。そして、その黒い眼差しでジッとリトを見つめた
すっかり乾いたリップを塗った唇が、唯にしては珍しい、震えた声を紡ぎ始める
恥ずかしさと緊張をたっぷり湛えた声音で、リトに想いを届けるために
「…確かにあなたは、私に対して"いろいろ"するけど! だけど!! …だけど……

それでも私は、あなたと一緒にいたのよ…! その、一緒にいると楽しい…から」
最後の方はうまく言えないどころか、ゴニョゴニョ口調になってしまった唯
そんな唯の不器用な気持ちがどこまで届いているのか。リトは思わずうれしそうに声を弾ませた
「古手川!」
「だ、だからって変な勘違いしないでよ? あくまで学校とかで一緒って意味だから、

これから先もずっと、ずっと一緒にいたいとかってワケじゃなくて…」
ぬいぐるみを抱きしめる腕に力がこもる
月夜に浮かぶ唯の顔は、いつの間にか、もうこれ以上はムリ! とでもいうほどまでに

真っ赤に染まっていた
「…ワケじゃなくて————……だから…だから、え、えと、た、たまにと言うか、と、
時々でいいから、その…」
「ん?」
「…わ、私のそばにいてほしいのよ…! その…結城くんに!」
「古手…川…」
(うう…また私ったらちゃんと言えなかった…)
だけど、これが今の唯の精一杯
初めてリトが見せてくれた、自分への想いに対する、精一杯の返事だった
唯の返事の内容に目をまん丸にしていたリトの口が、少しずつ笑みを浮かび始め、ついに
は顔いっぱいの笑顔になった。込み上げてくるうれしさを隠しきれなくて
「わかった!」
「や、約束だからね?」
「約束な!」
指きりはない。言葉だけの約束が二人を紡ぐ
ニッと笑みを浮かべるリトと、そんなリトに思わず気が緩みそうになってしまい、

ハッとなって慌ててそっぽを向く唯
そんな二人の顔を特大の音と共に赤い光が染める 

「うわっ、ヤバっ!? 花火始まっちまった!」
「ちょっと何やってるのよ! 集合時間に遅れちゃったじゃない!」
さっきまでの雰囲気が一変、焦るリトと、怒る唯
セリーヌの目にいつもの光景と、いつもの二人が映る
「と、とにかく早くみんなのところに行こーぜ!」
「ええ。セリーヌちゃん、行くわよ」
「まう!」
ヨーヨーでポンポン遊んでいたセリーヌを唯が抱っこするのを確認すると、

リトは集合場所に足を向ける
「あ、ちょっと待って!」
「ん?」
背中越しに掛けられた声にリトは、首だけを後ろに向ける
「何だよ? 早くしねーとみんな待って…」
「そうじゃなくて!」
「え?」
「……手…」
「手?」
ポソポソと小声で話す唯にリトは体を向けた
いつの間にかセリーヌは、唯の肩に抱き付いている
唯はゆっくりとリトに手を差し出した
「手、握ってって言ってるの! ……その…、いいわけ? 私が迷子になってどこかに

行ってしまっても! そしたら見られなくなるわよ? 私の笑顔…!」
月がまた隠れてしまい夜の闇があたりを包んでも、唯の頬が紅く染まっている事は、
一目瞭然だった
リトは苦笑を浮かべ、すぐに表情を切りかえると、唯の手を取った
唯の手がリトの手の中で小さく震える
震えながら唯は、リトの手をキュッと握りしめる
そして、リトも握り返す。唯の手をギュッと
震えはすぐに収まった

"離さないでよね"
"離さねーよ"

と、声のない会話と共に、二人の指と指が絡み合い、より強く、深く、二人を繋いだ
「じゃ、いこっか」
「うん」
「まうー!」
唯の肩に抱きついているセリーヌが、うれしそうな声と共に腕を振り上げた

雲間からひょっこり顔を出した月が再び淡い光を降ろし、地上を照らす
その時、リトは何気なく隣の唯に目を向け————息を呑んだ

唯が笑っていたからだ
楽しそうに、うれしそうに、幸せそうに
(古手川…)
リトは何も言えないまま、しばらくの間、その笑顔に見蕩れた
まさか、こんなにも早く望みが叶うとは思わなかったからだ
そして、何よりその美しい横顔に————
「……っ」
初めて見た笑顔の時よりも、ずっとイイ笑顔だと思えるのは、浴衣を着ているから? 
髪形がいつもと違うから? 祭の雰囲気のせい? それとも他の理由で?
そんな問い掛けすらどうでもいいと思えるほどに、唯の笑顔は、リトの心を鷲掴む
瞳の中にその顔を焼き付けるほどに見蕩れていると、リトの視線に気づいた唯が
訝しむ様な視線を向けてくる
「…何?」
「い、いや…!」
「さっき、私のこと見てたでしょ?」
「見てたっつーか…」
「……」
唯の顔からは、すっかり笑顔は消え去り
代わりにいつものちょっと怖い顔に戻ってしまっていた
唯のジト目にリトの頬が引きつる
「結城くん!」
「ううっ……ゴメンなさい!」
「何で謝るのよ」
「な…なんとなく…!」
「なんとなく?」
ジト目のまま、ジリジリと詰め寄ってくる唯に、リトの頬に冷や汗が伝う
「どういう事なのか、後でちゃんと説明してもらいますからね!」
「は…はい」

情けなさ全開のリトに、少し離れたところからすっかり機嫌を損ねた美柑の声が飛んでくる
そして、どこかツンツンしているナナと、楽しそうな笑みを浮かべるモモの姿
三人だけだった楽しそうな声は、交わり、大きくなり、いつしか花火に負けない大きな笑い声になる
その中でリトは、また唯に視線を送った

 いつか、いつか、ゼッタイに笑顔に!

そう心の中で誓いを立てると、胸に強く強く刻み込んだ
さっき見た"とびっきりの唯の笑顔"と一緒に