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 日曜日。

ニュースでは曇りの予報だったけど、幸いにして空は晴れ模様。
4月も中盤になると次第に寒さが和らいできて、今日みたいに天気のよい日は暑いくらいだ。
商店街の通りを見渡すと半袖の人がチラホラといる。
そんな中、オレはしきりに普段はつけない腕時計を確認していた。
「……あ、あと15分か」
「あのねぇ……いくらなんでも緊張しすぎでしょ、リト」
言いながら脇腹を小突いてくるのは、頭の天辺で結った髪型が特徴的な少女。
結城美柑。今年から小学6年生になったオレの妹だ。
小学生なのになぜかオレよりマセていたりする。
そのうえしっかり者で料理や家事はほとんど任せっきりのため、
「それにしても、妹についてきてもらわないとデートも出来ないなんて……情けないなぁ」
こんな風に蔑まれようと兄なのに呼び捨てにされようと頭が上がらない。ていうかデートじゃねえ。
そんな美柑とオレがなぜ休みの日にこんなところにいるのかというと、
「で、今日町を案内するっていう宝条さん、だっけ?はどんな人なの?」
「んー……ちょっと変なとこあるけど、元気で明るいし、素直ないい子だよ」
そう、今日の目的は転校生の宝条にこの彩南町を案内すること。
いつかの帰り道に交わした約束通り、オレは美柑をつれて待ち合わせ場所にやって来ていた。
「へ~。リトっておしとやかな人が好みだと思ってたんだけど。意外だねぇ」
「だ、だからそういうんじゃねーの!」
まるでオレをからかうのが趣味みたいなやつだ。
そうこうしてるうちに約束の時間まであと10分。
「なあ、やっぱり来るの早すぎたんじゃないか?」
「何言ってんの。こういう時は早めに来てるのが基本だよ。女の子を待たせるなんて最低なんだから」
「そういうもんか……」
妹とはいえ美柑も女の子なのだから、こうして意見を聞くのも重要だと思う。
だからといって出掛ける前に服装や髪型にあれこれダメ出しをされた意味はよくわからないけど。
ただ待ってるのも暇だなー、なんて思っていると。
「あ、もしかしてあの人?」
「え?あ……」
声を上げて美柑が指差した方向。
通りを挟んだ向こう側の店の前で、キョロキョロと辺りを見回す少女の姿。
腰まである長い髪に、パッチリと開いた二重。翠に透き通った瞳。スッと通った鼻筋。サクランボのように色づいた唇。
見間違えようもない、宝条の姿がそこにあった。
宝条はこちらに気づくと「あっ」と笑みを浮かべ、手を振りながら横断歩道を駆けてくる。
印象的な桃色の髪をなびかせて跳ねるその姿はまるで風に舞う桜の花びらのようで、一瞬で目を釘付けにされてしまう。
美柑も宝条に応えるように手を振り返す。
そしてオレはただ口を開けたままポカンと立ち尽くしていた。
「おはよー、リト、美柑♪」
「え?私の名前……」
「あっ、えっとね、リトから聞いてたんだよ!ホントだよ?」
「ああ、そうなんだ。それじゃ改めて、結城美柑です。よろしく」
「私は宝条ララ。よろしくね♪」
「宝条ララさん……ララさんって呼んでもいい?」
「もちろんだよー♪」
出会って1分も経たないうちに親しげに話す宝条と美柑。
籾岡といい、女子というのはみんなすぐ打ち解けてしまうものなのだろうか。
そんなことも考えていたけど、オレの頭はそれどころじゃなかった。
「こんなところで話してるのもなんだし、とりあえず歩こっか。ね、リト」
「……」
「リト?」
「えっ!?あっ、そうだなっそれがいい、うん!」
「……なにボーッとしてんの?」
「な、なんでもねーよ!」
慌てて否定するオレを美柑がジト目で見つめてくる。
怪しまれてはいるけど、なんとか誤魔化したようだ。
危ない危ない。まさか、まさか宝条の私服姿に見とれてたなんて……言えるわけがない。
いつも見慣れている制服とは違い、白いワンピースに薄水色のブラウスを合わせた宝条の服装。
シンプルな組み合わせがかえって彼女の桜色の髪を引き立てていて、文句なしに似合っていた。
彼女の前でそれを言葉にすることは出来なかったけど。
 
 
オレと美柑は宝条をつれて商店街を歩き回っていた。
雑貨店に寄ったり、服屋に行ったり、タイヤキを買って食べたりしながらいろんなとこを見て回った。
宝条がどんな反応を見せるか楽しみだったけど、それほど驚いている様子はなかった。
そりゃそうか。いくら宝条が外国人といっても、見るものすべてに目を輝かせてはしゃぎ回る……なんて漫画の中だけの話だ。
ちょっと残念だったけど、宝条が楽しそうにしてくれているだけで今日来た甲斐は十分にあるというものだ。
「ララさん、どこか行きたいところある?」
しばらく歩き回ったところで美柑が宝条に尋ねる。
宝条はあごに人差し指を当て「むー」と変な声を出しながら考え込んだあと、「そうだ」と手を打つ。
「私、水族館に行きたいな♪」
「水族館?」
その言葉を聞いた途端、なにか悪寒のようなものが背筋に走った。
近所にある水族館といえば彩南水族館が有名だ。
ちょうど一年くらい前、オレと美柑と春菜ちゃんで行ったことがある。
なぜそのメンバーになったのかよく覚えていないけど、あまり良い思い出じゃなかったことだけはよく覚えている。
だからあまり気は進まないけど……宝条が行きたいというのなら、それを否定する理由はない。
宝条にこの街を知ってもらうのが今日の目的なのだから。
「水族館か、久しぶりだな~」
美柑も異論はないらしい。
「じゃあ、行くか」
元気よくうなずく二人とともに、オレは水族館へと向かった。
 
「わぁ、魚がいっぱーい!」
「ララさーん、待ってー」
「走ると迷子になるぞー!」
水族館に入った途端走り出してしまった宝条を美柑と二人で追いかける。
やたらと速い。けど館内はそんなに広くないのですぐに追いついた。
宝条は立ち止まってガラスの向こうを優雅に泳ぐ魚たちを目を輝かせて見つめていた。
「綺麗だねー♪」
「そんなに魚好きなのか?」
「うん♪サンマとかアジとかおいしいよね♪」
「食べる方じゃねえよ!」
思わず大声でツッコんでしまった。周りの人たちの視線が痛い。
ていうか、普通にサンマとか食べたことあるんだな。
どこに住んでたんだろう?
聞いてみたいと思ったけど、この前友達のことを聞いたときの宝条の表情を思い出すとどうしてもためらわれてしまう。
向こうで嫌なことがあってこっちに来た……ようには今の宝条からは想像できないけど。
きっといつか、宝条ともっと仲良くなったときに話してくれるかもしれない。
オレに出来るのはこうして宝条の力になりながらその日を待つだけだ。
黙ってそんなことを考えていると、不意に宝条と目が合った。
知らないうちに横顔を見つめてしまっていたらしい。
 
 
「ん?私の顔、何かついてる?」
「い、いや!なんでもない」
慌てて目を逸らすと、視線の先に今度は美柑がいた。
何やら小悪魔の笑みを浮かべている。嫌な予感しかしない。
「な、なんだよ」
「いやー?別にー?」
言葉とは裏腹に美柑はどんどん口元の笑いを深めていく。
チラリと横目で宝条を見やると、少し離れたとこでエイの群れを興味深そうに眺めていた。
それを見計らって美柑が小声で話しかけてくる。
「ララさんってすっごい美人だね。性格もリトが言ってた通り、ちょっと子供っぽいけど明るい感じだし」
「な、なんだよ急に」
「で、いつ告白するの?」
「っ!お、お前な~~~~~~!!」
いきなりなんつーことを言い出すんだ、ウチの妹は。
館内のクーラーで冷やされた頬にまた熱がこもっていく。
「な、なんでオレが宝条に告白なんて……っ」
「なんでって……ララさんのこと好きなんじゃないの?」
「オレと宝条はそんなんじゃっ……大体、会ってからまだちょっとしか経ってないのに……」
そこまで言って、口ごもってしまう。
「別に時間なんて関係ないと思うけどなー。ま、ララさんがあんたに興味持つわけないと思うけど」
美柑が意地悪そうに笑いながらこぼす。
確かにその通りだ。
知り合ってから日が浅いなんてのはただの言い訳だ。
だってオレは、当時ほとんど話したこともなかった春菜ちゃんを好きになったじゃないか。
オレが宝条にそういう気持ちを抱こうとしないのは、もちろん現在進行形で春菜ちゃんが好きというのもある。
見知らぬ土地に来たばかりで(多分)戸惑っている宝条に余計な負担をかけたくないというのもある。
でも、それ以上に。
宝条が初めて学校に来た日、壇上で質問を受ける宝条が言った言葉が、頭の隅に引っかかっていた。
――彼氏はいないけど、好きな人なら――
確かにそんなことを言っていた。
宝条には好きな人がいる。だからオレは宝条を好きになるわけにはいかない。
情けなくもそんなことを考えていた。
黙ってしまったオレを見て美柑もそれ以上は追及してこなかった。
水槽の底のように暗くなっていく思考……そこに光を差したのは宝条の笑顔だった。
「リトリト!あっちでイルカさんのショーだって♪見に行こーよ!」
「ひ、引っ張るなよ」
「美柑も行こっ♪」
「そうだね」
宝条を先頭にイルカコーナーへ向かうオレ達。
この元気と積極さの前ではちょっとくらい沈んでしまった空気も関係ないようだ。
それが今のオレには嬉しくもあり、悩みの種でもあった。
 
 
イルカショーが終わってから外に出ると、陽はすでに西に傾き始めていた。
にぎやかな時間もそろそろ終わりらしい。
美柑が一緒でもうまく案内できるか心配だったけど、宝条の満足げな表情を見る限りそれは杞憂だったようだ。
ショーの間中も宝条はイルカに手を振ったり歓声をあげたりと水族館を満喫している様子だった。
今も美柑と楽しげにテレビの話なんかをしている。
俺はそんな二人の少し後ろを歩いて見守っている。
「あ……」
不意に宝条が足を止めた。
一点を見つめ固まっている。
その視線を追うと、オレも学校帰りにたまに寄ることのあるゲーセンがあった。
店の中だけでなく表にも何台かゲームの筐体が置いてある。
「どうしたの?ララさん」
宝条の視線の先にあるのは、クローゼットくらいの大きさのガラスケースに大量の人形を詰め込んだクレーンゲームだ。
宝条の国じゃこんなのが珍しいんだろうか?
「どれか欲しいのあった?」
「あれ……」
美柑に訊かれて宝条が指差したのは、ウサギが驚いた表情をしているような謎のキャラクターの人形だった。
「あ、かわいー。あれ欲しいの?」
「え?う、うん」
なぜか遠慮がちにうなずく宝条。
それを見た美柑がこちらに視線を向けてくる。やっぱそうなるよな。
「仕方ねーな……あれだな?」
意気揚々と財布から硬貨を取り出す。
何を隠そう、オレは昔からこういったゲームの腕はピカイチなのだ。
慣れた操作でクレーンを操り、目標のウサギ(?)を捉える。
クレーンはウサギの服の端に見事に引っ掛かり、そのまま取り出し口まで運んでいく。
取りにくそうな獲物だったけど、調子が良かったらしく一発成功だ。
「ホント無駄なこと得意だよねー……」
「うるせー。お前が振ったんだろ」
美柑に悪態をつきながら宝条に人形を渡す。
「ほら、宝条」
「あ……う、うん」
宝条が最初に浮かべたのは嬉しいというより驚きといった表情だった。
それから徐々に頬が緩み、喜びを表す微笑みに変わっていく。
「……宝条?」
「あ、ご、ごめんね。これ、うちにあるのとデザイン違いだったから」
「そうなのか。もしかして余計なお世話だったか?」
「ううん、そんなことない。ありがとね、リト♪宝物にするよ」
渡した人形を胸に抱きながらそんなことを言う。
なんというか……照れくさい。クレーンゲームの景品なんてお手軽なものをそんなに大事にされてしまっていいんだろうか。
でも悪い気分じゃない。オレのしたことで宝条がこんなにも喜んでくれる……そのことがただ嬉しかった。
「家にあるのもね、大切な人がくれた宝物なの。あの子ずっとひとりぼっちだったから……友達が増えて嬉しいよ♪」
だからなのかわからないけれど、宝条のその言葉を聞いてオレの胸には小さな穴がぽっかり空いてしまった。
「そう……なんだ」
大切な人――というのが何を指すのかわからない。
家族かもしれないし、親しかった友人かもしれない。
ただの考え過ぎなのかもしれない。
それでも……オレの脳裏を過るのはやはり、教室で聞いたあの言葉だった。
もしかしたら聞き間違いだったのかもしれない。
本当は宝条に好きな人なんていないかもしれないじゃないか。
だから、オレは――
「なあ、宝条」
「ん?なぁに?」
いつもと変わらない笑顔。チクリと胸が痛む。
ほんの少しの間。
用意した言葉を口にしようとする。
 
――大切な人って、誰?
 
 
 
「……今日、楽しかったか?」
「うん!とってもとっても楽しかった♪リトや美柑と遊べて最高の一日だったよ!」
「……そっか。ならよかったよ」
宝条のくれた笑顔に、オレもできる限りの微笑みで返す。
そんな嬉しそうな顔されたら聞けるわけがないだろ。
『大切な人』がもし宝条の好きな人だったら、そいつにはもっと眩しい笑顔を向けているなんて考えたくもなかった。
「……リト?」
黙ってしまったオレに宝条が心配そうな眼差しを向けてくる。
……馬鹿かオレは。オレが好きなのは春菜ちゃんだろ。
だからもし宝条に好きな人がいても関係ない。オレは宝条の友達だから。
宝条が誰かに恋をしているならオレはそれを応援してやればいい。オレは宝条の友達だから。
だから、宝条の大切な人が誰かなんて知る必要もない。オレは宝条の、友達だから。
「なんでもない。そろそろ帰ろうぜ。暗くなる前に」
「むー、もうちょっと遊びたかったけど……」
「またいつでも来ればいいさ。今度は学校のみんなも誘えばいい。きっとみんな宝条と遊びたいと思うぜ」
「そう……かな?」
そうだよ。答えの代わりにニッと笑みを作って歩き出す。
宝条が少しでも早くクラスに馴染めるように手助けをする。
それが隣の席になったオレにできることだ。
明るい宝条ならそんな気遣いは必要ないのかもしれないけど、少しでも力になりたいと思った。
下心なんてものはない。きっと。
 
分かれ道で宝条と別れ、オレと美柑は帰路についた。
宝条がいなくなったところで、オレの様子に気づいていたらしい美柑がささっと隣に寄ってくる。
「リト。もしかしてさっきのこと気にしてる?」
「さっきって?」
「だから、水族館の……あれなら冗談だからさ」
「わかってるよ、勘違いなんてするわけねーって。はやく帰ろうぜ、オレ腹減ったよもう」
言いながらオレは駆け出していた。
納得したはずなのに、なぜか胸が苦しい。鉛を飲み込んだみたいだ。
『え、ちょっ……!だから違、逆だって……つーか走るな!』
後ろで美柑が何かを叫んでいるけど耳に入らなかった。
走らないとおかしなことを口走ってしまいそうだ。
明日は月曜日。また学校が始まる。
きっと宝条は隣の席のオレにいつもの笑顔で声をかけてくれるだろう。
それに応えるために、モヤモヤしたものは今のうちにどこかへ捨て去ってしまいたかった。
口の端からこぼれる荒い息とともに、太陽に焼かれたこの空気の中に流れ出てしまえばいい。そう思った。
 
家に着いてから鍵を美柑が持っていたことに気づいた。
走りすぎて余計に腹が減ったうえに、美柑の怒りを買っておかずも一品減らされた。
テレビも見たいものは見せてもらえず、当番の風呂洗いに加え食後の皿洗いも任されるハメになってしまった。
そんなことがあったせいで、その日はそれ以上宝条のことを考えることもなかった。