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昼休みの幽霊騒動のおかげで、結局放課後まで学校に残されていた面々は、それぞれ帰る準備をしていた
その中の一人、古手川唯は夕暮れの校庭を浮かない顔をしながら歩いている
思えば今日は散々だった。結城リトにお尻を見られ、結城リトに下着を見られ、結城リトに自分の弱さを見られそして――――
「私…結城くんに助けられちゃった……」
あの時、迫り来る人体模型や骸骨から身を挺して自分を守ってくれたリトの意外な一面に、
唯の中でリトに対する考えが少し変わり始めていた
だけどそれは、まだ唯自身も気づかない小さな変化
胸の中にある正体不明のモノにモヤモヤしながら唯は学校を出た

次の日の昼休み、昨日のことがウソの様ないつもの日常に唯は安心した面持ちで本を読んでいた。
友達と呼べる友達もいない唯にとって休み時間は読書タイム
それは風紀活動と同じぐらいかもしれない自分だけの大切な時間
誰にも妨げられない自分だけの世界
だけど今日はその世界に無遠慮に侵入してくる者がいた
「えっと…古手川」
本から目を上げるとバツが悪そうに頭を掻きながらリトが立っていた
「何?」
簡潔でいて冷たい声にリトの体はビクンと震える。思えば初対面からあまりいい印象を与えていなかっただけに尚更言いたいことも言いにくくなってしまう
「…何なの?」
「えっとそのさ…昨日のコトなんだけど……」
「……」
「オレ…古手川の下着とか見たじゃん?だからそのコトを謝ろうと思ってさ…」
唯はリトの言葉に目を丸くさせる。リトの普段とのギャップにとまどいを隠せないでいた
もともと根が真面目なリトだったが、ララが来てからはその言動に振り回されっぱなしなので、唯にいらない誤解をたくさん作っていた。
だからそんなリトの素顔を知らない唯にとってはある意味衝撃だったのだ
「べ、別にアレはあなたのせいじゃないでしょ。…そりゃ見られたことはイヤだけど……」
「だ、だからそれを謝ろうと思ってさ。ホントごめんな古手川!」
リトの真面目で本当に申し訳なさそうな顔を見ていると、何て言葉をかけていいのかわからなくなる。
どんな顔をすればいいのかわからなくなってしまう
唯はぷいっとリトから顔を背けた
「も、もういいわよ…今度から気をつけてくれれば…」
「ホントか?」
「ええ、もう済んだことだしそれに……ワザと見たわけじゃないんでしょ?」
「あたりまえだろ!!そんなの見たかったわけじゃ……」
(そ、そんなの…ですって……)
唯の形のいい眉毛がピクンと動く
「オレだって見たくて見たわけじゃないっていうか……」
リトの一言一言が何故か胸にチクチクと刺さる
「それで古手川ホントに許して……古手川?聞いてるのか?古手……」
「だからもういいって言ってるでしょっ!!」
本を机に叩きつける音と唯の大声にクラス中の視線が二人に集まる
「わ、悪かったよ……じゃあ…」
「……」
去っていくリトの後ろ姿を見ながら、唯は自分がどうしてあんな大声を出したのか考えていた
「私なにしてるのよ……」
答えの出ない呟きは唯の胸に疑問を残していく
そしてソレは、その日の読書も授業の時も唯から根こそぎ集中力を奪っていった

 


放課後、帰り道の途中で唯はリトの姿を見かける。その手にはおいしそうなクレープが握られていて
その光景に唯の表情がきびしくなる
「学校の帰りにあんなモノを買って帰るなんて……っ!」
唯の中では規則は絶対。風紀を乱す者はたとえ誰であろうと容赦はしない
唯は注意しようと交差点の反対側にいるリトへ声をかけようとする
「結…」
「おまたせーリト」
その声はいつものあの明るい声に邪魔をされる。リトといつも一緒にいるララに
「おまえおせーよ!いつまでかかってんだよ」
「ごめんねリト。みんなおしそうだったから全部頼んできちゃった」
手に持った十数枚のクレープに驚いているリト、それに笑いながら謝っているララ
そんな二人の姿に唯は立ち尽くしたまま、じっと二人を見つめていた
声をかけることも、動くこともできなくなる
腕を絡めてくるララに嫌そうな顔をしながらも並んで歩くリトの姿に
知らず知らずの内に唯の眉間に皺が寄っていく
唯はいつの間にか注意をするのも忘れてムッとした顔でリトを見つめていた

「はあぁ~~………」
唯は家に帰るなりベッドに寝転がった。全身に昨日とは違う疲れが満ちている
制服がクシャクシャになるのも構わずうつ伏せのまま枕に顔をうずめる
そうしていると頭に昨日のコトが蘇ってくる

昨日……怪物達が襲い掛かった時、身を挺して守ってくれたあの時
はずみで自分の体を押し倒し体を密着させてしまったリトに、思わず手が出そうになってしまうが出せなかった。
自分を守ってくれたリトの横顔に、腰に回された力強い腕の感触に、そしてリトの真剣な表情に
握り締めた手は宙を彷徨ってしまった
『大丈夫か古手川?』
いつもとは違う真剣な声にありがとうのお礼も言えず黙ってしまったこと
間近で感じたリトの男らしさに胸が一瞬ドキリと高鳴ったこと

「はぁ~~~……」
唯はまた大きな溜め息を吐く。昨日のコトを思い出すだけでどうにかなりそうになる自分にとまどってしまう。どうしてそうなるのかわからない
「結城……リト…」
脳裏にいつもの冴えない顔と昨日の横顔が浮かぶ
いつも問題を起こしては謝っている声と、今日一生懸命謝ってくれた声が浮かぶ
「なんなのよ……いったい!」
唯は誰に対して怒っているのか声を荒げる
「そうよ!そもそも昨日結城くんが私を助けるからいけないんだわ。ま、まあそのおかげで私は無事だったんだけど……」
昨日は結城くんが私を助けてそして……ララさんが西連寺さんを助けて…だけど…
「だけど…どうして結城くん私を助けたの?だって結城くんにはララさんが…それに…」
自分がいつもリトにしているコトが浮かぶ。あの時だって下着を見られたコトに怒ってひどいことをしたのに…なのに………どうして?
「もうっ!どうしてこんなに悩まなくちゃならないのよ!」
問題児に、それも特別でもなんでもないただの一人の生徒に
「問題児か……結城くん、本当のあなたっていったい……」
唯は枕を抱きしめると悶々とリトのことを考え始めた

 


次の日、とにかく一度リトにありがとうのお礼を言おうと朝から言うタイミングを見計らっていた唯だったのだが
昨日怒鳴ってしまった手前、後ろめたさと恥ずかしさとでせっかく一人でいるリトにも話しかけられずにいた
だから授業中もそのことが気になってついリトの方にばかり目がいってしまう
最初こそチラチラ横目で盗み見ていた視線は、しだいにじっと見つめる回数が増えていき、いつしかリトの顔を見ることが習慣になってしまう
(どうしてこんなに気になるのよ……あの時たまたま近くにいたから助けてくれただけじゃない)

だけどもし、もしたまたまじゃなかったら……?もし自分の身を一番に考えてくれたなら……

(ば、バカバカしい!そんなこと……そんなこと…あるはず……)
頭に浮かぶ余計な考えを振り払うと、唯はまたじっとリトの横顔を見つめる
あいかわらず授業に集中しているのかいないのかわからないいつもの呆けた様な顔
「……」
その横顔を見ているといつの間にか授業も忘れて、唯はじっとリトに見とれていた

放課後の掃除の時間、いつもの様に掃除を全然してくれないクラスメイトを尻目に、唯は一人黙々と手を動かしていた
教室の掃除、片付け、ゴミだしからほとんど全てやった唯は校庭の片隅にある芝生を見つけるとその上に、仰向けに寝転がった
こうして目を閉じると嫌なこと不安なことみんな忘れて落ち着いてくる
やがて胸がすーっとなっていく感覚の中で、頭にリトの顔が浮かぶ
いつもならすぐに頭から追い出そうとする唯だったがこの時はそれを受け入れた
そうしていると不思議と胸が高鳴る、心が満ちてくる
(結城くん……)
自分を狂わす人、頭の中にずっと居続ける人、顔を浮かべるだけで胸を苦しくさせる人
(私……結城くんのことが…好きなの……?)
生まれて初めて心にしたその言葉に、唯の顔は自然と赤くなる
唯の手が胸の周りを滑っていく
ドクン、ドクンと鼓動が高くなっていた
リトのことを思うだけで、その名前を呟くだけで鼓動が胸に響く
ゆっくりと胸の奥に染み込んでいく素直な気持ち
そこは、誰にも触れさせたことのない心の奥の秘密の場所
自分しか知らない大事な部分
そして、自分でも知らなかった大切な気持ち
唯は誰にも見せたことのない笑顔を浮かべると、ゆっくりと上体を起こそうと腕に力を入れる。すると
突然自分の顔に影が差す感覚に唯の体が強張る
こんなところで寝ている自分も恥ずかしいが、それよりも今はまったくの無防備な自分に恐怖を覚える
影はゆくっりと唯の方に近づくと顔のあたりでしゃがみ込む
真上から自分の顔を覗き込む様子に怖くて唯は動けなくなる
ギュッと目をつむり汗ばむ手を握り締めることだけ
しばらくすると近づく影の吐息が自分の鼻にかかるのを感じる
(う…そ…でしょ?)
鈍い唯でも本能的にわかってしまうコト。影の喉を鳴らす音に唯の心は悲鳴を上げ始める
(助けて……助けて…助けて結城くん、結城くんっ!)
心の中で唯は何度も何度もリトの名を呼び続ける。それに応えが返ってくるはずもなく影の口が自分の口に近づいてくる感触にビクンと体が震える
――――――結城くんっ……
初めてのキスを奪われるかもしれないショックと、体を支配し続ける恐怖
唯は泣き出しそうになる自分を奮い立たせると、ゆっくりと目を開けて相手を確認しようとする
力で適わなくてもせめて罵声の一つ、拳の一つぐらいは浴びせないと気がすまない
唯の目が薄く開き視界に相手の顔が浮かび上がる

 


(ウ…ソ!?)
相手の姿に唯は自分の目を疑う。それはさっきまで自分が想っていた人、名前を呼び続けた相手
(結城…くん…?)
唇と唇が触れ合う寸前
リトはいっぱいいっぱいなのか目を開いている唯にも気づかずに、顔を真っ赤にさせじっと唯の唇を見つめていた
「ごめん…古手川……」
ぼそりとそう呟くとリトは全力でその場から走り出した。後には何がなんだかわからなくなっている唯だけが取り残された

次の日の学校、普段となにも変わらないリトに唯は複雑な顔を浮かべる
唯はあれから一睡もできなかったばかりか、これからどうしていいのかわからない不安に押し潰されそうになっていた
―――キスをしようとしたってことは少なくても私に好意を抱いてるってこと……よね?
昨日唯が出した結論はそれだけだった。後はリト本人に聞かないことにはわからない
(だけどなんて聞けばいいのよ……)
頭を抱える唯の視線は自然とリトに向けられソレにリトが反応する
絡み合う互いの視線にリトは顔を背け、唯は顔を赤らめる
(なんで、なんで私が顔を赤くしなきゃならないのよ!!)
唯がそう言って本で顔を隠していると、教室のドアが開けられ廊下から大きな声が響く
「結城センパ~イ!いるっスかーっ!!」
眼鏡をかけた下級生に呼ばれるとリトは頭を掻きながらドアへと向かう
「センパイ申し訳ないっス!」
「おまえまだ西連寺のことあきらめてなかったのかよ?」
「違うっス!オレまた新しい恋に進むことに決めたんっス!!それで今日はセンパイにまたお願いがあって来たっス」
「はぁ~…おまえなーこれ以上オレを巻きこむなよな」
(アレって結城くんの後輩……?)
本を読むフリをしながら唯は途切れ途切れに聞こえてくる二人の声に耳を傾ける
平常を装ってはいるが、時々こっちをちらちら見てくるリトに内心は気になって気になってしかたがなかった
(なによ?……なんで私の方を見てくるのよ!?)
やがて話し終えた立花と別れるとリトは溜め息を吐きながら唯の下へと近づく
「えっと…古手川ちょっといいか?」
「……何よ?」
「ここじゃなんだからさちょっとオレに付き合って欲しいんだけど……ダメか?」
唯はリトの言葉を聞き終えると本をカバンにしまって黙って席を立つ
「…いいわよ!それでどこに行くの?」
唯の意外な素直さに驚きつつもリトは唯を連れて廊下へと出る
歩きながらもちらちら後ろを振り返るリトに唯はそっぽを向いて応える
(二人だけで話したいってことってやっぱり昨日の…コトよね……)
思い出すだけでも顔が赤くなる。窓に映ったそんな自分に顔をしかめると唯は毅然と前を向いて歩き出す
前を歩くリトの背中を見つめながら、唯の表情は不安よりも期待に満ちていた

 


二人は誰もいない屋上にやってくると、一言も話すことなくただ向き合っていた
沈黙だけが続き、何か言いたげなリトをそれがよけいに苦しめる
目が泳ぎどう見ても挙動不審になっているリト
そんなリトを前にして唯は、自分の気持ちが妙に昂ぶっていることに気づく
これから始まることへの期待なのか、その顔には薄っすらと赤みが彩る
互いには聞こえない高鳴る心臓の音だけが二人を支配し続けた
しばらくそんな時間だけが過ぎると、リトは意を決したのかギュッと手を握り締めて唯を見つめる。その視線だけで唯の顔はさらに赤みが増していく
「あ、あのさ古手川…ここに来てもらったのはその…大事な話があるからで…」
しどろもどろになりながらも一生懸命話そうとするリトの声を聞き漏らしまいと、唯はじっと耳を傾ける
「それで大事な話っていうのはさ……」
ここにきてリトの顔は赤を通り越して沸騰しそうな色合いになっていく
口をパクパクと動かすだけのリトに唯はいい加減ムッと顔をしかめる
(もうっ!早くしゃべりなさいよね!!)
少し怒った感じの唯の顔にリトは息を呑むと、少し間を置いてから口を動かし始める
「えっと…その…こ、古手川は今その…え~……」
「今何よ…?」
「古手川は…今、好きな人とかいる…?」
「えっ!?∕∕∕」
ドキンっとリトにも聞こえたかもしれないほどの心臓の音が唯から冷静さを奪っていく
「な、な、何よそれ……そんなことあなたには関係……∕∕∕」
唯は赤くなっている顔を隠すようにリトから顔を背ける
「ゆ、結城くんはどうなの?その…好きな人とかいるの?」
「えっ!?オレっ?」
いきなり話をふられたリトは慌てながらも告白していく
「オ、オレは……いる…かな∕∕∕」
「そ、そう…よかったじゃない…」
「あ、ああ…こ、古手川はどうなんだよ?やっぱり…いる…のか?」
唯は腕を組みながら少し考える。その顔は相変わらずそっぽを向いたままだ
「私は……私はいないわよそんなの!だ、だって学生は普通勉強とか部活に一生懸命にならなくちゃ…。
そ、そうよだいたい恋愛なんてハレンチだわっ!」
唯は早口で捲くし立てた後、ちらりと一度リトの顔を見た
リトの顔は緊張、不満、安心、期待がごちゃまぜになった複雑なものになっていた
(な、なによそれ……どうして何も言わないの……?)
唯の促すような視線にもリトは下を向いたまま黙って地面を見つめている
「ちょ…ちょっと結城くん……?」
「あ、ああ…悪い」
リトは顔を上げると少し不安顔になっている唯に無理やりな笑顔を見せると、言葉を続ける
「好きなヤツいないんだな?それじゃあもしよかったら今日の放課後またココに来てくれねえかな?その……話があるからさ…」
言い終えたリトの顔は苦渋に満ちていた
その顔に思わず声をかけようとした唯に背中を向けると、リトは階段へと向かっていく
「ゆ、結城くんちょっと待って!待ちなさい!」
その声を無視するかの様に階段を下りていくリトの姿に何故か唯の胸は締めつけられる
唯は去り際に見せたリトの顔を思い浮かべながら、しばらくその場から動こうとはしなかった

 


放課後、夕暮れの屋上で唯は一人リトを待っていた。あの時見せたリトの顔が今でも忘れられない
悲しそうで、辛そうで、泣き出しそうな俯いたままのリトの顔
(どうしてあんな顔するのよ……)
唯はリトが来るのを待つ
話の続きを聞きたい、リトの顔を見たい、そしてなによりもう一度二人だけで会いたい
逸る自分を落ち着かせようと胸に手を置いて深呼吸をする
と、その時、屋上に続く扉のノブがガチャリと音をたてる
「あっ……ちょ、ちょっと結城くん何してたのよ?遅いじゃない!女の子を待たせるなんて最低だわ!!
せっかく私がこうして来て………あれ?」
扉から現れた人物を確認すると唯の目が点になっていく
「す、すみませんっス古手川センパイ……遅れちゃって申し訳ないっス…」
唯の強気な態度に気圧されたのか立花は体を小さくさせる
「……あなた確か結城くんの…結城くんはどうしたのよ?」
「えっとセンパイはこないっス!古手川センパイに話があるのはオレっスから!」
唯はますます目をパチクリさせて頭の中を整理していく
「ちょっと何言ってるのよ!私は結城くんに呼ばれて……」
「それはオレが結城センパイに頼んで古手川センパイを連れてきてもらったんス!」
「え……?」
唯は言われた言葉の意味が理解できず固まってしまう
「どういう……こと…なの?」
「オレ古手川センパイのこと前から好きだったんス!それで結城センパイにいろいろ協力してもらって……」
「なっ!?なにを言って……」
目の前の少年から告げられた言葉の数々に頭が混乱していく
だけど、それを冷静に理解していくもう一人の自分がいる
今までのリトとの出来事が、唯の頭の中で次々と繋がっていった
「センパイのこと色々聞いたりしてホントに申し訳なかったっス!けどオレずっとセンパイのことが好きで……そのよかったらオレと付き合ってほしいっス!!」
頭を下げる立花を前に唯は俯いた顔を上げようとはしない
その手がギュッと握り締められていく
「……悪いけど私あなたに興味ないから」
唯はそれだけ言うと立花の横を通り過ぎていく。顔を俯かせながらもこれから向かう先は決まっていた
ふらつく足で階段を下り校庭に出ると、探している人物を見つける
「あなたちょっと待ちなさいっ!!!」
校庭の真ん中でララと歩いていたリトはその声に立ち止まる
唯はそれを確認すると息を整える様にゆっくりと歩き出す
リトの前にやって来た唯は相変わらず俯いたままで、その表情を見ることはできない
「古手川?どうしたんだよ?おまえ立花と……」
―――――ぱんッ!!
校庭に痛々しい音が響く
「ゆ、唯!?」
唯の行動に隣にいたララの目が丸くなる
「……あなた最低だわ…」
それだけ言うと、目を丸くしている二人をそのままに唯はその場から逃げるように走り去った
赤くなっている頬に手を添えながら、呆然と唯の後姿を見つめるリトに、ララが心配そうに声をかける
「ねェどうしたのリト?唯…泣いてたよ……?」
「ああ……知ってる……」
消え入りそうな声で応えるとリトは唯が走っていった方をずっと見つめていた
「古手川…オレ……」
一瞬だけ見えた唯の涙に濡れた瞳が、リトの胸に決して消えないモノとなって刻み込まれた

 


唯は走り疲れた体を休めるように公園のベンチに座ると、じんじんと痛むリトを平手打ちした手を見つめる。
その手の平に涙が何度も落ちていく
「私、なに泣いてるのよ…バカじゃないの……」
ハンカチで拭いながらも後から後からこぼれてくる涙に唯の嗚咽が混じる
「私…私……一人で思い詰めて、勝手に好きになって……一人で舞い上がってただけじゃない……」
膝を抱えて俯く唯の頭の中にリトの顔が浮かんでくる
こんな時にまでリトのコトを思ってしまう自分に呆れつつも、唯はあらためて自分のリトへの思いの深さを知る
初めて誰かを好きになったコト
初めて芽生えた感情への戸惑い
不安と期待の中で、お互いの気持ちの奥に触れそうなったコト
そんなこれまでの色んなコトや思いを心の奥底にしまい込むと、唯は俯いていた顔を上げる
相変わらず目は赤くなっていたが、もう涙は流してはいなかった
そしてもう一度自分の手の平を見つめる
「……明日結城くんに謝らなきゃ…」
唯は抱えていた膝を地面に下ろすといつもと同じ毅然とした顔で歩き出す
けれど公園を出る時、一瞬学校の方を振り向いた唯の目は、まだ思いを断ち切れないかの様に悲しく揺らめいていた

翌日の学校、唯はリトが教室に入ってくるのを見つけると椅子から立ち上がりリトの前に行く
「あっ!古手…川……その昨日は…」
「…昨日はぶったりしてごめんなさい…私が悪かったわ」
「あっいや…それはいいんだけど…おまえ…」
「それとあなたの後輩……名前がわからないけどちゃんと断っといて!私、付き合う気全然ないからって…あなたにお願いするわ。それだけよ用事は…」
背中を向けて席に戻ろうとする唯にリトは思い切って声をかける
「古手川っ!!」
リトの声に一瞬足が止まるものの、唯はその声を無視するかのように席へと戻っていった

それから、授業中はもちろん休み時間もリトは唯が気になって気になって仕方がなかった
自然と視線は唯へ向けられるし、何とかがんばって話そうと何度も声をかける
「な、なあ…古手川…」
「……読書の邪魔よ」
冷たい声でリトを邪魔者扱いにする
「古手川昼メシどうするんだ?…よかったら一緒に食べねーか?」
「……」
黙って席を立ち弁当を抱えて一人で教室を出て行く唯に、リトは泣きそうになってしまう
「うぅ……めげねーぞ…これぐらいで…」
その後もリトの唯へのアプローチは続いたが全てからぶりに終わってしまい
そして放課後――――

いつもの様に教室の掃除をしていた唯はふと窓の外に映る光景に目を奪われる
校庭の真ん中に見知った人影。忘れようにもどうすることもできないほど頭に心に深く刻まれた顔
唯はいつのまにか手を止めてじっとその人を見つめてしまう
仲良く帰るいつもの二人を見ていると胸が苦しくなる
もう終わったはずなのに―――もう断ち切ったはずなのに―――
「私まだあなたのこと……」
胸に抱えた気持ちを握り締めるように唯は手にしている箒をギュッと握った

 


校庭の真ん中でリトはララに別れを告げると急いで教室に戻っていく
(謝らないとちゃんと!古手川に……)
階段を廊下を走りながらもリトは昨日の唯の泣き顔を頭に思い浮かべる
(クソっなにやってんだよオレは……)
息を切らせながらも教室の前までやってきたリトはそのままの勢いで扉を開ける
「古手川っ!」
リトの声に振り向く者数人、だけどそこに唯の姿はなく……
「クソっどこに……」
その時リトの脳裏にある場所が浮かぶ
ひょとして……リトは考えるより先にその場所へと走り出した

「これで今日のゴミは全部……」
唯は焼却炉にゴミを入れると思わず溜め息を吐く。掃除にゴミだしに風紀活動の一環としてがんばってはいるもののさすがに一人だとつらい
「誰か一緒にしてくれる人が……」
頭にリトの顔が浮かぶ
「だ、ダメよダメ!結城くんがそんなことしてくれるはずないじゃない」
様々な問題を起こしては衝突してきた二人にとって、唯の中では今でもリトは問題児の一人だ。だけど……
「だけど…もし、もし結城くんと一緒にがんばれたら私……」
そう思うだけでいつものたいへんな活動も楽しくなる、笑顔になる
唯は心の中だけの世界に蓋をすると教室に戻ろうと歩き出す。と、そこに
「お~い古手川―!!」
その声に唯の体はビクンとなる。手をふってこちらに走ってくるリトの姿を確認すると唯は慌てて表情を引き締める
「はぁ、はぁ…探したぜ古手川」
「……なによ?」
リトは唯の前まで来ると息を整えるように一度深呼吸をすると、急に頭を下げた
「えっ?」
「古手川ゴメン!!おまえに色々と迷惑かけて……その泣かして…キズつけたりしてさ……」
「え、えぇ……」
唯は頭がパニックになる。リトのことを勝手に好きなり、勘違いして舞い上がった挙句に平手打ちまでして、悪いのは自分の方なのに
「ちょ、ちょっと結城くんどうして?どうしてあなたが……悪いのは…悪いのは…」
その後の言葉がでてこない。くだらないプライドが唯の本心の邪魔をする
「そんなことねーよ!オレがちゃんとしなかったから、古手川にちゃんと言わなかったから…ホントはあの時屋上でちゃんと言うべきだったんだ……
なのにオレ自分のコトでいっぱいで」
リトは頭を下げながらギュッと拳を握り締める。後悔と反省そして自分への憤りが唯にも伝わってくる
「結城くん頭を上げて、もう本当にいいから、ね?」
リトは頭を上げて唯を見つめる。本当ならもっと謝るべきだと土下座までしようと考えていたぐらいだった。
「古手川…オレを許してくれるのか?」
「許すもなにも結城くんはなにもしてないじゃない」
くすくす笑い出す唯にリトは安堵したのかその顔にようやく笑みが戻ってくる

 


「ホントにゴメンな」
「だからもういいわよ……それよりちゃんと後輩のコに断ってきたの?」
「それなんだけどさ……」
リトは言いにくそうに顔をしかめる
「あいつまだあきらめきれないみたいでさ、それで……」
「嫌よ!私は嫌!絶対に嫌!!だいたい嫌いなのよ…影でこそこそと人の気持ちとかを探るようなマネ
……自分の気持ちなんだからはっきり言えばいいのよ」
言いながらも唯は自分の言葉で自分をキズつけているコトに顔をしかめる
「と、とにかく私はそんな人嫌いだからちゃんと断ってね!もう会うのも嫌よ」
「わ、わかったちゃんと……言っておく」
唯の全力の拒否反応にリトもうろたえる
「じゃ、じゃあオレそろそろ行くな。古手川ホントにもう……いいのか?」
「だからもういいって言ってるじゃない……あっやっぱりちょっと待って!」
唯はたぶんこれが最後かもしれないと感じた
リトに聞きたいコト、聞かなくちゃダメなコト
今までの色んな出来事が唯の頭の中でぐるぐると回りだす
「なんだよ?」
聞きたいコト、聞かなくちゃダメなコト、だけどそれ以上に溢れ出す感情
――――私、結城くんともっと話したい…もっと一緒にいたい…
唯は勇気をふりしぼってリトに一歩近づく
「あ、あのね…その……どうして結城くん私にキ、キ…ス……キスしよう…って……∕∕∕∕」
「え?」
唯にとってこれ以上続きを言うのは耐えられない、リトが不思議そうに見つめてくる視線にはもっと耐えられない
「だからその……ゆ、結城くんどうしてさっきはあんなに必死に謝ってたのかなァって……」
見当違いのことを話す自分に唯は自然と俯きそうになってしまう
「……オレおまえに嫌われたくないからな…」
「えっ!?」
唯はリトの言葉に思わず聞き返してしまう
「なんでもない……今のは忘れてくれ」
(あっ……またあの時の…)
屋上で見せた苦しそうな顔
「それじゃあオレ帰るから古手川も早く帰れよ」
そう言って背中を見せるリトに唯は思わず手を伸ばす。それは唯の無意識の行為
自分の制服をキュッと掴む感触にリトは振り返る
「古手川……?」
俯いた唯の表情はリトからは見えない、だけど唯がひどく悩んでいることだけはわかった
「大丈夫か古手川?」
唯は俯いていた顔を少し上げると少しずつ話し始める。いつもはきりっとしたその黒い瞳は何故か揺らめいていた
「ちゃんと……ちゃんと話してよ!私……私聞くから、聞きたいから結城くんの……コト」
「古手川?……ああそうだな…ちゃんと話さなきゃな」
リトは制服を掴んでいた唯の手を握り締めるとその目を見つめる
「オレおまえのことが古手川のことが好きなんだ……初めて見たときから」
―――――ドクン
ずっと、ずっと思い描いていた言葉
ずっと、ずっと願っていた言葉
ずっと、ずっと欲しかった言葉
なのに、うれしさよりも驚きよりもただ心臓の高鳴りだけが聞こえるコトに唯は不思議な気持ちになる
「だからその古手川と付き合えたらなって思ってて……」
リトの言葉が何故か唯にはとても空虚なモノと感じられた
とても現実とは思えず、唯の表情はぼーっとなる
「それでさ……って聞いてるのかよ古手川?」
唯は目をパチパチさせると現実に帰ってきたかの様にリトの顔をじっと見つめる
「え、ええもちろんよ!ちゃんと聞いてるわ」
「じゃあどうなんだよ?返事」
「そ、それは……」

 


リトは唯の言葉を待つ。人生最大の告白だっただけに今でも心臓がバクバクとなっている
今すぐ逃げ出したい衝動にグッとがまんするリトだったが、次第にその表情にも陰りがさしてくる
唯は下を向いたまま黙っていた。言葉がでてこない、何を話したらいいのかどう言っていいのかわからない
同じ気持ちのはずなのになんて返事をしていいのかわからないでいた
思えば唯の人生においてこれほどまでに一人の男子と共にいたこと、話したこと、お互いの気持ちに触れ合ったことなどなかった
そしてその潔癖さが唯の中の大事な気持ちに殻を作ってしまう
「古手…川?やっぱダメだよな……調子よすぎだよなー…」
沈むリトの顔を見ながら唯は何も言えない自分が情けなくなってくる
――――好きなのに、大好きなのにどうして……どうして私は……
リトは唯の手を離すと無理矢理作った笑顔を向ける
「その悪かったな……いろいろ…オレのコトとか忘れてくれてもいいからさ。あっ立花にはちゃんと伝えていくから心配すんな!
……それじゃあオレこれで帰るから…じゃあな古手川」
背を向けて歩き出すリトに声をかけようとするも声が出ず、手を伸ばそうにも体が動かない
『結城くんが好き』
『私もあなたと同じ…気持ちだから、だから―――』
たったこれだけ、ただ自分の気持ちを相手に告げるだけなのにできない
こんなに好きなのに、こんなに思ってるのに
「私…なにしてるのよ……」
呟きは小さいけれども、それは唯の心の中で大きく響く
今すぐ追いかけていって気持ちを告げることができれば――――
結城くんがそんな私になんて言うのかわからない。わからないけれどこのまま自分の気持ちを告げることもしないで終わるなんて――――
「だけど…もう遅いわよ…もう……」
唯はギュッと目をつむると、それらの大切な思いを心の奥に封じ込めてしまう
「これでいいのよ。これで……だって私、私は……」
自分への言い訳のようにリトへの思いを断ち切ると、唯は背を向けて教室へと歩き出す
唯の心は乱れ彷徨っていた

最後のチャンスかもしれない……
もう結城くんとはこんな風に気持ちを通わせることが出きないかもしれない……
もう結城くんとは今までのような関係ではいられないから……
本当にいいの?それでも?
結城くんとさよならになっても、またいつもの様に一人の時間が来ても……
私本当にこれでいいの?本当にこんな終わり方でいいの?
自分に嘘を、結城くんに嘘の気持ちを伝えたままで……

心の中だけの叫びはいつまでも唯の中で響く
「私…私は……」
唯はリトのぬくもりが残る手をギュッと握り締めた
「結城くん……」

「はぁ~オレフられた……」
校庭を一人とぼとぼと歩くリトの足は重く、その孤独感に泣きそうになってくる
「はぁ……オレ明日からどんな顔で古手川に会えばいいんだ……」
いつもキツイ印象しか与えない唯だったが、何事にも一生懸命取り込むその姿がリトは好きだった。
いつか一緒に風紀活動をしたいだなんて思ったこともあった
「だけど……それも終わったな……」
しょんぼりと背中を小さくするリトの耳に遠くのほうから自分の名前を呼ぶ声に気づく
「結城く~んっ!!」
「え……古手川!?」

 


唯はリトの前まで走ってくると息も絶え絶えに話し始める
「はあ、はあ…ちょっと待ちなさいまだ…私の話し終わって……ないじゃない」
唯は体が落ち着くのを待つと、ゆっくりと深呼吸をするかのように息を吸う
「さっきの返事だけど……結城くん私が屋上で話したコト覚えてる?ほら、高校生は恋愛を……」
「ああ、覚えてるよ。そういや古手川恋愛はハレンチだから無理だって言ってたよな。
なにやってんだよオレ……悪い忘れてた」
「違う!そうじゃなくて…た、確かにソレはそうなんだけど……」
「ん?なにが言いたいんだよ?」
「だから最後まで話を聞きなさい!その……私の風紀活動とかの妨げにならないのなら…考えてあげても……いいかな…って思ったの」
「えっそれって……」
顔を輝かせるリトに唯は慌てて訂正する
「勘違いしないで!あくまでその……友達からのお付き合いだから…変な勘違いしないでね…∕∕∕∕」
「それでもいい!全然いいよっ!!」
喜びを爆発させるリトは思わず唯の両手を握り締めてその場ではしゃいでしまう
「ちょ、ちょっとだから変な勘違いを……ってもうっ聞いてるの結城くん?」
それは都合のいいコトなのかもしれない
我がままな言い方なのかもしれない
唯は顔をほころばせているリトを恐る恐る見つめる
本当のことを言わなくては、ちゃんと自分の気持ちを伝えるためにここに来たのだから
「ゆ、結城くんわた…私本当はねその……」
口をもごもごと動かすだけ唯にリトは怪訝な顔をするが、すぐに笑みを浮かべる
「その…古手川の本当の気持ちとかはまだよくわかんねーけどさ、その、自分のホントのコトとか気持ちとか誰かに言うのってすげー大変なことだと思う。
オレだって古手川に全部の気持ち言えたわけじゃないからさ……その、うまく言えないけど気にするなよな!」
「え?」
リトの言葉に唯は短く応えることしかできないでいた
「オレ達今は友…達っていう関係だけどさ、これから先ちょっとずつお互いのことわかっていけばいいじゃん?いきなり全部わかるわけないしさ、
それに…いきなり全部わかったらおもしろくないっていうか…ちょっとずつわかるからいいわけで…。ってオレなに言ってんだ」
リトは唯の両手をギュッと握り締めると早口で思いを告げる
「とにかく気にすんな!オレ古手川のことホントに好きだからさ!今はムリでもこの先……////」
それ以上言葉が続かないリトを唯はただ黙って見つめる
――――本当にいいの?こんな私で……
心の中だけで呟いた思いを飲み込むと、唯はリトから顔を背ける
「そ…そんなことわかってるわよ!だから友達からって言ったんじゃない?あなたちゃんと私の話し聞いてたの?」
少し怒った感じの唯にリトは慌てて首を振る
「まったくもうっ!それより結城くん、手…いつまで握ってるのよ?」
「え!?あっ!悪いっ」
顔を真っ赤にしながら慌てて手を引っ込めるリトを唯はじっと見つめる
「まったく…」
唯はリトに悪態をつきながらも、手に残るリトのぬくもりを確かめる様に視線を落とす
「古手川?どうしたんだよ?」
「なっ、なんでもないわよ!それより下校時間とっくに過ぎてるんだから早く帰るわよっ!」
その場から逃げるように歩き出す唯の後をリトが追いかける

今は並んで歩くことも、本当の気持ちを通い合わせることもできない、できないけれど
いつか、いつかそんな日が来るといいな

唯はそんな自分に一人くすっと笑うとリトに振り返る
「ほら、早くしないと置いていくわよ結城くん」
振り返った唯の顔はどこかやさしくて、そして、幸せそうに笑っていた