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その5 コンコン、とドアの向こうからノックする音が聞こえる。 夕食も終え、それぞれがそれぞれの部屋に戻っていったこの時間、わざわざ足を運んでくる相手と言えば、ギルド内でも限られてくる。 シアとユキは恐らく今日はもう休むだろうし、ヴァイとディンはこんな時間に必要も無く人の部屋まで押しかける事は考えにくく、イリスは9時前にはすでに熟睡しているのでありえない。 となると、考えられるのはティールかリスティのどちらか。 「カギはあいてるのじゃ」 そこまで考えてから、エミリアはドアの向こうにいる誰かにむけてそう呼びかけた。 ……直後に2、3秒ほど間があいて、キィとドアが開いていく。 そして、その向こうから現れたのは、まだ10さいにも満たない少女、ユキ――の、姿をしたリスティ。 その様子を見ていると、あの時は立場こそ逆だったが、前にも似たようなことがあったのを思い出される。 「どうした? なんだかうかない顔じゃが……」 その言葉通りに、リスティの表情にはどこかかげりのようなものが見え隠れしていた。 今回は、以前エミリアと入れ替わったときのように突発的なものでは無いし、リスティ自身も了解の上でその身体を貸し与えている。 しかし、それでも他人の身体であるということはかわらず、やはり精神的な負担はあったのだろうか……? そう思い至るも、エミリアは確証があるわけでもないのでまだ口には出さない事にした。 そうして待つ間も、リスティは考えるような表情をみせ……ふとポケットから取り出したメモ帳にペンを走らせ、その一枚を手渡してきた。 その文字の列は、文章とも言えないような短い一言。 「……これなら、ヴァイのところに行けば…………いや、今はあやつの負担になりかねぬな……」 表情を変えず、何かを待つようにじっとその顔を見上げるリスティ。 エミリアは、受け取った紙をすぐ横に置いて椅子から立ち上がると、ゆっくり腰を下ろし、リスティの目線に自分の目を合わせる。 ……そして、無言のままに両手を広げ、その小さな身体をやさしく抱きしめる。 その時、わずかに開いた窓から風が吹き、机から落ちた紙に書かれていたのは…… 【抱きしめてください】 ……ただそれだけだった。 ---- 「ユキ、どうしたの?」 リスティに一言かけられた後に、黙ってシアの待つ部屋へと入っていったユキ。 この二人は、昨日から同じ部屋で寝かせて貰っている。 ……もっとも、ユキはリスティの身体を借りている状態のために、ベッドは少々狭い状態になってはいるのだが…… 「……シアお姉ちゃん」 二日たって、何かあれば自然と声が出るようになっていた。 それでも、今夜でそんな”当たり前”のことが終わってしまうのかと思うと、ユキ自身もシアも、どこか寂しいものがつきまとってくる。 いつまでもこのままでいるわけにはいかないのは、二人とも最初から分かっている。 ――だからこそ、名残惜しく感じてしまうのだろう。 「シアお姉ちゃん、もう、最後だから……わたしのおはなし、きいてくれますか?」 ”最後” ……その単語が、ひどく重く感じられる。 「……ええ、もちろんよ」 シアは、他に何を言うわけでもなく、ただ微笑んでそれだけを口にし、ぽん、と自分が腰かけているベッドに手をおき、ユキに自分の隣に座るように促す。 ユキもそれにしたがい、ゆっくりとした調子でその場所へと腰かけた。 ……そして、少し間を開けた後、意を決したようにシアの方へと目をやり、口を開く。 心の中に浮かぶのは、先程リスティよりかけられた言葉―― 【―こんなこと何度もできないから、その声で言いたい事があれば、言ってあげて―】 言いたい事……文字板や、手話を使えばいつでも会話は通じていた。 確かに、他の皆よりは大変かもしれないけど、それは自分にとっては当たり前の事で、不便だなんて思った事は無かった。 ……それでも、一時的にでも話すことが出来るようになって、気が付いた気持ち。 「……シアお姉ちゃん、わたしと……」 ずっと、自分の口で言いたかったこと。 思いっきり、叫ぶように言葉にしたかったこと。 ……手話や、文字板なんかじゃ、伝えきれない想い。 「いつもわたしといっしょにいてくれて……ありがとう。 勝手についていきたいってわがままを聞いてくれて、ありがとう…… わたし、シアお姉ちゃんといっしょにいるのがすごくうれしくて、楽しいの! シアお姉ちゃんが大好きって、ずっと言いたかったの!!」 後になるにつれ、語調が強くなっていくユキ。 シアはそれを止めることも無く、どこか呆然としたような……しかし、この上なく嬉しいような微笑みを浮かべて、その言葉に聞き入っていた。 「……わたしも銀牙も、シアおねえちゃんが大好き! 大好きだから! これからも、ずっと大好きだから!!」 「……私も、あなた達の事大好きだよ」 出会ってから4年の間……言葉にしたくてもできなかった想い。 ユキは、その目に涙を浮かばせるほどに、必死にその気持ちを口にしていた。 そしてシアは、そんな”妹”の身体をやさしく抱き寄せて、愛しそうにその頭をなではじめる。 「ユキ、たとえ言葉にできなくても……あなたが、わたしの事をずっと好きでいてくれるのは分かっていたよ。 ……でも、こうして言葉にしてくれて、私も嬉しい……」 「シアおねえちゃん……」 「あなたは、私の大事な”妹”だから……これからも、一緒に、ね?」 「……うん……ありがとう……嬉しい……」 言葉にしたい思いを口にする事が出来ないもどかしさは、自覚の無いままに彼女の胸の中に溜め込まれていた。 ――先ほどまでリスティが感じていたのは、ユキが心のどこかで抱いていた、そんな”寂しさ”の欠片。 ユキに語りかけた時に帰ってきた、何と言うこともない彼女の笑顔。 ……その表情を目にしたことが鍵となり、かつてのエミリアとの入れ替わりと同じように、彼女の中にある想いがリスティの心に影響を与えていた。 もどかしさは悲しみに変わり、胸の奥底へと降り積もる。 ……この日、ユキは始めてその悲しみを振り払うことができたのだった。 [[<<前へ>その4.カーディアルト]]     [[次へ>>>その6.]]
その5 コンコン、とドアの向こうからノックする音が聞こえる。 夕食も終え、それぞれがそれぞれの部屋に戻っていったこの時間、わざわざ足を運んでくる相手と言えば、ギルド内でも限られてくる。 シアとユキは恐らく今日はもう休むだろうし、ヴァイとディンはこんな時間に必要も無く人の部屋まで押しかける事は考えにくく、イリスは9時前にはすでに熟睡しているのでありえない。 となると、考えられるのはティールかリスティのどちらか。 「カギはあいてるのじゃ」 そこまで考えてから、エミリアはドアの向こうにいる誰かにむけてそう呼びかけた。 ……直後に2、3秒ほど間があいて、キィとドアが開いていく。 そして、その向こうから現れたのは、まだ10さいにも満たない少女、ユキ――の、姿をしたリスティ。 その様子を見ていると、あの時は立場こそ逆だったが、前にも似たようなことがあったのを思い出される。 「どうした? なんだかうかない顔じゃが……」 その言葉通りに、リスティの表情にはどこかかげりのようなものが見え隠れしていた。 今回は、以前エミリアと入れ替わったときのように突発的なものでは無いし、リスティ自身も了解の上でその身体を貸し与えている。 しかし、それでも他人の身体であるということはかわらず、やはり精神的な負担はあったのだろうか……? そう思い至るも、エミリアは確証があるわけでもないのでまだ口には出さない事にした。 そうして待つ間も、リスティは考えるような表情をみせ……ふとポケットから取り出したメモ帳にペンを走らせ、その一枚を手渡してきた。 その文字の列は、文章とも言えないような短い一言。 「……これなら、ヴァイのところに行けば…………いや、今はあやつの負担になりかねぬな……」 表情を変えず、何かを待つようにじっとその顔を見上げるリスティ。 エミリアは、受け取った紙をすぐ横に置いて椅子から立ち上がると、ゆっくり腰を下ろし、リスティの目線に自分の目を合わせる。 ……そして、無言のままに両手を広げ、その小さな身体をやさしく抱きしめる。 その時、わずかに開いた窓から風が吹き、机から落ちた紙に書かれていたのは…… 【抱きしめてください】 ……ただそれだけだった。 ---- 「ユキ、どうしたの?」 リスティに一言かけられた後に、黙ってシアの待つ部屋へと入っていったユキ。 この二人は、昨日から同じ部屋で寝かせて貰っている。 ……もっとも、ユキはリスティの身体を借りている状態のために、ベッドは少々狭い状態になってはいるのだが…… 「……シアお姉ちゃん」 二日たって、何かあれば自然と声が出るようになっていた。 それでも、今夜でそんな”当たり前”のことが終わってしまうのかと思うと、ユキ自身もシアも、どこか寂しいものがつきまとってくる。 いつまでもこのままでいるわけにはいかないのは、二人とも最初から分かっている。 ――だからこそ、名残惜しく感じてしまうのだろう。 「シアお姉ちゃん、もう、最後だから……わたしのおはなし、きいてくれますか?」 ”最後” ……その単語が、ひどく重く感じられる。 「……ええ、もちろんよ」 シアは、他に何を言うわけでもなく、ただ微笑んでそれだけを口にし、ぽん、と自分が腰かけているベッドに手をおき、ユキに自分の隣に座るように促す。 ユキもそれにしたがい、ゆっくりとした調子でその場所へと腰かけた。 ……そして、少し間を開けた後、意を決したようにシアの方へと目をやり、口を開く。 心の中に浮かぶのは、先程リスティよりかけられた言葉―― 【―こんなこと何度もできないから、その声で言いたい事があれば、言ってあげて―】 言いたい事……文字板や、手話を使えばいつでも会話は通じていた。 確かに、他の皆よりは大変かもしれないけど、それは自分にとっては当たり前の事で、不便だなんて思った事は無かった。 ……それでも、一時的にでも話すことが出来るようになって、気が付いた気持ち。 「……シアお姉ちゃん、わたしと……」 ずっと、自分の口で言いたかったこと。 思いっきり、叫ぶように言葉にしたかったこと。 ……手話や、文字板なんかじゃ、伝えきれない想い。 「いつもわたしといっしょにいてくれて……ありがとう。 勝手についていきたいってわがままを聞いてくれて、ありがとう…… わたし、シアお姉ちゃんといっしょにいるのがすごくうれしくて、楽しいの! シアお姉ちゃんが大好きって、ずっと言いたかったの!!」 後になるにつれ、語調が強くなっていくユキ。 シアはそれを止めることも無く、どこか呆然としたような……しかし、この上なく嬉しいような微笑みを浮かべて、その言葉に聞き入っていた。 「……わたしも銀牙も、シアおねえちゃんが大好き! 大好きだから! これからも、ずっと大好きだから!!」 「……私も、あなた達の事大好きだよ」 出会ってから4年の間……言葉にしたくてもできなかった想い。 ユキは、その目に涙を浮かばせるほどに、必死にその気持ちを口にしていた。 そしてシアは、そんな”妹”の身体をやさしく抱き寄せて、愛しそうにその頭をなではじめる。 「ユキ、たとえ言葉にできなくても……あなたが、わたしの事をずっと好きでいてくれるのは分かっていたよ。 ……でも、こうして言葉にしてくれて、私も嬉しい……」 「シアおねえちゃん……」 「あなたは、私の大事な”妹”だから……これからも、一緒に、ね?」 「……うん……ありがとう……嬉しい……」 言葉にしたい思いを口にする事が出来ないもどかしさは、自覚の無いままに彼女の胸の中に溜め込まれていた。 ――先ほどまでリスティが感じていたのは、ユキが心のどこかで抱いていた、そんな”寂しさ”の欠片。 ユキに語りかけた時に帰ってきた、何と言うこともない彼女の笑顔。 ……その表情を目にしたことが鍵となり、かつてのエミリアとの入れ替わりと同じように、彼女の中にある想いがリスティの心に影響を与えていた。 もどかしさは悲しみに変わり、胸の奥底へと降り積もる。 ……この日、ユキは始めてその悲しみを振り払うことができたのだった。 [[<<前へ>その4.カーディアルト]]     [[次へ>>>その6.最後の旅路]]

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