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「それじゃあ、風邪など引かないよう気をつけてください」
骨川先生の言葉でホームルームが終了する。

「リトー、かえろー!!」

効果音をつけるなら間違いなくピョーンだ、
といった感じでララが飛び跳ねながらやってきた。
その瞬間、自分が声を掛けられた訳ではないのに唯の体がビクッと震える。


そう、この後には一大イベント(?)が控えている。
リトとの勉強会が。
しかし勉強会といっても決まっているのは日時が今日で、場所が図書室ということだけ。
となると、ここでのリトの反応は唯にとってとても気になることなのだ。

5時間目も6時間目も唯は放課後のことで頭がいっぱいで、
先生に指された際も周囲から多数の視線を向けられて初めて気づく有様だった。
だから唯は、リトに背を向けて教科書やノートを机から鞄の中へと移す作業をしながらも、
しっかりと耳に意識を集中させていた。

リトはというと、少し困ったような笑顔を浮かべてララに返答する。
「わり、今日はちょっと残ってくから。先に帰ってくれ」

リトの言葉を聞いて、唯の両手が無意識にキュッと握り締められた。


一方ララはキョトンとした表情だ。
リトが放課後学校に残るなんて滅多にあることではないから、当然といえば当然の反応である。
「えっ、何でー?」
リトは目線を合わせず、頬をポリポリとかきながら言葉を返す。
「ちょっと勉強していこうかと思ってな」
「リトが勉強ー??」
ララはもともと大きな瞳をさらに見開き、心底驚いたという表情をする。
「そこまで驚かんでも・・・」
リトは苦笑する。
(だいたい俺がますます勉強しなくなったのはララが現れてからなんだがな・・・)
リトがそんなことを考えているとは知らないララ。
「でも、勉強だったら家に帰ってからでもできるじゃない」
「うっ」
痛いところを突かれた。
そもそもリトが図書室を指定したのは、静かに勉強ができそうだという理由からである。
家に帰ればララがパタパタと動き回って騒ぎに巻き込まれ、
それを美柑にからかわれることになる可能性が非常に高い。
何せ結城家の「トラブル率」は半端ではないのだ。
が、本人を前にしてそんなことは言えないので言葉に詰まってしまう。
「それに、勉強だったらわたしが教えてあげるよ♪」
とララは明るく言って、満開の花のような笑顔を見せる。


そんな二人のやりとりに、嬉しさで握り締められたはずの唯の両手はワナワナと震え始めていた。
(結城君ったら、自分から頼んできたくせに!結局ララさんの方がいいの?)


確かに勉強を教えてくれと頼んだのはリトだが、
元をただせば唯が何でもしてほしいことを言えと言ったからこうなったのだ。
しかし今の唯には順序だててそんなことを考えることはできない。


(どうして好きな人にそんなに自然な笑顔を見せられるの?)
(結城君は困ってるはずなのに、どうして少し嬉しそうなの?)


唯の胸の中には焼け付くような感情が渦巻いているから。
初めて感じる、いや、初めてしっかりと自覚する、強烈な嫉妬心―――。


唯の感情は今にも爆発しそうだった。
一刻も早くこの場を去りたい。
鞄に手を伸ばそうとしたとき、リトの言葉が聞こえた。
「実は一緒に勉強しようって友達と約束してるんだよ」
伸ばしかけた手がピタリと止まり、ハッとした表情でリトのほうを振り向いてしまう。
リトは目を泳がせていたが、その意識はララではなく、そして唯でもない別の誰かを探していた。

(西蓮寺さん・・・か)
唯の表情が曇る。
胸を小さい針で断続的に刺されているような感覚。


リトとララの会話は続く。
「友達って?」
興味津々、というよりもやや訝しげにララは聞いてくる。
リトの男友達に勉強熱心な者などいない。
春菜の姿はすでに教室にはなかった。
いつの間にかリトの表情がややホッとしたものになっていることに、唯は気づいていた。
「と、友達は友達だよ。それより早く帰らないと、お気に入りのアニメはじまっちまうぞ?」
苦し紛れな言い訳だったが、ララには効果覿面だった。
「あっ、そうだったーー!!じゃあ今日は先に帰るね」
言うやいなやあっという間に遠ざかっていくララの背中を、
リトは安堵と苦笑の混ざったため息とともに見送った。
(ふう、何とかなったな)


いつの間にか教室にいる人はまばらになっている。
っていうか皆、掃除はどうしたよ・・・
ま、いいや、勉強勉強。リトは気合を入れてから、唯へと声を掛ける。
「古手川、行こうぜ」
「・・・・・・」

反応が返ってこない。
「古手川?」
唯は無言のまま教室を出て行ってしまう。
ポツン、と取り残されるリト。

(俺、また何かやらかしたのか?)
フリーズするリト。
もはや呆れるのを通り越すほどの鈍さだ。
こと恋愛において、リトに対して遠まわしな表現は無意味といえるだろう。

しばらくすると、教室を出て行った唯がドアのところからこっちを睨んでいる。
(早くしろってことなのか?)
リトが慌てて教室を出ると、唯は後ろ手に鞄を持ちスタスタと先を歩いていく。
二人の距離は1メートルほどだ。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

全く会話のないまま図書室へと到着してしまう。
しかしリトは内心ホッとしていた。
(このまま帰っちゃうのかと思ったけど、勉強見てもらえるみたいだ)

二人は図書室へと入っていく。
図書室内にはほとんど生徒の姿はなかった。
リトは普段図書室に全くといっていいほど来ないためいつもより多いのか少ないのかよく分からないが、
テスト前の図書室は想像していたよりもずっと閑散としていた。

リトがキョロキョロしている間に、唯は司書さんと一言二言言葉を交わすと、
なにかを受け取って戻ってきた。
その表情はまだ不機嫌なままだ。
リトにはその原因がさっぱり分からない。
「・・・行くわよ」
「行くって、どこに?」
問いには答えず、唯はまた先を歩き出す。
無視されているにもかかわらず、リトは律儀に唯と1メートルの距離を保って後を追う。
二人は図書室の中を真っ直ぐに最奥まで進むと右に曲がる。
その先にはパッと見ではサウナのような、木でできた扉つきの小部屋が合った。
ちょうど目線の高さに「学習室」の文字。
唯が先程司書と話していたのは、この部屋を借りる手続きについてのことだったのだろう。


唯が開錠してドアを開け、二人はリト、唯の順に部屋に入る。
部屋の広さは3畳ほどだろうか。
中央に大きめのテーブルがあり、
4人分の椅子が2脚ずつ向かい合わせで置かれている他には何もない。
「こんなところがあったんだ・・・」
リトはもちろん、この部屋に来るのは初めてだ。
部屋を見回した後、入り口から一番近い椅子に座る。


唯はリトの反対側へと回ると、リトの正面の椅子を引いた後何かを思い出したかのように
それを元に戻し、不機嫌さを見せ付けるようにしてその隣の椅子に陣取った。

(わたしは今、怒ってるの!だから簡単に甘い態度なんてとらないんだから!)

二人は対角に位置した状態である。
「あの・・・、古手川・・・?」
「・・・なに?」
唯はリトの方を見ようともしないが、とりあえず反応はしてくれた。
「なんで斜めに座るの?」
「・・・関係ないでしょ。結城君には」
「・・・怒ってる?」
ここで久しぶりに唯はリトに視線を向ける。
若干頬を膨らませている様子が可愛らしいが、そんなことを言ったら本当に帰ってしまいかねない。
「・・・何によ?///」
「いや、俺が聞いてるんだけど・・・」
再び訪れる沈黙の時間。
リトとしては唯がなぜ怒っているのか皆目見当がつかない。
(ララと話して待たせたからか?でも時間なんて約束してなかったしなぁ)


唯は確かに怒ってはいたが、、何に対して怒っているのかよく分からなくなっていた。
原因は、嫉妬。
もしリトがララと勉強すると言い出していたら、
その怒りを胸いっぱいに抱えたまま、唯は教室を飛び出していただろう。
でも、リトは唯と勉強することを選んでくれた。
それも、ララを家に帰して、二人っきりでだ。
唯にはそれが、ものすごく嬉しかった。
それこそ、その直前までの怒りなど全て吹き飛んでしまうほどに。


もしリトが、ララか自分かどちらかを選ばざるをえない状況になったら、
自分を選んでくれるなどとは考えたこともなかった。

自分にはないものをたくさん持っているララ。
明るくて素直で可愛くて、プロポーションもよくって。
何よりリトへの「好き」という気持ちが滲み出ている。
自分はあんなふうに甘えたり、抱きついたりはできない。

口先では嫌がっていても、結城君だって嬉しいんだろうな。
ララさんのこと、好きなんだろうな。
そんな気持ちがあったから。

今まで誰にも、自分自身にさえ知られることのなかった、唯の心の中のフィルタ。
大きな「意地っ張り」を包んだフィルタ。
それに、小さいが確かに穴が開くほどに、リトが自分を選んでくれて嬉しかった。



それなのに、唯はやっぱり素直になれない。

あの時、ララ以上にリトが意識していたのは、きっと春菜。
春菜を見るリトの表情は、他の誰かを見るときとどこか違っているような気がしていた。
自分とも、ララとも。

春菜には、なぜか自分と同じものを感じていた。
リトへの気持ちを自覚した今なら、それがはっきりとわかる。
必死になってリトへの気持ちを抑えているような、
それでいてどこかで諦めきれずにいるような、そんな態度。

ララと春菜の存在が、唯の前の大きく立ちはだかっていた。


そして唯には、もう一つ引っかかっていることがあった。


(友達って言った・・・)

リトは自分を友達だと、そう言った。
とっさに出た言葉かもしれない。
そもそも、唯とリトは付き合っているわけではないし、
数ヶ月前までの唯ならリトから友達といわれたら怒って否定していたかもしれない。
この1ヶ月で二人の仲はグッと縮まったが、決して妖しい雰囲気にならないようにセーブしてきたのは唯の方だ。
それなのに今は、友達といわれたことを180度違う意味で怒っている自分がいる。


自覚してしまった、強烈な嫉妬心。
笑顔を見るたびに、言葉を交わすたびに、飛び跳ねる心臓。
一方的に無視され、理不尽な扱いを受けてきた今でさえも、
唯を心配そうに見つめている、どこまでも優しいリト。


(わたしは、結城君が、好き・・・)


もはや自分がリトに恋をしていることを認めないわけにはいかなかった。
だから・・・。


(わたしが怒っているのは、身勝手なわたし)
今まで必死になってリトへの想いを否定してきたのに、好きだと認めざるを得なくなったとたん、
自分を好きになってほしいと思う、自分だけを見てほしいと思ってしまう、身勝手なわたし。
結城君は何も悪くないのに、今この瞬間も結城君を困らせ、心配させている、意地っ張りなわたし。


時計すらないので、秒針の音すらしない学習室。
沈黙が耐え難いという思いは、時間の経過とともに少しずつ和らいでいってはいたが、
リトはやや沈痛な面持ちでぼんやりと唯の鞄を眺めていた。


「でも、しょうがないじゃない・・・」
(そんな簡単に、素直になんかなれないわよ・・・)

「えっ!?」
唐突に発せられた唯の言葉にリトはビックリしてしまう。
落としていた視線を唯に向け、リトは唯の言葉を待つ。

二人の静かな吐息だけが部屋を満たしていった。

その沈黙は1分だけだったような気もするし、5分はたっていたような気もする。

唯は何かを決意するかのように数秒瞳を閉じた後、その小さな唇で言葉を紡いだ。


「結城君は、こんなわたしでも・・・、ホントにいいの・・・?///」
瞳を潤ませ、顔は15度ほどうつむき加減で、上目遣いで。
いつもの強気な唯からは想像もできないようなか弱い表情で、
唯はじっと、リトを見つめてきく。
「な、なな、何言ってんだよ/// 古手川頭いいし、面倒見いいし、字もキレイだし、
えっと、その・・・とにかく、絶対教えるのうまいよ、う、うん///」

(か、かわいい///何だかわけわかんないけど、めちゃくちゃかわいい・・・///)
リトは照れと戸惑いとで顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
その様子を見て唯はクスッと笑みを漏らすと、顔を上げた。
いつものように凛とした表情。
だけど少しだけそれは柔らかい。


「結城君、第一問は不正解ね」
「へ?」
リトは何が何だか分からない。
「不正解ってどういうことだよ?」
「質問に適切に答えられてないんだから、不正解に決まってるでしょ♪」

さっきまでの不機嫌さが嘘のように消え、唯はどこか楽しそうだ。
「さ、始めましょ。まずはテスト初日の国語からでいいわよね」
あっけにとられているリトをよそに、唯はテキパキと準備を進める。


まだ完全に吹っ切れたわけではない。
家に帰れば、切ない気持ちに悩まされることになるだろう。
でも。

唯の、二人の「勉強会」は、これから始まるのだ。



(ホントの答え、いつか聞かせてね・・・結城君・・・)
唯はリトに聞こえないように、そっと呟いた。