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トラブル41『チョコっとパニック』あるいは第2話


「……っ、はぁ…はぁ…」
「お、おい…?」

結城リトは困惑していた。
黒衣の少女がその小さい口に何かを入れたかと思えば、彼女の顔の赤みが増し、息が荒くなったのだ。
最初は薬か何かかと思ったのだが、こうなると毒でも飲んだのかと思わざるを得ない。
まあ、ある意味ではその推測は間違いではないのが…
リトの心配を他所に、少女の様子は刻々と悪化していく一方だ。
戦いを糧にしている者とは思えないほどの滑らかな肌からは玉のような汗がポツポツと浮かび始めている。
薄らと開かれた瞳は潤み始め、右手はぎゅっと胸元を苦しそうに握り締める。
その苦悶の表情は幼い容姿ながらもとても色っぽく、リトは思わずドキドキしてしまう。

「と、とにかく御門先生を――ってうわっ!?」

どさっ!
少女から離れようとしていたリトの身体がほっそりとした手に引かれて逆に引き寄せられる。
不意を疲れた形になったリトは少女のなすがままにベッドへと倒れこむ。
当然、向かい合っていた少女もその勢いのまま仰向けに倒れこみ。
少女の身体を押し倒すような形が完成していた。

「う、うわわっ!? ゴ、ゴメン! 今離れっ」
「ダメ…逃げないで、下さい」
「え、え、ええっ!?」

殴られるかもしれないという恐怖と女の子を押し倒しているという気まずさに身を引こうとした
リトの身体が再度少女の手によって引き寄せられる。
それによって二人の距離は縮まり、顔と顔がお互いの吐息を感じられるほどの距離になってしまう。
だが、少女の暴挙はそれだけでは終わらない。
捕まれていたリトの手はそろそろと胸元へと誘導され――

「…ここが、熱くて…苦しい…んっ、です」
「って、ここここここ金色の闇、お前一体何をーっ!?」
「ヤミ、と呼んでくださって結構です……はぁ…っ、貴方の手、気持ちいいです」
「……ななななな!?」

形容しがたい表情でリトは混乱した。
自分の右手は今、少女の胸を掴んでいる。
自らの意思によることではない、少女自身が誘導して行わせた行動の結果なのだ。
だが、少なくとも少女はこういったことをする女の子ではないはず。

(いいい、一体これは……で、でも柔らか…っていかん、何を考えているんだ俺……あっ、あれは!?)

かさり、と少女の傍に零れ落ちた小さな透明の袋。
その中身を見た瞬間、リトは全てを理解した。
袋の中に入っていたのは見覚えのあるハート型のチョコだったのだ。

「コイツもこれ食べてたのか!? どおりで様子がおかしいと…と、とにかく離れないと! ゴメン!」

朝方、身をもってそのチョコレートの威力を体験しているリトは危機感に煽られる。
このままではヤバイ、その一念でリトは渾身の力を込めて脱出を図った。
少女に謝罪しながら、というのがなんともこの少年らしいが…
ギッ、ギギッ。
リトの身体は数センチも動くことはなかった。
精々がベッドのスプリングがきしんだくらいだ。
どういうわけだといぶかしんだ瞬間、リトは気がつく。
四肢が何かに拘束されているのだ。

「な、なんだ…って、ええーっ!?」
「逃げてはいけませ…んっ」
「ちょっ、はな、放してくれっ!」
「嫌、です」

リトの身体を拘束しているのは手の形に変身したヤミの髪だった。
トランス能力。
つい先日知ったばかりの少女の能力だが、この状況での発動はリトにとっては最悪だった。
何せ四肢がガッチリと捕獲されてしまって動けない。
春菜の誘惑の時とは違い、自分の意思だけではどうにもならないのだ。

「あ…っ」
「おわあっ!?」

ふにょんふにょん。
ジタバタと暴れた結果、リトの手がヤミの胸を揉んでしまう。
純情な少年は動かすまい動かすまいと念じているのだが、手を全く動かさずにとめておくなどということは不可能だ。
どうしてもピクピクと反応で動いてしまう指が少女のふくらみに沈んでいく。

「ふぁ…ぁん…」
「う、うわ…うわ…」

手から伝わってくる柔らかな感触と、耳から入ってくる少女の喘ぎ声にリトは赤面する。
元々エロ本はおろか女の子の水着姿にすら赤面するほどリトは純情なのだ。
見た目が年下といえども、女の子の胸を揉んで困惑しないはずがない。
だが、ヤミはそんなリトの様子に構わず自身の手をゆっくりと下へと下げていく。

「結城リト…」
「は、はははい!」
「熱いんです…お腹も…その、下も」
「し、下? って、わーっ!?」

少女の言葉に思わず視線を下げたリトの絶叫が響き渡る。
なんとヤミは自分のスカートをたくし上げていたのだ。
黒衣のスカートは元々とても短いだけに少し捲るだけで中身が露出してしまう。
リトの視界に純白の布地と火照った肉付きの良い太ももが飛び込んでくる。

「お、おいヤミ! 何してるんだよ、隠せ、それ隠せって!」
「それって、何ですか…?」
「だから、そのパパパ……」
「んっ……ここも、触って…」
「ヘアッ!?」

刺激的な光景に動揺するリトの空いていた手を掴んだヤミはそれを自分の股間へと導いた。
ふにっ。
ショーツの布感と、その下の肌の感触がリトの手に伝わる。

「んな、なななな…っ」
「ハァ……ハァ…結城、リト…」

自分の名を呼ぶ少女のとる行動にリトは翻弄されっぱなしだった。
右手は胸に、左手は股間に導かれ、傍目には情事突入状態。
だが、拘束されているリトにその場を脱出する術はない。
いや、それどころか両手から伝わってくる感触に彼の脳はヒート寸前なのだ。

(右手は柔らかかくて、左手はなんか熱くて…お、女の子ってこんな……だ、駄目だ駄目だ!)

ぶんぶんと頭を振ってどうにか煩悩を追い出そうとするリト。
しかし彼の身体は意思とは裏腹に女の子の身体をしっかり味わうべく神経を集中していた。
今リトの指は高感度のセンサーともいえるのだ。
本人にその意思はなくても、男の本能が女体の感触を記憶しようと躍起になる。
鉄の意志を裏切り、指先がそろそろと僅かに震え、少女の敏感な部分を撫でさすっていく。

「んはっ…んんぅ…」

理性と本能がせめぎあっているためその指使いは愛撫というには程遠い稚拙さしかない。
だが、催淫効果に犯された今のヤミにはそれでも十分だった。
少年の指が動くたびにピクンピクンと少女の身体が跳ね踊っていく。
既に瞳はとろとろに潤み、普通の男ならば、理性を決壊させていてもおかしくはない状態だ。
だがしかし。
結城リトという少年は普通ではなかった。

「――ヤミ! しっかりしろ! こんな、こんなのは駄目だ!」
「はぁっ…どうして、ですか? だってあなたのココもこんなになっているではないですか…」
「え、あ、わっ!」

少女の視線に導かれ、自分の股間を見下ろしたリトは狼狽した声を上げる。
ズボンを押し上げるように膨らんだ股間。
紛れもなく、少年の怒張だった。

「こ、これは…その…」

如何にリトが純情な少年といえども、病気でも不能でもない以上少女の痴態を見て反応しないはずがなかった。
目の前の少女にそれを見られた恥ずかしさからリトは思わず目をそらしてしまう。
だが、それがいけなかった。
次の瞬間、ヤミはリトの股間にそっと手を触れさせてきたのだ。

「はぅっ…!?」
「ん…熱い、ですね…はぁっ…」

ズボンを突き破らんばかりに猛っていた息子に手を当てられてリトは盛大に仰け反ってしまう。
だが、身体を固定されている状態では身体を離すことは叶わない。
すりすりとズボンの上から急所を撫でられ、リトの口から声にならないうめきが漏れていく。

「うぁっ…駄目だっ、ヤミ! こんなことしちゃ駄目だ!」
「どうしてですか?」
「どうしてって…その、こういうのは好きあってる男女がするものだろ!?」

リトは必死だった。
今のところ理性が上回っているものの、このままではどうにかなってしまいそうなのだ。
ヤミのことが嫌いというわけではない。
可愛いし、出会った時からどこか気になる存在でもある。
だが、それとこれとは話が別だ。
薬の効果でこんなことになってしまうなど、認められるはずもない。

「お前は今、薬の効果でこんな風になってるだけなんだ! このままじゃ正気に戻った時に後悔するぞ!」
「…あなたは、私のことが嫌いなのですか?」
「嫌いじゃない! だけど…!」
「なら、問題ありません。んっ…何故なら、私は……はぁっ、あなたのこと…」

そこでヤミは口を閉じて目をつぶった。
瞬間、リトは憤りも春菜やララのことも忘れて少女の顔に見入ってしまう。
そっと閉じられた瞳。
ピンク色に火照った唇とそこから微かにもれる吐息。
薄らと赤く染まった頬。
美少女と形容して全く問題のない女の子の無防備な顔がリトの視界を埋め尽くす。

「う、うぁ…」

ドクドクとリトの心臓が跳ねる。
正直、見惚れたといってしまってもよかった。
初めて春菜と出会ったときのような、いや、あるいはそれを上回っているかもしれない胸の鼓動。
駄目だとわかっているのに目が放せない。
唇に視線が吸い寄せられていく。
どちらかというと鈍感に分類されるリトだが、少女の意図は明白だった。
間違いなく、キスをねだられている。

「ん…」

ゆっくりとヤミの顔が近づいてくる。
頭は固定されて動かすことができない。
既に残った距離は数センチ。
リトは反射的に目を閉じ、そして。

「あ、あれ?」
「……」

待つこと数秒、唇に触れる感触はなかった。
怪訝に思ったリトが目を開けると、そこには同じく目を開いている黒衣の少女の姿。
その吸い込まれるような真紅の瞳は驚愕に見開かれている。
潤んでいた瞳は正気の光を宿し、淫蕩に火照っていた頬は羞恥の赤に染まり直されようとしている。

「や、ヤミ? 元に戻ったの…か?」
「結城リト…」
「はい?」

思わず間抜けな声を上げてしまったリトの顔が恐怖に引きつった。
少女の背後の『ゴゴゴ…』という効果音を見てしまったのだ。
目に見えないプレッシャーが周囲に渦巻いていく。
もはや想像するまでもない、目の前の少女は怒りに震えている。

「…ふ、ふぁっ?」

ビクッ!
怒りに身を任せようとしていたヤミの身体がぴくんと跳ねた。
先に述べておくと、リトに罪はない。
拘束が解除され、少年はただ身を引こうとしただけ。
その際、触れていた両手が強く動いたからといってもそれは仕方がないこと。
ただ、両手の位置が少女の胸と股間にあっただけなのだ。
とはいえ、そんなことは少女には関係がなかった。
恥ずかしい場所を触られ、見られてしまったのは事実。
更にリトに不幸だったのは、ヤミが今までのことを全て覚えているということだった。
本来、薬の効果が切れれば効果中の記憶は消え去る。
だが、ヤミの身体は毒に耐性があったせいか、記憶が残ってしまったのだ。
見る見るうちに、少女の表情が無表情に凍っていく。

「死んでください」

端的に一言。
リトの命運はここに定まった。

「……ドクターミカド。今度あった時はきっちりと話をつける必要がありそうですね」

無残に破壊された保健室の中、事情を聞いたヤミは暗い笑みを浮かべていた。
真っ二つに切れたベッドの狭間に倒れこんでいるリトは大粒の冷や汗を流す。
御門先生逃げてー! と心の中で叫んだのがよかったのか、部屋の主が帰ってくる様子はないようだが。

「事情はわかりました。私にも非があったようですね」
「いや、俺に責任はないんじゃ…ていうかこうなる前に事情を聞いてほしかったというか」
「何か?」

髪を刃物にトランスして突きつけてくるヤミにリトはなんでもありませんと頭を横に振る。
迂闊なことを言えば殺されてしまいそうな雰囲気だ。

「まあ、事情が事情ですし、私に行った数々の狼藉は許してあげましょう」
「そ、それはどうも…」
「しかし、次はありません。それと、先程のことを思い出すのも許しません。いいですね?」
「はいっ!」

ギラリ、と殺気のこめられた視線にリトは気をつけの体勢で肯定の意を示す。
それを見たヤミはリトに目もくれず保健室を出て行こうとし、ふと立ち止まり振り返った。
次の刹那、リトの額に小さな箱が命中する。

「痛っ」
「…それ、あげます」
「あげ、え? これ…?」
「チョコです。今日はバレンタインという日だそうですから」
「お、俺にくれるのか!?」
「いらないのですか?」
「い、いやそんなことはない! サ、サンキューな!」

とんだハプニングの後だったが、女の子からチョコレートをもらって嬉しくないはずがない。
相手は自分を殺そうとしている娘だが、それでもお礼を言う辺りが結城リトという少年の美点なのだろう。
そんな少年の態度に、呆れを

「では…」

そして微かな胸のうずきを覚えながらヤミはそっと保健室の扉を閉めた。

「そういや、まともに女の子からチョコもらったのってはじめてかも…」

ボロボロの保健室でリトは一人つぶやいた。
今までは精々妹の美柑からもらう程度だったし、今年は春菜からももらえたが、真っ当にもらえたというわけでもない。
ララからはまだもらっていないが、彼女の場合はバレンタインそのものを勘違いしている。
そういう意味では、手元にあるチョコが初めてのチョコといえるのだ。
勿論、ヤミの性格からして義理チョコであることは間違いないのだが。

「やべ、それでも嬉しいかも…」

女の子、それもとびきりの美少女からのチョコ。
過程はどうあれ、春菜からもらえたチョコもある。
数字に換算すれば二個だが、人生初の快挙にリトは喜びを露わにする。
しかし、彼は気がついていなかった。
喜びに隠れ、無意識とはいえ、春菜からのチョコとヤミからのチョコを同格扱いしたことの意味に。
まだ、気がついていなかった。



「……ふぅ」

足早に学園の門を潜る。
ヤミは少しでも早くリトから離れたかった。
別に彼の傍にいることが嫌というわけではない。
ただ、なんとなく彼の顔を見ると落ち着かなかったのだ。
それは先程までの痴態からくる気まずさのせいなのだろう、そう少女は思い込んでいた。

「嬉しそう、でしたね」

確かに自分からのチョコに彼は喜んでいた。
なんて単純な、と冷静な心はリトを侮蔑する。
だが、それとは違う心がそのことに嬉しさを覚えていた。

「…っ! もう、薬の効果は切れているはず」

だから気のせいなのだ。
少年の嬉しそうな笑顔を見た時、とくんと高鳴った胸の鼓動なんて――
無性に鯛焼きが食べたい、少女は頭に浮かぶ少年の顔を振り払いながらそう思った。