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席替えから1カ月が過ぎ、期末テストが1週間後に迫ってきている。
4時間目の教室では数学の授業が展開されている。
それまでロクに授業を聞いていなかった者たちが耳を傾け始め、
諦めている者、テストなどどうでもいい者は寝てしまうので、
授業中の生徒間の話し声が極端に少なくなっている。

リトはと言えば、ようやく父親の手伝いが一段落したところだが、
一難去ってまた一難とはこのことだ。

(ぜんっぜん分からん・・・)
リトの顔を絵にしたなら、目は細められ
顔の右半分には縦線が数本入っていることだろう。
(いつもギリギリで赤は逃れてきたけど、今回はヤバイかも・・・)

もともとリトはそんなに出来がいい方ではない。
しかも今回に関しては、授業中は常に睡魔との闘いだったのでほとんど理解していないのだ。
眠気を誤魔化そうと思いノートを取ったりもしたが今改めてみてみると、
そこには文字として成立していない物体が描かれているだけだった。

リトは今更ノートを取るのも馬鹿らしくなってぼんやりと窓側へと視線を向ける。
視界に入ってくるのは小さな顔、そして艶やかな黒髪。

超真面目型の隣人、古手川唯である。
涼しげではあるが真剣な表情で前方をまっすぐに見つめている唯の横顔に、
リトの心臓が一段ギアをあげる。
(って、何ドキドキしてんだ、俺は///)
リトは目線を逸らし自分でツッコミを入れるが、そうなってしまうのも無理はない。
唯の横顔はまるで彫刻のように美しかったのだから。



数分の後、ようやく呼吸が収まった頃だ。
授業は終盤に差し掛かっていた。
隣でカチャカチャと音がするのでどうしたのかと見てみると、
唯は筆箱の中に手を入れて何かを探しているようだ。


(おかしいな。お家に置いてきちゃったのかしら)
唯はわずかに眉を寄せ、少し困ったような表情になっている。
探しているのは消しゴムだ。
唯は一般的に筆箱と言われる物を、2種類持ち歩いている。
1つはワインカラーの小型のファスナーペンケースで、
シャープペン、赤ボールペン等必要最低限のもののみが入っており、唯は学校ではこれを主に使っている。
そして今ゴソゴソとしているのはもう1つのほうで、ポーチのような大きめの筆箱だ。
こちらには筆記具だけでなく、ホッチキスやセロテープなども常備している。
色は薄ピンクで、白や黄色の花びらがところどころに散らされた、シンプルながら可愛らしいデザインだ。

唯はいつものようにノートの書き間違えを修正しようとして
小さいほうへ手を伸ばしたのだが、見つからない。
どうやら3時間目に音楽室に移動した際においてきてしまったらしい。
しかし普段唯は2つの筆箱それぞれに消しゴムを保管している。
そこで今度は大きいほうを探してみたのだが、またしても見つからない。
(昨夜お家で使った後戻すのを忘れたのね。減点だわ)
ちなみに唯が日頃から予習復習を欠かさないのは言うまでもない。
仕方がないので後で修正するかと思ったそのとき、
スッと横から手が差し出された。
掌の上には消しゴムと一枚の紙切れ。
紙切れには一言、”使えよ”と書かれていた。

リトがわざわざ口に出さず、紙に書いたのにはいくつか理由がある。
1つは数学教師が厳しいためで、テスト前ともなれば輪をかけて、である。
2つめは口に出したら唯は素直に受け入れてくれないような気がしたから。
それで言い合いになってしまわないとも限らない。
リトは自身が怒られるのは構わないが、
もし唯まで怒られることになったらそれは本意ではない。
3つめは・・・、もういいか。話を進めよう。

唯はキョトンとした表情でそれらを受け取る。
視界に飛び込んでくるリトの文字。
決して達筆ではないし、飾り気のないわずか3文字ではあるが、
どことなく優しさが滲み出ているように感じてしまう。
唯の顔にゆっくりと赤みがさした。


唯はリトが隣にいることに少しずつ慣れてきて、
席替えをした直後のようにどうしようもなく取り乱してしまうことはなくなった。
それでも席替えする以前と同じようにリトを度々叱っているし、
たまに見せられるリトの優しさを、素直に受け入れられないままだ。

でも今は、リトの厚意を素直に受け入れることができそうな気がした。
言葉ではなく、文字でのやりとりでなら。
唯は借りた消しゴムを使うのも忘れて、少しあわててメモ帳を鞄から取り出すと、
一枚ちぎって書き始める。
”ありがとう”
と、こちらも短くシンプルに、しかしできるだけ心を込めてそう記し、
先生が黒板を向いた隙にリトの机の上へとそれを送る。
リトはそれを読み終えると、自分の予想通りだったこともあり、小さく心の中で笑った。
そしてもう授業に集中しているであろう唯の方へと視線を向けると、
唯はリトの反応が気になるのか、手元も動かさずにチラチラとこちらの様子を伺っている。
そんな唯に対して、リトはニカッと満面の笑みを見せる。

ドキッ。


一瞬、息が止まってしまう。
唯はリトのこの笑顔に弱いのだ。
狙ってやっているのではなく、本人は無意識なのが余計にタチが悪い。
チラ見だったから良かったものの、
直撃をくらっていたらお弁当が口に入らなくなっていたかもしれない。

一方リトはというと、鈍感な自分でも分かるくらいに
顔を真っ赤にした唯を見て、思わずにやついてしまう。
するとリトの机に2枚目の紙切れが飛んできた。
”何笑ってるのよ”
リトは唯の横書きの小さな文字のすぐ下に書き記す。
”古手川がよろこんでくれたのがうれしくてさ”
いつもなら怒ってしまいそうな言葉も、今はなぜか自然に受け止められた。
3枚目のメモ書き。
”何かお礼をするわ”
これは素直になるとかではなく、単に唯がデフォルトで善人なだけかもしれない。
”いいって、そんなの。たかか消しゴムで”
そしてデフォルト善人がもう一人。
普通唯ほどの美少女からのお礼なら、何も考えずに貰うだろうが!
”お礼するわ”
”いいってば”
”お礼する!”
”いいっての!”
”する!”
”いらない!”
メモの裏面へと攻防が移ったところで、唯はリトをキッと睨み付ける。
もちろん本気で怒っているわけではないが、
その顔には「私は絶対折れない」と書いてあった。
こうなると結局はリトが折れるわけで。
敗北を認めるかのようなため息がリトの口から漏れた。

するとその直後だ。
”何してほしいかいいなさい”
唯はメモを渡すとリトを無視するようにそっぽを向く。
一方、受け取ったリトは・・・。
(おいおい、これだと何でもしてくれるみたいじゃねーかよ)
リトの妄想タイムの始まりである。
(もしかしたらあんなことも・・・、こんなことも・・・///)
前髪を指先でいじりながら、リトの妄想は飛躍していく。




(って、こんなことしたら「ハレンチな!!」てぶっ飛ばされるっての!)
妄想タイム終了ーーー。

(やれやれ、古手川のやつ、たかが消しゴム借りたくらいでお礼なんて・・・。
ナチュラルでいい奴すぎるんだよなー)
自分のことは棚に上げてリトはそんなことを考える。
いや、リトの場合そもそも自覚していないので棚に上げるというのも変なのか。
(古手川に頼み・・・。古手川が凄いこと・・・)
そのとき、リトの頭上に豆電球マークが現れた。
(あるじゃん。絶好の頼みごとが!)
リトは唯に頼みごとを添えて紙切れを返す。
唯はそれを、期待と不安が入り混じったような表情で受け取る。
”勉強教えてくれ。今日の放課後から、図書室で”
ようやく元に戻りつつあった唯の顔色があっという間に染まっていく。
(それって結城君と二人っきりで!?今日からっていつまで!?
だいたい私、誰かに教えてことなんてないし・・・///)
予想外のお願いに、唯は完全に混乱している。
リトの方へと視線を向けると、その両の瞳が真っ直ぐにこちらを見ている。
リトの口元が「ダメか?」と動いた。

キーンコーンカーンカーン

そのとき授業終了のチャイムが鳴った。
唯は無言で席を立つと、
リトの横を少し過ぎたところで立ち止まり、小さく言った。
「ビシビシいくからね!結城君///」

こうして二人だけの勉強会が始まることとなった―――



p.s. 消しゴムを借りて以降、唯はリトとのやりとりに夢中だったので
ノートが取れず、翌日春菜に写させてもらうことになる。